寺へと戻り、湯あみ後に一息ついてからチカマルは僧正に謁見した。
まずは町での災難を労われた後に僧正は、思いもしなかった事実をチカマルへと告げていく。
『貴方様は将来的に、天下の将軍になられるお方です』
この言葉の真意は以下の通りである。
チカマルの父でアザフネ、ひいてはイサ家が新たな首領として仰いだクザン家はこの度の大戦(おおいくさ)によって勝利し、天下の大勢を決定した。
これにより、その戦いにおいて功を上げたアザフネは直参として取り上げられることとなり、諸藩の大名達を差し置いて上大名に序列されることとなった。
そして斯様に栄華たるイサ家の一子チカマルもまた、将来は父の地盤を継ぐ大大名としてのキャリアが約束された訳である。
とはいえこうして口頭で伝えられるだけの父の武勲と己の身分など、何も持たない子供のチカマルにはその自覚も実感も一切として湧かなかった。
しかしながらその周囲は……時代は必ずしもチカマルをそうは見ない。
いつかは天下に名高いイサ家の次期党首になるであろうチカマルの身を確保しようと、それぞれの勢力が独自に動き出した。
上策としてはチカマルを保護し、半ば人質として手元においてはイサ家やクザン家への牽制にしようというもの。そして下策としては……確保が叶わぬ場合には、後の禍根ともなるべきチカマルを始末してしまおうと算段であったのだ。
クザン家が実質的な天下人となってまだ数日と経ってはいない。
謂わば戦後直後のどさくさに紛れては件の計画を実行しようとチカマルが匿われる所領には実に数多くの間者が跳梁することとなる。
斯様なチカマルを守る立場としては、この寺に引きこもり守りを固めるべきではあろうが……ここで僧正は一計を案じる。
いつ攻めてくるやもしれぬ輩に気を揉むよりも、いっそ禍根ともいうべきその者達を捉えてしまえばいい。
その一網打尽の企みの為に餌とされたのが……──
「私……だったのですか?」
『えぇ。いい役者ぶりでしたよ』
後は知っての通り、町において衆目を集めたチカマルの元へと間者達は集まり、首尾よく僧正の配した家臣団によってそれらは一網打尽とされたのである。
彼らの身柄を確保するという事は、それを命じた他家に対し動かぬ証拠を突き付けることに等しい。
もっとも相手としても頬被りに否定もしようがそれでも反対勢力の特定と、さらには以降そこ家に対しての牽制が行えるというのであれば、この度の企みは上々の結果をもたらせたと言えた。
『貴方様を囮に使ってしまった非礼は重ねてお詫び申し上げます。しかしながら……よもや、ああまでも『お好き』であったとは』
僧正からの詫びにもしかしチカマルは顔から火が出る思いで俯いた。
しかし直後には、一歩違えればチカマルも自身の命が無かったことに気付き、改めて戦慄を憶えた。
事が穏便に済んだが故に一笑にも伏せられるものではあるが、実に際どい橋を渡らされていた訳である。
羞恥により赤くゆで上がっていた面相が一変して白く青褪める様子にしかし、僧正もまた小さく鼻を鳴らすと、
『いささか破天荒な企てではありましたが、貴方様の身の安全に関しましては私は一切の不安もありませんでしたよ』
「そ、そうなのですか?」
『はい。あらかじめ手配の者達を周囲に侍らせていたことも然ることながら、何よりも貴方様の両隣には誰よりも便りになる侍衛達がついておりますれば……』
その言葉にチカマルもまたはっとして頭を上げた。
言うでもなくそれはカルボウと、そして誰でもないカゲチヨのことである。
聞くところによれば、町での乱痴気騒ぎの最中においてチカマルへと迫った刺客の手より彼を守ったのは誰でもないこのカルボウとカゲチヨであると聞いた。
チカマルにとってカルボウは幼き頃よりそばに使えていたポケモンであり、おおよそ『友人』以上の彼のことなどは何も知らないことに気付いた時、僧正はそれについてもチカマルに教えてくれた。
曰くあのカルボウは、古今東西にも比類ない強さを誇るポケモンであるという事実──実際の話として、一族の総領たるチカマルに仕えるべきポケモンが単なる愛玩相手であるはずもない。
カルボウの配置には、それ相応の理由があった訳である。
『そして我が寺のカゲチヨもまた、かのヒナタマルには引けを取らぬ手合いだと自負しております』
ここで僧正に言う『ヒナタマル』とは、カルボウの呼称である。
そして僧正は同時に、カゲチヨもまたそんなカルボウに並び立つ豪の者であることを伝えてもいた。
それこそはチカマルが賊の凶刃に狙われた瞬間の仕草を見れば、それが何よりもの証となることだろう。
幸いにもチカマルは、常にこの二体のポケモンに守られていた訳である。
遠く故郷からここへ至る道中も、そしてこの寺に着いてからもチカマルは知らずのうちにカルボウ達によってその身の安全が保障されていたのだ。
そしておそらくはチカマルの生涯においても最大の幸運となろう出来事はこの後にもたらされる。
『どうでしょうチカマル様……我が寺のカゲチヨもまた、ご陣営に末席に加えていただきたく思うのですが』
斯様な僧正からの申し出にその瞬間、チカマルは背筋を伸ばしては告げられる事実の反芻をした。
それこそは、
「えっと、その……それは、カゲチヨを私にくださるという事ですか?」
それを訊ねるチカマルに対し、僧正はただ一言『左様』と答えては好々爺然として頷いた。
あれだけの豪の者であるのだからチカマルとしても異存はないが、それでもそれを手放そうという僧正の思惑を測りかねては即座に返事が出来ずにいた。
それを見測り僧正もまた、
『これにより以降も、イサ家と我が寺の縁故が保たれるのであればこれ以上に喜ばしいこともございません。それにあの者には武家の嗜みもまた仕込んでございます。戦場に置かれましても、貴方様を煩わせることもありますまい』
しみじみと大きく頷くや、僧正は顔を上げてその視線をチカマルの背後にある襖へと転じた。
『これ、カゲチヨ。ここへきて新たなる主に挨拶をしないか』
その言葉が投げ掛けられるや襖は勢いよく開け放たれて、そこにカルボウの上に重なったカゲチヨ達の姿を露とさせた。
どうやら一連のチカマルと僧正のやり取りを盗み聞きしていたらしい。
そして小走りにカルボウと二人駆け寄るや、カゲチヨはチカマルの隣へと腰を下ろし改めてその顔を正面から見つめた。
光彩の大きい瞳の奥底には、宵明けの地平を思わせるような深い藍が湛えられては、喜びの心中を投影したかのような輝きでチカマルを見つめていた。
そして次の瞬間には深く抱き着いたかと思うと、チカマルの頬へと痺れるくらいに熱烈な抱擁を交わす。
一方でそれを目の当たりにしたカルボウもまた憤慨するかのような声を上げると、その正反対からチカマルを抱きしめては同じようなキスをする。
そんな二人の親愛すべきにパートナーをチカマルもまた苦笑い気に両腕に抱いた。
これこそが後に語り継がれるチカマルこと、イサ・アカツキの武勇譚における枕となる。
後に所領を父より継承し、一国の主となったアカツキは以降も事身出世を重ね──その果てには時の大将軍となってはこの国をも手中に収めることとなる。
そんなアカツキの両隣には常に天下無双と謳われたグレンアルマとソウブレイズが付き従っては、終生彼の元を離れることは無かった。
【 武家の嗜み・完 】