膝元まで右足を差し込んだ状態でカリクは動きを止めた。
その理由こそは足を伝わって全身に巡ってくる不快感に他ならない。
ヌメルゴン・スーツの中は前任者が使用後に掃除もせずに放置していたかのように内部が湿っていて、さらには得も言えぬ悪臭もまた放っていた。
仕事なんて肉体的疲労や苦痛に耐えるものだと思っていたカリクには、そこへ生理的嫌悪まで加わることによりさらなる絶望の度合いを深ませざるを得ない。
とはいえこれを着たくないと申し出たところで、今の自分にはそんな拒否権が無いことも分かっている。
結局最後には無理矢理着せられる羽目になるのならば、少しでも自律的に行動をして心象だけでも良くすべきだと自身を励まし、カリクは嫌悪を抑え込んではさらにスーツへの侵入を続けた。
先の不快感のままに両脚を修め、更に身を前のめりとさせて両腕もまた差し込む。
そうして後は頭だけを残す段階になり……今一度カリクは動きを止めた。
神経の集中している顔面はどこよりも敏感にこの感触を感じ取れる箇所だ。
いま顔面を、冷たくも粘膜さながらに湿気たこれで包み込むのにはさすがに抵抗があった。
そうして最後の一被りを躊躇ったまま動けずにいるカリクの葛藤を察したかのよう、
『それじゃ、後ろ閉めていきますね』
「えッ? ま、まってくださ……いひぃぃぃ……ッ!」
背後に備えていた職員はその下端から背後のスリットを閉じ始めた。
僅かに外部へ露出していた尻や背も完全にスーツの中へと収められると自然、より深く頭を始めとすると上半身もまた押し込まれる形となった。
そうして胸元と両肩が埋まり、最後には完全に頭もまたスーツの中へと入り込んだ瞬間──カリクは潜水さながらに無意識で息を止めた。
そうしてカリクは余すところなくスーツの中へと収められては、完全に背後のスリットは閉じ切られるのだった。
スーツ内部のヌルリとした感触と、液体すら含んだ感のある冷たさは想像をはるかに超えて不快なものであった。
鼻の下や唇に触れるそれらからはひどい悪臭と同時に塩気までもが感じられてカリクは全身を小刻みに震わせる。
しかしながら止めていた呼吸は既に限界で、こんな状況にもかかわらず肺は次なる吸気を求めてはカリクの脳を苛む。
そして遂には限界を超え胸に留めていた息を吐き出すや次の瞬間には──反射的にカリクはスーツ内において深く息を吸い込んでしまうのだった。
スーツ内に充満していたあの臭気と共に、さらには内部の内綿に浸透していたと思われる前任者の汗ともつかない体液までも同時にカリクは吸い上げては体内に取り込んでしまう。
その味わいに激しい嘔吐感を感じてはカリクもはげしくえづいた。
事実このまま吐瀉してしまいたい衝動に駆られるも、そうしたところで不快になるのは自分だけであるし、明日以降もこれを着続けなければならいことをとっさに判断したカリクは、辛うじてその衝動を抑え込んだ。
体全体を硬直させ、しばし浅い呼吸を繰り返しながら感覚がこの環境に馴染むのを待つ。
しばしして自身の体温が冷たかったスーツの内面に馴染む頃合いを見計らって、再びスピーカーからはカリクに立ち上がるよう指示があった。
当初何故にこんな拡張器を使うものか疑問に感じていたカリクではあったが、なるほど着ぐるみを装着した後ではスピーカーを介したぐらいの音量でなければ聞き取れないのだ。
二度目の命令に、カリクもまた悪意ある独り言を呟いては片膝に力を入れる。
そうして放り出していた右足を畳むようにして膝を立て、そこを起点に力を込めて上半身を起こすと──存外に軽々と、カリクは直立を果たした。
この段になるとすっかり自身の体温と馴染んだスーツ内部は体中の表皮に張り付くよう密着してはカリク本体からの動きをスムーズに伝達していた。
それでもまだ実の部分の多い膝頭や手先など比重のある個所は動かすと、そこに生じる遠心力に本体が振り回される感触があった。
その後カリクは斯様なスーツを着込んでの運動機能をテストされていくこととなる。
しかしそのどれも平坦な室内をただ歩いたり、時に駆けたり物を持ち上げるなどといった基本的な動きによる軽作業であり、一時間近くをそれに費やしたところで今日の仕事は終了となった。
再び室内に職員が入ってきて、スーツ背後のスリットを解放すると、そこからカリクは勢いよく頭を出しては深く呼吸をした。
スーツを介さない空気が肺に満ちると、脱いだ後だというのにあの匂いが鼻腔内に込み上がってきては激しく咳き込んだりもする。
それでもしかしせいぜいが一時間程度のそれで今日の仕事が終了したことにカリクは満足してもいた。
いかに臭い・きつい・汚いとはいえ、数時間以上拘束されて労働させられることに比べればマシだ。
ともあれ今は一刻も早く体を清めたいカリクは、スーツから解放されるや一目散に隣接するシャワールームへと駆けこんだ。
そして浴室においてバルブを捻り、水圧の高いシャワーを浴びた瞬間──
「ひ、ひいぃッ!? な、なんだこれ……!」
さながら熱湯でも浴びてしまったがごとき皮膚の感覚にカリクは悲鳴を上げる。
当初は印象通りに熱湯が吹き出していると思い込んでいたカリクも、ふと見下ろす自分の体の所々に赤い発疹がまばらに浮き出している様を確認しては、皮膚過敏の原因はこれによるものだと察する。
さらにそんな皮膚はシャワーによって熱を帯びると、次には途端に痒く疼き出してはカリクを苛んだ。
想像通り、痒みの主は例の湿疹から発せられており、その中においても一際カリクを苦しめたのは目や唇、そして生殖器と肛門回りをはじめとする粘膜部分に集中した。
「痒いぃぃ……あぁ~、かゆいかゆいかゆいぃ……ああぁ~……ッッ!」
斯様な痒みは止まるところを知らず、その窮状を訴えては職員から何らかの軟膏をもらうも、それを塗ろうとも冷やそうとも、一向にカリクの体からその症状が引くことはなかった。
もはや搔き毟り続ける表皮は爛れて腫れ上がり、ワニの皮膚さながらに盛り上がっては、 できもの然とした痼をそこへ浮き上がらせる。
血が滲むほどにかきむしる全身からはやがて、皮膚の弱い箇所から出血が滲んではベッドシーツも汚したが、もはやカリクはそこに覚える痛みですら快感に感じた。
その中においても睾丸から肛門に繋がる会陰においては、もはや痒みをかきむしる以外の快感もまた感じていた。
さながらそれは、位置的においては女陰を慰める行為にも似てはそこを突き穿つカリクを恍惚とさせた。
「はぁはぁ……あうぅ……いいッ……きもち、いい~………ッッ♡」
そうして食事はおろか眠ることすらもままならずに自慰然と局部を掻き毟り続けるカリク……いつ果てるとも知らず、夜通しカリクは自身の全身を愛撫し続けるのであった。