翌日──カリクは一睡も出来ないままに仕事へと駆り出された。
一晩中を通して苛まれ続けた痒みと、そしてそこを掻き毟る快感に晒され続けた今朝の精神状態はけっして安定しているとはいえず、半ば強制的に自室から引きずられてきては再び──あのヌメルゴン・スーツへとカリクは入れられてしまうのだった。
しかしながら昨日同様にスーツへと足を入れた瞬間、僅かにカリクの意識は明瞭となる。
それこそはスーツの内面が足の発疹へと触れると同時、あれほどまでに狂おしかった痒みや、腫れに伴う皮膚の膨張感が消えたからである。
それどころか昨日とは打って違い、肌に感じるあの粘膜然とした生地の感触には吸い付くかのような密着感があり、なおかつその湿気を含んだ冷感が掻き毟った後の症状には何とも心地良いのであった。
その後は職員の手を借りることも無く自ずから身を沈めていくと、今日のカリクは一切の躊躇もなくにスーツの中へと全身を納めてしまうのだった。
「んあ~……気持ちいい~……スーツの湿り気が体に染みる~……♡」
快感への忘我のあまり白痴めいた様子で我が身の感覚を呟くカリク。
あれほど不快に思えた内部の臭気も一切気にならないどころか、今日に至っては感じすらもしなかった。
そしてしばしその感覚に浸った後、カリクの精神は完全な覚醒を果たした。
それどころか、
「よぉし、今日も頑張るぞ! 何でも言ってください♪」
精神的にも謎の充実感が満ちてきては、あれほど労働嫌いであったカリクを別人のよう前向きにしてしまったほどである。
かくしてそのテンションのままにカリクは今日の訓練を開始する。
昨日とは打って違い、今日はスーツ着用のまま走り回ったり、あるいはその拳で対象物を打ちすえたりと、より激しくかつ精細に肉体を酷使するものであった。
しかしながら今日のカリクはどこまでもタフネスで、昨夜一睡もしていないことが嘘のように溌溂とさえしていた。
加えてスーツとの一体感は昨日以上の感覚にさえ思えた。
オーバーボディゆえの違和感や重みなどは無く、もはやスーツの手足は自身のそれと変わらぬ感覚ですらある。
加えて着ぐるみ越しに眺める視界もクリアであり、昨日までの喉元に設けられた覗き穴からではなく、今日のカリクは従来通りぬいぐるみの瞳から直に世界を捉えている感があった。
そうして昨日よりも一時間多く作業をして、今日も着ぐるみを脱がされたカリクではあるが……人手を借りてその内部から引き出された瞬間、カリクは激しい痛みに絶叫を上げた。
それこそは皮膚そのものを剥されるかの如き感覚に似た。
事実、肌はその全員が隈なく充血しては実際に出血を伴っている個所もある。
さらにはスーツを脱がされた途端に肉体は重力すらもが耐えがたいほどの疲労に見舞われては、解放されて数分でカリクは昏倒するのだった。
その後は自室のベッドまで運ばれてはそこに寝かされたが、昨日の痒みとは打って違った痛みに以降のカリクは夜を通して苛まれることとなる。
体中の粘膜という粘膜が熱と痛みを帯び、瞳などは目蓋すら開けらぬ程に腫れていた。鼻や口を介する呼吸器も息をするたびに酷くひりついては飲食する事さえも叶わない。
その苦しみの中に身悶えながら朦朧とする意識の中でカリクはしかし、あること強く心に思う。
それこそは……
──あのスーツの中に戻りたい………!
あれほど嫌悪していたはずのスーツへと還る強い願望であった。
痛みに苛まれ続けながらも時折り意識が戻った時には、あのヌメルゴン・スーツを身にまとっては自由に動く今日の自分を回想した。
そしてまた翌日にそれを着られることもまた夢想しては心を励ましと、もはやカリクは薬物の中毒症状さながらに曖昧とした意識の中でその瞬間を心待ちとするのだった。
そして翌日──再び時間となり、カリクは自室からあのスーツのある部屋へと運ばれる。
この段階においてはもはや自立はおろか、会話やアイコンタクトによる意思疎通すらも行える状態ではない。
それゆえに職員の手によって身を包んでいたシャツと短パンを剥がれ全裸にされると、今日もまたカリクはスーツへと入れられる。
そうしてその体が完全にヌメルゴンの中へと飲み込まれ、その瞬間に覚醒を果たしたカリクはもはや──元の『カリク』ではなくなっていた。
意識が明瞭になると、カリクは大きく欠伸をしては両腕を掲げて伸びもする。
今となってはこのスーツの尻尾から額の触覚に至る細部にまで感覚が通っている認識があった。
そんなカリクへと、
『今日も頑張ろうねカリク君。でも昨日から何も食べてないからお腹もすいただろう? 仕事中だけど、今ご飯も済ませちゃおうか』
スピーカーからの声と共に、別室から現れた職員が両手に何かを抱えては現れた。
それは特大の平ボウルであり、その上にはピーナツ大ほどの茶色い顆粒物が大量に盛られていた。
それを尻もちに座り込んだ両足の間に置かれ、しばしカリクは小首を傾げるなどして不思議そうにそれを見降ろす。
やがて山の上から一粒を摘まみ上げると、鼻先へ寄せて匂いを嗅いだ後にはそれを口中に頬り込んだ。
ヌメゴン・スーツの口中へと頬り込んだそれではあったが、もはや咀嚼による軽快な歯ごたえは自身の歯のように感じられ、さらに唾液と撹拌されたそれが舌上や頬の粘膜に染みわたって体内に摂り込まれるや──その味わいにカリクは表情を明るくさせた。
数十時間ぶりに摂ったそれは非常に美味であった。
その後は両手を以てボウルの中のそれをワシ掴みにしては、交互に口中へと頬り込んで喫食していく。
特大ボウルに山盛りの量は普段の自分ならば到底食べきれぬ量であったにもかかわらず、この時ばかりは瞬く間に平らげては、容器の周りに散ったそれらを拾い集めてまで完食するほどの食欲をカリクは見せていた。
そうして食事も終え、ようやくに人心地ついてはため息をつくカリクへと再びスピーカーから声が漏れだしてきては『今日の仕事』を伝える。
『お腹は一杯になったかい、カリク君? それじゃあ今日は別の子と遊んでみようか』
その声と同時、部屋の出入り口とはまた違う壁面の一角が開け放たれる。
両開きのそれが完全に開帳されると、そこには既に何者かの影が窺えていた。
突然登場したそれにカリクもまた両目をしかめてはその正体を確認しようと凝視する中、それはゆったりとした様子で部屋の中へと進んでくる。
やがては至近距離にまで近づいてくると、ようやくにカリクはその全容を確認しては途端に表情を明るくさせる。
目の前ではそんなカリクを見上げながらドガースが一匹、目の前に浮遊しては人懐こい微笑みを湛えていた。