『ごめんなさい。なかなか言い出す機会がつかめなくて……』
合流後、近くのベンチに隣並んで座ったエイジスとクチートは改めて自己紹介をした。
その中でクチートはそうタブレットに入力してきては、まずそのことを詫びる。
「いや、驚いたけど……でも会えて良かったよ」
一方のエイジスもだいぶ落ち着きを取り戻しつつあった。
同時に冷静に我が身を振り返った時、『実はポケモンに告白していた』自分を滑稽にも思うのと同時に、それもまたネットあるあるなのだろうと割り切る。
人伝に聞いた話では、こうした待ち合わせの場所に現れたのが実は同性であったり、遥かに年齢差があったりはたまた写真加工されていたりというパターンも多く聞く。
それを考えた時、『意中の相手がポケモンだった』ということくらい大したことではないのだろう。……そうあってほしいとエイジスは思う。
しかしながら反面、さしてショックに思ってもいないことも確かであった。
初対面の時こそは驚いたがポケモンに詳しくはないエイジスから見ても、このクチートは美しく繊細な個体のように見受けられたからだ。
惚れた相手という欲目もあるのだろうが、その立ち居振る舞いを観察するに、普段接している市井のポケモン達などよりもよほど高貴に思える。
大きく、光彩も艶やかな赤い瞳は夕暮れの波間のように煌めいていたし、本来は威力的であろうはずの後頭部の大顎もそれを封じるよう赤いリボンが留められていて、そのギャップにはむしろ、より彼女に可憐な印象を覚させるようであった。
自分よりも頭二つは小さいそんな隣の彼女に見惚れていると、その視線に気付いてはクチートもまたこちらを振り向いては見つめ返してきた。
その視線に我に返りエイジスは慌てて取り繕う。
「ご、ごめんッ。ボーッとしちゃって」
『大丈夫ですよ。それで今日なんですけど……』
「ん? どうしたの?」
『その……やっぱりデート、しますか? 結局こんな風に騙しちゃってた訳で……』
会話用のタブレットを見つめるクチートの横顔に影が差した。
やはりというか、彼女自身も後ろめたさがぬぐえないようである。
しかしながらエイジスの答えは決まっていた。
「なに言ってるんだよ。今日をどれだけ楽しみにしてたかなんてマチルナも分かるだろ? ──行こうよ、デート」
弾けるよう笑ってみせるとエイジスはクチートの手を取った。
そんな自分の手の上に重ねられる大きなエイジスの手を最初、目を大きくしては信じられない様子で見つめたクチートではあったが──再びその顔を上げてエイジスを見上げる瞳は僅かに潤みを帯びた。
そして感極まったのか、クチートもまたエイジスへと強く抱き着く。
胸元に感じる彼女の体温とそして力強さを感じると、いよいよ以て運命の人と出会えたことの実感がエイジスの胸にも湧き上がるのだった。
かくして二人のデートは始まる──
水族館内に入ると、クチートは子供のように駆けだしてはまず自分達を迎え入れた大水槽に張り付いた。
照明の抑えられた室内は、見上げるほどの水槽から降り注ぐブルーライトに満たされて周囲を幻想的な空間に作り上げている。
その中において、水槽の中を優雅に泳ぐリユルンやヘイラッシャを見上げる光景はまるで、自分達も何らかの魚になっては同じ海を泳いでいるかのような錯覚を二人に覚えさせた。
そうして水槽に沿って歩きながら、二人は会話も少なく海底散歩を堪能した。
言葉など無くとも、今エイジスとクチートが掛け替えのない瞬間を共有している実感は声に出す以上の感動を以て二人の胸には満ちている。
その証拠にいつしか握り合った二人の手は、握り合う力の強弱を反映し合ってはまるで会話をするよう互いの体温を通じ合っていた。
大水槽を抜け個別の展示スペースに移ってからは一変して会話が多くなった。
普段見慣れない水中生物やポケモンを興味深く観察するクチートに対し、つどエイジスも展示の説明を読み上げてはおどけてみせたりとそこには笑いが絶えなかった。
その後も屋外へ移ってはイルカマンのショーやラプラスとの写真撮影などを堪能すると──いつしか陽が傾き始めていることに気付いて二人は愕然とするのだった。
『なんだか……今日一日が10分で終わっちゃった気分です』
「本当にあっという間だったね。二人で見るとこんなに楽しいだなんて思わなかったよ」
出口に近い水族館内の休憩スペースに落ち着いた二人は、食べそこなってしまった昼食がてらにソフトスナックなど摘まみながら一日を振り返っていた。
出会った頃の緊張が嘘のよう今の二人はリラックスして、クチートなどはエイジスの膝の上に腰かけてはタブレットによる会話を交わしている。
『今日が終わっちゃう………』
そうタブレットに表示させたクチートの後ろ姿は言いようもない寂しさをそこに帯びていた。
それこそはまるで今日が今生の別れであるかのような悲壮感すら漂わせていた。
そんな気配に思わずエイジスも息を飲んでは、無意識に膝の上のクチートを背後から抱きしめてしまう。
「離れたくない……」
そうして彼女の頭頂部に鼻先を埋めては呟くように言うエイジスを、クチートもまた長い後頭部の顎をしならせては抱き包むようその背を覆う。
しばしそうして互いの体温を共有し合っていると──タブレットには新たな文字が表示される。
『……思い出を、くれませんか』
それに気付いて顔を上げたエイジスはその一瞬、その言葉が表す意味を理解できなかった。
しかしながらすぐにそれを察しては、大きく胸を高鳴らせる。
それは女性から肉体的な繋がりを求める、奥ゆかしい誘いだ。
エイジスとてその意味合いを尋ね返してしまうほど野暮ではない。
それどころか彼自信もまたそれを望んでは、それに備えて失笑を禁じ得ないような準備すらしてきている。
「君は……それでいいのかい?」
背後から抱きしめていた両腕へ僅かに力を込めると、クチートの背がその一瞬反応した。
うつむき加減の彼女の表情はエイジスから望めなかったが、すらりと延びたうなじが顔からの火照りを受けて真っ赤になる様からは、クチート自信も強い興奮状態に置かれていることが手に取るように察せられた。
やがて声もなくクチートが小さく頷いてエイジスを受け入れると、いつしか抱き締めるエイジスの胸にはその小さな背中からは信じられないほどに力強い鼓動が肉体越しに伝わってくるのが感じられた。
それこそは心のドアを叩いてくるノックさながらに感じられると、さらにエイジスは身を覆いかぶせてはクチートの小さな背を包み込むよう深く抱き込む。
そうして彼女のうなじへと唇をつけ、ささやかに愛撫をするエイジスを──クチートもまた頭を翻しては、彼の横顔へと強く唇を押し付けて愛情の標を返すのだった。