起こしたベッドを背もたれにして、マチルナは手の中のタブレットへと視線を落としていた。
端末の中では動画が展開されており、そこに移り込むパートナーのクチートが普段の貞淑な様子からは信じられないほどに乱れては動物めいた嬌声を上げていた。
いつ果てるともなく獣のようにまぐわい続け……最後はさんざんに愛され、雄(ペニス)の形に洞の掘られてしまった膣をカメラへと晒しその動画は終わった。
食い入るように見つめていたそこから目を離すと、しばし天を仰いではため息をつく。
水族館のデートから始まるそれの視聴は、ダイジェスト気味に早送りしながら既に3回を超えていた。
それほどにこの日のエイジスとの仮想デートはマチルナにとっても感慨深いものと言えた。
同時にそれを、嘘をつかせる形でクチートに負担させてしまったことも申し訳なく思う。
彼女はいつだってマチルナの為に動いてくれていた。
生まれながらにして病弱であったマチルナは、今もこうしてベッド上での生活を余儀なくされ、満足に外出もままならない身である。
そんな彼女に幼少の砌から付き合っては身の回りの世話をしてくれていたのが、あのクチートであった。
いつだってクチートはマチルナの代わりに動いてくれる──。
日々の世話もそうであるが、マチルナの関心事には動けぬ彼女に成り代わりそれの代行もしてくれていた。
繁華街へと出かけ、気になる話題の新作映画を観に行き、果ては山登りまでさせたこともある。
申し訳ないとは思いつつもしかし、もはやマチルナにとってのクチートは自身の半身と言っても過言ではなかった。
「……もうあの子が『マチルナ』で、私なんて幽霊みたいなものね」
多分にエゴイズムに過ぎるとは判りつつも、マチルナはそんな考えに思いを巡らすことがよくある。
ふと視線を上げて自分の周囲を見渡した。
ベッドを両隣から挟み込むよう設置された多種多様の機器からは幾本ものチューブやコードが自分へと繋がれている。
最近ではさらに肉体の衰弱も進み、ベッドから降りないだけでももう4日は寝たきりだ。
そんなマチルナは恋愛はおろか一般的な日常生活すら営むことは叶わず、結果として彼女はネットの申し子となった。
この世界においてなら、自分は『ただのマチルナ』として誰とでも対等に付き合い事が出来た。
そして運動への羨望を、ネットゲームに自身の分身を反映させることにより叶えようとするのも至極当然の流れと言えた。
そんな時に出会ったのがエイジスだった。
当初は、普段世話される身の上の自分が他者のそれを焼くという優越感を味わっていた付き合いも、徐々に同じ時・同じイベントを共有するうちにいつしか対等の……やがてはそれ以上となる恋心へと発展していった。
それでも最初は行きずりのものとしてその感覚を楽しんでいたマチルナもいつしか真摯にこの気持ちと向き合う様になり、遂にはエイジスのことしか考えられないようになった。
それに関してはエイジスもまた然りであったようで、いつか直接に会いたいと二人が願うようになるのは時間の問題と言えた。
そして今回──マチルナはその役すらもクチートに演じさせては、現実世界のことでありながらも極めて擬似的なエイジスとの邂逅を果たすこととなる。
こんな形でエイジスと合うことはマチルナにとっては茶番であるはずだった。
むしろこのデートは自分のエイジスへの想いに対し、覆しようのない現実を知らしめては諦めざるを得ない状況に追い込む、一種自虐的な試みであるとすら思えた。
彼の顔を見ることは楽しみではあっても、どこか冷めた思いでこの一日を迎えたマチルナではあったが──クチートを通じて体験する彼との一日は、本当に自分がそこに居てエイジスの存在を感じているかのような実感があった。
心からこのデートを愉しみ、この一時は体調の不良さえ忘れては胸が高鳴ったほどである。
そしてその一時が幸福であったが故に、別れに際してマチルナは今までに感じたことも無いような虚無と喪失感に見舞われる。
もっと彼を知りたい、一緒に居たい、色々なことを分かち合いたい──もはや脅迫めいては胸に去来するその希求心に誘われるままマチルナは、無理な願いをクチートへとした。
それこそが……──
──『お願い、エイジスとエッチして。彼の思い出を共有させて……!』
もはや無意識でそれを懇願していた。
クチートにとっては無体な命令であったろう。常識的に考えても人とポケモンであるのだ。
それでもしかし、彼女はそれにすら応えてくれた。
かくしてセックスが始まってしまったが、ここにおいてもマチルナは予想外の感覚にとらわれる。
タブレットの目(カメラ)を通し、そしてクチートの体を通じてエイジスと繋がる喜びは、実体の自分が体験するものと遜色見劣りすること無くマチルナに女の幸せを体験させてくれた。
この瞬間マチルナは、間違いなくエイジスに抱かれていたのだ。
そして自分からの愛もまたクチートを通しエイジスへと注がれ、間違いなくあの瞬間は3人がひとつになれた実感がマチルナにはあった。
「この動画……一生の宝物になるなあ」
セックスが始まる前の、エイジスとクチートが揃って画面に映し出される場面を静止したまま、愛おし気にマチルナはそんな二人の顔を交互になぞった。
そんな折り、病室のスライドドアが静かに開く気配にマチルナは顔を上げる。
見ればそこには肩掛けポーチを身に着けたクチートが立ち尽くしていた。
「あぁ……おかえりなさいクチート。今日は本当に……本当にありがとね」
感無量の体でクチートに労いと感謝を伝えるマチルナの微笑はしかし──次の瞬間、凍り付くこととなる。
ゆっくりと開き続けるスライドドアはさらに……クチートの隣に立つある人物の姿もまた露とした。
隣にいたのは人間の男性──しかも彼はけっして知らない人物ではない。
今日のマチルナにとっては誰よりも近く、そして誰よりも遠い存在であった最愛の人なのである。
「あぁ………エイジス」
「初めまして……ようやく会えたね、マチルナ」
生身での対面を果たした瞬間、エイジスの胸にもまた感無量の感慨が波となって到来していた。
体の芯がじわりと熱くなる感覚と共にうなじが粟立つ。
今日の出会いに特別の感情を抱いてたのはマチルナだけではない。エイジスとても、この瞬間を一日千秋の想いで待ちわびたのだ。
引き寄せられるようマチルナのベッドへと歩み寄ると、ごく自然にエイジスは彼女の手に自分の掌も重ねた。
それを受け、青白かったマチルナの頬にも血流が巡ってはほのかにそこを色づかせる。
「ごめんなさい、エイジス……あなたを騙してしまって」
「本当に酷いよ。どれだけこの瞬間を待った、って思ってるの……」
永らく待ち望んだはずの瞬間は、何気も無い会話で紡がれた。
それでもこの瞬間の二人は、まるで今日までの空白を埋めるかのよう言葉を交わしていく。
互いの印象を笑い合う内容は元より、この感動の場面でするのは憚れるような当たり障りも無い世間話から天気の話題と今日の朝食の内容など……それこそはネットゲーム上で交わす『いつもの会話』を繰り返したわけではあるがしかし──その一つ一つが今の二人にとっては掛け替えのない瞬間の繰り返しであった。
今はPCなど介することなく、生身で二人は通じ合っているのだから。
そんな二人の様子を見守っていたクチートは一歩身を引いた。
後は2人きりにさせてやろうと気遣い、ここから立ち去ろうとしたその時──
「待ってクチート、あなたもここに来て」
マチルナからの呼びかけに引き留められ、クチートは意外な思いで踏みとどまった。
それから誘われるまま、エイジスとは反対の位置に着けては2人でマチルナのベッドを挟み込む形となる。
マチルナはそんなクチートを深く抱きしめると、その額に幾度となく唇を押し当てては深い感謝を繰り返した。
そうして顔を上げ、改めてエイジスへと向き直ると、
「紹介するわ……彼女も、私なの」
マチルナは改めてそのことを告げた。
それは今日のデートだけに留まらず、常日頃から自分の代替行為を担ってくれている存在であることを説明すると同時、実はエイジスとマチルナが知り合うきっかけとなったゲーム内においても、クチートはその代わりを務めていたことを教えた。
「私が眠っている時や、体調のすぐれない時は彼女が代わってあなたと冒険して会話もしてくれていたのよ」
それの事実を伝えられエイジスもまた、いつのタイミングにログインしても必ずマチルナと出会えたことのカラクリを知るのだった。
要は二人体制で常にゲーム内の監視をしていた訳である。
そしてそれを知るという事は同時に……
「だからねエイジス、あなたとのお付き合いは彼女だって私と同じくらいに長いの」
そう明かされると、一方のクチートははにかんだように俯いては上目遣いにエイジスを窺った。
文字の読みかけに長け、人と何ら変わらぬ知性と感覚を持つクチートは、マチルナに代わりゲームの代行をすることにも何ら問題は無かった。
それゆえに、エイジスとはけっして今日一見の仲などではなかったのだ。
それどころかゲーム内においてエイジスが告白した時、それを受けたのも実はクチートであった。
彼女もまた、同じゲームにおいてエイジスに人並みならぬ関心と好意を抱いていたのである。
「だから私とお付き合いすることは、クチートを愛することと同じなの。……私は、彼女と一緒に愛して欲しい」
クチートを腕に抱いたマチルナのそんな二人の視線がエイジスへと注がれる。
朝焼けのように赤い光彩のクチートと、そして極光を湛えるが如き澄み渡ったマチルナの深く蒼い瞳が並ぶ様子は、まさに一つの空を共有する二つの朝と夜の光景そのものであった。
そんな二人をエイジスは、
「もちろんだよ」
もはや悩むことなく応えては、両腕で抱き包む。
相手が二人いたことや、病弱であったことやポケモンであったなど、その全てがエイジスには些細なことであった。
マチルナとクチートがいてくれた──そして今は、それらを自分が愛している事ただそれだけが真実であり、そしてエイジスの求めていた全てであった。
斯様にして力強く抱きしめてくれるエイジスを、マチルナとクチートもまた抱き返す。
これよりようやく、三人の時間がひとつとなる──
それは枝別れていた河がひとつになるよう、あるいは夜の闇が朝焼けに溶けて空を一つにするように……
今ようやくに三人を、ひとつの存在へと導いてくれたのだった。
【 追憶と箱庭の君・完 】