縄張りに戻ってからも、日永ウーラオスは空など眺めて過ごした。
傍から見たならば安寧に過ごしているようにも見えようがしかし、当人が感じているこの時の心境はけっして心安らかなものではなかった。
本来ウーラオスという種が持つべき特性が、まさにこの時の彼女からは一切が失われていたといっても過言ではない。
日々、技の研鑽に励むべく自身を鍛えていたウーオラスはそれら全てを放棄しては──今はただ失意の底にあった。
その理由は言わずもがな、生涯の宿敵たる連撃型ウーラオスに勝利し、結果として彼を殺めてしまったことにある。
これにより目標を達成した彼女は同時に自分の存在意義もまた見失い、今は死人同然に日々を過ごすに至っている。
脱け殻さながらとなった数日間中も、ウーラオスの脳内に思い出されるものはあの決着の瞬間と、そして過去の彼との対決を追憶するものばかり……。
過去の生きるばかりとなっていたこの時のウーラオスはもはや、完全に現在(いま)と未来とが断たれた状態にあった。
そんな折り、ふと宿敵諸共に討ち果たした少年のことを思い出す。
同時に宿敵の死体もまた確認したくなると、ようやくにウーラオスは木の幹に預けていた体を起こした。
焦点も定まらずに、酩酊しているかのような頼りない足つきであの現場へと向かう。
死体とはいえ、宿敵の姿を確認できることを心密かに楽しみにしていたウーラオスはこの時、多少なりともすでに心が壊れかけていたのだろう。
そうしてかつての決戦場に辿り着いたウーラオスではあったが──そこに在るべき宿敵の死体を発見できずに当惑した。
他の動物やポケモン達に食い荒らされたのかとも思ったが、あの巨体がわずか二日ばかりで骨も残さずに消えてしまうのも不自然だ。
忽然と消えてしまったその訳を探るべく周辺を見渡したウーラオスは──その理由をたちどころに理解するのだった。
かつての死体があった場所には土饅頭が真新しくも盛り上がっていた。
そしてその傍らには──あの人間の少年が立ち尽くしてはそれを見下ろしていた。
観察するに、彼の両手が泥と血にまみれていることから、おそらくは素手で師の墓穴を掘りそこへと埋葬したことが窺えた。
その事実にウーラオスは驚愕を禁じ得ない。
体長約2メートル、体重に至っては100㎏を越える巨体の墓穴を年端も行かない子供が素手で掘り上げたのだ。
同時に1メートルにも満たない小さな子供が、二日間を掛けては穴を掘り師を弔った心境を考えるとウーラオスは胸が苦しくなる思いがした。
やがては無意識のうちに歩み出しては……その少年と宿敵の墓へと近づいていく。
行動するウーラオス自身、自分が何をしたいのか分かっていない。
供養を為した少年を労いたいのか、あるいは知人の死に対し改めて追悼を捧げたいのか──そんなウーラオスの気配に気付き、視線の先の少年もまたこちらへと振り返る。
酷い顔をしていた。
この二日間、飲まず食わずは元より眠ることすらも忘れてこの墓穴を掘ったのだろう。
窶れて落ちくぼんだ眼窩に死の影すらも伺えている様子からは、いかに彼が疲弊しそして絶望しているかが言葉など無くともウーラオスには窺えた。
しかしそんな生気の消えた目に、突如として光が宿る。
迫りくるウーラオスへと焦点が結ばれ、それが師の仇の接近であることを理解するや一変して──少年の顔には憎悪の表情が満ちた。
負の感情に由来するものではあるが、瞬時にして少年は復活を遂げる。
そして非力にもそれを迎え撃つべくに少年が構えを取った瞬間──曖昧模糊としていたウーラオスの瞳にも瞬時にして生命の灯が灯った。
朦朧としていた意識は晴れ渡り、肉体に血流が巡るのが感じられる。
それは闘争を生業とするポケモンの性であると同時、目の前の少年の構えに触発されてのものであった。
二日前には単に形を模しただけであった未熟な構えが、今は完璧に矯正されていたのである。
いったい誰にそれを教わったものかと考えた時、その師は誰でも無い自分であったことに気付く。
ウーラオスにしてみれば軽くあしらった先の対戦も、少年にとってはその一挙手一投足が学びの場と言えた。
爪先を蹴られたことにより誤った踏み込みをしていたことを理解し、そして直後にウーラオスが見せた構えを網膜に焼き付けては、さらにはそこから放たれる一撃(いたみ)を忘れることなくこの二日間において反復し続けたのだ。
才能か、あるいは執念か──この時少年は、ただ一度手合わせしたウーラオスの構えを完璧に習得していたのである。
そんな少年の姿にウーラオスは血が湧き上がる感覚を覚えていた。
たった二日間とはいえ、永らく眠っていた感覚がたちどころに目覚めては研ぎ澄まされていく。
そして同時にウーラオスもまた、少年に応えるかのよう構えを取っていた。
それを前にして、後足を瞬発させるや地を蹴りウーラオスへと迫る少年。
上半身を捻らせ、そこから右拳(うけん)の一撃を繰り出すも──次の瞬間にはウーラオスの左拳が、少年の拳が届くよりもずっと早くにその顔面を捉えていた。
真正面から、それこそ瞬間的には拳の中頃までが顔面の中へ埋まってしまうほどの衝撃を以て打ちすえられると、少年はあえなく撃墜されては地に沈む。
薄目に瞼の閉じきらぬ面相はどこまでも無表情で、その視線は遠い空へと投げられていた。……死んではいないようだが、もはやここに少年の意識が無いことは明らかだ。
そんな少年を見下ろしながら、依然としてウーラオスは荒い呼吸に両肩を隆起させていた。
体力的な原因ではなくそれは、肉体の昂りを抑えられぬが事に由来するものだ。
そして同時にウーラオスは新たな生きがいもまた見つけたことを確信する。
それこそは……
──コイツを鍛えよう。いずれ我が身を脅かさんとする存在に鍛え上げるのだ!
その思惑に駆られ、そしていつか来るであろう決着の時を夢想した時、遂には耐えきれずウーラオスは絶頂に近い恍惚感に忘我する。
かくしてここに命を狙う者と、そして狙われる者による歪な師弟関係が結ばれたのであった。