ソファに身を横たえたそのポケモンを確認したケットは──第一印象でそれを、『ハラバリー』と誤認した。
しかしながらよくよく観察するに、目下で横たわる球状の肥満体それはハラバリーに比べ遥かに手足が無く、そして頭と胴の境界には首であるらしき肉の輪郭が節くれだってそこに隆起しているのが窺えた。
楕円に両肩と一体化した頭部からは顎が消失し、後頭部からうなじに掛けては階段さながらに贅肉を纏った皮膚が深く皺を巻き込みながら段差を生じさせて背と同化している。
そして頭頂部そこから背に掛けて走ったヒレと思わしき被膜を発見し、更に肥大化した顔面の中においてはすっかりその比率が小さくなってしまった目玉がぎょろりと上目を剥いてケットを捉えた瞬間──
「君は……インテレオン、なのか?」
ケットは目下に横たわる肥満ポケモンの種別を判別するに至る。
呟く通りそれは、全身が球体然になるまで肥満したインテレオンに他ならなかった。
しばしそのインテレオンは感情無くケットを見上げた後、その視線は再び正面のテレビへと戻される。以降ケットを顧みることは無かった。
一方のケットもまた顔を上げると、背後に控えるエスナへ侮蔑ともはたまた困惑ともつかない視線を返した。
言わずもがなそこに込められた意味は『何故にこのインテレオンをここまで放置したのか?』を問うものであり、それを察したエスナもまた僅かに視線をずらしては鼻を鳴らすようため息をつく。
『きっかけは……些細な事故だったんです』
ケットが戻ってくるのを見計らいエスナはこうなってしまった顛末を騙り始めた。
当初このインテレオン──彼女は、とあるアイドルグループの為にスカウトされたポケモンの一匹であった。
エスナが所属する事務所では予てより複数匹を1グループにまとめたアイドルチームユニットの構想があり、エスナはそのプロデューサーとして彼女達のプロデュースをしていたのである。
特性の違うポケモン達が4匹集められ、皆それぞれに得意ジャンルでの個性を発揮しては、小規模劇場での地下活動を重ねながら順調にその完成を目指していった。
事実エスナ自身もこのユニットには手応えを感じており、このまま順調に育てていければ確実に世の音楽シーンを席巻できる存在へと成長することを実感していた。
しかしながらそんな折り、ある事件が起きてしまう。
とあるライブハウスでの公演中、インテレオンがステージ上において怪我を負ってしまったのだ。
当然その時のライブは中止を余儀なくされた訳ではあったが、より本質的な問題はむしろその後に発生した。
インテレオンの怪我自体も軽度の捻挫程度であり、当初は完治までの間に彼女を外してのユニット活動に勤しむはずが……インテレオンの抜けたユニットは、まったくと言っていいほど機能しなくなってしまった。
歌えば波長が合わずにポケモン同士の咆哮を不調和音の響かせ合い、踊れば互いがぶつかり合ってはもつれて転ぶという、精彩を欠くどころかもはや園児の遊戯にすら達しないレベルのものへと成り下がってしまった。
別段インテレオンがリーダーとして周囲を引っ張っていた訳ではなくそれは、互いが絶妙のバランスによって奇跡のユニットを成立させていたことに、改めてエスナも気付いたのであった。
そしてそのタイミングで折り悪く……否、事務所にとっては喜ばしい事ではあるのだろうが、内メンバーの一人がソロデビューを決定させてしまった。
兼ねておりセンターを努めていたそのポケモンは他のメンツの中でも頭一つ飛びぬけて知名度が上がっており、よりにもよってこのタイミングにブレイクを果たしてしまったのである。
当然のことながら事務所は彼女をソロとして推すことを決定し、もはやそこにエスナや当人も含めた他のメンバーの意見が聞き入れられることは無かった。
そして件の彼女とインテレオンを失ったユニットがその後も存続できるはずもなく……やがては残る二人もまたそこを去り、そのうちの一匹においては芸能活動自体の休止を宣言してしまう。
かくしてインテレオンの所属したアイドルユニットは、そのわずか数日の間に分解を果たしては──この世から消え失せてしまったのであった。
「……居たたまれなかったでしょうね」
そこまでを聞いてケットは、後に続くインテレオンの落胆を教えられるともなく察した。
大方の想像通り、インテレオンはそのユニット解散の原因が自分にあると責任を感じては強く苦悩した。
当然ながらその責任が彼女に在ろうはずもない。
きっかけの怪我であってもそれは狭い会場での不幸な事故であってインテレオンに落ち度は無かったし、後にソロデビューを果たした他のメンバーの脱退とてもユニットの活動休止が無くとも、いずれは事務所側から強行されたことだろう。
謂わば為るべくにして為った運命的な予定調和だった訳ではあるが、それでもインテレオンの絶望が慰められることはなかった。
そうして居場所を失ってからの彼女はただ一人この部屋に引きこもっては日永、在りし日のグループ活動を録画した映像を見続けているのである。
活動を停止した肉体は日々摂取する養分を消化しきれずに蓄積させては彼女を肥えさせ、しかしその反面、精神は分かるほどに疲弊してはもはや喜怒哀楽すらそこから消し去った。
謂わばこれは、緩やかな自殺に他ならない──。
やがては本来の生態には無い肥満に肉体が壊れるか、精神が死ぬかという彼女の未来は斯様な破滅から逃れられないものと思えた。
その事情の全てを把握するや、ケットもエスナにも何の言葉も無くなってしまった。
ただ重い沈黙の中で気持ちを重くさせるエスナとは裏腹にしかし……この時のケットの脳裏には既に、このインテレオンを立ち直らせるための計画が組み上げられつつあった。
やがてそのアイデアを荒くはあるが組み立てると、
「──エスナさん、少し相談があります」
ケットはエスナへと向き直るや、『とある依頼』を彼女へと申し出る。
思わぬケットからのリクエストを最初は従来通りの鉄面皮で聞いていた彼女も──やがてはその計画の全容を知るに至り、あからさまな驚きの表情をそこに湛えた。
『そ、そんな……それではかえって悪影響が……──』
「これこそが今の彼女には必要なものですし、そしてそれしか方法はありません」
ケットの言葉に押し切られて以降、エスナは僅かに表情を伏せては依然困惑のままに長い思考へと陥った。
それこそは今提案されたケットの計画が実現可能であるのかを算段しているというよりはむしろ、それを為すことで訪れる未来への不安とインテレオンへの気遣いを逡巡しているように思えた。
そしてそんなエスナの表情を前に、ケットはこの作戦は必ず功を奏することを確信する。
私情を挟まぬ鉄のキャリアウーマン然としていたエスナもしかし一人の人間であり、斯様な困惑こそはその実誰よりもインテレオンのことを気遣っていたエスナの人間性の現れであるのだ。
そしてそうまでインテレオンのことを愛してくれているエスナがこの計画を率先してくれるのならば、必ず彼女は元に戻れるとケットは確信していたのだ。
やがて、
『──……分かりました。やってみましょう』
再び顔を上げてその視線を向けてくる彼女の視線に、禁忌を前に腹を決めた強い意志が宿っていることをケットも確認する。もはや、彼女もまた心強い味方だ。
かくしてここに──
「それじゃあ始めましょうか……インテレオンの再生(ダイエット)作戦を!」
Operation:diet callはその幕を開けたのであった。