二人の出会いより三年──アリアはサーナイトへと進化を果たした。
同時、その時期のアリアはちょっとした有名人ともなっていた。
彼女が巷間において注目をされるに至ったその理由こそは、彼女が親代わりであった執政官の仕事を手伝い、彼に付き従って関係各所へ出向いたことに始まる。
この地域における官吏は一般人との区別をつけるべく淡青の外套を羽織る訳だが、執政官に付き従う彼女もまた同様の物を身に着けて行動を共にした。
その、ポケモンが人の様式を模している姿が巷間の目にはユニークさとして映り、なかばマスコット的な人気をアリアは確立したのだった。
しかしながら実情として彼女は有能でもあった。
インテリゲンチアの家庭環境ゆえか幼少期より多くの書籍に触れる機会に恵まれたアリアは、絵物語や戯曲といった物語を数多く読むことで文字の読み書きを覚え、さらには人に劣らぬ文章の読解力などもまた自然と身に着けていた。
それを生かして書類仕事に従事するアリアの姿は、ポケモンであることのギャップも相成って、世間の注目を集めることとなったのだ。
ただ一つ欠点であったのは──彼女は生来から酷い近視で、裸眼では文字や映像の判別がつかぬことであった。
ゆえにアリアは当時においても珍しかった眼鏡(グラス)の矯正無くしては対象の輪郭すら捉えられない有り様ではあり、瓶底のようなレンズによって光彩の美しい瞳が隠されてしまうことに周囲はため息をつかざるを得なかった。
とはいえ彼女自身が実感している日常生活はそのこと如くが充実しており、アリアはポケモンであることの負い目も無くそんな日々の暮らしを満喫していた。
そして斯様なアリアの人生へさらに彩を加えてくれているものこそは──隣家のドネに他ならない。
彼女とは幼少期に友情を交わして以来、その付き合いは今もなお
続いている。
今日も日中の勤務を終えたアリアは密かに自宅の中庭へと至り、家々の境界となる生垣を覗き込んでは隣の敷地にドネを探した。
そんなアリアの行動を見計らったかのよう、折り良く家屋から中庭へ出てくるドネを見つけてはアリアも声掛けなどして手を振る。
それに気付いて疲れた顔を上げたドネもまた、見目麗しいアリアが子供然として大きく手を振る天真爛漫さを確認しては苦笑い気に鼻を鳴らした。
そうして小脇に抱えていた笊を足元へ置くとドネもまたアリアの元へ近づいていく。
やがて生垣越しに対面を果たすと、ドネは頭二つ分以上は大きくなったアリアを見上げた。
この数年でサーナイトへと進化したアリアとは対照的に、依然ドネはキルリアのままであった。
その差は劣悪な栄養状態によるものか、あるいは虐待然とした労働環境に置かれての影響か判断もつかなかったが、ともあれドネは出会った頃と変わらぬ子供姿のままであったのだ。
そんな目下のドネへアリアは両手を伸ばすと、その脇を掬っては持ち上げ、胸の中へ取り込むようにして抱きしめた。
互いの顔の形が変わるほどに頬ずりしてくるアリアに対し、一方のドネは無表情然とした虚無の視線で彼女の頭など撫で返してやるが、その冷めた表情とは裏腹にドネもまたアリアのスキンシップをまんざらでもなく思っている。
しばしそうして再会を喜び合った後、アリアは生け垣をかき分けて商家の庭へ侵入すると、同じ敷地内の片隅に設けられた小屋へと二人で歩み進んでいった。
その小屋はドネの個室ではあったが、実際は廃棄された穀物庫に自身で寝藁を運び込んだだけという粗末な寝床であった。
しかしながら友人と歓談の一時を過ごす空間とあっては、その粗末さも二人は一向に気にならない。
出会ってから今日に至るまで、二人が肩を寄せ合って思い出の日々を共に過ごしてきた場所だ。
今日もまた寝藁の一角に腰を下ろして落ち着くと、膝の上に抱いたドネへとアリアは一日の出来事など語っていく。
同時にドネからもまた彼女の労働内容などを聞くわけではあるが、表舞台において煌びやかに注目を集めるホワイトカラーのアリアと、片や人の目に触れない裏方において過酷な肉体労働を反復させるだけの日陰者(ドネ)とでは天と地ほどの差もある。
しかしながら過去にはその境遇を恨んだドネも、今ではそんな気持ちなど微塵も無くなっていた。
その理由こそは今現在、ドネもまた誰よりもアリアを大切に想っていたからだ。
それこそ妹や娘を愛でるように感じてはむしろ、彼女が残酷な世間において傷つくようなことが無いかと案じてすらいた。
そうして互いの一日を報告し終えると、アリアの話題はそんなドネの心を見透かしたかのよう恋愛の話へと及んだ。
とはいえそれは自身のことを語るのではなく、最近彼女が嵌っている恋愛系の戯曲に対しての感想だ。
その話題が立ち上がると、楽しいはずのこの場であってもドネは少しばかりうんざりとした。
別段、色恋沙汰に興味が無い訳ではないのだが……問題はそれを語る、半ば盲信的なアリアそのものに辟易するのである。
上流層の保護者の元、蝶よ花よで育てられたアリアは多分に浮世離れているところがあった。
そんな彼女が語る恋愛観もまた、握り固めた砂糖へジャムをぶちまけたが如き甘く妄想甚だしい願望に彩られた物であった。
そんなものを目を輝かせて語る彼女を前にドネもまたいつも通り適当に相槌など打って受け流すところではあるが──この日は妙なイタズラ心が湧いた。
半ば話を遮るようにアリアを呼ぶと、その意識を自分へと向けさせる。
そうして小首などかしげては自分からの反応を待つアリアに対し、
キスなんてしてみようか? ──ドネは彼女へと提案してみせるのだった。