第1話・意外な通訳士
ポケモン通訳士──という仕事がある。
読んで字のごとく、人とポケモンとの仲介をしてくれる存在ではあるのだが、これがなかなかに奥深い。
その仕事内容としてはポケモン・トレーナー間の橋渡しは元より、さらには医療現場における診察や手術のサポートに至るまでその資格者の仕事は多岐に及ぶ。
昨今では専門の翻訳機やアプリによる言語の解読も進んだが、それら機械のする翻訳は所詮単語の直訳に過ぎず、やはり専門家が直に通訳をしてくれる柔軟性には遠く及ばなかった。
そして今回、俺はとあるヤミラミとの商談に望むべく通訳士の手配をする。
専門の仲介サイトに登録されていた『彼女』は中々に有能そうでサイト内での評価も高かった。
加えて過去の依頼者からのメモには彼女の容姿を『可愛い』と評するものが多く、俺の期待は否応なしにも高まってしまう。
ネット上ではあるが契約も交わし、そしていざ顔合わせとなった当日──改めて『彼女』と対峙した俺は驚愕と、そして口コミに書かれていたあれら評価の意味を知るのである。
今、俺の目の前にいるのは……
『こんチにわ。ツウヤクのパーモット、です。ヨロシク、です』
そこには人語を話すパーモットが──紛う方なき『ポケモン』そのものが流暢に俺へ挨拶をしていた。
その身の丈は俺の腰元ほどで、円らな瞳と頬に見られる大きな電気袋の様相は確かに『可愛い』の一語に尽きた。……俺の求めるベクレルとはだいぶ違ったが。
しかしながら何よりも驚いたのは、通訳士がポケモンそのものであるという事実だ。
有名な都市伝説として『人語を駆使するニャース』というのはよく聞く話ではあるが、俺にとってはまさにその荒唐無稽な話(オカルト)がいま目の前に現れているに他ならない。
そのショックから抜け出せずに挨拶も忘れて彼女へ見入っていると、
『ドシタノ? ダンナさん?』
再度パーモットから小首など傾げられ俺も我に返る。
よくよく考えれば、女の子を斡旋してもらうことが目的じゃない。驚きこそあったが、彼女が有能であるというのならそれに越したことはない。
「な、なんでもないよ。しばらく付き合ってもらうけど、よろしく頼む」
『ハイヨ♡ ヨロシク、です。ダンナさん♡』
差し出す俺の握手に反応して両手で握り返してくれるパーモットの朗らかな笑顔に癒されると同時、俺は今回の仕事が無事に終えられるのか不安にもなる。
今回、通訳士を用意したのには商談以外にも理由がある。
それは件のヤミラミのいる洞窟に向かうまでの行程の険しさにあった。
大小の森や山々を越えた山岳地帯に居を構えるヤミラミ達ではあるが、徒歩で辿らねばならぬその道中は特殊な磁場によって一切の電波や通信の類がシャットアウトされてしまうのだった。
その険しさもあって今日までヤミラミとの商業ルートを築けた者は皆無であり、それゆえにヤミラミの宝石はその希少性が高かった。
そんな場所であるからこそ、そこの踏破には現地ポケモン達の協力が必須となる。
元よりそこにいる原住ポケモンと交流をし、ルート開拓をしながら進むしかない一連の行程には、そんな彼らと情報交換をする為の通訳士は必要不可欠と言えた。
かくして煩雑な下準備を整えるや、俺達の険しい旅は始まる。
件のヤミラミの洞窟がある山の麓には広大な樹海が広がっており、交通機関を介して辿り着けるのはこの入り口までであった。
そこからは徒歩により道無き樹海を進んでいく。
過酷なキャラバンの道すがら、幾人かのポケモン達と遭遇しては彼らからルートの確認や、あるいは食糧や水場の確保といった情報を得ながら俺達は進んだ。
その途中で行うキャンプにおいて俺とパーモットは共同生活を共にする訳ではあるが、話好きで性格の温和な彼女との会話が、この過酷な旅においてどれだけ俺を慰めてくれたか知れない。
むしろ同種の人間と一緒にいる時よりもリラックスしていることにも気付いては驚きを禁じ得ないほどであった。
そんな数日目のキャンプの中、お互いの事などを話していた時に、パーモットは思わぬ話を聞かせてくれた。
『ウチね、オス探してルの。カレシ欲しンダ』
ポケモンとコイバナを交わすなどという思わぬ展開に俺の興味もそそられる──食後に焚火など囲みながらコーヒーをすすっていた時の話だ。
「ポケモンでもそんなことするのかい? なんかこう、自然といつの間にかくっついちゃうイメージあるけど」
『それもソウだけど、自分で選ビタイかな。好きじゃナイ人と一緒にイタクナイもん』
パーモットの言葉に、言われてみれば自然界の動物達だってパートナー探しにはこれ以上に無い吟味を重ねていることを思い出して納得したりもする。
何も人だけが特別なわけではないのだ。
「それじゃ、パーモットは今フリーなんだ? モテそうな気もするけど」
『ウン、いないノ……ナンカ、ピンとこなくテ。でもネ、今は気にナッテル人がいるヨ』
「へぇー、誰だい?」
何気ない俺の相槌に対し、パーモットは一度噤んだ口の中に答えを溜めてからはにかんだ様子で微笑み……
『えへへ……ダンナさん。ダンナさん、好きぃ……♡』
上目遣いに俺へ告白して彼女は頬の電気袋を赤く発光させた。
そんな、人間のような仕草を見せてくる彼女とその思わぬ言葉を受け止めては、思わず俺もすすりかけていたコーヒーを吹き出してしまう。
「お、俺だってぇ? 俺、人間だぞ?」
『ウチ、アンマリ気にしない。好きなヒトが好き♡』
そう言ってさも嬉しそうに笑う彼女を前に、俺は例の紹介サイトでこのパーモットが人気であった訳を悟る。
本業の有能さも然ることながら、なるほど彼女は『接待』というものを心得ている。
見た目の愛らしさをこれ以上になく発揮しながらこう『好き』などと言われれば、大抵の客は彼女に好印象を抱くことだろう。事実、今の俺からしてもまんざらじゃない気分だ。
しかしながら俺とても、生き馬の目を抜く業界の商売人だ。
この程度のトークで落とされるほど安くはない。
「それじゃ特別ボーナスはキスでいいかい? 分割と一括、どちらでも対応可能だけど」
そう彼女に合わせたジョークを返す俺ではあったがしかし、
『いいのッ!? キスでイイヨ! ダンナさんとキスしたイ!』
その返事に身を乗り出してきては、パーモットは有無を言わせずに畳み掛けてきた。
最初は彼女もこのジョークに対して、更にそれを返してきたと思ったから俺も笑って両腕を広げる。
「OK、成立だ。どこでもいいぞ? 頬でも額でも」
しかしながら……この時俺はもっと慎重に、そして真摯に彼女の言葉を受け止めるべきであった。
パーモットはそわそわと立ち上がり、依然として胡坐に座り続ける俺の前に立つ。
そして俺の頬へ両手を添えてしばし見つめてきたかと思うと次の瞬間──彼女は言葉通りのキスを以て俺の唇を塞いだ。
一方で慌てふためいたのは俺である。
まさか本当にやるとは思ってもいなかったなど、今となってはもう言い訳にもなりはしない。
パーモットは依然として唇同士を触れ合わせたたまま、幾度も小首を傾げてはより濃厚に互いの鼻先同士をすり合わせていく。
加えて口中に暖かく滑らかな彼女の舌先が侵入してくるのもまた感じると……
──しかもディープかよ………!
なおさらに俺は、自身の軽はずみを悔いずにはいられないのだった。