ヤミラミ達との商談は恙無く成立した。
今後、彼らとは樹海の指定されたポイントで落ち合うこととなり、こちら側からも彼らの望む外界の鉱石・貴金属を交換することで取引は成立したのだ。
これにより俺達は過酷な山岳地域へと出向く必要もなくなり、また樹海内にも取引場所へ直通するルートを原住ポケモンのガイドの下で確立したことから、此処にヤミラミの商業ルート開拓は達成されたと良かった。
今回の取引において、その成功に貢献してくれたのは誰でもないパーモットであった。
今も樹海の帰路につきながら、先頭を歩く彼女の背中をぼんやり眺めては改めてヤミラミの洞窟で過ごした三日間を俺は振り返る。
滞在中、その間も俺達は交渉の傍らで毎夜彼らに交尾ショーを提供する生活を送った。
はたしてこの行為と交渉に何の関係があるものか疑わしい点もあったが、結果として成立するに至った今回の取引において、この一事が功を奏してくれたのであろうと信じるしかない。……性交だけに。
そうして当初の目的を果たした俺達は今こうして帰路についている。
ヤミラミ達の洞窟を発ってからまた数日を掛けてここまで戻ってきたわけではあるが、その間彼女が以前のように俺を求めることはなくなった。
けっして態度がよそよそしくなったり、不仲が生じてしまったという訳でもないが、彼女が求めてこない以上こちらからアプローチを仕掛けてしまうのも躊躇われ、俺達は目立った進展もないままここに至っている。
初めて彼女とキスを交わした時には『ポケモンとなんて』と差別意識も甚だしかった俺であったのに、いざその一切が無くなってしまうと今度は何とも心寂しい気持ちになっていた。
同時にふと、
──彼女自身は何も感じていないんだろうか……?
そんなことも考える。
何よりもあの触れ合いを一番に求めてきたのはパーモット自身であったはずだ。
その当事者がこうも淡白である理由こそは、所詮人間とポケモンの価値観は相成れない故か……と、またしても差別的な思考に傾いていることに気付き、俺は自己嫌悪に陥る。
そんな折り、永らくポケットにしまい続けていたスマホが小さな電子音を奏でた。
なんて事の無い通信の復帰を知らせる通知音であり、それはこの樹海から間もなく抜け出せることと、更には今回の旅の終わりもまた知らせるものであった。
特殊な磁場で通信が遮断されていた旅の最中はロクに確認もしなかったことを思い出し、俺は何気なくに画面を指先で手繰る。
数十件以上の各種SNSの通知を知らせる内容と一緒に、ポケモン通訳アプリの過去ログも表示されて思わずそこに目を見張った。
こんなアプリなどいつ起動したものかと記憶を辿る俺は、そう言えばヤミラミの洞窟においてボスと遭遇した際に立ち上げたことを思い出す。
結局すぐにパーモットが駆けつけてくれたこともあって使わずじまいになったが、それ以降もこれはポケットの中で起動したままになっていたらしい。
すぐにそれも消してしまおうと再び指先を画面へと押し付けた俺はしかし──そのパネル上において指を止めた。
同時に俺の目は画面へと吸い付けられ、そこに表示された文言を目で追っていく。
10-26・21:43──
[ やあ旅行者。こんなところまでよく来ました。外は吹雪で大変だったでしょう。ゆっくりしていってください。 ]
通訳結果となるログは堅苦しい直訳文章ではあったが、その内容はあの時にパーモットから通訳してもらった内容とは明らかな違いが見られた。
あの時のパーモットの通訳ではもっと猜疑心もたっぷりにこちらを値踏みするような雰囲気であったが、存外に通訳機の中のボスヤミラミは当初から好意的に接してくれていた様子だった。
そしてそのログを読み進むうちに、そこには更なる事実が浮き上がる……以降、その内容を意訳するに──
[ なんだコイツら? 勝手に後尾始めたぞ? ]
[ なんてことだ。外のポケモンと人間はこれを見せつけることが好きなのか? ]
[ でも面白いな。もっとやれー! ]
ヤミラミ達から強制的に求められた筈の交尾はむしろ、彼らこそが俺達による『突然の奇行』へ戸惑う様子が残されていた。
それでもしかし娯楽の少ない彼らは徐々に目の前の行為を面白がり始めては、俺達の一挙手一投足に夢中となっていく。
その中でそんな彼らの言葉とは明らかに異質となる文言が混じり始まる。
それこそは行為中にパーモットが口にした声を翻訳機が拾ったものだった。
そしてそこに書かれていたその言葉を、彼女の想いを見つるに……歩き続けていた俺は思わず足を止めた。
[ 大好き! ダンナさん、大好き! 愛してる! ]
それはその告白から始まり……
[ みんな、聞いて! ウチ、この人と番(つがい)になりたい! この仕事が終わっても、ずっと一緒に居たい! この人の、赤ちゃん産みたいよーッ!]
そんな彼女の悲痛とも取れる心からの叫びに対し、ヤミラミ達からはそれを励ます大声援が返されていた。
あの日、まぐわいの最中においてパーモットが掛けた言葉と、そしてヤミラミ達からのレスポンスはこんなやりとりがされていたのだ。
それを確認した瞬間、
「ッ──、パーモット!」
俺は彼女を呼び止めていた。
その突然の声の響きに驚いては振り返るパーモットと視線を合わせて……俺は固まった。
呼び止めたからといって後の言葉が続かなかった。
それこそは俺もまた彼女を求めている証を伝えなければならない。これからも一緒に居てほしいと……そして今ようやくに、俺もまた彼女を愛していることに気付いたのだという事を。
『ドシタの? ダンナさん?』
完全に立ち止まって振り返るパーモットは、依然として小首を傾げては不思議そうに俺を見ていた。
此処が正念場だ。
この旅の終わりに際して一切の性的なコミュニケーションを絶ったのは、別れの悲しみを少しでも無くす為だ。
後腐れなく、この旅と関係を終えさせるための彼女の気遣いこそがここに現れていた。
ここで引き止めなければ、パーモットとの関係は終わってしまう──そんなこと、俺は望んでいない。
そしてそれは彼女もまた然りであるはずだ。
やがて遂になんの言葉も思い浮かばなくなった俺は……ふと右手にしていた翻訳アプリを口元に運んだ。
そうして言葉少なくそこへ囁きを入力すると、それを彼女の前へと掲げる。
そして俺の気持ちが翻訳されたポケモン語が、スマホスピーカーを通してそこから流された瞬間──パーモットは目を見開いて両手を口元に添えた。
「……返事は、いつでもいいんだ。前向きに考えてもらえれば……──」
期せずして訪れた沈黙に耐えかねてはどこか言い訳がましく言葉を紡ぐ俺の口をしかし──次の瞬間、彼女は勢い良く抱き着いてくるや熱い口づけで塞いだ。
数日来我慢していたこともあり、そんな彼女からのキスを確認するや俺もまた強く抱きしめてはそれに応える。
しばしそうして抱きしめ合った後、再び互いを見つめ合うや、
『オーケーだよ、ダンナさん! ……幸せに、シテネ……ッ』
パーモットは強く俺の首筋を抱きしめて抱擁を交わす。
俺もまた感無量に抱き返してやると、手からは握りしめていたスマホが零れてその液晶を上に地へ転がる。
太陽が過ぎ去るよう、そして季節が移りゆくよう、世の科学は加速度的に進展しては人とポケモンとの垣根をなくしつつある……。
それでもしかし機械なんかじゃけっして翻訳しきれない言葉があり、そして機械などに頼らずとも通じ合わせることの出来る気持ちがある。
それこそは幾星霜と、人とポケモン達が連綿と交わり合わせてきたものだ。
愛している──その言葉と気持ちは未来永劫もきっと変わることの無い真実として紡がれ続けることだろう。
人とポケモンがある限り、男と女がいる限り……そして俺とパーモットがいる限り、それはきっと変わらないのだ。
【 ポケモンの通訳士・完 】