第1話・監房のポケモン
後世に『世界大戦』などと鹿爪ぶって呼ばれたそれは、なるほど侵攻国にとっては意義や意地のある戦いであったのだろう。
そもそもこの戦いは、とある某国が隣国に対し侵略戦争を仕掛けたことに端を発する。
国際的に強く非難されつつもしかし侵攻を続けるその国に対し、近隣諸国は『国際連合』を結成し制裁に乗り出したというのが一連の大戦の枕であった。
しかしながら連合国側の軍隊──特に末端の兵士達においては、個人には与り知らぬ理由での殺し合いを強制されたに過ぎない。
自国の領土拡大の為でもなければ領地防衛でもないこの戦争は、どこまでも一般兵にとっては当事者意識を欠く戦いと為らざるを得なかったのである。
故に理念に欠く戦争行為におおよそ人道的な配慮など見られるはずもなく、そのような戦場に身を置き続ける彼らはいつしか、自覚症状のない病に蝕まれるようその人間性を失っていくのだった。
それは平素の殺し合いは元より、捕虜の扱いにおいても現れた。
戦いも佳境に突入していくと更に倫理観は摩耗し、屠殺さながらに捕虜を処刑することは元より、それに対して娯楽然とした無意味な拷問を加えることにも、さして疑問や良心の呵責を感じることも無くなっていった。
そして物語はそんな某国に捕虜として捉えられた、とある少年兵の話となる。
その房に押し込められた彼ら三人はいつ果てるともない過酷な労働を日々強いられた。
この時某国の収容所には彼ら以外の捕虜もまた多く収容されており、『連合』を組んでの参加もあってか、そこにいる人間達は実に雑多な民族達によって形成されていた。
明日も知れぬ環境の中で心は荒み、捕虜同士でのトラブルは元より、更にはそんな自分達を管理する看守へとおもねる為に同胞を密告する者も現れるなど、凡そそこには地獄にふさわしい環境が醸成されていった。
『こんな事じゃいけない! せめて俺達は「人間」であろう』
そう主張したのは航空隊を率いていたセルフェであった。
房において最年長の彼は中尉として一個小隊を預かる身であったが、先の侵攻戦で隊を壊滅させられては一人生き残る羽目となった。
「それに何の意味があるの? どうせ俺達は死ぬんだよ」
一方でそれに応えたユーリは房の最年少であり、その歳もまだ10代である。人生経験の浅さも相成ってか、とかく物事に対し悲観的であり忍耐力に欠いた。
『とはいえ具体的になにをするってんです? 同性愛にでも目覚めて乱交でも始めますかい?』
皮肉屋で知られるアゼルフはそうジョークを返して自分で笑った。
20代の彼はそれなりに軍人生活も長かったせいか凡そ現状を正確に理解しており、それゆえにユーリとはまた別の次元で今の状況に対し悲観的な態度を取ることが多かった。
そんな口々に何故を問いてくる一同に対し、セルフェはその『人間でいる為』の方法として思わぬ提案をする。
それこそは……
『想像してほしい……今この房には俺達以外にもう一匹、無力で儚いポケモンがいる。俺達はこの地獄のような環境の中で彼女を守り、そして世話をしていくんだ』
この房において架空のポケモンを想定する事であった。
「ついに頭が狂ったかジジイ」
その提案に対し、にべもない返答をユーリなどは返してみせる。
この房においてユーリの階級は最も低くあったが、残る二人が他国の上官であり、ましてやとうに捨て鉢にもなっている彼はそんな同居人に対して敬意を払うことも無かった。
もっともそれはセルフェとアゼルフも同様であり、気の置けない房の雰囲気はこの地獄の収容所にあっては唯一の救いであったかもしれない。
そんな中で交わされた無駄話のひとつが、先のセルフェの話であった。
彼は『架空のポケモンの世話』を提案するや、壁際に置かれた椅子の一脚を指差し……
『今日からあそこが彼女の席だ。彼女はいつだってあそこに座って俺達のことを見ているぞ』
もはや乗り気ではないユーリなど無視してはどんどんと妄想を脹らませていってしまう。
元より4人部屋であったこの房には三名で使うことの必然として、一人分のベッドと椅子が余っていた。
その一つにセルフェは新たな同居人を設定し、割り当てたのである。
『で、そいつは何のポケモンなんですかい? 俺は故郷にワンパチがいたから、そいつだと嬉しですがね』
話半分に聞いていたアゼルフが思いもよらずに身を乗り出してきた。
『とりあえず楽しむ』は彼の座右の銘ではあるが、思いのほかこういった創作には興味があるらしい。
『いや、どうせならそれも新しく作ってしまおう。オリジナルのポケモンだよ。名前は、そうだな……うん、「エムリット」なんてどうだ?』
「………タイプと分類は?」
遂にはユーリもまたその会話に参加をする。
如何せんまったくと言って良いほどに娯楽の無いこの場所においては、こんな無駄話であっても最終的にはそれに興味を引かれざるを得ない。
どうせ黙っていてもセルフェは話し続けるのだろうから、ならばそれに乗った方がユーリも一時の暇つぶしになるだろうと考えたのである。
『お、ノッてきたな? いいぞ♪ ──タイプと分類はそうだな……『エスパー』タイプの『感情』ポケモンってところか?』
誰もいない椅子をしげしげと眺めながら、セルフェはその口元に笑みすら浮かべながら設定する。
曰く彼女は垂れ耳とも頭巾とも取れない頭部を持ち、目の色は琥珀。その尾は二股に分かれていて、短い手足に寸胴の体躯がチャームポイントだと、セルフェの長広舌はその滑りをなめらかにする。
そんな彼女の居るとされる空白の椅子をセルフェの説明を聞き流しながら眺めるユーリではあったが……その目にはおおよそ、耳で聞いただけとは思えぬほどに具体的な彼女・エムリットの姿をそこへ想像することが出来た。
『──……そういう訳で、今日から彼女は俺達の仲間だ。ほれユーリ、挨拶せんか』
「あ、挨拶って……そこまでするのかよ?」
『当然だろ。初対面の相手には、人間だってポケモンにだって挨拶が基本だ。それにこういうのは乗った方が楽しいぞ』
得意げともはたまた揶揄うようにも見えるセルフェのそんな表情に、なかば一レベル高く馬鹿にされていることを理解しつつしかし、改めて彼女のいる椅子に向き直っては咳払いをした。
そうして、
『ゆ……ユーリ・エンバースだ。その……よろしく』
ぎこちなくユーリが挨拶をすると、囃し立てる様に背後からはセルフェとアゼルフの笑い声が上がった。
その声に晒されながら自身の馬鹿さ加減にげんなりとするユーリではあったが……
不思議と、目の前の椅子に座るエムリットが微笑んでくれたような気がした。