『一晩中サカりやがって! 猿かお前らは!?』
エムリットと一線を越えてしまった翌朝、顔を合わせるなりアゼルフからユーリは揶揄われた。
言わずもがなこの狭い房の中においてセックスなどしていれば気付かれぬはずもない。
『俺としては「みんなの妹」を想定していたんだがなあ……』
そこにセルフェも加わると、話題の中心であるユーリとエムリットは揃って赤面する。
しかしながら口々に揶揄してくるアゼルフとセルフェにしてもしかし、その口調はどこかユーリとエムリットを祝福してくれている節すら感じられた。
当初は『か弱き存在』として設定されたはずのエムリットはいつしか、この房内における『ユーリの恋人』としてその存在を確立するに至ったのである。
そしてこの状況へ至るにあたり、もはや過酷な収容所生活にも拘わらずユーリは幸福の絶頂をここに迎えたと言っていい。
しかしながら……その幸福も直後には壊されてしまうこととなる。
それは永らくユーリが求めて止まなかったはずの展開によって──ある種もっとも皮肉な終焉を迎えるのであった。
斯様にして歓談していたその矢先──突如として鳴り響いた爆音によって一同は肩をすくめた。
何が起きたものか理解できず、それぞれに狭い房の中を見渡しながら壁越しに外部の様子を窺うユーリ達をよそに、見る間に状況は変化していく。
突如、明らかな銃声の甲高い音が響いたかと思うやそれは、たちどころに交互に響き渡っては銃撃戦の様相を呈していった。
更に様々な言語による命令や狼狽といった声が飛び交い、激しくブーツの靴底がコンクリの床を駆け鳴らす様子はまさに狂騒といって過言ではなかった。
何一つ理解の及ばない事態の急変に言葉も無く、ただ肩をすくめては成り行きを見守るしかないユーリの房へもまた、その変化は突然として訪れた。
房の鋼鉄扉の向こうで慌ただしく開錠をする気配が起きるや次の瞬間──荒々しく扉を押し開けては数人の男達がこの房へとなだれ込む。
メットに戦闘服といったいで立ちはユーリの知らない海外の、しかし身内たる連合軍の兵士と思われた。
それが房の中にユーリを見止めるなり怒鳴りつけるよう何かを語りかけてきたが、あいにくとユーリにはその言語が分からない。
とりあえずユーリもまた、会話可能な自身の言語で姓名と所属を名乗ると、一団の中から一人の兵士が歩み出した。
多分に殺気立っていることもあってか、睨みつけるよう怪訝にユーリを観察した後、セルフェとアゼルフ越しに房の中もぐるりと見渡しては再びユーリに視線を戻すと、
『連合軍の者だ、助けに来たぞ! 既にこの収容所は我らが制圧した、すぐにここを出て表の広場に来い!』
それだけを伝え一団はすぐに房を後にすると、同じように隣の房へもなだれ込んでいった。
おそらくは多国籍軍である同盟国の捕虜を解放するにあたり、複数の人種でチームを組んでは言語対応しているらしい。
季節外れの台風さながらに場をかき乱しては立ち去って行った兵士達は元より、突如として自分達が自由の身となった状況を受け入れきれずに、ただユーリは呆然とするばかりである。
そんなユーリへと、
『ともあれ、助かったってんならそれに越したことはない。長居は無用だ、いくぞユーリ』
年長者らしく即座に状況判断をしたセルフェはすぐに開け放たれた入り口に向かうと、そこから周囲の様子を窺った後にはそそくさと房を後にしてしまった。
『良いことも悪いことも終わる時ってのはいつも突然だよな。──俺達も行こうぜ、ユーリ』
更にアゼルフもまたその後に続いて房を出ていくと、慌ててユーリもまた後に続こうとするが──前に出した右足を強く踏み込んでユーリは歩みを止めた。
そこから激しく背後に振り返るや、
「エムリット! お前も……──」
ユーリは顧みた房の中にエムリットを探すも……もはや他人の家と思うほどに気配の変わったその室内に彼女の姿を探し出すことは叶わなかった。
しばし立ち尽くし、ユーリはそのことを理解しようと努める。
分かってはいたことだった……彼女は、ユーリ達がこの房において作り出した『幻影』に過ぎないことを。
謂わばここでの収容生活に付属した『装置』であった彼女は、その前提が崩れ去った瞬間にこの世界からも消滅してしまったのだった。
徐々にそのことが実感として胸に込み上がると、ユーリは強く眉元をしかめてはその喪失の苦痛に耐えるかのよう歯を食いしばった。
それでもしかし、いつかはユーリもここを出ていかねばならない。
見つめる先の格子窓の下にはエムリットが座っていた椅子がある。
もはや誰の姿も確認出来なくなってしまったその椅子にしかしユーリは、
『今日まで、ありがとう。さようならエムリット……愛してるよ』
その言葉を最後に、彼もまた房を出た。
外の廊下は各所から解放された収容者達で溢れ、その人波に揉まれながらユーリは泳ぐように前進した。
それはこの収容所から脱する為であり、そして新たな未来へと歩み出していく行為ではあったがしかし──
その中において止めどもなく双眸から溢れてくる涙を、ユーリは抑えることが出来なかった。