※この作品はR-18です。

三擦り半のマス☆カーニャ   作:たつおか

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エピローグ

 

 

 昨日まで作業をさせられていた広場には代わりに、今は制裁対象国の兵士や所轄の将校達が並ばされていた。

 

 その中に作業場の管轄をしていた中年の兵士を見つけたが、昨日までは無表情に居丈高と構えていた彼が、今は恐怖に顔面を蒼白とさせて目を剥いている様は滑稽ですらあった。

 

 ユーリ以外の解放兵達もその脇を通りすぎて、連合軍の設営場へと移動していく訳ではあるが、その際には皆口々に今日まで自分達を苦しめてきた彼らへと口さがない罵声を浴びせていくのだった。

 

 その後は野外に建てられた数基のテントを順に回らされる訳だが、そこにおいて簡単な健康診断や軽食の提供など受けて回っていくとその最後に──ユーリは面接然として、数名の同盟同士との面会を余儀なくされた。

 

 そこにおいて永らく接触の叶わなかったは自国軍の少尉と対峙するや、ユーリは直立不動に姿勢を正しては敬礼を取る。

 以降、声が裏返るほどの大きさで所属を述べ、少尉からの許しを得てはユーリもその前に着席をした。

 

『今日までよくぞ艱難辛苦に耐えてくれたユーリ二等兵。諸君らの頑張りもあって、無事に大勢は決した。もはやこのまま押し切るのも時間の問題というところまで来ている』

 

 少尉の右隣にいる軍曹を名乗る兵士の言葉にユーリも安堵と納得を覚える。

 今自分がいるこの収容所からしてがもう、制裁対象国の領地にだいぶ深いった場所である。

 そこへ同盟軍が進駐していることからももはや、相手国の現状は推して知るべきといったところだ。

 そうしてユーリは自身がここへ収容されるまでの経緯と共に、約4年以上に渡る収容所生活の様子を尋ねられていくわけではあるが、その中において……

 

『時にユーリ二等兵。「エムリット」とは何者であろうか?』

 

 思わぬ彼女の名がふいに──今まで聴取を続けてきた軍曹ではなく、少尉自身から発せられたことにユーリも驚きを禁じ得ない。

 聞けばこの収容所が管理していた日誌の中にはユーリに関する記述が散見され、その中において彼が『エムリット』と称するポケモンを擁護していたという記憶が残っていたのだという。

 

 事実、エムリットと過ごした三年ほどの期間の中で、幾度かユーリはそのことについて尋問をされたことがあった。

 あまりにユーリがリアリティをもって彼女に接していたことから自ずとその奇行は外部にも漏れていて、収容所側は連合国との内通を行っているのではないかとユーリに疑いの目を掛けたのであった。

 

 その時はストレスによる神経衰弱と判断され、尚且つユーリの居室からも疑わしい物的証拠も出てこなかったため不問に付されたが、以降ユーリは内外から『変わり者』として在らぬ偏見を抱かれてしまうこととなる。

 そのことを収容所側の日誌から発見しての質問ではあったが、しばし考えた後ユーリはありのままを離すことに決めた。

 

『始まりは○○国航空隊セルフェ中尉からの提案でした──……』

 

 思わぬ他国の尉官が出たことで、面接する少尉を始めとする一同に疑惑と緊張の色が現れた。

 それを前にしながらユーリはここに至るまでの経緯を話していく──。

 当然ながらエムリットとの仲睦まじい交流の詳細は伏せたが、それでも架空のポケモンを想定することにより自分達があの地獄の収容所生活において人間性を保てたことや、そしてそのエムリットがどれほどの救いになったことかを報告する時、抑えようとは努めてもユーリの顔には微笑みが浮かんでしまうのだった。

 

 やがては一連の事情を全て打ち明け終わると、期せずして場は重い沈黙に包まれた。

 話を聞いていた時の姿勢のまま、腕組みに瞑目という少尉へと左右の軍曹は何やら声を潜めては話しかけていた。

 それに頷きながら、時折り言葉短く相槌を打っていた少尉もしかし──やおら片目を開いてユーリを見据えるや、椅子の背凭れに預けていた背を起こし今度は前のめりにテーブルへと両肘をついた。

 

『……今の話、けっして嘘偽りはないのだな?』

 

 言葉短く、どこか叱責しているようにも聞こえるその言葉の圧に対し、ただユーリは顔面蒼白に頷くことしか出来なかった。

 しばしそうしてユーリの観察を続けていた少尉ではあったが……やがて一連の話に一切の虚偽が無いことを察するや深くため息をつく。

 そして次の瞬間、少尉から発せられた言葉は思いもよらぬものであった。

 

『落ち着いて聞いてほしいユーリ二等兵……。あの収容所には、セルフェ・ユクシーなる航空中尉も、そしてアゼルフ・アグノムなる兵士も存在しない』

 

 瞬間、ユーリは少尉が何を言っているのか理解できなかった。

 それでも当初はセルフェ・アゼルフの階級や所属国を自分が思い違えていたのかとも錯覚したユーリではあったが、

 

『そもそもが、君がいた部屋は独房だ。三人もそこに収められるような余裕など無いのだよ』

 

 その瞬間──ユーリは頭が白くなった。

 少尉の語る言葉を受け入れたその時、ある光景がユーリの脳裏には広がったからだ。

 それは連合軍が房の鍵を開錠し、そこから外へと出ようとした時に顧みた自身の房の様子であった。

 

 記憶の中にあるその場所は、人間二人が並んで立てる程度の狭所の中、ベッドを壁際に寄せただけという質素さだった。

 そしてその光景はこの4年間において自身がセルフェやアゼルフと共に過ごした房の様子とは似ても似つかぬ光景であり、ユーリは脱出の際にそんな自室をまったく違う部屋のようなに感じたのである。

 

『……この収容所の日誌にはこう綴られている。ある時から君の独り言が多くなり、周囲の囚人達からそれに対する苦情や心配の声が上がったと』

 

 収容されていた期間中も幾度かユーリは収容所の管轄者に呼び出されては尋問をされたことがあった。

 その際に同居人であるセルフェやアゼルフのことを聞かれもしたが、てっきりそれは敵対国の情報を得ようとしたものであるのだとユーリは信じて疑わなかった。

 しかしながらそれらは……他人には計り知れないユーリの房において、延いては彼の心の中において起きている変化を確認しようという収容所側からの試みであったのだった。

 

『──しかしながら、考えようによってはそれも功を奏したと言えるな。相手は君を精神異常者と看做し特別扱いをしてくれたようだ。おかげでガス室へ送られることもなく、今日この日を迎えられたのだから』

 

 少尉はユーリに向けて言うというよりは、一連の事件において書記役が内容を纏めやすいように所見を述べているかのようであった。

 しかしながら依然として状況が飲み込めず、救い求めるよう前方の上官達を交互に見遣るユーリに対し、

 

『甚だ短い期間ではあったが、これを以てユーリ二等兵の退役を許可し、国からは傷痍年金の受給が出るようにも取り計らおう。──今日までご苦労だった』

 

 やがては打ち切るよう少尉がそれを告げると、ユーリは半ば強制的に起立を求められては一室を後にした。

 部屋を退去させられてからは、当てもなく他の国の兵士達が控える収容者達のテントを回ってはそこにセルフェとアゼルフの姿を探した。

 

 

 それでもしかし、そこに彼らの存在は微塵として認められずにやがて──……

 その一週間後には母国帰還の為の航空艇になど乗せられては、ユーリも強制送還を余儀なくされるのだった。

 

 

 

■    ■    ■

 

 

 

 夜道の帰路をユーリは重い足取りで辿っていた。

 一概に『帰路』とは言っても、見ず知らずの土地に用意された家になど一片としての思い入れも湧かない。

 全ては天涯孤独であったユーリの為に宛がわれた住居であり、ユーリはそこへと向かうべくに足を引きずるようにして歩き続けていた。

 

 道すがら、幾度となく思い返したであろうあの収容所での生活を追憶する。

 セルフェやアゼルフと過ごした日々や軽口の数々は今でも鮮明に思い出すことが出来た。

 そしてそれは当然ながらエムリットとの記憶も然りであり、此処この段に至ってもなおユーリにはあの四年間が妄想の産物であったなどとは思えなかった。

 

「……いっそ、狂ったままでいられたなら良かったのに」

 

 ふとそんなことを呟くと、その未練と無念を具現化したよう白い息が鼻先で立ち上がっては12月の寒空に舞い上がっていった。

 国からは今後、ユーリを傷痍軍人として毎月一定額の年金が支払われると保証された。

 その額たるや、慎ましやかに暮らしたのならば一生涯食っていくには困らない額だと言えた。

 しかしながら、一連の愛して止まない仲間達との四年間を取り上げられたユーリにとっては、そんな生活費の保証でさえどこまでも空しく、そして他人事のように感じられるのだった。

 

 その意気消沈の中において、おそらく自分は寿命を迎えられるより前に自殺して終わるのだろうと自覚する。

 そんな何処までも気持ちが沈んでいくユーリの目に、ふと小道の先に灯る小さな明かりが見えた。

 

 周囲に民家などは無い──おそらくはあれこそが国の宛がってくれた新居であるのだろう。

 それを確認しても何の感動も湧かぬまま近づきつつあるユーリはしかし……次の瞬間、そんな我が家の遠景に思わぬものを発見した。

 明かりが漏れる窓の向こうに、見覚えのある影法師がチラついたからだ。

 

 長身で、三日月のように撥ねた顎髭を蓄えたその横顔こそは……

 

「そ、そんな……あれって、セルフェ?」

 

 見間違えを疑いつつもユーリの歩みが僅かに早くなった。

 さらにはその隣において大きく口を開けて笑う丸坊主の短毛のシルエットは、

 

「あれは、アゼルフ……そんな、なんでここに……ッ?」

 

 とうとうユーリは駆けだしていた。

 唯一の財産となる当座の生活費を納めた肩掛けカバンが背後に擦り落ちたが、そんなものになどユーリは目もくれなかった。

 

 そうして視界にあの窓の影法師達を納めたまま走るユーリは、そこにもう一人の存在を期待する。

 それこそはあの収容所において……否、この世界で最も愛して止まなかったあのポケモンの存在であった。

 そして涙に霞む目頭を何度もこすりつけ、息せき切って張り続けるユーリの顔に──困惑にも似た満面の笑顔が浮かんだ。

 遂には、

 

「エムリット……それにみんな! 帰って来たよ! もう誰も、離れ離れにされることなんて無いよッ‼」

 

 自身の存在をその家の全員へ知らせる様、ユーリはいま声の限りに叫んだ。

 それに反応し、家の中の影法師三つが同時にユーリへと振り向き、そして各々に声を上げては両腕を振り上げる。

 

 

 おかえり──

 そして、ただいま……──

 

 

 もはや彼女達が何処かへと去ってしまう心配など一切として無い。

 

 冬の大星雲が煌めく空の下、愛すべき家族達の待つ家へとユーリは今──帰ることが出来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

【 収容所の少女・完 】

 

 

 

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