ポケモンに対する虐待 や 過度な拡張
といった暴力的な表現が多く含まれます
第1話・鞭役ポケモン
中世美術に代表される油彩画に『召し替え』という作品がある。
幼きテレサ王女の衣替を、世話する官女達と共に切り取った一枚ではあるのだが……その構図には見る者の小首を傾げさせる表現が随所に見受けられた。
絵画の中央には当時三歳のテレサが子供特有の無表情さで訝し気な視線を返しており、子供の成長記録も兼ねたこの一枚は大層に微笑ましいものといえた。
しかしながら問題は、そんな王女の周囲に描画された侍従達の表情にこそある。
向かって右となるテレサの左隣には三匹のポケモン達の一団があった。
画面一番手前で伏臥するパピモッチを中心に背後にはバリヤードとチラーミィが控えるといった構図ではあるのだが……そこに描かれているポケモン達は皆一様に顔を伏せ、その表情も暗かった。
子供の成長記録とも言うべきこの作品自体に不穏な意味合いなどは無いのだが……先に上げられたポケモン達の心情としては、この時に限らず王女テレサと共にいる瞬間はどんな場面であろうとも心休まることはなかった。
斯様なポケモン達はテレサ専任の侍従であり、王宮内では『鞭役』と呼ばれる存在であった。
その役割は彼女の遊び相手であると同時に教育係も担う訳ではあるが、一概に『教育』とはいってもこのポケモン達が直接にテレサへ仕置きや訓示を授けることはない。
この場合、ポケモン達の役割とはテレサに代わって体罰を受け、その様を見せつけることによって過ちへの反省と教訓とを促すことにあった。
つまりテレサに代わり鞭(罰)を受ける役割ゆえの『鞭役』なのである。
とはいえその効果が大人達の思惑通りに機能していたかは甚だ疑わしい。
そもそもが他者の犠牲を目の当たりにして教訓を得るという感性は、善悪の認識は元より、対等あるいは上位の相手から示されてこそ効果を発揮するものである。
しかしながら王宮の頂点としてかしずかれ、望むもの願うことの悉くが叶えられてしまう立場(テレサ)にとっては、そんな他者の苦悩でさえも一時の娯楽でしかない。
むしろ見知った友が仕置きに対して上げる悲痛な声は、よりテレサの心を弾ませてやまなかった。
故に彼女は純粋にそれを楽しむべく、故意に悪戯を繰り返しては鞭役達を仕置きの矢面へと立たせたのである。
ある時は晩餐室の絵画に落書きをしてバリヤードを鞭打たせ、ある時はマナーを失する喫食をしてはパピモッチを三日間断食の憂き目に会わせ、そしてまたある時はホールの高価な陶磁器を割ってはチラーミィを数日間吊り下げさせては晒し者とした。
斯様な仕置きを施す周囲でさえも、これが彼女の教育に何ら効果をもたらさないことを理解しつつ、歪んだ封建意識の元に罪も無いポケモン達へと理不尽な罰を与えた。
その中でもチラーミィなどは特にテレサのお気に入りであった。
小柄で痛みに弱い彼女は僅かな鞭打ちに対してさえも高い声を上げたし、いよいよ以てそのが仕置きが苛烈さを増すと、その愛らしい見た目からは想像もつかない苦しみ歪んだ声を絞り出した。
あまりの悲壮さに仕置きを行う側も躊躇いを覚えてその手を止めるがテレサはそれを許さない。
むしろそうなってからが本番とばかりに、更なる苛烈さを以てチラーミィを苛むことを命じた。
やがてはその痛みと苦しみが限界に達し彼女が気絶してしまうと、ようやくに一連の仕置きは終わりを迎える。
そうして元の可憐な毛並みが原形もないほど逆立っては襤褸布さながらに気絶するチラーミィを──一変して今度はこれ以上の愛情もないほどに抱き締めて、テレサは彼女を労るのであった。
しかしそれは、けっしてテレサの後悔や贖罪に由来する行為などではない。
それこそはチラーミィが、どこまでもテレサにとってお気に入りの『玩具』であることの証なのである。
人の子のように慈しむ『人形』や、そして力の限りに蹴りつける『ボール』と同じレベルの存在こそが『チラーミィ』であり、もはやそこに彼女の尊厳などは微塵として認められてはいないのだった。
そして子供が執着を示す玩具の行く末と同様に……チラーミィもまた、いつかは『壊れて』終わるのだ。
しかしながら周囲のそんな哀れみと予想をよそに、その後もチラーミィ―は幾度となく生死の境をさまよいながらもテレサと共に長じ、やがては見目麗しいチラチーノへと進化を果たす。
その頃にはテレサもまた15歳となっており、目鼻立ちの中にも母である女王譲りの傾国の美貌が備わいだしていた。
この頃には既に幼少期の頃のような癇癪は鳴りを潜め、身に着けた礼儀作法をスマートに熟しては近く社交界へも出ていこうかと噂される高貴な淑女の佇まいをテレサは身に着けていた。
彼女を知る者は皆口々に、幼き頃の正体無い悪童ぶりを話題に出しては誰でもないテレサ本人と共にそれを笑い、彼女の成長に感嘆もしたがしかし──依然としてその話題を、ジョークとして受け止められぬ者達がいた。
それこそは幼少期より彼女に付き従うバリヤードと、今はパピモッチから進化を果たしたバウッツェル……そして、伏せた顔色を一際青褪めさせたチラチーノであった。
思わぬ話題に同じ茶会に参加してはテーブルの上に上げられていたチラチーノの体が小刻みに震え出した。
その様子に一早く気付いたバリヤードとバウッツェルはそれとなく咳払いや鼻を鳴らすなどしてチラチーノの精神を落ち着かせようと躍起になるも、そのことに対し誰よりも焦りを感じているチラチーノの震えは更にその度合いを増していった。
やがては座位を保てなくなり、眩暈にも似た感覚に抗おうと右手を傍らに着いた瞬間──甲高い破裂音が響いた。
その思わぬ音にテーブルについていた貴族一同はその方向を向き、一方でバリヤードとバウッツェルは揃って目を閉じては肩をすくめる。
チラチーノの手は、事もあろうテレサのカップに触れてしまってはそれを倒し、あまつさえハンドル部分を破損させてしまっていた。
思わぬその事態に集まりの一人が声を上げてメイドを呼びつけると場はちょっとした混乱の様相を呈した。
しかしその中においてもただ一人、取り乱さぬ者がいた。
それどころかその者は落ち着き払っては依然として震え続けるチラチーノへと、微笑みすら思わせる視線を送り続けてもいた。
「──お行儀が悪いですわよ、チラチーノ」
そして掛けられる声に反応し、チラチーノは針で刺されたかのよう両肩を跳ね上げる。
そうしてその声に誘われるよう怯えた顔を上げるチラチーノの視線の先には、
下瞼を上ずらせてはさも嬉しげに嗤う──……ガラスのように美しいテレサの貌が、そこにはあった。