その瞬間まで受け身であった愛好家が、ある時を契機に創作側へ転身してしまうことはけっして珍しい話ではない。
謂わばそれは趣味の究極系であると同時に、古今を問わぬ趣味人の常とも言えた。
故にテレサが仕置きの鑑賞者から一転し、自身の手による執行の喜びに目覚めたことは至極当然の成り行きとも言える。
事の始まりはまだ第一進化形であったチラチーノへの鞭打ちを、彼女が自身で行ったことに端を発する。
テレサ六歳の砌──この時テレサは仕置きに使われていた革製の鞭に強い興味を抱いた。
全長30㎝程度の短鞭は子供にも携えられるほどに軽量で、流線型の先端に末広がりの革片(フラップ)がついた鞭は、その機能性からただ振り下ろしただけでも最大限の効果がもたらせるよう設計されていた。
直線状の鞭が振り下ろされる際には三日月のごとくに湾曲するその変幻さと、さらにはそれが咎人を捉えた際に発生する寒冬の薄氷が割れるかのごとき炸裂音にテレサはすっかりと魅了された。
そして何よりもそれを振るう自身の仕置きに対してチラチーノが甲高い悲鳴を上げるに至り……幼き暴君はこの行為の虜となる。
以降テレサは、鞭役への仕置きは自身の手で執行するようになった。
すなわちそれは役目のポケモン達にとっては新たな地獄の始まりにも等しい。
罰を与えるためには罪を犯さねばならず、その口実の為にテレサは自室のカーテンを引きちぎった。
そしてその贖罪をこれにより鞭役達へ購わせようと言うのだから無体にも程がある。
本来の『反省を促す』為の仕置きは、『罰を与えたいが為に罪を犯す』という、おおよそ目的と手段とが完全に履き違えられた形で履行された。
そして誰よりもその不条理に戦慄したのは誰でもない鞭役のポケモン達である。
従来の役目でさえ本来は自分達に落ち度の無い事柄で責め立てられるというのに、今のテレサたるや自ずから罪を犯しては、その罰を鞭役達へ購わせようと言うのである。
そしてその理不尽の中において、もっとも被害を被ったのが誰でもないチラチーノであった。
ことあるごとに幼き残虐性を発揮させるテレサは、従来の鞭打ちは元より逆さ吊りに水責め、さらにはソファの足の下に身を横たわらせては座面に一堂を上がらせて圧迫するなど、幼い想像力を存分に働かせては思い付く限りの罰をチラチーノへと科した。
ある時、そのあまりの悲惨さに目を当てられなくなったバリヤードが自ら身を呈して罰を受けることを申し出たが、テレサはそれを許さなかった。
その相手の大半はチラチーノであったし、またテレサにはテレサなりの取り決めがあるのか、故意であれ偶発的なものであれ、必ず何らしかの過ちを犯してからでなければ、彼女はチラチーノやその他の鞭役達へ手を上げることはなかった。
一連の狂人染みたテレサの振る舞いもしかし、それこそは彼女独自のコミュニケーションのひとつであることを、鞭役たちは徐々に理解していく。
テレサにとっての仕置きとは、言わば対話に等しい。
例を挙げるに、仕置きを受けた際に上げられるチラチーノからの悲鳴──謂わば等身大のレスポンスは、テレサにとってあらゆる身分や性差、そして生物的格差を超越した対等なコミュニケーションなのであった。
そしてそのことに対し、特段にテレサの手に掛けられることの多かったチラチーノを始め鞭役のポケモン達は、幼きテレサの中に単なる人とポケモンの主従ともまた違う『とある関係性』を見出していくこととなる。
そうした付き合いはもう10年以上に及び、そして今日──物語は今この瞬間に繋がる。
茶会でのチラチーノの非礼を詫びると、テレサは彼女の不調を理由に席を立っては自室へと歩を進めた。
一歩引いた背後にはバリヤードとバウッツェルが足音を忍ばせながら続き、そしてテレサの腕の中には──依然として震え続けるチラチーノの姿があった。
ふいにそんなチラチーノの頭頂部へ唇を触れ合わせると、テレサは慈しむよう無言のキスをする。
齢15を迎えたテレサはもはや、その年齢には見合わぬほどに美しく成長していた。
女子らしからぬ長身の肢体から伸びた長い手足、そしてその背へ緩やかに波立った金の髪を覆わせた姿たるや、もはや人ならざる秀麗の芸術作品を思わせる向きすら感じさせた。
しかしながらそれゆえに彼女の持つ無機質さと体温の感じられない白い肌は、家人であってさえも気軽には声の掛けられない寒気のようなベールを纏っている感すらあった。
事実、テレサは週に何度かある他家や皇室の茶会以外では人と会うこともなかったし、屋敷の中を巡る以外には外出すらも稀であった。
別段それを親から禁止や、或いはこの屋敷の中に閉じ込められている訳ではなかったがテレサは既に、この屋敷には望む全ての世界が備わっていることを知っていた。
そしてその一部こそが幼少期より共に在り続けてきた鞭役のポケモン達であり──そして今、胸の中に抱くチラチーノに他ならない。
自室につくと大業な堅木のドアを後ろ手で閉じる。
明り窓の悉くにカーテンの引かれた部屋はまだ正午にも関わらず暗く……そして苟(いやしく)も王女の私室とは思えぬほどに重い空気をそこに澱ませていた。
そんな薄暗い室内は暖炉に焚かれた炎の光だけが、その陰影を蛇の舌先のよう室内の闇に踊らせている。
ベッドへと向かうすがらにそんな暖炉の火を背にすると、逆光に影の差したテレサの顔はその腕に抱かれているチラチーノからでさえも確認することが出来なくなった。
やがてテレサは声もなくチラチーノをベッド上へ静かに下ろすと、彼女に背を向けては部屋の隅へと移動する。
そこの一角に設けられたクローゼットを両開きに開け放つと、僅かに上背を屈めてはその中の物色を始めた。
そんなテレサの後ろ姿をどこか靄のかかったような意識で朦朧と見つめるチラチーノは、いま視線の先にいる『テレサ』へとひとつの疑問に感じていた。
その考えは今だけに限らず、それこそはテレサが自分と身長の大差もなかった頃から抱き続けている疑問でもあった。
それは『テレサとは何者であろうか』という問い──。
哲学的というよりはもっと根源的な疑問であり、果たしてテレサは自分と同じ生物であるかという領域の疑問であった。
そしてそれを思う時、いつもきまってチラチーノはひとつの答えと辿り着くのだ。
それこそは、テレサが自分達にとっての『神』であるのだという確信──この屋敷のなかにおいては自分の生殺与奪の権を握る彼女こそ、邪でこそあれチラチーノ達にとってはその存在に他ならなかった。
そしてそんな神(テレサ)から下される天災の如き仕置きに相対することは彼女の治める世界の中で生きるという事であり、それこそが常日頃に鞭役達が胸に抱く『己とテレサとの関係性』なのであった。
そんな思考を絶つよう──突如して目の前に雪崩れてきた数多の物体の気配にチラチーノは我へとかえる。
反射的に顔を上げれば、そこには何か小柄の物体を赤ん坊然として抱いているテレサが、彫刻のよう美しくも無機質な視線を向けていた。
そして次にチラチーノの視線は今しがた目の前にぶちまけられたベッド上のそれらへと向けられる。
そこにあったものは、緩やかに湾曲した何か棒状の物体達──先端が丸みを帯びているものもあれば、はたまた先鋭型になっているものもありと、その形状は様々であった。
そんな全長にして15㎝前後のそれら張形を前に、チラチーノは湿った鼓動が不整脈を打ち、そしてその鼓動を吐き気のよう喉元へ混み上がらせる感覚に目眩した。
チラチーノはそれらが何物であり、そして何事に使われるかを知っている。
目の前で雑多に広げられているそれらは全て……様々な生物達のぺニスを模したものであった。
「今日は、もっと楽しい『鞭』もあるのよ──……」
同時、鹿爪ぶった様子で掛けられるテレサの声に再び顔を上げたチラチーノの顔色は──その腕に抱かれているものに気付くや見る間に青褪め、そして滝のように顔面から溢れ出る脂汗で彼女のマフラー然とした毛並を細らせる。
テレサの腕の中に抱(いだ)かれていたそれ……一見したならば何かの花の蕾や球根にも見えるそこには、数多の疣や刺が禍々しくも放射状に生え立っていた。
「サザンドラのものだそうよ……凄いわね、貴方と大きさが変わらないじゃない」
顔色ひとつとして変えることなく淡々と告げてくるテレサとは対照的に、チラチーノは遂に座位を保てなくなっては背中からベッドへと倒れ込む。
そうしてこれより執行される己への鞭の内容を想像するチラチーノは……遂に恐怖の忍耐を越えては失禁を果たした。
斯様なチラチーノの前へと静かに進みながらベッドへと乗り上がるテレサを前に、チラチーノはこの一時を生き延びられることを神に身に祈る。
祈るもしかし、誰でもないその神(テレサ)がこれより罰を下すのだと気付いては──
再びチラチーノは恐怖の飛沫を噴き上げるのだった。