「それで……噂の王女様はどうなったんだい?」
怪訝そうにもしかし強い興味を以て続きを促してくるマリーアに対し、気を良くしたアントニーは咳ばらいを一つした。
場所は彼女の営む雑貨屋のカウンターであり、そこに昼食を買いに来たアントニーとの世間話は、この国で8年前に起きた『革命』の話題へと至っていた。
『どうなったもないさ。あの時の王室の連中は王と女王は元より、その子供達や侍従のポケモンに至るまで皆殺しにされた。誰も生き残っちゃいないよ』
眉を顰めつつもしかしどこか得意げに話すアントニーはマリーアと8歳差であり、件の革命が起きた時は10歳であった。
物心もまだつかない少年だった彼に当時の革命と、そして前後における世情への感慨など湧くはずもなく、多分に今の鹿爪ぶった口ぶりは意識するマリーアへとさも大人びた印象をアピールしようとしての振る舞いに他ならない。
それを分かりつつソバカスの鼻頭にバンダナを頭に巻いた姿のラフなマリーアは苦笑いを一つ。
もっとも今のマリーアの関心は件の革命の際に殺されたというテレサ姫のその後にあったから、アントニーには後で食事に付き合うとして、今はその続きを知りたく彼に話の後を促した。
「殺されたとは言うけどさ……本当は生きてたりするんじゃないかい? それこそ身代わりを立てたりしてさ」
『他の王族達ならそれで誤魔化せたかもね。でもテレサ様に関しては、その手のごまかしは利かないよ。……大きな声じゃ言えないけど、実はテレサ様には他人と見間違われようのない特徴があったんだ』
狭い店の中、客は自分しかいないのを分かりつつも顔を寄せて声を潜ませるのは、少しでも意中のマリーアに近づきたいというアントニーのささやかな企みだ。
もっともマリーア自身も、そんな不器用な青年を憎からず思ってもいたからそこに嫌悪を抱くことも無く、ただその滑稽さに苦笑しては彼女自身もまた頬を寄せてやった。
『聞いて驚くなよ? ……テレサ様には、他の貴族には絶対にない『顔の傷』があったんだ』
アントニーの語るそれに、それまでリラックスした様子で聞いていたマリーアの表情が引き締まる。
それに気付くことなく語られ続けるアントニーの話は以下のようなものだ。
件の王女テレサは齢15歳の時──すなわち革命の起こる3年前に、とある事故からその顔面に大火傷を負ったのだという。
これは不幸な事故とも、あるいは何者か第三者による暴行とも噂された。
それというのも見目麗しいことで知られたテレサにはその頃、隣国の王室との婚姻が水面下で進行していたのだ。
テレサを介し世界的規模にも及ぶ同盟国家が誕生するとあっては、その話の持つ影響力は噂レベルであっても計り知れなかったことだろう。
特にその二国と国境を接する、他の国々にとっては由々しき問題の発生といっても過言ではなかった。
故に……
「……その婚約を破綻させるために、侵入した刺客が王女様を疵物にしたと?」
『それがもっぱらの噂だ。事件があった当時、姫の周囲には愛玩用のポケモン達しかいなくて、後にそいつらが刺客の存在を証言したとも聞くぜ?』
ともあれその一件を期にテレサが人前へ現れることは公私を問わずに途絶え──以降彼女の消息は件の革命において王族の処刑が執行されるに相成ってから、初めて巷間にその情報が知れたほどである。
「………色んな事情があったんだろうね」
『そういや──マリーアがここに店を出したのもそのくらいだったよな? ……マリーアはここに来る前は何をしていたんだ?』
唐突なアントニーの質問に対し、上目遣いに返されるマリーアの視線が存外の鋭さを帯びた。
しかしながらそれに当てられているアントニーはと言えば、一向にそれを気にする様子もなくむしろ、その端正な目元が自分に対して向けられたことに喜んでいる様子ですらあった。
そもそもがアントニーが何の脈絡もなく8年前の話など持ち出したのは、誰でもないマリーアの過去を知りたいが為むりくりに、彼女がこの村へと来た年代を話題に出したのが始まりであった。
そしてその話に対し、存外にマリーアが興味を示したことに気を良くして話はここに繋がるのである。
その仔犬の様ですらある年下の男を前にやがては、マリーアは全てが馬鹿馬鹿しいといった体で鼻を鳴らしては小さく笑った。
8年前にマリーアがこの村へと越して来て雑貨屋を始めた頃からの付き合いであるのだ。その頃から淡い想いを寄せてくれては、とうに行き遅れてしまった自分に対し未だ自身の花時を浪費してくれるアントニーに対し、不意にマリーアは申し訳なさと同時に胸の内が暖かくなる想いがした。
「これからを生きようって時に昔のことなんて必要かい? アタシなら、共に歩んでくれる男なら前だけ向いてくれる人が嬉しいけどね。……どこかのお調子者みたいにさ」
小さく鼻を鳴らしては上目遣いに微笑んで見せると、さすがの唐変木もマリーアの言葉の意図を察したようであった。
『あ………ほ、本当かい!? その、俺のことでいいんだよねッ?』
「そういう野暮なところがアンタの悪い所さ。でも、そういうところも嫌いじゃないよ」
小さくウィンクなどしてみせるともはや、完全にアントニーは有頂天となっては文字通りにその場で飛び上がってみせたりもした。
『そ、それじゃあ親父と会ってくれ! お袋と兄弟達にも紹介する! それからァ……──』
「だからまだ話が早いよアントニー。……これからアタシのこともゆっくり聞かせてあげるから、順を踏んで決めればいいよ。幸い、アンタには時間だけはあるんだからね」
話に一区切りをつけ、こんな所で油売っていて良いのかと諭すと、とうに昼休みなど終わってしまったことに気付いてはアントニーもまた両肩を跳ね上がらせた。
そうして今日の夕食の約束も半ば強引に取り付けると、アントニーは小走りに店を出ていく。
そんなアントニーと入れ替わるよう、店の出入り口において何者かとすれ違った。
外から入って来たそれは体を半身に開いて道を譲ると、被っていた麦わら帽子を外しては小さな会釈をアントニーへとした。
『やあ、バリヤード。畑を観てきたのかい? 今年の麦は豊作みたいだね。俺にも念願の春がやって来たぞ、このッ♪』
マリーアのパートナーポケモンでもある年嵩のバリヤードへと上機嫌な挨拶をしては、アントニーも踊るように店の外へ出ていった
その傍から見ても浮かれた様子を見送っては何事かと視線を返すバリヤードにマリーアも苦笑いをひとつ。
同時に店の中には、バリヤードの足元をくぐり抜けてバウッツェルもまた帰宅を果たしていた。
「二人ともご苦労様。少し遅くなったけど、お昼ご飯にしようか。あの子にも声を掛けて来ないとね」
バリヤード達へと歩み寄りながら畑仕事の労をねぎらうと、昼の小休止の為にマリーアは店のドアに閂を下ろした。
そうして店内に身内だけしかいなくなると、マリーアは日中の間ずっと被り続けていたバンダナを解いては手に取った。
そうして緩く波立った金の髪を解いてため息をつく彼女をバリヤードとバウッツェルの二人は言葉も無く見守る。
表情も無く、それでもしかしどこか落ち着いたそのまなざしは心穏(まろ)やかに見守るようであり、そして労わるかのようでもあった。
「──ん? どうしたの? アタシの顔に、何か付いてるかい?」
その視線に気付いてはどこか冗談めかした様子で尋ねてくるマリーアを前にバリヤードもやがては視線を振り切っては緩やかにかぶりを振った。
それを前にマリーアもまた自然に、しかし満面の笑みを満たすと手持無沙汰に足元のバウッツェルを抱き上げては胸に抱く。
「聞いておくれよ。さっきのアントニーだけどね……──」
そうして三人は穏やかに言葉など交わしながら、もう一人の家族の待つ母屋へと歩を揃えては歩んでいく。
その瞬間、窓辺から不意に吹き込んだ一陣の風がカーテンを孕ませた。
そこから空を見上げれば、寄り添うよう母屋の隣に立つ常緑樹の枝葉が、木漏れ日を斑にちらつかせながら清風とともに初夏の気配を知らせていた。
煌めくよう明滅を繰り返すそれを窓辺から受ける慎ましやかな家族達には──
何の貴賤も蟠りも無い、ささやかな笑い声と幸福とが満ちるばかりだった。
【 鞭の調に玩具は踊る・完 】