第1話・正体不明のパートナー
文筆業エウス・ジングは、世に言う『ラノベ作家』と呼ばれる存在だ。
これまでに執筆した3作はその全てがアニメ化の後にスマッシュヒットし、今現在抱えている連載もまた、既に半年先のアニメ化が決定しては水面下でその作業も進行しているいう好評ぶりであった。
もはや業界においても実力派と名乗って差し支え無い地位に置かれ、今後の展望も明るい作家として読者や編集部でも憶えの良いエウスではあったが……──その実いまの評価が、自分には分に過ぎた扱いであることをエウスは冷静に判断していた。
己の書く物語などはキャラクターも内容もそのどれもが平凡であり、別段真新しさもなければ先達の築いたジャンルの焼き直しであることを、誰でもないエウス本人が自覚していた。
ならば今日の成功は何に由来するものかと問われる時、エウスは確信をもって断言できる要素が二つあった。
一つは言わずもがな『運』であり、そしてもう一つは──デビュー以来、こんな自分と二人三脚で作品を作り続けてくれた挿絵作家の存在に他ならなかった。
そのイラストレーターである『桜・しっぽ』は、奇しくも彼の作品挿絵を担当することでデビューを果たし、以降は縁の下でエウス作品を支え、そして盛り上げてくれた立役者である。
ペンネームにも由来する淡い赤色系を基調としたタッチは、一見儚げな色合いでありながらも匂い立つような存在感の厚みを表現し、さらには独創的なセンスでデザインされたキャラ達は静止の一枚絵とは思えない躍動感を以てエウスの物語を補完した。
これによりエウス作品は視覚による注目を集めたことを皮切りに認知されることとなり、そして処女作がアニメ化されてブレイクするのを契機に、彼とその作品を一躍時代の寵児へとのし上がらせたのである。
その経緯があるからこそ、エウスはいつも桜しっぽに対しては強い感謝と敬意を抱いていた。
何よりもエウス自身が桜しっぽのファンとなっては、その作品を一番最初に拝見できることの役得を感謝せずにはいられない。
しかしながら、ここからが話の本題となる──……。
斯様にして本業での成功を収めたエウスではあるが、かれこれ5年以上の共同作業を経ているにも関わらず、エウスは一度として桜しっぽの尊顔を拝したことが無かった。
出版社やアニメ制作会社のパーティー、さらには賞の受賞式でさえも桜しっぽは公の場には出てこようとしなかった。
それどころか写真はおろか、声すらも聴いたことのないその存在に対し、次第にエウスも疑念を深めていくこととなる。
担当編集に対しそのことを尋ねてもはぐらかされるばかりで、唯一知れたことと言えば桜しっぽが女性であるということ、ただそれだけであった。
『難しい人だから……』というのが関係者の誰に聞いても返されるお決まりの文句であり、当初はネットを駆使して彼女のことを調べ始めたエウスも、そのあまりの情報の少なさに遂には、『桜しっぽ』は架空の人物であるのではないかとすら疑い出した。
全てはアニメ会社とのタイアップであり、複数人ないし1チームがひとつのペンネームを共有して作業しているがゆえに姿を現せられないのでは……とすら考えた。
しかしながらそれら妄想も最後にはウエス自身の直感によって却下される。
この時エウスには、彼女が実在する一個人であることの確信があったのだ。
こんな状況であっても唯一エウスには彼女との交流を持てる瞬間がひとつだけあった。
それは言わずもがな、仕事の打ち合わせをする時に他ならない。
しかしながらそれですら、直に彼女とやり取りが出来るわけではなかった。
挿絵や単行本表紙のカバーイラストに関しては、事前にエウスと編集側で描き起こしてもらいたいシーンというものをいくつか選抜しておき、それを桜しっぽサイドでも吟味したうえで、最終的に内容が決まるというのが一連の流れであった。
その中において、彼女から選抜されるシチュエーションはキスシーンや肌の露出が高い、いわゆる『濡れ場』と呼ばれる場面のチョイスが多かった。
編集側としても女性キャラのそうした表現が何よりも読者の目を引く要素であることを心得ていたから、むしろそれに喜んでは異議を差し挟むこともなかったが──こと原作者であるエウスに至っては、これこそが彼女に到達する為の糸口であると直感した。
以降エウスもまた斯様な濡れ場を作品内へ反映させる傍らで、そのシーンに様々なシチュエーションやフェチを仕込んではそれを選ぶ彼女の好みを図ろうとした。
そうして数度にわたり様々な方面から彼女の嗜好を探るうち、エウスはある傾向を彼女の中に見出すこととなる。
それこそは動物キャラ──ことポケモンと人の絡みや、あるいはポケモン同士のそういったシーンを描く時、異様に彼女の筆には力がこもるという傾向であった。
一般人には何てこと名の無いワンシーンに見えようそれも、ことエウスに至ってはそこに得も言えぬ情熱と湿度とを感じることが出来た。
そしてそれは他の一部限定の読者もまた強く感じ取るようで、彼女の描くポケモンはそう言った同好の士からも強く支持されて、今日の人気を獲得するにも至ったのだ。
だからこそエウスは確信する。
桜しっぽは自分と同じ性癖の持ち主であることを──すなわち、『ポケモナー』であることの確信を得るのだった。
一概に『ポケモナー』と聞いて、多くの人々は小首を傾げることだろう。
そして漠然と『単なるポケモン好きか』と結論付けるのではあるが、実情はそんな可愛らしい言葉で片づけられるような概念ではない……。
それこそは人と決定的に生態の違うポケモンに対し恋愛感情を……あまつさえ、性的興奮すらをも覚えてしまう輩の総称こそが、この愛らしくもある響きを持った癖の実態なのであった。
かくいうエウスが今日の文筆業に従事するきっかけとなったのもまた、斯様な自身の鬱屈した性癖や願望を代替する行為が商売に転化したに他ならない。
それ故にそんな自分と同じ性癖を持ち、なおかつその趣味傾向も近しい感覚の彼女に興味を持つのは自然なことと言えた。
かくして彼女に興味を持つこと数年──もはや恋心にまで昇華しつつある気持ちに胸焦がしつつも執筆をするエウスは、ある時思いも掛けない符号を彼女の挿絵に発見することとなった。
それはとある挿絵の背景に書き込まれた文字列ではあるのだが、大小のローマ字と数字を合わせたその文字列にエウスは妙な違和感を覚える。
それは車のナンバープレートに刻まれた物ではあったのだが、こんなデタラメな文字列が実際のプレートに使われるなどはまず無い。
さらに別の一枚を目にした時には今度は、背景の建物看板にもやはりその奇妙な文字列を発見した。
瞬間、エウスはそこに直感を得る。
もしやと思い立ち、他の提出された挿絵を確認するに──ある時は登場人物のスマホの液晶に、またある時は小道具のテレビのリモコンのボタン配置の中にと……挿絵の背景には必ず何らかしらの数字や文字が散りばめられているのを発見できた。
それらをテーブル上に並べ、しばしエウスは思案に暮れる。
決して偶然ではないような気がした。これこそは彼女からのメッセージなのではないかと、もはや思い込みとも妄想ともつかない思考に憑りつかれる。
そんな折りふと、エウスは原稿の提出順について思い当たる。
挿絵の提出はけっしてまとめて脱稿される訳ではない。
小説サイドの編集から先行して依頼されるものもあれば、途中で急遽追加されるシーンもあるし、あるいはイラストレーター側の都合によっても挿絵の提出順が従来のナンバリングから逸脱してしまうことだって多々ある。
それをふと思ったエウスは手元にある彼女の原稿を、その提出順に並べてみることにした。
今回の新刊に寄稿された挿絵は全部で7枚。
それらを順に並べ、さらにその中に隠された文字列もまた拾い出して書き出していったエウスは、その作業の果てに愕然とすることになる。
手元の紙面に書き出されたそこにあったものは……
「………はじめまして、桜しっぽ」
紛う方なきSNSのアドレスがひとつ──そこには組み立てられていたのだった。
【 つづく 】