ほどなくミミロップは懐妊し、そして無事出産も果たした。
ベッド脇のナイトテーブルにおいた麻籠の中、彼女の卵は赤ん坊さながらに安置されている。
まるで真珠のように表面の艶やかなそれをミミロップと一緒に見遣りながら、ようやくに全てが終わったのだと僕もため息をしきり。
当初は能力や個体値といったものを考えてある程度の選別などもしようかと考えていたけど、いま改めて卵を見るにそんな気などは無くなってしまった。
産まれてくる子はそのままでいいように思う。新しい家族が増えるのだという実感の方が、僕には素直に嬉しかった。
飽くことなくベッドに腰かけてその卵を見ていると、傍らのミミロップが慈しむよう僕の頭に頬をすり寄せてくる。
妊娠してからというもの、ミミロップのこうしたスキンシップは増えた。
前々から甘えん坊な個体ではあったけど、最近ではその親愛の度合いがさらに増していることから、卵を身に宿すと愛情もまた増すものなのだと感心もしてしまう。
もっともこうしたミミロップの触れ合いは思いのほか強く、最近では就寝においてもベッドを同じにしているほどだ。
妊娠直後には彼女の心身を慮っては僕もそれを受け入れていたけど、それは出産を果たしてからも習慣として根付いてしまった。
こうなるともう、僕達の関係は単なるポケモンパートナーというより『恋人』や『夫婦』といった様相を呈している。
そんな折、ポケットの中のスマホが振動した。
どうやら通話を着信したらしく、発信元を確認するとそれはポケモン預かり屋からだった。
そういえばミミロップが妊娠をしてからはすっかり忙殺されて連絡を取っていなかったことも思い出す。
きっと今回のことに関する請求や祝辞の類なのだろう。僕はミミロップに断りを入れて立ち上がると、リビングに向かって歩きながら通話のボタンを押した。
通話口に出たのは初日に僕の対応をしてくれた女性の職員だった。同時に彼女は僕らの担当もまたになってくれていたのだ。
挨拶とそして不義理にしてしまったことを口頭で詫びると、改めて僕は今回の出産について礼を言った。
それに対し先方からも通り一片の祝辞が送られるかと思いきや……返ってきたものは、困惑を孕んだ職員の返答だった。
さては聞き間違えたのかと思いもう一度ミミロップの妊娠と出産とを伝える僕に対しても、やはりその声の不信感は消えない。
この段になって僕も自分達の不穏なやりとりに初めて疑問を感じた。どうにもちぐはぐで話がかみ合わない。
そんなキャッチボールの成立しない会話をいったん整理しようとでも考えたのか、職員は唐突にある事実を僕へと告げた。
『お客様のミミロップは、初週の数日以降は施設に訪れていません』
告げられるその事実に──僕は瞬間、唖然とする。
次いで激しい困惑を覚えた僕は、「それでも」とミミロップが妊娠した事実を繰り返す。
彼女は施設において種付けをされたのだ。そうでなければ、生理的にも妊娠するなどということはあり得ない、と──。
しかしながら職員から告げられる施設内での彼女の行動を聞かされて、僕は血の気が引いた。
結局ミミロップは、あの施設において異性との交流らしい交流などを持つことは無かった。終日、友達になったフレフワンと共に過ごし、その友達も性別はメスだった。
むしろあの施設における彼女の拒否反応は過剰で、どんな種族であろうともオスは一切近づけさせることは無かったのだという。
その際に一度だけトラブルがあった。
彼女に惚れこんだ同種のオスが居たそうで、それが仕掛けてきた激しいアプローチに彼女が反撃をしたことがあった。
それについては僕も連絡ノートにて報告は受けて知っていた。
しかしこのトラブルにはノートに書かれていない事実もまた存在した。
その際に僕のミミロップは、新たな特性にも目覚めていた。
それは『メロメロボディ』であり、既に『ぶきよう』の特性を確立していた彼女にはありえない変節といえた。
しかもそのメロメロボディは従来の効果である、『相手に攻撃をさせなくする』だけに留まらず、さらには意のままに操りさえしたのだという。
そしてその日以降、ミミロップは施設を訪れなくなった。
そうしたトラブルもまた抱えていたからこそ、職員はその後が心配になり僕へと連絡を取って来た──というのが、今回の電話の理由であった。
もっとも当初の予定通り妊娠が為されたというのであればそれに越したことはない──と、職員との電話は半ば消化不良気味に終了する。
とはいえ電話が終わってもなお、僕はスマホを握りしめたまま動き出すことが出来なかった。
頭の中には様々な疑問が渦巻いている。
しかし一番の疑問こそは──
「……じゃあ、あの卵は何なんだ? 誰との間にできた子供なんだ……?」
そして同時に、ほぼ直感と言ってもいい閃きで僕の脳裏には彼女が施設に通っていたと思われていた数日間の記憶が蘇る。
一日の大半を記憶喪失で過ごした日々……身に覚えのない疲労感……彼女と共にする就寝……尿道炎……ミミロップの口中から感じられた摂取するはずの無いコーヒーの香り………そして彼女の顕(あらわ)れたあの夢……──
その瞬間、寝室から僕を呼ぶミミロップの声が聞こえた。
依然として頭の整理がつかないまま、それでも僕は操られるかのごとくに彼女の元へと向かう。
寝室に入るなりミミロップが僕に身を寄せた。
彼女の視線はベッド脇のナイトテーブル──あの卵が安置された麻籠へと注がれている。
そしてそれに誘われるよう僕もそこへ視線を移すと、その先では麻籠の中で小さくその身を震わせている卵の姿が見えていた。
一振りごとに殻の表面に亀裂が走るその様から、すでに孵化が始まっていることが窺える。
それを目の当たりにし、僕は混乱の極みに達する。
いったい何が生まれるというのだろう──
これは本当にミミロップが身籠ったものなのだろうか──
そうなのだとしたら……──
────父親は誰だ?
一切の整理もつかない僕に見守られながら今──親知らずのそれは、この世界へ生まれ出ようとしていた。
【 親知らずのミミロップ・完 】