※ 注意!
この章には 排泄シーン や 排泄物を飲食する 描写・表現が多く含まれます。
第1話・不思議な屋台
一口食べただけで──それがこの世に在らざるものであることを僕は気付いた。
具体的に言うのならこのホイップクリームの味わいは、人の手では再現不可能だ。
僕達パティシエ仲間の間でそのお菓子の存在が騒がれ出したのは12月になって間もない頃のことだった。
屋台にて路上販売されているという『あるカップケーキ』が今、巷では評判になっているのだという。
個人の商いに加え、屋台という販売形式のそれは一か所に留まらず、いつだってランダムに出現しては数量限定の美味極まるカップケーキを売っていくという話だった。
かねてよりそんなカップケーキ屋の存在は僕も耳にはしていたが、とはいえそれも『一日数個』や『神出鬼没』の言葉が演出する稀少性に目が霞んでいるだけだと高をくくっていた。
それゆえに、問題のケーキを味わった時の僕の衝撃は計り知れない。
土台になっているボトム生地は大したことはない。おそらくは市販のクッキーなどを加工して作ったものだろう。
問題はやはり『ホイップクリーム』だ。
何度舌の上で吟味をして咀嚼を繰り返しても、僕にはこのクリームの原材料が判断できない。
上白で、しかも口当たりのしっかりした一口目の印象を考えるならば、生来のクリームに植物由来性の材料を混ぜたコンパウンドクリームと観るのが妥当だが、吟味した時に感じられる滑らかな舌触りや、なおかつインパクトのあるコクは純正の乳脂によるものだ。
しかもこれは何らかの手が加えられてそう加工されたものなんかじゃない。
先にも述べた材料の比率だとか調理法などといったレべルで語られるものではないのだ。
例えるにこれは──このクリームをそのままに抽出させられる牛(あるいは動物)がいる以外には考えられなかった。
それからというもの、このホイップクリームの正体を探るべく僕の調査が始まった。
まずは同僚が買えたという場所を訪れてみる。
そこはなんてことはない公園だった。
天然の自然林を背後に控えるそこは、ベンチや石畳が整理されていたりと何とも小綺麗な印象を受ける。
聞くにこの場所で、昼過ぎ辺りに同僚はその屋台と遭遇をしたそうな……。
当然ながら、今さらに尋ねるこの場所にその屋台の影は無かった。
その後もさらに僕はネットの情報を頼りに調査を続ける。
巷で話題になっているとあって、その屋台の出現情報には事欠かなかった。運よくそれに遭遇した客は、漏れなくそのことを自身のSNSで発信してくれるからだ。
10件近い出没情報を纏めると、件の屋台が現れる範囲は実に円周3.5km──途方もない範囲に思える数字ではあるが、むしろこの事実が屋台の出現場所を特定させる確信をもたらせた。
この『3.5km』の数字がとある範囲のものと一致したことを僕は発見したからだ。
それこそは、初日に同僚が買った公園の背後に広がっていた自然林──国立天然公園の外周約3.5km・面積約58.3haの数値と合致していたからである。
あの屋台はこの公園の外周のいずれかに必ず出没をしていた。
となれば、その工房がこの自然林のどこかにあることもまた確定したことになる。
林の中のいずこかで作ったカップケーキを、その日のとある条件に合わせては外周のどこかに出て販売するというのがこのお菓子屋のルーチンと見受けられた。
そしてその出現場所における法則性もまた僕は発見する。
俗にいうホイップクリームの保持温度は10℃以下が適正とされる。その気温を越えてしまうとクリームそのものが熱によって柔らかくなってしまい品質が保てないからだ。
さらに小さな屋台で数量限定の少量を頒布するという販売方法を考えれば、屋台そのものに保冷の為の機材が詰まれていないことも察せられる。
すなわち、この販売員は当日の気候や気温から販売場所を決めていることに僕は確信を得ていた。
とりあえずはこの仮説を元に、僕は件の屋台との接触を得るべくに探索を始める。
当日とそして翌日の天気と気温を調べ、それの出現場所のヤマを張った。
先の気温のことを考えると、雨天はもとより晴天であってもいけない。そして当日、見上げる空の雲の動きから予測した場所に赴くと──僕のヤマは的中した。
その屋台は、そこに在った。
場所は国道沿いの歩道の一角で、やはりあの自然公園を背後にしていた。
逸る気持ちを押さえて僕は近づき、そして店員に声を掛ける。
しかしながら件の屋台は予想よりもはるかに小さなものであった。
さながらベビーカーを二台ほど縦列した程度のそれは、『販売屋台』というよりは、木箱を搭載したミニリヤカーといった風である。
加えて店員もまた面妖だ。
背の丈は子供ほどで、目深にかぶったパティシエ帽と白衣、そして手に付けた白のゴム手袋といういで立ちのせいで、その中の人物像が一向に伺えない。
おまけに販売においても、その人物は一言として言葉を発しようとはしなかった。
今日のラインナップは従来のホイップクリームとそしてチョコクリームの二種類で、その売買のにおいても販売員は値段を尋ねる僕に立て揃えた指の数で金額を提示するといった具合だった。
ともあれ僕はその二種を買い求めると、屋台から少し離れた場所にまで下がってはそれを喫食した。
ホイップクリームのものを一口食べてまずは確信する。この屋台で間違いはない。
続いてチョコクリームのものを口にして──僕は低く呻った。
これまた味のバランスが絶妙だったからだ。
ややビターに仕上げられたそれも、やはりありえないほどの完成度をそこの有していた。
ホイップクリームのものとは違い、格段に調理の工程が多くなるだろうチョコレートにも拘らず、やはり僕にはそのレシピも、そして原材料の特定すら何ひとつ分からない。
こうなると『完璧』であるそのこと自体がむしろ『不自然』だった。
いったいこれはどのように作られたものか、訊ねたところで応えてはもらえまい。ならば僕が執る手段は一つだけ……。
僕は当初から決めていた通りに、この屋台の後を付けることを決めた。
依然として国道で見守り続けているとその後、屋台の存在に気付いたハイカーが何台か車を止めては例のカップケーキを買い求めた。
そして想像通り、20個にも満たないその数を販売し終えると──件の販売員は屋台を引いては歩道柵のつなぎ目をすり抜けて、林の中へと入っていくのであった。
その後を、僕も一定の距離を以て追う。
小柄な見た目通りにその歩みは遅く、かなり離れた場所からであってもこの尾行は容易だった。
しばし獣道を進んでいくと──不意に、甘い香りを感じては僕も息を飲む。
そして同時、遠くに追う屋台の背中を通り越して、なにやら尖塔の影が立ち上がって来るのを確認する。
近づくほどにそれは大きくなり、やがてはその全貌を見上げられるまで近づくと、僕は歩みを止めた。
その光景に僕は目を見開く。
目の前には白亜の城が──その所々をお菓子やグミでデコレーションした、お菓子の城がそびえたっていたからだ。
それと同時、僕はふいな衝撃を受けて我に返る。
そうして跳ね上がるように振り返るも、背後には誰もいない。……否、その人物達は小さすぎるがゆえに最初、僕の視界に入ってこなかったのだ。
改めて見るそこには──足元に色彩とりどりのマホイップ達が、僕を取り囲んでいるのだった。