※この作品はR-18です。

三擦り半のマス☆カーニャ   作:たつおか

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エピローグ

 

 

 父王へマフォクシーの処遇を訴えようとした翌日、逆に王子は新しい許嫁の王家へ挨拶に出向くよう命じられた。

 その時には既に王も後宮を離れており、とりあえずは臣下の義務を果たすべくに王子も旅の支度をする。

 

 そうして出立のその日、マフォクシーが寄り添ってきては王子に一本の木の枝を手渡した。

 それこそは彼女が肌身放さずに持ち歩いているものであり、なおかつ『マフォクシー』というポケモンにとってはアイデンティティとも言えるアイテムのひとつであった。

 

 当然それの重要性も理解している王子はこれを預けようとしているマフォクシーを案じもしたが、それでも彼女は半ば押し付けるようにしては強引にそれを王子へと渡した。

 

「わ、わかったよ。それじゃあ預かるね。ちゃんと返しに行くから」

 

 そうして最後にもう一度だけキスをして旅立つ王子と見送るマフォクシー。しかしながら──……その抱擁こそが、二人の今生の別れとなるのだった。

 

 

 相手国へ到着すると、王子は国を上げての歓迎をされた。

 祭りさながらの雅楽隊によるもてなしと王との謁見、さらには宝物庫にて門外不出の国宝も見学させてもらい、最後には許嫁になるであろう姫の紹介もされた。

 

 存外にかの姫の印象は悪くなかった。

 素朴な性格の姫は、慎み深い大人しい女性でありその朗らかな笑顔は好感的ですらあった。

 

 思いのほか居心地も良く、引き留められるままに一週間をそこにて過ごしてしまった王子は、王と姫に暇を告げてはようやくの帰路につく。

 

 これにて臣下の義務は果たした。

 後は、帰国後に父王へマフォクシーのことを進言するだけだ。

 たとえどのような恫喝をされようとも……あまつさえ一族からの追放を告げられようとも、王子はマフォクシー保護の決意を新たにした。

 

 そうして帰国を果たし、王の元へと向かうそのすがら──どうにも後宮の様子がいつもとは違うことに気付く。

 具体的な変化は分からぬも、違和感を覚えるそれはしかし、明らかにこの場所の変質を王子に訴えていた。

 

 かくして王の元へとたどり着き、役目の報告もそこそこにマフォクシーの件を切り出す王子に対し、

 

『………ついてまいれ』

 

 父王は大仰に立ち上がると、王子には目もくれずに歩きだした。

 その跡を訳も分からずに続く王子はやがて、マフォクシーの部屋へとたどり着く。

 さては彼女も交えての話し合いかと思い、父王に続いて入室を果たした王子は──言葉を失った。

 

 部屋はもぬけの殻であったからだ。

 床一面に敷き詰められていたクッションの類はおろか、天井から垂れる天蓋のレースも、そして絨毯や観葉植物の類までもがそこには存在していなかった。

 まさに空箱と化した部屋である。

 

 この段に至り、王子は後宮内に感じていた違和感の正体にもまた気付いた。

 後宮には、一切の飾り気が無かったのだ。

 

 絨毯も、植物も、家具も調度も──その全てがここからは取り払われていた。

 今見るマフォクシーの部屋同様に、この建物は広大な『箱』と化していたのだった。

 

 しばしして父王は再び歩き出す。

 無言のそれに続く王子には不吉な胸騒ぎが去来していた。

 つい一週間前とは全く様相を変えてしまった生家……見れば自分の周囲に居る家臣も、見覚えのない武人達ばかりだ。

 

 そんな王子を連れて父王が次に向かった先は──王子とマフォクシーが青春の一時を過ごしたあの中庭であった。

 そしてその場所において、王子は全てを知ることとなる。

 

 中庭もまた全ての植物がなぎ倒されそして払われては、ほぼ更地に近い状態に戻されていた。

 そんな広場の中央には、傍目からも分かるほどの巨大な穴が掘り穿たれている。

 

 一切の歩みを止めることなくそこへと父王は向かい、王子も後に続いた。

 そしてその穴の淵にて父王が立ち止まり、おそらくはその下を見下ろしているだろう視軸につられ、追いついた王子もまたそこを見降ろした瞬間──その光景の凄惨さに我が目を疑った。

 

 深く穿たれた大穴の底には……大量の人間の死体が投げ込まれていた。

 その光景に圧倒されては恐怖と嫌悪のあまりに後ずさる王子ではあったが、その中にふとまた違和感を感じる。

 

 その違和感こそは、こんな死の穴蔵の底に見覚えのあるモノを発見したからだ。

 それこそは、自分に仕えていた侍従の一人であった。

 特徴のある鼻の造詣は間違えようも無く、そして見れば累々と積み重ねられる屍はそのどれもが、この後宮に仕えていた者達の成れの果てであった。

 

 幼少の砌より見知った彼らや彼女達は皆、王子にとっては家族も同然だった者達だ。

 それがなぜこんな姿に? ──そんな王子の心を読んだかのよう、

 

「……この者達は、お前が生まれた時にここへ仕え始めた者達だ」

 

 その一言で王子はあることを思い出す。

 それはいつしか後宮内で囁かれていたもの……内部事情を知り過ぎた耳嫁は始末されるというそれ。

 そのことは、耳嫁だけに限らなかったのだ。

 

 王子が生まれたその日にここへ集められた者達は、端からこうなる運命を背負わされていた。

 誰一人、この未来など知ることなくその日まで生きて──そしてある時、不条理に殺されては今……ゴミのように集められて埋められようとしている。

 

 全ては王家の内部事情を面に出さぬが為だけという、究極のエゴの元にこの殺戮の全てが行われていた。

 

 もはやマフォクシーの追及などは頭からは無くなっていた。

 激しく身を震わせる王子を今包み込んでいるものは、こんな非道さえもが許されてしまう父王とそして王家の権力に対する恐怖だ。

 それを王子に教える為だけに父王は王子が生まれたあの時に家臣達を集め、そして今、殺した。

 

「これが、いずれはお前のものだ……」

 

 それだけを言うと、父王は踵を返しては中庭を後にする。

 もはや王子にそれを追う気力も勇気も無く、その心の折れるが様を体現するかのよう膝から頽れ──処刑人に頭を押さえられるが如くに項垂れては、いつまでも家臣達の遺骸を見下ろし続けるのだった。

 

 

■    ■    ■

 

 

 気付けば自室にいた──。

 否、自室であった場所だ。この部屋も例に漏れず、ベッドはおろか慰みに飼っていたカナリアすらも居なくなっている。

 

 やがてはこの宮廷も取り壊されて更地とされることだろう……そうして王子が后を迎え入れ、二人の間に子供が出来るのに合わせてまた新たに宮殿を建て、そして家臣を集める。その先は……──

 

 それを考えた時に、王子の妄想は激しい嫌悪と嘔気に襲われて中断された。事実、耐えきれずに王子は胃の内容物を床に吐き散らかす。

 

 そうして嘔吐と涙に暮れながら、もはや自分が全てを失ったのだとも理解した。……それは物理的な物だけに限らず、マフォクシーとの輝かしい未来までもがだ。

 

 やがては力なく立ち上がり、部屋の中にも関わらずに火を起こすと──王子は自分の来ていた衣類すらをも脱ぎ始めてはそれを燃やし始めた。

 燃えてしまえと思った。

 もっとも石造りを基調とした建物をたかだかこの程度の火で焼き崩せるとも到底思ってはいなかったが……それでも王子は今、この身に纏わる王族の全てを捨て去りたい気分だったのだ。

 

 上着を火にくべてたその時、ふと今日まで持ち続けていたマフォクシーの木の枝が転がり落ちた。

 拾い上げ、燃える炎の陽炎にそれをかざしながら彼女がどんな思いでこれを自分に託してくれたのかに想いを馳せた。

 

 もしかしたら彼女には、この結末が分かっていたのでは無いだろうか?

 マフォクシーには未来の一部を垣間見る力があった。だからこそ逃れられぬ今日もまた予知した彼女は、自分の遺品としてこれを自分に託したのではないだろうか。

 

 それでもしかし、もはや王子にはそれらも含む全てがどうでも良くなっていた。

 大切だったのはマフォクシーと迎えるはずであった未来なのだから。

 どんなに輝かしくとも、絶望の今にあって過去などはどれもが空しいだけだった。

 

 しばし手の中でその枝を弄んだあと──王子はそれも炎にくべた。

 枝の先端に火が灯ると、それはゆっくりと燃えだしては新たな炎の揺らぎを王子の前で踊らせる。

 そんな中にまたも在りし日のマフォクシーがうつしだされては涙に暮れる王子ではあったが──しばしして目に映るそれが回想の幻ではないことに気付いた。

 

 マフォクシーの姿は、確かに炎の中にいたのだ。

 まるで映像機器のよう、その中に彼女の姿が再生されていた。

 その時になって王子もまた再び思い出す──それこそは、マフォクシーが炎の中に予知の未来を見つめていたという事実を。

 

 しばし炎は、それから遠くないであろう未来の一部を王子に伝えた後やがては──マフォクシーの枝も完全に燃え尽きて、その未来映像も完全に消えた。

 

 しかし同時、そしてそれを見つめていた王子の目には──力強いまでの怒りを宿した生気が蘇っていた。

 同時に胸中には再び、父王へ立ち向かおうとする気概が復活しつつもあった。

 

 もしあの炎の中に見えた未来が実現するのであれば、王子には残りの人生をそれに賭けるだけの価値があると思えた。

 いつの時だってマフォクシーは王子を励ましてくれた……それは、既に居なくなってしまった今においてもだ。

 そんな彼女のこともまた思い出した時、王子は再び自分の人生に新たな目標とそして活力もまた取り戻した。

 

 やがては立ち上がり、この部屋を──そしてこれまでの思い出がすべて詰まっていたこの後宮すらをも王子は後にする。

 

 そしてその年の終わり、王子はかねてからの許嫁との婚約を正式に決めて妃を迎え入れた。

 

 

 これより王国は、永きに渡った歴史の終焉とも言うべき変遷を迎えることとなる。

 そしていつしかそんな激動の中において『耳嫁』の存在もまた──忘却の彼方へと忘れ去られていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

【 西領の耳嫁・完 】

 

 

 

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