サドラが敵対組織に拉致されてから一週間後──彼の身内ともいうべき一同がその拠点を襲撃した。
急襲ともいうべき電撃作戦により敵対組織は瞬時に制圧され、その事後処理の中でサドラの捜索も行われた。
しかしながら一連のサドラ救出作戦は成り行き上の結果であり、彼らのアジト急襲はけっしてサドラを救い出す為のものではなかった。
そもそもがサドラが拉致されたことからして、彼らにしては織り込み済みの行動だったのである。
本人にも知られていないことだが、サドラには極小のマイクロチップが埋め込まれており、これを追うことにより敵組織の拠点を突き止めることに成功したのだ。
制圧後の本部事務室において、今回の襲撃の陣頭指揮を取った幹部はコンピューターによる機密情報のチェックに余念が無かった。
そんな彼の居る事務室へと、無骨なノックと共に部下の一人が入室してくる。連射式の重火器を袈裟に肩掛けしたいで立ちからも、まだ制圧後の混乱は収まっていないように思える。
『……サドラは見つかったかー?』
依然としてコンピューターに向き合ったままの幹部は、関心というよりは半ば形式的に今回の立役者の安否を問うた。
そんな幹部からの声に戸惑いと、そして逡巡を思わせる部下の気配に初めて幹部の手は止まり流し目に背後を見遣る。
部下には常に簡潔な物言いをするように教育している。それが言葉を濁すにはそれなりの理由があり、まだ敵拠点制圧直後とあっては些細な点であってもおろそかにするわけにはいかなかった。
『何があった?』
『いえ……その、サドラの姿が見当たりませんでして』
部下の報告を傍らに幹部は取り出した煙草をくわえる。この程度の事態如きではああまで言葉を濁す理由にはならない。
その報告の結末を黙したまま促すと、
『奴に取り付けた発信機は間違いなくこのアジトの中に存在してるんです。ですが……その場所に行ってみてもサドラの奴が居ねぇんですよ』
『……その部屋には何がある?』
部下の困惑に、即座に幹部はある思惑を巡らせる。
それこそは既にサドルが殺されていて、その遺体が損傷しているために発見できないというパターンであった。
『チップが埋め込まれてる頭だけゴミ箱にぶち込まれてりゃ、反応はあっても人間の姿なんて見出せないだろうからな』
しかしながら幹部の予測は思いもよらぬ方向で違えることとなる。
『その部屋なんですが……えらく臭ぇヌメルゴンとメタモンが居るばっかりで、他には人どころか家具のひとつもねぇんですよ』
『臭ぇヌメルゴン? ……だとしたら、大方そいつらの餌にでもされたんだろ。一件落着だな』
『それがぁ………』
なおも言葉を濁しては、報告しづらいというよりはなんと説明したらいいのか分からないといった体で、部下は事実の報告だけをすることとした。
『俺も生きちゃいねぇと思ってたんで、首実験に立ち会わせようと思ってサドラの知り合いってのを同行させてたんですが、そいつが言うにはその……メタモンの顔がサドラに似てるってんですよ』
言わずもがな、メタモンは標的に変身することを得意とするポケモンではあるが、肝心のサドラがメタモンに似てるというのは不可解であった。
そんな折、何か思いついたのか幹部は再び敵組織のコンピューターを操作した。
その過程でおそらくは部下が言っていたであろうヌメルゴンのデータを見つける。
その個体はこのアジトにて独自に研究し、そして遺伝子操作の末に作り出されたポケモンであることが判明した。
さらにはそのデータに紐づけられていた資料の中に動画が数点あり、その中のひとつにこのヌメルゴンがサドラの拷問に使用された録画映像もまた発見する。
それを再生し、やがて二人の前に展開されたのは──あの独房の一室で、ヌメルゴンと狂ったようにまぐわうサドラの姿であった。
動画の中で、当初サドラはこのヌメルゴンを恐れては逃げ回っていた。
壁にへばりついては必死にヌメルゴンから顔を背ける様子から、部下の言っていた臭気の凄まじさが窺えた。
やがてはそれに耐えかねて気絶すると、ヌメルゴンはそんなサドラを抱き上げては心配そうにキスなどをして介抱する。
データの中にあるこの人造ヌメルゴンはドガースとベトベトンの因子を組み込まれた個体であり、常人であれば数時間で死へと至らしめられる生物兵器の如き特性を持っていた。
しかしながら画面の中のサドラは生き残ってしまった。
幸か不幸か毒に耐性があったのか、それとも免疫の獲得に成功したものか……サドラは意識を取り戻した後もこのヌメルゴンと共に生活を共にしていた。
ただし、毒に犯された脳は正常な精神を保てなかったようである。
ヌメルゴンの毒と臭気に犯されたサドラは発狂し、やがては目の前の怪物と愛を語らい合うようになる。
しかしながらその耐性にも限界はあり、不眠不休でヌメルゴンと交尾を重ねるサドラの肉体はその毒性に耐えきれず徐々に崩壊していった。
ヌメルゴンもまたイタズラにサドラを殺してしまおうとは考えなかったようで、彼女なりにサドラの欠損した肉体を舐めて癒しては、その溶けた肉体を自身の体内で醸成し、流動食さながらの物へと変化させてはサドラに与えていた。
数日間のそんな生活でサドラの体のほとんどが解け落ち、画面にはその上半身のみで蠢くばかりのサドラがなおもヌメルゴンとの交尾を続けていた。
そしてついに事態はクライマックスを迎える。
ある時、ヌメルゴンはサドラを頭から飲み込んだのだ。
ついに補食したと思いきや即座にヌメルゴンは腹腔に力を込め、そして数分後には──飲み込んだサドラを肛門から排泄して、再び現世へと産み戻したのであった。
様々な分泌液にまみれたサドラを舐めて介抱するヌメルゴンではあったが、もはやその時のサドラは人間の原型を微塵も留めてはいなかった。
おそらくはもう彼個人の意思や思考といった精神も、そのほとんどが失われていただろう。
それでもしかしサドラはヌメルゴンを求め、そしてヌメルゴンもそれに応えた。
そんな転生を繰り返すうちに──いつしかサドラはメタモンに……否、ポケモン然とした何かへと変質しては人間としての境界を見失ってしまったのだった。
一連の動画を見終えて、一同に言葉は無かった。
部下に関しては、その頑強な体躯に似合わずに口元を押さえると嘔気を堪えているようですらある。
その最中、
『……そのヌメルゴンと『メタモン』はどうしてる?』
依然として画面に見入ったまま幹部が聞いた。
『は、はい。その、サドラを……サドラを取り上げられるって勘違いしたみてぇで、ずいぶんと抵抗してます。殺しちまいますか?』
『いや、出来るだけ無傷で捕らえろ。メタモンの方も同様だ』
『捕まえますか?』
『あぁ……コイツは色々と使えそうだ。人並みに愛情があるってんなら更に扱いやすい』
それだけ命じると、もはや目の前のサドラとヌメルゴンには興味を失くしたような体で幹部はコンピューターの電源を落とした。
そうして暗転した画面に映る自分を見つめたまま何も発しなくなった幹部に一礼をすると、部下もまた退室をする。
この時幹部はヌメルゴンの出自に考えを巡らせていた。
おそらくは拷問目的で生み出したものの、予想以上にヌメルゴンの個性が強かったことと、さらにはその毒性が強すぎて敵組織側も制御が出来なくなってしまったのだろう。
しかしながらこの時、幹部の脳内にはそんな拷問獣の手綱を引く方法が既に閃いていた。
それを考え付いた時……幹部は小さく鼻で笑った。
『良かったなぁサドラぁ……念願の彼女が出来たじゃないか。これからは二人で仲良く、組織のために頑張ってくれよ』
そう呟いて視線を上げる幹部の顔にはもはや感情らしいものは微塵として残っていなかった。
そうして彼もまた部屋を後にするとこの場所に──『人間』などは微塵も残されてはいなかった。
【 拷問獣ヌメルゴン・完 】