身が悴む明朝に張り詰める声が二つ響く。声の主は二人の女子。
一人は黒髪を胸下まで伸ばし凛々しい表情で黙々と竹刀を振るう。もう一人は腰程にある黒髪を一本に結いやや幼さ残る顔を寒さに歯を鳴らしながら竹刀を振るう。
二人の女子は共に浅葱色の袴を着てはいるが上は袴を下ろし晒し巻きの姿。手には竹刀を持ち素振りをおこなっている。
「そろそろ茶でも飲もうか」
「はい、おね、、姉上」
太陽がやや東南に登った頃、姉上と呼ぶ女子に言われムラマサは竹刀を仕舞い込むとようやく袴で上半身を覆った。
「今持ってこよう。村正は道場縁側で待たれ」
「姉上、わ、、拙者もお手伝いします」
「台盤所は寒かろう。村正は日に当たり待て」
袴を着直す事もなく歩んでゆく姉に止められムラマサは縁側へと行き腰を下ろし穏やかに照る日差しを浴びていた。
ムラマサの姉、マサムネが営む道場で毎朝の光景。この道場は浅草の郊外にあるのだが稽古の時間になると大勢の人が訪れる道場。
その理由として師範代を務めるマサムネの強さと思想にある。
マサムネは若年ながら将軍家からお声がかかる程に腕の立つ女侍。しかしマサムネは将軍家からの誘いを断り道場に身を置く。
この道場は姉妹の亡き両親から継いだ物である。マサムネはここに稽古に来る者から月謝は取らず僅かな食料のみで自身の剣技を教える。弱き者にも生きる術を。これは先代からの仕来りであり、この道場の師範代を継ぐマサムネもまたこの仕来りを引き継ぎ弱者が強者に虐げられる方がない様にと務めている。
「茶が入った。これを飲んだら支度をしようか」
「はい姉上。いただきます」
しかし勇猛無比の姉と違い妹であるムラマサの実力は姉に及ばない。姉と同じ志を持ち同じ鍛錬を積むのだが剣の腕は上達の兆しを見せず。しかしながらも健気に熱心に鍛錬に励む姿を姉は見ていた。
「村正。お主は何を目指すのだ」
「せ、拙者は姉上の様な侍になりたいです」
「拙者をか。拙者の剣は父上の剣を真似たに過ぎない。拙者の強さは父上の強さだ」
「でも、拙者と姉上は歳は三つも離れていないのに姉上は父上の剣技を習得しています、、。拙者はどれだけ鍛錬を積もうとも学ぶ事ができない剣を、、」
「村正よ。人の歩む速度は皆同じだと思うか?」
「いえ、違うと思います」
「うむ、人には人の速度がある。村正もいずれ父上の剣技を習得し拙者と肩を並べるだろう」
マサムネの言葉にムラマサは胸を打たれ思わずマサムネを見上げた。その時、手に持っていた湯呑みから茶を溢し飛び上がる事となる。
「ここに居られましたか。道場へ参っても誰も居らぬので心配しましたが安堵致しました」
声の主は道場へ来る生徒の一人。身の丈に合った派手な柄の袴を着ている姿を見ると裕福な家庭の息子だと分かる。しかし大柄な態度をとるわけでもなく真面目であり年はムラマサと同じ。
「扇か。あいすまない、今道場を開けよう」
「いえ、まだ稽古まで時間があります。先生と妹君は今少しゆるりと」
深々と頭を下げると帯刀している剣を抜き素振りを始める。この扇という少年はマサムネが目を置く生徒の一人。まだ入門して半月程であるが幾年通う大人の生徒に勝る実力を持つ。
「拙者も、、!」
同い年の様に心を動かされムラマサが竹刀を持ち素振りを始める。その様子をずずりとお茶を啜りながら目を細めた。
やがて刻は過ぎ稽古の時間となり道場へと行くと扉の前には既に人集りができておりマサムネの姿を見つけると次々と挨拶を投げる。
「今道場を開けよう」
詫びを告げながら手慣れた手付きで鍵を開け扉を開け放つと木板で作られた床が一面に引かれ窓から差し込む日差しで光沢を光らせる、おおよそ六十畳の室内。そこに集まった生徒達が竹刀を手に並ぶ。
「みなおはよう。これより鍛錬を行う」
道場に並ぶ生徒を見渡し告げ鍛錬が始まった。二人一組で打ち合う生徒達の間を抜き歩き一人一人に目を向け的確な助言を言い悩む者には個別で指導を行う。
時に厳しく、時に優しく的確な指導を行うマサムネへの信頼は厚く。憧れの姉が指導を行う姿をムラマサは横目で眺めた。
「隙あり!面っ!」
よそ見をした瞬間、ムラマサの稽古相手である扇が踏み込み上段から竹刀を振り下ろした。よそ見から正面を見た時には振るわれる竹刀が視界に見え次には心地良い音とおでこから走る痛みが襲う。
「妹君、打ち取ったり!」
竹刀で面を打たれ痛むおでこをさすりながら見上げるとけらけらと笑う扇の姿。
「今のは拙者が油断しただけです!次は扇殿から一本ちょうだい致す!」
ふくれっ面で竹刀を構えると表情を凛と張らせ扇へと向かう。迫るムラマサを迎え打つ為竹刀を構え繰り出される竹刀へと竹刀を合わせ打ち合う。
「たぁぁぁっ!!」
やがてムラマサの気合いと共に繰り出された一振りが扇の持つ竹刀を打ち飛ばし扇のおでこに向かい竹刀を振り下ろす。
「参った!さすが妹君!」
おでこをさすりながら手を突き出す扇を見てペロリと舌を出し笑う。このムラマサ、自信は無く内気であるが剣の腕は確かである。姉には及ばないが実力は十二分であり本人に強いという自覚はない。
稽古は途中休憩を挟みながら行われ日が落ちる前に終了となる。
「みなご苦労であった。気を付けて帰るのだぞ」
「ご苦労様でした」
道場から家へと帰ってゆく生徒達を門前にて見送り最後に誰よりも頭を下げて帰る扇を見送りようやく姉妹二人となった。
「腹が空いたな。村正、何か食べたい物はあるか」
「えっと、、私は…握り飯が食べたいです」
「よし、作ろうか。うんと塩を効かせてやるぞ」
「拙者も手伝います!姉上に全てを任せる訳にはいきませぬ」
「なら手伝いを頼もうか」
台盤所へと歩む姉の背後につき歩んでゆく。二人が住む家は道場の奥にあり木枯らしに吹かれながら犬走りを歩み家へと帰ってゆく。
玄関より入り廊下を抜け土間作りの台盤所へと来るとマサムネはムラマサへ竈門に火を焚べる様にと言う。
「分かりました」
火打ち石と火付ち金を持ち勘々と叩き火花を起こし火口へと焚べようとする。しかし何度打ち鳴らそうと上手く火が点かず悪戦苦闘。
やがて火口に火花が飛び小さく煙が登り始め、ようやくムラマサは笑顔を見せると薄暗い部屋で熱々と光る火種を竈門の下にある枯れ草の上へと置き火吹き筒で息を吹き込むと燻る火種が炎へと姿を変え焚べた薪へと燃え移る。
「火を絶やすなよ村正」
「はい、姉上」
マサムネが水と米が入った釜を置くとムラマサはひたすらに薪を焚べ火吹き筒にて息を吹き込むと轟々と火が上がり釜を包む。
「ふっ、顔を洗ってこい」
「ほぇ?」
姉に言われ頬を指でなぞり指先を見ると真っ黒な煤が付き思わず姉を見上げるとプっと吹き出す顔が。
「火の番は拙者が代わろう」
「いえ、後で大丈夫です!」
姉の提案を断り薪を焚べ息を吹き込み火を燃え上がらせる。やがて熱された中身がぐつぐつと沸騰を始めた。
「頃合いか」
竈門から燃える薪を火鉢へと移し火を弱めると釜へ蓋を落とし蒸らす。
「今のうちに風呂を済ませようか」
「はい姉上」
火鉢の上に水を入れた釜を置き火に当てる事数分。水面から湯気が立ち始めた頃、マサムネは手に持った布生地を少しお湯に付け硬く絞るとムラマサへと渡す。
布生地を渡されたムラマサは袴の帯を解き晒し巻きを脱ぎ身体を布生地で拭いてゆく。
「背をふいてやろう」
「ありがとうございます」
くるりと背を向け椅子に腰掛けるとマサムネがムラマサの首から腰にかけ布生地で拭いてゆく。
「週末には街の銭湯へ行こうか」
「はいお姉ちゃん。それなら屋台の天麩羅も食べたいです」
「そうだな。なら、そのまま江戸見物と洒落込もうか」
姉の提案に笑顔で答え布生地を濯ぎ姉へと渡し台盤所へと差し込む日差しが消える前に行灯へと火を灯す。和紙に遮られた炎が暗がりへと向かう部屋を暖かくぼんやりと照らす。
「すまぬが布生地を湯に浸してはくれないか」
行灯を持ち振り返るとそこには袴を脱ぎ晒し巻きも脱ぎ椅子に腰掛ける姉の姿。ムラマサは行灯を台の上へと置き沸騰しかけた湯に布生地を浸し絞ろうとする。
「熱つっ」
「火傷せぬようにな」
生地の端を持ち何度も揺らし冷ますとようやくムラマサは布生地を絞りマサムネへと渡した。
「姉上は熱くないのですか?」
「心頭滅却すれば火もまた涼し。と、言いたいところだが拙者も熱い物は熱い。しかしこの時期身体を拭く布は熱い方が気持ちが良かろう」
「確かに」
「村正の事を思えば沸る湯も冷水と変わらぬ」
頼もしい姉の言葉に思わずムラマサは笑顔を浮かべた。
「さて、握り飯を作ろうか」
身体を拭き終わり袴を着直すとマサムネは立ち上がり竈門の所へと歩み、釜に置いた蓋を外すともくもくと水蒸気が上がる。しばらく待ち釜を覗くとそこには炊き上がったお米が。
杓文字を右手に持ち釜の中の米を切り混ぜ。混ぜ上がった米を杓文字に取ると桶へと移し替えてゆく。
「いざ」
そう呟き塩を米にかけ冷水で手を濡らすとまだ湯気を立てる米にマサムネは手を入れ手際良く米を握り拳大のおにぎりを握ると皿の上へと置く。
ムラマサが見ている間に皿の上には同じ大きさに握られたおにぎりが六つ並んだ。
「握り飯だけでは味気なかろう」
おにぎりの横に六つ沢庵の切れ端が並べられそこに茶が入った湯呑みを置く。
「「いただきます」」
机を挟む様に置かれた椅子に腰掛け行灯に照らされながら姉妹は夕食を食べる。食卓にはまだ熱が冷めていないおにぎりを冷ます息と沢庵を齧る小気味良い音が響く。
「美味しいです姉上」
「それは作った甲斐があるという物だ。さて、江戸見物の段取りでも致すか」
「はい♪」
週末の予定話に花を咲かせながら夕食の時間が過ぎてゆく。普段は凛と張るマサムネの顔もこの時ばかりは緩み、頬に米粒を付けながら話す妹の話をうんうんと聞いていた。
日は完全に落ち暗闇となった頃、姉妹は両手を合わせ行灯の光を頼りに後片付けをおこなう。
「さて、寝ようか」
「はい」
行灯を持ち歩む姉上の背後を歩み台盤所を出て廊下を北風に吹かれながら歩み寝室へと向かう。そしてやや硬い引き戸を引き寝室へと。
「部屋を照らしてはくれぬか」
姉から渡された行灯を手を伸ばし高く掲げ室内を照らす。その間にマサムネは部屋の角に積まれた布団を広げ二つ並べて敷いた。
姉が布団へと入るのを見届けムラマサは行灯の火を吹き消し布団へと潜り込んだ。
「おやすみなさい姉上」
「おやすみ」
就寝前の挨拶を交わしムラマサは肩まで布団を被り目を閉じ眠気を待っていた。
清っと静まる部屋に微かに姉の寝息が聞こえムラマサもうつらうつらとし始めた頃、北風が音を立てながら吹き荒れ家屋が轟々と揺れ引き戸の隙間から部屋へ風が吹き込む。
やっと温まりかけた身体は隙間風に凍え目は冴えてゆく。
「眠れぬのか」
寝ていた姉に声をかけられ目を向けると布団から顔を出す姉の姿が闇に浮かぶ。
「はい、寒くて・・」
そう答えるとマサムネは右手で布団を開けムラマサを見た。
「拙者と寝ようか。拙者も寒いと思っていたところだ」
「はい。ではお言葉に甘えて、、」
姉の腕を枕に身体を寄せ温もりを感じようやくムラマサは眠りへと落ちてゆく。
空が白み始める頃、ムラマサが目を覚まし隣を見るとそこに姉の姿は無く。慌てて晒しを巻き袴を着直すと枕元に置いていた竹刀を手に庭へと行くと既に竹刀を振う姉と目が合った。
「おはよう村正」
「おはようございます姉上。寝坊してしまいました、、」
「いや、まだ稽古には早い。それに心地良く眠る村正の顔を見れば拙者も起こすのは忍びなくてな」
笑いながら竹刀を振う姉の横へと並びムラマサも竹刀を振う。
やがて時は過ぎ稽古の時間となると本日も大勢の人が道場へと集まりマサムネの指導を受ける。
「よし、飯でも食おうか」
太陽が真上に登った頃、マサムネの声を聞き生徒達は手を止め昼飯を食べようと各人好きな場所へと行き飯の入った風呂敷を広げる。
その時、道場の扉が開けられ大勢の男達が押しかけた。小汚い服装の荒々しい男共、その数十。一瞬にして道場内に緊張が走り喚きながら奥へ奥へと生徒が逃げてゆく。
「何用か。道場破りであるのなら願い下げを申したい」
食べようとしていた握り飯を置きマサムネが立ち上がり男の元へと歩んでゆく。
「ここに扇というガキが居ると聞いて来た!そのガキを大人しく差し出すというのなら大人しく帰ってやろう」
「人攫いか。生憎ここに扇という名の生徒は居らぬ。お帰り願おうか」
ニタリと笑う武器を持つ男達を前にしてもマサムネは凛とした態度を崩す事なく接する。
「女子が!大人しく扇を出せぃ!さもなくば、、、!」
マサムネを視界に残しながら道場を見渡すと片田舎の道場に不釣り合いな袴を着た少年を見つけ出し思わず口元を歪ませる。
「あそこのガキがそうか!小袖なんざガキの小遣いで買えるか」
マサムネと会話をしていた男が腰に携えた鞘より刀を引き抜きマサムネへと切先を向ける。しかし、マサムネは眉ひとつ動かす事なく男の顔を見据える。
「追切はせぬ。今すぐに去れ」
「抜かせこの女子がぁ!」
「ひとつ問おう。拙者に剣を向けたという事は当然、お主にはできているのであろうな」
「なにぃ!?」
「案ずるな。命までは取らぬ」
マサムネの言葉の後、男が持つ刀が床へとどすんと音を立て落ちた。
「おっと、落としちまった」
男は落とした刀を拾おうと手を伸ばした時ようやく気が付いた。落ちた刀の柄には握ったままの自身の右の手が付く事に。
「おれの腕がぁぁぁぁっ!!!」
腕が落ちた事に気付いた瞬間から走る激痛に脈動と共に噴き出る血に男は狂った様に走り出し道場を飛び出してゆく。
「人面獣心の野伏り共よ。もう一度言おう。去れ!」
マサムネが再び声を上げると先ほどまでの男達の顔に張り付いていた笑みは消え顔を強張らせる者もちらほらと。
それもそのはず。女子と馬鹿にしたマサムネの剣技を目の当たりにしたのだから。
マサムネは目にも止まらぬ速度で刀を抜き腕を切り落とすと鞘へと刀を戻していた。
マサムネの実力を知らしめされ凄みに一歩引きかける。
「なんでぃお前ら!扇を捕らえれば一生遊んで暮らせる金が手に入るんだぜ!?そう吉原の旦那と約束したじゃねえか!」
「いくつもの合戦を生き抜いた我らが合力すれば女侍一人容易く討てるぞ!」
「相手は女子一人だ!」
一度怖気付いた心に喝を入れ再びマサムネへと向かい刀を向ける野伏り共。
その姿にマサムネは冷笑すら溢さず腰左に携えた鞘へと手を当てる。
「武士の風上にも置けぬ地下浪人共よ。散々の忠告を受けぬその心意気は買おう!しかし!其方らが攻め入ると言うのなら拙者は生徒を護る為、鬼となる!」
「者共、、!かかれぃ!!」
ムラマサ、扇、その他生徒達は奮闘するマサムネの姿を見ていた。
見る事しかできなかった。今まで和気藹々とした鍛錬とは違い命を賭ける戦を目の当たりにし脚はすくみ誰一人として加勢する事はできず目の前で起きる光景をただ見ていた。
一人を拝み打ち返す刀は一人を袈裟斬りにし骸へ変え夥しく返り血を浴びるがもろともせず刀を振るう姿は鬼人のごとく。
ふと、ムラマサの元へと何かが飛び足元に転がった。それに目を向けるとそれはマサムネが斬り飛ばした野伏りの腕だと知り思わぬ光景にムラマサは青ざめ意識がふと遠くなる。
「妹君!気を確かに!」
倒れかけたところを扇に抱き止められ意識をはっと取り戻した。
「扇殿、、、」
「俺が、俺が付いておる・・・!」
声を震わせながら抜刀しムラマサの前へと出る。その背中をムラマサは息を飲み見つめる。
マサムネの奮闘の末、逃げ帰った者、骸となった者五名。残る四の野伏りはマサムネを囲いじわりじわりと攻め立てる。
「腕は立つが所詮は女子よ!刀を持つ手が震えておるぞ」
「抜かせ!」
威勢を張るが蓄積した疲労が腕を震わせ集中を乱す。それでも尚、マサムネは刀を構え吠え野伏り共を鋭く睨む。
その時、口元が歪むのが見えた。
「扇の首を引っ捕えろ!首を取れぇ!」
野伏り達は前に出た扇を見つけマサムネから狙いを変えた。派手な小袖を着る扇は争いの最中からでも容易に視界に入り動きは見えていた。
生徒の中に混ざり込んでいれば手は出せなかったが前に出ていれば格好の的。
「いかん!引け扇!!」
マサムネの叫び虚しく二人の野伏りが扇に向かい直走り、マサムネも後を追うが二人に阻まれ足止めを食らう。
「おぉぉぉぉぉぉお!!!!」
獣にも似た雄々しい怒声を響かせ野伏りは扇へと向かう。扇を捕え吉原の旦那の元へ差し出せば十万両を超える報酬が出る。金に眩んだ欲のまま野伏りは走る。
野伏りを眼前にした扇は刀を持つ手に力を込め目をかっと見開く。
「お覚悟を!」
振り下ろされる刀をいなし中段より振り上げられた切先は空を切り野伏りの喉笛を斬っ裂き絶命へと追い込む。しかし、相手取る野伏りは二人、華々しく噴き上がる鮮血の雨を鈍く光る刃が走り命を裂こうとする。
「ぐへぇ」
扇へと刃が走る寸前、野伏りの首を真っ直ぐに刃が通り切先は扇の鼻の先で止まった。
倒れゆく野伏りで開けた視界の先には刀を投げ丸腰となったマサムネを無情に斬り捨てる野伏りの姿。
「姉上っっ!!!」
血の海に沈む姉の姿に妹は泣き叫び遂にムラマサは腰に携えた刀を引き抜き戦場へと走り込む。
「よくも姉上を、、!この怒り、晴らさずにはいられませぬ!」
狐の如く這い寄ると腰位置から抜刀と共に一閃を繰り出す。姉に劣らぬ一閃は防ぐ刀の間を縫うように走り野伏りを真っ二つに斬り分けた。ムラマサの一閃により道場に攻め入った野伏りは一人となる。
「ぐぅ、、!一人では死なんぞ!」
たった一人残った野伏りは背を向けたままのムラマサを一刀にしようと忍び寄り刃を振り下ろした。
「おぐぅ」
しかし刃はムラマサに届く事なく自身の腹を貫いた。驚く野伏りが見たのは血に濡れた顔に浮かぶ血走った目。鬼よりも恐ろしい表情をしたマサムネに睨まれたまま生き絶えた。
絶命を見届けようやくマサムネは組み伏せた腕を離した。マサムネは刀が振り下ろされる寸前に手を掴み刀を返し野伏りの腹を貫いたのだ。
「あ、、姉上、、、」
「ぐっ、、大事ないか村正・・」
ムラマサに言葉を返すとマサムネは床へと倒れ込んだ。ムラマサは大粒の涙を流しながら血に沈む姉を抱く。血を流し青ざめた顔で泣きじゃくる妹を見上げ笑みを浮かべがっくりと首を落とした。
「医者だ!医者を呼べ!!」
「早く!!先生が死んじまう!」
………………………………………………………………
「うーーむ、胸部を袈裟斬りにされたか」
道場に横たわるマサムネの袴を解き晒し巻きを取り患部を診る医者が呟く。
医者の言う通りにマサムネの乳房には刀筋が真っ直ぐに付く。止血はされたが置かれた布切れには血が僅かに滲む。
「姉上は、、助かるのでしょうか・・・?」
「いやはやなんとも。傷が酷い、余程の鈍ら刀で斬られたか」
医者が布切れを取り去りムラマサへ傷口を見せる。その傷口は鮫肌の様に皮膚がささくれ医者が傷口を指で開くとべったりと血が糸を引きながら黄色い脂肪が覗く。
「傷は治るかもしれんが傷跡は酷く残るだろう。鈍ら刀と豊かな乳房で幸いにも心臓まで傷はとどいておらん。命に別状はなかろう」
一息を吐きながら説明をする医者に生徒達は安堵の息を漏らす。
「う〜〜〜ん・・・」
「妹君!」
医者の言葉を聞き安心したのかムラマサはその場にへたり込んだ。
「傷口を清潔し様子を見なさい」
「ありがとうございます」
言葉と共に立ち上がった医者にお礼を言い道場を出て行く背を見送った。
「さて、仏さんは寺にでも捨て置くか。村正と扇は先生を見ててやっとくれ」
道場に転がる骸に手を合わせると板の上に乗せ顔に一枚の布を置くと道場から運び出されて行く。
「妹君、先生を寝床へ運びましょう」
「えっ?そ、そうですね・・」
扇に言われようやく呆けを抜き立ち上がると未だ気を失っている姉を板に乗せ寝床へと運んで行く。
………………………………………………………………
「扇殿は帰らなくても良いんですか・・?」
太陽が沈み行灯に火を灯した頃、ムラマサは部屋に残る扇へと話しかけた。この時間は普段なら家に帰っている時間。家の者が心配しているだろうと思い声をかけていた。
「俺は大丈夫です。家には母上が居りますが多忙で俺の事なんて気にしてはいませんから。それに、先生がこうなったのも俺に責任があります。先生の容体が落ち着くまでここに住み込ませてはもらえませんでしょうか」
姿勢を改め一心に頭を下げる扇の姿に押されムラマサは思わず頭を縦に振った。
しかし、姉の看病を一人で行う事に不安があり心の中では扇の申し出を喜んでいた。
「それでは、、お言葉に甘えて・・そうだ、なぜあの者達が扇殿を狙っていたのか教えては下さいませぬか?」
ムラマサの言葉にこくりと頷くと扇は身の上を語りだす。
「俺の母上は吉原で店を構えておりまして。どんな生業をしているのか詳しくは分かりませんがあの野伏り達の話を聞く限り母上と同じ商売を生業とする者。きっと商売敵である母上を脅す為俺を捕えようとしたのかと」
「つまり、野伏りには雇い主が居るという事ですね?」
「はい。しかし追っ手の心配は無いと思います」
「それはどうしてそう思うのですか?」
「逃げ返った野伏りが雇い主に報告すれば意趣斬りを恐れ追っ手は出さず身を護り、報告しなければまだ野伏りは任務の途中だと安堵し。と、いう読みです」
「なるほど?」
「その返事は分かっていませんね?それはさておきそろそろ飯の支度をしませんか?」
外を見れば太陽は姿を隠し引き戸から外を見れば黒い雲に遮られながら月が朧に輝く。
ムラマサと扇は行灯を部屋に置き深っと凍てる廊下を進み台盤所へと向かう。
「姉上が目を覚ました時の為に粥を作りましょう。粥ならきっと寝起きでも食べれるはずです」
「心得ました。では早速」
「取り掛かりましょう」
「「・・・」」
「妹君・・?」
そう言って二人は動きを止めた。扇は他の家の台盤所の勝手が分からずムラマサを見るが、我が家の台盤所でムラマサは困惑した表情を浮かべていた。
「お米は、、何処にあるのでしょうか、、?」
このムラマサ、家事はできるのだが姉の手伝いしかしておらず物の置き場などは知らずにいた。
その為台盤所に来たのは良いが何一つ作業は進まないまま時間だけが過ぎてゆく。
「火を起こしましょう。暗いままでは何も始まりません」
「そ、そうですね!それでは火打ち金を・・」
暗がりの中手探りで火打ち金を探しようやく見つけ何度も石を叩き火口に燻る炎が燃えると薪へと移そうとする。
「お、扇殿ぉ、、」
「どうしましたか?」
「薪は、、いずこに、、」
「えぇ、、、」
ムラマサが苦労して起こした火種は竈門に置かれたが薪を入れ忘れ燃え上がる事なく燻り一筋の煙を立て消えた。
この時、扇はムラマサは根っからの甘えっ子だという事を悟った。頼りになる人の下にいれば輝くのだが一人だと腑抜けてしまうのだと。
「薪を探しましょう。俺が探すので妹君はしばし待ってて下さい」
「かたじけないです、、」
しばらくして台盤所の裏手に積み上げられていた薪を見つけようやく米を炊く事ができ薪が爆ぜる音を聞きながら二人は竈門の炎を眺めていた。その時、ムラマサは昨日姉とここで過ごしていた事を思い出す。
「そうだ、今のうちに風呂を済ませましょう。湯は・・」
「沸いておりませんね」
「あぁっ、、い、今沸かします!」
「妹君っ!釜から煙が!」
「きゃぁぁあああ!!??お米が焦げてる!??」
「蓋をっ!」
ムラマサが釜を閉す蓋を開けると雲々と煙が立ち上り天井を埋め尽くす。ようやく煙が消え去るとそこには真っ黒に焦げた米の残骸がお釜にへばりつく。
「あはははは、、、はぁ、、。お水の分量を間違えてしまいました・・」
「・・真ん中の部分は食べれるはずです」
扇が杓文字で米をかき混ぜるも釜の中の米は全てが真っ黒に焦げ付いており、食べれる部分は何処にも無く沈黙が訪れる。
「お漬け物でも食べましょう、、」
大きなため息の後、ムラマサがぽつりと呟いた。
「申し訳ないです扇殿、、」
しばらくし布団に潜り込んだムラマサが呟く。二人は漬け物を食べた後身体を拭く為にお湯を沸かしたのだが身体を拭く布生地の置き場が分からず寝室へと戻って来ていた。
「いえ、明日明るい時間に探せば見つかるはずですよ。それに妹君は先生を斬られ気が動転しているだけです。きっと明日になればいつもの妹君に戻っているはずです」
「だと良いのですが・・」
ムラマサが隣の布団で眠るマサムネへと目を向けると微かに寝息が聞こえ安堵のため息を吐く。
「このまま姉上が目を覚まさなかったら拙者は・・」
「縁起でもない事を言うのはやめて下さい。先生は大丈夫です。きっと明日には目を覚ましていますよ」
「はい、、」
「もう寝ましょう、寝不足は不健康の元です。それに妹君が倒れたら元も子もありません」
「そうですね。では、行灯を消しますね」
枕元に置いてある行灯に向かい息を吹きかけると吐息に揺らめきぽっと火が消え部屋は暗がりに包まれる。
それでも戸から差し込む月明かりで部屋はぼんやりと明るい。
「お休みなさい」
「お休みなさい妹君」
………………………………………………………………
次の日の明朝にムラマサが目を覚ますと隣に扇の姿は無い。その事で意識を覚醒させ布団をがばっと跳ね除け起き上がる。
「扇殿、、あっ、姉上」
次にムラマサは隣の布団で眠るマサムネの姿を見た。首まで掛けてある布団は呼吸と共に上下に動き生きている事を伝える。
その事にほっとため息を吐きムラマサは部屋の戸を僅かに開けた。
「わっ雪が積もってる」
ムラマサ達が台盤所から部屋に戻った後に雪が降った様で外の景色は一晩のうちに雪化粧をし一面は白銀に染る。縁側まで降り積もった雪にはまだ新しい足跡が残り扇が歩いた後だと悟らせる。
一度姉の寝姿を見た後、ムラマサは足跡を辿り縁側を歩んでゆくと足跡は縁側を降り庭へと続きその先には剣を振るう扇の姿が。
「おはようございます妹君。先生が寝ていたので稽古の時間を取らせて頂きました」
「おはようございます扇殿。いえ、熱心ですね」
「日課ですから。もし妹君も素振りをするのなら変わります」
「そうですね、私も少しだけ稽古を、、」
「俺の刀で良ければ貸します」
そう言われムラマサは縁側を降りようと一歩踏み出したが、雪に足を滑らせ庭へと倒れ落ちてゆく。
ムラマサの一連の見ていた扇は呆気に取られただ、顔面から雪に落ちてゆくムラマサを見ていた。
「だ、大事ないですか?」
雪に顔を埋めたままの姿に声をかけるとムラマサはようやく雪から顔を出した。その顔は真っ赤に霜焼けを起こし目には涙を溜める。その姿に扇は笑いを堪えたがついにぷっと吹き出し盛大に笑い声を上げた。
「扇殿っ!そんなに笑わなくても良いではないですか!」
「あいすまない。しかし・・・ぷっ」
顔をさらに真っ赤にし頬を膨らませるムラマサの姿にまた扇は吹き出し。ついにムラマサは雪玉を一つ握ると扇へと投げた。
「ぐへっ」
「拙者を笑うからですよ扇殿」
ムラマサの投げた雪玉は笑う扇の口へと飛び込み大きく咳き込ませる。口に手を当てまだ咳き込む扇をムラマサは横目のジト目で見た。
「やりましたね妹君!お返しです!」
少し屈み新雪を一掬いし柔らかく握りムラマサへと投げる。その雪玉はムラマサの顔に当たり鼻まで垂れる前髪に雪の跡を残した。
「むぅっ!こうなったら勝負です扇殿!」
「望むところです、、!」
「其方らは仲が良いのだな」
お互いが手に雪玉を握りお互いに投げようとした瞬間に縁側から聞こえた笑い声に二人の手は止まり、投げられるはずだった雪玉は手から擦り落ち雪景色に溶け込んだ。
「お姉ちゃんっ!!」
何度も雪に足を滑らせながらムラマサは雪景色を走り縁側に居る姉の元へと走り、辿り着くや姉の胸へと飛び込んだ。
「心配をかけたがもう大丈夫だ。扇もあいすまない、面倒をかけた」
「いえ、事の発端は俺にあります。必要とあらば腹を切る所存です」
「案ずるな、昨晩お前達の会話を寝ながら聞いていた。お前に非は無い。それより見事な一閃であった。村正も良くあの場で奮い立った」
マサムネの言葉に扇は深く頭を下げた。
「よし、飯としようか。手伝ってはくれないか」
マサムネの言葉に扇はまた頭を下げムラマサは今まで姉の胸に埋めていた顔を上げた。
「流石です先生」
三人で台盤所へと行き扇は言葉を呟いた。それは手際良く事を進めムラマサへ指示を送るマサムネの姿を見ていたから。
ムラマサも昨晩の動きとは違いマサムネの指示通りに動きみるみるうちに朝飯の支度が整ってゆく。
「昨晩は随分と手を煩わせた様だな、苦労の跡が残っておる」
和やかなマサムネの視線の先には流し台に残っていた僅かな焦米。
「お恥ずかしいです、、」
「いや、自らやろうというその心意気、見事である。次は拙者も食べてみたいものだ。村正の作った飯を」
マサムネの凛とした笑顔にムラマサは昨晩の事を思い出し苦虫を噛み潰した様に笑う。その様子を見ながら扇は笑いを堪えていた。
太陽が真上に登った頃、台盤所にある机には三人分の飯が並びようやく食事を始めようとしていた。
「「「いただきます」」」
手を合わせ箸へと手を伸ばした時、台盤所の戸を叩く音が聞こえマサムネは懐へ手を伸ばし隠刀を握り言葉を返した。
「何奴だ」
「おぉ、その声は先生、生きてらしたか!見舞いにと思い参じましたわ」
訪問者が生徒だと分かると隠刀を戻しマサムネが戸を開けるとそこには多くの生徒達の姿が。
「先生、少ねぇが食べとくれ」
「今朝うちの畑の罠に掛かった兎だよ」
「魚もあるで先生。はよ元気になってまた剣を教えてくんなされ」
「皆すまない。有難くちょうだい致す」
生徒達が持ち込んだ見舞いの品で片付けてあった調理台は埋め尽くされ置き場に困る程に。
そして品物と同じく次々と心配の声と感謝の言葉を掛けられる姉を見てムラマサの心まで満たされてゆく。
いつか自身もあの様に。尊敬と熱意の眼差しで姉の姿を見つめていた。
和気藹々とした時間が過ぎるのは早く、気が付けば日は暮れ始め生徒達は一人、一人と帰路へと向かい大番所には三人となった。
「扇は帰らなくても良いのか?両親も心配しておるであろう」
未だ帰ろうとしない扇へとマサムネが問うと扇は渋い顔をし少し俯き少しして顔を上げた。
「そう、ですね。しかし、今宵一晩だけ宿を取らせては頂けないでしょうか」
上げた顔を再び深々と下げ悲願する姿に二人は困り顔を見合わせた。
「分かった。しかし訳を話せ」
「はい、俺の家は吉原で商売を営んでおりまして。それは繁盛している店なのですが。それは置いておいて、店の切り盛りをする母上は多忙で俺の事は目にも掛けず・・」
「扇殿は母上に相手をしてもらいたいのですか?」
「まぁ、、お恥ずかしい話なのですがこうして俺が家に帰らなければ母上が少しは俺に気を向けてくれると甘い気持ちがあります」
「ふっ、扇よ。子はいつまでも親に甘えるというものよ。恥ずべき気持ちでは無い」
「あはは、そうですね。明日の朝家に帰ります」
「うむ、なら今宵は馳走を振る舞わなければならんな。なに、我等が腕を振るおう」
「かたじけのぉございます」
深々と下げた頭を上げるとそこには優しく笑う二人の姉妹の姿。
「では、早速取り掛かろうか。客人は椅子にでも座り待たれ」
また頭を下げ椅子へと腰かけ台盤所を忙しなく動く二人を眺めていた。火を起こし、野菜を切り分け兎を捌き、あらよあらよと魚は腑を出され塩をまぶされ。
気が付けば台盤所に湯気が立ち醤油が香り竈門で焼かれる魚は狐色に染まり。この場に居るだけで口に唾が溜り腹の虫が鳴る。
やがて行灯に火を灯す頃、机の上には様々な食材を使い作られた料理が所狭しと並び目を楽しませる。
「お見事な腕前、感服です」
「冷める前に食そうか。感想は食後の甘味を食べながらゆっくりと聞かせてもらう」
「「「いただきます」」」
一つ一つの皿に箸を伸ばし一口食べ、また一口食べ。次々と料理は箸に摘まれ口へと運ばれ。食事に夢中で無言の食卓には咀嚼の音が僅かに聞こえるのみ。
最後にずずりとお茶を飲み干し手を合わせる音が聞こえた。
「「「ご馳走様でした」」」
「美味しゅうございました。二宿二食の礼は必ず致します」
「礼を言うのは此方も同じだ。扇が居たからこそ村正は取り乱さず事を済ますことができた」
「そうですよ扇殿、拙者一人ではきっと、姉上の枕元で泣く事しか出来なかったと思います
「お二人方・・かたじけない、、」
食後に白餅にたっぷりと小豆の餡が乗せられた餅を食べながらまた扇は頭を下げた。
「さて、もう少ししたら風呂を済ませ床に就くとしようか。明日からは拙者も身体を動かそうと思う」
「姉上、もう少し休まれては、、」
「いや、拙者に休む暇など無い。一歩でも強く前へと進まねばならんのだ」
ムラマサが見たマサムネの瞳は硬い決意に燃える。揺るぎない決意を秘めた瞳にムラマサは目を逸らしてしまう。
「俺も強くなります。先生を超えるのはまだ先ですがいずれはきっと」
「むぅ、まずは私を超えてからお姉ちゃんを超えると申して下さい!」
「うむ、その意気だ扇よ。目標に向かい精進せよ」
「お姉ちゃんまで!」
頬を膨らませるムラマサを見て二人は笑いついにムラマサは顔を赤く染めそっぽを向いた。
「あいすまない。村正をからかうのは面白くてな」
「拙者だっていずれは姉上を超えてみせます!そして父上の剣技を物にしてみせます!」
「あぁ、楽しみにしておるぞ」
火照る笑顔でムラマサの頭を一つ撫でた。
事を済ませ三人は寝室へと来ていた。行灯の灯りで布団を敷いて布団の中へと潜り込む。
「灯りを消そう。おやすみ」
「「おやすみなさい」」
吹と息を吹き行灯の火を消すと寝室は暗がりへと包まれ、やがて寝息が三つ聞こえた。
………………………………………………………………
次の日の明朝にムラマサは目を覚ました。布団から出る決意をする為に大きく息を一つ吸って吐き覚悟を決め布団を跳ね除けた。
「うぅ寒いっ、、でも、、、」
布団から出した半身が凍え決意が揺らぎそうになるが両頬を叩き布団から抜け出し鍛錬をしようと枕元に置いていた刀を持ち寝室から出ようとするが、一度二人の方へと目を向けた。
扇はまだ布団に包まりマサムネは布団から顔を出しているが眠りの中。二人の様子を見てムラマサは外へと駆けて行く。
昨日降った雪は日差しにより溶け少なくはなってはいるがまだ姿を残す。縁側を歩き雪が残る庭へと行き鞘より刀を抜き出し素振りを。
「十一、十二、十三、十四!!」
吐く息は白く身を縮こませる冷気に身を晒しながら素振り。数が百を超えた辺りから僅かに息を荒げ額に細かな汗粒を浮かべ三百を数えた頃には両腕はすっかりと重くなる。
「ふぅ、、」
東から登った日差しを受けようやくムラマサは素振りを止め鞘へ刀を納めると縁側に腰掛け休む事に。
残り雪に反射する日差しを浴びぼんやりと空を眺めていた。その時、勢いよく戸を開け放つ音が響き切羽詰まる様な足音が鳴る。
「妹君!!先生が大変なんだ!俺は医者を呼びに走る!妹君は先生の側に居てくれ!」
鬼気迫る扇の声を聞きムラマサは目を丸く開け言葉を返す事ができず何度も頷きながら寝室へと走った。
「お姉ちゃんっ!!」
ムラマサが寝室へとたどり着くとそこには荒く呼吸をし顔に大粒の汗を浮かべるマサムネの姿があった。
何度ムラマサが名を叫ぶが姉はただ荒く息をするのみで返事は無い。
只事では無い姿にムラマサの気は遠くなり、最悪の結末が脳裏に浮かぶ。このまま姉は死んでしまうのではないか。一度浮かんだ不安はムラマサの思考を支配し絶望の淵へと追い込む。
「お姉ちゃん、、、!お願い、、返事をしてくだされ、、!」
涙混ざりの叫びも虚しく返事は無く俯き姉の枕元へ大粒の涙が落ちる。
「妹君!医者を連れてきた!」
「扇殿っ!!」
ようやく戸が開かれ目を向けると息を切らした扇と以前来た医者の姿が。二人の姿に安堵し縋る様な目を向けた。
「早速看ようか」
荒い息のまま医者はマサムネの枕元に立ち手を額に当て首筋に当て体温を測り次に布団を捲り以前付けられた傷口を診た。
「湯を持ってきなさい」
医者の声に目を向けると医者は傷口を指差した。それは傷口から染み出した滲出液が袴に付着し凝固する様。痛々しい姿にムラマサははっと口を押さえ目を背けた。
「俺が沸かしてきます」
扇が部屋を飛び出す姿に目を向ける事ができないほどにムラマサは愕然と姉の姿を見ていた。
「持ってきました」
しばらくして扇が湯気を立てる鍋を持ってくると医者は布生地を湯に浸し凝固する患部へと乗せ凝固を溶かしゆっくりと袴をめくる。
すると、鼻に付く嫌な臭いが部屋中に漂い思わず鼻を塞ぐ。
「傷口が腐りかけている。このままだと姉は死ぬぞ」
傷口を指でなぞると滲出液が漏れ膿が滲み出す。医者の言葉に二人の顔からみるみる血の気が引き青ざめる。
「せ、先生っ!!姉上を助ける方法はないのですか!!」
「妹君っ!落ち着け!」
思わず医者に飛び掛かるムラマサを扇が羽交締めにしどうどうと落ち着ける。しばらくして何度も呼吸をしながらムラマサは医者へと頭を下げた。
「無い事はないが、この傷を治すには南蛮由来の薬がいる」
「その薬は、何処にっ!」
「家にある。しかし、ちと値が張る代物でな」
「いくらでしょうか・・!」
「十両で薬を譲ろう」
「じゅ!十両っ!!」
思わずムラマサが叫ぶ。十両といえば人が一年働いた額に相当し月謝を取らず清貧に生きてきた二人にはとても払える額では無かった。
「後三日、三日のうちに薬を塗らなければ姉の命は無いであろう」
そう言い残し医者は帰って行った。
「妹君、俺が・・」
「扇殿、探しましょう!きっとこの家を探せば少しはお金が出てくると思います!」
この家は代々先祖が仕来りと共に受け継いできた家。それならば幾らかの金があるとの算段。
何かを言い掛けた扇もムラマサの鬼気迫る声に思わず言葉を飲み込み駆けて行くムラマサの後へと続いた。
「・・・」
二人はあらゆる部屋を散々に探し回り金をかき集めた。しかし、探し出した金はニ両と寛永通宝が何枚か。
「妹君、俺が」
扇が何かを言い掛けた時、戸が叩かれ来客を告げる。恐る恐る戸を開けるとそこには生徒達の姿が。
朝に血相を変え町を走る扇の姿を見て何かを察し道場へ顔を出したようだ。
「姉上は、、、」
ムラマサに言われ布団で苦しむマサムネの姿を見て何人かの生徒は驚き枕元で念仏を唱え深く頭を下げた。
「これ、少ないけど取っておいてくれ。薬代の足しに」
「あ、ありがとうございます。痛み入ります、、!」
ムラマサが咽び泣きながら受け取った小袋の中には生徒達が出し合い集めた金が。それは三両の額となる。
しかし薬代は十両。金を合わせても四両と少し足りない。
「妹君、俺が、、」
「扇殿、姉上をお頼みもうすっ!」
「あっ!妹君っ!!」
また、扇が何かを言い掛けた時、ムラマサは生徒達を掻き分け表へと飛び出すと颯の如く駆けて行く。
直ぐに扇も後を追おうと縁側へ飛び出したが既にムラマサの姿は見えず、深追いしようとするが危篤であるマサムネを置いておく事ができず大きく溜息を吐いた。
………………………………………………………………
ムラマサは家を飛び出し北へと向かい走った。ムラマサ本人も何故北へと走ったか分からないがただひたすらに北上して行く。
やがて辿り着いたのは大通りの両端に茶屋が立ち並ぶ未知の土地。ムラマサは姉と散歩と称し江戸周辺は探索した事があったのだが此処は一度も来た覚えが無い。茶屋を見るとどの茶屋も人で賑わい活気立ち思わずキョロキョロと辺りを見渡してしまう。
「あいや、そこの田舎侍」
「?」
「お主だよ、もうすぐ花魁道中が通るから死にたくなければそこから退きな」
「は、はいっ!」
町人にそう言われムラマサは道の淵へと退く遠くから道の真ん中を闊歩する集団の姿が見えた。その集団が近づくにつれ姿がはっきりと見える。
その集団を歩くのは全て着飾った女性。どの女性も華々しい着物を着こなし頭には煌びやかな簪を刺し。姉とは違う大人の色気を醸し出す女性達にムラマサは呆気を取られ優雅に歩む花魁道中を見送った。
花魁道中を見送り歩み出そうとした時、ムラマサは再び町人に呼び止められその場に止まる事になる。
後二組花魁道中が通る為、ムラマサはその場を動く事ができないでいた。
「・・・」
そして、次の組を見送り次の花魁道中が来た時、ムラマサは花魁道中の前へと飛び出し先頭を歩む女性の足元で地面に額を付け哀願する。
「道中の歩みを止める無礼を御赦し下さい。どうか、拙者の話を聞いて下され!」
「てめえっ!この方が芭蕉扇様だって知っての無礼か!なら、殺されたって文句は言わせねぇからな!」
ムラマサが哀願すると同時に団体より一人の女が前に立つと跪くムラマサの首を掴み道端へと投げ捨てようとする。それでもムラマサは地面にへばり付いた様に動こうとしない。
「止めなさい雹破」
「でもよぉ、芭蕉扇様の花魁道中の邪魔されたら黙っていられないよ!」
「下がりなさい。うちの子が無礼をしたわね。貴女、名前は」
「はいっ、拙者、村正と申す!あの、拙者の話を聞いて頂きたいのです!」
「村正、面を上げなさい」
そう言われムラマサは顔を上げ芭蕉扇と呼ばれた女を見上げ目を合わせた。その女はムラマサですら惑わす色気を持ちながらも御淑やかに纏まり気品漂う女。しかし一度合わせた目線は湧き立つ観衆の間を何かを探す様に彷徨う。
「村正の話を聞かせて貰うわ。話しなさい」
「痛み入ります、、、っ!」
一呼吸の後、ムラマサは事情を話した。死にかけの姉を救う薬を買う金を貸して欲しいと。
話し終え顔を上げると冷笑が一つ、聞こえた。
「そういう事ね。理由は理解したわ」
「ならっ!」
「答えは拒否ね。金はあるけども、どこの馬の骨かも分からない小娘に貸す義理は無いわ」
「・・」
「姉を看取り追い腹でもしたらどうかしら?死花を咲かせれば姉も報われるわ」
血も涙も無い言葉にムラマサは返事ができず目を逸らし唇を噛む。
「退きなさい。本来ならこの道中の前に立った時点で打ち捨てるところだけど見逃してあげるわ」
そう言われてもムラマサは額を地面に押し付ける。その姿を見下し道中は前へと進む。
「なら、拙者を此処で働かせて下さい!どんな仕打ちでも拙者は姉上の為耐えて見せます!姉上の為ならば修羅の道も覚悟は承知です!」
ムラマサの叫びに芭蕉扇は歩みを止め振り返る。
「見たところ侍の様だけど、武士に二言は無いわね」
「はいっ!どうか御頼み申すっ!」
芭蕉扇は地に額を付けるムラマサの元へと行くと顔を上げさせムラマサの顔を吟味する様に眺めた。
「必要な金は」
「四両ほどです、、」
「四両ね、承知したわ村正。それぐらい一晩で稼がせてあげる」
「はい!かたじけないです、、!」
「水破、雹破」
「「はい」」
「この娘の両肩を持ちなさい。屋敷へ連れ帰るわ」
先ほどムラマサに掴み掛かった娘ともう一人の娘がムラマサの両肩を持ち、ムラマサは引き摺られる様に何処かへと連れ去られてゆく。
………………………………………………………………
しばらくスイハ、ヒョウハに抱えられ大通りを歩くと所狭しと建てられていた茶屋の数は減り、代わりに屋敷が見え始めた。
「・・・」
目の前に広がる光景にムラマサは言葉を無くした。ムラマサ達が先祖代々住み続ける自宅兼道場はその辺りに立ち並ぶ長屋より広いのだがそれ以上の屋敷が目の前にあるだけで十は建ち並びどの屋敷も高い塀に囲まれ門前には複数の門番が立つ異様な光景。
数多く屋敷が軒を連ねる道を歩み道中はその中でも一際大きな屋敷の前へと辿り付くと硬く閉ざされた門を芭蕉扇自らが開け放つ。
眼前に広がるのは絢爛な中庭。手入れが行き届いた松が生え並び庭石が並び玉砂利が引き詰められ、更には池があり紅白に身体を染めた鯉が優雅に水中を泳ぎ、庭園の奥には堂々と屋敷が鎮座する。
庶民の家とはかけ離れた屋敷にムラマサは目を丸くした。
「芭蕉扇様、村正はどちらへ」
「私の部屋に連れてゆくわ。それと雹破は梓を呼んできなさい」
ヒョウハはムラマサの肩から手を離すと屋敷の中へと入ってゆく。ムラマサは屋敷へと入る芭蕉扇の背後をスイハに手を引かれなが歩んでゆく。
「あの、、」
「どうした」
「ほ、本当に拙者がこの屋敷に入って良かったのでしょうか・・?」
芭蕉扇の屋敷を見た時から恐縮していたムラマサだが屋敷に足を踏み入れ完全に恐縮していた。借りてきた猫の様に不安気に縮こまり俯きながら手を引かれ。
花魁道中に参加していたスイハも将軍家の大奥の様な絢爛は着物を着ており、ムラマサは普段の袴姿。場違いも良いところ。
「・・」(村正がそれを望んだのであろう。気に病むな)
「えっ、水破殿、なんとおっしゃられましたか?」
「・・・」
小声で話したスイハの言葉は屋敷の何処かから楽器を奏でる音にスイハの声は音に掻き消された。
こうしているうちに前を歩く芭蕉扇が戸の前で立ち止まりゆっくりと戸を開くと目も眩む様な部屋へと通された。
「・・・」
この部屋は何処もかしこも金の装飾で飾られ目を眩ませ床は錦織の紅に染まる。芭蕉扇は部屋の上座へとゆき膝掛けに膝を掛け煙管を取り出すと煙を一つ吐いた。
「ようこそ芭蕉扇の遊郭へ。歓迎するわ村正」
「は、はいっ!痛み入ります!」
「お主に幾つかの質問をさせてもらうわ。もちろん、謀りは許さないから嘘偽り無く質問に答えなさい」
芭蕉扇に言われ膝を崩し座り質問に一つずつ答えてゆく。出身地、剣の流派、年齢。一つ一つ答えてゆく。
「出身地は浅草、剣の流派は無銘、歳は数えで十ニです」
「そう。それで村正、貴女は殿方との目合はした事あるかしら」
「ま、まぐあいは、ありませぬ、、どうしてその様な事を聞くのでしょうか、、」
質問にたじろぐムラマサに対して芭蕉扇は小さく笑った。
「へぇ、なら四両とは言わずその倍は稼げるわ。それも家すら建てれる程にね。水破、破瓜の儀の通達を出しなさい」
芭蕉扇の言葉にスイハは頷き部屋を出てゆく。部屋に残されたムラマサは状況を飲み込めず不安そうに芭蕉扇を見上げた。
「い、一体芭蕉扇殿は何者なのでしょうか、、?」
「私はこの吉原の遊郭を取り仕切る花魁の芭蕉扇よ。それより村正、貴女はどうして私に声をかけたの?私の道中の前にニ組の道中が通ったはずよ」
「それは・・」
確かにムラマサは二組の花魁道中を見送り芭蕉扇へと声をかけた。
「芭蕉扇殿を一目見た時この人なら拙者を助けてくれると思ったのと母の様な温かみを感じたからです」
ムラマサの言葉に芭蕉扇は頬を緩めながら煙を吐き出した。
「良い瞳をしているわね。ますます気に入ったわ」
芭蕉扇の言葉にムラマサは深々と頭を下げた。
「芭蕉扇殿、遊郭とは一体どの様な場所なのでしょうか?拙者はこの様な場所に来たことがなく、、」
「教えてあげる。遊郭とは、殿方を楽しませる場所よ。楽器を奏で舞を踏み、座敷で遊び。そして、春を売る所」
「春とは、、?」
「殿方にこの身を捧ぐのよ。ありとあらゆる性技を持ち寄り殿方に至高の喜びを与える場所」
「・・・」
この言葉を聞きムラマサは崩していた脚を直し姿勢正しく座り直した。その時、戸が叩かれ開くとヒョウハの姿があり、横にはもう一人女の姿があった。
「遅れました。梓弓でございます」
「ようやくね梓。早速だけど梓にこの、新入りの世話を頼むわ。この者は今宵競りに出すからそのつもりでね」
「畏まりました。この者が・・」
梓と呼ばれた女は一瞬ムラマサへ哀れむ様な目線を送り直ぐに笑顔を見せた。
「梓弓と申します。梓、とお呼び下さい」
「村正と申します。不束者ですがよろしくお願いします」
「雹破もしばらく村正を頼んだわよ。下がって良いわ」
芭蕉扇の言葉に三人は頭を下げ部屋を後にした。
………………………………………………………………
「雑賀」
「お呼びでありんすか」
一人となった芭蕉扇が雑賀と名を呼ぶと音も無く一人の女が姿を見せた。紺の着物を着こなし胸元には蜜柑の刺繍が彩られ、顔も包帯で隠した女。
「村正の言葉に嘘偽りがないか確かめて来なさい。話は聞いていたわよね」
「当然でありんす」
「・・慣れないわね普通に話しなさい」
「そーっすね、うちもこっちの方が楽っすから」
けらけらと笑う雑賀に芭蕉扇も笑顔を見せた。
「それと探し人は見つかったかしら」
「全く手掛かりも無しっすね。そっちも抜かりなくやるんで果報を待ってて下さいっす。それとその新入りが謀りを働いてたらどーするんすか?」
「厠に捨ててやるわ。私に嘘を吐いたのなら当然の報いね」
「おー怖い怖い」
そう言うと芭蕉扇が持っていた煙管を取ると火種を落とし煙を一つ吐いた。
「じゃ、行ってくるっすね」
部屋に舞う煙が晴れる前に雑賀は姿を消していた。
………………………………………………………………
その頃ムラマサは梓弓とヒョウハに案内ながら廊下を歩いていた。
「村正殿は芭蕉扇様からこの屋敷の説明は受けましたか?」
「はい、ある程度は、、」
「はい。それとは別にこの屋敷にもう一つ規則があります」
「規則ですか?」
「芭蕉扇様への悪口は心の内に秘めておく事です。もし口にし、誰かに聞かれたら命は無いと思って下さいね」
「そうだぜ新入り。芭蕉扇様の悪口を一言でも口にしようものなら本気で命取りにいくからな」
「悪口なんてとんでもないです!芭蕉扇殿には感謝しかありませぬし、返しきれない程の恩があります」
二人の圧力を受けながらも目を合わせしっかりと受け答えする姿に二人は満足気に頷いた。
「よーっし、気に入ったぜ新入り!じゃあみんなにも紹介してやらねえとな」
ムラマサの肩を叩きながら笑うヒョウハに手を取られ進む先には一つの戸が。
ヒョウハは躊躇う事なく戸を開け放ち部屋の中へとムラマサを連れてゆく。
「こいつの名前は村正、今日からここで働く事になった奴だ!みんなよくしてやってくれよな」
大声を張り上げるヒョウハの方へと四つの目が向けられ視線はヒョウハと梓弓の間に居るムラマサの元へ。
「お主が新入りとな。これ、頭が高いであろう。余らはお主の先輩方であるぞよ」
「うむ、草薙の言う通りじゃ。ちと頭を下げんか」
「は、はいっ!む、村正と申します!不束者ですがよろしくお願い致します、、!」
二人に睨まれムラマサは深々と頭を下げ挨拶をすると二人は満足そうに笑う。
「あらあら〜可愛い子ですね〜二人ともいじめてはいけませんよ〜?頭を上げて下さい〜」
頭を下げるムラマサに間延びした声が聞こえ頭を上げると可愛らしい少女姿。
「私は天沼矛。こっちは草薙ちゃんに八咫鏡ちゃんです〜」
「余が草薙じゃ」
「妾は八咫鏡。ちと退屈をしておってな、少しからかっただけじゃ。ほれ、お主も挨拶をせぬか」
「は、は、は、はい!私は与一、と申します。どうぞよろしくお願いしますね」
やや遠目から挨拶をした少女与一。草薙、八咫鏡、天沼矛、与一はムラマサから見ても歳は下と思う程に幼い。
ムラマサへ興味深々な三人だが与一は挨拶を終えると鼓を叩き出す。
「与一殿は何をしているのですか?」
「鼓の練習をしています。もっと練習して三人の妨げにならない様にならないといけないので」
「与一は余達と楽器を演奏しておってな。そうじゃ、歓迎の印として一曲聞かせてやろう」
「えぇっー!そんな事急に言われましても、、まだ心の準備ができてないというか、練習が足りてないというか、、実力が・・・」
「この腑抜けめ!早う準備をせぬか!」
「はひぃ!た、只今!」
草薙に押され与一は鼓を持ち草薙の横へと座ると草薙は手に三味線を持ち八咫鏡は尺八を構え天沼矛は手に扇子を持つ。
一瞬目と目を合わせた後、与一が鼓を三つ打つと二人は三味線を弾き心地良い音を奏で響く音に乗り優雅に扇子を回し天沼矛が舞う。
四位一体の芸をムラマサは関心する様に眺めていた。
「どうじゃ我らの演奏は!ほれ、拍手を忘れておるぞ」
「見事な演奏に舞、天晴れです!」
草薙に言われムラマサは頭を下げながら盛大に拍手を送った。
「我らも凄いが芭蕉扇様はもっと凄いぞよ。何せ芭蕉扇様は我らの指南者であるからな」
「指南者ですか?」
「うむ、捨てられた妾達を此処に置いてくれたばかりか芸を仕込み生きる術まで教えてくれたのじゃ。芭蕉扇様には頭が下がるばかりか足も向けて眠れんぞ。此処に居る者は皆そうじゃ」
「三人は大名の三人娘だったのです。しかし、戦で両親を亡くしたばかりか帰る家も焼け落ち」
「・・・」
「私は兄弟が多くて口減しで捨てられたのですがそこを芭蕉扇に拾ってもらったのです」
「・・・」
四人の過去を聞きムラマサは言葉を失った。明るく振る舞う様子からは想像もつかない過去。
「私達が芭蕉扇様の悪口を許さないって意味が分かっただろ?此処の奴らはみんな芭蕉扇様に恩があるんだよ」
笑うヒョウハにムラマサは頭を下げた。
「皆さんお昼の時間ですよーあなたが新入りさんですねっ。わたくし、七支刀と言います。よろしくお願いしますね」
「村正と申す、よろしくお願いします」
戸が開きあどけない少女が姿を見せるとムラマサを見つけ挨拶を一つ。
「芭蕉扇様から聞いていますよ。破瓜の儀頑張って下さいねっ」
ムラマサへ一つ頭を下げると一人ずつに料理が乗ったお盆を配ってゆく。料理はムラマサの分も用意されており皆で食卓を囲む事に。
挨拶をし料理を一口食べるとムラマサの頬は緩んだ。
「この料理は七支刀殿が作ったのですか?」
「はい、そうですよ?この屋敷の食卓はわたくしが任されていますので。もしかしてお口に合いませんでしたか?」
「い、いえ!こんなに美味しい料理は初めて食べました」
「ありがとうございます。芭蕉扇様が全国から良い食材を集めてくれるので美味しいご飯が作れるのですよ」
「七支刀ならどんな材料でも美味い物作れるだろ」
「雹破さんはお上手ですね。じゃあ、、甘味を後で持って来ますね」
「へへっ、ありがとな」
「これ!余にも甘味を持ってこんか!」
「雹破だけずるいのじゃ」
「安心して下さい。みんなの分もありますからね」
わちゃわちゃと戯れる姿を見てムラマサの緊張はほぐれてゆく。芭蕉扇の物言いを聞き修羅の場所と身構えたがこの場所は修羅とは程遠い極楽浄土の様。
「はいどうぞ。七支刀特製の栗羊羹です」
「わっ、いただきます」
思いもよらず好物の羊羹が出されムラマサは笑顔を浮かべながら美味そうに食べていた。
昼飯から時間は流れ太陽が西に傾き出した頃、ムラマサは梓弓に呼ばれ廊下を歩んでいた。
「梓殿、一体何処へ行くのですか?」
「今から村正殿には風呂に入り身を清めてもらいます。先方に失礼がない様に私が身を洗いますので」
しばらく歩き脱衣場へと来ると一つお辞儀の後、梓弓はムラマサの着物へと手を掛け脱がせてゆく。
「梓殿っ」
ムラマサが僅かに抵抗するが梓弓は手慣れた手つきで袴を脱がせ晒し巻きを解きあっという間にムラマサを一糸纏わぬ姿へと変える。
「私も服を脱ぎますのでしばしお待ちを」
しゅるりと帯を解くとムラマサが目を向ける中、恥ずかしむ様子も無く着物を脱ぎにっこりと笑顔を見せた。
「では、参りましょう」
梓弓に手を引かれムラマサは浴室へと足を踏み入れた。
「これは、、」
戸が開けられ湯気が収まると浴室の全貌が見える。姉と行った町の大浴場よりも広い浴室に思わず眩暈を感じ、聞くと芭蕉扇専用の浴室は更に広いと聞き眩暈を起こした。
「仕度ができるまでどうぞ湯に浸かり足を伸ばして下さい」
「ありがとうございます、、」
二度掛け湯をしムラマサは湯に身を沈めた。肩まで浸かり足を伸ばしてもまだ風呂の壁に足は届かず泳ぐ事もできそう。
「村正殿、こちらへとお願いしま・・・」
「あっ」
犬かきで泳ぐ姿を見られしばしの沈黙。
「先ほどは失礼いたしました、、」
「大丈夫ですよ。良く草薙殿や与一殿も泳いでおりますので」
小さな椅子に座らされムラマサは梓弓に髪を洗われていた。石鹸で作られた泡をふんだんに使い髪は泡に包まれ頭皮を揉みほぐす様に指が動きムラマサは夢心地。
「流しますね」
風呂桶に汲んだ湯で何度も流し身体も手に付けた泡で足の指の先まで洗われてゆく。
「さぁ、出ましょうか」
指で湯を切りムラマサは脱衣所に連れら大きな布生地で包まれた。
「珍しい生地ですね」
「芭蕉扇様が南蛮より取り寄せた生地なんですよ。目を瞑って下さいね」
生地で丁寧に髪を拭き仕上げに椿の油を塗り込むとムラマサの黒髪は艶やかに輝く。最後にムラマサの身体へ生地を巻き付けた。
「これで入浴は終わりです。脱衣場を出て真っ直ぐ行った所にある部屋へと行って下さいね」
「はい、ありがとうございました」
梓弓へ頭を下げるとムラマサは言われた通りに進み戸を叩いた。
「あっ水破殿」
戸が開くとそこにはスイハの姿があり言われるがままにムラマサは部屋へと進む。
「村正殿」(着付けをするから生地を取るね)
「えっ?なんとおっしゃいましたか?」
小声で話すスイハの言葉は聞き取れなかったが、生地を取ろうとする仕草で察し両手を挙げるとはらりと生地が床へと落とされた。
一度ムラマサの姿を見るとスイハは部屋の奥へと行き一つの生地を持ち姿を見せ一つ御辞儀の後にムラマサを着付けてゆく。
「わっ」
部屋に置かれていた姿鏡に映るのは純白の着物を着こなす姿。良く見ると白い縫い糸で流水の様な刺繍が施されている。
「お似合いです」
「ありがとうございます。それで拙者はどうすれば良いのでしょうか?」
「この部屋を出て左へ行き二つ目の部屋を尋ねて下さい」
ムラマサは一つ頭を下げ部屋を後にしスイハに言われた通りに廊下を進み次の部屋を尋ねた。
「待ってたぜ新入り!さっ、座ってくれよな」
次の部屋を訪ねるとヒョウハの歓迎を受け椅子へと座ると顔をまじまじと見つめられる。
「雹破殿っ、、そんなに見られると、恥ずかしいです、、」
「よし決まった!痛い思いしたく無かったら動くんじゃないぞ」
ヒョウハは一本の剃刀を手にムラマサの前に屈むと眉を整えてる為に剃刀を動かしてゆく。
「眉はこんなもんだな。次はっと」
剃刀を置き次に手に取ったのは櫛。立ち上がるとムラマサの髪を丁寧に梳かしてゆく。
「簪は刺した事はあるか?」
「いえ、ありませぬ」
「ちょっと重たいから気をつけろよ」
ムラマサの長い黒髪を頭の後で纏めると百合柄の簪でくるりと止め馬の尻尾の様に。
「こんなもんか。次はここを出て左に二つ進んだ部屋だ。頑張れよ新入り」
ヒョウハに肩を叩かれながら部屋を出で言われた通りの部屋へ。
「あなたが新入りの子ね。私は蜻蛉切。あなたに化粧をしてあげるからここに座って目を瞑りなさい」
「は、はい」
蜻蛉切に言われるがままに椅子に座ると顔に冷やりと感じ目を開けそうになるがじっと堪えた。
「顔が良いから薄めにしておいたわ。ほら、目を開けて鏡を見なさい」
ムラマサがゆっくりと目を開き鏡を見るとそこには白粉をぬり紅を引いた姿が。
幼い顔立ちが化粧をし大人の女の様に色気を醸す。
「あ、ありがとうございます」
「芭蕉扇様から言われてるしお礼はいらないわよ。そんな事より玄関で芭蕉扇様が待っているわ」
玄関への道のりを教えられムラマサは部屋を後にした。
「ようやくね。私の持て成しは気に入ってくれたかしら」
玄関へと行くと芭蕉扇の姿があり、施しに感謝の言葉を述べると満足そうに笑った。
「行くわよ、客人を待たせているわ」
玄関を開け歩む芭蕉扇の背後に付いて歩んでゆく。そんな二人を西へと沈みゆく黄昏が照らしていた。
二人は屋敷を抜け来た道を戻るように歩き茶屋が立ち並ぶ方まで戻って来た。
すると芭蕉扇は一軒の茶屋へと入ってゆきムラマサにも入る様にと促す。
既に茶屋の店内は暗い。しかし何本もの松明が燃え盛り店内を照らす。そこには人、人、人。大勢の男達の姿があり部屋に入っただけで酔いそうな程酒の匂いが篭り。店に入った芭蕉扇へと視線を向けている。異様な光景にムラマサは忘れていた緊張を取り戻した。
「芭蕉扇の呼び出しに応じ感謝するわ。早速始めましょうか。村正」
「は、はいっ、、!」
男達の間を歩き二人は上座へと行く。
「今宵の品はこの哀れで健気な少女、村正。彼女は病に苦しむ姉を救う為私の元を訪ね、春を売る決意をしたわ」
「この村正は男を知らぬ純潔な少女。私は一つも性技を教えてもいないし作法も教えてはいないわ。だけれどそれが良いのでしょ?村正の純潔を男根で突き破り男の味を教え込む荒武者は名乗りを挙げなさい!」
芭蕉扇に煽られ観衆は湧き立ち雄々しい声を張り上げる。ムラマサは得体の知れない光景に身を縮こめた。
「これより競りを行うわ!十両から始めましょうか」
「!?」
芭蕉扇が言った金額にムラマサは目を点にした。十両といえばムラマサが家を漁り生徒から恵まれた金を出しても足らない額。それがムラマサ自身に付けられた値だと。
「十五両」
「俺は二十両出すぞ!」
「三十だ!」
ムラマサが聞いている内に金額はみるみる跳ね上がってゆく。もう既に値段は三十両を超えているのにも関わらずそれを超える金額を出そうという挙手の手がまだ並んでいる。
「五十両!」
一人が五十両と叫び挙げられていた手が下がる。三十両から飛んで五十両と言われ臆したのか手を挙げているのはそう叫んだ男のみ。
「決まりね。村正、この方が今宵の・・」
「六十出す!」
芭蕉扇の言葉を遮る様に男が叫んだ。この男は五十と張った男へ得意気に笑い上座へと上がろうとする。
「えぇい!七十だ!七十両だす!」
男は上座へと上ろうとする男を跳ね除け七十両と叫んだ。
芭蕉扇が煙管を取り出し煙を蒸しこむが他に手を挙げる男の姿は無くついに男は芭蕉扇の前へと立ち、打飼いから七十枚の小判を取り出し叩き置いた。それを煙管を咥えながら一枚一枚数えてゆく。
「決まりね。部屋を用意しましょうか」
吐き出された煙の中にしてやったり顔の芭蕉扇が見えた。
男は寒さに震え袖に手を入れながら芭蕉扇の屋敷へと向かい歩んでいた。目的は先程競り落とした女、ムラマサを抱く為。
酒と競り場の勢いで大金を叩いたが松明に浮かぶムラマサの顔立ちは上等であったし、遊郭の女、しかも処女を抱く事ができ更には芭蕉扇の気を引けるのであればと自分を納得させ、男は足を早め屋敷の門前へと立った。
「こんばんわ、芭蕉扇の遊郭へようこそ」
「これはこれは芭蕉扇殿。上様自らお出迎えとは痛みいる」
「お上手ね。さっ、此方へどうぞ」
下の者を遣わせず芭蕉扇自らの出迎えに男は気を良くし更には芭蕉扇は男の腕を抱きながら案内をする。
本来なら芭蕉扇に触れる事すら金がかかるのだが。男はそれ程にムラマサという下女に思い入れがあると悟った。
「此方です。必要な品があれば鈴を鳴らせばすぐに持ち寄るわ」
「あいすまない」
「では、村正との一夜を心ゆくまでお楽しみになって」
深々と頭を下げる芭蕉扇に見送られながら男はムラマサが居る部屋の襖を開いた。
「よ、ようこそい、いらっしゃいました・・今宵のお、お、お相手を務めさせて頂く、、、村正と申す、、、!拙者、この様な事は、、初めてでして上手く出来るかは分かりませぬが、、主君を楽しませる為に力を尽くしますので・・どうぞよろしくお願いします」
そこには幾つもの行灯に照らされながら床に額を付け出迎えるムラマサの姿が。しかし、ムラマサの声は震え身体も小刻みに震え。ようやくあげた顔は絵に描いたように不安が張り付いている。
「おうよ、高い金払ったんだ。その分は楽しませてもらおうか」
「ひゃいっ!」
男がムラマサへと歩み寄ると裏返った声を出し思わずぷっと息を吹いた。
「飲み物でも頼もうか。村正は何を飲む」
男は鈴を鳴らし使いの者を呼んだ。
しばらくして二人の前には湯気を立てるお茶と三色の団子が届けられた。男に食べよう言われたがムラマサは膝の上に手を置き神妙な顔付きで男を見るばかり。
「どうした、食わんのか」
「いえ、拙者は主君に買われた身分ゆえに、この様な施しは・・」
「おぉ、確かにそうだが村正を買った俺が食えと申すのだ。食わねば失礼だとは思わぬか」
「では・・頂きます、、」
震える手で団子の串を取るとゆっくりと口へと運び一口食べようとするのだが男の目線が気になり口が止まる。
「はは、初々しい奴よのぉ」
男は盛大に笑い細めた目でムラマサを見た。この様子からしてムラマサがスレていない女という事は明白。
遊女で処女とは半信半疑であったが確信へと変わった。ならば緊張を解し気を緩めるのも楽し。
「団子は嫌いであったか」
「いえ、緊張で喉を通りませぬ、、かたじけないです、、」
「まだ時間はある。ゆるりとせい」
男は胡座をかき頬杖を付きムラマサの顔を眺めた。ようやくムラマサは団子を一口口にし飲み込むとお茶を一口飲んだ。
「美味いか」
「はい、美味しゅうございます」
強張ってはいるがようやく笑顔を見せたムラマサを見て男も団子を口にした。
「なるほどな。天晴れな娘よ」
男は団子を食いながらムラマサの身の上を聞いていた。野伏りに姉を斬られ薬代を稼ぐ為この遊郭へと来た事を。
「しっかし芭蕉扇殿の遊郭へ来るとはお主も運が良い」
「それはどうしてですか、、?」
「他の遊郭へ行っていたら死ぬまでこき使われ仏は寺に捨てられていただろう。あれば地獄の沙汰じゃ。芭蕉扇殿は我利我利亡者で在らず慈悲深いお方じゃ」
「そうなのですか、、?拙者まだ此処へ来たばかりで何も知らないゆえ、、」
ムラマサは男の話を聞いていた。他の遊郭に務める遊女はろくに飯も与えられず外出する事すら禁じられ。まるで鳥籠の鳥の様だと。
「ま、そんな話はさて置き。そろそろ」
男がムラマサを見るとたちまちムラマサは硬直し強張った表情で男を見る。そんな姿を見て男は笑った。
「ふむ、遊びでもするか」
男は鈴を手に取るとカランと鳴らした。
少しして部屋には達磨が届けられた。達磨といっても小さな小槌もありだるま落としである。
「ほれ、これで遊ぼうか」
男が小槌で達磨を打つと一つ台が抜け上の達磨がすとんと落ちた。
「やってみ」
「は、はいっ!」
男から小槌を借り、握り狙いを定め黒色の台を打つと小槌は黒と緑の台を共に打ち達磨はグラグラと揺れ崩れ落ちてしまう。
「なんでぃそれでも侍か」
「かたじけないです、、拙者どれだけ鍛錬を積もうと全く身に結ばなくて・・」
「確かに鍛錬は良く積んでいるみたいだな。効き手は右、居合斬りが得手と見た」
「あっ、当たってます。どうして分かったのですか?」
「左手の親指と人差し指の間に傷が残っている。この傷は刀を合口に仕舞う時の傷だ、鞘を見ずに仕舞うのが居合斬りの作法。しっかし傷を作るという事は心意気は一丁前で実力は青二歳」
「むぅ」
男に言われムラマサは頬っぺたを膨らませ男を睨む。そんな姿を見て笑い声が。
「あいすまない、村正を揶揄うのは面白くてな。よし、居合いと思い達磨を打ってみろ」
「はいっ」
ムラマサは小槌を腰に構え達磨を見据え、あっという間に一閃を振り抜いた。
「こいつはすげぇ」
ムラマサが振り抜いた小槌は綺麗に黒の台のみを打ち抜き上に座る達磨は微動すらせずに下へと落ち鎮座する。
ムラマサは一度で間合いを見抜き正確に小鉢を振り抜いた。
「見事見事。いやいや、御見逸れ致した」
男の声にムラマサは深く頭を下げた。
「さてと。村正の剣技も見た、座敷で遊んだ。そろそろか」
男の言葉と視線にムラマサはまた、顔を強張らせるが先程より顔は緩み緊張は解れた様子。
男は敷かれている布団へと転がるとムラマサに来いと伝える。
「し、失礼致します、、」
ムラマサは布団へと行くと寝転がる男の横に正座をし、じっと男の指示を待つ。
「何も取って食いはしないよ。横に寝転がりな」
「は、はい、、」
足を崩し布団に仰向けになるとムラマサは飛び上がり頭を押さえた。
「どした?」
「簪が刺さってしまいました・・」
「初奴よのぉ」
痛そうに頭を抑える姿を見てまたムラマサは笑われ男に言われ背を向けると髪を束ねる簪が取られ枕元に置かれた。
再び布団へと仰向けに寝転がると男の手がムラマサの頭を撫でる。
「うぅぅ、、」
「どうした?」
「せ、拙者、、この様な事はお姉ちゃんにしかされた事がなく、、」
男の手が髪を撫で肩に触れた瞬間ムラマサはビクリと身体を震わせる。が、何度も髪を撫でられているうちに震えは収まった。
「行灯を消そうか」
男は起き上がると数多く灯る行灯の火を消してゆき一つを残し布団へと戻った。これにより部屋は程よく暗くなりようやく雰囲気が。
「帯を解くぞ」
「えっ、は、はいっ、、」
着物を巻く帯へと手をかけると慣れた手付きで帯が解かれ布団の上へと落とされムラマサは着物を羽織るのみとなる。
「おぉこれは見事」
「・・・・」
布団に寝かされたムラマサの着物を左右に開くと行灯の灯りにムラマサの裸体が浮かび上がる。
乳房は小振りであるが重力に逆らい形を保ち頂上にはツンっと乳首が立つ。腹は引き締まりその先には僅かに陰毛が生えた陰部。
幼いながらも女らしさを魅せる身体を男は食い入る様に眺め頷く。
「あ、あのっ、、」
「大人しくしてなよ」
男は一つ残った行灯を持ち寄るとムラマサに脚を開かせ陰部を照らす。
そこには誰にも汚された事の無い女の花園がぴっちりと閉じるさまが。今からこの花園を汚すと思うとゾクゾクと背徳感が湧き起こる。
「綺麗だ」
男は花園へと手を伸ばし花弁に指を入れようとするが青い花弁は指の侵入を拒む様に閉じる。
「ゆるりといこうか」
行灯を持ち顔を照らすと真っ赤に染まるムラマサの顔が。
「つぅぅ、、」
「良い眺めじゃ」
次に男はムラマサを四つん這いにし尻を眺めていた。乳房と同じく小振りではあるが男は満足し手で尻を撫で回す。そして尻肉を指で開き陰部を眺める。
四つん這いにされ閉じられた花弁の上には誰にも見られた事の無い菊の門。
枕へと埋められたムラマサの顔からは羞恥を告げる唸り声。
「濡れおったか」
行灯に照らされる陰部から一筋の蜜が垂れる。まだ愛撫もされていないが視姦の羞恥に花弁は蜜を流す。目合いを知らぬ女でも身体は本能に従い行為の準備をする事に男は感心しながら蜜が流れる様を眺めた。
「おぉ」
男が見ている間に花弁は蜜を滴らせ溢れた蜜は陰部を滑り布団へと糸を引き垂れ落ちる。
思わず男は指を陰部へと伸ばし指を蜜に漬けると先程と同じ様に花弁の中へと指を入れようとする。
「しばし辛抱せぃ」
陰部への違和感を感じムラマサは尻を揺らすが男に制され動きを止め、やがて花弁を弄る指が中へと入り込む。
「あぁっ、、」
体内に異物を入れられたムラマサが呻めき異物から逃げようと尻を振ろうとするが男の言い付けを守り持っと堪え、花弁も異物を押し出そうと硬く締まる。が、いくら締めようと自らが溢れさせた蜜が潤滑し抵抗虚しく指の根本まで咥え込む。
「良く締まる、流石処女の
指一本ですら急つ急つと締まる花弁に男は歓声を上げた。ここに男根を差し込めば嘸かし気持ちの良い事だろうと口元を歪ませる
「くぅぅう、、、」
だが、指一本で悲痛な声を上げる様を見るとどうも欲は下がる。
「馴染ませるか」
花弁へと差し込んだ指をゆっくりと円を描く様に動かす。初めは一寸と隙間の無い花弁だったが丁寧に時間をかけ弄られようやく隙間ができていた。
「はうぅ」
頃合いをみて男は一本であった指を二本に増やす。丹念に慣らされた花弁は未だ強張るが二本の指を根本まで受け入れる。
「うぅぅぅ、、っ」
変化はムラマサにも起きていた。唸り声に何処か淫艶が混ざり強請る様に腰をくねらせ。男の愛撫に身を火照らされ幼いながら快楽に目覚めかけた様。
男が花弁より指を引き抜くとねっとりとした蜜が絡み花弁から指まで蜜が糸を引き、花弁は指の形にぽっかりと口を開き二呼吸するまでは口を開けていたがようやく花は閉じた。
体内を弄る指が抜けようやくムラマサは安堵し枕から顔を上げたが再び感じた違和感に枕に顔を埋めた。
「い、、一体なにをっ、、、」
振り返る事もできずムラマサは感覚を研ぎ澄ます。男の手は尻を開き花弁に触る事はできない。しかし、ムラマサは花弁を何かが這い回るのを感じていた。温かく柔らかな何かが。
「そ、その様なところをっ、、、!」
やがてムラマサの耳にぴちゃぴちゃと水音が聞こえ何が這い回っているのかを理解し声を上げた。
ムラマサの花弁を這い回っている物は男の舌。それは花弁一枚一枚を丁寧に這い回り蜜を啜り花弁にみのる実をつつき。
気が付けば男が舐めやすい様に尻を上げ小刻みに腰を揺らす。
ようやく男が顔を離すとムラマサはうつ伏せに身体を落とし荒く息を吐いた。
「こっちを向け村正」
男に言われ四つん這いの体勢を崩し緊張とは違う震えに苛まされながらも仰向けに寝転がり男を見上げた。
行灯に照らされる顔は白粉は取れ紅は乱れ酷い有様だがムラマサの顔は火照り瞳を潤ませ男を見上げる。
幼い女が色を覚えかけた様な、なんとも悩ましい表情で男を見上げ次の指示を待つ。
「村正は魔羅を見た事はあるかいな」
「魔羅ですか?いえ、拙者はその様な物は見た事はありませぬ」
「そうか」
それだけ答えると男は帯を解き袴を下ろし褌を取る。するとムラマサの目の前に雄々しく唆る男根が姿を見せ思わずムラマサは目を晒した。
「これが魔羅棒よ」
ムラマサ自身何度か姉と行った浴場で幼い男の子を見かけた事はあった。その時は変な物が股に付いている。ぐらいにしか思ってはいなかった。しかし、今目の前にある物はあの時見た物の何倍もの大きさがある。
「さて、尺八でも吹いてもらおうか」
「尺八、ですか、、?」
「あぁ、尺八だ」
ムラマサは思った。何故今尺八を吹くのかと。しかし尺八を吹けと言われ断る訳にもいかずムラマサは尺八を吹こうと尺八を探そうとする。
「うーむ」
思わず男は唸り部屋中を探すムラマサを呼び止めた。
「尺八ってのはこの魔羅棒を咥える事よ、その姿が尺八を吹く様に見えるから。まぁ、洒落だ」
「お恥ずかしいです、、」
男に説明を受けムラマサは仁王立ちをする男の元で膝立ちをし男根へ目線を向けるとごくりと息を呑み一つお辞儀をし男根へと口を近づけてゆく。
「で、では、、参ります」
唆る男根へ口を付ける前に断りを入れムラマサは遂に男根を手で握り鈴口へと口を付けた。
その瞬間、部屋中にぶぶぅと男根を吹いた音が響き男の最大な笑い声が。
「拙者、、何か可笑しな事をしてしまったのでしょうか、、?」
「いやはや、なんとも愉快な娘よ」
笑いが収まると男はムラマサへ再び説明を行い、男の言葉の意味を理解したムラマサは茶が沸かせる程に顔を赤く染めた。
「も、申し訳ありませぬ、、!拙者勘違いをしていた様で、、」
「良い良い。ほら」
「では、、失礼します、、」
一つお辞儀をしムラマサは目の前で聳り立つ男根へと唇を当て、口をゆっくりと開くと歯が当たらない様に男根を咥え込んでゆく。
「うぐっ」
吐き気がするまで男根を咥え込み男根をゆっくりと引き抜く。次にムラマサは傘の様に開くカリ首に舌を押し当て戯れる犬の様に舐めてゆく。
「い、痛かったのでしょうか、、?」
ふと頭上から男の吐息が聞こえムラマサは不安気に男を見上げた。
「良いぞ村正。魔羅棒をしゃぶる顔を見せてくれ」
簪を外し垂れる髪を男は左手でかき集め顔を露わにさせる。すると幼顔の少女が健気に男根へ舌を這わせる顔が行灯によりぼんやりと浮かび上がる。
目を閉じ懸命に奉仕をする姿に男の興奮は最高潮へ。
「もう辛抱ならん!」
口から男根を引き抜かれるとムラマサは勢い良く布団へと押し倒され不安気に男を見上げる。
「挿れるぞ」
男はムラマサへと覆い被さり熱り立つ男根を花弁へと押し付ける。が、ムラマサは無意識に男の太腿を足で押し侵入を拒む。
「良い、良いぞ!」
純潔を守る幼娘の抵抗に男の情欲は燃え盛り力尽くで腰を押し付け男根を汚れを知らぬ花園へと突き立てようとする。
「あぁァ」
剣の道を進み身体を鍛えようと非力な娘の抵抗は虚しく花園へ男根は押し付けられ遂に、みちみちと張り裂けながら男根の侵入を許してしまう。
「ぐっ、締まる、、っ」
丹念に指で慣らされた花弁だが未だ硬く締まり鈴口を咥えるのみ。男はムラマサの脚を掴み腰を上げると体重を腰に乗せ男根を押し込むとようやく花弁は男根を根本まで受け入れた。
「痛むか村正」
「・・・はいっ。しかし、、拙者に構わず、、一思いに・・」
破瓜の痛みに耐え涙を流しながらも頷く健気な姿に男は手を伸ばし頭を撫でた。
「村正よ、お前は金で買った女だが俺は物としては扱わぬ。それに、女の初めては一生記憶に残るという。痛い思いを残すのは辛かろう」
「主君・・」
何度も頭を撫でるとムラマサは力を抜きふぅと一息吐き男を見上げた。
「どれ、気でも逸らすか」
男は男根を咥え込む花弁へと指を伸ばしその上にある実に触れ、擽る様に愛撫を行う。
すると苦痛に嘆く顔が少し柔らかくなる。
「あの、、」
「どうした」
「そこを触りながらなら、、痛みに耐えれると思います、、」
男は頷くと腰を動かしながら実を弄ると男根を受け入れた時とは違い悲痛な声ではなくどこか色の付いた声がムラマサの口から溢れる。
「馴染んだか」
「はいっ、、もうきっと大丈夫です、、」
「少し休むか」
また腰の動きを止めムラマサの頭を撫で顔を見下ろすとそこには涙は無く色気付いた女の顔が暗がりに浮かぶ。
「良い顔になった」
幼娘が女となった瞬間に男は満足気に頷いた。
「さて、俺も我慢がならん」
何度もムラマサを気遣い動きを止めた男であったが肉欲は増すばかりで渦巻く欲は出口を探す。
男の顔を見上げムラマサは小さく頷く。
「もう辛抱せぬぞ」
最後に一つ頭を撫でると男は若い花弁を愉しむ様に腰を動かす。抜く度、刺す度、精を強請る様に絡み付く花弁は男の欲を煽る。
「おぉっ、、!出すぞ!」
男は腰を深く突き立て男根を押し当てると汚れを知らぬ花園へ種子を蒔く。花園は種子を迎え入れる様に吐精する男根を包み一滴まで搾り出す。
「あぁ、、」
種を植え付けられムラマサは言葉を溢した。
長い行為の後、男はようやく男根を花弁より引き抜き行灯で照らす。そこには男根の形にぽっかりと開いた花園があり、蒔かれた種が破瓜の鮮血と共に流れ出す様。
血が混じる種は花弁を伝い純白の着物へと垂れ落ち紅に染める。
「見事じゃ」
芭蕉扇が着せた純白の着物に縫われた清流の刺繍は血に染まりながらも清流の刺繍は浮かび上がる。これは純潔が散り流れた事を示す。
最後の一滴まで種がこぼれ落ちるのを見届け男はようやくムラマサの顔を見た。
そこには行為が終わり安堵したのか目を閉じる顔が。
男は笑い着物を裸体に被せ布団をかけると一筆書をしたため最後に残った行灯を吹き消し部屋を後にした。
………………………………………………………………
太陽が東から登りかけた頃、ムラマサは目を覚まし朧気に辺りを見渡すが男の姿は無く昨晩の出来事は夢だったのかと思う。
しかし、布団から起きあがろうとすると股ぐらが酷く痛み現実だと突き付けられる。
「・・・」
姉の為に身体を汚した。が、この事を知った姉が悲しむ姿が脳裏に浮かび大きな溜息を溢す。
それでもムラマサは布団から起き上がり枕元に置かれた紙に気付いた。
「これは、、?」
それは風で飛ばぬ様にと何枚かの小判で重しがされておりムラマサはそれを手に取り目を通した。
『昨晩は良い夜であった。ここに礼を一つ記す。しっかし姉の為身を差し出す胆力見事である。身は汚れようと精神は清らかなままじゃ、気に病む事はない。これから姉と共に幸多く在らん事を』
手紙を読みムラマサは一筋の涙を流し閉ざされた戸に向かい頭を下げた。
しばらく呆け部屋を出ようとした時、ドタドタと廊下を走る音が聞こえ不思議に思っていると戸が開け放たれ良く見た人が姿を見せた。
「妹君っ!ご無事で!」
「お、扇殿っ!何故ここにっ!?」
「ここは俺の家です!」
「姉上はっ!?」
「村正の姉ならもう大丈夫よ。この屋敷で傷が治るまで養生させてあげる」
「芭蕉扇殿?えっと、どういうことなのでしょうか、、?拙者理解が追いつかないのですが、、」
「紹介します。俺の母上です」
扇が指を指す方にはこの遊郭党首、芭蕉扇の姿が。
「村正の言葉に謀りが無いか使いを出したのよ。すると私の息子が村正の姉の看病をしていて。話はとくと聞かせてもらったわ。息子を身を挺して
守った恩師はこの屋敷で面倒をしっかりと見せてもらうから安心して」
「えーっと?」
未だ理解が追い付かないムラマサに扇はため息を吐いた。
「俺が何度も母上に頼むと言い掛けたのに妹君が話を聞かず飛び出すからです」
「村正も一言息子の事を言えば金なんて幾らでも出したのに」
「えっ、ええっ?で、では拙者の苦労は・・」
「いらない苦労、と言いたいところだけど一皮剥けたんじゃないかしら?昨日より良い顔をしているわ」
芭蕉扇の言葉にムラマサは苦笑いを浮かべた。
「それよりも村正、今から貴女はこの遊郭の下女では無く息子の友人として扱うわ。姉妹二人何一つ苦労なく過ごさせてあげるからそのつもりでね」
ムラマサへとそう告げる顔に棘はなく穏やかな母の顔だった。
数日後、遊郭へと運び込まれたマサムネは七支刀、梓弓の懸命な処置により一命を取り留めようやく目を覚まし妹をたいそう喜ばせた。
「かたじけない。この御恩は拙者の一生を掛け返す所存故に」
「礼を言うのは此方も同じだけれども。そうね、礼は貰っておくわ」
マサムネの提案に乗り芭蕉扇は剣技を舞に取り入れたいと申した。蝶の様に舞い、蜂の様に刺す優雅と大胆さを取り込んだ舞を七支刀に踊らせたいと芭蕉扇は言いマサムネを困らせた。
一方でムラマサは芸を学びたいと言い遊郭での暮らしを楽しんでいた。
だが、本心はもう一度あの時の男に会いたいとあり遊郭へ出入りする客が来ると一番に出迎えに行く様に。
しかし、あの男の陰すら見る事はできず。
ふとムラマサは遊郭を外から眺めていた。ここ数日目まぐるし日々であったがまたこうして姉と過ごす日々が続き、きっとそれはこれからも続いてゆくのだろうと強く思った。
「おーい村正ー飯の時間だぞー」
「はいっ!今行きます!」
これも縁なのだろう。ムラマサは爽快に晴れる空を仰ぎ駆け出して行く。
ここまで目を通してもらいありがとうございました!
今回はセブンスキラーズよりムラマサの登場でした。
今作は和楽器バンド『吉原ラメント』をモチーフに書かせて頂きました。
姉の為身を挺し遊郭へと飛び込んだムラマサの活躍を楽しんで頂けたら幸いです。
時代設定として江戸時代中期をイメージしてありますので文は和を強調しキル姫も日本神器のみとなっております。
芭蕉扇は中華だろ、という突っ込みは御免被りたい