※この作品はR-18です。

クローバーは爛れてる   作:コモヤモ

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オオトリは宿敵を回顧する(NPC、逆レ)

 第六迷宮、桜ノ立橋。

 薄紅の桜舞い散る天空の回廊で、俺は懐かしい顔と再会した。

 いや、懐かしいなんて感傷的な言葉を使うべきではないだろう。俺とあ(・)の(・)女(・)との間にあるのは、ふつふつと煮え滾るような苦い因縁なのだから。

 

 アーテリンデ――。

 エスバットの巫医。ハイラガードのドクトルマグス。

 あの頃よりも少しだけ大人びた彼女は、あの頃から変わらない美しい長髪をなびかせて、俺たちクローバーの前に姿を現したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、きな臭いったらありゃしねえよ。いきなり出てきたかと思えば国同士の歴史やら諍いやらがどうのこうのと……こちとらそんな事情なんぞ知ったこっちゃあないっつうのによぉ」

 

 ジョッキのエールをあおり、空になった器をテーブルに叩きつける。響いた音は酒場の喧騒に搔き消された。自分がイラついていると自覚する。いつものように気持ちよく酔うことができない。普段は心地良いはずの酒精が喉を灼く感覚さえ、今夜ばかりは煩わしい。

 

 探索を終えてマギニアに帰還し、行きつけの酒場で飲んでいるところだった。

 迷宮で出会ったあの女……アーテリンデの言葉を報告するために、ギルドマスターのツグミは探索司令部に出向いている。マギニア出身のヒバリもなにか思うところがあるのか早々に席を立って宿に戻っていた。ヒナとカナリアのコンビもいつの間にか姿を消していた。どうせいつも通り二人で『お楽しみ』になってるのだろう。

 

 つまり、酒場に残っているのはナイトシーカーのフクロウと俺だけ。

 男二人のサシ飲みだった。これは結構珍しいパターンだ。フクロウはアルコールを嗜まないから、酒飲みの俺とは食い物の好みも違っている。現に今もヤツはコーヒーなんぞを飲みながら肴の小鉢をちまちま摘まんでいるだけだ。同性とはいえ、ギルドの集まりとして宴会するならともかく、個人行動のときにコイツと俺がかち合うことは実はあまりないのだ。

 

 特に最近は、以前にも増して付き合いが悪くなった気がする。ふとしたタイミングの言動を見るに、どうもオンナができたんじゃないのかと俺は疑っているのだが……。

 

「はぁ……。なあフクロウ、お前にもわかるだろう? 迷宮で魔物を相手に切った張ったするのとはまったく別の、人間同士の厄介事の気配がしてきた、ってよぉ」

「かもな」

 

 だるい絡み方をしている自覚はあったが、それにしたってフクロウの反応は淡泊だった。

 

「おいおい、なんでそんな冷めてんだよ。せっかくここまで上手いこと迷宮探索を進めてきたんだぜ? 俺らに関係ない過去の諍いが原因で、それがおじゃんになってもいいのかよ?」

「よくはない。が、過剰に心配しても仕方がない。……俺が冷めてるように見えるのは、オオトリ、そっちが落ち着いていないからだよ」

「あぁん? 俺が、なんだって?」

「そうやってイラついてる人間を見ると、逆にこっちは頭が冷えるんだよ。どうせ探索司令部の対応を聞くまではギルドも方針を練れないんだ。ここで俺に管を巻いても、なんの解決にもならないぞ」

 

 にべもなくそう言われて、俺はむすっと口を噤んだ。

 言われずとも、ぐるぐると答えの出ない愚痴を続けてしまっているのはわかっている。しかし、アーテリンデに遭遇してからこっち、じりじりとした焦燥感が胸の奥で燻り続けているのだ。酒と一緒にそれを飲み干そうとしてはいるのだが、どうもあまり上手くいっていないらしい。

 

 俺の表情がいかにも不機嫌そうだったのだろう。

 フクロウは小さくため息を吐いて、言葉をつづけた。

 

「そもそも、そこまで気にするような話か? 確かにマギニアは【海の一族】を警戒しているようだが……どちらの陣営も、相手にいきなり戦争を仕掛けるとか、そういう状況ではないだろう?」

「そりゃあ、まあな」

「今のところ迷宮探索を明確に妨害されたわけでもない。樹海踏破を目指す勢力がマギニアとは別にひとつ増えただけ、で終わる話かもしれないだろうに」

「だといいんだが……」

 

 アーテリンデはマギニアの冒険者ではなかった。

 曰く、彼女は【海の一族】に雇われた冒険者として、マギニアとは別のルートからレムリアに上陸したのだという。道理でマギニアであの女の姿を見たことがないわけだ。

 

 海の一族は、ヴァイキングの末裔とされている集団だ。

 かつては略奪経済を旨とする海洋部族だったが、近年は【航海王女】なる若い指導者が台頭し、海底や孤島の遺跡から財宝を収集する方向に主たる活動をシフトしているらしい。

 

 その海の一族と空中都市マギニアは、互いを強く敵視しているようだった。

 どうしてそんなことになっているのか、よそ者である俺やフクロウは詳しい経緯をまだ聞けていない。探索司令部のペルセポネ姫やミュラーも「双方にあまり友好的ではない歴史がある」とだけ言って、それ以上の踏み込んだ説明は避けているらしい。

 

 実にすっきりしない話だ。

 探索の障害になりそうなものが目の前にあるというのに、その輪郭がいまいち見えてこない。

 考えようにも情報が足りず、この先の探索で何が起こるのか、予測することができないのだ。

 

 特に、そう、あ(・)の(・)アーテリンデが、ま(・)た(・)敵に回ってしまうのか……。

 その一点が、楔を打たれたかのように俺の思考に引っ掛かっていた。

 

 

 

「それで、なにを拗ねてるんだ?」

「……は?」

 

 出し抜けにフクロウがそんなことを聞いてきた。

 意図が掴めず、俺は間の抜けた声を出してしまう。

 

「アーテリンデ、だったか。彼女に無視されたのがそんなに気に食わないのか?」

「いや待て。何の話だ」

「知り合いなんだろう?」

「あれは知り合いというより……ってか、俺、アイツのことを知り合いだなんて言ったっけか?」

「言ってはいないが見てればわかる」 

「あ、そう……」

 

 鶏のから揚げを摘まみながらさらっと言うフクロウに、俺は頭を抱えてしまった。

 マジ? そんな他人から見てわかるレベルで、俺はアイツを意識してたのか……?

 

 迷宮に現れたアーテリンデは、クローバーに対して警告を残していった。

 レムリアの北西に海の一族の駐屯地があること、彼らがマギニアと敵対していること、彼らの先遣隊が行方不明になっていてそれを捜索する水兵たちがピリピリしていること……。

 そういった情報を伝えるだけ伝えて、彼女は迷宮の奥に姿を消してしまった。

 

 彼女の言葉はすべて、クローバーという冒険者のパーティに向けられたものだった。

 特定の個人……というか俺に対してなにかを言ってくるなんてことは最後までなかった。

 こちとら彼女の顔を見た瞬間から緊張しっぱなしだったというのに、拍子抜けもいいところだ。

 

 …………。

 まぁ、俺だって今さらアイツになにを言えばいいのか、自分でもよくわかっちゃいない。

 だからあの女が俺のことを無視するっていうなら、それはそれで構わないと思う。

 言いたいこと、やりたいことが浮かんでから、あらためて俺のほうからアイツのところに殴り込みにいけばいい話だ。

 

 だから、これは、あくまでも俺の意地の問題ではあるのだが……、

 

「無視されるくらいなら別にいいんだよ」

「そうなのか?」

「知り合いっつっても、仲良しこよしだったわけじゃないしな。つうか、俺のほうも今日のところはアイツに声を掛けなかったわけだから、そこんとこはおあいこだろ」

「そういうものか」

「ああ、そういうもさ。……そういうもの、なんだが……」

「うん?」

 

「無視するならともかく、俺のことを綺麗さっぱり忘れちまったっていうなら、我慢ならねえ」

 

 おそらく、俺は相当に据わった眼でそう言ってしまったようだ。

「……そうか」と呟いたフクロウは、いつもの無表情からミリ単位で眉を傾けている。こいつの基準ではかなりオーバーなリアクションだ。

 めんどくせーオッサンだ、とても思われているのだろうか。いつもなら言い返してやるところなのだが、確かにあの女に関しては自分が面倒な感情を抱いているという自覚があった。だから、どこか呆れた雰囲気を纏うフクロウのことも睨むだけにとどめておく。

 

 俺は椅子の背に体重を預けて、ぼんやりと天井に視線を向けた。

 ランプの灯りに照らされたそこに、長髪の巫医の顔を思い描く。

 

 ……アーテリンデ……。

 ハイラガード随一の冒険者と称されるあの女と俺が出会ったのは、

 北の公国の世界樹を巡る冒険の、まさに真っただ中でのことだった。

 

 

 

 

 

 

◆

 

 

 

 

 

 

 ハイラガードは北方の国ではあるが、常冬の環境というわけではない。

 だから、永(・)遠(・)に(・)雪(・)が(・)降(・)り(・)や(・)ま(・)な(・)い(・)というこの迷宮の環境は、まさしく世界樹の魔力によって生み出されたものに違いなかった。

 

 ハイラガードの街から世界樹を登ること十五階層。

 六花氷樹園と呼ばれる雪に覆われた迷宮に、けたたましい銃声が鳴り響いた。

 

「ぐぁっ!」

「っ、リーダー!? クソ、やりやがったな……!」

 

 ここまで旅を共にしてきた仲間が雪原に倒れ込むのが見えた。

 ほんの数歩だけ離れた位置。

 しかし、彼に駆け寄るよりも早く、竦むような殺気が肌を貫いた。

 

 舌打ち。駆け出そうとした足を制動して、即座に反対方向に飛び退る。

 再び銃声。さっきまで進もうとしていた先で地面の雪が爆ぜた。

 雪煙が舞い上がる。その向こうに、人の影。

 

「こんにゃろめっ!」

 

 視界に捉えた敵の影に向けてノータイムで矢を放つ。

 放たれた矢が風切り音を伴って雪煙の奥へと突っ込んでいく。

 その行方を見届ける余裕もなく、俺はすぐさまその場を駆け出していた。

 進行方向に朽ちかけた遺跡の石壁が見える。

 距離にしておおよそ7歩。

 

「若造め、なかなかやりおる」

 

 後方から老いた声。

 走りながら振り返る。

 雪煙が晴れた先に老人が立っていた。

 両手に二丁の短銃を携えた白髭のガンナー。

 魔弾の射手、ライシュッツ。

 彼の握る二つの銃口が同時に閃光を走らせる。

 

「っぶねえなぁ!」

 

 銃声が聞こえるより早く、俺は地面を蹴っていた。

 足首が埋まるほどの積雪をはね飛ばしながら、石壁の陰へと身体を滑り込ませる。

 轟く炸音と同時に背後で雪煙が舞った。

 

 なにが「なかなかやりおる」だ。

 あの距離から正確に撃ち返してくるのはそっちも同じじゃねえか!

 

 声には出さず胸中で悪態をつきながら、新たな矢を弓につがえた。

 石壁に背を預けながら、静かに呼吸を整える。

 まさかこんな迷宮の深層で他の冒険者とやり合う羽目になるとは……!

 

 

 

 

 六花氷樹園で遭遇した二人組の冒険者……、若い女と老人のコンビは、自分たちをギルド【エスバット】の者だと名乗った。会うのは初めてだが、その名は聞いたことがある。ハイラガードで活躍するトップギルドのひとつだったはず。

 迷宮の陰から現れた彼女たちは、どういうわけか俺たちのパーティの進路を塞ぎ、刺々しい口調でこう言った。

 

「引き返しなさい。あなたたちをこの先に進ませるわけにはいかないの」

 

 固い表情で告げられた女の言葉に、俺たちのパーティは揃って眉をひそめた。

 当たり前だ。迷宮を踏破して世界樹の謎を解き明かすことは、ハイラガード公国からすべての冒険者に与えられた最大のミッションだ。その遂行に反する要求をされて、素直に頷くことなどできるはずもない。

 

「なぜ」とリーダーが理由を聞いても、エスバットの二人は黙して語らなかった。

 となればなおのこと、そのままのこのこと引き下がることはできない。

「理由も言えないなら、従うことはできない」とリーダーが首を振ったのも当然だろう。

 

 その言葉に対して、エスバットの二人は武器を抜くことで返答した。

 そこからはもうなし崩しだ。

 手加減なしで武技(スキル)を繰り出してくる彼女たちは、明らかに迷宮の魔物よりも危険な存在だった。抵抗しなければ殺される。その事実が反射的に俺たちに武器を握らせた。

 かくして、雪の降りしきる極寒の迷宮で、わけもわからぬまま俺たちはエスバットと交戦を開始したのだった。

 

 

 

 

 回想は一瞬。状況の悪さに歯噛みしつつ、今、自分がやるべきこと考える。

 リーダーが撃たれた以上、ケツをまくって逃げるわけにはいかない。仲間を置いてスタコラサッサというのは、俺の信条に反する。倒れた仲間を救出するか、あるいは最低限、彼に『糸』を渡してやる必要がある。

 

「他の連中は……上手く離脱してくれてることを祈るばかり、か」

 

 もともと俺たちのパーティは、俺とリーダーを含めて5人の編成だった。

 しかし、あの爺さんともうひとりの女と交戦状態になったときに、残りの3人は先んじて戦場から離脱させてあった。その3人はまだ若い冒険者で、人間同士の本気の殺し合いを経験したことがなかったのだ。最(・)強(・)の(・)ギ(・)ル(・)ド(・)とも称される【エスバット】との戦いに付き合わせるには、覚悟も経験もまるで足りていない。ビビッて縮こまって足手まといになるくらいなら、いっそ街に戻って公国の兵に通報してもらったほうがまだマシだった。

 

「で、仕方なく俺とリーダーが殿(しんがり)ってわけだ。貧乏籤だぜ、まったく!」

 

 吐き捨てると同時にその場を飛びのく。

 頭上に人の気配。それを見上げるより早く上方に矢を放った。

 追いかけるように視線を上へ。視界に映ったのは、石壁を乗り越えて高いところから飛び降りてきた女が、まさに今、遺跡の壁を蹴ってこちらの対空射を回避する姿だった。

 長く艶やかな髪が吹雪の空に翻る。

 頭に濃緑の山高帽。

 その手には長柄の武器。

 若い。

 感情を押し殺した冷たい顔。

 目が合う。

 落ちてくる。

 刃が閃いた。

 

「いくわよ、覚悟なさい!」

「ちったぁ休ませてほしいんだが、な!」

 

 咄嗟にサイドステップ。

 稲妻が真横に落ちた。

 くぐもった衝撃音。

 雪煙が舞う。

 視界が白に染まる。

 即座に弓を構えつつ後退。

 それを追って刃が雪の幕を貫いてきた。

 刺突。

 リーチが長い。

 槍、いや違う、ドクトルマグスが巫剣と呼ぶ得物か。杖の先に刃を括った彼ら独自の武装だ。

 

 刃の切っ先を見つつ身体を捻る。

 銀色の閃光が真横を掠める。

 遅れて燃えるような痛みが線状に走る。

 頬を裂かれた。ぱっくりと割れた傷から血が噴き出すのを感じる。

 巫剣の刃が戻る。引きが早い。銀の軌跡はいっそ美しいほど。

 長髪の女が突っ込んでくる。

 速い。

 自分はいまだに相手の間合いの内。

 距離を離すのは不可能と悟る。

 

 後ろに流れそうになる足を止め、身体を捻った勢いを乗せて、蹴りを放つ。

 彼我の最短距離を貫く前蹴り。

 しかし、瞬間、足の裏に固い手応え。

 女が巫剣の柄でこちらの蹴りを受け止めている。

 構うものかと止められた足をつっかえ棒にしながら矢を放つ。

 引き絞られた弦が解放されて空気を揺らす。

 そのときには既に女は射線から消えていた。

 放たれた矢が虚空に吸い込まれる。

 ほぼ同時に、横に跳んだ女が刃を繰り出してくる。

 

「はぁ!」

 

 女が吼える。

 遠心力を乗せた刃が弧を描く。

 その凶刃が届く寸前、雪の地面に転がり込んだ。

 頭上を箒星がすり抜ける。

 すぐさま跳ねるように飛び起きた。

 全身雪まみれ。冷たい。しかし、矢を持つ指の感覚は生きている。

 

「逃がさないわよ……!」

 

 女が独楽のように回る。

 横薙ぎの勢いを殺さず、軌道を変えて二撃、三撃と仕掛けてくる。

 避けきれるはずもない。

 できるのはフットワークで被害を抑えるだけ。

 絶え間ない連撃が俺に打ち込まれていく。

 肩を、わき腹を、腰を、二の腕を、

 刃で抉られ、杖で打たれ、切っ先で貫かれる。

 

「く、はっ」

 

 噛み締めた奥歯の向こうから苦悶の声が漏れた。

 全身が痛む。

 出血がひどい。

 だが、致命傷だけは避けている。

 脚はまだ生きている。それが命綱だ。

 

「この、いい加減にっ!」

 

 女の目に苛立ちの感情が走るのが見えた。

 微かに苦悩の色が混じっている。

 どうやら相手の想定よりかは粘れているらしい。

 とはいえ、このままでは長くは保たない。

 流れる血が着実にこっちの体力を削り続けている。

 

 賭けが必要だった。

 真っ青になっているだろう唇を無理やり歪めて、不格好な笑みを作る。

 挑発的な表情を意識して、顎をくいと動かした。

 単にそれ以上の動作をする気力がなかっただけなのだが、動きの意図は女に伝わったらしい。

 女の目にかっと炎が灯る。

 怜悧な風貌に反して、熱しやすい性格らしい。そうこなくては。

 

「いいわ、終わらせてあげる……!」

 

 最後のチャンスだった。

 女が得物を肩に担ぐ。勢いを増しすぎた連撃を止め、こちらにしっかりと狙いを定めている。

 必殺の一撃の予感。

 その一秒にも満たない予備動作。

 そこに渾身の悪足掻きを捻じ込んだ。

 まともな狙いもつけずに、キープしていた矢を放つ。

 風を裂いて飛翔した矢は、しかし、僅かに上体をずらした女にあっさりと回避される。

 女が不敵に笑う。

 だが、それでいい。

 彼女が攻撃に移るまでの時間がコンマ秒だけ伸びた。

 欲しかったのは、その時間。

 

「どんぴしゃだ」

 

 互いの死角、女の直上の空から、最初に放った対空射(サジタリウスの矢)が降ってくる。

 女の目はこちらを捉えたまま。吹雪に紛れた矢には音すらない。

 見えず、聞こえず、意識すらできない奇襲。

 だからこその必中。

 彼女があの場所で足を止めた瞬間、俺は賭けに勝っていた。

 

 だが、結論から言えば、その勝ちが意味を成すことはなかった。

 

「――巫剣解放」

 

 女の呟きが雪空に溶ける。

 ぞわりと肌がざわついた。

 彼女の緑がかった黒髪が、醒めるような青に変わる。

 熱を帯びた吐息の音がやけに大きく聞こえた。

 女の放つ圧力が膨れ上がる。

 彼女の纏う不可視の魔力が、奔流となって巫剣に絡みつく。

 魔力は物理的な風圧を伴い、研ぎ澄まされた牙を敵対者に剥いている。

 

 天空から飛来した必殺の矢は、その風に逸らされて女の目と鼻の先の地面に突き刺さった。

 

「……はっ」

「え?」

 

 すとん、と綺麗に雪原へ刺さった矢に、俺は乾いた笑いを吐き出した。

 意図したことではないのだろう。魔力で髪を染めた女も呆気にとられた声を漏らしている。

 運(LUC)が悪いと嘆くべきか。それとも手負い相手にも本気を出そうとした女の起こした必然か。

 

 いずれにせよ、俺の切り札は場から流れた。

 

 一拍遅れて、女のまなじりが吊り上がる。

 自分が射抜かれかけたことを理解したのだろう。いかにもプライドの高そうな彼女の表情が、朱を帯びてひときわ険しくなった。

 

 女が地面を蹴る。

 蹴られた雪が煙になって高く舞う。

 彼我の距離が消えたかのような踏み込み。

 風になびく青髪が線になって俺の横をすり抜けた。

 僅かに遅れて正面から突風。

 吹き付ける雪が視界を白一色に染める。

 脚は動かなかった。

 いや、もう身体そのものが動かない。

 

「大巫術・森羅万象――!」

 

 凛とした声は背後から。

 振り返ろうという気は不思議と起きなかった。

 ふと身体から力が抜けて、膝から地面に崩れ落ちる。

 首が傾いて自分の身体が見えた。

 いっそすがすがしいほどにズタズタだった。

 大小無数の傷が刻まれていて、そこから大量の血が溢れて雪を赤く染めている。

 

(あ、こりゃ死んだな……)

 

 傷を意識した瞬間、激烈な痛みが全身を引き裂いた。

 絶叫は声にならず、ただ口から血の泡となって零れるだけ。

 傾く視界と霞みゆく意識にしがみつきながら、俺は雪原に倒れ伏した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……爺やはあっちの冒険者を連れて街に戻ってて」

「承知した。お嬢様も早く戻るように」

「わかってるわ」

 

 声が聞こえた。どこから聞こえたのかもわからないおかしな反響で。

 多分、耳の機能がおかしくなったせいだろう。体は指の一本も動かないし、雪の冷たささえ感じないほど感覚が麻痺しているようなのだから、それもやむなしといったところか。

 しかし、どうやらまだ生きてはいるらしい。

 我ながらしぶといものだと思う。とはいえ、このまま血を失った状態で放置されれば遠からず死んでしまうのは間違いないだろうが。

 

 身体はうつ伏せで、顔だけが横を向いていた。

 首を動かすことはできない。視界は白一色の迷宮。降り続ける雪と風に揺れる木の枝以外に動いているものは見えなかった。

 

「ぐっ……ぉ」

 

 不意に身体がひっくり返った。視界がぐるりと回って鈍色の曇り空が見える。

 視界の隅にちらりと細い足が見えた。足の持ち主は俺を叩き斬ったあの女だ。青く変色していた髪が元の色に戻っている。どうやら彼女に足を使って仰向けにされたらしい。ずいぶんと雑な扱いだな、と拡散しかけた思考で毒づく。

 

「……驚いた。あなた、見た目よりもしぶといのね。死んでるなら埋めるくらいはしてあげようと思ったのだけど」

 

 女の声がぐわんぐわんと響いて聞こえてくる。目が霞んでいて、彼女の表情までは見えない。嘲笑っているのか、睨んでいるのか、見下してるのか……、いずれにせよ、愉快な顔は想像できなかった。

 

「動かないでよ? まぁ、その怪我じゃ動こうとしても動けないでしょうけどね」

 

 女は俺の足のほうに立っているらしい。よく見えないが巫剣を右手に携えているようだ。

 いよいよ年貢の納め時か。どうせ死ぬならその前に唾のひとつでも吐きかけてやりたいところだが、生憎とそうするだけの体力も残っていない。せめて目だけでも睨んでやろうとしたのだが、上手く表情を動かせたか自分でもよくわからなかった。

 

「…………」

「よろしい。そのままじっとしてなさい」

 

 女が巫剣の石突を俺の胸の辺りに持ち上げた。巫剣の柄を構成している杖は木製だが、その先端は杭のように鋭く尖っている。胸に突き立てれば不死身の怪物でも殺せそうな迫力があった。

 ……だが、いつまで待っても予想していたトドメやら介錯やらは降ってこない。

 訝しく思っていると、トドメの代わりに巫剣の柄から光の雫か落ちてきた。雪解けの水滴を連想させるそれが俺の胸に触れた瞬間、じんわりとした仄かな温かさが身体に広がっていく。

 その温かさには覚えがあった。メディックやドクトルマグスの扱う、魔力を用いた治癒術の温かさだ。

 

「うぐっ」

「応急処置よ。皮膚と肉に感覚が戻れば痛みも感じるでしょうね。しばらく辛抱しなさい」

 

 女の言う通りだった。既にできた傷をもう一度念入りに斬りつけるような痛みが襲ってくる。足の生えたカミソリが全身を走り回っているみたいだ。

 拷問かよ、と思ったが、一応は治療のはず。少なくとも流れ出る血が減っていく感覚はあった。

 もっとも傷を塞いだあとになにをされるかはわかったもんじゃないが。目の前の女が死にかけのオッサンをいたぶって悦ぶ倒錯サディストではないことを祈るばかりだ。

 

 ……女。そう、問題なのはこの女だ。

 痛みと治療とで多少は頭が回るようになっていた。記憶の靄を取り払うように、街で聞いたエスバットの噂を思い出す。

 ハイラガード指折りの凄腕と呼ばれる冒険者ギルド。その構成員の名前は、確か、ガンナーのライシュッツとドクトルマグスの……、

 

「アーテ、リンデ……」

「……そう、知っていたのね、あたしたちのことを」

 

 名前だけだがな、という軽口は咳き込んでしまって喉から出なかった。

 

「……なぜ……あんたは」

「…………」

 

 途切れ途切れに絞り出した問いに、杖を持つアーテリンデの手が微かに震えた気がした。

 いくつもの意味がこもった「なぜ」だった。

 なぜエスバットはあんな警告をしたのか。なぜ彼女たちは武器を向けてきたのか。

 そして、なぜさっきまで殺そうとしていた俺のことを治療しているのか。

 

「……。言ったでしょう。あなたたちを迷宮の奥に進ませるわけにはいかない。そうするだけの理由があるの。別に、殺すこと自体が目的じゃないわ。冒険者をこの階層から追い返せるなら、生きていようが死んでいようがどっちでも……」

 

 一瞬、アーテリンデが言葉を詰まらせた。

 杖から治癒の光を垂らしながら、彼女は深く深く息を吐いた。

 

「……いえ、死んでいるよりは生きているほうがいいわ。これは、そういう半端なわがままよ」

 

 アーテリンデの声は固く、同時に頑なだった。

 それもそうだろう。高レベルの冒険者が他の冒険者の探索を妨害するなんて、ともすれば公国に敵対しているともとられかねない行為だ。詳しく語るつもりはないようだが、おそらく相当な理由があってやったことのはず。

 そして、どんな深い理由があったとしても、ひとたび境界線を踏み越えたからにはもう後戻りはできない。その現実が彼女の口調を氷のように頑ななものにしているに違いない。

 

 だからといって、「殺すつもりはないけど、死んだら死んだで仕方ないよね」という考えのもと、実際に殺されかけた当人としては、それを笑って流せるほど俺は人間ができていないのだが。

 

「さ、終わりよ。ひとまず傷は塞いだわ」

「……。動けんのだが」

「動けるわけがないでしょう」

 

 そう言ってアーテリンデは杖を下した。

 相変わらず全身がズキズキと痛むが、ひとまずの応急処置は終わったらしい。少なくともどこかから血が流れ続けている感覚はもうなかった。

 それでも身体が動かないのは、失った血と体力が多すぎるせいだろう。全身を気怠さが包んでいる。背中の雪の冷たさだけがやけにはっきり感じられた。

 

「俺たちのリーダーは」

「生きてるわ。爺やが街に送ったから、戻れば会えるでしょ」

「そうか」

 

 その言葉に少しだけ胸が軽くなった。

 俺たちは負けた。その事実は覆せない。

 だが、リーダーが生きているのなら、まだ最(・)悪(・)には至っていない。

 街に戻り次第、ギルドの仲間たちと今後のことを相談しよう。迷宮探索を続けるのか、続けるにしても六花氷樹園よりも上の階層を目指すのか、目指すのであれば道を塞ぐエスバットにどう対応するのか。考えなくてはいけないことが山積みだ。

 

 雪雲に覆われた灰色の空を眺めながら、ぼんやりとそんなことを考える。

 そういえば、アーテリンデはどうやって俺を生きて街に帰すつもりなのだろうか。身動きできないこの状態で迷宮に放り出されでもすれば、そのまま魔物に襲われて命を落とす羽目になるのは想像に難くない。そういった危険を回避しての安全な帰還となると、やはりアリアドネの糸を使用するのが確実だと思うのだが……。

 

 

 

「なぁ、アーテリン……デ?」

 

 

 

 俺が仰向けの姿勢のままアーテリンデに声を掛けたのと、それはほとんど同時のことだった。

 さっきまで足元に立って治癒術を行使していた彼女が、雪原にぺたりと座り込んだのだ。

 糸が切れたかのようなその脱力に、俺は慌てて視線を動かした。上半身を持ち上げようとしたが動かすことができず、仕方なく首だけを動かして足のほうを見る。

 

 そこには両手と両膝を地面についたアーテリンデが確かにいた。

 だが、彼女の表情を真っ正面から見てしまった俺は不覚にも自分の目を疑ってしまった。

 

「……なによ」

「なによ、って、お前さん、その有様は……」

 

 濁った眼、全身に浮かぶ玉のような汗。

 熱くて荒い息に、火照った肌、弱々しくも強気な態度を崩さない獰猛な笑み。

 寒空の下、雪の上にへたり込んだアーテリンデは、ひどく扇情的な雰囲気を纏っていた。

 

 似たような症状を一度だけ見たことがある。

 魔力不足、いや、それを通り越して魔力枯渇に陥ったときの術師(キャスター)の姿だ。

 俺をぶった切ったあの大技(フォースブレイク)とそのあとの治癒術……。おそらくその負荷が今になって彼女に返ってきたのだ。

 

 ああ、クソ……!

 勝手にこっちを殺しにかかって、かと思えば勝手に生き延びさせて、それで最後に自滅とか、コイツはいったい何をやってるんだ。

 

「おい、俺のポーチにアムリタ(TP回復薬)が入ってるから、さっさとそれを……」

「黙って」

「ああ"?」

 

 思わず口を突いたこちらの提案をアーテリンデは憮然とした口調で切って捨てた。

 どういうつもりだ、と問うよりも早く、彼女が肉食獣のしなやかさで這い寄ってくる。

 仰向けになっているこちらの脚の間ににじり寄って、躊躇うこともなく俺のズボンに魔女の細指を伸ばしてくる。

 カチャリと金具の音。

 そのままずるりとズボンと下着がずり下ろされた。

 

「おい!」

「黙ってって言った。……ふにゃふにゃね」

「当たり前だろっ!?」

 

 マジでなにやってんだ、この女!

 錯乱か、魔力枯渇の影響で錯乱してんのか!?

 どんより曇った眼で俺の下着の中を覗いているが、この状況で勃ってるわけがないだろう!

 

「いいから、ワケの分からんことやってないで、早いところ薬を」

「巫術・鬼力化」

「お"、っ、うっ……」

 

 アーテリンデが小さく呪言を呟いた。

 魔力が底を尽いているというのになんつう無茶を、などという常識的な思考はできなかった。

 腰を貫いた甘い衝撃に思わず情けない声が漏れる。

 使われたのはおそらくはなんらかの強化呪文。その効果は覿面で、萎え切っていたはずの俺の逸物は、まるで全身から血液を集めて凝縮したかのように一瞬で超硬モードに変貌していた。

 

 ボロンと下着からまろび出た赤黒い肉棒。

 グロテスクに脈打つそれに対して、俺の腰を掴んだアーテリンデが大きく口を開けてくる。

 

「ま、待て。ちょっと落ち着け!」

「私は十分落ち着いてる。……はむっ」

「うおっ、おっ、ぉおぅ」

 

 瞬間、すべての思考がピンク色に弾け飛んだ。

 意識が脳から飛び出して下半身にワープしたみたいだった。

 アーテリンデに頬張られたペニスから凄まじい快感がせり上がってくる。

 彼女の口の中は湯船のように温かく、蜜のように蕩けている。

 妖しく蠢く舌が、亀頭をぬるりと舐めとった。

 

「ちゅる……れろ……」

「うっ、く……は……ぁ」

 

 ヤバい。これはヤバいって。

 俺だって口淫を受けるのは初めてじゃない。夜の街のプロフェッショナルから奉仕を受けたこともある。だが、そういうプロの技と比べても、アーテリンデの舌使いはまるで見劣りしていない。

 舐めとり、絡みつき、吸い上げる。その快感にあっという間に腰砕けになってしまう。

 

 息子を口に含んだ彼女が、上目遣いに俺を見上げてくる。

 蠱惑的に輝く瞳。ねっとりと腰に絡んだ腕。ちらちらと見える胸の谷間。

 やや童顔とも思えた面立ちも、今は寒気がするほどに妖艶なものへと切り替わっている。

 

 まるでサキュバスだ。

 ……いや、待て、これは『まるで』というよりは……。

 

「んっ…ちゅ……ちゅる。ぷはぁ」

「ぐぁっ、ぁ。……お、前……っ」

 

 亀頭から滲む先走りを吸いながら、アーテリンデが恍惚の笑みを浮かべている。

 彼女が肉棒に吸い付くたびに、力が抜けるような快感が下半身を貫いてくる。

 それが比喩でもなんでもないことにようやく気づいた。

 

 俺の身体から本(・)当(・)に(・)力(・)が(・)抜(・)け(・)て(・)い(・)る(・)。

 より正確に言えば、体力(HP)ではなく精力(TP)を彼女に搾り取られているのだ。

 

 ――巫医であり、同時に呪医でもある。

 ドクトルマグスを評したそんな言葉が脳裏をよぎった。

 

「ぺろ…じゅる……ふふっ、美味しい」

「ぐ、ぅ……、満足したなら、さっさと離れ……うぉっ」

 

 きゅぽん、と音を立てて肉棒が彼女の口から解放された。

 外気に当たったペニスは今なおガチガチの硬さを保っている。

 

 アーテリンデが口の端から涎を垂らして艶然と微笑む。

 彼女はびっしょりと汗に濡れた肢体を擦り付けながら、蛇のように俺の身体を這いあがり、己の腰をいきり立った肉棒に当てがった。

 ねっとりと熱く湿った彼女の秘裂と俺の肉棒とが微かに触れる。たったそれだけで、信じがたい快感とそれ以上の期待感が俺の脳の深いところに打ち込まれてしまった。

 

「……爺やは若造なんて言ってたけど、こうして見ると意外とオジサンね?」

「おま、マジでふざけ――っ、お"ぁっ!?」

 

 たっぷりの唾液と我慢汁にまみれた肉棒に、アーテリンデが腰を落としてくる。

 彼女の膣がぬるりと俺を吞み込んだ。つま先から頭のてっぺんにまで快感が走り抜ける。

 アーテリンデの中は燃えるように熱かった。緩すぎず、かといって狭すぎもしない膣壁が、俺の息子に絡みつきながら、オトコを翻弄するようにうねっている。

 

 死ぬほど気持ちが良い。

 いや、本当に死ぬかもしれない。

 挿入したペニスから、口のときよりも激しい勢いで精力を吸い取られている。

 

「あっ、はぁ……♡」

「っ、シャレになら、ぐぉっ、ぉ……」

 

 騎乗位になったアーテリンデが腰を動かす。

 こちとら相も変わらず指さえまともに動かせないというのに、そんなこと知ったことかと言わんばかりの乱れっぷりだ。俺にまたがった魔女は恍惚の表情を浮かべながら好き勝手に腰を打ち付けてきている。

 

「はっ、はっ、ん、あぁっ♡」

 

 根元までずっぽりと咥えこまれる深い挿入感。

 そこから亀頭を擦り上げるように先端近くまでが引き抜かれる感覚。

 その繰り返しと、同時に襲ってくる精力吸収の喪失感と脱力感。

 極彩色の快感が頭の奥でスパークしている。

 

 天国なのに地獄だ。

 そもそも、クソっ、こういう受けのプレイは俺の趣味じゃないんだよ。

 アーテリンデみたいな見るからに小生意気な女を抱くなら、むしろ責めまくってヒンヒン鳴かせてやりたいくらいだっていうのに。

 

「ん……、震えてる。射精そうなの? ねえ、答えてちょうだい♡」

「て、めぇ……あとで覚えて、っ、ぐぅ……っ」

「答えて、って言ったのだけど?」

 

 きゅっと膣が締まった。

 反射的に腰が浮き上がる。

 芯の抜けた喘ぎが俺の口から漏れている。

 ヤバい。

 快楽を得ること以外の思考がどんどん霧散しつつある。

 

 屈辱だ。

 冒険者としても、男としても、この女に手玉に取られてしまっている。

 

「……っ、ああ、そうだ、射精しそうだから、っ、さっさと抜いてもらえると嬉しいんだがな」

「どうして私があなたの希望を聞かなくちゃならないのかしら」

「だろうな……っ、ふ、ぐぅ……」

 

 アーテリンデの腰の動きが激しくなった。

 深く打ち付け、円を描き、絞るように引き抜く。

 絶世の名器が肉棒を扱いて、絡んで、貪りつくす。

 

 この女の中に射精したい。

 その欲望が抗いようもなく膨れ上がっていく。

 

 頬を上気させたアーテリンデが妖艶に笑う。

 まったく、大した魔女じゃないか。

 現実逃避気味のその皮肉は、声にもならず、ひときわ深く腰を落とされる快感に掻き消された。

 

「射精(だ)して♡ 射精(だ)して♡ 射精(だ)しなさいっ♡」

「ぐ、ご……うっ!」

 

 呪言か、命令か、それとも嬌声か。

 彼女の艶やかな声が耳を貫いた瞬間、抵抗らしい抵抗もできず、俺は絶頂に達していた。

 

 亀頭が弾けて欲望が吐き出される。

 溢れ出した白濁がアーテリンデの膣中を染め上げる。

 凄まじい快感が突き抜けた。

 制御不能な射精感に導かれて、俺はとめどなく彼女の中に精を吐き出し続ける。

 

「く……搾られ、ぅ……」

「あはっ♡」

 

 健康的な小麦の肌に汗が弾けている。

 小ぶりな尻を俺の腰の上に降ろしたアーテリンデは、膣で陰茎を抱きしめるかの如く、最後の一滴まで精液を絞りつくそうと妖しく自身の中をうねらせている。

 止まらない。止められない。

 彼女の太ももががっしりとこちらの腰を挟み込んでいる。それは獲物を決して逃がさないという意思表示にも思えた。

 

 吐精と同時に精力(TP)も奪われ続けている。

 口の中がカラカラに乾いて、指先から全身が干からびていく。

 思考は鈍りに鈍り、俺は木偶の坊みたいに彼女に身を任せるままとなってしまっていた。

 

 

「……ぅ……」

「はぁ……沁みるわ♡」

 

 

 どれくらい射精が続いただろうか。

 彼女の膣をなみなみと白濁で満たして、ようやく俺は射精を止めることができた。

 溜まっていたものすべてを出し尽くしたともいう。

 精子も精力も、もはや一滴も残っていない。そういう状態になってから、やっとアーテリンデは俺を解放したのだった。

 

 萎びたペニスがずるりと膣から零れ出る。

 それを見た彼女がどんな表情をしたのか、完全に霞んでしまった目ではまるでわからなかった。

 

「……あ……まずい、やりすぎたかしら」

 

 浅い呼吸を繰り返しながら、まともな思考もできず寝転がる俺に、彼女がなにか言っている。

 目線を動かすのも億劫だった。背中に触れているはずの雪の冷たさも、とっくの昔に気にならなくなっている。自分の手足が動くかどうか、試すことさえ頭に浮かばなかった。

 

「生きてる? うん、生きてるわね。……迂闊だったわ。枯渇した魔力を補給するのに衝動をコントロールできないなんて、私もまだまだね」

 

 最後に聞こえたのはそんな言葉。

 誰かが手を握った。いや、違う。なにかを手の中に握らされた。

 次の瞬間、全身が奇妙な浮遊感に包まれる。霞んだ視界がぐにゃりと捩じれた。

 

 直後、俺の肉体はハイラガードの街に戻っていた。

 握らされたのがアリアドネの糸だと気づいたのは、ずっとあとになってのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、その後の話だ。

 

 干からびるまで搾られた俺は、薬泉院の名医の手によってなんとか復活を遂げることができた。

 治療に当たった眼鏡の院長先生は俺がなにをされたのか察したらしく、引き攣った笑みを浮かべながらも無事の退院を祝してくれた。

 

 リーダーや先に逃がした3人の仲間ともすぐに合流できた。

 迷宮で敗れ、しかし全員が生存して再会できるというのは、なかなかにレアケースだ。

 特にエスバットとの戦闘から離脱した3人は、後ろめたさもあったのだろう、涙を流しながら俺とリーダーの帰還を喜んでくれた。

 

 しかし、無事にパーティが合流したとはいえ、そこからすぐに探索再開とはいかなかった。

 死にかけの病床からなんとか復帰したとき、俺もリーダーも明らかに体力やら筋力やらが落ちてしまっていたのだ。

 失った血と筋肉を作り直して、戦闘の勘を取り戻す。

 そのための訓練に長い時間を取られてしまい、パーティの活動再開は数か月単位で遅れることになってしまった。

 

 

 で、そうこうしているうちにハイラガードの迷宮は攻略されてしまった。

 成し遂げたのはカレドニアの姫とミズガルズ調査隊のチームだったらしい。

 伝説に謳われる空飛ぶ城の謎は解き明かされ、その主もまた彼らによって討たれたのだ。

 

 

 つまり、俺はエ(・)ト(・)リ(・)ア(・)の(・)と(・)き(・)と(・)同(・)じ(・)く(・)、この地でも迷宮踏破の競争に敗北したのだ。

 

 迷宮で通せんぼを続けていたエスバットの二人も、彼らに敗れたのだともっぱらの噂だった。

 アーテリンデたちの処遇がどうなったのか、俺は詳しく聞いていない。聞く前にハイラガードを離れてしまったからだ。

 

 俺たちのパーティは活動再開からそう間を置かずに解散となっていた。

 休止期間中に目標が消えてしまい、全員の動きに精彩が欠けていたということもある。

 しかし、理由としてなにより大きかったのが、リーダーが引退を決意したことだった。

 彼はハイラガードに残り、結婚して家庭を持つことを決めたのだという。

 

 その頃にはすでに俺も海都で発見された新たな迷宮の噂を耳にしていた。

 未踏破の迷宮の存在。それを知ったときから、俺は次なる目標を決めていた。

 

 迷宮の最初の踏破者として名を刻む――。

 駆け出しの冒険者だったころから変わらないその夢。いい年のオッサンになってもそれを諦められず、俺は仲間たちに別れを告げてハイラガードを旅立ったのだ。

 

 

 

 

 ……結果だけ言うと、海都でもそのあと訪れたタルシスでも夢を叶えることはできなかった。

 かといって長年の目標を諦めることもできずに、ついにはこうしてレムリアまで流れてきて、今度はクローバーの一員として迷宮に挑んでいる。

 

 それが俺、オオトリという男の遍歴だった。

 

 

 

 

 

 

◆

 

 

 

 

 

 

「……思い出したら腹が立ってきたな」

 

 ジョッキになみなみと注がれたエールを飲み干して、アルコールの回った頭でそう呟く。

 一方的な理由で探索を妨害されて、殺されかけて、オマケに性的にも襲われた……。改めてまとめてみるとひっでえ話じゃないか。

 

 目を閉じてあの日を回顧すると、屈辱と怒りと反骨心とがふつふつと煮え滾ってくる。

 それでも感情が爆発しないのは、単純に時間の経過があったからだ。ハイラガードを去ってから既に数年。その後の迷宮探索でも様々な出会いと別れと経験があった。命を懸けて駆け抜けた日々に、いつまでも過去の敗北にこだわり続けるだけの余裕はなかったというわけだ。

 

 しかし、こうして実際に因縁の相手と再会して、あの日に受けた屈辱(と、まぐわったときの具(・)合(・)の(・)良(・)さ(・))を思い出してしまったら、そうも言ってはいられない。

 

「もし、またあの女が敵に回ったら……」

 

 リベンジのチャンス、なのだろうか。

 

「……いや待て、冷静になれよ、俺」

 

 違う、そうじゃない。お前の一番の目的を思い出せ。

 レムリアの迷宮を誰よりも早く踏破する。それこそがお前が抱き続けた夢だろう。

 そのためには他の冒険者とのぶつかり合いなんてリスクでしかない。そういう不確定要素を回避できなかったのも、過去の迷宮探索で失敗した原因のひとつじゃないか。

 

「マギニアと海の一族との関係は確かにきな臭い。だが、俺もアーテリンデも結局は雇われ冒険者だ。国やら部族やらの諍いに巻き込まれずに済む方法もあるはず」

 

 ふと迷宮で出会ったアーテリンデの顔が思い浮かんだ。

 ハイラガードの頃と比べて大人びて、雰囲気が丸くなったように思える。昔は小生意気なメスガキという印象があったのだが、人間、変われば変わるもんだ。今の彼女ならお互いの雇い主が敵対していても多少は融通を効かせてくれるかもしれない。

 

「とにかく、余計な面倒は避けて、探索に集中する。それが一番、だろ」

 

 確かめるようにそう口に出して、深く深く息を吐いた。

 ……クローバーはいいギルドだ。あの仲間たちと一緒であれば、今度こそ未踏破の迷宮を最初に攻略することができるかもしれない。いや、絶対にできるはずだ。そのために自分のやるべきことを見誤ってはならない。そうだろう、オオトリよ。

 

 

 しかし……、ああ、まったく、なんだってこのタイミングで会ってしまったのか。

 

 

「アーテリンデ。……アーテリンデ、か……」

 

 少し大人になった彼女。あの頃の面影を残す凛とした美しい表情。

 それを屈辱に歪めてぐちゃぐちゃに蕩けさせてやりたい……。

 啼かせて、懇願させて、屈服させて、あの身体を俺のものにしてしまいたい。

 

 復讐心と征服欲と嗜虐性がないまぜになった暗い欲望は、俺の中で小さな火種となっていた。




アーテリンデ
 ハイラガードの冒険者で、かつて公国随一と呼ばれていたドクトルマグス。とある事情により、一時期とはいえ冒険者の迷宮探索を妨害していた前歴がある。
【海の一族】に雇われるという形で、マギニアとは別のルートからレムリアにやってきた。

 彼女の凛々しい姿は新世界樹2のOPで堪能できる。
 吹雪の中の微笑みがセクシィ。


各地の迷宮の踏破状況
 エトリア
  ハイランダーとミレニアムの少女の一党により攻略済み

 ハイラガード
  カレドニアの姫とファフニールの騎士の一党により攻略済み

 アーモロード
  新世界樹3(妄想)の主人公により攻略済み

 タルシス
  新世界樹4(願望)の主人公により攻略済み

 他の迷宮もなんらかの形で攻略されているが、クローバーのメンバーはその踏破者の中に名を連ねてはいない。
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