クローバーは爛れてる 作:コモヤモ
う、嬉しすぎる……。
控えめなノックの音が耳に届いた。
反射的に窓の外を見る。街には夜の帳が落ちていて、星明りの静けさが辺りを包んでいた。大多数の人々が寝静まる時間帯だ。街路に面した建物の窓もほとんどが暗闇になっている。
こんな時間に誰が、とは思わなかった。ノックのリズムに覚えがあったからだ。
「どうぞ、入っていいわよ」と声を掛けると、躊躇いがちにノブが回った。開いたドアの隙間からおそるおそる顔をのぞかせたのは、予想通りの相手。寝間着に着替えたカナリアちゃんが廊下から部屋の中を窺っている。
「あの、ヒナ姉さま。こんな時間にごめんなさい。その……お邪魔してもいいでしょうか?」
「もちろんよ。さ、そんなところに立っていないで、こっちにいらっしゃい」
こくんと頷いたカナリアちゃんが小動物のように小走りで駆け寄ってくる。
マギニアの宿泊施設、湖の貴婦人亭の、私が借り受けている部屋だった。カナリアちゃんの部屋とは廊下を挟んではす向かいになる。来客用の椅子を彼女に勧めて、私はランプの灯りを調節した。ほんのりとした光に照らされた彼女は、両腕で大事そうに枕を抱いていた。なんとなく彼女の用件がわかってしまい、思わず苦笑する。
「さてさて、甘えん坊なカナリアちゃん、こんな夜更けにどうしたのかしら?」
「う……姉さま、わかってて言ってますよね」
「ええ、わかりますとも。でも、いくら簡単に察しがついたとしてもね、私はやっぱりカナリアちゃんのお口でおねだりされたいのです」
からかうようにそう言うと、彼女はもじもじしながら頬を朱に染めてしまった。可愛い。
シンプルながらひらひらとした寝間着を纏っているせいか、彼女はいつもよりも幼く見える。可憐という概念が服を着て歩いているみたいなその姿についつい目を細めてしまうのも仕方のないことだろう。むしろこれは可愛い妹分に対する正当な反応だと言っても過言ではない。ないったらないのだ。
「……姉さま、今夜は一緒に寝てもいいですか?」
「素直な子は好きよ。ええ、もちろん構わないわ。誠心誠意、優しく添い寝してあげる」
「ぁ、ありがとうございます……」
照れくさそうにはにかんで、彼女はぎゅっと自前の枕を抱きしめた。
途中だった読み物を切り上げて私も寝間着に着替える。一人部屋なのでベッドのサイズも相応だけど、カナリアちゃんくらい小柄な娘なら二人で一緒に寝るにも多少は余裕がある。備え付けのランプの灯を消した私が先にベッドに横になり、布団を持ち上げて彼女を迎え入れた。
「さ、どうぞ、お嬢様」
「もう、姉さまったら。じゃあ、失礼しますね」
もぞもぞと遠慮しがちにカナリアちゃんがベッドに上がってくる。
ふわりと少女の香りが感じられた。その空気を閉じ込めるように布団を被せると、彼女がくすぐったそうに身体を震わせる。
すぐ近くにカナリアちゃんの顔があった。灯りは消えていても星明りで互いの表情くらいはわかる。照れくさそうな表情の奥に微かな怯えの色が見えた。普通の人なら見逃しそうなほんの小さな翳りだけど、美少女感情ソムリエの私がそう感じたのだから間違いない。
「新しい迷宮の探索で疲れちゃった?」と問えば、彼女は少しだけ目を伏せて頷いた。
桜ノ立橋を踏破した先、緑の森と朽ちた遺跡を織りなす【第七迷宮】の情景を思い浮かべる。そこはハイラガードで生まれた私にとって、どこか懐かしい匂いのする樹海だった。
【古跡ノ樹海】と名付けられたその迷宮は、ハイラガードの世界樹の麓に位置する同名の迷宮と非常に似通った環境のエリアだったのだ。
「ハイラガードの迷宮のことを思い出したのね」
「はい……。それで、なんだかひとりでいると心細くなっちゃって。ごめんなさい、姉さま。私の都合でこんな夜更けにいきなりお邪魔しちゃって」
「お邪魔だなんてとんでもないわ。こうしてカナリアちゃんと一緒に寝るのは久しぶりだから、なんだか嬉しいくらいよ」
吐息が触れるほどに近くの彼女に向かって安心させるように微笑むと、どうしてか彼女は困惑したように眉を傾けた。
「ええと……久しぶり、でしょうか? 割としょっちゅう一緒に寝てはいるような……」
「エッチなことはなしで、ってことよ」
「あ、はい……そう、ですね」
からかうようにそう言うと、彼女は顔を真っ赤にしてしまった。何度も肌を重ねていても、どこか初心なところが残っているのも彼女の魅力のひとつだろう。
そう、ここ最近、二人で一緒のベッドに入るときは、互いに愛し合って、日が変わるまで求め合うのが私たちの常だった。
当然ながらいつだって私が夜這いを仕掛ける側だ。夕食の頃に耳元で来訪を囁いて、カナリアちゃんに部屋の鍵を開けておいてもらうのだ。みんなが寝静まったあとに、こっそりと恋人の部屋を訪れるというシチュエーションは、なかなかどうして燃えるものがある。私もカナリアちゃんも、この秘密の逢瀬にすっかり嵌まってしまっていた。
……もっとも、本当に秘密だと思っているのはカナリアちゃんだけで、本当はギルドの仲間にもある程度バレているみたいなのだけれど。
ともあれ、カナリアちゃんのほうから私のベッドにやって来るのはかなり久しぶりだ。マギニアがレムリアに着陸してからだと初めてだと思う。
暗黙の了解として、彼女が私のベッドに来る夜はエッチなことは無しということになっている。たいていの場合、不安や寂しさといった精神的な不調を抱えたときに、彼女は私のベッドにやってくるのだ。そういうときは一緒の布団で他愛ない話をしながら、彼女を安心させて眠りにいざなうように意識している。
確かにエッチなことは好きだけれど、私は性欲大魔神ではないのだ。大事な人のために最善を尽くすのは、恋人としてもメディックとしても当然のことだろう。
「ヒナ姉さま……私は、強くなれているでしょうか?」
布団の中で彼女が服の裾を握りながら呟いた。
案の定、思考がネガティブな方向に傾いているようだ。普段は強気で勝気なカナリアちゃんなのだが、その反動なのか、ひとたび気が滅入ってしまうと悪い方向にどんどんループしてしまう傾向があった。
面倒だとは思わない。むしろフォローのし甲斐があって嬉しいほど。そう思ってしまうのも、もしかすると彼女に惚れた弱みなのかも。
「大丈夫。カナリアちゃんはどんどん強くなってきている。あなたの一番近くでその
砂糖菓子のような腰を抱いて、背中をとんとんと叩いてあげる。
彼女の強張っていた肩からふっと力が抜けるのがわかった。そのまま優しく抱きしめると、カナリアちゃんは流されるまま私の鎖骨の辺りに顔を埋めてくる。絹糸のような長い髪を梳くと、彼女は気持ち良さそうに小さく吐息を漏らした。
「カナリアちゃんだって本当はわかってるでしょう? 自分の成長に無自覚なままで進めるほど、私たちの冒険は易しいものじゃなかったのだから」
「……はい。確かに冒険者としての
「そうね……メンタル面の強さは数値にするのが難しいし、過去と比較して成長しているかどうかもなかなかわからないものだから、そういう気持ちになっちゃうのも仕方ないことなのかも」
子供をあやすように背中をさすりながら、私は言葉を続ける。
「でもね、私はカナリアちゃんの心には誰にも負けない『強さ』があると思ってるわ。だって、あなたに出会ったときから、私はその『強さ』に焦がれ続けているのだもの」
あなたの心の奥に輝いている、静かだけど確かな青い炎。
ハイラガードであなたと会ったあの日から、私はずっとそれに魅せられているのよ。
「……姉さまはいつもそう言ってくれますけれど、私にはよくわからないです……」
「自覚する必要も意識する必要もないわ。カナリアちゃんがカナリアちゃんである限り、私はずっとあなたの傍にいて、いつだってあなたを支えてあげるから。ただ、私はあなたの身体と心の両方に惚れているんだって、そのことだけ覚えておいてくれればいいの」
「ぅ……惚れてるだなんて、そんな風にはっきり言われると、ちょっぴり恥ずかしいです」
ベッドの中で彼女が私を見上げてくる。潤んだ青い瞳が星灯りを映して輝いていた。
朱の差した頬が林檎のように瑞々しい。互いの胸が触れ合って、鼓動の音まで伝わっている。
「というか、カラダにも惚れてる、って……そういう言い方は……」
「あら、ココロの魅力だけじゃなくて、カラダの魅力にも無自覚なのかしら。ふふ、カナリアちゃんってば罪な娘ね。愛らしくて可愛いあなたのカラダに、私はいつだって夢中にされちゃってるっていうのに……♡」
冗談めかしてそう言って、二人でくすくすと笑い合う。
そうしてしばらくじゃれ合いながら言葉を交わすうちに、カナリアちゃんの目がとろんとしてきた。さすがに眠くなってきたのだろう。日中の迷宮探索の疲労もあるはずだ。彼女は小さくあくびをすると、ふにゃりと力を抜いて私の胸に抱き着いてきた。
「ん……ヒナ姉さま……ふにゅ……」
「あらあら、すっかりおねむね。それじゃあ今夜はそろそろ眠りましょうか」
「ふぁい……」
寒くないように布団を掛けなおして、恋人で妹分の彼女を優しく抱き留める。
細くて柔らかい身体を慈しんで、甘くて切ない香りを胸に吸い込んだ。
「おやすみ、カナリアちゃん。大好きよ」
「……私も……姉さまが、大好きです……むにゃ……」
…………。
あぶない。一瞬、人には見せられないレベルで顔がにやけてしまった。
夢うつつの寝ぼけまなこであんなことを言われるだなんて破壊力が高すぎるわ。
「はぁ……」
うっとりと溜め息。腕の中のカナリアちゃんからは規則正しい寝息が聞こえてきている。
安らかな寝顔だった。安心しきっているのだ。彼女の私に対する信頼を感じられて、それがたまらなく嬉しかった。
彼女を刺激しないように体勢を落ち着かせて、私も目を閉じる。視界が黒一色になると、さざ波のような眠気がすぐに這い寄ってきた。意識が溶ける心地良さに身を任せて、眠りの海へと沈んでいく。
その夜、私が夢に見たのは、彼女と出会った頃の記憶だった。
◆
ハイラガードを熱狂させた迷宮ブームはひとまずの落ち着きをみせていた。
古くから続く世界樹の恵みが消え去ったわけではない。けれども、カレドニアの姫が謎多き迷宮を完全に踏破したという事実は、公国の冒険者たちに身の振り方を考えさせるには十分な出来事だった。
高層を目指して挑戦を続ける者、未踏破の迷宮を求めて他の都市に渡る者、あるいは公国の迷宮に通いつつも危険な『冒険』から安定した『稼業』に探索の方向性をシフトさせる者……。
ルーキーからベテランに至るまで、いつしか多くの冒険者とギルドが公国を去り、また残った者たちもそれまでとは目的を変えて世界樹の迷宮と付き合い始めていた。
ハイラガードでもっとも危険度の低い迷宮と呼ばれる【古跡ノ樹海】も、その潮流の中で静かに立ち位置を変えていた。
新米冒険者たちの試金石として、ときに『弱者の間引き』とまで揶揄されたギルド認定試験が頻繁に行われていたのも過去のこと。新人冒険者と新設ギルドの減少により、この迷宮最下層の樹海を探索する人間は非常に少なくなっていた。
そのうえ、フロアマップも完成済みのものが冒険者たちの間に出回っていて(おそらく小遣い稼ぎに地図の写しを放出した不届き者がいたのだろう)もはや若手の冒険者であってもこの樹海の
……逆に言えば、その経路から外れた得るモノのない行き止まりや無意味な遠回りの道は、滅多に訪れる者がいない迷宮の死角と化していた。
その死角に私が足を踏み入れたのはまったくの偶然だった。なんとなく普段とは別のルートを歩いてみようという気分になって、特に深い考えもなくいつもは曲がらない道を曲がってみた、というだけのこと。古跡ノ樹海の魔物程度であれば単独でも対処できるという自信が、私にそんな気まぐれを惹き起こしたのだった。
思うに、それはきっと偶然の名を借りた運命だったのだろう。
木々の向こうから怒号が聞こえた。魔物のものではない。人間の叫びだ。
足を止め、耳を澄ませて、私は音の発生源に向けて歩き出す。悲鳴か、それとも
けれど、緑を掻き分けて叫び声の主に近づくほどに、どうも私の予想は外れていたのだとわかってきた。攻撃的な怒号は続いているが、その響きに魔物に対する戦意はなく、むしろ相手を怒鳴りつけて脅すような気色が感じられる。冒険者同士のトラブルだろうか。それにしてはひとりが一方的に怒鳴っているような様子だが。
気づけば私は息を殺して忍び足になっていた。どうも様子がおかしい。戦場特有のひりつくような熱気は感じない。その代わりに、ねっとりと絡みつくような不快な空気が前方から漂ってきている気がする。微かな血のにおいと、あけっぴろげな性の気配だ。
怒鳴り声が近い。体をかがめて茂みの中に分け入った。音を立てないように草の間に視線を通す。樹海の小さな広場が目の前に広がっていた。探すまでもなく声の主の姿が目に入る。
「オラッ! オラッ! どうしたどうした、なんか言ってみろよ、あァ!?」
「っ……く……、…っ……」
二人分の人影がひとつに重なっていた。ダミ声で吠える男が、小柄な少女を組み伏せている。
彼らは腰の部分で繋がっていた。セックスしているのだ。けれど、合意の上での行為にはとても見えない。組み伏せた少女の両腕を押さえた男は、思いやりの欠片すらなく、自分勝手に激しく腰を振っている。
唾を飛ばしながら罵声を浴びせる男には見覚えがあった。ハイラガードでは悪い意味で名の知れた冒険者だ。腕は確かなのだが、酒癖と素行の悪さのせいで真っ当な冒険者からは遠巻きにされている男だったはず。
他方、組み伏せられている少女のほうは、覆いかぶさった男の影になっていてはっきりと容貌を窺うことができなかった。わかるのは年端もいかない少女であることと、長くて綺麗な金髪の持ち主であるということだけ。服装は冒険者らしいもののようだが、身に纏った装備のほとんどがひどく破損してしまっている。おそらくはそれも目の前の男の仕業なのだろう。
「なぁおい、お嬢ちゃんよォ。お前の中ァずいぶんと具合が良いぜ? 狭くてキツくて……男を悦ばせる名器ってヤツよ。キヒ、ほら、褒めてやってんだ。ちょっとは嬉しそうな顔してみたらどうだ?」
「……、……ふん……っ」
「相変わらずダンマリか。可愛げのないガキだな。声を出さないことで抵抗してるアピールか? ハッ、弱っちいくせに変なところで意地を張りやがって、この雑魚メスがよォ!」
「うっ……、……ぐ……」
苛立たしげに吠えた男が腰の動きを加速させた。
肌と肌がぶつかる乾いた音が響いている。その合間に聞こえるのは、真一文字に結ばれた少女の口から漏れる小さな苦悶の吐息だけ。そのささやかな音に快楽の響きはどこにもない。痛みと苦しみ、そして嫌悪感だけが押し込められている。
「いかにもな新人のうえに田舎のおのぼりさん丸出しでよォ、ちょっと優しくしたらホイホイついてきやがって! キヒヒ、世間知らずってのはおっかないねぇ! オラッ、こうして
「……ふ、ざけ……っ、あぐっ!?」
くぐもった打撃音が聞こえた。
男が少女の顔を殴ったのだ。
「礼儀のなってねえガキだな。いいぜ、素直になるまでみっちり躾けしてやる」
「ぅ……ぁ……、……っ……」
少女の肩が地面にめり込みそうなほど強く押さえつけられる。
男は杭打機のように無慈悲に腰を打ち付けている。それはもはや、快楽を得るための行為ではなく、少女を痛めつけて、苦しめて、尊厳を貶めることを目的にしたかのようなセックスだった。
突いて、抉って、嬲って、殴って、蹂躙する。
私は、その暴力的で一方通行の性行為を睨みつつ、静かに息を吐き出した。
隠れた茂みは二人からはそれなりに距離が離れている。男も少女も、まだ私の存在に気づいていない。すぐにでも飛び出しそうになる身体を理性で押さえつけて、私は茂みの中を迂回し始めた。
目指すのは男の背後を取れる位置。男の
「もっと泣けよ! もっと喚けよ! 惨めに涙を流して無様な声を張り上げろよ! キヒ、そのほうが俺も楽しめるからな!」
「……だ、れが……っ……」
「まァ安心しろや。お前がいくら泣き叫んだって、こんな辺鄙な広場に来るヤツなんざいねえからな! なァおい、理解したか? 助けになんか誰も来ねえって言ってるんだぜ。大人しく俺の機嫌を取るのが利口だと思うがねェ」
男が少女を嘲笑い、いたぶるように頬を張る。その間も肉棒が少女を突き刺し続けている。
それでも少女は男に対して反抗的な態度を崩していなかった。おそらくは新人の冒険者が、たったひとりで、助けも期待できない状況にあって、心を折らずに抗っている。その事実に私の胸の奥が熱くなっていた。
いったいどんな娘なのだろうか。男の影に隠れた少女に思いを馳せて想像を膨らませてしまう。あんなに小さいのに、あんなに頑張って、あんなに意地を張って。僅かに覗き見える手足は恐怖を押し殺すように微かに震えているのに、目の前の男には毅然とした表情を見せているのだろう。
その健気さが……そんな風に感じるべきではないとわかっているのに……ひどく愛らしいものに思えてしまう。私の心が震えるのは、感動か、尊敬か……それとも興奮のためなのか。
「ハァ……あァ、いいぞ、射精るぞ、射精してやるぞ……!」
「……っ、や、め……!」
「やめて欲しいか?
「~~……! そ、んなの……信じる、ものですか……!」
「ああ、そうかい。そりゃあ残念だ」
少女の肩を押さえていた男の腕が動いた。ごつごつと分厚い指が少女の首に伸びる。
顎の下に添えられた両手の指に力が籠った。男は力強く腰を叩きつけながら、少女の首を締め上げる。微かに聞こえていた少女の呼吸がくぐもって、そのまま聞こえなくなった。
「ぁ……かは……、……、……っ……」
「いいねぇ、その顔。本当に殺されるかも、ってようやく気付いたか? キヒ、まんこも締まって良い感じだ。このまま膣内に射精してやるよ……っ!」
「……っ……!? ……、…ぅ………、ぁ……ぅ……」
男が少女に激しく腰を打ち付ける。
ジタバタと少女の手足がもがいたが、興奮しきった男を押し返すことはできなかった。
近づく絶頂の気配に男が吼え猛る。その身体の下で、拷問のようなピストンから少女が必死に逃れようとしている。
男はケダモノの顔を怯える少女に近づけて、歯を剝き出しにして厭らしく笑った。
「射精るぞ、射精るぞ……! 覚悟しろ、このメスガキがよォ!」
「や……、…、……ぁ……」
「キヒ、キヒヒ! 孕め、孕んじまえっ! ……お、らァっ!」
「っ、っ…………ぅ……ぁ」
ひときわ強いストローク。
男の肉棒が深々と少女に突き刺さった。
首を絞められた少女の悲鳴は声にならない。
汚らわしい白濁が少女の膣を染めるのを幻視した。
野獣のような男の咆哮が轟く。
大きく背を反らしたソイツが、執拗に少女に腰を押し込みながら、射精の快感を余すことなく味わっている。
少女の手足がピンと伸びて、その数秒後、絶望したかのように弛緩する。
そのときには、私は男の背後に立っていた。
手には使い慣れた樫の杖。指が沈み込みそうなほど強く握ったそれを、下半身丸出しの男に向けて振り下ろす。
躊躇はなかった。どうせ死なないだろうけれど、最悪死んでしまっても構わない。そのくらいの気持ちで男の頭部を強打した。
「おごっ!?」
生物を殴った湿っぽい手応え。完全に不意を打たれた男が、こちらを振り向くこともなく、斜めに崩れ落ちていく。
少女の膣からずるりと肉棒が抜け落ちる。予想通り、それは男の精液で白く汚れていた。少女の膣にこぽりと泡が浮いて、音もなくしぼんで潰れていった。
地面に転がった男がごろりと仰向けになる。見開いたその瞳孔を注視して、彼が確実に気絶していることを確認する。そうしてから、私はようやく放心状態の少女に目を向けることができた。
人形のような少女だった。良くも悪くもそれが第一印象。
精緻で整った容貌で幼さの残る顔立ちは可憐というほかない。ハイラガードでもめったにお目に掛かれないレベルの美少女だ。さらさらの金髪は流れる星のようで、若い肌は輝くほどに瑞々しい。ハリのある太ももは少女の活動的な健康美を連想させている。
けれど、ショックで虚ろになった瞳が少女の印象を陰惨なものに塗り替えていた。生気を失くしたその目から連想されるのは、壊れてしまった玩具という痛々しいイメージだ。
「しっかりして。私の声が聞こえてる?」
「う……ぁ……。……あ、れ……わ、たし……」
「よかった、意識はあるわね。安心して、もう大丈夫よ」
草地に膝をついて少女を助け起こす。精液の生臭い残り香が鼻を突いた。脱力した少女がぼんやりとこちらを見つめている。パッと見た感じでは大きな外傷は見当たらない。けれど、彼女があの男に何度も殴られていたのは間違いない。しっかりと目を凝らせば破れた服の下にいくつもアザがあるのがわかる。これでは体力も精神力も相当に消耗していることだろう。
「すぐに街に戻りましょう。薬泉院の先生に診てもらえば、こんな怪我すぐに――」
「……っ!」
そう私が言いかけたところで、少女が動いた。
ボロボロになったコートの内側に手を突っ込み、隠し持っていた銃を引き抜く。
直前までの脱力からは想像できない機敏さで彼女は銃を構え、トリガーに指を掛けて銃口を私の顔に向けてきた。
目の前に銃口の暗い穴が見えた。
予想だにしなかった少女の行動に、私は動くことができず、ただ硬直するだけ。
虚ろだった少女の青い瞳が急速に焦点を結ぶ。
その目が私を捉え、ふと横に逸れた。
連動するように彼女の銃身が動き、照準を私の背後へと向ける。
白い指がトリガーを引いた。
耳元でけたたましい銃声が響く。
火薬の匂い。
煙の色。
肌を叩く熱い風。
そして、僅かに遅れて、魔物の悲鳴。
「――ッ、このっ!」
抱き起こした少女が私にしがみつきながら連続して引き金を引く。
歯を食いしばった苛烈な表情がすぐ横にある。それを横目に振り向けば、背後から忍び寄っていたモグラの魔物が、今まさに銃弾の雨で穴だらけにされるところだった。
断末魔を上げた魔物が地面に倒れ伏す。噴き出した血が緑の草地をグロテスクに染めている。
明らかに致命傷だった。魔物が絶命していることは簡単に判断できる。けれど、少女は引き金を引く手を休めなかった。穴だらけの魔物の死体に、激情を乗せた銃弾を浴びせ続けている。
生気が無い? お人形みたい?
とんだ勘違いだ。感情を昂らせて引き金を引く少女は、まるで烈火の化身のようだ。
「っ、はぁ、はぁ……」
カチリ、と引き金が空撃ちする音が聞こえた。
どうやら弾切れになるまで撃ち尽くしたらしい。風に流されずに残った白い煙が私たちの周囲に漂っている。硝煙の焦げ臭さと魔物の血の生臭さとで、辺りは異様な雰囲気になっている。
「…………まだよ」
ぽつりと呟き、少女が銃身から空薬莢を排出した。
開放されたチャンバーに、彼女は新たに一発だけ銃弾を送り込む。
少女は私の腕から逃れようとはしなかった。もしかしたら足腰にはまだ力が入らないのかもしれない。上体を支えられながら、彼女は銃口を自身の横の草地に向ける。
そこには、気絶した冒険者の男が転がっていた。
下半身は丸出して、萎えた陰茎がぬらぬらと濡れている。
白濁に混じって見える赤色は、少女の破瓜の証だろうか。
まるで先刻までの凌辱は夢ではないと、少女に対して残酷に主張しているかのようだった。
少女の銃口は男の顔をしっかりと捉えている。
私はそれを黙って見ていた。止めることはできるだろう。けれど、そうするよりも、彼女の選択を見届けたいという欲が勝ってしまった。
少女の横顔が葛藤で歪む。その苦悩が、一枚の絵画のように美しい。
「……。……っ!」
銃声が轟いた。
続けて聞こえたのは、肉を砕く音ではなく、土を抉る音。
少女の弾丸は、男の顔の数センチ横の地面を撃ち抜いていた。
穿たれた地面の穴をぼんやりと見つめ、少女は今度こそ完全に脱力してしまった。
銃を構えていた腕がだらりと落ちる。背筋の力も失われて、私に抱き留められたまま、彼女はこちらの胸にしなだれかかってくる。
すすり泣く声が聞こえた。
私は彼女の背中を優しく撫でてあげる。
「ありがとう。助けてくれたのね」
慈しむように彼女の背中をさすりながら、魔物を撃ってくれたことに礼を言う。
最後の一発については言及しなかった。今はまだ触れない方がいいと思ったからだ。
けれど少女は、泣き笑いの表情で私を見上げて、掠れた声で言った。
「手が、滑っちゃったんです」
「それは……」
それは、本当は男に銃を向けるつもりなんてなかったということ?
それとも、本当は男の顔を撃ち抜いてやるつもりだったということ?
問いただそうとは思わなかった。
ただただ私は、少女の浮かべるアンバランスな表情に魅せられていた。
そのときにはもう、私はその少女――カナリアちゃんに夢中になっていた。
彼女の心に燃えている青い炎。その眩さが目に焼き付いて離れないのだ。
激しく燃え盛ることもあれば、不安げに揺らぐこともあり、けれども決して消えることなく燃え続ける。それこそがカナリアちゃんの心に灯る静かな炎だ。
その後、公国に戻って彼女の傷の治療をしつつ、暴行を働いた男をブタ箱にぶち込んだ私は、迷うことなくカナリアちゃんに二人で一緒に冒険者として活動しようと申し入れた。
新米冒険者であるカナリアちゃんは私との実力差を気にしていたようだけど、最終的には首を縦に振ってくれた。信頼できる先輩冒険者の存在が得難いものだと、彼女なりに思うところがあったのかもしれない。
それからしばらくは二人でハイラガードの迷宮を探索していたのだけれど、飛行都市が公国に着陸したとき、私たちは新天地を目指してそこに乗り込んだ。
慣れ親しんだ土地で活動を続けるよりも、未知の土地で新たな冒険に挑むことを選んだのだ。
根っからの冒険者気質のカナリアちゃんは、新たな樹海への好奇心と期待感を全身から滲ませていた。そういう真っ直ぐなところも彼女の素敵なところだと思う。マギニアに乗り込むことを選んだのも、冒険者としてより高みを目指したいという透明な想いがあってのことだ。
けれど、私にはもうちょっと屈折した想いがあった。
カナリアちゃんの心には炎が燃えている。その炎は強い風が吹くほどに激しく燃え盛るものだ。風の無い凪いだ日常では、炎は激しくなることも揺らめくこともない。
必要なのは刺激だ。刺激的な毎日の中で、プリズムのように輝きを変える彼女の炎。私はそれが見たいのだ。
もちろん、カナリアちゃんの意思が第一なのが大前提。
でも、やっぱり彼女の魅力は、退屈な日常ではなくて、未知と冒険に満ちた日々にこそ輝くものだと思う。それを余さず見て、感じて、味わうこと。それが私の焦がれるような望みだった。
きっと私は彼女に甘えているのだろう。依存だってしているだろう。だって、カナリアちゃんのいない日々なんて、もうまったく想像もできないのだから。
歪んでいてもいい。
彼女の隣で、支えて、助けて、愛して、愛されて……、最期の時まで、一緒に生きていたい。
それが、私――ヒナという人間の偽らざる本音だった。
薬泉院の院長先生
ダクタァツキモォリのそっくりさん。
オオトリを治療したりヒナの先生をしてたりと密かに活躍している。
なお、カレドニアの姫が活躍した新Ⅱには登場しないのだが、登場しないだけで存在はしている……らしい。