クローバーは爛れてる 作:コモヤモ
【碧照ノ樹海】と呼ばれる迷宮がある。
最果ての地【タルシス】で発見された樹海だ。
温暖な気候の草地に丈の高い広葉樹が生い茂る、穏やかな自然に恵まれたエリアである。
冒険の拠点となる街にもほど近く、タルシスで活動する冒険者であれば一度は足を踏み入れたことがある迷宮だろう。
その迷宮が、どういうわけかレムリア
【はじまり島】に隣接する【幽寂ノ孤島】で最初に発見された迷宮がそれだ。
第一迷宮こと【東土ノ霊堂】はクローバーによって攻略されたため、事実上、マギニアに集った冒険者たちが最初に挑むことになったのもこの迷宮である。
当然、タルシス出身の冒険者たちはすぐにレムリアとタルシスの迷宮の類似性に気が付いた。
まったく同じというわけではない。しかし、植生や環境、生息する魔物などは驚くほど似通っている。レムリアとタルシスとでは大陸と海を隔ててはるかな距離があるというのに、いったい何故このような迷宮が存在するのか。冒険者だけでなく学者や研究者も頭を悩ませたが、結局、誰も明確な答えを出すことはできなかった。
探索司令部はこの問題を棚上げにしている。
いずれにしても、古代文明への途上に迷宮が立ち塞がっているのであれば、それを攻略しなければならない。迷宮の類似性の理由がなんであれ、そこのところは変わりないのだ。
ゆえに、司令部の指揮のもと、数多の冒険者が今も
その中には、第一迷宮を踏破したクローバーのナイトシーカー、フクロウの姿もあった。
「……といっても、今日は休養日なんだが」
穏やかな太陽の光が注ぎ、爽やかな風が吹き抜ける、緑の迷宮。
そのエントランスにあたる広間に自分は立っている。
懐かしい、と言うべきなのだろうか。確かに故郷のタルシスの迷宮と同じ空気が感じられる。
行きかう人の群れは賑やかだが、同時にピリピリとした緊張感がある。当然だ。いくら環境が穏やかとはいえ、ここもまた世界樹の迷宮のひとつ。徘徊する魔物と遭遇すればすぐさま命のやり取りが始まるという紛れもない死地なのだ。
「さて……」と小さく呟き、移動を始める。
数人の冒険者たちとすれ違ったが、彼らのほとんどはこちらに気づいてもいない。それもそのはずで、自分は今
それでも少数の冒険者からは鋭い視線を向けられたのだから、やはりマギニアの冒険者もピンからキリまでいるものなのだろう。慢心は禁物だ。
数日前、ギルドでの探索のときに発見した抜け道を通り抜け、迷宮の中の小さな広場を訪れた。
周囲に人がいないことを確認して、姿を隠したまま広場の隅にある木を駆け上がり、大振りな葉の生い茂った枝を選んで腰掛ける。
地上からではそうそう視認できない位置だろう。逆にこちらからは広場の様子がよく見える。
「お仕事開始、と……」
まっすぐに伸びた幹に背を預け、懐からメモ帳を取り出しペンを構える。
視線の向かう先は広場の片隅に置かれた膝の高さほどの木箱。蓋の代わりに粗末な布を掛けてあるその木箱はマギニアの冒険者から『みんなの小箱』と呼ばれているものだ。
誰が置いたのかもわからないその木箱について、冒険者たちの間にはある種の不文律があった。
冒険者であれば誰でも自由に箱の中のアイテムを使っていい。その物資を使うことで命を繋ぐことができたのなら、今度は探索に余裕があるときになにかしらのアイテムを箱の中に入れておく。そうすることで見知らぬ冒険者同士が緩やかに助け合う、というルールだ。
なんともまぁ牧歌的な試みだと思う。しかし事実として、少なからぬ冒険者がその木箱に危ういところを助けられているという話も聞く。確かに探索のさなかにアイテムが尽きるような事態ともなれば、こういった非常物資の存在は天の糸に等しいのかもしれない。
「……ん、さっそく一組目か」
そんなことをつらつらと考えているうちに、眼下の木箱に一組の冒険者パーティが近寄ってきていた。すぐさま彼らの人数を数え、身なりからクラスを推測し、特徴的な事項をメモ帳に記載していく。
木箱を覗き込んだ冒険者たちは仲間内で顔を突き合わせて何事かを話し合い、いくつかのアイテムを木箱から取り出し、代わりに手持ちのアイテムを数個木箱に収めたようだ。木箱から離れ探索に戻る彼らの背中を見送りながら、その様子を簡潔にメモしておく。
「そうそう問題は起こらない、か」
メモを閉じ、再び待ちの姿勢に戻る。
『みんなの小箱』の利用状況を観察し、報告書にまとめて提出する。それが今回引き受けた依頼の内容だった。クローバーに宛てられたものではない、
拘束時間は長いが、やることは単純で報酬も悪くない。迷宮に入る必要はあるが、魔物とやり合う必要もない。休養日の暇を潰すにはちょうどいい話だった。
木の枝に腰掛けながらのんびりと時間が過ぎていくのに身を任せる。
陽光は暖かく、木々の葉をすり抜ける風は心地良い。
時折やって来る冒険者のパーティは、木箱が置かれているのが低階層ということもあり、見るからに
昼には樹上で食事を摂り、午後もそのまま観察を続行した。
太陽はやがて傾き、夕闇が西のほうから迫って来る。吹き抜ける風も冷たくなってくる頃合いだ。
迷宮を行き来する冒険者の数もめっきり減ってきた。夜間の探索をメインにするギルドもあるにはあるのだが、やはり大半の冒険者たちは日の出ている時間帯に活動するものだ。木箱の観察依頼も日が落ちきるまでが期間と指定されている。そろそろ帰り支度を始めてもいいかもしれない。
「……おや」
背中を預けていた幹から身体を起こしたところで、広場に駆け込んでくる冒険者に気づいた。
二人組の女冒険者で、そのうちの一人は腹部に腕を当てていて足も引きずっている。遠目にははっきりとわからないがどうやら腹部のあたりに傷を負っているらしい。
急ぎ足の二人は広場の木箱に近づくと、周囲の警戒もそこそこに箱の中からいくつかの薬品を取り出したようだった。傷を負った一人にもう一人の女性が手ずから薬を飲ませ、飲ませた本人も憔悴した様子でなにかしらの薬を飲み干した。
薬を飲み終えた二人はどこかほっとした様子で一息つき……、どさりと倒れて動かなくなった。
広場に静寂が満ちる。聞こえるのは日暮れの虫と鳥の鳴き声だけ。
木の上で息を潜め、様子を窺うこと数十秒。がさりと茂みをかき分ける音が聞こえ、広場の一角の藪から別の二人組の冒険者が姿を現した。若手と中年のコンビでどちらも男。その容貌には見覚えがある。1時間ほど前に木箱にアイテムを放り込んでいた連中だ。
「……」
音を立てないように木の枝から飛び降りた。姿勢を低くしながら、夕闇に紛れて男たちの背後へと回り込む。彼らは浮ついた足取りで倒れた女冒険者へと歩み寄っている。
倒れた同業者を救助しようという態度ではない。むしろにやにやと彼女たちを見下すような気配がある。
「よぅ、お嬢ちゃんたち。こんな場所で寝っ転がってどうした? んん?」
「どっかケガでもしたのかい? それとも……、魔物から毒でも貰っちまったとか」
「あー、そいつぁいけねえなぁ! へへ、どれ、俺らがちっと介抱してやろうか」
下心丸出しの口調だ。わきわきと指を動かしながら男たちが女冒険者ににじり寄っていく。
その様子を冷めた目で見つめながら
「や……こな……で……」
横向きに倒れた女冒険者が弱々しく声を紡ぐ。傷を負っていなかったほうの娘だ。身体は動かないが意識はあるらしい。原因はほぼ間違いなく、先ほど飲んでしまった木箱の薬。そして『みんなの小箱』にそんな危険物を意図して放り込んでいたのは、おそらく……。
「そう警戒しなさんなって。ほれ、動けないなら薬を飲ませてやるぜ?」
「1本じゃ効きが悪かったのかもしれねえからな。
ちゃぽん、と若い方の男が懐から取り出した薬瓶を振ってみせた。
ほとんど自白みたいなものだな、と声には出さずに呆れながら、静かに男たちとの距離を詰め、そのまま中年男の皮鎧の隙間へと短刀を滑らせた。
深く切り裂く必要はない。浅く、しかし素早く、男の肉に一筋の傷を作る。
「いッ、てぇ!」
「あん? どうした?」
「いや、今、なにか……が……?」
「お、おい! どうした!?」
ふらりとよろめいた中年の男がどさりと草地に倒れ伏す。刃先に塗った眠り薬が効いたようだ。
もうひとりの若い男が慌てた様子で周囲をキョロキョロと警戒するが、そのときにはこちらはすでに彼の死角へと潜り込んでいた。異常に気付いた男が腰の長剣を抜くより早く、背後から彼の膝を蹴りつける。「あっ」と膝立ちに体勢を崩した男の首に腕を回し、短剣を喉元へと突き付けた。
「そのまま動くな。剣から手を放し、薬を地面に落とせ」
「て、てめえ……、いきなりなにを……」
「二度は言わない」
「……くそが……」
男の手から剣と薬瓶が地面に落ちる。
もちろん、それだけで気を緩める道理もないが。
「手慣れていたな。これで何度目だ?」
「……なんのことだよ」
「衛兵隊に通報があった。確認されただけでも、これが3件目だ」
「…………」
沈黙は雄弁だ。『みんなの小箱』を悪用して女冒険者に暴行が加えられるという事件は、数週間前からマギニアの衛兵隊に通報されていた。明確に報告があったのはこれまで2件だけだが、被害に遭った女性が言い出せなかったり泣き寝入りの状態になっているものもあるのでは、というのが衛兵たちの見解だ。
自分のような対人戦闘の経験者に木箱の観察などという依頼が回ってくるのも、そういう経緯があってのことらしい。当然、こういう
「……てめえ、衛兵か? 街の衛兵は迷宮の探索で手一杯じゃなかったのかよ」
「そうだな。だからこそ、俺のような冒険者にまで仕事が回って来たわけだが」
「ま、待て! 同じ冒険者? だ、だったらよ、この女はてめえにやるから、俺らのことは……」
「笑えもしない話だ」
首筋から僅かに刃先をずらし、男の鎖骨のあたりを切りつける。
男はなおも何かを言い募ろうとしていたが、数秒もすると力が抜け始め、30秒と経たずに地面に沈みこんだ。弛緩したその身体を肩に担ぎ、最初に眠った中年男の上で横にする。そうして折り重なった二人組の男の上に『みんなの小箱』の中に残っていた怪しい薬を置いてから、俺は赤く染まった『アリアドネの糸』を彼らに握らせた。
数秒の間を置いて独特の起動音がした後、男たちの姿が迷宮から掻き消える。
アリアドネの糸は使用者を迷宮から拠点へと移動させる魔法のアイテムだ。あまり知られていないが、その帰還先は糸の製作時にある程度調整することができる。
マギニアの各商店で一般に流通しているアリアドネの糸とは違い、先ほど男たちに持たせたのは使用者を衛兵隊の屯所へ直行させるよう設定がされている。依頼に際して仲介者から預けられていたものだ。大本の出どころはおそらく衛兵隊だろう。証拠となる薬品もセットで送ったのだから、あとの始末は衛兵隊に任せていいはずだ。
「残る問題は……」
俺は短剣を鞘に納め、倒れたままの女性たちに駆け寄った。
一部始終を目にしていたのだろう。先ほど男たちに脅されていた女冒険者は驚きとも混乱ともつかない色を瞳に浮かべている。もうひとりのほうはうつ伏せになっていて表情は見えない。どちらもまだ身体を動かすことはできないようだ。
「大丈夫か?」
「……ぁ、……ぃ……」
ひとまず近い方の女性を助け起こす。
膝をついて上体を抱え起こすと、その羽のような軽さに驚いた。顔立ちはあどけなさの残る少女のものだが、どことなく気品が漂っている。流れるような金の髪には銀細工のティアラ。急所を守る部分鎧を装備しているが、その下に纏っているのは仕立ての良い白のドレスだ。
貴族、いや、王族の血に連なる者だろうか。南海出身の冒険者には貴い血を力の源泉とするプリンセス(あるいはプリンス)というクラスの者がいるとも聞いたことがある。
「少し我慢してくれ」
「ぇ……あえ……ぅ」
横抱きにした彼女の首を支え、唇を押し開き、小さな口の中に指を入れた。
手探りで舌を探し、軽く摘まんで唾液を分泌させる。
「ぁ……ふぁ……」
「よし、いい子だ」
舌裏に溜まった唾液を指先で掬い、目の前に持ち上げた。
色と粘性をよく確認し、においを嗅ぐ。軽く舐めてもみると、舌先に微かな刺激があった。
「……盛られたのは麻痺毒だな。このタイプなら手持ちの薬で解毒できる」
「ぅ……ぅ……」
「ほら、これだ。飲ませるから、咽ないように気をつけろ」
鞄から小さな薬瓶を取り出して蓋を開ける。ほっそりとした少女の顎を摘まんで口を開かせると、彼女の頬がさっと朱に染まった。赤子をあやすように彼女の頭を抱えたまま、瓶の中身をゆっくりと時間を掛けて飲ませていく。
「んぅ……こく……ん……」
「これで終わりだ。よく頑張ったな。効いてくるまで少し時間が掛かる。あっちの仲間を見てくるから、横になってしばらく待っててくれ」
「は……けほ、けほ……」
「無理に返事をしなくていい」
プリンセスの少女を草地に寝かせ、もうひとりの女へと駆け寄った。
こちらは銀髪のショートボブで、見るからに重そうな鎧を身に着けている。年齢はプリンセスの娘より少し上だろうか。近くに落ちている装備を見るに得物は盾と槍。確かファランクスというクラスの基本装備がこの二種だったはず。プリンセスと同じく南海の海都にルーツを持つクラスだ。
「こっちは……ああ、使われたのは睡眠薬か。彼女とは別の薬を飲んだのか」
「……すぅ……すぅ……」
「傷はあるけど深くはない。無理に起こすよりこのまま治療院に連れて行くほうがいいな」
どうやら命に別状はないようだ。さすがに少しは安堵する。
ひとまず目立った傷に
足音に気づいたのか、ぐったりとしながらも彼女は上半身を起き上がらせた。地面についた両手の肘がふるふると震えている。多少はマシになったのかもしれないがまだ毒は抜けきっていないとわかる。
「あの子も大丈夫だ。まずは街に戻ろう。肩を貸すから、あっちの子のところへ」
「は、い……」
仲介者から依頼されたのは容疑者の確保までで、被害者の救助までは仕事の内に入っていない。
だからといって、この状況で彼女たちを放置してひとりで帰還するほど薄情ではないつもりだ。
足をふらつかせるプリンセスを支えながらファランクスの横にかがみこみ、彼女の身体に触れながら自前のアリアドネの糸を起動させる。
ぐるん、と奇妙な浮遊感が身体を包んだ。目の前の景色がぐにゃりと捩じれ、あっという間に別のものへと入れ替わる。
足元の感触も草地から煉瓦のものへと変わっていた。日が落ちた後の夜の闇にぽつりぽつりと都市の灯りが浮かんでいる。
マギニアの玄関口にあたる大きな広場だ。マギニアの冒険者の使用するアリアドネの糸はほとんどの場合この辺りが帰還ポイントに設定されている。
なにはともあれ、まずは怪我人……眠っているファランクスを治療院に放り込んだ。
立地上、帰還ポイントの広場の周辺には規模の大きい治療施設がいくつも存在している。当然ながら、怪我の治療も無料というわけではない。立て替えようかとも考えたが、プリンセスの少女が震える手で懐から財布を取り出してくれたので治療費はそこから払わせてもらった。
「君はどうする? 念のため治療を受けていくか?」
「い、いえ……。あ、ああ、あの! それより宿のほうへ……」
「わかった。送っていこう」
と言ったものの、小鹿のようにぷるぷると足を震わせる彼女を歩かせるのは気が引けた。
仕方がないので、許可をもらってから少女を背中におぶる。幸いなことに装備込みでもさほどの重さは感じなかった。元の体重が軽い上に、比較的軽装備だからだろう。
頭の後ろから聞こえる方向指示に従って、夜の街を歩いていく。ときたま彼女が恥ずかしそうに身をよじるのだが、落っことしそうになるのでできればじっとしていてもらいたい。
彼女が拠点としている宿は広場からそう遠くは離れていない場所にあった。
建物に入り、応対に出た宿の人間に背中のプリンセスの顔を見せ、それから彼女の部屋へ向かう。……そういえば、隠れ身の外套を羽織ったままだったか。さきほど宿の人間が不思議そうな表情をしていたのはおそらくそのせいだろう。外套の効果でこちらの顔の印象があやふやになっていたのだ。
「さ、ついたぞ」
2階の客室は雰囲気の良い二人部屋だった。バルコニーに繋がる大きな窓が目を引く。壁際には整えられたベッドが二つ。察するにあのファランクスとの相部屋なのだろう。
少女をベッドに降ろす。麻痺毒もだいぶ抜けてきたらしい。彼女はベッドのふちにちょこんと座ると、もじもじと膝をすり合わせながらこちらを見上げてきた。
「あ、ありがとうございます。危ないところを助けていただいた上に、部屋にまで送っていただいて。本当に、なんとお礼を申し上げたものか……」
「いや、気にしないでくれ。こちらも仕事だった」
「ですが」と腰を浮かせた彼女を手のひらで制する。あまりに畏まられると逆に居心地が悪い。
それに、女性の部屋に長居するのもあまりよろしくないだろう。ぐずぐずしていないでさっさと退散したほうがいいに違いない。俺は「それではな」と片手を挙げ、彼女に別れを告げる。
くるりと彼女に背を向け、部屋の出口へと向かう。
三歩進んだところで「待ってください!」と少女の声が追いかけてきた。
立ち止まると、ぽふんと背中に衝撃。振り返ればベッドから飛び出した少女が背中に縋り付いている。相変わらず足が震えているようだし、こちらの服を掴む指の力も弱々しい。
「お願い、待ってください……」
「無理をしないほうがいい。毒だってまだ抜けきっていないだろうに」
「毒……。……は、はい、そうなのです。私、毒のせいで、あの……こ、こんな風で!」
いきなりのことだった。
勢い込んだ少女に手首を掴まれ、そのまま手のひらを彼女の胸へと導かれた。布一枚を隔てて、柔らかな感触が指に伝わってきている。
……これはいったい、どういう意図によるのものだ?
「あ、こ、これではわかりませんよね! えと、えと、では、し、失礼します!」
「は?」
思わず呆けた声が漏れてしまった。
少女は掴んだこちらの腕を、襟元を通して自分の服の中に入れさせたのだ。
服越しよりもいっそう生々しい柔肌の感触が指に触れている。服の上から抱きしめるように固定された手のひらには、いっそ痛々しいほどに早い彼女の鼓動が伝わってきていた。
「こ、こんなに心臓がどきどきしてて! や、やっぱり毒のせいですよね、これも!」
「おい、ちょっと……」
「それから! こここ、こちらも……こうなっていてッ!」
ぐるぐると混濁した目のプリンセスは、勢いよく胸元から腕を引っこ抜き、こんどはスカートの中へとこちらの腕を引きずり込んだ。ぴたりと触れたショーツからは、はっきりと湿った感触が伝わってきた。
……使われたのは麻痺毒で興奮剤やら媚薬やらは混入されてなかったと思うんだけどな、と軽く現実逃避。熱っぽく瞳を潤ませた少女は、今やもぞもぞと股の間でこちらの腕を挟み込んでいる。
「ですから、その、どうか治療を……」
「治療?」
「はい……。私の熱を、どうか鎮めてくださいませ……」
……さて。
冷静に対処するのであれば、まずは少女を落ち着かせるべきなのだろう。
あるいはもっと利口な人間ならば、面倒を避けてとっくに部屋から逃げ出しているはずだ。
つまり、自分は冷静でも利口でもなかったというわけだ。
「……言っておくが、治療を言い訳にするつもりはないからな」
「ぁ……」
少女の肩を軽く抱き、ベッドの上へと押し倒した。
そのままスカートをたくし上げ、ショーツの上から秘裂を愛撫する。
彼女の甘い啼き声を聞きながら、滑らかな金の髪を指で梳いていく。
濡れやすい体質なのだろうか。秘所をなぞる指はいよいよ水気を帯びてきている。
髪を梳いた手で耳や頬を撫でていると、次第に少女の表情がとろりと蕩けてきた。
甘い吐息には切なさそうな色が混じってきている。
「脱がせるぞ」
「はい……、どうぞ、脱がせてくださいまし……」
いかにも高級そうな下着をぺろりとずり下げる。
露わになった恥丘は無毛だった。陰核がぷくりと充血しているのが目に入る。それを手のひらで転がしながら、指先で秘裂を直になぞる。
「ぅ、ぁ……あんっ……」
少女は小さく喘ぎながら身を捩じらせている。
幼さの残る顔が艶っぽく色づいている。清楚なドレスを着たままなのも逆に扇情的だった。
「可愛いな」
「……ッ、ッ~~♡」
耳元でそう囁くと、少女が首に抱き着いてきた。
表情は見えなくなったが、頬と頬とが触れ合っている。互いの息が耳に触れている。近づいた声が直接耳朶を叩いている。
「キティ、です……」
「うん?」
「名前……ぁん……、キティと呼んでくださいませ……」
「フクロウだ」
首に絡んだ腕に力が籠った。
肩が触れ合い、肌が密着する。互いにじんわりと汗をかいていた。ズボンの中で自分の分身が固くなっているのを自覚する。
「フクロウさま、フクロウさま……ッ、キティは、もう……ッ!」
「っ、キティ?」
キティの顔が強く押し付けられ、次いで肩口に軽い痛みが走った。
歯を立てられている。はぐはぐと甘噛みされながら、零れた唾が肩を伝っていくのを感じる。
噛み癖? しかし、不快ではない。むしろ気持ちが昂った。
受け入れるように彼女の頭を腕で掴み、噛みついている肩にむしろ強く押し付けてやる。
「う……ふぅー! ふぅー……」
「いやか?」
「ん、んぐ、ぅ……ぅぅ」
彼女は噛みついたままふるふると小さく首を振った。
愛撫を続けた秘所はますます潤んでいる。噛んで興奮する性質なのだろうか。
つぷり、と指先を秘裂に差し入れると、大袈裟なくらい少女の身体が反応した。
そのまま丹念に彼女の入り口をほぐしていく。指先を動かすたびに、唾液が彼女の口から漏れ、肩には熱い鼻息が掛かってくる。
「んぅ……ぷはっ……はぁ……フクロウ、さま……ぁ」
耳元に陶然としたキティの喘ぎ声が響く。
彼女の限界が近いことを感じ取り指の動きを変化させる。繊細なガラス細工を扱うように優しく、けれども確実に彼女を高みへと押し上げるように。
肩に再び甘噛みの感触。ぎゅっと彼女の指に力が入り、その直後、ひときわ大きく細い腰が浮かび上がった。
「ん、ぁあああッ!」
エクスタシーの声が鼓膜に響いた。
キティは二、三度身体を痙攣させ、ふっと糸が切れたようにベッドに横たわった。こちらの首に絡んでいた腕も今は外れている。前髪が汗でぺたりと額にくっついていたので、軽く整えてやる。
そうしてから、俺は気づいてしまった。
「……すぅ……」
「眠った……のか」
ちょうどベルトを外して、いきり立った分身を解放しようとする寸前だった。
ついさっき絶頂に至った少女は、今やすやすやとシーツに身体を委ねて寝息を立てていたのだ。寝顔はとても穏やかで、妖艶さとは無縁の安らぎが浮かんでいる。
いや、まぁ、わからない話ではない。
迷宮探索はただでさえ心身に負担が大きい。仲間が傷を負うような状況に追い込まれたのであればなおさらだ。ましてや犯罪者まがいの冒険者から襲われそうになり、怪しいクスリまで飲んでしまったともなれば、疲労はとっくにピークに達していたとしてもおかしくはない。
そんな状況で性的にもハッスルしたとなれば、そのまま眠りについてしまうのもやむなしといったところだろう。
「理屈ではわかる。わかる、のだけど……」
ズボンの息子がまだ固さを保っていることが、なんだか妙に虚しくなってきた。
沈黙。そしてため息。
眠りについたキティの顔を覗き込み、その可愛らしさを再認識して、もう一度ため息。
「はぁ……」
ため息三回で気持ちの整理がついた。
さすがに寝込みを襲うほどケモノではない。……と自分を信じてやりたい。
身体を冷やさないようにキティに布団を掛けてやり、少し考えてサイドテーブルにメモを残した。
起きたら念のため身体の具合を確かめること。
異常を感じたなら必ず治療院に行くこと。
治療院に預けた仲間と合流して、今後の冒険についてよく話し合うこと。
襲ってきた相手は衛兵隊が確保しているはずなので、どさくさに紛れて盗られたものがありそうならそちらを訪ねること。
「こんなところか」
お節介が過ぎるかもしれないが、何も残さずに黙って消えるよりはマシだろう。
命を懸けて迷宮に挑む冒険者にとって、一夜の逢瀬は別に珍しいものでもない。縁があればまた会うこともあるかもしれないが、彼女か自分か、どちらか片方が明日にでも迷宮の露と消えてしまってもおかしくはないのだ。いや、片方どころか、双方がこの世の住人ではなくなることだって十分にありえる。
「だから、引き摺ってもいいことはないぞ」
最後にキティの頭を軽く撫でてやり、彼女の部屋をあとにした。
案外、寝て起きて頭が冷えれば、彼女のほうも犬に噛まれたようなものとアッサリ忘れてくれるかもな、なんて考えながら。
さて、視点はフクロウを離れ、その翌日のことである。
キティの目の前ではファランクスの護衛騎士が膝をついて深く頭を下げていた。
パーティの拠点である宿屋の一室である。乱れていたシーツは宿の従業員に回収されているので、昨夜の痕跡は(キティの目に映る限りは)なにも残っていない。
「姫様、
「いいえ、昨日の件、貴女に責任があるとは思っていません。そもそも貴女が傷を負ったのは魔物の不意打ちから私を庇ったからではないですか。その後、木箱の回復薬を使おうとしたのも私の判断です。貴女はむしろよくやってくれたのだと思いますよ」
「しかし、姫様……」
「しかしもかかしもありません! ……もう、頭を上げてよ。確かに危ないところだったけれど、こうして無事に帰ってこれたのだから。そんなこの世の終わりみたいな顔はやめてってば」
「姫様、口調が……」
「二人きりなのだから、構わないでしょう? 幼馴染の前でくらい、ちょっとは肩の力を抜かせてほしいわ」
そう言ってキティが頬を膨らませると、護衛のファランクスは困り顔で頷いた。
プリンセスといっても、吹けば飛ぶような弱小国家の木っ端王家の血筋である。幼馴染で親友のファランクスは忠誠を誓ってくれているが、実際のところそんなに偉ぶれる立場でもない。
むしろ、そんな王家に嫁いでくれる人がいるのかも怪しいところで、キティがマギニアによるレムリア探索に名乗りを挙げたのも、古代文明の財宝による国家財政一発逆転と優秀な冒険者からの婿取りを狙ってのことだった。
そう、婿取り。旦那探しだ。
「それにね、災い転じてなんとやら、悪いことばかりじゃなかったんだから」
「そうなのですか? 私には思い当たる節がありませんが……」
「あなたが睡眠薬でぐっすり眠っている間のことだからね」
思い出しただけでもキティの頬が緩む。
一目ぼれ? それとも吊り橋効果? あるいは本当に毒のせい?
なんだっていい。あれっきりでお別れだなんて、絶対に認めてやるものか。
もう一度あの人に会って、昨日の続きを、本物の契りを最後まで結ぶのだ。
「ふふふ、待っていてくださいね。フクロウさま、私の騎士様……ふふふ……」
「え、あの、誰ですかそれ。というか姫様の騎士は私のポジションでは、って姫様? 姫様!?」
護衛のファランクスにがくがくと肩を掴まれながら、キティは桃色の未来に思いを馳せる。
彼女がフクロウの所属するギルドを突き止める日は、そう遠くない。
フクロウ
灰色の髪・赤コートのナイトシーカー。
無口な仕事人で、【投刃】スキルによる状態異常の付与を担当する。
パーティ構成の都合で前衛に立つことが多いが、防御能力は怪しいところがある。盲目の付与に失敗したりハイドクロークが剝がれるとかなり危険。
クールで無口で性欲が薄そうな雰囲気だが、実のところ手が早かったりする。
みんなの小箱
碧照ノ樹海に置いてある木箱。
なにかしらアイテムを入れておくと、次の日に別のアイテムが返って来るというミニイベントが発生する。
冒険者の善意と互助精神が垣間見える仕組みだが、それはそれとして絶対に悪用しようとするヤツもいるだろうね、という妄想。