※この作品はR-18です。

クローバーは爛れてる   作:コモヤモ

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ツグミは獣王の夢を見る(敗北、オナニー)

 油断なんてどこにもなかった。

 準備には万全を期した。武器と防具を高性能なものに更新し、消耗品も十分な量を確保した。

 強敵を前にしても誰一人逃げ出すものはいなかった。堅牢な盾の守りを中心に陣形を組み、あらゆる手段で敵の行動を妨害して、そうして生まれたほんの小さな隙に息を合わせて全力の攻撃を叩きつけた。

 

 ――けれども、そんな私たちの努力はまったくの無意味だった。

 

 ケルヌンノス。

 碧照ノ樹海の支配者。

 筋骨隆々たる二本の脚で仁王立ちする有角の魔物。

 

 身の丈2mを優に超えるその魔物の剛腕の一振りで、私たちのパーティはあっけなく壊滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぐ、うぁ……がほ……」

 

 全身が痛い。骨が何本も折れている。息をするだけでも痺れと激痛が走り、咳き込めば血の混じった吐瀉物が口からこぼれてくる。

 頭では立ち上がろうとしているのに指の一本も動かない。目を開け続けようとするのも苦しい。視界の四隅からじわじわと侵食してくる暗闇がとにかく恐ろしかった。

 

「ブォオオーォォッ!」

「ひっ……ぃ……」

 

 見えない場所で魔物が吼える。圧倒的な強者の雄たけびが私の精神をすり潰していく。

 怖い。怖い。怖い……!

 反抗の意思が萎える。逃走の気力さえ砕ける。だからなにもできない。ただ震え、縮こまり、激しい痛みに全身の感覚を塗りつぶされながら血濡れの大地に倒れ続けるだけ。

 あまりの恐怖に目を塞いでしまった。けれどそうしたら、今度は何も見えない暗闇が恐ろしくてたまらなくなった。真っ暗闇の世界で血の匂いと魔物の咆哮ばかりが私の中に届いてくる。がくがくと惨めに震えながら、それでも臆病な私は目を開けて現実を見ることができずにいる。

 

「フゥゥウウ……」

「ぁ、ぁ」

 

 地面が揺れる。魔物の足音がする。近づいてきてる。鼻息まで聞こえてきた。

 逃げないと、と頭の中に一瞬だけ浮かんだ思考は、恐怖に絡めとられてすぐに砕け散った。

 足音が私のすぐそばで止まる。倒れた頭のすぐ横の地面が、魔物の体重で沈み込むのを感じた。

 荒々しい呼吸が聞こえる。見えてもいないのに、見られているとはっきりわかる。ケルヌンノスの残酷な視線が私の心を鎖で縛り付けていく。

 

「グルォォオオオーォォ!」

「あぎ!? ぐ、あぁあっ!」

 

 そんな甘ったれた恐怖は耐え難い痛みで塗りつぶされた。

 魔物の指が私の頭を掴み、鉄の万力みたいに締め付けながら宙へと吊り上げる。あっという間に地面から足が離れた。傷だらけの手足はろくに動かず、ただぷらぷらと揺れるだけ。

 

 猛烈な獣臭が鼻の奥まで突き抜ける。反射的に目を開けてしまい、すぐに後悔した。

 ケルヌンノスの顔がすぐ目の前にある。人間のものとは明らかに違う本能と衝動に染まった瞳が私の顔をじっと覗き込んでいる。魔物の瞳からは何の感情も読み取れない。ただ荒々しい暴力の気配を感じるだけ。

 頭を掴まれたまま怯える私に向けて、ケルヌンノスがもう片方の腕の爪を振り上げた。「ひっ」と喉を引き攣らせた私を嘲笑うかのように、魔物の爪がじわじわと迫ってくる。

 

 殺される。

 その予想に反して、魔物の爪は私を切り裂く直前で向きを変えた。

 鋭利な爪先が私の服に引っ掛かり、星(・)読(・)み(・)の(・)ロ(・)ー(・)ブ(・)をずたずたに引き裂いていく。

 ぼろきれになった布地がはらはらと地面に落ちていく。剝き出しになった素肌を冷たい風が吹き抜けた。

 

「な、なん――ッ、ぐ、ぅ……う、ぐ、ぁ……」

 

 私の疑問と混乱に対して、ケルヌンノスは暴力で応えた。

 丸太よりも太い腕が私の首に巻き付き、背後からぎちぎちと締め上げてくる。

 気道が潰れる。呼吸ができない。意識が遠ざかる。

 

 おちる。

 

 そう思った直後、僅かに腕の締め上げが緩んだ。

 細い、細い、蜘蛛の糸。無意識の本能が酸素を求めて、必死になって肺を動かす。

 

「が、ごほ、ごほっ、ぁ……う、ぁああっ!」

 

 苦しい。ただそれだけが頭の中を埋め尽くしている。

 涙と鼻水と涎とで私の顔はぐしゃぐしゃになっている。頭は魔物にがっちりと固定され、首から下は太すぎる魔物の腕に遮られてほとんど見ることもできない。けれど、涙と痛みとで歪んだ視界の下のほうから、赤黒くて大きな何かがせり上がって来るのが見えた。

 

 私の腕よりも太くて、肘よりも長い、固くいきりたった肉の杭。

 火傷しそうなほど熱く、白い湯気をまとい、むせるような獣臭を放つ欲望の具現。

 それは、ケルヌンノスの長大な陰茎だった。

 

「う、そ……」

 

 勃起したそれがぴたりと腹にあてがわれる。

 長い。股下からお腹を突き抜けるどころか心臓にまで届いてしまいそうだ。

 その凶器のような肉棒が、前準備とばかりに私の腹に擦り付けられている。

 先端からだらだらと粘ついた先走りが溢れてくる。首の後ろに吐きかけられる獣の吐息が生々しく熱く湿ったものになっていく。

 

「い、いや……そんなの、死んじゃう……っ」

 

 半狂乱になって私は叫んだ。

 相変わらず体は全然動かない。それでも必死になって悪魔の拘束から逃れようと身を捩った。

 ケルヌンノスはその微かな抵抗を愉しむように肉棒の動きを加速させている。

 耳元で悦びの咆哮が響いた。耳を塞ぐこともできず、鼓膜の奥さえもが獣の欲望に犯される。

 

「誰かっ、う、ごほ、ぅ……誰か、助け――」

 

 救いを求めるその言葉を私は最後まで紡ぐことはできなかった。

 ケルヌンノスに身体を持ち上げられている私は、最後の戦場となった碧照ノ樹海の最深部の大広間に、パーティの仲間たちが血まみれで倒れ伏しているのをはっきり直視してしまった。

 探索でリーダー格だったレンジャーも、カナリアも、ヒナも、ヒバリも、フクロウも……。

 5(・)人(・)の(・)仲(・)間(・)た(・)ち(・)はもはやぴくりとも動かず迷宮の地面に転がっている。

 

(……5、人?)

 

 インクの染みのような疑問が頭の片隅に浮かんだ。

 なにかがおかしい。けれど、その疑問に答えを見つける間もなく、ケルヌンノスがいきり立った怒張を股間に押し当ててくる。ぬるぬるとした先走りが閉じ切った秘裂にぐりぐりと塗りつけられる。興奮した怪物の吐息が唾液を伴って頭から降ってくる。魔物の巨根に対して狭すぎる膣口に狙いを定めて、私の身体ががっちりと固定された。

 

「ブルルルゥ……!」

「う、ぐ……かはっ……」

 

 5人――。

 そうだ。碧照ノ樹海の探索に向かったのは5人編成のパーティだ。

 私のギルド、クローバーの仲間たち……。今、その全員が私の視界に映っている。

 

(だとしたら、私は……誰?)

 

 樹海が震える。ケルヌンノスが吼えた。

 絞められた首ごと、私の身体が肉杭に振り下ろされる。

 声にならない絶叫が私の喉からほとばしった。

 みちみちと音を立てて巨根が膣を押し広げていく。身体が真っ二つに裂かれたかのような絶望的な痛みが脳を焼き尽くす。

 

 私の意識はそこでぷつりと断絶した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ、はっ、は……っ……」

 

 がたん、と座っている椅子の足が大きな音を立てた。

 その突然の音が暗闇に沈んでいた私の意識を引っ張り上げる。私は閉じていた目を大きく見開くと、喘ぐように荒い呼吸を何度も繰り返した。それ以外のことはなにもできない。私は怯えるように椅子の上で縮こまっている。

 

「……こ、こは……」

 

 どれくらいそうしていただろうか。

 ようやく呼吸を落ち着けた私は、そこではじめて周囲の状況に意識を向けることができた。

 木造りの落ち付いた部屋。見慣れた家具。テーブルに置かれた天球儀……。

 室内は暖かなランプの灯りで照らされていて、窓の外には満天の星空が広がっている。

 

「私の、部屋……」

 

 へたりと全身から力が抜けた。背もたれに体重を預けながら、天井を仰いで額に手を当てる。

 マギニアの一角にある冒険者の宿、『湖の貴婦人亭』の一室だ。飛行都市でメンバーを集めてギルドを結成した後、私の寝室兼仕事部屋として長期宿泊の契約したものだ。

 

 ……私。

 そうだ、私は……、

 

「私は……ツグミ。ゾディアックのツグミ。今の肩書は、クローバーのギルドマスター」

 

 そう口に出してみたことで、ようやく地面に足が着いた気がした。

 身体の奥の澱みを追い出すように、思いっきり長い溜息を吐き出した。それでも頭の奥には鉛が埋まったような重さが残っている。全身に倦怠感があって、思考がうまくまとまらない。

 

 なにもかも、さっき『観測』してしまった体験のせいだ。

 

「はぁ。顔でも洗ってこようかしら。……って、あれ?」

 

 鬱々とした気分を振り切ろうと椅子から立ち上がろうとして、私はお尻に違和感を覚えた。

 もぞもぞと太ももを動かしてみると、股の辺りに生暖かい水気があることに気づく。

 その事実がどういう意味を持つのか。頭の回転が停止すること数秒、私の頭は一気に沸騰した。

 

「~~最っ悪!」

 

 顔を真っ赤にしながら椅子を蹴って立ち上がった。

 前屈みになりながら急いで部屋の鍵が掛かっていることを確かめ、続けて窓のカーテンを一気に閉め切った。ベッドの上に飛び込み、頭から布団を引っ被る。即席のテントの中でローブの裾に手を差し入れ、ほんのりと体温の残る下着を半ばヤケクソ気味に剥ぎ取った。

 布団の口から亀のように顔を出し、脱いだ下着をまじまじと見つめる。クロッチのあたりがあからさまに濡れていた。あまりの恥ずかしさに悶絶しながら、私は脱ぎ捨てた下着を部屋の隅の洗濯籠へと投げ込んだ。

 

「あ、ああ……こ、この歳になって、お、おお、おもらしだなんて……」

 

 私は再び布団をかぶってカタツムリになる。暗闇の中で身体を丸めて、気持ちが落ち着くのをじっと待つ。それが子供のころから変わらない癖だった。

 下着を脱いだ股間がすーすーする。その違和感があるからか、動揺は思ったより早く収まった。粗相の理由が明らかなことも一因だろう。どう考えたってあの悪夢めいた体験のせいに違いない。

 

「うぅ、忌々しい……」

 

 布団の奥で歯ぎしりする。

 なぜ、あんな体験を幻視してしまったのか。原因は明白だ。私が『星』を見すぎたせいだろう。そうでなければ、あれほどリアルな『可能性』を見てしまうなど普通はありえない。

 

 ――星を見る者。ゾディアックとは、天空の元素・エーテルを扱う者たちを示す名だ。

 星読みの里に生まれた私は、幼いころからごくごく自然にその技を学ぶことになった。

 星々の運行を知り、天空のエーテルを触媒として、星術という化学を起こす。その技術の美しさと奥深さに私はすぐさま夢中になった。

 

 けれども、熱意とは裏腹に、私には才能が欠けていた。

 同年代の術師たちが炎を操り、氷を生み出し、雷を呼び寄せる技術を習得するころになっても、私は基礎的な星術すら満足に扱えない有様だった。

 子供の失敗を微笑ましく見守っていた周囲の視線は、時が経つにつれて失望に代わっていった。年の近い術師からは露骨に見下され、くだらない悪戯のターゲットにされることもしょっちゅうのことだった。

 

 それでも唯一、私が誇れたのは『星体観測』の技術だった。

 星の運行を正確に把握して、細かく丁寧に記録をつけること。その一点については、私は里の誰よりも美しい仕事ができていたと自負している。

 けれど、大多数のゾディアックにとって、星の動きを知ることは天空のエーテルを集めるための手段に他ならない。いくら精緻な星図を作れてもエーテルをまともに扱うことができないようでは、その技術も宝の持ち腐れとしか評価されなかった。

 

 鬱屈とした日々を過ごしていた私は、ある日、衝動的に星読みの里を飛び出した。

 それからというもの、私はあてもなく土地から土地へと渡り歩き、見知らぬ街で日銭を稼ぎながら、ひとつところに留まることなくずっと旅を続けてきた。

 辛いことはたくさんあったけれど後悔だけはしていない。あの閉鎖的でじめじめとした故郷で侮蔑の視線に囲まれて過ごすよりは、外の世界で前を向いて生きる方が何百倍もマシだった。

 ときには食うや食わずの生活が長く続くこともあったけれど、それでも愛用の観測道具と天球儀は手放さず、どんな土地でも夜になれば星空を見上げ、流れる星の動きを学び続けながら私は少しずつ大人になっていった。

 

 転機が訪れたのは突然だった。

 ある日の星空を観測していた私は、不意に『未来の星の輝き』を見たのだ。

 

 そのとき私がなにを見たのか、私自身も正確に理解しているわけではない。

 けれどもその日から、私は星体観測を行うことで『断片的な未来の可能性』をイメージとして受け取ることができるようになったのだ。

 

 はじめは戸惑ったものの、私はすぐにその能力に順応した。

 星の導きによって危険な魔物との遭遇を回避し、割のいい儲け話があればタイミングよく飛びつき、ときには失せ物探しや人探しに能力を応用することで、私はだんだんと自分の蓄えを増やしていくことができた。

 

 そうやってそこそこ安定して稼げる生活ができるようになったころ、私の心に欲が生まれた。

「私を馬鹿にしたやつらを見返してやりたい」なんていう、我ながら安っぽい、けれども暗く燃え上がるような欲求だった。

 

 一週間ほど悶々と悩んだ末に、私は冒険者として飛行都市に乗り込んだ。

 集められた数千人の冒険者たちの中で上手く立ち回るための算段はあった。

 私はすぐさまギルドの立ち上げを申請し、マギニア中の酒場を回って、輝く『星』を持つ冒険者たちをギルドの仲間としてスカウトしたのだ。

 私が観測できる未来は断片的で、しかも100%確定したものではない。けれど、クローバーの名のもとに集まった仲間たちは、誰もが勝利と成功の可能性をその身に宿していた。

 ギルドのマスターとして彼らを集めた私の次なる役割は、その『可能性』が現実となるように仲間たちを全力でサポートすることだった。

 

「今のところ、それで上手くやれているのよね」

 

 星術使いとしては半人前未満の私は戦闘ではまったくの役立たずだ。仲間たちと一緒に危険な迷宮の未踏破階層を探索することはできない。

 その代わり、私はギルドの設立者として、街での事務仕事や物資の補充といったギルド運営における雑多な仕事を一手に担っている。得意の未来予測により需要が多くなりそうな物資を早めに確保したりと、そんじょそこらのギルドとは一線を画すサポートを仲間には提供できているはずだ。

 

 その甲斐もあってか、我らがクローバーは新進気鋭のギルドとして快進撃を続けている。

 つい先日にも、仲間たちは第二迷宮こと碧照ノ樹海を最深部まで踏破し、迷宮の支配者であるケ(・)ル(・)ヌ(・)ン(・)ノ(・)ス(・)を(・)撃(・)破(・)す(・)る(・)という偉業を成し遂げていた。

 

「……それなのに、あんな『可能性』を観測するなんて」

 

 抱きかかえた枕に顔を押し付けて、私は深く溜息を吐いた。そもそも私がギルドの主力メンバーに同行して迷宮に入るということ自体がありえない。『あり得る未来』としてはかなり薄いラインのはず。だというのに、ギルドが世界樹の迷宮の攻略を始めてからというもの、この手の最(・)悪(・)の(・)未(・)来(・)を体験することが増えてきている。

 

「多分だけど、迷宮の危険度が高すぎるせいよね」

 

 星体観測で辿れる未来の道筋はどんどん複雑になってきている。ほんの些細な失敗がパーティの全滅に繋がるという光景をこれまで何度観測してしまったことか。そのたびに私は星の観測をやり直し、アイテムの備蓄を増やしてみたり酒場で手に入れた情報を仲間に伝えてみたりと、破滅を回避する方法をなんとか見つけてきた。

 

 けれどもその結果として、私が体感する『可能性』もどんどんリアルになってきている。

 それは未来を知ろうとする代償であり、ギルドのマスターである私が背負うべき問題なのだとは思うのだけど……。

 

「正直、きっついのよね……」

 

 ついさっき見た敗北の記憶を思い出し、私はぶるりと身を震わせた。

 今さらになって迷宮探索から降りようとは思わない。ギルドのメンバーは大切な仲間だし、彼らのためにできることはこれからも続けていきたいと思う。もちろん、里の連中を見返してやるという目標だって諦めるつもりはない。

 でも、ひとりになるとつい弱音が漏れてしまう。悪夢のようなを冒険の終わり(バッドエンド)を体験した直後ともなればなおさらだ。

 

「……だめね。今日はもう仕事に手が付かなそう」

 

 布団にくるまったまま私は疲れた吐息を漏らした。

 夜ももう遅いし、急ぎで仕上げなければいけない書類が残っているわけでもない。こういうときはさっさと寝てしまい、気分をリフレッシュするに限る。

 

「でも、身体を拭くくらいはしたほうがいいわよね。……下着も脱いだままだし」

 

 そうわかっているのに、なんとなく布団から出るのが億劫で、意味もなくもぞもぞとベッドの中で姿勢を変えてしまう。股間は相変わらず剝き出しですーすーと空気が当たっている。

 はしたない恰好をしているという後ろめたさを感じたが、同時に奇妙な解放感があった。そのせいだろうか、うだうだと寝転がって時間を潰しているうちに、私はなんだか変な気分になっていた。

 

「…………」

 

 口を一文字に結び、「不本意です」という表情を作りながら、私はベッドの下の空間に腕を伸ばした。横着にも布団をかぶったまま収納スペースから愛用のトランクを引っ張り出し、それをベッドの上まで持ち上げる。

 私はトランクを開けると雑多な中身を掻き分けて、一番奥のあたりにしまっておいた紙袋を取り出した。しわくちゃになったその紙袋を振ってみるとガサガサと音がした。ほんの僅かな躊躇のあと、私が袋をひっくり返すと、入っていた中身がゴトリとベッドの上に落ちてきた。

 

 長くて、固くて、反っていて、先端がキノコの傘みたいになっている。

 ぺたりとした不思議な素材でできていて、赤黒い色がグロテスクなそれは、まごうことなく、男根を模した張り型だった。

 目の前に鎮座するそれを見つめて、私はわざとらしく頬を引き攣らせてみせた。

 

「いやいや。ない。これはないって。なによ、『魔物素材を採用した至高の逸品』って。売り文句にしても怪しすぎでしょ。こんなものを買っちゃうだなんて、どう考えても気の迷いでしかないわ。まったく、あのときの私ったら何を考えてたのかしら。ほんと、いやになっちゃうわね」

 

 などと言いながらも、私の視線は張り型に釘付けになっている。

 マギニアの怪しい道具屋でこれを見つけたときもそうだった。ガラクタみたいなアンティークの山の中にひっそりと置かれていたこの張り型にどうしてか目が止まってしまったのだ。ぼんやりと男根を眺め、キョロキョロと周囲を見回し、こそこそと店主に買取を申し出たあの時のことを思い出すと今でも顔から火が出そうなほど恥ずかしい。

 

「だいたいね、これに本当に魔物の素材を使われてるかなんて、私にわかるわけが……」

 

 不満たらたらのフリをした口調は、後半になるとか細くなって消えていった。ランプの灯りに照らされた張り型は異様な存在感を放っている。そのむっとするような雄の気配に私は思い当たるものがあった。

 ついさっき幻視したケルヌンノスの陰茎だ。もちろん大きさや太さはだいぶ違う。確かに大きめなサイズの張り型だが、入れただけで死んでしまいそうな規格外のものではない。けれどもその赤黒い見た目や薄皮を思わせる独特の質感が、どうしてもあの魔物の怒張を連想させてくるのだ。

 

「……っ」

 

 知らず、ごくりと生唾を飲んでいた。

 シーツの上で横倒しになっている張り型にそろそろと手を伸ばす。両手で包み込むように根元を持った。太くて硬くて、ぺたりとした手触りがある。ばくばくと心臓が音を立てだした。

 

「……せ、せっかく買ったのに? 一度も使わないのは、失礼よね?」

 

 誰もいない部屋で私は自分に言い訳をしている。

 なんて情けない。そう思うのに、男根を握った指は張り付いたかのように離れない。

 頭の中を無意味な言い訳でいっぱいにしながら、私は張り型をローブの裾の下からお腹へと押し当てた。

 

「ん……ぅ……」

 

 おへその上のあたりに亀頭が触れる。肌に張り付くよな触感があった。

 トランクの奥で眠っていた張り型はひんやりと冷たくぞわぞわと背筋が震えてしまう。

 落ち着かない呼吸を繰り返しながら、私はお腹を擦るように張り型を上下に動かしていく。

 敏感な場所には触れてもいない。だというのにその単純な上下運動が、さきほど幻視したケルヌンノスの前戯を連想させて、私の情欲をどんどん昂らせていく。

 

「だめ……んっ……こんなの、おかしいってば……ぁ」

 

 いつの間にか私は四つん這いになって一心不乱に男根を動かしていた。

 口の端からは涎が垂れてきていて、真っ白なシーツに黒いシミを作っている。

 

 お腹を擦る男根はもう私の意思では止められなかった。

 ふと気が付くと、背後からなにかに圧し掛かられている錯覚があった。

 四つん這いのまま振り向けば、有角の魔物の異質な瞳がじっと私を見据えている。

 悲鳴をあげそうになった。

 ケルヌンノスだ。あの恐ろしい魔物が私を掴んで、思うがままに陰茎を擦り付けている。

 

「ちがっ……こんなの、ただの幻……よ……!」

 

 私は必死になって頭を振り、妄想の怪物を追い払おうとする。

 けれども張り型を握った私の両手はまるで止まる気配がなく、興奮した魔物の腰使いを自分のお腹に余さず伝えてきている。その感覚が私の中の現実と虚構の境目をぐちゃぐちゃに歪めていく。

 欲望で充血した魔物の瞳がすぐそこにある。聞こえないはずの咆哮が耳元で轟いた。

 私は完全に血が昇った頭で、馬鹿みたいに怯えながら張り型を動かし続けている。

 

「うぅ、なんで、なんで消えてくれないのよぉ……」

 

 ぽろぽろと涙をこぼしながら虚空に向かって懇願すると、魔物が愉しそうに口を吊り上げた。

 お腹の下で蠢いていた陰茎がふと姿を消し、次の瞬間、私の目の前に差し出された。

 仁王立ちしたケルヌンノスの股間が大写しになる。いきり立った怒張が私の頬にぐりぐりと押し付けられる。頭を掴まれ、逃がすことなく雄の臭いを刷り込まれる。

 

 幻だ。幻のはずだ。

 ここは宿屋の部屋で、張り型を握っているのは私自身だ。

 だから、こんな妄想相手に怯える必要なんて、どこにもない。

 その、はずなのに……!

 

「や、だぁ……お願いだから、消え……おごっ!?」

 

 五月蠅いとばかりに魔物の陰茎が私の口に串刺しにした。

 容赦なく突っ込まれた肉棒が口の中で激しく前後する。

 舌を蹂躙され、唾液をかき混ぜられ、喉奥までが犯される。

 

「ぐ、ぅぶ……ごぁ……が……じゅぶ……っ」

 

 苦しい。痛い。怖い。苦しい。苦しい。苦しい。

 魔物の腕が私の頭をがっちりと掴んでいる。私は呼吸もままならず、だらだらと涙と鼻水と涎を垂れ流しながら、無様に肉棒を咥えるしかない。

 そんな泥沼みたいな妄想に私は深く深く沈み込んでいく。もうどうやったって自分では抜け出せないくらいにどっぷりと脳の奥までが嵌まり込んでしまう。

 

「お…っ♡ぉっ、うぐ……っ……げほっ、がっ……はぁ、はぁ♡」

 

 ひときわ強く喉奥を突いた肉棒がずるりと口から零れ落ちた。

 私は脱力した頭をシーツに横たえて、何度も咳き込みながら必死に酸素を求めて呼吸する。虐め抜かれた喉がひゅうひゅうとか細く鳴った。

 靄がかかったように頭が重い。息を継ぐこと以外のなにも考えられない。

 けれど、ケルヌンノスが休ませてくれるはずもない。私が身動きできないことなどお構いなしに、魔物は勃起した逸物をついに私の股へと当てがった。

 唾液でどろどろになった肉棒が膣をこじ開けようと亀頭を擦り付けてくる。ぬるりとした肌触りと同時に甘く痺れるような快感が腰の下からせり上がって来る。

 

「ひっ…♡…だめ、だめなの……、そんなの挿れられたら、私、だめになっちゃう……♡」

 

 口ではそう言いながらも、私の腰は浅ましく動いてしまっている。

 自分の気持ち良いところを肉棒に押し付け、はやくはやくと腰を振って魔物を挑発してしまう。

 興奮した魔物の鼻息が聞こえてくる。情けなく前後していた腰が太い腕でがしりと掴まれた。背中にケルヌンノスの体重が掛かる。後背位の姿勢で膣口に狙いを定め、ケルヌンノスは一気に私に肉棒を突き刺した。

 

「お"、ごっ……♡……おお"……っ♡」

 

 ヴァギナを押し広げて異物が侵入してくる圧迫感にケダモノじみた声が漏れた。

 挿入された陰茎が膣の形を確かめるようにゆっくりと、しかし容赦なく奥へ奥へと突き刺さっていく。膣の中が擦れるたびにぞわぞわとした快感が背筋を穿ち、私は堪えきれずに甘い声を吐いてしまう。

 そのまま陰茎を根元まで押し込んだ魔物が、今度は最奥をいじめるようにぐりぐりと腰を動かし始める。その圧迫感と背徳感に私は悲鳴を上げた。

 

「ふか…っいぃ……♡…こ、れ……きもぢいいよ"ぉ♡♡」

 

 組み伏せたメス(私)の絶叫に呼応して、咆哮した魔物が激しく肉棒を動かした。

 獣のように四つん這いのままバックから乱暴に犯される。興奮しきったケルヌンノスが一心不乱に私に腰を打ち付けている。固くいきり立った陰茎が前後に抜き差しされるたびに、唾液と愛液とが混ざりあってぐちゅぐちゅといやらしい音を立てている。

 

 ……違う。そんなの嘘だ。

 魔物なんてここにはいない。へこへこと腰を振りながら張り型を気持ちのいいところに押し当てているのも、両手で掴んだ張り型をぐりぐりと膣壁に擦り付けて涙を流しながら悦んでいるのも……私自身だ。そんなこと、本当はとっくにわかってる。

 

 なんて惨めで、なんて浅ましくて、なんて滑稽で……、

 でも、それを意識するほど、気持ちよくてたまらなくなってしまう。

 

「お"、お"……ごめ"ん"な"ざいぃ……♡ 私、本当はごんな変態な"ん"ですぅ♡」

 

 普段は心の奥にしまっている劣情を曝け出す。

 自分の言葉で自分を嬲って興奮してしまう。なんて救いようがないのだろう。

 張り型が深いところを続けざまに突く。快感が高まり、私を絶頂へと導こうとする。

 もっと、もっと気持ちよくなりたい。

 その一心で私は張り型をいっそう強く膣の奥へと打ち付ける。

 

「お"っ、お"っ♡ くる、きちゃう、あっ、あっ、きちゃうっ♡♡」

 

 涎をだらだらと垂れ流し、法悦の気配に震えながら、私の腕はスパートを掛ける。

 四つん這いのお尻が高く突き上げられ、一番気持ち良いところを張り型の目の前に差し出す。

 次の瞬間、私の奥の弱点が狙いすましたかのように張り型で抉られた。

 頭の奥で稲妻が弾けた。

 

「いっ、ぐぅぅううう――っ!!」

 

 視界が真っ白に染まった。

 背中がエビのように大きく反る。

 ぷしゃりと股間から潮が噴いた。

 ぴんと全身の手足が張り詰め、そこにじわじわと絶頂の余韻が押し寄せてくる。

 

「ぁ、は……ぁふぅ……♡」

 

 さざ波のような快楽の余韻に包まれて、全身がふにゃりと弛緩する。

 糸の切れた人形のようにシーツに倒れ伏すと、膣の中からずるりと張り型が零れ落ちた。張り型はベッドの上を転がり、ごとりと音を立てて床に落ちる。それを拾いに行く気力さえ、もはや私には残っていなかった。

 

「…………すご、かったわ……」

 

 四肢を脱力させたままそう口にするのが精いっぱいだった。

 全身がべたべただ。汗と唾と愛液とでベッドの上はひどいことになっている。

 でも、もう指一本動かせない。目は半分閉じている。意識が朦朧としてきた。僅かに開いた視界の四隅から心地良い眠りの闇が迫ってきている。

 

 もうだめだ。

 抵抗を諦めた私の意識は、あっという間に眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その翌日。

 ベッドメイクに来た宿の従業員の少女――ヴィヴィアンにベッドの惨状と転がった張り型を目撃され、私は死にたくなるほど後悔した。




ツグミ
 赤みがかった金髪のゾディアック。
 クローバーのメンバーを集めた張本人であり、現ギルドマスター。
 戦闘は不得手だが、【星体観測】を極めることで限定的な未来予知の能力を得ているため、ギルドのバックアップに八面六臂の活躍をしている。
 一見すると自信家を装っているが、実のところ内面はかなり倒錯している。

 身も蓋もないことを言えば、実プレイにおける採取パーティのエンカウント抑制役にして、本小説における敗北エッチシーンの導入役。

 素質:【自慰中毒】【妄想癖】【バッドエンド観測】

ケルヌンノス
 第二迷宮のボス。クロスカウンターを許すな。(1敗)
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