クローバーは爛れてる 作:コモヤモ
「受けるな、ヒバリ! 避けろっ!」
「っ、しま――っ!? 」
オオトリのとっつぁんが警告を叫んだとき、ボクの体はもう宙に浮いていた。
盾を持った腕が痺れる。目の前には真っ赤な皮膚のカバの魔物。アイツに突き飛ばされたのだ。
浮遊感は一瞬。撥ねられた体が放物線を描いて後ろのほうに落ちていく。受け身を取ろうとしたけれど、それより早く落下の衝撃がやってきた。
「……っ!? ごぼっ!」
予想していた地面の硬さではなかった。落下地点にあったのは、迷宮を流れる天然の水路だ。
呼吸しようとした喉に液体が流れ込んでくる。全身に針のような冷たさが突き刺さり、一瞬で身体がいつもの何倍にも重くなっていく。もがいても足が地面につかない。バランスを取ろうとした腕が水流に絡めとられて意図しない方向へと動いてしまう。
(くる、しい……)
視界が回転する。水の流れが速い。抵抗できずに押し流されていく。
目に見えるものすべてがぼやけている。それでも、水面の上に誰かの腕が見えた気がした。水の壁の向こうから誰かがなにかを叫んでいる。
直感する。水路に落ちたボクを引っ張り上げようと、パーティの仲間が手を伸ばしてくれているのだ。ボクは、その手に向かってなんとか腕を伸ばそうとして――、
「ヒバリッ!」
けれど、その手を掴むことができず、ひとり、水路の先へと流されていった。
第四迷宮、【垂水ノ樹海】は丈の低い草地とその間を流れる水路とで構成された迷宮だ。気候は穏やかで、色とりどりの花が咲き、爽やかな初夏のような風が吹き抜けている。
まるで絶好のピクニック・スポットにも見えるそのエリアで、ボクは周囲の光景を楽しむ余裕もなく、憔悴しながら迷宮の小道を歩いていた。
「……ダメだ、こっちも行き止まりだ」
立ち塞がる岩壁の前でボクは大きく息を吐いた。
身体が重い。疲労がかなり溜まってきている。けれど、ここで足を止めるわけにはいかない。
今来た道を引き返そうと振り返ったとき、小道のすぐそばを流れる水路に赤い背びれが見えた。
ボクは即座に盾を水路に向けて構える。次の瞬間、水路から肉食魚の魔物が飛び出してきた。
「しつ……こいなぁ!」
こちらの肉を齧り取ろうとする牙を盾を阻み、そのまま横殴りにして肉食魚を撃墜する。
地面に落ちた魔物が体勢を整えるより早く、右手の剣でエラのあたりを串刺しにした。
剣の柄を握る手に生々しい感触が伝わってくる。びちびちと痙攣する魔物が地面に真っ赤な血を撒き散らす。むせるような生臭さが周囲に広がった。血の臭いだ。
「はぁ、はぁ……。っ、はやく、移動しないと」
漂う鮮血の臭いに迷宮がざわつく気配があった。そう時間を置かずに血の臭いに引き寄せられた魔物たちがこの場所に殺到するに違いない。そいつらに囲まれてしまう前にこの場を離れないと。
仲間たちとはぐれてからというもの、ずっとこんな調子だった。
襲い来る魔物をなんとか撃退して、増援が現れる前に急いで移動する。落ち着いて周囲のマッピングを行う余裕すらない。おかげで自分がどういう道を通ってここまで来たのかすらわかっていない状況だ。
(やっぱり、かなり流されてる……よね)
額に浮かんだ汗を拭い、鉛のように重い足を動かす。
迷宮の水路からなんとか這い上がったとき、仲間の姿はどこにも見当たらなかった。自分がどのくらい流されてしまったのか正確にはわからない。けれど、途中で何度か滝のような落下を体感したように思う。となると、最悪、仲間たちとはぐれた階層とは別のフロアまで運ばれてしまっているのかもしれない。
もしそうなら、短時間で救援がやってくる可能性はかなり低いだろう。なにせ、はぐれた時点では、ボクらのパーティは下層に降りる階段もまだ見つけていなかったのだから。
「……だからって、諦めるもんか……!」
しっかりしろ、と絶望に染まりそうになる心を叱咤する。
クローバーの仲間たちだって、きっと諦めていない。残されたのが僅かな可能性だろうと、ボクを助けようと行動してくれているはず。それなのに肝心のボクが諦めちゃってどうするんだ。どんなに状況が絶望的でも、こうしてボクが生きている限り、まだ希望は残っているはずだ。
「せめて階段を見つけて上のフロアに戻れれば……!」
そう自分に言い聞かせながら、ボクはあてもなく迷宮をさまようしかなかった。
「ここは……」
どれくらい歩いただろう。いつしかボクは迷宮の中の広場にたどり着いていた。
広さはマギニアの練兵場くらい。地面は平坦だけど、ところどころが泥濘でぬかるみになっている。四方は壁に囲まれていて、奥の方に大きな扉が見えた。
静かな場所だった。鳥や虫の声さえ聞こえない。迷宮の魔物もこの広場には入ってこないようだ。
無意識に緊張で唾を飲み込んでいた。広場を満たす静けさには不気味な威圧感がある。
「…………行こう」
それでも、この場から引き返すという選択肢はなかった。ついさっき、この広場にたどり着く直前にも、襲ってきた魔物を返り討ちにしている。道を戻れば血の臭いに惹かれてやってきた別の魔物と鉢合わせる可能性が高い。
周囲を警戒しながら広場を進む。微かな風の音の他は自分の足音しか聞こえない。広場を半分ほど横断したところで乾いた地面が途切れた。その先はべたべたと水で湿った泥の地面が広がっている。
迂回するルートは見当たらない。ちょっと迷ったけれど、ボクはそのまま真っ直ぐ進むことを選んだ。泥濘に足を取られる不安はあるけれど、やっぱり、部屋の奥にある扉が気になったからだ。
もしかしたら、扉の先に上層へと繋がる階段があるかもしれない。その可能性をボクは捨てきれなかった。
「……っ、うへぇ……」
泥地に一歩踏み出す。靴の底が泥濘に沈み込んだ。べたつく感触にげんなりとした声が漏れる。
体重を掛けるとくるぶしまで足が沈み込んだ。それほど深い泥濘じゃない。滑らないように気を付けながらもう片方の足を泥の上に運ぶ。
続く三歩目を踏み出そうとして、ボクは違和感に気づいた。
「なんだ、これ……。ただの泥じゃない……?」
持ち上げようとした足が泥地に引っ張られるような感覚。まるで靴の裏が地面に貼りついたかのようだった。つんのめりそうになるのをこらえて、後ろ側の足に視線を向ける。泥に埋まっているのはやっぱりくるぶしまで。泥の深くまで嵌まってしまったわけじゃない。
身体のバランスを取り直して、もう一度足を持ち上げようとしてみた。今度はかなり強めに力を入れてみる。重たい抵抗を感じたけど、腿に力を籠め続けるとじわじわと靴の裏が泥から抜け出してきた。
金属製の装甲靴がゆっくりと持ち上がった。その靴底と泥濘との間に白く粘ついた糸が伸びる。
なにかの粘液だろうか? 見るからにベタベタしていて、しつこい粘り気がありそうだ。街で使われる虫取りの罠を連想する。粘液は泥濘に混ぜ込まれていて、外から見ただけでは気づけなかったみたいだ。
「ぐ、ぬぬぬぅ! おっ……もいし、きっ……ついなぁ、もう!」
このまま泥の上を進めば完全に身動きが取れなくなる。そう直感して、ボクは持ち上げた足を後方に避難させた。硬い地面の感触にほっと息を吐く。そのまますぐに残されたもう片方の足もどうにか泥濘から脱出させた。
たったの二歩でひどく体力を消耗してしまった。大きく呼吸を繰り返しながら、ぱたぱたとその場で足踏みする。靴底に泥がへばりついたままなのだ。けれど、粘り気のある泥の塊は何度足踏みをしてもしつこく靴底に残り続けている。これはひょっとすると、水か何かで洗い流さない限りずっとこのままになっちゃうかも。
「歩けないわけじゃないけど、うーん、やっぱり違和感が――――、っ!?」
肩を落としながら恨みがましい目で泥地に視線を向けて、ボクはぎょっとした。
広場の中央の泥地に二つの瞳が浮いている。赤一色の異様な瞳だ。間違っても人間のものではない。もっと異質で理解不能な感情を孕んだそれが、ボクをじっと見つめている。
お互いの視線がぶつかったことに気づいたのか、赤目の主はこちらを見据えたまま泥濘の底から這い出してきた。巨大で、けれども扁平な胴体が太陽の下に露わになる。
パッと見のフォルムは魚類。灰白色の鱗に全身が覆われている。異様なほどに巨大な口にはギザギザとした歯の列。頭部からはいかにも強靭なヒゲが長く伸びていて、胴体の下部には発達した硬質のヒレが見えた。特徴的なのが顎の左右に備わった円筒形の器官で、まるで砲塔のようにそれがボクを捉え続けている。
大きい。全身は平べったいが、大人三人分くらいは優に超えそうなサイズだ。泥濘から這い出てきたそいつは、奇妙なヒレを使って
「魔魚、シルルス……」
泥濘に潜んでいたナマズの魔物を目の当たりにして、ボクは無意識にその名を呟いていた。
第四迷宮の支配者と予想されている危険な魔物だ。まさかこんな場所で鉢合わせるなんて。
……いや、ひょっとしたら、この広場がヤツの巣なのかも。
(どうする……。相手は迷宮の支配者だ。ボクだけじゃアイツに勝てない。そんなことわかりきってる。だけど……くそっ……逃げる隙なんて……)
泥濘から離れるようにじりじりと後退すると、宙を泳ぐ魔魚がその距離の分だけ近づいてくる。魔物の真っ赤な瞳がボクを捉えて離さない。背中に冷たい汗が流れる。ゆらゆらと揺れるナマズのヒゲが鞭のようにこちらを狙っている。
背中を向けて逃げ出したい衝動に駆られる。でも、ダメだ。そんな無防備な姿を見逃すような相手じゃない。だけど、このまま後退を続けるには、広場の出口まではあまりに遠い。
「――――!」
「っ、こいつ!」
焦るばかりのボクを嘲笑うかのように、前触れもなくシルルスが動いた。
大きくしなった魔魚のヒゲが鋭く迫る。
咄嗟に盾を掲げて直撃を防ぐ。
感じた手応えは想像よりも軽い、けど、それ以上に鋭い。
直撃を避けて捌くので手一杯だ。
初撃と同時に魔魚がボクの側面に回り込んでくる。
悠々と宙を掻いた巨大なヒレが、勢いそのままに殴りかかってきた。
息を吸う間もなく、再び盾で受ける。
硬い金属が激突する音が響く。
ハンマーで殴られたような衝撃が盾から伝わってくる。
腕が痺れる。指先の感覚が怪しい。けれど、盾を下げるわけにはいかない。
「こ、のぉ!」
後ろに流れそうになる身体を踏ん張って、魔魚に向かって剣を突き出した。
渾身の刺突。狙いは真っ赤に染まる瞳。
その一撃が急所を抉る寸前、魔魚が煩わしそうに頭を振った。
狙いを逸らされた剣先が鱗に弾かれる。
硬い……!
まるで鉄を突いたような手応えだ。
当然、相手には傷ひとつついていない。
魔魚の身体が低い位置に沈み込む。
赤い瞳がボクを睨んだ。
悪寒。
魔魚のヒレが地面を掻く。
真正面。急加速。
跳ねるような突進が、構えた盾ごとボクをかち上げた。
「うぐ、ぁ……、つぅ……」
全身を襲った衝撃に息が詰まる。
着地もままならず、吹き飛ばされたボクは地面に尻もちをついてしまった。
だというのに、お尻に感じた痛みはそれほどでもない。
むしろ、地面に沈み込むように衝撃が逃げていったような……。
「っ! しまった!」
ハッとして視線を下に向けると、泥濘に沈み込んだ自分のお尻が見えた。
キュロット越しにぺったりと貼りつくような泥の感触が伝わってきている。
太陽が温めからか、お尻の下の泥はなんだか生温かくて、それが逆に気持ち悪い。
慌てて立ち上がろうとするとお尻が地面に引っ掛かった。
泥に混じった粘液に絡めとられているんだ。
必死になって身を捩ると、お尻に貼りついた泥からねちゃりという音が聞こえてくる。
「はやく、立たないと……、あっ、うわぁあ!?」
どうやっても持ち上がらないお尻に、ボクは思わず地面に手をついてしまった。
身体を支えようとした両腕の手のひらがずるりと泥に滑った。
腕に込めた力が行き場を見失いボクの身体のバランスを崩す。
立ち上がるどころじゃない。
今やボクはほとんど仰向けに近い恰好で泥濘のベッドに沈みかけている。
「まず、い……、はやく、はやく、なんとかしないと」
状況の悪さに気持ちばかりが焦っていく。
右腕を地面から持ち上げようとすると、左腕が泥に沈む。
お尻を持ち上げようとする、腿が沈む。
もがけばもがくほど、ねちゃねちゃと音を立てながら、全身がどんどん泥と粘液にまみれていく。
「く、そぉ……っ! こんなのどうすれ、ば……」
徒労感と無力感に苛まれながらもがくボクは、ふと視線を前に向けて絶句してしまった。
魔魚シルルス。迷宮の支配者がすぐ近くからボクを見下ろしている。
真っ赤な瞳には無様に泥に嵌まったボクの姿が反射していた。
悠々と宙に浮いた魔魚の頭上で、長大なナマズのヒゲが威嚇するようにしなっている。
「ひっ……く、くるな! あっちいけ! あっちにいけよぉ!」
咄嗟に剣を向けようとして、ボクはまたバランスを崩した。
腕が持ち上がらない。剣も盾もとっくに泥に呑まれている。使える武器はなにもない。
全身を恐怖が這い回った。
動けない。抵抗できない。仲間はいない。助けは来ない。助からない。
死の予感に思考が硬直した瞬間、魔魚のヒゲが打ち下ろされた。
「あぎっ!? や、やめ……ぐぁっ!」
鞭で叩かれる鋭い痛みが連続する。
防御すらできない状態で何度も何度も魔魚に打ち据えられる。
鎧の上から胸を殴られ、泥に嵌まった腿を叩かれ、武器を取り落とした腕を打たれる。
シルルスのヒゲの風切り音と自分の悲鳴が広場にこだまする。
「あ、ぐぅ……な、んで……っぎ!?」
全身を襲う絶え間ない痛みに苦悶の悲鳴を漏らしながらも、ふと頭に疑問が浮かんでしまう。
どうして……ボクは、まだ生きているのか。
こっちはもう羽をもがれた鳥みたいなものだ。殺そうとすればすぐにでも殺せるはず。
だというのに恐るべき魔魚のヒゲの鞭は、まるで生皮を一枚ずつ削ぎ落すかのように、浅い角度で何度も何度もボクを打つばかりだ。
耐え難い痛みが全身に刻み込まれている。けれどもその一方で、致命的な傷は一切受けていない。どうしてなのか。
遊んでいる? いたぶっている? それとも、何か別の目的が……?
わからない。わかるはずもない。
宙に浮いてこちらを見下ろす魔魚の瞳にはなんの感情も映っていない。
ただただ機械的に振るわれる鞭の雨は、痛みと同時にボクの心まで削り取っていく。
「ぐ、ぁ……ぎっ……あがっ……」
いつしか鎧の留め金が砕かれ、胸部を守る装甲さえもが泥の中に弾き飛ばされていった。
胸甲に抑えられていたおっぱいが鞭で打たれるたびにたわわに揺れる。
振るわれる鞭が往復するたびに、鎧下が裂かれて肌が露わになっていく。
泥に呑まれかけたタイツはとっくに断線して無残な状態になっている。
上下の下着もすでにぼろ布のように引きちぎられていた。
泥のベッドで仰向けに倒れるボクの裸体を隠すものは、もうなにもない。
「ぁ……はぁ……、……?」
永遠に続くかと思った鞭の嵐は、なんの予兆もなくぴたりと止まった。
激痛に苛まれながら必死になって呼吸を繰り返すボクの上で、魔魚がぶるりと身震いする。
いったいなにをするつもりなのか。ぐちゃぐちゃの思考ではそれを考えることもできない。
魔魚が身体の角度を変える。
顎の横の円筒状の器官がこちらを向いた。
まるで、大砲のよう。
そう連想した瞬間、円筒が膨らみ、勢いよく中身を吐き出してきた。
「おごっ!?」
お腹を殴りつける衝撃。
肺が潰れて、胃がひっくり返るような感覚。
大砲から撃ち出された『なにか』が腹部に直撃したのだ。
涙で滲む目をなんとか自分の下半身へと向ける。
霞みそうになる視界に、ずぶ濡れになった裸のお腹が見えた。
「み、ず……? っ、ちがっ、これ――あぐっ!」
大砲から再び放たれた
激しく咳き込み、なんどもえずきながら、痛みと苦しみに身を捩る。
けれども泥濘と粘液に絡めとられた身体はぎちぎちとほんの少ししか動いてくれない。
直撃した液体の砲弾は、飛び散ることもなくべったりとお腹周りに張り付いていた。
ただの水ではない。魔魚の分泌する粘液なのだ。
たぶんだけど、この広場の泥濘に溶け込んでいるのもこの粘液だ。晒されたお腹の肌に感じる感触でなんとなくそれがわかる。
「うぐぁ……あぁ"ッ……うっ、ぁあああ!」
砲塔から放たれる粘液の塊がなんどもなんどもボクの身体を打ちのめす。
お腹、胸、肩、腕、腰、腿、足首……。
顔以外の全身が半透明の粘液でべちょべちょにされていく。
粘液をぶつけられるたび、痛みそのものはだんだんと小さくなっていた。
先に吐きかけられて身体に付着した粘液がクッションになって衝撃を和らげるからだ。
代わりに、低くて重い痺れるような振動が全身を包み込んでくる。
「ぁ、ぁ……う、くっ……ぅ……」
泥濘のベッドの上で、粘液の布団を被せられたみたいだった。
粘ついた液体に指の先まで覆われて、もう指の一本さえまともに動かすことができない。
身体を動かそうと力を入れるたび、ねばねばとした拘束がボクの抵抗を絡めとっていく。
そんな状態になってから、ようやくシルルスは粘液の砲撃を止めてくれた。
粘液に包まれて一切の抵抗を封じられたボクの様子に満足したのか、宙を泳ぐ魔魚は巨大な顎口を歪めて、じわじわとこっちに近づいてきた。
「く、そぉ……っ、っ…! ……う、ごけ……! うごい、てよぉ……!」
ねちょねちょの粘液の中で必死にもがく。
けれども、ボクの身体はぜんぜん動いてくれない。
巨大な魔物の胴体がボクを包む粘液の塊に着地する。不思議なことに魔魚の身体は粘つきに絡めとられることもなく、粘液の中にするりと入ってきた。近くで見るとシルルスの全身が独特な形状の鱗を覆っているのがわかる。あれがあるから粘液の粘りを無視できるのかも。
「ウ――――ゥゥ」
「う……く、さい……」
粘液の塊をぬるりと泳いだシルルスがボクにのしかかる体勢で動きを止めた。
粘液を挟んでいるからか、押さえつけるような圧力を感じるものの、こちらをぺしゃんこに押し潰すほどの重量は感じなかった。
けれど、頭のすぐ上に持ってこられた魔魚の口から吐き出された魚類特有の生臭い口臭が、唯一粘液が掛かっていないボクの頭を包み込んできた。
抵抗しようにも鼻をつまむことさえできない。
鼻の奥から脳にまで届きそうな悪臭にくらくらと眩暈がする。
「フゥ――フ――ウゥ」
「な、にを……、う"……くぅ……」
巨大なヒレが左右からボクを挟み込む。
魔魚の腹の下で抱きかかえられるように固定されてしまった。
そうしてから、魔魚は自身の腹部をボクに押し付けてきた。
上方向から粘液を押される圧迫感で息が詰まったけど、それも一瞬。
魔魚の質量に押しのけられて、仰向けになったボクの上から粘液がぬるぬると移動していく。
もぞもぞとした感触が肌を這う。
その直後、ぴたりと冷たい感触がボクの肌に張り付いた。
シルルスの身体だ。
接触した魔魚の胴体から鱗の凹凸が感じられる。
「――――♡」
「は……っ、……ぁ……え……?」
じょり、と。
甘い感覚が敏感なトコロに走った。
巨大な魔魚がヒレで抱え込んだボクに胴体を擦り付けている。
ゆっくり、ゆっくりと、感触を味わうように、何度も、何度も。
擦れる鱗のデコボコがボクの身体をぴりぴりと刺激する。
痛みはなかった。
皮膚に残った粘液が潤滑液になって、ボクと魔魚の間でぬるぬるとぬめっている。
「くっ、や、め……っふ……ぅぁ……っっ、ひんっ……」
どうしてこんなことをしているのか。魔魚の意図はやっぱりわからない。
けれど、何度も何度も、じっくりじわじわ、ぬるぬるべちょべちょと、素肌に鱗を擦り付けられて、ボクの身体は少しずつ火照りだしてしまった。
おっぱいが、乳首が、ぐちゃぐちゃと揉みしだかれてるような錯覚。
お腹が、おへそが、どろどろと魔物の舌で舐られてしまう妄想。
おまんこの割れ目が、クリトリスが、ねとねとの粘液で愛撫されている現実。
圧倒的な体躯を誇る強者に押し潰されて、自由を奪われ、好き勝手に弄ばれる。
呼吸さえも魔物の吐息を強制的に吸わされていて、生臭い臭いに脳まで犯されている。
その事実を認識して、背筋がぞくぞくと震えてくる。
「ち、が……はぅっ……こんな、の……ぁっ……ちが、ぁ、ボクは……ぁあっ」
いやいやと頭を振って、身体を這う痺れるような甘い感覚を否定しようとする。
だけどそうするほどに、自分が弱っちくて情けない人間なんだと自覚してしまって、ますます顔が熱くなってしまう。
戦闘での傷は今も癒えずに残っている。鞭で打たれた肌はひりひりと痛むし、粘液の砲弾を受けたお腹はずきずきと体の内側から悲鳴をあげている。
その痛みと苦しささえもが、ボクの無力感を煽り、自分でも理解できない感情を惹き起こしてゾクゾクと身体の芯を震えさせている。
「や、だ……やだやだやだぁ……ボクは、ヒーローで、弱くなんかないの、にぃ……」
ぐずぐずと涙を流しながら、全身の快感にぴくぴくと身体を震わせる。
鱗のでこぼこが乳首を弾く。粘液のうねりが股の間を擦り上げる。
魔魚の巨大な身体がボクの上を往復するそのたびに口から甘い吐息が漏れてしまう。
「あうっ……は、ぁあっ……ひゃ、ぁ、ぅぁ……♡」
お股の間がぬるぬるする。魔魚の粘液とは別の感触だった。
……ボクの内側から、愛液が染み出している。
それを認めたくなくて必死に身を捩る。けれど、それが逆に刺激になって、ピンと硬くなったクリトリスがくにくにと粘液の中で擦れてしまう。
「あっ、あっ、ん、ぁ……だめ、これだめぇっ♡」
首を振りながら甘い声で喘ぐボクの上で、魔魚の身体がぶるりと震えた。
次の瞬間、局部の秘裂になにかが触れた。
細くて、固くて、ぬるぬると滑る
「ひんっ」と腰を引こうとしたボクの膣の中に、それがぐいぐいと入り込んでくる。
「うぁっ♡ ぁ、え……な、なに……っ? ひゃぅっ♡」
挿入された管がゆっくりと登ってくる。ずるりずるりと膣壁が擦れる。
腰の奥からざわざわと快感が這い上がってくる。
奥へ、奥へと……。ボクの大切な場所に、じわじわ、じわじわと……。
「や、ぁ、やだ、やめてよぉ! あぅっ♡ ボクの中、ぁ、はいってこないでよぉ!」
ぐちゅぐちゅといやらしい音が股の下から聞こえてくる。
足の間の粘液がかき混ぜられてぬちゃぬちゃと泡立っている。
割れ目に差し込まれた管は細くて、けれども周りにざらざらとした凹凸があるみたいだった。
それがぬるぬるの粘液にまみれて膣をぐりぐりと擦るのだ。
その感覚がもどかしくて、気持ち良くて、いやなのに、怖いのに、もっと欲しくなっちゃって、頭がおかしくなりそうだった。
「ひんっ♡ あっ、だめ……、だめ、だめだよぉ、そこは、あかちゃんの……はうっ♡」
いつの間にか魔魚の吐く息が熱く熱を帯びていた。
顔を包む生臭さがひどくなって、頭がくらくらする。
挿入された管はもうボクの奥の奥まで入り込んでいた。
子宮の奥底をぐいぐいとノックされる感覚がある。
体験したことのない快感に頭の奥がぱちぱちと弾けてしまう。
「――――♡」
「ひっ……あ、うぐぅ……♡ な、ぁ、管が、ぁあ、ふくらんで、ぁ、うぁああ♡」
突然、ぐに、とヴァギナがこじ開けられた。
子宮の奥に挿しこまれたままの管が、入り口のほうからぐんぐんと膨らんできている。
太さを増した管がぐいぐいと膣壁を圧迫する。
ざらざらした表面が押し付けられて、蕩けるような快感が伝わってくる。
――管を通って、なにかが運ばれてきてるんだ。
なにかって、なんだろう?
ピンク色の靄がかかった頭でぼんやりと考える。
目の前に浮かぶ巨大な魔魚。その顔を見つめるボクは、ふと閃いた。
……閃いて、しまった。
「ま、さか……たま、ご? ボクに、たまごを産もうとしてる、の……?」
「フ――――ウゥ♡」
「ひっ、や、やめろ、はなれ、あぅっ♡ そんなの、ぜったい、や、ぁああっ♡」
茹だった頭でたどり着いたその結論に、ボクは半狂乱になった。
魔物の卵を孕む。
その未来を想像して、怖くて、恐くて……、でも、どこか期待してしまって。
自分でもわけがわからないまま、ボクは必死になって魔魚に懇願していた。
「おねがい、やめて、ぁ♡ やめ、ぅぅ、やめてよぉ……ひゃうっ♡」
とめどなく涙を流して、頬を真っ赤に染めながら、何度も何度も懇願する。
やだ、やめて、たすけて、うみたくない、やだ、やだ、やだ……。
けれど、口ではそう言っているはずのに、身体の奥の疼きは強くなるばかり。
そんなボクを嘲笑うかのように、産卵管の膨らみはどんどん膣の奥へと運ばれていく。
身体を包み込む粘液がぶるぶると震えて、ボクの気持ちいいところをいっぺんに刺激している。
処女膜をこじあけられた痛みさえもかき消すほど、どこもかしこも気持ち良くてたまらない。
「……あっ♡」
そして、ついに。
ボクの一番深いトコロに、卵の膨らみが到着した。
「……おねがい……します……」
今、ボクはなにを願ったのだろう?
涎をこぼしながら忘我のままに呟いた言葉は、続く快感の渦に一瞬で飲み込まれた。
「あっ、はっ、うぁ"あ"あ"あ"ぁあっ……♡」
産卵管の先端がぷっくりと膨らみ、ずるりと零れ落ちた卵がボクの中にすっぽりと納まる。
ごろりと重い感覚がお腹の奥にある。魔魚の卵はぷにぷにと柔らかくて、それが粘液でいっぱいになった子宮の中をころころと転がっている。
役目を終えた産卵管がずるずると膣から抜かれていく。膣壁を擦られる快感に身を震わせながら、ボクはどうにか首を動かして粘液に呑まれたままの自分の下半身へと視線を向けた。
「あ、はは……あははは……」
半透明の粘液に包まれたボクのお腹は、目立たないけれど、確かにぷっくりと膨らんでいた。
異物を抱え込んだ感触は、今もお腹の奥に残っている。
もう嘘だとも夢だとも否定することはできない。
……ボクは、魔魚の卵を産み付けられたんだ。
それを理解して、ボクの中でなにかがぷつりと切れた気がした。
「おわった。おわっちゃった……」
ヒーローとしても、冒険者としても、人間としても。
ボクは、もう、終わっちゃったんだ。
「んっ、はぁ、ふぅ♡」
どれくらいの時間が経っただろうか。
魔魚の卵をお腹に抱えたボクは、今なお粘液の塊に呑まれて泥濘のベッドに囚われていた。
「んっ♡ あは……♡ これ、ぬるぬるするの、気持ちいいよぉ♡」
シルルスは変わらずボクの上に陣取っていて、両側のヒレでボクを包み込んでいる。
ねとねとの粘液に包まれたボクは、そのお腹の鱗にもぞもぞと自分の身体を擦り付けていた。
鱗の微かなでこぼこに、自分の敏感な場所を擦り付けて快感を貪ろうとしている。
信じられないくらい浅ましくて、恥ずかしくて、死にたいくらいに気持ちが良い。
「あっ♡ はふぅ……えへへ、お腹のたまご、また動いた……♡」
粘ついた粘液のせいで、ボクは満足に身体を動かすことができない。
だから、身体を擦り付けて得られる快感もすごくもどかしいところで止まってしまう。
決定的な絶頂に至ることができずに、ボクはずっとさざ波のような甘い快感に浸り続けている。
その沁みるような快感を意識するたびに、ボクの全身から
今まで生きてきた中で、少しずつ積み上げていた大切ななにかが、崩れて、溶けて、ボクの中から消えていく。そんな感覚だ。
それは、たぶん、経験とか技術とか、もっと単純に
消えていったそれが、お腹の卵に吸収されていることを、ボクはぼんやりと理解していた。
「あ……。うん、もうすぐ出てくるんだね……♡」
ボクのお腹は、一目で見てわかるくらいに大きく膨らんでいた。
たっぷりとボクの大事なモノを吸い取った卵は、もう我慢ができないとばかりに子宮の奥からボクの産道をぐいぐいと押しこくっている。
その気配を感じ取ったのか、二つのヒレでボクを挟み込んだシルルスが、粘液の中に沈み込んでボクをぎゅっと抱きしめてきた。
ううん、抱きしめるっていうのは正確じゃない。
ボクのお腹を押し込んで、卵を産ませようとしているんだ。
「う……くる、し……。おなか、つぶれ、ちゃう……よ♡」
ごりゅん、とボクの中から音が聞こえた。
魔魚の卵が子宮を抜け出して、ごりごりと膣壁を削りながら外を目指して這い出してくる。
強烈な圧迫感に脂汗が流れる。けれど、痛みや苦しみよりも、新しい命を生み出す多幸感が麻薬のように頭の芯を痺れさせている。
もうすぐ、もうすぐ、あとちょっと……。
「は……ぁ……はぁ…はぁ……、あと少し……ふ、う……ぐうぅううっ」
お腹に力を入れていきむ。
シルルスのヒレがさらに強くボクを締めてきた。
背骨が折れそうになる凶悪な抱擁。
その痛みを感じながら、ボクは、カレの卵を、産卵した。
「う、あっ、あ"あぁ"あ"ぁ"あっ♡」
ずっとお預けにされていた絶頂が、脳の奥を真っ白に灼き尽くす。
粘液に包まれた四肢がびくびくと痙攣して、信じられない幸福感に打ち震える。
圧迫感から解放されたお腹は蕩けるような倦怠感に包まれている。
ボクはぐったりと全身の力が抜けた状態で、泥濘のベッドに身を委ねていた。
産卵した卵はどうなったのか。
粘液の拘束に囚われたままのボクは、それを知ることもできない。
それを知ろうとすることの意味さえ、もうボクにはわからなかった。
「はぁ…はぁ……。あ、はは……」
冒険者として、人間として、すべてを失った。
積み上げてきたものすべてを、魔物の卵に奪われた。
その心地良い絶望感に浸りながら、
ボクの意識はゆっくりと泥の中へと溶けていった。
………………
…………
……
可能性の観測を終了し、現実の拠点に帰還しますか?
▶ はい
いいえ