ロンドンからセントラルへ ハガレン ×刀剣×まほよめ 作:木桜 春雨
「話してはくれんか」
本丸を留守にして姿を消す事に最初のうちは目をつぶっていた三日月だった。
だが、一晩、数日、そして十日、これには我慢というより、まずいと思ってしまったのは他の達に聞かれてしまったからだ。
「三日月、最近、うちの主がな」
本丸を何も言わずに留守にすることがある、そちらはどうだと聞かれて最初のうちは誤魔化していたのだ。
だが、十日近くの留守になると話は別だ。
若い刀剣達、それも時代を超えて自分の元を尋ねて来たときは何かしらの異変が出ていると感じたのだ。
そして放っておくことはできないと主に問いただすことにしたのだ。
「すまん」
理由を尋ねようとしたとき、頭に畳を、それこそ押しつけるほどに下げられて三日月は驚いた。
何かよほどの理由があってのことだ、審神者(さにわ)といえど元は人だ、人の生活を懐かしく思い、本丸の屋敷を抜け出して気晴らしをすることも珍しくない。
だが、自分の前で平身低頭の主の姿、顔を上げた、その表情からは気晴らしをしてきたという様子は微塵も感じられない。
「あの人が、生きて、いたのだ」
その声に三日月は待った。
「生きていたのだ、あの人が」
家族、身内がだろうか、懇意にしていた人間が見つかったというのか、だが、それは当人ではない筈だ。
何故なら自分の主が審神者になって、どれほどの歳月がたったのか、だが、主である男は首を振った。
「姿を最後に見たという者が現れた、最近になって知った、話を聞いたのだ、だが一人ではなく、一緒に居たのは」
人ではなかった、振り絞るような声に三日月ははっとした。
神隠しか、それとも、物の怪の類い、どちらにしても、それならと思ってしまう。
「その者は主の」
沈黙が長く感じられたが、待つのは嫌いではない。
ようやく口を開いたとき思わず口元に笑いが浮かんでしまった。
惚れた女かと尋ねた、無言なのが、あまりにらしい。
「人ならぬ者が、連れ去ったかもしれん」
主よ、聞きたいことはれではない、誤魔化しているのか。
全くと思いながら、もしかして、その者はものの声を聞くことができたのかと尋ねた。
だが、わからないと首を振られては仕方ない、自分が出す答えは。
「助けたいと思っているのか」
返事はない。
「三日月、おぬしは会ったことがある、随分と昔」
そう言われても心当たりが、思い出そうとしても覚えがない。
「忘れてくれと頼んだのだ、あのとき審神者になったばかりで自分は」
ふうっと三日月は息を漏らした。
任せてくれというのは簡単だ、だが、亡くなったと思われていた女が生きていた。
「頼りにならないか、俺は」
「そうではない」
「自分はここから容易には動けん」
「だから、その為に俺がいるのだ、そうだろう」
三日月は立ち上がった。
「僕は自分のお嫁さん、いや、妻を連れ戻しに来たんだよ」
汽車の中で顔を隠した長身の男の言葉に三日月は、ほうっと相づちを打つように掌をぽんと打った、
「そうなのか、だが、俺が聞いた話とは随分と違うようだ」
「違う、僕はちゃんとした手続きをすませて」
「それが神隠し、拐かしでも、いや」
三日月は相手の布に隠れた顔を睨みつけると尋ねた、人攫いでもかと。
「返事がないということは、それが答えか」
この男は人ではない、魔法使い、術を使うという、一筋縄ではいかないだろう。
そのとき、音がした、かたかたと。
自分の刀が啼いている、どうした、何故と思ったとき。
「三日月いいっ」
いきなり自分の目の前に現れたのは赤毛の大男だ。
「どうした」
「鬼が出たんじゃ」
本丸に、その言葉に三日月は驚いた、今までは歴史を変えるために色々な場所に敵は現れた。
だが、自分たちの住む屋敷、本丸に直接、攻撃を仕掛けてくることはなかった。
どういうことだ。
「む、むね、ちかっ」
擦れた声がした。
「い、いって」
ぼろぼろのマントの下から伸びてきた手が窓の外をさした。
「だい、じょぶ、あたし、は」
行けというのか、だが、自分が、ここに来たのは。
このとき、三日月の脳裏にある光景が浮かんだ、それはほんの一瞬だった。
それは自分の記憶の筈だ、だが、あまりにも遠く、昔のことのように思えてしまった、どうして忘れていたのか。
何故か、笑ってしまいそうになった。
「おい、いいのか、片付いておらんのじゃろ」
「ああ、だがな、まずは、この者を連れていく、手を貸せ」
「ただ者んじゃないな、それで」
「ここから連れ出すだけで駄目だ、本丸へ連れて行く、同時に扉を閉める、この者が、この国へ入れぬようにな」
「そりゃあ、のう」
大男は困ったと言いたげな顔になったが、次の瞬間、にやりと笑った。
「事の次第は聞いとる、いいのか、この乗り物から降りるまで見届けんでも」
「鬼が出た、しかも俺が本丸を出てからだ」
「ははあ」
「あんた、これをな」
大男は懐から取り出した竹筒を座っている相手に渡した。
「顔を隠しとってもわかるぜ、さすが主を骨抜きにした女じゃ、べっぴんさんじゃのう」
ははは、豪快に笑う男に三日月は、そうなのかと呆れた顔になった。
「さあて、戦前の小競り合いといくかのう」
男が両手を広げ、三日月は腰の刀に手をかけた。
「喧嘩も争いも好きではない、僕は強くないんだよ」
顔を隠した男が右手に持っているのは短い杖だ、軽く振ると杖の先から緑色の蔓が伸びてきた。
「なんじゃ、こりゃあ」
「構うな」
三日月は抜こうとしていた刀を納めると男に向かって両手を伸ばした、そして
「御仁、お願いしたい」
マルコーを見ると受け取ってくれと何かを投げた、それは小さな布袋だ。
「勝手だが、頼まれてくれ、木桜のことを」
車内に花びらがの舞った、だが、長くは続かなかった。
三人の男の姿が消えてしまったのだ。
汽車がセントラルに着くまで、あと少しだった。
三日月たけでなく、蜻蛉切(とんぼきり)言葉づかいがちょっと、野暮ったくしようと思ったのに、ならなかった。