人間の尊厳とはどこにあるものなのかを、私は完璧には把握していない。私は雰囲気で尊厳を認識している。……家から一歩も出ない日が続いたとしても日中を寝巻きで過ごすことだけはしないだとか、そういったところに人の尊厳があると信じている。
昨日と同じく、自分の穿いているパンツからは何やら不格好な膨らみが見てとれる。魔法を受けたからだ。勃起していなくても睾丸がオミットされていても、男性器と女性用下着の組み合わせはミスマッチの極みであり、そうなる運命にある。そこで私はルカトゥに聞いた。
「男用の下着とか穿くべきだと思う?」
「先生が今のままだと過ごしづらいなら〜、一考の余地がありますね〜」
「過ごしづらいってわけではないけど……」
全く過ごしづらいわけではない。ただ若干見苦しくはある。自分の下着姿だなんて、見なければいいだけの話なのだけれど。
とりあえず男性用下着の話は保留することにした。
私がそんなどうでもいいことで悩んでいるうちに、ルカトゥは朝食にトーストのノリでホットケーキを焼いている。卵の賞味期限が迫りつつあったらしい。
フライパンの前に立つ彼女を見ても、昨日の夜のようにムラっとくるようなことはなかった。……昨日とは別のエプロンを身につけているところに、爪痕のような物を感じないわけではなかったけれど。そこに背徳感は付随しなかった。
そのうち二人分のホットケーキがコタツの上に並べられ、バターが乗りメープルシロップがかけられる。……ホットケーキとパンケーキの違いとか、バターとマーガリンの違いとか、メープルシロップとハチミツの違いといったものは、何度ググッてもなぜだか覚えられないものだ……と、空っぽの記憶の棚を雑に漁りながら、それを食べた。
そろそろコタツを片付けて普通の四つ足テーブルに切り替えるべきかな。テレビで春のニュースと天気予報を見ながらそう思う。……魔法の影響は今も私の下半身に付いているけれど、その上でなお非日常と呼ぶには程遠いほど平和な朝だった。
「先生ぇ、わたし今日お仕事なんです〜」
「あ、そうなんだ。いつもながらご苦労様です」
「ふふ、なんですか〜お堅いですねぇ。……それで、いくつか相談したいことがあるんですけど」
「相談?」
珍しいタイミングだな、と思う。彼女の相談はいつもなら大抵、時間的な余裕のある時にもちかけられる物だったけれど、今はよほど急を要する相談なのだろうか。
そのわりにルカトゥは涼しい顔をしていた。シリアスな話ではないらしい。
「一つは今日のお仕事についてなんですけど。ざっくり言って、レズの女の子が男に屈服させられるって設定の話を撮るんです。男嫌いのレズ女にお仕置き! みたいな」
飲んでいたお茶が喉に詰まりかける。
「……それ大丈夫なの?」
「なにがですか……?」
あっけらかんと聞き返された。
とりあえず、ルカトゥのメンタル的にはビクともしてないらしいことは分かった。もしかして彼女にはイデオロギー的なNGもないのだろうか……? あるいは、男嫌いでは全くないから他人事として処理されているのか。
ともかく、そういうことなら私も普遍的な意見を口にしておく。
「時代錯誤っぽくない? 炎上しそう」
「しませんよ〜。ちゃんと皆お遊びだって分かってますからぁ。不倫モノとか未亡人モノみたいな物ですよ〜」
「そういうもの……?」
人類ってそこまで成熟していたかな……と疑問に思う。確かにサキュバスが到来してからしばらく後、日本でも同性婚が認められるようになったと教科書にはあるけれど、実際の巷の空気感はまったくオープンではない。少なくとも私はいくらインターネットを駆使しようとも、ルカトゥが同性も愛せるという事実にはたどり着けなかったのだし、大体そういう空気感があるのだ。
まぁでも、ルカトゥの言葉を素直に受け止めるなら、その撮影内容に引っかかるようなところはないらしい。だから、本人がそう言うならべつにいいか、と思っておくことにする。……私の立場ではそうする他ない。
「で、それのどこから相談が……?」
「あ、はい。それでなんですけどね、劇中で女の子が……わたしなんですけど、わたしが、意中の女の子に助けを求めるシーンがあるんですよ。男に組み敷かれながら、嫌だ〜!○○ちゃん助けて〜! みたいなぁ」
「ふむふむ……。いい趣味したAVだね」
「でしょ〜? ……それで、もしよかったらその○○ちゃんのところに、先生の名前を使わせてもらえたりしないかな……って」
「えっ、なんで……?」
「…………わたしの趣味です」
しっとりとしていてもスポンジ状のそれが水分を連れ去りすぎたのか、今度はホットケーキが喉につまりかけた。お茶を飲みながら私は答える。
「いや、本名の方だったらレアな名前ってわけでもないし、べつにいいけどさ。ルカトゥ的にそれはホントに大丈夫なの? 現実とドラマがごっちゃにならない……?」
「ならないですよ〜」
「ならいいけど」
「ほんとですか〜……!? カットされなければ流通する映像に「雛子ちゃん助けて!」ってがっつり乗っちゃいますけど、いいですか〜……?」
「いいよべつに。……ていうか私も実はちょっと、そういうのに憧れてるところあるんだよね」
「えっ、意外です」
「アニメキャラと同じ本名の人がさ、作中でめちゃくちゃ名前呼ばれまくるみたいな話を聞くじゃん? 私まだそういう経験ないな〜って」
「あ〜、なるほどぉ」
なんだそういう意味かぁ、みたいな落胆の色がルカトゥの顔に浮かぶ。AVの中の人から名前を呼ばれることへの憧れはあいにく持ち合わせていなくて、申し訳なくなくもなかった。
……ところで、相談事はいくつかあるということだったはず。残りはなんだろう?
「相談はそれだけ?」
「あ、もう一つあるんです。これは相談というか提案なんですけど〜」
「うん」
「わたしがお仕事に行ってる間、誰かいい感じの女の子を呼んでおきましょうか〜……?」
「……え? なんで? ていうか誰を?」
「誰かサキュバスをですよぉ。……じゃないと先生ぇ、もしわたしが帰る前にムラムラしてきちゃったら、どうします〜……?」
「我慢するかオナニーするかのどっちかじゃない……?」
「それで大丈夫ですか〜……?」
「さすがに大丈夫でしょ。思春期男子でも大丈夫なんだから」
むしろ性欲の権化代表としての思春期男子基準で考えるなら、そんなに軽々しく初めましてのサキュバスをあてがわれてしまう方が変なドツボにハマってしまう気がする。性癖が歪むというやつになってしまう。
しかしルカトゥ的にはそれもセーフ判定なんだなぁ……と、彼女のNGの無さを朝っぱらからことごとく思い知らされた。許容が性癖のわりには、べつに下半身がそこに反応したりはしなかったけれど。
始業時間にタイムカードを切らなければいけない職種の朝とは違い、今日のルカトゥにはそれなりに時間の余裕があるようだった。皿を洗い、洗濯物を干して、録画してあったバラエティ番組を見ながらコーヒーを一杯飲み、それから彼女は出勤して行った。
……外行きの服に着替えた彼女が玄関を出ていく段になって、それまで一緒に仲良くテレビを見ていた私の中には、唐突にこんな考えが湧き出していた。
今、「どうしても今すぐセックスがしたい」と言ったら、さすがのルカトゥも迷惑そうな顔をするかな。……そんな想像をして、私はそれを実行しなかった。しようとも思わなかった。
趣味の悪い内容の撮影に出かけていく彼女が、見送る私を振り返って、
「先生ぇ、帰ってきたらしましょうね〜?」
と、何かをしごくようなジェスチャー付きで挑発してくる。……それを見てなお、今彼女に行為を迫ろうとは思えなかったのだ。
ルカトゥは無敵だけれど、なんでも出来るというわけではない。初めて餃子を作ってみれば手こずるし、今からセックスをしていたら間違いなく大遅刻をするだろう。そして彼女の仕事には彼女だけではなく、私の生活もかかっている。……やましいことを考える頭で、同時にそのような自己中心的な打算まで考えられてしまうことが、どうやら私の性欲の汚らしさの一部らしかった。
けれども、打算が性欲をかき消すわけではない。それはただ押さえつけているだけなのだ。……なんてひどいタイミングで再発するんだ、そんなことならテレビを見ている最中にでも彼女のことを押し倒したくなっていればよかったのに……と、悶々と自分で自分に文句をつける。そしてその短い一人喧嘩の末に、私は解決策を見出した。
漫画を描こう。いつも通りの執筆作業に戻ろう。
ゆめ魔にっきが現実という名の原作に追いつくまでには、まだかなりある。その無限の作業に没頭して、余計なことは一旦忘れてしまおう。私はそう考えパソコンを立ち上げて、一連のエピソードの途中までを描いていた下書きを画面に表示させる。
……そこで花火を持ってはしゃぐルカトゥを目撃して、愕然とした。
ゆめ魔にっきは、おかげさまで順調にストーリーが進行している。入れ替わり編は終わり、漫画家を辞めたクジャクと、それを養うアオイの生活が描かれ始めている。それは家庭菜園に手を出したがるアオイや、そのついでにホームセンターで手持ち花火を買って、夜の公園で着火したそれを振り回すアオイが描かれているということだ。……やがてその先で、彼女の性的趣向が明かされることになるのだけれど、その展開を予想できているのはきっと私とルカトゥだけだと思う。
アオイという名で描かれているそのサキュバスは、それなりにデフォルメされているとはいえ、我ながらルカトゥに似せて描けている。下書きの中ではしゃぐ彼女を見ているだけでも、去年の夏のことが脳内のスクリーンによみがえって来るかのようだった。
……愕然としたのは、その漫画も、頭の中の映像も、今の私には全部が全部エロティックな物に見えてしまったからだった。
このアオイというキャラクターはおそらくここから数十ページ後に、クジャクという私を代理したキャラクターに愛もなく愛撫されて絶頂する。アオイはそういう目に遭い、またその先もっとひどくてもっと卑猥な目に遭うことを、現実の存在によって確約されている。……それを踏まえて見ると、ただ無邪気に花火を持ってはしゃいでいるだけの彼女の姿が、記憶の中のルカトゥの姿もろとも、物凄くエロいものであるかのように思えてきてしまった。
後々淫らに喘ぐことが決まっているヒロインの天真爛漫さは、そういう風に見えてしまうものなのだ。そうでなければ私は、今も昔も、エロ漫画を描きたくなったりなんかしていなかっただろう。
漫画を描いていれば余計なことは全て忘れられる。そう思っていたのに、今になって見るゆめ魔にっきは、むしろより色濃く私に性欲の存在を突きつけてくる物だった。
それでも作業をしていれば忘れられるだろう……と強行してみるけれど、アオイを形作る線を引くたびに、まるで彼女を盗撮した写真を指で撫でているかのような、妙な背徳感が湧いてきてしまう。
もちろんルカトゥは、仮に私が盗撮行為に手を染めていたとしてもそれを咎めはしないだろうけど、問題はそんなところにはなかった。……集中できない! 性欲がある状態での執筆作業は著しく気が散ってしまうものなのだと知った。それはもう実家でエロ漫画を描くこと以上に……。
時計を見ると、まだルカトゥが家を出てから十分程度しか経っていなかった。向こうはまだ職場に着いてすらいないだろう。とてもではないけれど、このまま彼女が帰ってくるまで執筆に没頭するなんてことは出来そうもなかった。
一回、一回この性欲をなんとかしよう。昨日ルカトゥと初めての性行為に及んだあとなんかは、その後夕飯時になるまでの間、いつも通りに黙々と執筆をすることが出来た。ということは今日だって一度性欲を解消してしまえば、彼女の帰りを待つことが出来るようになるはずだ。……そして解消の方法といえば決まっている。男子中学生でも出来る方法だ。
私はスマホを手に取り、家に誰もいないのをいいことに下を脱ぎ捨ててベッドに寝転がる。オナニーする時は横になってするのが一番落ち着く……。魔法を受ける前から、ルカトゥのいない隙にちょくちょくやっていたことだ。あるいは子どもの頃から夜な夜なしていたことだ。身に染みついている。
電子で購入してあるお気に入りの中からピンと来るものを一つ選ぶ。それは異性と手を繋いだこともないウブな娘が悪い男に騙され、弱みを握られて逆らえない状態で快楽調教を受け堕とされていく……という物語だ。初めは怖がっていた娘も、終盤では快楽の虜になって自分から男を求めるようになっていく……。
私はそのエロ漫画の、非道徳的なストーリーに反してヒロインを気持ちよくさせる描写に全力である点が気に入っていた。弱みを握って脅す、逆らえない相手に無理やり……という話運びはほとんどレイプのそれなのだけれども、竿役の男はヒロインを怖がらせることはあっても、痛くしたり苦しくしたりすることは絶対にない。それどころか肉体的には甘いものばかりを与えてくるという点がとても良い。……そのヒロインに自分を重ね合わさながらすると、ちょっとだけ上手に気持ちよくなれる。
…………と、今日までは間違いなく確実に思っていた。けれど、自分の体から生えてひとりでに大きくなっているグロテスクな棒を握りながらその漫画を見ると、なぜだかどうにも興が乗らなかった。……いや、「なぜだか」ではない。理由は明白だ。私が上手く興奮できないのは、今握っているその棒が、ヒロインと自分を重ね合わせることをどうしようもなく茶番にしているせいだった。
漫画のヒロインが割れ目に指を這わされて矯正を上げていても、私のそこには今なにもない。女性器の存在を知らない男児が想像するだろうツルツルの平面ばかりがそこには広がっていて、それと引き換えに暴力的な見映えの肉の棒が生えている。この状況でどうやって感情移入すればいいというのだろう? ……いや、それどころか私は今、これまでの人生で一度たりとも考えたことのない視点について考えさせられる羽目になっていた。
ゆっくりと調教を進める竿役は、終盤までそのいきり勃った物を女に挿入しようとはしないし、女の方に奉仕を求めたりもしない。膨らんだその欲望を相手の体に押し付けるようなことさえしないのだ。……私はそれを見て、今日初めて思った。これじゃあ男の方は何も気持ちよくないのでは……? 彼は何が楽しくて行為を続けているのだろう……?
ひたすら愛撫を続ける側の気持ちを、私は少しだけ知っている。ルカトゥにそれをしたことがある。その際、興味深さは感じても、自分の性欲を満たす物は微塵も感じられなかったのは、その頃の私にまだちんちんが生えていなかったせいだろうか? 今同じことをすれば、私はそれを楽しめるのか……? 彼女の口の奥の奥までこの棒を突っ込んでしまえば、今いる世界を天国と見紛うほどの快感が得られることを知っているのに……?
ダメだ、やめよう。今この漫画を見てもあまり良いことがない気がする。そう感じてページを閉じ、別のオカズを探すことにする。
……が、読み手としての趣味の偏りが災いして、私の本棚には似たような内容の物ばかりが並んでいた。両手があっても数え切れない冊数の、女が丁寧に執拗に気持ちよくさせられる話ばかりがそこにあり、どの作品でも男たちは自分の快感を二の次としている。私は今、男たちが味わい得るような快感をまさにこの手で第一にすることで、このどうしようもない性欲と付き合おうとしているのに……!
それは、いざ現在のシチュエーションに立ってみるまでは予期することすら出来ないことだった。女としての特徴の最たる部分を奪われ、代わりに男のシンボルを借り受け、ついでに性的趣向にまで多少の修正を加えられてみると、今まで散々お世話になってきたお気に入りの作品たちは役に立たなくなってしまうのか……。そんな予測不能かつショッキングな事態に関して、私は何の対策も練られていなかった。
とにかく何か「今の私の気に召すもの」を探さなければ、下半身と脳みそに溜まった熱のやり場がない。ブラウザのブックマークを、性的興奮を著しく煽るとまでは思えなくとも漫画としての面白さを感じたR18の作品たちを、ツイッターで見かけて保存したエロイラストを、とにかく片っ端から見返すことで探してみる。どこかに今の私の琴線に触れる物がないかと……。
……その結果、とんでもない物に行きついてしまった。私は「世界で一番、自分こそが感情移入できる」と断言できる作品の存在に気づいてしまったのだ。
ずばり、ルカトゥの出演しているAVこそが、今の私が最も興奮を覚える性的コンテンツだった。反対に、それ以外の物には多かれ少なかれ以前はなかった「これじゃない感」が付きまとってしまう。自分が女としてのアイデンティティをいくらか失ってしまったばかりに。
勃起したままPCの前に戻って、購入し保存してあったAVの山を本格的に漁る。それから私はベッドに戻ることもなくそのまま作業用のチェアに座って、陰キャなオタク男子高校生が趣味繋がりで意気投合した超美人のクラスメイト(演、ルカトゥ)とエッチをする……という内容のAVを見ながら自慰に耽った。
それは去年、ルカトゥが女子高生役として今風の制服を着ていたことが物珍しくて購入した物だった。……本当に、それ以上の理由なんてなく購入したつもりだったのに。それを「使う」日が来るなんて……。
画面の中には、無防備にも男の家に上がり込んだJKのルカトゥが、部屋に隠されていたオナホールのパッケージを発見してしまうシーンが流れる。「ご、ごめんね、○○君も男の子だもんね、そういうこと興味あるよね……。……あ、あのね、実は私もそういうことに興味があるっていうか……、もし○○君がよかったら……エッチなこと試してみない……?」みたいな都合の良すぎる展開で二人がまぐわい始める。
男の方を脱がせる時ばかり思い切りがいいのに脱がせたあとはフリーズするし、自分が脱ぐことについては「み、見たい……? だよね……」と渋るあたりから「ただ興味があるだけの半人前」の雰囲気がひしひしと伝わってくる。そしてそうなってくると、初めはいくらかコスプレのニュアンスを含んでいた制服姿が、途端に象徴的な魅力を現し始める。その衣装……学校の制服には、柔らかい新芽のような象徴性があるのだ。
おそるおそる浅いフェラを始めたルカトゥが、やがては絶頂を迎えた男に頭を押さえつけられて動転する。精液を排泄し終えた男が白々しく「ご、ごめんね……?」と謝ると、出されたものをゴックンしたルカトゥは薄く涙の跡を残しながら「だ、大丈夫……!」と笑ってみせた。
私はそのくだりを見ながら射精した。画面の中に、存在しない我が薔薇色の青春を見た気がした。
「うわっ……」
その後すぐ現実に引き戻される。精液の気色悪い粘性と生暖かさを己の手で感じたからだった。……いや、見るとそれは手だけで感じていることではなかった。
今までずっとルカトゥの口の中に出してきたから知らなかったのだ。魔法で生えたちんちんから出る精液は無駄に濃く、そして量が多かった。それは今自分の手を汚し、飛んで下腹部を汚し、竿を伝って足の付け根の方にまで降りていこうとしていた。
あわててティッシュを取って拭く。過去に触れた同質の物と同じくらい、自分自身の物であるはずのそれも「汚い」と感じた。
しかしそのおかげか、それともシンプルに満足したからなのか、とにかく精液のすべてを無事に拭き取り終えた頃には、性欲は私の中からすっかり存在感を失っていた。画面の中では停止していなかった動画が淡々と先へ進み、はだけた制服のルカトゥが正常位でイチャラブセックスをしている。
あっ♡ あっ♡ すごいっ♡ セックスすごい♡ きもちいい♡ ……と、男優と手を繋ぎながら艶のある笑みを浮かべる彼女を見て、私は一瞬「そんなわけねーじゃん」と頭の中で毒づいてしまう。自分が画面の中の彼女と似たような服を着ていた頃のことを、処女を捨てた日のことを思い出していたのだ。……もちろん、彼女がサキュバスであることをすぐに思い出し、その次にそれが演技であることも思い出したけれど。
けれど、それでもやっぱり、「お試しでやってみたセックスが気持ちよかった高校生」というものには、私はいくらか暗い感情を持ってしまうものだった。……するとそんな私がフェラのシーンを見て絶頂を迎えられたのは、彼女が「おちんちんおいしい♡」というような、人間の価値観としては非現実的な台詞を口にしていなかったおかげなのかもしれない。
冷めた頭で、私はその動画を閉じた。そして脱いだ物を穿き直したら、何事もなかったかのように執筆作業に戻る。……今度はいつも通りに作業を進めることができた。
昼を三十分ほど過ぎたあたりで一度切り上げて昼食にする。これを抜くと通知でルカトゥにバレるし、バレると心配されてしまうから。
買い置きしてあった菓子パンをぱくつきながら、冷蔵庫の中にあったいくつかの常備菜も食べる。飲み物はなんとなくコーヒーにしてみた。粉に湯を注ぐところから始まる上にブラックでは飲めないから微妙に面倒で普段ならめったに飲まないのだけれど、今日はなんとなくそういう気分だったのだ。
テレビはつけずに、スマホで適当な動画を流しながら黙々と食べ進める。広告にややエッチな物が出てきたけれど、下半身はぴくりとも反応しなかった。
……そんなことよりも私には、冷静になってくると気になりだしたことがあった。それはさっきのオナニーが、通知で間違いなくルカトゥに伝わっているだろうということ。
かつて私の処女喪失を通知で知ったルカトゥが、私のオナニーにアンテナを張っていないわけがない。とはいえ、それ自体はもはや十年以上前からいつの間にか始まっていたことだし、ちんちんが生えていなくたって、同棲を初めて以降もルカトゥのいない隙に私は人並みには自慰行為をしていたわけだから、「オナニーをしたことが伝わること」自体は今さら騒ぐようなことでもない。
問題は、「帰ってきたらしましょうね♡」と言い残して仕事に出たルカトゥに、それが伝わっているということだ。……もしこれで私の性欲が彼女の帰宅後に復活していなかったらどうなる? 私がオナニーだけで今日のところは満足してしまっていたら、ルカトゥはひどく落胆するのでは……? 冷蔵庫の中のお高いプリンを奪われた甘党みたいに。
……いや、きっとルカトゥの落ち込みようはそれどころじゃない。今日彼女とはセックスをする約束になっているのだ。これまでずっと性欲をひた隠しにして「友達」でいてくれた彼女にとってのそれがどのくらい重要な約束なのか、私の想像力ではいくら推し量っても足りやしない。もし「今日はオナニーしたからもういいや」と突き放すようなことになってしまったら、その時ルカトゥの気持ちはどうなってしまうのだろう……? 表面上はきっとにこにこしながら「分かりました〜」と言ってくれるのだろうけど……。
さっきまではどうにかして性欲を鎮めなければと考えていたのに、どういう皮肉なのか、今や思考は完全に逆転していた。私は初めて知ったのだ。性欲には、鎮まっていてもらわないと困る時と、昂っていてもらわないと困る時、どちらもが日常の中にあり得ているのだということを。
……けれど幸いなことに、その衝動はあっけなく戻ってきた。
昼食後に漫画を描いている最中、私はいつの間にか、今手をつけている箇所の続きのことで頭がいっぱいになっていた。漫画の中のアオイは、そろそろクジャクにその体を弄ばれてしまう運びだったのだ。
愛もなく、性欲のはけ口としてですらなく、ただ「まさかレズではあるまい」という楽観を確かめるためだけに、ルカトゥをモデルにしたアオイというキャラクターはいたずらに絶頂までさせられてしまう。……そのシーンは物語としての重要性とはまた別に、エロ漫画家としての佳境とも言えるものだ。執筆する時が迫れば身構えもする。
そしてそこで私は、その執筆についてある邪な気持ちが己が内に湧いてきていることを自覚していた。といってもべつに、当時のことを思い出すことで発情してしまったというわけではない。そうではなく、ただ私はこう思ったのだ。……史実通りに描いても面白みに欠けるのでは? と。
私はその思考のことを初めのうち、エロ漫画家としての本能のような物だろうと思っていた。ただ胸を弄ばれただけで絶頂してしまうサキュバスを描くのもいいけれど、どうせならもっとエロく見せる方法があるし、その方法を実践した方が作品のバリューが上がるのでは……と、良からぬ創作意欲が湧いてきているのだと思っていた。
しかし走り書きのような線でまずはコマ割りを考えた段階になって、ようやくそこに違和感があることに気がつく。私はルカトゥが、かつて彼女の胸を揉みしだき今はペンタブを握っている自分のこの指を取って、それをアイスキャンディーみたいに咥えて舐めまわし「先生ぇ……もっとぉ……♡」と懇願してくるところを想像していた。作品のバリューを上げる方法としてそれを想像しているつもりだった。
……しかしまぁ、すると気がついた時には勃起していたのだ。さっき一度済ませたとは思えないほどガチガチに、どうしようもなく、それは復活を遂げていた。
そうなってくるともはや、漫画のためにその妄想をしていたのか、性欲のためにその妄想をしていたのかは、分からなくなってしまう。幸いにも今回再燃したそれは執筆を邪魔するほど脳みその容量を食うわけではなかったけれど、ルカトゥの帰りを醜く心待ちにせざるを得ないことには変わりがなかった。
もうオナニーはしない方がいい。これまでの流れを見るに、この魔法のちんぽは、二回満足するとしばらくはなりを潜めてしまう。普段はぜひとも適度に潜まっていてほしいところだけれども、今日ばかりはそれでは困るのだ。
だから私はひたすらルカトゥを待つしかなかった。焦れったい秒針の動きに打ち勝つため、漫画を描くことで気を紛らわせながら。……あるいは、その創作活動自体を性欲のはけ口としながら。
これが学校の授業で習った「昇華」というやつなのだろうか? 生まれて初めてそんなことを思った。人一倍性的なことには興味があるつもりでいたけれど、やはりこれまでの私には性欲という物が希薄だったらしい。
結果としてそれから私は、今日は未だかつてないほど作業に打ち込んだ! という自負を得ることになった。なんならプロとしてやっていた頃より熱が入っていた気さえした。まだそれらは下書きの段階だけれども、その分ページ数だってえらく増えたものだ。
……そして、そのように凝縮された時間を過ごすうち、ある時待ちに待った「鍵の開く音」がした。まだ夕方の六時にはとどかないくらいの時間だったように思う。
私は犬みたいに素早く短絡的に、その鍵の鳴った方へと駆け出した。
玄関で、扉を後ろ手に閉めるルカトゥと目が合った。……その瞬間に私は、欲望に染まりきっていたはずの湯だった頭で、しかし唐突に人間らしい気まずさを覚えたように思う。
……もしかしてこれが、私がルカトゥを玄関まで出迎えた初めての日なんじゃないか、と。
「先生ぇ〜。ただいまですぅ、お待たせしましたぁ」
「あ、うん……。おかえり」
サキュバスであるルカトゥには、私の顔を一目見た瞬間にもう分かっていたはずだ。今日一日家にいただけのそいつが玄関まで駆けてきてくれたのは、ただ性欲のはけ口を欲してのことなのだと。……なのに、ルカトゥはいつにも増してご機嫌な様子だった。
靴を脱いだルカトゥはいきなり私に抱きついて、下半身で膨張した物をお見通しだとばかりにさすってくる。
「もう〜こんなにしちゃって〜♡ もしかして、我慢してくれてたんですか〜?♡」
「う……、ごめん……」
「なんで謝るんですかぁ嬉しいですよぉ♡ 待たせちゃってごめんなさいね、つらかったですよねぇ……。一回お口でさくっとしちゃいますか〜?♡」
「えっ、ちょ、ちょっと」
言いながら、ルカトゥはすでに私の前にひざまづいていた。何もしなければあと五秒後には彼女の口内に私の欲望が丸々咥え込まれていたような気さえする。
けど、だからこそ私は彼女を止めた。そそくさと脱がそうとするその手を掴んで、
「え……、その、今日は…………セックスじゃないの……?」
そう問いかけると、ルカトゥは顔を上げてにっこりと微笑んだ。
「じゃあベッドに行きましょうか〜♡」
その一言に妙な緊張を覚える。
いったい、今さら何を緊張することがあるのだろう? 彼女とは漫画のネタを用意するためにラブホにすら行った仲であり、それどころか昨日、私はとっくに一線を超えているはずなのに。
それなのに私は、黙って首を縦に振り、ただ彼女と連れ立ってベッドへと向かうことしか出来なかった。……なんてことはないような、夜に眠る時の段取りと大差ないことのはずなのに、その時の私は、談笑だとか、あるいはロマンチックなやり取りだとか、そういった物を介入させる余裕を一瞬のうちに失ってしまっていたのだ。
移植された性欲によって覆い隠された「私本来の何か」が、心の下地のような場所にまだ残っていることが感じ取れる。緊張と躊躇はそこから生まれているように感じる。
ベッドを前にした私がなんとなくマットレスに腰かけると、ルカトゥもそれに習って横に座る。……それからの数秒が長かった。
セックスをすると言ったのだから、主に行うことは自明なのだけれども、それをどう始めれば良いものなのかがよく分からない。分からないから動けず、座ったままの私たちには妙な間が生まれてしまう。そしてその間からの脱出方法もまた分からないのだった。
……思えば興味があるのはお互い様だったのに、口火を切る役はいつも彼氏に任せていたな……なんてことを他人事のように思い出す。このタイミングでのノスタルジーには、我ながら逃避的なニュアンスを感じた。逃避で振り返るほど良い思い出でもないだろうに。
カーテンの外からは、夕焼けの陽が差し込んできている。……いざ、今からまさに、セックスをするぞ! と意気込めば、その光が誰かの視線を代行しているような気がしてしまうものだった。
……なんだか、どうにも妙な気持ちだった。強烈な性欲があるのだから、ただ私はルカトゥの体を思うがままに貪ればいいだけなのでは? それをしたくてたまらなかったはずでは……? とは思うのだけれど、いざ「今まさに」という状態になってみると、なんだかあまりそれをしたいとは思えないような気もしてきてしまう。情欲を体現する棒は確かに硬く上を向いていて、心の方だってそれに相違ないはずなのに、……よく分からなかった。
しかし要するに、私は尻込みをしたのだ。分からないのは、治るにしても怪我をさせたくないと感じたラブホでの一件とは違い、自分が何についての不安を抱えているのか、全く見当がつかないことだった。私には、自分がこの後に及んでセックスを特別視するような乙女だとは思えない。……しかしでは本当になぜ尻込みなんてしてしまうのか? 分からないのである。
見かねたのか、ある時ついにルカトゥが沈黙を切る。彼女は一生懸命という風でもなさそうに、サキュバスらしい余裕を崩さないままで居た。
「先生は、どんな風にするのが好みですか?」
「え?」
「部屋は暗い方がいいとか、体位は何がいいとか」
「あ、……えっと、ごめん、分かんない」
「え〜? セックス自体は経験してるのに〜」
「け、けど、こういうのは初めてだし」
「むぅ、まぁそれもそうですねぇ」
言いながら彼女はベッドを降りて、私の足元に膝立ちで這い寄ってくる。すでに何度か経験のある口淫から始めようってことなのかな……と、私は察知……もとい期待した。
けれど、そう思った通りにはならなかった。突然立ち上がったルカトゥが、私の肩を突き飛ばす。
「わっ」
無抵抗にベッドの上に仰向けになった私に、ルカトゥが見下ろすような姿勢で覆いかぶさってくる。……彼女の表情に獣のようなものを感じて、私は思わず目を逸らした。
逸れた視線は、代わりと言わんばかりに、ルカトゥからぶら下がった豊満な谷間へと、意思によらず吸い込まれる。……それを咎める者はどこにもいない。私の上に覆いかぶさったサキュバスを、阻む者がいないことと同じように。
……あっという間だった。そのようにして、何にせよ私は、気がつけば未知の「圧倒」の只中に飲み込まれていた。
「じゃあ今日は、わたしのしたいようにしちゃってもいい……って、そういうことなんですかねぇ……?♡」
「うっ……」
いつも通りの優しい声だったはずなのに、なぜかそこに捕食者らしさを感じてしまう。ルカトゥの顔を見ることができなかった。かといって胸ばかり見ているのもはばかられる気がして、私は目を閉じる。
「……痛いのとかは嫌」
「ふふっ、するわけないですよ〜♡ そんなこと〜♡」
自ら視界を捨てた私にすり寄って、ルカトゥは躊躇いなく唇を塞いだ。舌が強引に割って入ってくる。
……私はそれで気がついた。彼女の甘い舌に貪られることにも、それを貪り返すことにも、自分はすでに慣れてしまっているのだと。けれどそれは変化のなさを表すことではない。淫靡を伴い何かを求めてくるその舌と口の中で交わるたびに、回を追うごとに、私の考えることは刻刻と変わっている。
初めてそれを味わった時は、自分の中に目覚めた性欲と快感、そして気のせいではない甘い香りに、戸惑いと驚き……それから何より興奮を感じていた。けれども今は、また別のことを考えている。今は、確かに興奮はしているのだけれど、その興奮は、もっと身勝手で醜い物になってしまっている。
にゅるにゅるとした感触を咀嚼するかのように私は、この舌がどんなに自分を気持ちよくさせてくれるのかということを、深いやり取りの中でただただ思い出しているだけだった。愛だの好意だのといったものは、意識の中に埃のような量しか舞っていなくて、ただ快楽を思い出すことばかりに集中しては、その期待が、私の体に生えた魔法によりいっそうの血を集める。
反芻に夢中の私は、そうしてずっと目を閉じたままだった。
セックスに対する躊躇は、もう理由も分からないまま思い出せない。
「ん……ふぅ……んん……♡」
「ん……れろ…………ぷは、……へへぇ♡」
快感に浸っていると見てのことか、唇をはなしたルカトゥが私を見下ろして満足げに笑った。
そこで私はまぶたを開く。不思議と、もう彼女のことが捕食者に見えることはなかった。むしろそこには、私を天国につれて行ってくれる女神がいたように思う。
「せ〜んせ、足もベッドの上に乗せてください♡」
「ん……」
「脱ぎ脱ぎしましょうね〜♡」
言われて、私が腰を浮かせると、ルカトゥは「はぁ♡」と感嘆するような息をはいた。そして彼女はされるがままの私を下だけではなく、完全な裸に剥いた。……こんなことを思うのは変かもしれないけれど、旅行で一緒にお風呂に入っておいてよかったと思った。そうでなければなんとなく今頃、彼女の熱い視線から自分の貧相な体を隠したくなっていたような気がするから。
ルカトゥも同じように全ての衣服を脱ぎ去って、さっきみたいにまた手をついて私に覆いかぶさってくる。絵面だけ見れば、サキュバスが人間を押し倒して襲いかかろうとしているような構図だった。裸のルカトゥの下腹部には、彼女が何者であるのかを表す紋様が浮かび上がっている。
そんな彼女がおもむろに、私の胸の先にある突起を指でつついた。
「んっ……」
「せんせぇは、胸は痛くないんですよね〜……?」
「う、うん。まぁ……」
「ふふ、じゃあ触ってもいいですよね〜♡」
「いいけど……。んん……」
許可を得て、細くしなやかな指が、いつかの意趣返しを始める。もうすぐ漫画になるような過去の意趣返しを。
つまむように指先で擦ったり、こねるみたいに胸を揉んでみたり、……あるいは赤ん坊のように口で吸いついてみたり。ルカトゥはあれこれと私の胸にアプローチをかけてきた。どれも僅かにくすぐったく感じる。
胸は、常識の範囲でならべつにどう扱われても痛んだりはしない。きっとそのことは彼女も入れ替わりの件の時に確認していたのだろう。だからここぞとばかりに遊びだす。吸って、舐めて、揉んで、擦って、つまんで、指をぐりぐり押しつけてみて……。今まで我慢してきた全てをここで堪能し尽くそうとでもいう風に、ルカトゥは私の胸を熱心に愛撫した。
……けれど申し訳ないことにそれは私にとって、快感の度合いで言えば明確にキス以下のことだった。入れ替わりの件を通して、ルカトゥにもそれはきちんと伝わっていただろうか? 胸で気持ちよくなるという感覚が、私には分からないのだと。
もちろん、行為その物の淫猥さによって興奮は引き立てられる。特に舌の感触というのは、もはや体のどこを這っても艶かしさを感じるものだった。だからルカトゥがしたいというなら、今の私になら「いくらでもどうぞ」と言ってのけることだって何ら苦のないことではある。
……だけどどこか他人事。あの日の彼女のように、私もアンアンと喘げれば、もっと相手を楽しませることができるのかな……なんて考えが頭をよぎる。演技のプロを相手に猿芝居をするつもりには、なれるわけもないのだけれど。
時々胸から口をはなすと、ルカトゥは珍しく、若干の品に欠けるにやけ面で私のことを見下ろしてきた。それでなおその顔が魅力的に映るのだから、美人は得だと感じる。……捕食者でもなく女神でもなく、今の一時だけ彼女は、性欲に踊らされる一人の人間……いやサキュバスになっているように見えた。
私はそれがちょっと嬉しかった。性感に浸っている最中の私は、間違いなく同じ顔で彼女のことを見ているだろうから。苦のないお互い様というのは、やっぱり良い。
けれども、そのうちさすがに手持ち無沙汰な気持ちになってきて、私は、ルカトゥの胸に手を伸ばし触れてみた。
お返しとばかりにその豊満さをつついてみれば、沈み込むようなやわらかさと弾力を、矛盾することなく指先で一度に体験させられる。……すると私は、二度三度とその感触を楽しみたくなり、そのうち今度は、それを思い切り揉みしだいてみたいという欲求が湧き始める。
……ふとルカトゥの顔を見ると、幸せそうに微笑む彼女と目が合った。
「んっ……♡ せんせぇ……?♡」
「あぁ、いや、なんか目についたから……」
「えへへ……♡ ごめんなさい、退屈させちゃいましたね」
「そんなことはないけど」
私のその答えが嘘ではないことは、通知の魔法に頼るまでもなく、下半身が示している。
ルカトゥが視界の下へ引っ込む。細い指が硬いものを掴み、温もった息が当たる感触があった。
そのまま突然裏筋に舌を這わされて、思わず全身が力んでしまう。してもらってからまだ丸一日も経っていないのに、ちょっと舌先で舐められただけなのに、それは待ち望んでいた極楽の片鱗として私に伝わってきた。
そのまま亀頭を咥えられると、いよいよ声が出る。
「くっ……あっ♡ ルカトゥ……なんでっ、口で……♡」
「んっ……♡ ふふ……♡ そんなにセックスしたいですか〜……?♡」
「え……、だって、そういう約束で……」
「したいんですか〜? したくないんですか〜?」
「……うぅ〜」
挑発するかのように、視界の外の彼女が敏感な部分にフーっと息を吹きかけてくる。……まさか二度も思わされることになるとは思わなかった。ルカトゥは、こういう時結構性格が悪いんだ……!
そして二度目があると思わなかったのは、辱められることや、その報復を漠然と誓うことについても同じだった。
「……したい」
「え?」
「ルカトゥとセックスしたいっ、してみたいっ、させてくださいおねがいします……! …………これで満足?」
「……ふふふ♡ はいっ♡」
満足そうな声と共に、ぎしりとベッドを鳴らして戻ってきた彼女は、今まで見たどれにも似つかない表情を浮かべていた。
……なんとなくその表情は、白いベールの向こうにあるべき物のような気がした。
「先生ぇ……♡ わたしも、わたしもずーっと、先生とセックスしたかったです……♡ 先生におちんちんが生える前から、本当はずーっと……」
「うん。……知ってる。ごめんね」
「えへへ、いいんですよ。……でも、先生はいいんですか……? こんなわたしの我儘に付き合ってくれて、本当にいいんですか……?」
「いいよ。……ていうか、してもらってるのは私の方だし……」
「じゃあ、本当の本当にいいんですね……?」
「……あのねルカトゥ」
私は、思ったままのことを口にする。それがルカトゥに対する敬意で、何の問題もないことを珍しく気に病む彼女へのあるべき回答で、なおかつ今純粋に一番言いたいことだったから。
「ロマンチックなのもいいけど、あんまり焦らされるとつらいよ……?」
「あっ、ごめんなさい、そうですよね……!」
ペニスを握ったルカトゥが、それを自身の入口へ押し当てる。それだけで、先端がそこを押し広げようとしていることが私にもちゃんと伝わってきた。くちゅ……という音さえ聞こえてきそうなほどハッキリと。
ややガニ股気味になった彼女は、しかしそこまで来てなお言葉を手放そうとしなかった。
「じゃあ、本当に挿れちゃいますね……? いいんですよね……?」
「うんっ。……ルカトゥの中で、私のことたくさん気持ちよくして?」
そう言ってみれば踏ん切りもつくかなと思って、適当に淫語を口走る。……本気で焦れてくると、人間そのくらいは躊躇なく言えてしまうものなのだと、私は知った。
悪戯心で彼女にハグをした時のことを思い出す。今回だって、こちらは何も深く考えてなんかいないのに、ルカトゥにとってはそれが一大事件として捉えられているようだった。
あっ♡ と小さく声をもらした彼女は、体を支えていた糸が切れたみたいに、一気に根元まで腰を下ろす。
「あ゙っ♡ あっあ゙っあっあっ♡♡」
余裕のない嬌声を上げたのはルカトゥの方だった。
長く凶暴な欲の塊を一息に飲み込んで、きっと子宮を突き上げられているだろう彼女は、私の上に乗ったままびくびくと危うい痙攣をし始める。肩が何度も跳ね、足は震え……、見ると目の焦点が定まっていないようだった。
だから私には、初めて男の視点から体験するセックスの感覚に浸るだとか、残念ながらそういう暇はなかった。友人の異様な姿・反応は、性的興奮を押しのけてしまうものだったから。
「え、ルカトゥ……? 大丈夫……?」
「あっあっ……♡ うっ……♡ だ、だい……じょ……♡ うぅっあぁっ♡」
返事も途切れ途切れに、しかし彼女は自ら腰を押しつけてくる。ぐりぐり……と余計に己の奥をえぐるように。
そうして自作自演的に、苦しそうな歓喜の声を上げるのだ。
「あ゙っあ♡ すごいっ……いぃっ♡ せんせぇの……はいってるぅ……♡」
幸せそうに口角を上げて呟く彼女の目は、もはや私の方を見てはいなかった。不安定で危うげな目が、それこそどこか虚空に極楽を幻視しているかのようだった。
そんな風になりながらも、彼女はひたすらに腰を押しつけてくるので、私だっていつまでもその様子にばかり気を配ってはいられなくなってくる。……口でしてもらった時とはまったく異なる快感を、そこに挿入された物が熱烈に伝えてきていることに、脳みそがだんだんと気付き始めていた。
ルカトゥとのセックスは、温かいを通り越して熱かった。ちょうど人が心地よいと感じられるお湯が、そこから湧いてきているのではないかというくらいに。……それが最高に良かった。
気持ちいい……という感覚はもちろんあるけれど、それよりもまず「すごい」という感想が勝る。自分の最も敏感な部分だけが熱いぬめりの中に包まれるというのは、それだけでこんなにも気持ちのいいことなんだ……と。まだ一度もピストンはしていないのに、快感のあまりに感動があった。
そしてそうすると当然、その先も知りたくなる。
「せんせ……♡ せんせ……♡ 奥までずんって……きもちいい……♡ あぁっ……♡」
私が感動する一方で、ルカトゥはまだ放心状態にある。騎乗位の格好をしている以上、主導権は向こうにあるのだけれど、彼女はうわ言のように歓びを言葉にしながら、ひたすらに腰を押しつけては身をくねらせてばかりいた。
どうやら危険なことはないらしいと分かってくると、その動きが焦れったくなってくる。
「おーい、ルカトゥ……?」
「ん……、あ、はい……?♡ なんですかぁ♡」
「……動けそう?」
「へ……?♡ もちろんですよぉ♡」
ベッドに手をついたルカトゥが、「ん……♡」と声を上げながら体を持ち上げる。
すると抜けていく肉棒に、彼女の膣内がまるで吸引するかのような刺激を与えてきた。
「うぁっ、あ……♡」
「えへぇ……♡ せんせぇきもちい〜?♡」
とろんとした目のルカトゥがまた腰を落とす。
ちゅるっと呆気なく、すべては再び熱い肉の中に飲み込まれた。突き上げているというよりは、むしろ落ちていくような感覚があった。
ギシ……ギシ……とベッドが軋み始める。「あ゙〜……♡ あ゙ぁ〜……♡」と呻くように喘ぎながら、ルカトゥがリズミカルに腰を降り始めた。
……そこからが「本番」だった。
「あっ?♡ あっ♡ おっ♡ おっ?♡」
わけも分からず声を出していたのは、今度は私の方だった。
抜けていく時も、挿れられる時も、途絶えることなく交互に異なる快感が走る。吸い付いて、飲み込まれて、吸い付いて、飲み込まれて……。
口淫と違って引く時にも快感が来るものだから、脳に送られてくる信号は倍増どころではなくなる。とめどなく、しかも変化をつけて送りつけられる気持ちのよさは、思考する余裕を一瞬で奪っていくものだった。
ピストンして擦れると、中の熱さが余計に快感と結びつく。ローションを入れたんじゃないかというくらいぬるぬると心地よく抽挿されるのに、同時に少しだけざらつくような感触があって、それがたまらない刺激になってくる。……そういった、本来なら時間をかけて一つ一つゆっくりと味わうべき快感たちが束になって、毎秒毎秒叩きつけるように、ぺニスを通して私の中に流れ込んでくる。
下半身についている魔法の棒は、いかにも後付けなだけあって、そこだけが自分の体の中で特別浮いているような感覚があった。性的な快楽を得るためだけにある器官がその役割を果たして、私の頭の中をぐちゃぐちゃにかき乱していくような……。
「あっあっ♡ あっ♡ やっ、ごめっんっ♡ イっくっ♡ ルカトゥ♡ イっちゃう……!♡」
「あぁっ♡ はぁっ♡ だして♡ せんせぇのぜんぶっ、ぜんぶだしてぇ……!♡♡」
許可されたから……というわけじゃなかった。ただ我慢の余地もなく、私はルカトゥの中にそのまま吐精した。
元々そのためにあったらしい魔法で、ルカトゥがそれを察知して腰を止める。……静止した彼女に恍惚の表情で見下ろされながら、満ち足りた余韻の中で、私はまた新しくサキュバスの力を思い知ることになる。
絶頂した直後の敏感さと、肩で息をしながら休憩に入ったルカトゥのおかげで、私はようやくそれに気がついたのだ。……ルカトゥは一ミリも腰を動かしていないはずなのに、中がうねうねと蠢いて、ぺニスから最後の一滴を搾り取ろうとしている。お腹に力をこめれば一瞬締めたりすることは誰にでも出来るだろうけど、ぺニスを包み込む肉壁が波打つようなその感覚は、私が無知なわけでなければ、人外だけが可能としている異様な愛撫だったように思う。
最初に腰を押しつけていた時から、もしかしてずっと、こんな風に人智の及ばないところから細かい快感を与えてくれていたのだろうか……? 射精後の息切れの中で、ぼーっとルカトゥを見上げながら、そんなことを思う。
……感謝の気持ちがあった。
「えへへ……。中出ししちゃいましたねぇ……♡」
夢見心地といった様子で、ルカトゥがそんなことを言う。
「サキュバスは大丈夫なんでしょ……? そういうの……」
「そうですよ〜? いつもしてますし〜」
「そうなんだ」
いつもしている。……とは、なんとなく予想していたことだった。私が彼女の体を借りて撮影に参加した時には企画の趣旨的に「小道具」としてコンドームを使っていたけれど、そういう事情がなければサキュバスにゴムなんて使わないのではないかと。なにせ妊娠の要否は彼女らが意思のみで決められるし、性病の概念は、サキュバス到来から十年を待たずに地球上から根絶されているから。
……もしルカトゥが、ただよくあるネジの飛び方をした女の子だったなら、わざと孕んで私に責任を求めたりしたのかもしれない。けれど実際の彼女はきっとそれをしないだろう。決定権がサキュバス側に偏りすぎていて「責任」の所在が怪しくなるから……ではない。……私はルカトゥに、もし私がプレイとして望んでみせれば、中絶すらも軽々しく行って見せてくれるような、言わば潜在的な狂気を感じているのだ。
百戦錬磨の名女優たるサキュバスが、童貞女の上で心因性らしき快楽による痙攣・放心をしていたら、誰だってそうも思うだろう。
「ふへぇ……」
間の抜けた声と共に、ルカトゥが私にしなだれかかってくる。満足いくまで搾られて少し萎えたぺニスは、しかしまだ彼女の中に挿れられたままだった。
汗ばんだ彼女の肌に密着されることが、今はなぜだか妙に心地よかった。
「どうしたの? 疲れちゃった?」
「疲れちゃいましたぁ……」
「サキュバスもエッチで疲れるんだ」
「滅多にないんですよぉ……? でもちょっと今日は……良すぎました……♡」
「……私も、びっくりするくらい気持ちよかった」
「えへへ、やったぁ♡」
心音を聞くみたいに、私の胸に耳を押し当ててくっ付くルカトゥが、ふふ……ふふふ……♡ と嬉しそうに笑う。
……けれどその笑い声はなかなか止まず、そのうちそれは、境らしい境もなくいつの間にか、泣き声へと変わっていた。
「へへ……幸せだなぁ……♡ 先生とセックスしちゃったぁ……ふふ……へへへ……。…………あれぇ、なんかまた泣けてきちゃいましたぁ……」
にやけながら涙を流して、それを拭う。……やっぱり彼女の心中は私なんかには想像することもできない物のようだと、それだけはその涙がはっきりさせる。
私にできることは、優しくもない……自己中心的に漫画ばかり描いてきた手で、おっかなびっくり、彼女の頭を撫でてみることくらいだった。
「ごめんね……。今まで、本当にごめんね……」
「えぇ〜、謝らないでくださいよぉ」
「無敵の子が泣くほどつらい思いをさせてたんだもん、謝るよ……」
「そんなにつらい思いしてませんよぉ……? これは、う〜ん……なんでしょうねぇ……。あれです、嬉し涙です」
「……そっか。でも、ごめんね」
「もう、謝らなくていいのに……。それに、無敵でも泣く時は泣きますもん。泣いても平気だから無敵なんですよぉ……?」
「うん……。うん、ありがとう」
どちらが慰められているのか、まったく分からなかった。
それから私は、「先生になでなでしてもらえるの嬉しい♡」と言うルカトゥの頭を、馬鹿の一つ覚えみたいにずっと撫でていた。髪の感触が心地よかったけれど、自分の下半身がそれに応えることはなかった。
……その後しばらくした後、すっかり息の整ったルカトゥが「あっ」と突然身を起こした。
「お掃除するの、忘れてましたぁ」
そう言って、小さくなったモノを抜いたルカトゥが、また視界の下へと消えていく。そしてすぐに、見るまでもなく威勢をなくしていたモノが、ぱくっと丸ごと咥えられた。
それの復活を望んでいるのではないかというほど、ルカトゥは咥えたものを激しく舐め回す。自分自身の体液に塗れていることなんておかまいなしに、口の中で転がし、根元まで舌を踊らせて、「こんな物じゃ全然苦しくないぞ」と挑発するかのように、お掃除フェラの範疇を超えてもごもごと遊びだす。
……するとそれは、まんまと全盛期の姿を取り戻してしまった。
なんと、三度目があったのだ。私は自分のことながら、自分のことではないようなそれの復活に正直驚きを隠せず、ルカトゥの方はといえばまた喜びを隠せていなかった。
「先生ぇ……♡ せっかく勃っちゃったから、もう一回……ダメですかぁ……?」
「……まぁ、断る理由がないよね」
「やったぁ〜♡」
こちらにとって望ましさ一色である事を、上目遣いで懇願されるというのは、なんて心地の良いことなのだろう……。快楽を優先して手酷く扱ったことを感謝された時と同じような、危険な優越感のようなものを私はこの時にも感じた。
二度目のセックスともなればルカトゥの感動もいくらか薄れて、心配になるほど激しいリアクションはしなくなるのでは? ……と一瞬だけは思ったものの、それはまた彼女の心を甘く見てしまった考えだったのかもしれない。腰を振りながらの呻き声と共に、口の端からよだれを垂らす彼女を見て、私はやはり狂気的なものを感じずにはいられなかった。
けれども、性のもたらす快感は、人の狂気なんかとはおかまい無しになだれ込んで来るものだ。今日三度目の射精だというのに、私が絶頂を迎えるまでには五分とかからなかったように思う。
「せんせぇ大好きぃ……♡ 幸せぇ……♡」
体重をかけて咥えこんだ陰茎を離そうともせず、乱れた呼吸のまま私の頬にキスを繰り返しながら、ルカトゥは何度もそう言った。
時計の針を見ることを思い出したルカトゥの切り替えはおそろしく早かった。
「あっ、もうこんな時間……! ご飯作りますねっ」
つい一秒前までとろけた様子で、うつらうつらとしながら「好き……好き……♡」と私の横でささやいていたルカトゥが、突然に起き上がり服を着始める。
「疲れたでしょ。そんなに急いでくれなくてもいいよ」
私がそう背中に声をかけると、振り返った彼女の顔からは、もう官能的なニュアンスがほとんど取り除かれていた。火照りの類は冷まされきって「事後」のそれには見えず、普段通りのルカトゥに見える。
「いえ、疲れたっていうのは、そういう意味じゃないんです」
「そういう意味って……?」
「う〜ん……。なんていうか、こう……、余韻に浸りたい? みたいなぁ。でも体力的には全然ピンピンしてますよぉ、サキュバスなので〜」
「あ、そうなの」
エプロンをかけてすでに台所に立ち始めたルカトゥを見て、まぁ本人がそう言うならそうなのかな……と思う。実際、サキュバスという生物の特性上、普通に考えれば「セックスに使うエネルギー」よりは「セックスから得られるエネルギー」の方が多いはず。そうでなければ採算が取れず、性行為によって生きるためのエネルギーを摂取している彼女らの理屈に合わないから。ましてや彼女らはそのエネルギー……いわゆる魔力を糧に、人間には及びもつかないことの数々を平気で行う。どんなに疲弊を伴うセックスをしても、それでサキュバスをへこたれさせることが出来るとはにわかには思えない。
……まぁ、よだれを垂らしながら喘ぐようなセックスのあとで「疲れた」と言われれば、それはそれで真実っぽく聞こえてしまうものなのだけれど。
そんなことを考えながらベッドの上に寝転んでいると、むしろこちらがそのまま眠ってしまいそうになる。生活リズムのためにも、私は服を着てテレビでも見に行くことにした。
そしてその流れの中で、何とはなしにルカトゥの後ろ姿を見て、思い出す。
「あっ」
思い出したのは、昨日同じようなシチュエーションで催した劣情のこと……ではない。
そもそも、私たちは何のためにセックスをしたのか? ルカトゥを喜ばせるためか? より気持ちの良い行為を追求してのことか? 違ったはずだ。私はその目的のことを思い出したのだった。
その場から彼女の背中に声をかける。
「ねぇルカトゥ、ところでなんだけどさ。私がなんでセックスをしようって言い出したのか、覚えてる?」
「え〜? なんでしたっけぇ。……あっ」
包丁を動かす手が止まる。彼女も当初の目的を思い出してくれたようだった。そしてそれについて我々がまだ何の意見も交換していないことについても。
背を向けたまま、ざくざくと野菜を切る音を再開させながら、ルカトゥは私に聞いた。
「思い出しました〜。…………どうでした? 実際にセックスしてみて」
「それがね、……セックスをすること自体は、完璧だったと思う」
「おぉ〜!」
私たちがセックスをしようと決めた目的。それは「罪悪感なしで気持ちよくなろう」という物だった。
魔法のちんちんを生やして暮らしていく都合上、性欲処理というのは必須事項になるのだけれども、それをルカトゥに頼むたびに罪悪感を覚えていたのではやっていけない。だからフェラチオのような一方的な行為ではなく、セックスのような双方向的な行為をすることで、罪悪感を解決しようじゃないか……と、元をただせばそういう話だった。
そしていざそれを実践してみれば、目論見はその目的を忘れかけるほどに上手くいったのだった。「今までのこと」に罪悪感は抱くことはあっても、今日のセックス自体には全くそれを感じない。それはそうだ。自分の上で腰を振る相手から恍惚の表情で「大好き」「幸せ」と言われて、どこに罪悪感の立ち入る隙があるものか。むしろそれは「今まで」に対する清算ですらある。
試みは大成功に終わった。大成功しすぎて、性行為は一度の興奮で三度も可能なのだということまで判明した。そうすると、それを受けた私たちが次に定めるべき方針は……。
「じゃあ、これからも先生がむらむらしたら、セックスをすればいいってことですね〜?」
「そういうことになるね」
なんて他人事みたいな返事なんだ、と我ながら思った。けれど感覚に忠実に言うなら「そういうことになる」としか言いようがないのである。借り物なだけあって、性欲という物にはそういう雰囲気、手触り感がある。
「ふふ〜♪ たのしみだな〜♪ 毎日セックス〜♪ セックス〜♪」
機嫌の良い声で、十年くらい前のニコニコ動画なら話題になりそうな即興ソングが台所から聞こえてくる。変な笑いが出たけれど、ともあれお互いの望みがマッチして何よりなことだった。
いつだったか、ルカトゥ原作の漫画を読ませてもらった時に思ったことだ。私にもルカトゥに対する性欲があればいいのに、そうすればもっと彼女との関係を良くできそうなのに。……魔法のちんちんと初めてのセックスをもって、その妄想じみた夢は晴れて叶えられたことになる。ルカトゥほどではなくても、私としてもそこには深い感慨を覚えるものだった。
「あ、毎日のことだから〜、マンネリ化しないようにいろいろ考えないとですよねぇ」
「四十八手とやらを片っ端から試すとか?」
「それもいいですね〜」
適当なことを抜かす余裕も出てくる。
案ずるより産むが易し……という言い回しをここで使うのは、話題が
気分が軽くなったからか、ご飯がいつにも増しておいしく感じた。三回もすっきりしたからか、その日はもう何があっても、ルカトゥに対して劣情を催すようなことはなかった。
けれど、そうして清々しい気持ちで就寝時間に目を閉じた時、ルカトゥの一言によって一抹の不安がよぎる。
「わたし、明日もお仕事なんです。先生ぇ、本当に誰も呼ばなくて大丈夫ですかぁ……?」
「いや、大丈夫だったでしょ、現に今日が」
「え〜、すっごく我慢してたじゃないですかぁ」
「あれは……。……多少そうだったかもだけど、それはだってさ、オナニーだけで満足したら……あれでしょ? セックスするって約束してたのに」
「あ、それで……。えへへ、ありがとうございます♡ でもお気遣いなくですよぉ。先生が好きなようにしてくれるのが、わたしは一番嬉しいですからぁ。……それに」
「それに?」
「先生がわたしのことオカズにしてくれたの、すっごくすっごく嬉しかったですよ〜?♡」
「あ……」
オナニーにアンテナを張られているとは思っていたけれど、オカズの内容にまで張られているとは思っていなかった。……けれどもそう、言われてみればありそうな話だ。つまり彼女はこれまで、その一向に反応しないアンテナを、期待と共にずっと見張り続けていたということ……。
私に「嬉しくて泣く」という感覚が分からないのは、そういう心労の積み重ねを体験したことがないからなのかもしれない。だけど幸いにもそれを知らなくたって、まぐれだけれども、ルカトゥの望みに報いることは出来たわけだ。それに関してはすごくよかったと思う。
……けれども問題は、一抹の不安は、私がすっかり「ルカトゥの常にいる生活」を明日のこととして想像してしまっていたことだった。
性欲が湧いても、セックスをすればいいや! そう思えていたからこそ気持ちが軽かったのであって、仕事で半日いなくなるのだと言われると、なんだか途端に不安になってくる。今日やってみて分かったけれど、ある意味当然といえば当然なことに、自慰の気持ちよさは、セックスのそれに遠く及ばない物なのだ。
性欲を自慰によりコントロールするなんてことは中学生でもしている簡単なことだ……と思っていたけれど、そういえばそう、大抵の中学生はセックスを未体験なのである。体験の上で、私はそれをコントロールできるのだろうか……?
だからといってもちろん、友達の友達とやらを抱きたいとは一切思わないけれども。
「……じゃあ私がオナニーばっかりして、ルカトゥとはしなくなっちゃっても、べつにいいんだ?」
「ん〜、わたしがお仕事の日はいいですけどぉ、そうじゃない日はエッチしたいかも……ですぅ」
「それは言われなくてもそうするけども。というか、むしろこっちがお願いする立場だから……」
「えへへ♡ じゃあ
そのように、不安のことは見て見ぬふりをして、私たちは眠りについた。
まだ太陽の出番が終わらないうちにやることをやってしまっていたとしても、日付から考えると、これがいわゆる初夜ということになるのだろうか?
セックスという万能の解決策を見つけられたのだから、少なくともルカトゥが傍にいる時間は、それだけをしていれば何ら問題ないのだ。……という考えはいかにも甘すぎたのだということに、私は朝っぱらから気付かされていた。
味を占めるという概念が、魔法から生まれた物についてもしっかり適用されてしまったのかもしれない。朝起きて早々、私は自分の意思とは裏腹に硬くなったそれを布団で隠そうとしたけれど、サキュバス相手ではそれが無意味だということにすぐに気がついた。
朝の準備を着々と進めるルカトゥと目が合う。
「あの……ルカトゥさん……」
「は〜い♡ 先生ぇ、朝からしたくなっちゃいましたか〜?♡」
「うっ……ごめん……」
「謝らないでくださいよ〜。わたしとっても嬉しいです♡」
ベッドの縁に腰かけた私からパジャマを下着ごと脱がせたルカトゥが、飛び出したそれを焦らすこともなく当たり前のようにぱくっと咥える。なぜそうなったのかといえば、今からセックスをするにはどうにも時間がなく、口でサクッと抜くという運びになったからだった。
にゅると裏筋を這う舌と、外気から遮断されたような生々しい温もり……。未だ慣れきらない快感に、相変わらず腰を引きそうになる。……しかしそんな私の頭の中は、快楽の幸せとは別の思考でいっぱいだった。
昨日あんなにしたのに、なぜ朝からなのか……? 罪悪感から解放されたことで、私は本格的にルカトゥのことを性の対象として見てしまっているのだろうか? それとも朝とは元々そういうものなのか? あるいは、ルカトゥが家を出たあとのことを考えて、今日は彼女のどの作品をオカズにしようかな…………なんてことを考えてしまったのが間違いだったのか……?
そんな風に気を散らせながらだと、奉仕してくれているルカトゥに失礼だろうか? 仮に失礼でなかったとしても、「最後」に達するまでに余計な時間がかかってしまうのでは……? ……と考え始めたあたりで、一度口からモノを離したルカトゥがこちらを見上げてくる。
それで私は初めて、なんやかんや考えながらも自分の「目」だけは、すぐ真下で黙々と肉棒をしゃぶるルカトゥの姿から片時も離せていなかったのだということを自覚した。
ルカトゥはにこっと微笑んで、なにも言わずにまたそれを咥え直す。……それからすぐ、彼女は陰茎を一気に根元まで飲み込んだ。唇が私の肌に触れるほど、ほんの少しも余さずに奥の奥まで。
「う……ぁ♡」
「んぐっ♡ んっぐぇっ♡ ぇう♡ んぐぅ♡」
「あっ……イきそう……っ。ごめんっ……出る……ぅ……♡」
「んぅ……♡ ん……ごくっ……♡」
喉奥をかき混ぜるようなピストンが、苦しさなんか少しも垣間見せずに躊躇なく繰り返されたことで、私はすぐに射精に至った。……早漏なのは良いことだ。これで遅漏だったらと思うとぞっとする。
粘つく唾液にまみれた恐ろしくも醜い棒を引き抜いて、ルカトゥは「あーん」と空っぽの口内を私に見せつける。
「えへへぇ……♡ 朝から先生のでお腹いっぱいですぅ♡」
「う……。そ、そう……?」
時間もないのに、どうしてそんなにさらなる劣情を煽るようなことを言うのだろう……? 私にはそれが分からなかった。
実際、腰元の分別が利かないそれは、まだ重力に逆らおうとしている。まるで、奉仕に対する恩など感じてもいないかのように……。
「もう一回しましょうかぁ」
それを見下ろしたルカトゥが言う。
はたして彼女の仕事が何時から始まるものなのか私は知らないけれど、時刻としてはとっくに八時を回っていた。
「時間は大丈夫なの……?」
「ん〜……。まぁ、急げば〜……?」
「じゃ、じゃあいいよ。大丈夫、一回してもらったし、ありがとね」
「でも、つらいでしょう……?」
「一人でなんとかするよ」
「でも……」
ルカトゥの視線は、持ち主の口ぶりとは裏腹な様子の陰茎と、時計の針との間を行き来した。まるで繰り返し視線を向け続けていれば、そのうちどちらかの問題が解決するのではないかという風に。
そして長考の末、潤む瞳が私を見上げた。
「……お、おねがいします、先生ぇ。先生のおちんちんしゃぶらせてください、おねがいしますぅ……。これじゃわたしの方が生殺しですよぉ……」
「えっ……なっ……」
それは予想だにしないことだった。ルカトゥからそんな風に切羽詰まった様子で何かを懇願されたことは、それが初めてだったのだ。しかもセックスさせてくれと言われるならまだ分かるけれど、そうですらなかった。
じゃあそれは、いったいなんだ……? 私をその気にさせるための演技……? それとも、本当に心から言っていること……? 私の節穴な感性ではまったくそれを判別できなかった。
……けれど陰茎はそんなことすら気にせずに、より身勝手に期待を高めてしまう。
なんとなく、自分の性癖のことが分かってきたような気がした。この性癖は「許容されるのが好き」と言えばそれでも間違いではないけれど、どうも実情はそれだけではないような感じがする。こんな状況で昂ってしまうようなこの性癖は、これはきっと……。
……と、考えたけれど、私はそこで思い浮かんだ仮説を認めたくなかった。
「……二回目だから、時間かかったらごめん」
「あ、ありがとうございますぅ……!」
過剰にへりくだった調子で返事をするが早いか、ルカトゥは反り返ったそれを再び奥まで咥えた。
……結果から言って、私の射精は彼女に遅刻させるほどの時間を取らせなかった。一応予防線として言ってはみたものの、そもそも二度目の射精が目に見えて時間を要した試しなど、これまでに一度もなかったのである。
彼女の本気のフェラチオは、根元から先端までの長いストロークを往復するものだった。それは叩きつけるように激しいのにおそろしくスムーズで、口から喉までの全体が筒のように……いや、まるで性器のように感じられるような奉仕だった。
そんな奉仕を受けている最中、私に出来ることはと言えば、宙空に視線をさまよわせながら、よく分からない声を断続的に上げることくらいだった。
「ばたばたしちゃってごめんなさいっ、じゃあ行ってきますね!」
唾液に汚れた顔を洗って着替えをしてから、ルカトゥは駆け足で家を出て行った。帰ってきてから云々の約束は何もしなかった。
下半身を丸出しにした寝巻き姿のままで、脱力した私はポテッとベッドに倒れる。
……「呆然」というのが、今の自分に一番ふさわしい言葉であるように思えた。
セックスをすれば万事解決、暮らしを圧迫することもない……という昨日の見立てはなんだったのだろう? 一晩明けてみれば私のしたことは、ルカトゥを遅刻寸前にさせながらただひたすらに口で奉仕をさせただけだった。それは振り出しに戻ったか、むしろそれ以下の結果だとしか言えないようなことだったろう。
べつにこれが今日だけの事であるなら大した問題ではない。そういう日もあるよね、で済ませてしまっていいはずだ。……けれど今日あったような事は、むしろこれから毎日起こったっておかしくない事なのである。性欲は、魔法を解除しない限り消えない上に、きっと薄まりもしないのだから。
何か策を考えなければならない。たとえば早起きをして、時間に余裕があるうちに性欲処理を済ませてもらう……だとか。人間相手ならその策には体力的問題がつきまとうけれど、サキュバスであるルカトゥ相手にならその心配はないのでは……? むしろ性処理は彼女にエネルギーを与えることだ。そうだ、そうじゃないか、よし明日からはそうしよう。
……そこまで考えてようやく、私は着替えを済ませて顔を洗うことができた。呆然としていた頭もさすがに落ち着いてくる。二度も満足した下半身が順当におとなしくしてくれていることも、落ち着きの理由の一端だったかもしれない。
朝食にトーストを食べて、パソコンに電源を入れる。昨日猛烈に描き進めたおかげでゆめ魔にっきは今日中に次の章へ……つまりはエロゲ制作への協力をもちかけられることから始まる一連の話へと移れるはずだった。
漫画的に言えばその章はアオイ(ルカトゥ)の過去や思想が断片的とはいえ明かされたり、二人の間に独特な信頼関係が明言されるような撮れ高たっぷりの一編である。そしてその信頼関係については現在進行形で現実に試行錯誤が続いており、その章の先には魔界旅行編やふたなり編(TS編?)が待っていることにもなる。
……つまりそれはめちゃくちゃ描き甲斐のあるパートなのだ! 私が仕事を投げ出すくだりなんかよりもよっぽど!
と、そんな風に先々への意気込みを胸にフォルダを開いたのだけれど。
「……は?」
昨日描いた分のページを見て、自然と声が出た。
そこに描かれていたのは、大人のオモチャを使って二穴を犯されるルカトゥ……もといアオイだった。……言うまでもないことだけれど、そんな史実は私とルカトゥの間に実在しない。
嫌な予感がして、そのページよりも前の方を確認してみる。すると、やれ淫語を複数行にわたって口走りながら愛撫をねだるアオイだとか、興奮をあらわにしながらスパンキングをするクジャクだとか、そういった「史実に存在しない日記」たちが続々と出てくるわ出てくるわ……。全て乱雑な下書きの段階とはいえ、数えてみるとその手のエロシーンが合計で二十ページを超えていた。
……こんな物描いたっけ? 疑わしく思い記憶を振り返ると、……うん、描いたかもしれない。描いたような気がしてきた。いや、うん、描いたな。そうだった、そういえば「多少脚色してでもエロくしてやる」みたいなことを考えながら、思いつくがままにそんな感じの物を描いていたような気がする。
アホかと思った。こんな物は全てボツである。後のふたなり編を鑑みてペニスバンドの登場だけは避けているところにかろうじて理性を感じるけれど、そうだったとしてもこんな内容では先の話に繋がらない。これだけ好き勝手ルカトゥをオモチャにした女がどの口で「同性には興味ないから……ごめん……」とか言うんだ? 馬鹿なのか? ことごとくボツである。
そういうわけで進捗は想像より大幅に後退して、まだ全然「魔法と百合の判明編」から抜け出せそうになかった。それ自体はべつに構わないのだけれど……。なんだか今後のことが不安になってくる。私は本当にちゃんとゆめ魔にっきを描き進めることができるのだろうか? 今日もまた同じことを繰り返してしまうのでは……?
そんな不安を拭いきれないまま、何はともあれ続きを描き始めてみると、幸いなことに、とりあえず脚本的には問題ない話が描けたように思えた。というのもそれは、とにかく史実に忠実であることを心がけたからだった。変に色気を出して脚色しようだとか、そういうことはもう考えないようにした。
けれどそれでも、アオイが愛撫されるシーンの出来栄えについては、今の私ではなんとも評価を下しかねる状態となっている。……というのは、あの場面は客観的に言えばエッチなことをしているわけだから、絵的にもエロ漫画の文脈で描写してみたのだけれど、その加減というものがよく分からないのだ。「当時の自分の視点」「今の自分の視点」「客観的な視点」と三つもの視点があるせいで、どの描き方がどこを基準にした選択なのかもはや自分では把握しきれず、なんとなく手癖で描いているような感じになっている。明日の自分がそれを見て清書に移る判断をしてくれるものかどうか、なんとも自信が持てなかった。
そうこうしているうちに、時計の針はあっという間に正午を回る。冷蔵庫の中に「レンチンしてください」と付箋の貼ってあるラップがけの皿があった。中身はハンバーグとつみれの間くらいの大きさをした肉料理だった。
それと炊飯器の中で保温されていた米、あと鍋ごと温め直した味噌汁を昼ご飯にする。……するとそれを食べている最中、ピンポンと玄関の呼び鈴が鳴った。ついでに「宅急便でーす」の声も聞こえてくる。
何か頼んだ物があったっけ? と怪訝に思いつつも玄関の扉を開くと、引っ越しダンボールと同じくらいしっかりしたサイズのわりには、モヤシ系女子でも難なく持てる程度に軽い荷物を渡された。送り主を確認してみると、私はそこに驚愕の名前を目撃する。
『送り主……テアトラ・ソラフォルリコル』
……いや誰!?
そう、具体的にそれが誰なのかまでは私には分からなかった。けれどそんな私でも知っていることとして、ルカトゥのフルネームは「ルカトゥ・ソラフォルリコル」なのである。……つまりこれは、ルカトゥの何らかの身内から送られてきた何らかの物だということになる。伝票の記載には「グッズ」としか書かれておらず、中身を知るには足りえなかった。
同居人宛ての荷物を勝手に開けるほど私も非常識じゃない。……けれども、割れ物だとか天地無用だとか冷蔵・冷凍だとかその他諸々の表記がないことをしっかり確認してから、私はその箱を少し横に揺さぶってみた。すると、ガチャガチャと何やら軽い音がした。……見当もつかないのでそのまま部屋の隅にそのダンボール箱は放置しておく。
たいらげた昼食の皿は水につけておき、私は執筆作業を再開する。エロシーンはひとまず下書きがまとまったけれど、それより先にもまだその章の話は続いているから、次はそれを考える。
そこにあるただひたすらの会話パートこそが物語的にはむしろ最重要であるわけだから、台詞選びに気が抜けなかった。……またそこで語られる話は、現実の私たちにとっても未だ重要な事柄になっている。ルカトゥが同性愛者であることを明かし、私を見る目についてを明かし、その上で今後のスタンスを明言すること。それを受けての私の言葉と行動、彼女に対する答え……。
……けれどもどんなに重要な会話だって、それが日常の中にあった一度きりの物である限りは、記憶からどんどんと簡略化されていってしまう物である。細かい言い回しや、話の前後しても構わない順序はほとんど思い出せず、結局その大半は私が自力で考えて書くことになる。できるだけ記憶の中の印象に近づけられるように書きたいものだけれど……。それがなかなか難しい。
……性欲は、その言語的に繊細な作業を少しも邪魔して来なかった。さすがに朝から搾り取ってもらったおかげなのか、今はまったくそれの気配すら感じられない。素直にありがたい反面、なんだか張り合いのなさのような物も感じる。こちらは朝から「今日はどのAVを見ようかな」なんて考えていたのに……。
……が、しかし、そんなことを思っていると、身に余る性欲のもたらす問題は、今日は搦手の形で私を襲ってきたのだった。
一度の射精によって失われる体力とは如何程のものなのか? 詳しいところを私は知らない。しかし、昼食を終えてからしばらく後に私を襲った眠気と、朝の二度もの射精が無関係だとは直感的に思えなかった。
ちんちんが生える前から、私が昼寝をすることは別段珍しくもないことだった。たまにふと目が覚めるとルカトゥが帰ってきていることがあり、最初の頃はその気まずさが背筋を伝えような物としてあったりもしたのだけれど、小言の一つも言われない生活が続いて、いつからか私はそれに慣れてしまった。ルカトゥの帰る頃に寝ているのは失礼で、遊んでいるのはそうでもないだなんて、考えてみればおかしな話だと気がついたのである。年明けに彼女の真意を聞いてからはなおさらに。
だから今日も、睡魔には素直に身を預けようと思う。未だ片付けそびれているコタツは電源がなくとも季節柄そろそろ暑く、私は布団を被らずにそのままの状態でベッドに寝転がった。
心地のよい眠気は、漫画を描くことよりもひょっとするとさらに強く、私の頭の中から様々なややこしさを追い出してくれるものだったかもしれない。……それはまったく激しさには欠けることだけれども、なんだか性の心地よさにも似ているような気がした。気持ちいい、気持ちいい……とだけ考えている時の状態と、落ちていく自覚のある眠りの間に、私は確かな繋がりを感じる。
……夢の中の私は、まるで仮眠をとるためのアイマスクを使うみたいに、気軽に軽率に、ルカトゥのことをオナホールとして「使って」いた。オナホールとやらが実際どんな物なのか、体感的には、私は知らないのだけれども。
鍵の開く音で目が覚めた。
黙ってそろりと入ってきたことから見て、ルカトゥは私が眠っているか起きているかを魔法で把握しているようだった。……現に、目が覚めた瞬間に彼女がちょうどこちらを向いたものだから、目が合う。
「ん……、おかえり」
「ただいまです〜」
にこりと微笑む彼女から、病院のベッドの上を見るようなニュアンスを受けたのは、まぁ私の被害妄想だろう。
……非道徳的な夢を見たせいで、起き抜けにルカトゥの姿を見ていると、その見え方が夢の世界観に引っぱられてしまう。寝ぼけまなこの私は、強く意識しなければルカトゥから目を離すことが出来なかった。
仕事から帰ってきた時、同居人が寝ていても遊んでいても大差はないなら、帰ってきて早々に体を求められた場合についてはどうなのだろうか……? ……その答えはすでに昨日明らかになっている。
……性欲の再燃を自覚する頃にはいつもそのようなことを、これみよがしに考えてしまっているものだった。
けれど私は今、これといって何がしたいというわけではない。口でしてほしいとか、セックスがしたいとか、キスをしたいとか体にさわりたいとか、そういう具体的な欲求はまだ、眠りの中に置き去りにしているようだった。……けれども、「何をしてもいいのだ」という認識だけで、性欲の触媒は時として十分すぎてしまう。
はたしてこれが、許容を性癖とするところの醜さなのだろうか? 屈折した人間が、信頼したい相手に試すような行動をとるみたいに、普通の人なら嫌がるだろうという場面でこそ体を求めてしまうことが、私の性癖の欠点なのだろうか? ……もしそうなら、ルカトゥなら可愛げとしてそれも許してくれそうなものだけれど。
「あ」
部屋をあちこち行き来するルカトゥを目で追っていると、夢に追いやられて記憶から脱落した物のことを私は思い出した。その現物が視界に入ったからだ。
「そういえばなんか、テアトラって人から荷物が届いたんだけど」
「え? あぁ」
それまで部屋の隅のダンボール箱を一瞥すらしていなかったルカトゥが少しも驚かず、すごく自然な流れでカッターを持ってくる。ガムテープの封はそれで開放された。
「テアトラは母の名前なんです〜」
「えっ。あ、そうなの」
「実家から送ってほしい物があったので、頼んでおいたんですよぉ」
それを聞いてしっくり来た。ルカトゥは荷物の到着を帰宅前から魔法で知っていたのだ。予期できることにはアンテナを張れるから。
蓋の開かれたダンボール箱を持って、ルカトゥはどこか上機嫌にベッドの上の私に駆け寄ってくる。ガチャガチャと一度聞いたことのある音が箱の中から鳴っていた。
「先生ぇ、見てくださいこれ」
「……わぁ」
その箱の中身を見て、私は再びしっくり来る。しかしそれと同時に驚きも避けられはしなかった。
同棲を初めて一年が経とうとしている中、ルカトゥが今更わざわざ実家から取り寄せたかった物とは何なのか? 娘にAVの仕事を紹介する母親から送られてきた物とはなんだったのか……? ……その答えは、無数のアダルトグッズだった。
山のように用意された大人のオモチャの数々が、ディルドが、ローションが、ローターが電マが、フリーマーケットで投げ売りにされているソフビ人形のようなノリでそこに詰め込まれていた。
「どうしてこれを……?」
「え、楽しいかなぁって」
「……まぁたしかに、バリエーションには事欠かないけども」
まだそんなことを心配するような段階にはない気もするけれど、少なくとも今後のセックスライフにおいて、マンネリ化の心配はこれで彼方へ吹き飛んだことと思われる。
そしてそのついでに、夢の中から引き継いで来ていた煩悩も、頭の中からどこかへと吹っ飛んでいった。ダンボール箱いっぱいのアダルトグッズという衝撃的な絵面のインパクトが逆にそうさせたのだ。「なんじゃこりゃ?」という気持ちに押し出されて、性欲が保留コーナーに退けられていく。
すぐ目の前にあるものだから、私はその箱の中身を一つなんとなく手にとってみた。たまたま選ばれたそれは、グミのように半透明な黄色のディルドだった。
そのディルドは、ふにゃふにゃとしなるほど柔らかい代わりに、長さが明らかに人類の陰茎サイズの限界を超えている。こんなに長い物を何に使うのだろう……? エロ漫画を愛する者として(あるいはAV視聴者として)ふがいないけれど、用途がパッとは思いつかなかった。
「三十センチ定規くらいない……? これ。何に使うん物なんだ……」
「あ、それ光るんですよぉ」
「は?」
「ほら」
持ち手の方に小さなスイッチがあったようで、ルカトゥがそれをオンにする。すると半透明のディルドは突如として眩く発光し始めた。光量的には、勉強机にありがちな小さな蛍光灯を連想させられる。
「これでディルドイラマをするとですね、喉のここまで入ってますよ〜って光が透けて分かるんですよぉ」
「なにそれ狂人が作ったの?」
「あはは〜。まぁ〜あれですよ、ジョークグッズってやつです」
「それってそういう意味だっけ……」
諸々の責任は取れませんがご了承くださいという意味で、アダルトグッズは「ジョークグッズ」という名目で売られがちではあるけれども……。それはべつに狂気の代名詞ではない。
光るディルドは消灯して箱の中に戻しておく。……その一連のやり取りが皮切りとなって、私たちはしばらくそのグッズたちを物色することになった。そのうち、そこに詰め込まれている物の全てを確認してみようという流れになり、見終えたグッズは箱の中ではなくベッドの上に並べられていくようになる。
積み重なった上辺の方を見ているうちはまだ平和でよかった。様々な形状のディルドが出てきたり、ピンク色の有線ローターが複数個まとまって結ばれていたり、他には電マやローションといった定番の品々が発掘される。……そしてそこからさらに掘り進めていくと、徐々にアブノーマルな品が見つかり初めて、アイマスク状の目隠しやギャグボール、尻尾のようなフサフサ付きの小ぶりなアナルビーズ、ガチな素材の鞭、赤くて太いロウソク、リード付きの首輪……といった具合にきな臭くなっていく。
そんな徐々に不穏さを増す流れは、緩まることがなかった。箱の底へと近づけば近づくほど、発掘されるグッズからはジョーク性が消えていく。それでも、それらがいわゆる「定番」の範疇にある内はよかったのだけれど……。
寒々とした金属製の開口器が白日のもとに晒された時、下品ながらも和気あいあいとしていた空気感は、否応なしにいよいよ霧散してしまったように思う。……それからも、無骨な手錠、拳みたいな大きさのアナルプラグ、それからスタンガンといった品々が見つかった。
ルカトゥが試しに走らせた電流の音に、私の肩は思わず跳ねた。それは思った以上に大きく、恐怖を煽る音……。絶対に人に当ててはいけない類の音だったのだ。
バチバチと走る青白い電流を、ルカトゥは、伸びた爪を見るかのような気の抜けた表情で見ていた。
「……こういうのって、実家に置いておいてどうするの……?」
「え……? 使うんですよぉ?」
「一人で……?」
「いえいえ、男の人と。…………あ、そっか」
「あ、いや私も今気付いた。そっか、サキュバスだもんね」
娘にAV出演を勧めることが、道徳的な行いの範疇に収まっているような異種族。娘に頼まれてはいはいとアダルトグッズの山を送ってきてくれるような親子関係。……サキュバスにとってそれらは普通の事であり、だからこそ、私がベッドの上に広げたような品々は、一家周知のもとで彼女の実家に保管されていたのだと思われる。
気に入った男を部屋に呼び込み、性交渉に至ることについて、その舞台が実家であってはいけない理由など、サキュバスの価値観の中には存在しないのだ。
……そう思うと正直ちょっと羨ましい。そういう環境なら、実家暮らしとR18創作だって気兼ねなく両立できるだろうに。
そんなことを考えて少しは呑気さを取り戻しながら、私は箱の中から最後の一つ……いや二つを取り出した。……それはとなり合って置かれていたコンドームと煙草だった。
四角い箱繋がりで、底の隅の方に置かれていたのだろう。奥へ行くほど人を選ぶようになるアダルトグッズ(あるいは単なる凶器)の山の中で、最後にそれらが出てきたことにはだからそんなに驚かない。……けれども、その意図については分からなかった。
コンドームに関しては、分かる。サキュバスの家に置いてあったということは、それが避妊を用途に使われることはないのだろう。小道具としてなのか、避妊とは関係なく衛生面を考慮する場面で使う物なのか。あるいは、人間の女性を交えたプレイをする時のためにある物なのかもしれない。いずれにせよ、そもそもが性のためにあるような道具なので、それが箱の中身の一員であることには違和感の欠片もない。
問題は煙草の方だ。ルカトゥが仕事の役柄以外で喫煙しているところは見たことがない。ほかの家族……たとえばテアトラという彼女の母親が喫煙者なのだろうか?だったとしても、わざわざこんな箱の底に用意しなくたって、煙草ならポケットにでも入れておけばいいと思うのだけれど。
「なんで煙草……?」
手品のタネを探すみたいな気分で、その煙草の箱をまじまじと見回す私に、ルカトゥが答える。
「あぁ、それはですねぇ。言うことを聞かない女の子に、ジュッてやるんですよぉ」
「……ジュッて?」
「はい」
「……えぇ」
ドン引きする私を見て、早口で補足が加わる。
「あ、もちろん同意の上でですよ〜……?」
いや、そんな同意があってたまるか。……と一瞬思ったものの、私の目の前にいるのは、そういえばNGなしの無敵のサキュバスなのだった。そしてこの箱は彼女の実家から送られてきた物なのだった。
根性焼きをするために煙草が用意されているだなんて、そんなことがあっていいのだろうか。……そういうことを言い始めると、スタンガンだって護身のためにあるべき物で、それ以外の何物でもないはずなのだけれども。
「へぇ〜……」
私はダンボール箱の底に煙草とコンドームを戻した。それから他の全ての淫具たちも、覚えている限り出した順序通りに戻していく。ガチャガチャと音を立てながら、それらは元通りの乱雑で下品なまとまりに化していったいった。
最後に例の馬鹿げた発光ディルドを投げ込み、私はフゥと一息つく。
「ルカトゥは私が腹パンに怖気付いたことを忘れたみたいだね」
そう口にすると、自嘲というよりはもっと間抜けな、よく分からない半笑いが顔に出た。するとルカトゥも笑う。
「備え有れば憂い無しなだけですよぉ。……先生がいつ普通のセックスに飽きても大丈夫なように、ね?」
「お気遣いどうも」
「うふふ、いえいえ。出番の来る日が楽しみですぅ」
言ってルカトゥがまた笑う。私も笑う。ははは、いつかはね、ははは……。
……しかしルカトゥの目は笑っていなかった。そこには姿勢を低くした猫のような眼差しが宿っていた。
なるほど、と私は納得する。彼女はきっと「楽しみ」を得て帰ってきたのだろう。通知の魔法によって荷物が届いたことを出先から知り、家に帰るまでずっとそれを楽しみにしていたのだ。同時に私が眠っていることも知っていたから、それを妨げようとはしない優しい彼女は、その昂りを抑えてもいたのだろうけど。
……完全に油断した。約束はしていなかったから気が抜けていた。その結果というべきか、困ったことに、私には今、性欲の持ち合わせがなかった。目が覚めたばかりの時にはそれなりにあったはずのそれが、不穏な箱の中身を見ている間に、どこかへと消えてしまったのだ。……おそらくそれを決定的に連れ去ったのはスタンガンの音だった。
ダンボール箱を押しのけ、ルカトゥが私に迫る。もたれかかるように抱きついてきたかと思えば、そのまま体重をかけて押し倒してくる。……私はそれに抵抗する気にもなれなかった。ただ「ついていけない」という気持ちだけがある。それは箱の中にしまい忘れてしまった物……あるいは、体に魔法を受ける前の自分から引き継いでしまった物のように思えた。
……真剣な目をしたルカトゥがこちらを見下ろして言う。
「ごめんなさい、先生ぇ。今はあんまり気分じゃないんですよね……?」
「……まぁ、そうだね」
ルカトゥが苦い笑みを浮かべた。
そう、サキュバスには性欲の起伏が分かるのだ。だから私はべつにルカトゥが一人で舞い上がっているとは思わなかったし、抵抗する気にならなかった理由の多くはそこにある。
全てを承知の上で押し倒されれば、それがルカトゥにとっては「どうにもしようのなかったこと」なのだと分かってしまうから、気軽にはつっぱねられなかった。
……押し倒されたまま見上げる彼女の瞳には、よくよく見てみると、衝動だけではなく切なさも宿っているように見えた。
「……先生ぇ、おねがいです。キスだけさせてくれませんか……? それ以上は、ガマンしますから……」
「……いいよ?」
ん……、とだけ彼女は答える。
息を飲むような少しの間をおいてから、ルカトゥは唇に軽いキスをした。そして一瞬の逡巡を経て、扉をノックするみたいに遠慮がちな舌先が伸びてくる。
私が軽い気持ちでそれを出迎えると、言葉がなくても喜んでいると分かるくらい激しく、彼女のうねる舌が絡みついてきた。
「ん……れろ……♡ れる……♡ ちゅぅ……♡」
キスの
甘い香りと交わりの心地良さの中で、私は思った。……本当なら今のようなことが、何年も前に起こっていてもおかしくなかったのだと。
キスだけでいいから……だなんて。ルカトゥが並外れた精神力の持ち主でなかったら、私はとうの昔にそのような文句と共に押し倒されていたはず。けれど彼女はそれをしなかった。ずっとしないでいてくれた。私にその気がないことを察した彼女は、一度もそれをしなかったし、そのことを長い間、私に勘づかせもしなかった。
けれども、そんな並外れた選択をすることが出来たルカトゥが、今となっては現に私を押し倒している。何度も性欲を向けられたことで、ついに我慢が効ききらなくなっているのだろうか。……だとすれば、私はそれが少し嬉しかった。奇妙なことに、昔に起こらなかったまぐわいが起こることで、むしろ私は彼女との間に、昔のような対等さを取り戻しかけているような気がしたのだ。
こちらから押し倒すような気分にはなれなくても、深いキスはいつだって気持ちがいい。……そう思えるのは、下半身に魔法の産物が付いているからなのだということを、私は経験的に知っていた。生半可な気持ちで彼女の口の中に舌を入れ、面白いとは思えなかったことがあるのだ。……彼女が自らその残酷を望んだから、私は一度だけそういう「実験」を行ったことがあった。
けれどもその経験と記憶は、今の私の喜びを邪魔しなかったし、今のルカトゥの念願とその解放を邪魔することもなかった。過去がどうであれ、元々がどうであれ、魔法の力を借りて、ようやく私たちは望ましい形になることが出来たのだ。
……そしてまた性欲という物は、私の想像していたよりももっと安易に、流されやすくて現金な性格をしているようだった。
「あ……♡ 先生ぇ……♡」
体を擦り寄せていたルカトゥが、硬い物の存在に気がつく。それを受けて、いつかの時と同じように、彼女の瞳に宿るものは衝動から期待へと切り替わっていた。
「私が上でもいい?」
湧き立つものの勢いに任せてそう聞くと、ルカトゥは嬉しそうに頷いた。
今回、服は脱がないし脱がせなかった。着衣に特別なエロスを見出したわけではないけれど、ただせっかく湧いた性欲にとって、脱ぐだけに使う数秒間が惜しいような気がしたのだ。私は入れ替わるように彼女を押し倒し、最低限邪魔になる布を下ろす。ルカトゥは偶然スカートを穿いていて、めくればいいだけのそれがおあつらえ向きだった。
女同士のはずなのに、挿入する時に漫画みたいな……あるいは男子高校生みたいな手こずり方をする。自分にも生まれついてから長年付いていたような物でも、他人の物となると、案外に位置が分からなくなるものだった。
ルカトゥが淫靡な笑みを浮かべながら、華奢な指で私を誘導してくれる。その格好のつかなさに私は苦笑いを浮かべるしかなくて、それを誤魔化すために、彼女の唇を塞ぎながら濡れた腹の中を押し広げた。
「んっ……ふっ♡ うぅっ♡ ふっぐぅ……♡ むぐぅ……!♡」
ともすれば苦悶にも近いような声がくぐもる。いつもなら永久にだって絡み合って来そうな彼女の舌が、その時ばかりは余裕なさげにほとんど硬直していた。
口をはなして、ルカトゥの目を見る。はっ……はっ……と荒い呼吸をする彼女に、愚問だと分かっていながら、私は聞かずにはいられなかった。
「苦しい……?」
「んぅん……♡ きもちいい♡ きもちいい……♡ おなか、奥まで挿入って……せんせぇでいっぱい……♡ しあわせぇ♡」
「そう?」
……その時の私は、たぶん相当気持ち悪い顔をしていたはずだと思う。だって今まさに言ってくれたような言葉が聞きたくて、彼女に愚問を投げかけたのだから。
相変わらず、彼女の中は湯のように熱かった。肉感的に締め付けてくることの快感も相まって、繋がっている部分が溶け合ってしまいそうな気さえする。……そのまま何も考えずに腰を振ってもよかったのだけれど、ふと思いついたことを試したくなった。
根元まで入れた陰茎を、さらに奥へと押し込むように体重をかける。彼女の奥をえぐるみたいに、ぐりぐりと執拗に腰を揺らす。
「あっ……♡ はっ♡ くっはっ……♡ あぅ……おっ……♡」
ルカトゥは面白いくらいに身悶えてくれた。それが演技ではないことを保証するかのように、中からギュウギュウとさらなる締め付けが得られて、私はすこぶる満足する。
……その満足感を味わうことで私は、自分の中にルカトゥを責める欲求があることを自覚した。悶える彼女を見ると興奮が深まることを自覚した。……それは倒錯的・嗜虐的なものだろうか? と考えてみる。少なくとも決して、彼女をできるだけ気持ちよくしたいだとか、そんな健気な気持ちからその興奮が湧いてきているわけではないことは確かだった。……残念なことに、私という人間はそうだったのだ。
この興奮を「許容が性癖」と呼ぶのは、いささかズルくはないだろうか……? そう思うと同時に、まるで都合の悪いことを有耶無耶にするかのように、いつか誓った復讐が「今だ」と脳裏をよぎる。
私は、気持ちよさそうにとろけた目をしたルカトゥを見下ろして、言った。
「ルカトゥ、気持ちいい?」
こくこくと従順な首肯が返される。潤んだ瞳が「もっともっと」と言っている。……だからこそ、ささやかな復讐は今なのだ。
「もっとしてほしい?」
「してっ、せんせぇ♡ セックスしてぇ♡」
「……そしたら、もっと良いおねだりの仕方があるよね? 私もルカトゥに恥ずかしいこと言わされたからなぁ」
「あ……♡」
ルカトゥの口元がうっとりと歪んだ。
「せんせぇ♡ ルカトゥの淫乱クソザコまんこを♡ たくましいおちんちんでめちゃくちゃに掻き回してしてくださいっ♡」
「……へぇ」
さすがというべきか、その台詞には一切の躊躇いが感じられなかった。台本を決めていたわけでもないのに。しかもべつに、そこまで言えとは言っていないのに。
けれどもまぁ、言わせたからには、応えなければならないと感じた。……彼女に本気のフェラチオをされた時のことを思い出しながら、私はちんぽを思い切りギリギリまで引き抜いて、先端から根元までを一気にぶち込んでみる。
熱い肉の中へにゅるにゅるっと一息に入り込んでいく感触が、理性をスキップして「おっ♡」と私の喉を勝手に震わせた。…………が、ルカトゥの反応はそれどころではなかった。
「お゙ぉっ……!?♡ お゙っ♡ かっ……ひっ……♡」
腰を跳ねさせたルカトゥがびくびくと全身を震わせる。若干白目を剥きかけた目がチカチカと泳ぎ、息をしていないのではないかというほど全身の力んだ状態が数秒も続く。……心臓の鼓動に連動するみたいに、彼女の中は私のことを小刻みかつハッキリと締め付けてきていた。
常に感動を覚えるような強い快楽の中でも、彼女のその姿は、私に最低限の冷静さを取り戻させるものだったように思う。……だって、面白がっていじめていたら、そのまま本当に死んでしまいそうだったから。
根元まで挿入したモノはそのままに、頬をぺちぺちと叩いて呼びかけてみる。
「ひっ……はっ……♡ あっ……あぁっ……♡」
「おーい、ルカトゥ……? 大丈夫……?」
「あっ……うぅ……♡ ら、らいじょ〜ぶれすよぉ……?♡」
「このままセックスしてたら死んじゃいそうに見えるんだけど……」
「しにゃないれすよぉ〜……。サキュバスでしゅもん〜……♡」
「……うーん」
呂律は回っていないのに、意外なほど会話は成立するものだった。
ただでさえ不死身なサキュバスがセックスで死ぬだなんてことを、私だって本気で考えているわけではない。けれどもそれは理屈の上の話であって、目の前でクスリでもキメたみたいなよがり方をされると、その理屈を信じきれなくなってくるのが人情というものだ。
私は、だから少し悩んだ。……冷静なつもりの頭で、欲望にたぎる器官を絶好の天国に突っ込んだまま、あれこれいろいろと考えてみた。
そしてその考えをまとめた私は、さっきの意趣返しをするわけではないけれど、なんとなくルカトゥの手をとってみる。
惚けて力の抜けた、弱々しい女の子の手だった。
「ルカトゥ、よく聞いて……?」
「ふぁい……?」
「これから私は、ルカトゥのことをめちゃくちゃにするけど、もし本気で苦しくしちゃったら大変だから、合言葉を決めておかない?」
「あいことば……」
「そう、合言葉。「カット」ってやつがあったでしょ? ルカトゥは、苦しくなったらちゃんとカットって言える?」
「ん……あい♡ いえます……♡」
「うん、じゃあそういうことにしようね。……それと、喘ぎ声とまぎらわしくなったら困るから、喘ぐならちゃんと「あんあん」って喘いでね? できる?」
「あぇ……、あんあん♡ ……こう〜?♡」
「そうそう。それ以外の喘ぎ方しちゃダメだよ? 分かった?」
「ん……♡ わかったぁ♡」
「じゃあ動くね……?」
「うんっ♡」
それ自体が精神的な欲望を満たしてくれるような、よい返事。私はまた、ルカトゥの振る舞いにひどく満足させられた。
そしてそのまま肉欲の赴くままに、自分勝手に腰を振る。いつか台所でひざまづいた彼女にそうしたみたいに、夢の中の彼女にそうしたみたいに、私は自分が気持ちよくなる方法だけをひたすらに追求し続けた。
……向かい合わせに繋いだままの手に絡まる指がぎゅっと握られて、その拍子に気がつく。あぁ、この繋ぎ方は、セックスの時の繋ぎ方だったんだ……。
「あぁっ♡ あ゙っっ♡ あぁん♡ あんっ♡ あんっあんっ♡ んあぁっ♡ あ゙ぁ〜♡ きもぢいぃ〜!!♡♡ せんせっ♡ きもちいぃ……!♡♡」
舌をだらしなく出して、どこでもない場所を見ながら、ルカトゥは必死に喘いでいた。必死に……約束を守りながら。
腰の浮くような快楽の中でそんな彼女を観察する私は、ルカトゥの頭の中にも自分と同じようは余裕と、それには程遠いものが両立されていることを悟った。……それで、じゃあ遠慮する必要はないのかもしれないと思った。
目を閉じて、熱くまとわりついてくる気持ちよさに集中する。度々ギュッと締め付けてくる肉の感触を楽しむ。……暗闇に腰を振りながら、求めればいくらでも悦楽の手に入る世界で、私は浮ついた幸せを貪った。
……その末に込み上げてきたものを、ルカトゥの中に無遠慮に解き放つ。するとそれを促すように中がうねうねと蠢くものだから、吐息だけでは済まずに声が漏れた。
「あっ……。あ……♡」
「……えへへぇ♡」
目を開けると、幸せそうな顔をしたルカトゥと視線が合う。
気付けばお互い息を切らしていた。そして気付かぬうちに、きっとお互いに正気を失っていた。
「せんせぇ……♡ ちゅーしてぇ……?」
せがまれて、私はルカトゥにキスをする。唇を合わせたら舌を入れるのがもう当たり前になっていた。
ずっと手を繋いだままの彼女が、舌が触れ合うたびに気持ちよさそうに身をよじる。んっ……んっ……と健気な喘ぎ声が間近に響く。……けれど今回はもう、下半身のモノが復活することはなかった。柔らかくなったそれは、彼女の中からひとりでに抜けてしまう。無尽蔵に欲望を受け入れてくれた人の中から抜け出してしまうと、外の空気はやけに冷たく感じた。
……私が正気を取り戻したから、それは復活しなかったのかもしれない。そして口を離したあとのルカトゥにも、「正気」は急激に引き起こされたらしい。
幸福にとろけた目でいつまでも私を見つめていそうだった彼女が、ある時ふと気まずそうに視線をそらしたのだ。情事の最中よりも、むしろその顔は赤らんでいるように見えた。
繋いでいた手をようやく離し、狭いベッドになんとか二人並んで寝転ぶ。……呼吸の音ばかりが、しばらくの間この部屋の主役になっていた。
「…………ごめんなさい」
ドキッとするほど冷めた声で言われる。
「え……?」
「なんか、その、……テンション上がっちゃって」
「あぁ……。……それは、完全に私もだった」
ベッドの上で仰向けのまま、天井というのは自宅の物でも、存外ちゃんと見たことがない物だったかもしれないな……なんて考えてみる。……そんな現実逃避は五秒も続かなかった。
……え? なに? どういうこと? あんあん♡以外の喘ぎ声はしちゃダメって、どういうこと……? それはどういうことなのマジで? なんで私あんなこと言ったの? しかも超真面目な顔で言った気がする。プレイとしてならまだ分からなくもないけど、たぶんすごい真面目な顔で、すごい真面目なことのつもりで言ってたような気がする。え……? どういうことなのそれは……? ルカトゥはなんでそのあたりのことを一言もツッコんでこないの……?? すごい言われるがまま従ってくれてたけど、冷静に考えて私はいったい何をしていたんだ……?? ドン引きでは……?
天井を見上げたが最後、そこから隣のルカトゥの方に向き直ることが途方もなく難しいことのように感じる。どんな顔をすればいいのか分からないし、なにを言えばいいのかも分からないし、…………なにより彼女は、とち狂った言動をとった私の唯一の目撃者なのだ。
たとえば一緒にお酒を飲んだ時とかに、ことあるごとに「先生ぇあの時さぁ〜」と笑い話扱いして今日のことをいじってくる可能性のある人物が、今まさに隣に寝ている。だからもう、今も今後もどうすればいいのか分からなかった。魔法でちんちんが生やせるくらいなんだから、魔法で時間を巻き戻してほしいと思った。
ごめんって言えばいいのかな? 次からは自由に喘いでねって……? アホか。
「先生ぇ、提案なんですけど」
ルカトゥの声が、心なしか物理的にこちらを向いていない気がした。彼女も天井を見ているのかもしれない。
「セックスはもう、これきりにしませんか」
「えっ」
アホらしいことに、その時私は一も二もなくルカトゥの方を向いていた。彼女は天井なんか見ていなくて、気楽な雑談をするような時と同じ目で私のことを見ていた。
「口でならいくらでもしますから」
「えっ、なんでそんな……。ご、ごめんね……?」
「え……? なんで先生が謝るんですか……?」
「だってそういうことってことでしょ……? そういう……」
良くなかったから、嫌だったから、もう二度としたくないってことでしょ? ……そう思ったことを、そのまま口に出す覚悟が私にはなくて、必要な言葉は喉でつっかえた。
けれどルカトゥは、なんとなくニュアンスとしてはそれを察してくれたのだと思う。曖昧すぎて、通知の魔法は範囲外だろうに。それでも私の言いたかったことを察してくれたのだ。
「あ、ちがいますよ? 先生がノリノリだったのは嬉しかったです」
「ノリノリとか言わないで……!」
「え〜? だって興奮しちゃいましたよぉ。もっと喘げって言われることはたまにありますけど、喘ぎ方を指定されるだなんて〜。しかもあんあん♡ですよ、あんあん♡」
「やめて! ごめんなさい……! 忘れてください……!」
「あははっ。どうしようかな〜?」
ルカトゥはケラケラと笑う。素直に可愛いけれど、このやり取りが今後なにかの拍子に数え切れないくらいリピートされるのかと思うと、そんな呑気なことも言っていられないのかもしれない。楽しそうにからかうその声が、悪夢の中から響いているような気がしてくる……。
……その悪夢の担い手が、蛇みたいに私の耳元まで擦り寄ってくる。
「……わたしが忘れたら、先生も忘れてくれますか?」
小悪魔的な、あからさまな囁きだった。
私はそこに、砂利の中に碁石を投げ込み隠すような、カモフラージュの話術を感じた。さっき聞いた冷たい「ごめんなさい」がなければ、私は彼女がまだ冗談の延長線上で、こちらをからかっているのだと思っていただろう。
……駆け引きというやつの気配がする。私は、それに乗ってみることにした。
「忘れるってなにを?」
「今日の……さっきのことですよ」
「ルカトゥが、トんじゃいそうなくらい感じてたこと?」
「そ、それもですけどぉ」
「じゃあ、子どもみたいな喋り方になってたこと? 「こう〜? うんっ、わかったぁ♡」って」
「や、やめてください」
「「せんせぇ♡ ちゅーしてぇ?」とか」
「やめてぇ……!」
「ははは」
ルカトゥが両手で自分の顔を覆う。無敵の精神とやらも所詮はこんなものか、ふん、と私は心の中で鼻息を鳴らした。……自分の出演するAVを嬉々として見せてくる女が、まさか本当にそれをどうしようもなく恥じらっているとは、さすがに思わなかったけれど。
「だ、だから〜、テンション上がっちゃったって言ったじゃないですかぁ……」
「可愛かったよ」
「えっ……♡」
「それでルカトゥは、テンション上がっちゃうところを見られたくないから、もうセックスはしたくないってこと?」
「う……。だって、嫌じゃないですか……? 先生が性欲を解消するたびに、わたしがそんな風になってたら、辟易しません……?」
「しないよ、べつに。……むしろその方が、まだ気が楽かも」
「へ……?」
「ルカトゥが楽しそうにしてくれてた方が、罪悪感はないかなって」
「……あ、そっか。そうなんだ」
私の言葉に嘘がないことは、魔法でもって速やかに伝わる。性欲にしろ本心にしろ、そうやって人智を超えた力で伝わってくれると、こちらとしては楽ができるものだ。駆け引きは、その他の部分にだけあればいい。
そのようにして私は見事に、情事のどさくさに紛れた自分のしたことを、さらなるどさくさに紛れてうやむやにすることに成功したのだった。
それでようやく一安心したことで、脱ぎっぱなしの下を穿くタイミングを見失っていたことを思い出した。そこで私がそれを腰元に引き寄せようとすると、「あっ」とルカトゥが声を上げる。全体的に丸まった間抜けな姿勢で、私は動きを止めた。
「なに……?」
「あ、その、……お掃除するの、忘れてたなぁって」
その言葉が家事を指しているわけではないことくらいは、魔法が使えない人間からしても、相手の視線から明らかなことだった。
ルカトゥは、ジッと私の下半身を見つめている。
「……したいの?」
「…………」
沈黙の末に、奥ゆかしいようなそうでもないような首肯が返された。
私が「いいよ?」と、何様なのか分からない返事をすると、「失礼します」とルカトゥはいやにしおらしく下に這い寄ってくる。……すっかり小さくなったモノはすぐに咥えられ、唾液にすすがれるようにして丹念に舐め回された。
勃ちはしないのに、それでも変わらず気持ちがよかった。
「ん……。おいしかったぁ……♡」
ちゅうちゅうと吸いながら口をはなしたルカトゥが、わざわざそんなことを言ってみせる。
……それを受けた私は、突然のひらめきでもって「もしかして」と彼女の内心に思いを馳せた。
「ねぇルカトゥ」
「は〜い?」
「正直に答えてほしいんだけど、いい?」
「なんでしょう?」
「……もしかして、エッチな感じに振る舞うことを楽しんでる?」
精液がおいしいだとか、フェラするのが嬉しいだとか……。いくらサキュバスが相手でも、そういうのはより良い性行為のためのリップサービスに過ぎない物だと私は思っていた。何せサキュバスの体というものは、そりゃ精液は難なく飲めるけれどべつにおいしくはないし、フェラをしている側が気持ちよくなるなんてこともないものだと、身をもって知っているから。
けれどもそれは、あくまでも私がルカトゥの体を借りて知り、思ったこと。ルカトゥ本人がその体の中で思うことが、必ずしも私と同じであるという保証はない。たとえば、もしも生粋の異性愛者である男性の魂が彼女の体の中に入り、男性とのセックスをしなければ生きていけないという状況になったら、そこにはそれなりの地獄が発生しかねないことと同じように。
だからもしかしてルカトゥは、ひょっとすると本気で全てを楽しんでいるのではないか? なんだか今ふとそんな気がしたのだ。
「……いけませんか〜?」
彼女はバツが悪そうに、微笑みながら答えた。
罪悪感を避けるためのプレイは、必ずしもセックスである必要はないのかもしれないと判明した瞬間だった。
「ごめんね、ルカトゥ……」
「いいんですよぉ。謝らないでください」
その日の深夜、本来ならおやすみなさいを言うべき時になって、私はなぜか性欲を再び催してしまった。
電気を消した部屋の中、ベッドの縁に腰かけて、ルカトゥに口でしてもらう。セックスをしないのは、お互いすでにお風呂に入ったあとで、できれば汗をかきたくないからだった。
重心を後ろにして、両腕で自分の体を支える。黙々と……かつ絶え間なく繰り返される舌技に、時々声が出そうになるのをそうして耐えた。耐えて……耐えることを実際のところは楽しみながら、絶頂が私を落ち着けてくれるのを待つ。
けれどもある時、私は、もしかして我慢せずに喘いだ方がルカトゥは喜ぶんじゃないか? という気付きに至る。そもそもなぜ喘ぐことを我慢してるのかといえば、それはまぁ……恥ずかしいからなのだけど。しかしそう、羞恥心を生贄に罪悪感を退けられるなら、それは悪くない交換であるようにも思える。
「……あっ、はぁっ、あぁ……♡」
「んぅ……?」
様子の違いを察知したルカトゥが、献身的に繰り返していた奉仕を一瞬止めた。……そして、ターニングポイントがどこであったのかを見定めるかのように、断続的に様々な刺激を与えてくるようになる。
彼女が私の好みを探ろうとしていることがひしひしと伝わってきて、その好意までもがテレパシーのようだった。
「あぁ……、気持ちいい……。それ好き……」
単なる喘ぎ声ではなく、わざと意味のある言葉で、私はルカトゥにそれを伝える。そうすれば彼女の魔法を通してそれが本心であることを証明できるから。……彼女が深く咥えた時にばかりそれを伝えてしまったのは、本心と言えども残酷なことだったのかもしれないけれど。でも、嘘は必ずバレるから、そうするしかなかった。
露悪的な言い方をすれば、それは調教だったのだと思う。そのうちルカトゥは陰茎を根元まで咥えこんで、そこからさらにグリグリと頭を押し付けてくるようになった。フーッ……フーッ……と荒い息をもらしながら、膣でやってみせたみたいに、喉の奥を直接ギュッギュッと締め付けてきたりもする。
……私は彼女の肩をたたいて、一度口を離させた。暗闇に慣れてきた視界の中で、ルカトゥがこちらを見上げながら小首を傾げる。……それがまた小動物みたいに可愛らしかった。百戦錬磨の性豪にはミスマッチ極まりないほどに。
「……苦しくない?」
私が聞くと、ルカトゥはぶんぶんと首を横に振る。そして、
「ぜ〜んぜん。サキュバスですから♡」
と言ってのける。人間離れした技と余裕からすれば、もはや心配する方が無粋だったのかもしれない……と、そう思わせられてしまう。
けれどもそう、私は、その答えを改めてちゃんと聞いておきたかったのだ。……それははたして心配だったのだろうか? 気遣いだったのだろうか? ……次に自分の口から出た言葉を鑑みれば、その答えも知れてしまうような気がした。
「……じゃあ、イラマとかも、できたりする……?」
「はい♡ わたしの喉まんこ、先生の好きに使ってください♡」
「…………ごめんね」
「あ、謝らな……むぐっ」
頭を押さえつけると、ずる……と奥まで一気に入った。抵抗もなければ、えずく声も聞こえない。
喋っている途中の相手にそれをして、そうそう漫画みたいに都合よく口をふさげるものか……と私の思考はリアリストを気取る。今のはルカトゥが一瞬で全てを理解して口を開いてくれたから出来たことなのだと。……彼女の献身なくして成立することなど何一つないのだと、私は改めて意識する。
イラマチオといっても結局のところ、それはポーズにすぎないことだった。座っている私が腰を動かすことは出来ず、力ずくで頭を押さえるわけでもない。……もとい、そうする必要性がない。ルカトゥは抵抗もしなければ、さぼることもしないから、手は彼女の頭に添えているだけの、ただそういうポーズを楽しむための物だった。
力をこめて押しつけるフリをすれば、彼女は自ら根元まで咥えこんでくれる。腕から力を抜いてみれば、涼しい顔でストロークを戻してくれる。強いていえばそういった「指示出し」が、ポーズ以外の楽しみ方……調教の要素ではあった。
……なのにどうしてそれだけのことが、こうも楽しく思えてしまうのだろう? どうして私は、ただディープスロートを受けるよりも、そうした方が明らかに強い興奮を覚えてしまうのだろう?
分からないまま、彼女の喉の奥で果てた。
「んっ……ふぅ♡ ごちそうさまでしたぁ♡」
「ん……、ありがとね」
「えへへ♡ こちらこそ、ご奉仕させてくれてありがとうです♡」
純粋なリップサービスとは限らないらしいその台詞を聞きながら、私はルカトゥの頭をよしよしと撫でる。最低限の労いを忘れないと言えばその通りだけれど、そうすることで罪が軽くなるような気がすることが大きかったようにも思う。
イラマチオはやっぱりダメだ……とそれで理解する。それはセックスのようにはいかない物なのだと、私は改めて実感した。ルカトゥがもし心の底からそれを楽しんでくれているのだとしても、罪悪感は、そんなこととはお構いなしにやってくる物なのだ。……神仏の像に縋るみたいに、私はルカトゥの頭をなでる。
世に数多あるプレイの中には相当数、そういった性質を持つ物があるように思う。加害性、暴力性といったものにはきっと、独りよがりな罪悪感がつきものなのだろう。……そういえば友達の腹を蹴飛ばすことだってそうだった。
僅かに残った精液も残さず吸い出されたところで、今度こそ私たちはおやすみなさいを言い合う。……目を閉じた闇の中で、私はあの箱のことを考えた。
ルカトゥの実家から送られてきた箱の中身は、今日のところは使わないままだった。使い所を見失い続けたことと、ルカトゥがあえて使いたいとも言わなかったことがその理由だと思うけれど、しかしこれから先ずっとそれを使わないまま……ということにはきっとならないだろう。チェーホフの銃は、時として現実にも適用されるだろうから。
だから、どの道具をどんな風に使うのか……。私はそれを考えた。そしてそうするうちに、ふと見えてくることがあった。
あの手錠はなぜ、可愛らしいマフの付いたファンシーな物ではなく、罪人を捕らえるような本格的な金属の見た目をしていたのだろう? あのアナルビーズにはなぜ、犬の尻尾のようなデザインが施されていたのだろう? なぜスタンガンのような物騒な物が、煙草が、わざわざあの中に入っていたのだろう?
……全てはルカトゥの趣味なのではないか? あの箱の中に、彼女の望むところが暗示されているのではないか。そう思うと私には、まだ大きな課題が残されているように思えてならなかった。
ルカトゥがもし、何かハードなことを望んでいるのなら。私は、この性欲にまみれた生活を始めるよりももっと前に心に誓った、あの約束を改めて思い出す必要に迫られる。
ルカトゥに対して、余計な良心は捨てること。
自分が始めたイラマチオで、満足したあとになって勝手に怖気付いている場合ではないのかもしれない。今になって急に、私はそういった志……と呼ぶには歪な物を思い出したのだった。
……けれども、今後私たちの間に降りかかろうとしている問題は、どうもそれ一つだけではないような気もする。というのも、私は段々と、自分が正気を失っていく様を自覚し始めてきたのだ。
さっき、私は決して、ルカトゥにイラマチオをするつもりでベッドに腰かけたわけではなかった。もっと言えば、彼女に暗に喉奥での奉仕を命じるつもりもなかった。私はただ、普通のフェラチオをしてもらえればそれで満足できるはずだった。私はただ、ルカトゥを喜ばせたくて、「気持ちいい」を伝えようとしただけのはずだった。
それが、いつの間にか色々なことがまかり間違って、気付くと見ての通りのことをしていた。……セックスの時だってそうだった。賢者タイムになったら赤面してしまうような行いを、初めからしようだなんて思っていたわけではないのだ。そうなのに、現に私はそれをして、後から自業自得の羞恥を覚える羽目になった。
……いつの間にか正気を失うことがあるのだ。そしてそれを「失った」と気がつけるのは、いつも全てが終わった後のことになる。
このことが今後私たちにとって……あるいは私個人にとって、何も問題にならないなんてことがあるだろうか? ……ひょっとするとあるのかもしれない。ルカトゥにだって同じようなことは起こっているようだから、性行為という物はもしかすると、しばしば正気を失いつつすることが当たり前で、それで上手く回っていくものなのかもしれない。……けれどもしそうではなかったら? 自分が正気を失うことを、そんな推測だけで、どうして杞憂と笑い飛ばせるだろうか。
私は頭まで布団を被り、自分の中指を喉の奥に入れてみた。
「……ぉぇ゙っ」
嘔吐く声をなんとか小さく抑える。ルカトゥには、いくらなんでも聞こえなかっただろう。
自分のしていることは、実は思ったより大したことではないのではないか? と、そう思いたかったのだけれど。指をたかだか知れた深さにまで入れただけで訪れた抗い難い苦痛に、やはりそうではないのだということを思い知らされる。
私はそういったことを、しかし今後もルカトゥに押しつけ続けていくことになる。誓い通り、余計な良心は捨てる。その努力をする。性欲と鍔迫り合いをする良心なんて、見るも明らかに余計な物だ。捨てた方がルカトゥも喜ぶ。
……けれどせめてその横暴は、意識した上で遂行したいところだった。
前後不覚でやってしまいました……、とは、さすがの私も言いたくないのである。誓いとは、どんな物でもそうあるべきではないだろうか。