翌朝、ついにコタツが片付けられた。
きっかけは、ベランダで洗濯物を干すルカトゥが「もう暑くなってきちゃいましたね〜」と口にしたことだった。そうだねー、じゃあそろそろコタツも片付けますか〜、みたいな。そういう流れだった。
ところで私たちの使っていたコタツとはそもそも、ただ普段使いしている背の低い四足テーブルの脚と天板の間にデカい布団を挟み込んだだけの物である。よって布団を一枚片付ければ、それで「コタツを片付けた」が成り立つことになる。作業には五分もかからなかった。
しかしこの五分がどうしても面倒なんだよなぁ……と、せっせと働くルカトゥを眺めながら申し訳程度の手伝いしかしなかった私がそう思ったことには訳がある。というのは、冬にコタツを展開しようと言い始めたのも、それを実行したのもルカトゥで、私一人だけでここに住んでいた頃は、コタツなんて出そうと思ったことすらなかったのだ。理由はもちろん、面倒だったから。
毛を刈られた羊のようにすっきりした素のテーブルを久しぶりに見て、私はそこに、並び合った歯ブラシのような「同棲の証」の残滓を垣間見た気がした。この家に初めてコタツが展開された時にはそんなこと思わなかったのに、失ってみて初めて分かる……みたいな話の、物凄くマイルドなバージョンみたいな物なんだろうか? この感覚は。
朝食に、ルカトゥがわざわざ手作りしてくれたサンドイッチを食べる。テレビをつけると朝から芸人たちがテレビゲームで盛り上がっていた。負けた人の椅子にはビリビリ電流が流れるらしい。
「そういえば最近ゲームしてませんねぇ」
「そうだっけ? そうかも」
「久しぶりに対戦しますか〜? 負けた方は、エッチな罰ゲームとかしたりして」
「んっ……」
パンが喉に詰まってむせた。
ルカトゥが、美人だから許されるにやけ面でこちらを見ている。
「これみよがしにそういうこと言うじゃん……」
「えへへ〜、だって今日はお休みなんですもん。せっかくじゃないですかぁ」
「そうなんだけどね」
言いながら、お茶を飲み飲み、向かいに座るルカトゥのことをジッと眺めてみる。今日はこのままずっと二人きりなんだなぁ……と、わざと意識してみる。
……なんでも言うことを聞いてくれる女の子が同じ部屋にいて、その子がこちらに微笑みかけてきてくれることは、なんて心地が良いことなんだろう……。
と、眺めるほどにそう感じ入ってしまった。けれどそこに勃起が伴わなかったのは、昨晩したばかりだという事が効いていたからだろう。そうでなければ今頃とっくに……というのは、初日の有様を鑑みれば容易に想像できることだった。あの時からずっと感じ続けている「なんでもしていい」の魅力は、未だ少しも収まらず絶大な物として残っている。
今日のルカトゥは仕事が休みで一日フリーだ。私はそこに結構な安心を感じる。いつ性欲が再燃してしまってもまったく問題ないことが保証されている状況は、これまたなんとも心地が良いものだ。昨日一昨日に比べると、朝から本当にいろいろと気楽でいられて良い。安寧が充実している。
皿を洗ったあと、私たちは言った通りゲームをして遊び始めた。けれど二人しかいない家にパーティーゲームの類は置いておらず、バラエティ番組の芸人たちがミニゲームでわいわいしていた一方で、こちらで繰り広げられたのはスマブラのガチ対戦だった。
「っしゃ!」
お互い即死圏内なギリギリの攻防を制してルカトゥのパルテナを撃墜し、思わず小さなガッツポーズが出る。……エッチな罰ゲームとかそういう雰囲気では全然なかった。
私たちがゲームをする時は大抵、私がパソコンの前の椅子を引っ張り出してきて座り、ルカトゥは座布団がわりのクッションを持ってきて座る。ソファにでも並んで肩を合わせながらはしゃいでいれば色々と違ったのかもしれないが、そんな物を置けるスペースはこの家になく、もしかして性欲からの解脱は、物理的な距離を置きつつスマブラをすることなんじゃないか……という気さえした。
背もたれも無しによく長時間座っていられるな……と、ルカトゥの方を見る。テレビ画面に向かっていた彼女が、まるで視線を察知したかのようにこちらを向いた。……実際に察知しているのだろう。
「なんか、罰ゲームするぞ〜って感じがしませんねぇ」
「分かる。負けた方がすぐ「もう一回!」ってなるし」
「ですね〜。……じゃあ、五戦先取した方が勝ちっていうのはどうですか〜?」
「頑なに罰ゲームはしたいのね……。まぁべつにいいけど、ちなみにルカトゥが勝つとどうなるの?」
「ん〜。先生ぇに首輪つけちゃおうかなぁ」
「わぁ、思ったより負けられない戦いだった」
リード付きの首輪は、確かにあのダンボール箱の中に入っている。ソラフォルリコル家からの贈り物、アダルトグッズの山の中に。従って、その罰のチョイスには脅しじゃなさを感じた。そして私に、犬の真似をする趣味はない。
「先生の方は、勝ったらどんなことするんですか〜?」
「私? 私は……」
聞かれて始めて真剣に考える。こんな企画はなぁなぁになって消えていく物だとばかり思っていたから、全然ちゃんと考えていなかった。
……しかしいざ真剣に考えてみると、これが何も思いつかない。だってそうだろう、相手はNG無しの無敵のサキュバスなのだ。罰ゲームなんかなくても、首輪をつけて四つん這いで歩けと言えばあっさり快諾してくれてしまいそうな相手に、いったいどんな刑を与えればいいというのだろう……?
……あぁ、そういえばルカトゥは納豆が苦手だというから、それを食べろと言えば一応ノニジュース的な方向に罰ゲームらしくはなるのかもしれない。……と、一瞬だけそう考えたけど、すぐに思い直す。バラエティ番組のカメラが回っているわけでもないところでそういうことをすると、それはただの陰湿ないじめになってしまうということに気がついたからだ。
もしくはそれは、すでに昔に一度食べさせた生クリーム乗せカレーライスと被ってしまうような、芸のないことだとも言える。……そう連想した拍子に改めて考えてみると、あの頃の私は少々どうかしていたようにも思える。
当時の私たちは友達は友達でも「漫画家とファン」という心的距離のある関係性をしていて、あの頃のルカトゥは、あの頃の私からするとかなり奇妙な存在に見えていた。そこから認識が改められ始めたのは、やはり私が彼女に養ってもらうようになり、生活の距離が縮まってからのことだったろうか? それとも、彼女がはるか昔から私の動向を追っていたのだと知った時からだったろうか? あるいは喧嘩から仲直りする際に、彼女が私の漫画だけではなく、私という人間を見ていたことを知った時からだったろうか……? と、転機の心当たりはいくつかあっても、今となってはもう、ハッキリ区切りを見つけることは難しい。
……ともかく、そういうわけでやはり私は、茶番といじめの間にある丁度良い罰ゲームというものを見出しかねた。そんなものは、ルカトゥを相手にしてはこの世に存在しない物なのではないかと思う。
「先生ぇ……?」
「……なんも思いつかない」
「え〜、わたしになんでもさせられるチャンスですよ〜?」
「元々なんでもしてくれてるから」
「それはまぁ、そうありたいと思ってますけどぉ」
「……もしかして、エッチな方面に考えるからダメなのかな。ケツバットとかの方がいいのかな、年末のお笑いみたいに」
「お、いいですよ〜。受けて立ちましょう」
「うーん。問題は、べつにルカトゥのケツをしばいても楽しくはないことなんだけど……」
あとついでに、この家にはいい感じのバットもない。たぶんほとんどの家にそんな物は置いてないだろうけど。
……しかしまぁ考えようによっては、その適当に口にした罰ゲームは、私からルカトゥへ対するアプローチとしてそれなりに適切な物であるようにも思えてきた。つい最近、私はルカトゥのお腹を蹴り飛ばそうとして人並みに怖気付いたわけだけれど、私たちはああいった過激なことをする前に、まずはお尻ぺんぺんくらいから段階を踏んでいくべきだったのかもしれない。……と、今さらながら思ったりする。
何にせよ、とにかくそうして、私たちの仁義なき戦いの幕は切って落とされたのだった。キャラクター選択が済み、ゲームは短いロード画面に移る。
ぶっちゃけ罰ゲームなんて物はただの飾りで、対戦を楽しめればそれでいいのだから、元々そんなに深く考えるほどのことじゃない。……と思っているはずなのだけど、首輪をつけられるのはちょっと嫌だなぁという気持ちも地味に否定しきれず、その気持ちが、戦いに際するメンタルに正しくアクセントを加えた。
お互い勝ったり負けたりを繰り返し、気がついた時にはいつの間にか、勝ち数四対四の決勝戦にまでもつれ込んでいく。普段はだらだら飽きるか疲れるかするまで対戦していた私たちだけれども、そのシチュエーションにはさすがに暇つぶしらしからぬ緊張感が伴った。その頃には罰ゲームのことはあまり気にならなくなっていて、ただ純粋に勝負を制したいという闘争心が燃え始める。
最後の試合は、とりわけ拮抗した。お互いの残機が一つになり、ダメージの表示が赤黒くなっていく。そしてついに響き渡る高音と共に致命エフェクトが見えた時、私はその瞬間には、どちらが被弾したのかを判別することができなかった。空中攻撃同士が刺し違えるような形で重なったのだ。
私はリザルト画面を見てようやく、自分の勝利を悟った。
「……お、おぉ。勝った」
「負けましたぁ〜!」
ルカトゥが満足そうに言って仰向けに倒れる。コントローラーを頭上へ掲げるようにそうしたので服の生地が上下へ引っ張られて、くだらないことだけど、強調された胸元が注目を誘った。
寝転んだルカトゥがこちらを見上げる。彼女は両手でコントローラーを握ったまま、勢いだけで身を起こしクッションの上に座り直した。
「仕方がないので、甘んじて罰ゲームを受けましょ〜」
「えぇ〜?」
ルカトゥが明らかに乗り気で立ち上がる一方、私は結局気の進まなさを感じてしまって、なんとなくテレビ画面の方に目を向けた。そこには激戦のリザルトが詳細かつ大々的に表示されているのだけれど、その片隅にある「リプレイを保存する」の操作案内が、この時だけなぜか妙に目についた。
普段、スマブラでリプレイを保存したことなど一度もなく、保存のための操作など忘れかけていたくらいだ。だけどそんな私が今はひらめく。「リプレイを保存する」の文字が今自分の目についたことは、何かしら運命のような物だと感じた。
「罰ゲームさ、やっぱり変えていい?」
「へ? いいですけどぉ。何か思いついたんですか〜?」
「うん」
「どんなのですか〜」
「……次にエッチする時に言うよ」
「えっ」
ルカトゥがまた、にやにやし始めた。
「え〜楽しみですねぇ♡ それは楽しみです、ふふっ♡」
「……じゃあ私は一旦、創作活動にでも励もうかな」
「あ、は〜い」
そうして一度、私たちは狭い家の中で解散する。思いついたエッチな罰ゲームを今すぐには実行する気になれなかったのは、闘争心が性欲までをも燃料として燃えたせいだったのかもしれない。
椅子をパソコンの前に戻して座る。ゆめ魔にっきは、今下書きのできている場所を全て清書し終えれば、いよいよ冬の章へと突入する。無限かと思われた作業も、少しずつ現実との距離を縮めているのである。日常のほとんどは語るほどでもない日々で出来ているのだから、そうなることが自然ではあるけれど。
今日の作業は、久しぶりに順調に進んだ。ルカトゥが家にいる、エッチならいつでも出来る……という安心感が、逆に性欲をあしらっているのかもしれない。まるで魔法を受ける以前までのように、難なく黙々と作業に集中することができた。
台詞を考える苦労はあっても、会話しかないパートは作画が楽なので、そうでない箇所に比べればさすがに進みが早い。絵で魅せる必要がないくだりなら背景だって適当でいいくらいだ。だから夏の章はもう間もなく完結する。現実の方の、二年目の本格的な夏の到来を待つことはないだろう。
昼を少し過ぎたあたりで休憩することにした。ルカトゥはずっとスマホで動画を見ていたようで、クッションの上に伏せるように寝転がった彼女の持つそれは、スピーカーから小さな音でゲーム実況らしき声を鳴らしていた。ルカトゥはいつもイヤホンを使わない。作業中にそれを使うのは、いつも私の方だ。
安くなっていた時に買ったクッキーが一箱まだ残っていたので、おやつとして二人でそれを食べる。2リットルのペットボトルから注がれた紅茶で喉を潤しては、ルカトゥが「順調そうですね」と言った。「おかげさまで」と返す言葉に、妙な意味合いが含まれてしまった気がして、ちょっと可笑しかった。
そう、それを……いつでも性欲を発散できる安心感のことを「可笑しい」と言えるような余裕が、今の自分にはあると思っていたのだけれど。
……おやつを食べている間、気がつくと、ルカトゥの口元に目を引き付けられている自分がいた。彼女がクッキーをかじり、もぐもぐと咀嚼する様が、いやに興味深いものに見える。唇の色に、茶を飲む喉の動きに、こじつけたみたいに突然な興味が芽生える。……ぼーっと、私はそれを眺めていた。
執筆中の夏の章は、最後に私がルカトゥに無責任なキスをすることで完結する。長い会話パートを経て、そこで再び「絵」が必要になるのだ。……だからそのために今ルカトゥの唇をジッと観察しているのだといえば、それはさすがに嘘になるのだろうけど。
「……どうしようかなぁ」
「え?」
「……順調じゃなくなってきちゃった、かも」
私が、なんだその言い回しは……と速やかに羞恥を思い出す一方で、ルカトゥはゆっくりと口角を上げた。
おそらくその時、私たち二人の考えは一致していたように思う。せっかく一日中家で一緒にいるのに、プラトニックばかりではもったいないじゃないか……と。少し前までの私なら考えられなかったようなことで、お互いの見解はきっと一致していた。
テーブルの上にクッキーを残したまま、私たちはベッドへ向かう。性欲を催すのはいつも私の方なのに、手を引いてくれるのはいつもルカトゥの方だった。
私は、これから描く漫画のことを想像しながら、……あるいは過去を思い出しながら、ルカトゥを押し倒して唇を奪う。そのまま舌を貪ることで中毒性のある興奮を得る。艶のある声で身をよじるルカトゥから、そうして危うい満足感を覚える。……どれもこれも少し前まではあり得なかったことだ。
初めてルカトゥにキスをした時の私は、どんな顔をしていたのだろう? きっと、おそろしくつまらなさそうな、雑草でも抜くような顔をしていたのではないか。そう思うと、それを今一度漫画に描くには、この性欲とかいう新しい感覚を鎮めなければならないと確信する。そしてその方法は知れているのだ。
唇をはなして、かわりに人差し指を彼女の口に向けてさしだすと、ルカトゥはそれをちゅぱちゅぱとしゃぶり始めた。
「おいしい?」
「ん♡」
「……ごめん、また頭おかしくなってきたみたい」
「ん〜、いいですよ〜?♡ たくさんおかしくなってください♡」
「……じゃあ、いい?」
ルカトゥの手を、自分の腰元の昂りに押し当てる。微笑み、頷きながら彼女がそれをさすってきたことを受けて、私は上下とも邪魔な衣服を脱ぎ捨てた。朝ルカトゥが言ったように、着たままでするにはすでに少し暑かったのだ。
慣れを感じる。それも、おそろしく早い慣れを。つい数日前までの私はもっと、自分で言うのもなんだけど、いかにも初々しかったはず。だけどそれがあっという間に失われていったことを我ながら感じる。
セックスがしたい。そう伝えると、ルカトゥは自分も服を脱いで「どうするのが好きですか〜?♡」と聞いた。私は、「まだ試してないから」なんて最もらしい理由をつけて、彼女に四つん這いで後ろを向かせる。
「罰ゲームのことなんだけど」
無防備に差し出された下半身に唾を飲むような気持ちとは裏腹に、自分の声は落ち着いていた。
「ハメ撮りをしてみるのはどう?」
「あ……」
尻を上げていたルカトゥがぺたんと座り込み、こちらを向く。彼女は急用を思い出したかのような、申し訳なさそうな顔をしていた。
「えっと、撮るのは大丈夫なんですけど……。誰にも見せないでもらえますか……?」
「え?」
変な感じで聞き返してしまう。
もちろん、撮った物を誰かに見せびらかすつもりなんてこれっぽっちもない。けれどルカトゥからそれを言われたことが意外だった。疑われたことがショックだったわけではない。疑う必要があったことが意外だったのだ。
彼女がしきりに保証している無敵さが、あっけなくハリボテになってしまったかのように錯覚する。……自分が本当に冷静だったなら、そんなことがこんなにあっさり起こるはずはないと、すぐに分かってもよかったものだけれど。
「えっとですね……。立場上、わたしのハメ撮りが流出しちゃうと、よくないんです。いろんな人が困っちゃうかもなので……」
「立場……。……あぁ、そっか確かに。ルカトゥは有名人だから」
「そうなんですよぉ」
AV女優も女優である……とは、ルカトゥがヤグラ君に対して言ったことだったか。セックスを売りにしている有名人だって、プライベートのそれが流出してしまってはよろしくない。困りかねない「いろんな人」の中には、きっと私だって含まれている。
本人の感性とは無関係に、立場的な問題で万が一があると困るから、ハメ撮りは出来れば避けたい。……聞いてみればものすごく真っ当な理屈だった。相対的に、「リプレイを保存する」という文字列から安易なことを思いついた自分の馬鹿さ加減を強く自覚する。罰ゲームを楽しみにしてくれていたようなルカトゥのことも、今はそれなりにがっかりさせてしまったかもしれない。
薄らと白けたような空気の中で、絶対誰にも見せないって約束してくれるなら……と、小さな声でルカトゥは言った。もし私が「約束する」と言えば、それが嘘ではないことが、魔法によってきちんと彼女に伝わっただろう。……けれど私はそれを言う気になれなかった。だって、リスクはリスクだから。
「いや、万が一にもスマホを落としたりとかしたらアレだし、やめておこう。思いついただけだから」
「そうですか……? ……いや、でも、やっぱりしたいですよぅ、ハメ撮り。先生とのエッチをあとで見返したいっていうのは、わたしもすごくよく分かりますし。それに、スマホを落とす心配なら、わたしの魔法でカバーできるはずです」
「……あぁそっか、確かに」
通知の魔法が「スマホを落としましたよ!」と知らせてくれるなら、確かに紛失の可能性は限りなくゼロに近くなるように思う。……何もかも言われて初めて気がつくことばかりで、どうにも頭が回っていないような感じだ。
じゃあ、そういうことなら撮ってみようか。……と、お互い納得する。しかしそうした頃にはすっかり、一時は催した欲望が、それこそどこか体の外へと流れ出てしまっていた。
可愛らしいサイズになってしまったそれを、ルカトゥが指でつつく。
「ふふっ、ごめんなさい。し終わってから言えばよかったですね」
そう言いながら彼女は当然のように、そこへ顔を近づけた。
ちろちろと伸びる舌が、性欲の象徴に向かって、言葉を使わずに「ごめんね」を繰り返す。
性欲というのは現金なものだから、一度は白けた素振りを見せたそれも、それであっという間に復活させられた。奉仕への感謝を示してというよりは、さらなる快感を期待して、硬くなったそれはまた天井を指したのだ。
それを見て満足そうに微笑んでから、ルカトゥは再び這う形で背を向ける。……改めてその無防備さを見下ろすと、どうにも自分の罪を見ているような感覚がするものだった。彼女の白い肌を間近に見るのはもちろん初めてではないけれど、それをこうして「差し出された」のは初めてだったように思う。
背中に、指をすぅ……と這わすと、ルカトゥの肩が声もなく跳ねた。くすぐったいのか、それとも、彼女はそうされることも好きなのだろうか? 指のかわりに今度は舌を這わせると、ついに「ひっ♡」と声が上がる。
「せ、せんせぇ……?」
「ごめん。なんか、そういう感じだったから」
「ほぇ……」
据え膳食わねばなんとやら……というわけでもないけれど。一切の警戒なく裸で背を向けられて「はい好きにしていいですよ」と暗に言われると、ただセックスをするだけではもったいない気がしてしまう。……性欲を持ってみると、こういう時にはそう感じる物だった。
つまりそこに見下ろす自分の罪とは、この従順な少女になんでも出来るとなった時、実際に自分はそこで何をどこまでするのか? ということから見えてくる物なのだ。
お風呂にだって一緒に入った仲だけれど、セックスだってした仲だけれど、それでも私はこの時改めて思った。……モザイクもなく、彼女の性器をはっきりとこの目で見たのは、これが初めてだと。
そしてその一方で、そのすぐ傍に、あぁ本当に映像で見た通りなんだと実感することもあった。というのは要するに、アナルにモザイクをかけるAVは存在しないのである。
膝まづいて奉仕してくれる時より、手を握りあって舌まで絡めてまぐわう時より、今の彼女こそが頭一つ抜けて、私にその身を許してくれているように思えた。……ただセックスをするだけではもったいないと、そんな物騒なことを思わせられてしまうほどに。
ダンボール箱の中身が、唐突に頭の中に思い浮かぶ。これまでそんなことはなかったのに、無防備さを差し出された瞬間に、あの道具たちの存在は思い起こされたのだ。
けれど私はその内のどれでもなく、自分のスマホを選んで手に取った。同意の上なので、何もこざかしい真似は必要ない。録画ボタンを押すと、撮影開始を報せる音が目立ってピンと鳴る。
……狙いを定めるために握っては、自分で引いてしまうくらい硬くなったその肉棒を、私はついにルカトゥの秘部へ挿入した。
「うあっ♡ あっあっゔっ♡ ああ゙ぅっ♡」
喘ぎ声と共に、熱い肉壁が私を歓迎してくれる様子が、淡々とカメラに収められていく。……もっともそこに映る画だけでは、柔らかいのに締め付けが強く、締め付けてくるのに阻む素振りはないルカトゥの中の感触などは、少しも伝わりようがないのだけれど。
腰を動かすと、引く時はともかく、突き入れる時には少しだけ、ルカトゥの腰が逃げていく。それは彼女の意思の問題ではなく、勢いよく突かれた腰が物理的な力で離れていこうとするせいだった。自重のある騎乗位や、ベッドが背中を支えてくれる正常位と違って、後背位はそういう意味では不安定な体位らしい。……彼氏とは体位をいろいろ試すようなところまで行けなかったから、私はそういうことを今の今まで知らなかった。散々映像では見て、散々漫画には描いてきたのに。
魔法でちんぽが生えたからといって、筋力まで男性的になるわけではない。片手で相手の腰を支えることに煩わしさを感じて、私は早々に撮影を放棄した。
ルカトゥの腰を両手でがっしりと掴み、自分の腰の動きに合わせて思い切りそれを引き寄せる。
「お゙っ!?♡♡ お゙っ♡ あ゙っ♡ あ゙ぁっあ゙っ♡」
いつにも増して、彼女の喘ぎ声には余裕がなかった。
快感に牽引されるような腰は止められないまま、私は私で「これは今までと違う」と感じる。思わず感嘆の息が漏れるような、腰がわずかに浮くような快感は、相変わらず脳みそがどっぷりと浸れるほどに送り付けられてくるけれど。事はそれだけではなかった。
この体位は、今までで一番「叩きつけている感じ」がする。お互いの体がぶつかり合って鳴る音からしてもそうだけど、相手の腰を掴んで引き寄せることで、まるでその身体を道具扱いしているような……背徳的な感覚が起こる。身勝手に性欲をぶつけていることの実感が湧いてくる。
……あるいは、その時ばかりは本当に、私はルカトゥのことを道具として扱っていたのかもしれない。
向かい合ってまぐわった時には、この手はルカトゥの手を握っていた。なのに今は「逃げるな」と言わんばかりにその手が彼女の腰を捕らえて、自分の快楽のために有無を言わせず引き寄せている。どう見ても、そこにコミュニケーションの余地はない。
そんな中で腰元から少し視線を上げてみれば、頭をうなだれさせて、濁った声で喘ぎ揺さぶられているルカトゥの姿が見える。彼女はただひたすらに、私にされるがままだった。
よく誰かが、この後ろからするセックスのことを「獣みたいな」と表現するけれど、いざ自分が当事者になってみると、その表現は的確ではないように感じる。どんな格好をしてみたところで人は常に人であり、だからこそ、この暴力的な体位には、ひどい背徳と興奮が伴うのだ。
……いつもそうだった。私は獣にはならない。なれやしない。どんなに興奮してとち狂っても、質はともかく、「人としての思考」がいつも頭の中に渦巻いている。
そして今、渦巻く思考の中に、コミュニケーションの色はない。ただ背を向けられているというだけで、私は快楽の中で一人だった。画面の中のルカトゥを見ながらオナニーをすることと、視界の中で喘ぐルカトゥを見ながら腰を振ることは、すごくよく似ていた。
「あ゙っ……♡ お゙ぅ♡ はっあ゙っ……♡ ゔぅ♡ ふぅゔ……♡」
根元まで突きこんだまま腰を押さえて、奥をぐりぐりと抉るようにすると、ルカトゥはじたばた悶えるように肩を震わせて鳴いた。まるで忠誠心を示すみたいに四つん這いの体勢は維持しているけれど、もうその細い両腕はガクガクと崩れかけている。
そういった反応を見ることで、なんとか自分が一人ではないことを思い出す。……そしてその実感はまた、彼女の中に突き入れている欲望をより硬くさせる物でもあった。
月並みな嗜虐心が自分の中にもあることを知って、それが少し受け入れ難かった。まさか自分に限って、こちらの一挙手一投足にルカトゥが喘ぐ様を見ることで、そこに愉悦を感じるとは思っていなかったのだ。けれど私はそれを認めざるを得なかった。ルカトゥの反応に、いちいちどうしようもなく気分が良くなっていたのだから。
そして私はその時になって、ここへ繋がり至る様々なことを思い出したのだった。
魔法を受ける前、自分が男性の立場となってルカトゥとセックスをするということは、それは自分自身も参加者として加わる「実験」なのだと考えたこと。暴力を受けることにすら肯定的でいられるほどの、ルカトゥのマゾヒスティックな趣向のこと。ダンボール箱の中にあった鞭のこと。ハメ撮りの前に考えられていた、適当に口走られた罰ゲーム案のこと。
……私は、漫画で聞くような通説が本当なのかどうかを、今こそ知りたくなってしまった。
「ねぇ、ルカトゥ」
「あ……、ふぁい……?」
「……痛いことしてもいい?」
百戦錬磨の彼女は、それで私が何をする気なのかを理解したのかもしれない。
こちらを向きはしなかった彼女が、それでも期待の笑みを浮かべたのが分かったような気がした。
「いいですよぉ……♡ どうぞ〜……♡」
「……ありがとう。ごめんね」
白々しく謝って、……私は彼女の尻を手のひらで思いきり叩いた。
ギョッとするほど大きな音が鳴った。
「んぎぃ♡」
乾いた音が部屋にこだまするかのようだった。今さらになって「隣の部屋に聞こえているのでは」なんて不安が過ぎるけれど、それはルカトゥの喘ぎ声の時点で言えることだったので、あまりにも今さらすぎた。
均整を取るかのように、不安を誤魔化すかのように、私は、今叩いた方とは反対の尻に追い打ちの平手を振り下ろす。
「ぎゃうっ♡」
「……痛い?」
「き、きもちいいれすぅ……♡」
「……じゃあ、もっとしていい?」
「はいっ……♡ おしり、もっとたたいてくらさい……♡」
それを聞いて、ほんの数日前にも受けた感覚が私に再発してしまう。苦しむ素振りを見せない相手を気遣うことに、嫌気が差すあの感覚が……。
……もしかして、私が彼女の腹を踏みつけにしたことを「二度とはしたくない体験」だと思っているのは、彼女が「苦しむ素振り」を見せたからだったのだろうか? ……ふと、そんなことを思った。
そこからはもう、遠慮なんてしなかった。さすがに鞭を使いたいとは思わないけれど、しかし私はそれでも、実はずっとこの手のプレイのことが気になっていたのだ。
それはつまり……スパンキングだとか首絞めだとか腹パンだとか、そういった物が、「締まりを良くする」ことに本当に繋がるのか? という興味。漫画でよく見ることが、現実にも繋がっているのかという興味。……しかも今回のこれに関しては、自分自身に男性器が生えていなければ「体験」としては確かめようがないことだった。だからそれはつまり、言うなれば、私の素朴な夢だったのだ。
結論として、私は小さな感動を得た。平手を振るうたびに、ルカトゥの中は一瞬確かにギュッと締まるのだ。何度確かめてみてもそれは必ずそうだった。再現性があった。サキュバスである彼女の人智をこえた愛撫とはまた違ったような、意思とは別なところにあることが伺える刹那的な締め付けが、私の振るう暴力に応じて必ず起こるのだ。
私はそれに興奮して、何度も何度もスパンキングを繰り返した。繰り返しながら腰を振った。小さな感動は、みるみるうちに大きな興奮に移り変わって行った。突かれるたびに、叩かれるたびに、ルカトゥは濁点の付いた声で喘いでくれる。乱れてくれる。その反応の一つ一つが、私をより昂らせる恰好の材料だった。
絶頂が、己の内から上り詰めてくることを感じる頃には、ルカトゥの腕は力無く投げ出され、上半身が擦り付けられるようにベッドの上で崩れていた。
「い゙っ!♡ あ゙っお゙っ♡ いあ゙ぁっ!♡ ゔっお゙っぐぁっうぅ♡」
「うっ……ルカトゥ……。イク……出る……っ」
「あぁっ……♡ だ……っして……♡ せんせっ……あ゙っ♡ あ゙うっ……♡ ゔぅ……♡」
一瞬だけ、初日のような、前後不覚になるほどの快楽が全身を駆け抜けた。
精液がぴゅっ……ぴゅっ……と出ていく感覚を私が味わうごとに、共鳴したかのようにルカトゥの体が痙攣する。数秒にも数分にも思える長い時間のあと私がそれを引き抜くと、排泄されたはずの白濁は一切余さず彼女の中に飲み込まれたようで、その一滴すら私の目に留まることはなかった。
自分か相手か、どちらの物とも知れない粗く深い呼吸を聞きながら、私はルカトゥの体を見下ろす。汗のにじんだ白い背中、苦しそうに上下する肩、それらとコントラストを成す黒髪……。
どれだけよがり乱れて、うつ伏せにその身を崩しても、腰から下は常にこちらへ捧げるように持ち上げられている。……白い肌とのコントラストは髪にばかりある物ではないと私が気がついたのは、自分の息が整い始めてからのことだった。
力の加減も分からない素人に無茶をされて、散々叩かれたルカトゥの臀部は、塗られたように真っ赤に腫れ上がっていた。……何かの漫画だったか、それとも体験談だったか、尻を鞭で打たれた女が「痛くてしばらく椅子に座れなかった」と語っていたことを思い出す。
呼吸の次に、ようやく、私は正気を取り戻した。自分が何をしていたのかを正しく理解して、今度ばかりはそれが単なる羞恥で済むものではないことを知る。あの時、殴ることは出来ないと言ったのに、これは出来てしまうのかと、己の所業に狼狽えた。
どうにかして彼女を労りたくて、わけも分からずにその腫れへ手を伸ばす。するとその手が触れた瞬間、ルカトゥの体がビクッと跳ねた。慌てて手をはなす。
「ご、ごめんっ。ごめんね」
「ふぇ……? なにがですか〜……?」
「その、……や、やりすぎた。ごめんなさい」
「え〜……? ……あぁ、もしかして、お尻真っ赤になっちゃってますかぁ」
「う、うん……」
「えへへ……♡ 先生ぇ、そのままよく見ててくださいねぇ」
「え……?」
言われていることを頭で理解できたわけではないのに、私の視線は自然と彼女の言う通りの方へ……身勝手な暴力の証の赤色へと吸い寄せられた。
すると、目を疑うようなことが起こる。……彼女の臀部に大きく広がっていた赤色が、染料が水で洗い流されるかのようにスーッ……と、瞬く間に引いていったのだ。五秒もしないうちに、そこには白に近い肌色が戻ってきていた。
むくりと起き上がったルカトゥが私の顔を見て、どこか恥ずかしそうにはにかむ。
「サキュバスですからぁ。全然効いてませんよぉ、こんなもんです」
「……すごい」
思わずそう感想を漏らす。あとで冷静になってから考えてみれば、そもそもサキュバスは不死身の存在であり、魔力さえあればどんな大怪我だって自力で治してしまうような存在なのだから、そんな彼女らが平手の腫れくらいどうにか出来ないはずもなかったのだと分かるのだけど。
私はその時ハッと、あの箱の中に煙草があった理由を悟った。倫理観云々の話を抜きにしても、ルカトゥに火傷をさせることは仕事に支障をきたすことなのでは……という点についての答えを、今まさに目撃したのだと理解する。
全ては一瞬で治る。痕跡は消える。それがサキュバスにとっての当たり前なのだ。サキュバスは不死身であり、そして、傷跡を見つけた誰かに助けてもらわなければならない状況に陥るほど弱くもない。彼女らは、人間とは違った生物だから。
「お掃除しますねぇ……♡ 失礼します♡」
呆然とする私の股座へルカトゥが這い寄る。さっきまで惚けていたように見えたのに、彼女はそういったことを欠かさないものだった。
……結局、そのお掃除で再び性欲を取り戻してしまって、私たちはその後二回戦を行った。その際は誤ちを繰り返さないように正常位を選んだのだけれど、気持ちが高まってくると、ルカトゥがあらぬことを懇願してきた。
「せんせぇ……♡ くび、首絞めてぇ……♡」
「……ダメだよ、本当にそれは。加減が分からないから……」
「大丈夫だからぁ。ね……? 先生じゃわたしのこと、殺せないよ……? だからおねがい……♡ 絞めてほしいの……♡ せんせぇおねがい……♡ なんでもするからぁ♡」
「……じゃあやばくなったら、タップして教えてね」
それで結局私は、おっかなびっくり彼女の首を絞めてみたのだった。
少し力をこめただけで、文字通り、彼女の呼吸が遮られたことが手に取るように分かる。命そのものを手中に収めているような危うさがあった。けれどそれと同時に、平手打ちをお見舞いした時よりももっと強く……しかも継続的に彼女の中が締め付けてくることにも気がついて、自分がそこに魅力を覚えてしまうことを自覚した。
首を強く絞めれば絞めるほど、彼女も私のことをよりいっそう締め付けてくれる。もちろん、息継ぎの時間は頻繁に取ったつもりだった。するとそのたびルカトゥは荒い呼吸を必死に繰り返して、潤んだ瞳で「もっと」と私に訴えかけてくる。……彼女がギブアップを告げることは決してなかった。
息継ぎはさせているつもり……というのは、私の思い込みだったのかもしれない。射精を終えたあと、ハッとして彼女の首から手をはなした頃には、彼女の顔は湯だったように赤くなっていた。……もはや自分でも白々しく思うけれど、それで私は再び、どうしようもなく反省と後悔の念を抱くことになる。
幸いなのは、その顔の赤らみも、首に薄らとついた絞め痕も、やはり瞬時に引いていったことだろう。それが決して私の蛮行を無罪に帰すものではなかったとしても、痕は引いてくれるに越したことはないに決まっていた。
落ち着いた後、乱暴をされたルカトゥの方がなぜか私に謝った。
「あの……すみません先生……。本当に、変なことお願いしちゃって……」
「いや、謝るのはこっちだけど……」
「なんでですかぁ、そんなことないです。先生は、わたしのこと気持ちよくしてくれましたよ……?」
「苦しくなかった……?」
「苦しいのがいいんですよぉ」
「……ルカトゥを喜ばせるために出来てたら、確かにいいんだけどね」
「そうしてくれてましたよ……?」
「出来てないよ。……自分のことしか考えてなかった」
それは暴力に限らず、性欲にまつわる全てに関して言えることだった。
あらゆる性行為が、もしもルカトゥを満足させるために行われているなら、彼女は不死身であるわけだし、べつに何をしても問題ないと私だって思う。けど、実際はそうじゃない。実際の私は、自分自身の欲求のために性行為を求めている。だから、特に暴力のことは気にしなければならないのだ。
私が性欲で動いている以上、ルカトゥが喜んでくれるというのは、あくまでも偶然の結果でしかない。私に罪悪感を抱かせたくないルカトゥは、わざとそこを有耶無耶にしようとしているのだろうけど……。
……そこまで考えて、あれ? と思った。罪悪感は、お互いが気持ちよくなれる「セックス」という手段を用いることで、解決したはずではなかったのか? いつの間に私はまた、振り出しに戻っている……?
「先生……」
哀れむような……いや、そうではなく単に心配性の顔で、ルカトゥが私の目を覗き込む。首絞め懇願の件で彼女が自身に責任を感じてしまっているなら、それは気の毒この上ないことだから訂正しなければならない。首絞めの件はむしろ実質的に無関係なのだ。スパンキングは私が自分からしたがったことで、罪悪感はそこだけですでに成立しているのだから。
……けれど、それをどう言葉で伝えればいいものか、私にはすぐには分からなかった。そしてそれを考えている間に、ルカトゥの方が先に言葉を続ける。
「先生、わたし、考えた事があるんです。どうすれば先生の罪悪感をやわらげられるのか」
「うん……」
「わたしが平気なことをアピールしても、それじゃダメなんですよね……? だから、別の方法を考えたんです。聞いてくれませんか……?」
「うん、聞かせて?」
「……交換条件です」
「え?」
自分から聞いてほしいと言ったのに? と一瞬だけ思った。けれどその言葉の意味するところは、そうではなかった。
「先生がわたしに、世間一般的に言ってひどいことをしたとしましょう。そしたら、先生にもそれと同じ数、世間一般的に賛否の分かれるわたしのお願いを聞いてもらう。……そういうのはどうですか?」
「あ、なるほど……」
それは不思議と、意外なほど意識の外にあったアプローチ方法だったように思う。
計り知れない献身への対価を(つまりは無限に)支払うなんてことはルカトゥがまず許さないだろうとばかり思っていたから、「対価を払うフリをする」ことについては、全くの盲点になっていたのだ。
なぜ「フリ」の話をしているのだと私が瞬時に理解できたのかといえば、その訳は知れている。タイミングからして明らかに、ルカトゥはスパンキングと首絞めの件を引き合いに出していたからだ。
「つまりさっきの首絞めは、スパンキングとの交換条件ってことね」
「そうです。……そう考えたら、少しは気持ちが軽くなったりしませんか……?」
「うーん……どうだろう……? よく分からないかも」
「もっと試してみれば、分かりそうですか……?」
「……うーん」
いかにも誘導尋問。言葉巧みに、私から余分な理性を奪おうとする淫魔の手口を感じる。……であればもはや私は、そこに乗らざるを得ないのではないか? そう考えること自体狡い気がするけれど、真っ直ぐな人間として生きていくには遅すぎるし、そんなことにはこれっぽっちの意味もなく、むしろルカトゥを悲しませるという害すらあることに思える。
私には今一度、自分を奮い立たせる必要があるようだった。罪悪感は捨てる。そう、そうだ、そういう約束だった。たとえその約束の果たし方が錯乱の中にあったとしても、その事の何が、約束を果たせないこと以上の問題になるだろうか。優先順位を間違えてはいけない。
私は、知らず知らずのうちに自分が「つい振るってしまった暴力」の前に怖気付いていたことに気がついた。そしてそれが、克服しなければならない物だということを理解する。ちょうど漫画に描いている過去の頃に、私はすでに一度、致命的な形で淫魔の手口に乗った身だ。引き返すことはできないし、するべきでもない。
「……分かった。じゃあ、そういうことにしよう。交換条件」
「あっ、はい……!」
「私がルカトゥに一つひどいプレイを要求するたび、私もルカトゥのしてほしいことに答える。そういうことでいい?」
「はい!」
「うん、分かった。そうする。……でも、「カット」のことだけは絶対に忘れないでね?」
「もちろんです。というか、それは先生こそですよぉ……? 交換条件でも、嫌な時は嫌ってちゃんと言ってくださいね……? わたし、先生にしてほしいことなら山ほどあるので、ちゃんとその中からいい感じのやつを見つけますからぁ」
「山ほどあるんだね。……私もたぶん、山ほどあるよ」
「わぁ……♡ 楽しみですぅ♡」
「うん。たくさん「実験」に付き合ってね……?」
「はいっ♡」
魔法でちんちんが生えた時くらいしか出来ない実験というものは、つまりこの世のプレイの数に等しいバリエーションを持っている。それはあのアダルトグッズの山よりももっとずっと多いことだと言えるだろう。……人の欲は無限大だから、今日のことはこれでもほんの序の口にすぎない。だけどルカトゥはきっと、その無限大を望んでいる。
こうして私たちはオルディアの魔法に触れて数日目にして、ようやっとその「交換条件のルール」を結んだのだった。それが締結されるまでの回り道は、まるで付き合いたての童貞と処女のような手探り感だったように思う。
そのルールが結ばれた直後、ルカトゥはいつものように「お掃除」のことを思い出した。這い寄る彼女を止める理由が、私にあるわけもなかった。
けれどもそういった風に、彼女の方が自発的に賛否の分かれるプレイを行う場合は、ルール的にどういう処理になるのだろうか? ……そういった細かな疑問点については、手探りでたどり着いたばかりのルールでは当然と言えば当然な通り、今のところは「調整中」としか言えないものだった。
その日の夜、就寝前に暇そうにしていたルカトゥが、私に「撮った動画を見せてほしい」と言ってきた。そう言われて初めて、私はその映像の存在を思い出した。
すぐに撮影を断念したため、ハメ撮りの尺はわずか十数秒しかない。その内容をまずは自分で確認したのち、本気でやるならカメラの固定方法を考えなきゃね……とかなんとか言いながら、私はスマホごとルカトゥに手渡した。データとしてのやり取りをするのは、誤爆の心配があったからやめておいたのだ。
短い動画を見て、ルカトゥは感想をぽつり。
「先生が映ってないと、なんか、パッとしませんねぇ」
普段から仕事で撮られ慣れているルカトゥにとっては、まさにそうなのだろう。ただ犯されている自分の姿が映っているだけでは、何も目新しいことはないのだ。そしてそれは、彼女の出演作品を多々視聴している私にとっても同じことが言えた。
ハメ撮りを本気でやるなら、カメラを固定して、私たち二人ともの姿を映すべきである。……そうすると映像の取り扱いリスクが、私のメンタル的になおのこと上昇するけれど……。しかしそれとは関係なく、私はもうその企画からは興味を失っていた。べつに、自分で最高の個人撮影エロ動画を作ってやろうだとか、そういう野望はなかったから。
私にとって、全ての特殊なプレイは「実験」なのだ。言い換えれば、お試し、体験版、つまみ食いなのだ。ちょっと触れてみて「こういうものか」と思えば、そこからさらに掘り下げようという気にはならない。なぜなら、まだつまみ食ったことすらないプレイが、頭の中には山のように控えているから。興味はそちらの方へ移っていく。
そして、そんなエロ漫画脳の辞書の一項を実行に移すたびに、私はルカトゥから交換条件で何かを頼まれることになるわけだ。……それはさも私の罪悪感をやわらげるために考案されたかのようなルールだったけれど、性欲を抜き頭を冷やしてよくよく考えてみると、そこには少なからずルカトゥ自身の欲望も含まれているような気がした。なにせ彼女は、私に頼みたいことなら山ほどあると言ったのだ。それは欲望と呼んで差し支えないものだろう。
……尻を叩いたり首を絞めたり散々なことをしたからか、せっかくの一日休みだったけれど、私はその後ルカトゥと性的な行為に及ぶことはなかった。彼女の方も、私に迫ってくるようなことはなかった。私はあの後創作活動へ戻り、時間が過ぎて夕暮れになったら夕飯を食べたりテレビを見たり……とにかく平和に過ごして今に至る。
ハメ撮り動画は、さして貴重な物が撮れたわけでもないし、再度の撮影はいつでも出来るということで、ひとまず削除しておく運びになった。……そして動画が無事に消された時、それまでなりを潜めていたはずの物が、私の中に戻ってきていた。
きっと短い物とはいえ、扇情的な物を見てしまったからだ。風呂に入ったあとに限って、性欲というやつは自己主張をし始めてしまう物だった。眠る時には当然ベッドに寝転がるわけだけれど、そろそろこのベッドという代物が、象徴的な意味合いを持ってきてしまっているという向きもあるかもしれない。
昨日と同じように私はベッドに腰かけて、ルカトゥはその前にぺたんと座り込み、不格好な膨らみへ顔を寄せている。……昨日と違って今日は部屋の電気を点けたままだった。
光の下にハッキリとあらわにされた肉棒を手でしごきながら、彼女は私を見上げて言う。
「先生のしたいことって、どんなことがあるんでしょう?」
「いろいろだよ」
「せっかくですし、今してみますか?」
「……いや、いいよ。汗かいちゃうし。それに……今考えてることは、準備が面倒くさいやつだから」
「ほうほう〜……。じゃあ、明日はそれをしましょうかぁ。わたし明日もお休みなんです〜」
「ん、分かった。明日ね」
「はい、あした〜。……ふふっ、楽しみですねぇ♡」
「……あの、ルカトゥ」
「は〜い?」
「わざと焦らしてる……?」
「ん〜、そんなことないですよ〜?」
とぼけた調子でそう言ってようやく、彼女は目の前の物を咥えこんだ。
曲芸を披露するみたいに、んぐっ……んぐっ……とみるみるうちに、それは根元まで喉に収められていく。
……なんだか、こういったことが習慣化しそうな気がして、複雑な気持ちになった。いつか自分が、彼女の奉仕を当たり前だと思ってしまう日が来るのではないかと。……あるいはそれがルカトゥの望みなのだろうか? 夜眠る前に、無言の手招きで奉仕を催促されるような関係性が……?
二回連続で彼女の喉に搾り取られ終える頃には、毎朝起きてすぐにねだるよりはマシか……と五十歩百歩なことを思いながら、私は勝手に満足して、うとうと眠気を覚え始めていた。
ルカトゥが部屋の電気を消す。
「おやすみなさい、先生ぇ」
「ん……おやすみ……」
暗闇の中で、ルカトゥが私の頬にキスをしてから離れた。
今日もありがとう……と、彼女へ最後に言ったつもりだったのが、現実のことだったのか夢の中でのことだったのか、翌朝起床した私の記憶にはハッキリしなくなっていた。
朝起きてすぐに、私は自分の知識不足を数えた。胃の中に入った食べ物は、どの程度の時間を経て腸へ行くのか? 私はそれを知らない。
意図が意図だから、起床して早々にそんなことを考えるのは、道徳的にかなりの重罪であるような気がした。台所の方からフライパンで何かを焼く音が聞こえてくる。しばらくして出てきたそれはウインナーだった。ただしそれは一般的なウインナーのイメージと異なり、色が全体的に白く、そして長い。
ちなみに、ウインナーとソーセージの違いも、私は知らない。
「レモン味だ」
「レモンバジルって書いてました〜」
それと白米とサラダと味噌汁……が、今日の朝食だった。エプロンを脱ぎ、膝を折って向かいに座ったルカトゥが、細長いウインナーをかじる。
私はまた自然なことのように、そんな彼女の口元に注目していた。……性欲を持って以来、胸よりもそちらへ興味をそそられる。が、今はべつに、ムラムラしているわけではなかった。
「食事中にふさわしくない話が……。今までで一番ふさわしくない話があるんだけど、聞く?」
「聞きますけど〜。その前に当てさせてください」
「当てる? なにを?」
「先生の次に試してみたいことは、もしかしてアナルセックスじゃないですか〜?」
「……まさか、そんなところにもアンテナを?」
ルカトゥなら張っていてもおかしくないと思った。思いつく限りのありとあらゆるプレイにアンテナを、「先生が実行に移すと意気込んだ時に」という風に。
つまり、彼女の言ったことはドンピシャで正解だった。
「いいえ〜。性欲は曖昧ですからぁ、そういうアンテナは張りませんよ〜。今のは、推理ですぅ」
「どんな推理……?」
「準備に手間がかかって〜、食事中に特別ふさわしくないことで〜、それからこれは勘ですけど、先生の実験は、手堅いところから来ると思ったんですぅ」
「アナルでするのって手堅いの……?」
「挿れたことのない穴を放置して他のことをするよりは〜、たぶん……?」
「……まぁ一理ある」
キスがあって愛撫があってセックスがあれば、じゃあその次は当然アナルセックスだろう……と言われると、それはどうにも突飛な理論に聞こえるけれども。しかしそれでも推理が的中してしまったからには、彼女の言う手堅さとやらにも全く理がないわけではないのかもしれない。
私が次なる実験としてそれを発想したのは、後背位の際にその「挿れたことのない穴」が目についたことがきっかけだった。……しかしそうかなるほど確かに、その穴を「挿入できる箇所」として見てしまうのは、いかにもエロ漫画家的な(あるいはAV視聴の常習者的な)思考だったのかもしれない。だとすればルカトゥの推理の的中も、なかなか確率の問題であったような気はする。
そしてそれはともかく。私はルカトゥの言った「性欲は曖昧」という言葉に、密かに深く感心させられていた。身に覚えがあったのだ。今日はどんなAVを見ようかと考えを巡らせながら、結局は昼寝をしたような日もあったよなぁ……と。他人が「意気込む」ことについての信用のならなさを、ルカトゥはすでに嫌というほど知っているのかもしれない。
何にせよ、話が早いのは良いことだ。ルカトゥの推理の的中はナイスパスだった。おかげで私は、
「それで、ルカトゥ的にはどう思う? 次の実験をそれにしようっていうのは……」
と聞くだけでいい。
ルカトゥは何の迷いもなく一言、「いいですよ」と言った。すると当然、私にはもう一つ聞くべきことが出てくる。
「じゃあ、交換条件の方は何になる……?」
聞くと、推理までしておいてまさか何も考えていなかったわけではないだろうに、ルカトゥは少し悩むような素振りを見せた。
「食事中にふさわしくないことかもしれませんけど、今聞きますか〜……?」
「え、私汚い系はちょっと……。食事中とか関係なく」
「汚いってほどじゃない……とわたしは思うんですけど、う〜ん……」
「……いや、いいよ聞くよ。気になっちゃう」
「じゃあ、あくまで提案としてですよ? 言いますね」
ここ最近の私がしばしばそうしてしまうことの意趣返しをするかのように、ルカトゥはジッ……と、私の口元に視線を寄せた。
「深いキスをする時にですね、つばを飲ませてもらうのが憧れなんですよ〜……」
「……あー」
なるほど確かに、それは微妙なラインだった。汚いと言えば汚いのかもしれないけど、そもそもディープキスをしている時点で、唾液なんて勝手に交換されてしまっているように思う。もしこれがこちらに飲んでほしいという話だったら、それは正直嫌な顔をしてしまっていただろうけど……。
けれどルカトゥは、それを本気で「汚い話かもしれない話」だと思ったのだろうか? 私がべつに潔癖というわけではないことは彼女も知っているだろうけど、それ以前のこととして私は、彼女の口にちんぽを突っ込んで、あまつさえそこから排泄される白濁を飲み込ませているというのに。今さら唾を飲ませることを汚いから嫌だと思うなんて、本気で考えていたのだろうか……?
「いいよ?
「いいんですか……?」
「うん。逆に、そんなことでいいの?」
「一つは一つですから」
「……まぁ確かにそうか」
釣り合いだとか、公平性だとか。私とルカトゥの間に今さらそんな物を求めてどうするのかと言われれば、それは確かにナンセンスなように思える。交換条件のルールは、公平性を演出するための物であって、公平性その物ではないのだ。なにせルカトゥは、私から一方的にあれこれ求められるのであれば、それはそれで喜ぶのだろうから。公平性は、極端に言えば「必要ない」。
……お互いに朝食を食べ終えて箸を置いた時、私たちは自然と目が合った。
「早速しますか……?」
「……いいの?」
食事中にふさわしくない話とやらは、性欲を叩き起こすには十分な効果を持ってしまう物のようだった。
ルカトゥの魔法に誓って言えることだけれど、ほんの数分前までの私は、するにしても朝からではないだろうと思っていた。だけど性欲という物はある種繊細すぎる物らしく、ほんの少しのきっかけで熱されてしまう。私にもそろそろそれが分かってきた。
汚れた皿を水に浸けながら、ルカトゥは言う。
「ところで、サキュバスにとってはアナルセックスって、そんなに手間のかかる物でもないんですよ〜」
「ふむ……?」
「洗浄は、しようと思うだけで出来るんです」
そう言って彼女はトイレに引っ込み、そしてすぐに戻ってきた。
満を持してというべきか、部屋の隅に追いやられている例のダンボールが、ついにその中身を使うために漁られる。真っ先に掘り出された物はコンドームだった。……そしてそれが手に取られた物の唯一だった。ルカトゥはそれを私に手渡すと服を脱ぎ始め、「後ろからでいいですか……?」と聞いてくる。私には脱ぎながら「うん」と答えることしか出来なかったけれど……。
ベッドの上でいざ、昨日と同じようなバックでする形に至ったところで、いろいろと疑問が噴出する。そしてそれを悟られまいと白々しく、
「あ、ローション……」
と呟きながらベッドを降りようとすると、呼び止められた。
「あ、なくても出来ますよ? サキュバスなので」
「サキュバスってなんでもありなの……?」
昨日からそうだったのかは、注目が足りていなかったせいで分からない。けれど言われてから彼女の菊の穴に触れてみると、そこには確かに、ローションにも匹敵するぬめりを持つ体液が滲み出ていた。ほぐすことだとか、そういったこともルカトゥの振る舞いを見る限り、おそらく必要ないのだろう。
……挿入する際、狭い入口を押し広げるような感覚があったけれど、それは抵抗感なくこちらを受け入れてくれる物だった。
「あっ……おっ……♡ ふっ……うぅ……♡」
ルカトゥの反応が、心なしかいつもより苦しげだった。叫んだり唸ったりするような喘ぎ方とは違い、今日のそれは絞り出すような声に聞こえる。
私はそんな彼女を背後から見下ろしながら、昨日と同じように腰を掴み、快楽の手に入れ方を探るようにピストンを繰り返した。……腰を振る動作が自分の体に馴染みつつあるような気がして、人の慣れのおそろしさに改めて触れた気がした。
「うっ……お゙っ……♡ ほっ……おぉっ……♡ あっ……おっ……♡ うぉ゙っ……♡」
奥まで突き込んだまま腰を止め、さするように尻を撫でてみる。白くてすべすべしていて、昨日乱暴にされたことが嘘だったみたいに綺麗な肌……。……私の中にも、美しい物を見たら汚したくなってしまうような、邪悪な心があるのだろうか? それともそれは、白い壁に落書きをしたがる子どもの心だったのだろうか。じわりじわりと……己の内に湧き上がってくる衝動を、できれば気のせいだと思いたかった。
さらに、私には今もう一つ、気のせいだと思いたいことがあった。けれど何度確かめてみても、それは常に変わらないフィードバックを私に寄越してくる。
……アナルセックスは、あまり気持ちのいい物ではなかった。入口……いわゆる括約筋の締め付けは強くて刺激的なのだけれど、その先、挿入した内部の方が、どうにも空洞っぽく感じられる。筒というよりも輪っかに挿入しているように感じるのだ。……熱い肉がぬるぬるとまとわりついて来てくれる前の穴に比べると、空洞感とはひどくつまらない物だった。
もちろん、行為自体がつまらないわけではない。アブノーマルなプレイをしていることの背徳感、いつもと違う反応を見せるルカトゥ……、そういった物からしか得られない興奮というのは確かにある。ある……のだけれど、それは同時に私にとっての天敵を、「罪悪感」を呼びこんでしまうものでもあった。
後背位は、背徳と孤独の体位だ。息を切らせて必死に、そして気持ちよさそうに深い呼吸を繰り返すルカトゥを見下ろしながら、私は「どうしようかな……」と考え込む。衝動に身を任せながら、罪悪感と戦うのか。それとも、今からでも普通のセックスをするのか……。
「……ん、あぇ。先生ぇ……?」
何かを気取ったルカトゥがこちらを振り返る。すると、彼女のとろけた瞳に魅入られた私の脳みそは、咄嗟にあることを思いついた。
自分が……紛れもなく自分こそがその発想をしたのだということを自覚した時に、私は、何か大いなる前提が崩れていくような感覚に囚われた。
……私には本当に、ルカトゥを思いやるつもりがあるのだろうか?
「……あのさ、ルカトゥ。もう一つ試したいことを思いついたんだけど、いいかな……」
「ん、なんですか〜……? なんでもしてください……♡」
「うん。……二穴で挿入したら反対側の物の感触が分かるって話、あれって本当なのかな……って」
「……ふふっ♡ それいいですねぇ♡」
フーッ……とお腹に力をこめて深い息を吐きながら、ルカトゥは尻穴からペニスを自力で引き抜いた。そしてそのままベッドを降りて、例の箱の中を漁り始める。
帰還した彼女は、必要十分以上のサイズを持つ魔法のペニスよりさらに少し太く長いディルドを、ペンでも渡すみたいな気軽さで私に差し出した。そして再び四つん這いになってこちらに背を向ける。
手渡される際に確かに見た、欲情に赤らんだ頬と、期待に満ちた眼差しがなければ、それはまるで性奴隷と見分けがつかないような振る舞いだったように思う。……奴隷みたいだなんて、自分がそんな風な想像をしてしまったことが少なからずショックだった。
行為を再開する際に会話はなかった。無機質な棒に奥を抉られて喘ぐ彼女に構わず、私はペニスをさらに後ろの穴にも突き入れる。
「おぅっ……♡ お゙ぁあっ……♡ あ゙っあ゙っ……♡ うぎゅぅ……♡ ほぉ゙っ……♡」
抽挿を繰り返すごとに身悶えるルカトゥは、私が半ばそうであることと同じように、一人でその快楽を貪っているように見えた。それならそれで、こちらも少し気が楽になれる。
二穴の実験の結果はすぐに分かった。目を閉じて神経を集中するまでもなく、私はディルドの感触を明らかに察知できたのだ。ごりごりと前後で挟みこんで、ルカトゥの体の中を削るような感触をそこから受ける。刺激としても中々よかったけれど、それが私にもたらした最も大きな物はやはり背徳感だった。
子どものおしおきにもなるような安全な箇所に平手を見舞うことと、デリケートな体内をめちゃくちゃに抉ること。本当にひどい暴力ははたしてどちらなのだろうか……? そんなことを考えてしまう。……けれど、だからこそ、目の前で幸せそうに喘いでいるルカトゥを見ると、朦朧とする中に恍惚を覚えているような彼女を見ると、得も言われぬ高揚のような物が私の中に湧いてくるのだ。
ディルドは電動でさらに暴れさせることのできる物だった。試しにスイッチをオンに切り替えてみると、ちょっとしたモーターのような音と共にそれがのたうち始める。
「うぅ゙っ!?♡♡ ゔっ♡ お゙っあ゙っ♡ あ゙っおっ♡ ゔっおっお゙っ♡♡ おっほっ……ゔぅっあ゙ぁっ♡」
ルカトゥは全身を痙攣させながら、もはや自我が失われたかのようによがり狂った。……いいなぁ、そんなに気持ちいいのかな……と、羨むような心が湧くことを感じながら、私はどこか冷めた目でそれを見ては、腰を振り続けた。……冷めた目の中にも、興奮は沸き立ち続ける。
ディルドの振動はペニスにも伝わって、それが中々良い感じに快楽に結びつく。狂ったかのような嬌声を上げるルカトゥの体が跳ねて、ただでさえ強い尻穴の締め付けが時々痛いほどに増す。……私はその嵐のようなセックスの中で、どさくさに紛れてまた同じ暴力を繰り返した。
乾いた音が、喘ぎ声に負けないくらい大きく部屋に響く。加減をしなさすぎて、こちらの手のひらまで痛んだ。
「あぎゃうっ!?♡♡ ひっ♡ いっ♡ あっがっ♡」
「ルカトゥ、「カット」する?」
「しっ、しにゃいっ♡ もっと♡ もっとぉ♡ あっ♡ ひぎゃあっ♡ あぎっ♡ うあっあっ♡ んぃ゙♡ うぐっあぉ……♡」
どれだけ気をやっているように見えても、そうやって会話はちゃんと成立する。そこになおのことサキュバスたる彼女の怪物性を見て、遠慮は必要ないんだと諭されているような気がした。それは言葉よりも強い説得力を持つメッセージだった。
私はひたすらに腰を打ちつけながら、ルカトゥをいじめることに没頭した。加減もせずにスパンキングを繰り返したり、ディルドを抜き挿ししたり、わざと刺激が強くなるように大きなストロークでアナルを犯したり……。
そしてそのうち、息も切れ切れになった彼女を見ながら、その姿に満足したかのようにあっけない射精をした。
「あ……♡ うぁ……♡ あぅ……♡」
ベッドに頬をこすり付けるような体勢に崩れたルカトゥが、だらしなくよだれを垂らしながら、うわ言のような喘ぎ声を奏でている。その目は焦点が定まっていないようだった。
ペニスを引き抜き、内から外からどろどろになったゴムをゴミ箱に捨てる。ディルドの電源を切って彼女の中から抜き去る。その際にもルカトゥの体は震えて、理性の溶けきったような甘い声が鳴った。
いつまでも這うような姿勢ではつらいだろうと思って、脱力しきった彼女の体を仰向けに寝転がす。……すると、あれだけ夢の中をさまよっているようだった彼女の瞳が、私のことをハッキリと捉えた。
「せんせ……♡」
「うん?」
「あいがとぉ……♡ だいすきぃ……♡」
呼吸に胸を上下させながら、ふにゃふにゃした満面の笑みで、ルカトゥはそんなことを言ってくれた。
不覚にも、ちょっと本気でドキリとさせられた。
「んっ……♡ ん……♡」
私は、動揺の勢いのままに彼女の唇をふさいだ。そのまま舌を入れて、約束だった「交換条件」を果たす。ぐちゅぐちゅと口内の唾液を集めて、……少し躊躇してから、それを彼女の方へ流し込んだ。
口をはなすと、またルカトゥは幸せそうに微笑む。行っている事に似合わず、それは天使のような笑みだった。
「ありがと~先生ぇ♡ おいしかったぁ♡」
「そう? よかった」
「うん♡ あと、すっごくすっごく気持ちよくて、幸せすぎておかしくなっちゃいそうだった……♡ ありがとう♡」
「それは、うん、こちらこそ。…………本当にあんなのでよかったの?」
「あんなのって?」
「暴力的っていうか、なんていうか」
「うんっ♡ 最高だったぁ♡ もっと激しくてもいいくらい、死んじゃうくらいしてほしい……♡」
「死んじゃうくらいって、サキュバスは不死身でしょ?」
「えへへ、そだよぉ♡ だからしてほしいの♡」
「そっかぁ……。……ところでルカトゥって、もしかしてそっちの喋り方が素なの?」
「へ? ……あ〜、えっと、それはなんていうか~……」
コホン、と咳払いが一つ。ルカトゥが体を起こす。
「……ところで先生、初めてのアナルセックスはどうでしたか?」
「あ、誤魔化した」
「そういうわけじゃないですけど~。どっちが素ってわけじゃないですよ? どっちも素です」
「なるほど?」
「それで~……? 先生こそ誤魔化さずに教えてくださいよぅ」
「あー」
嘘を言えばバレるし、はぐらかせば、はぐらかしたという事実が雄弁になってしまう。……ルカトゥの魔法を知っているおかげで、だから私は昔よりずっと、彼女に対して正直になれる。……そのかわりルカトゥのことは、素朴な感想にいちいち一喜一憂するような乙女ではないと信じたかった。
「……正直なこと言うと、個人的には、普通のセックスの方が好きだったかなぁ……」
「わ、奇遇です」
言ったあと、ルカトゥはなぜか一瞬「しまった」というような顔をした。先生とのエッチなら全部好き♡ みたいなスタンスの彼女的には、素朴な内心を晒したことが失態に思えたのだろうか?
なんでも好きと言ってもらえるのは助かるけれど、気が合うというならそれに越したことはないはず。だからルカトゥの焦りようはちょっと不思議だったけれど、もしかすると、人から何かをされることに対しては無敵のルカトゥも、自分自身のすることについては、時として言葉の一つ一つにまで繊細になるものなのかもしれない。思えば彼女が取り乱す時はいつも、彼女の方から何かをした時だったような気がする。
「じゃあ次からはまた、普通のセックスをしましょうね~」
にへ~っとした笑みを浮かべてルカトゥがそう言ったことで、一連の流れに区切りがついた。彼女は私の股間のモノが衰えたことを見届けてから服を着始め、そしてその途中でハッと思い出し、
「お掃除するの、忘れちゃうところでしたぁ」
と呟いては、当たり前のようにパクっとそれを咥えてくる。……ふと時計を見ると、全てはまだ午前中の出来事だった。
服を着たあと、私は創作活動に戻った。プロットはいよいよ冬へ突入する。いろいろ考えた末に、子ども時代のルカトゥと給食の話は、冒頭に持ってきた方が漫画的に面白いだろうと思って、それを書き始めた。
ルカトゥはテレビに向かって、ゲームでオンライン対戦をしていた。ちらと見るとソフトはスマブラだった。私に負けたことが悔しかったのかもしれない。
おかげさまで性欲を抜き切ってもらえたからなのか、私の作業はそれから至極順調に進んだ。そうしてしばらくの間漫画を描くことだけに集中できたので、次に私たち二人が顔を合わせたのは昼食の時だった。まだ夏には早かったけれど、そうめんを食べた。
「わたしこの前~、流しそうめんのことを「そうめん流し」って呼ぶ人を初めて見たんですよぉ」
「ほう」
「なんか~、「そうめん流し」って言われると、途端にしょぼい感じになりませんかぁ……? なんでわざわざ流すんだろうって、スンっと我に帰ってしまうような~……」
「あー、たしかに。なんかこう風流とは真逆な、業務的なニュアンスが出るような気がする。流しそうめんから風流を引いたら、何も残らないよね」
「風流かぁ……なるほどぉ……。でも先生ぇ、釜揚げうどんも、「うどん釜揚げ」だとなんか違う感じがしませんか〜……? べつに風流って感じでもないのに〜」
「あーなんか分かる……。なんでだろう、語呂……? ……ていうかルカトゥって、食べ物に関して結構繊細な感覚で生きてるのね」
「そうなんですかねぇ……?」
……と、そんな他愛もない話をしていると、ついさっきあった激しいプレイのことは、何か現実とは違う場所で起こった出来事だったのでは……という気がしてくるものだった。創作活動へ没頭しているうちにいつの間にか世界線を渡り歩いて来たかのような、数時間前の世界と今の世界は地続きではないような、そういう感覚がする。
けれどそれで言うなら、私はまた近いうちに「前の世界線」に戻るのだろう。いくらなんでも、この期に及んでそれが分からないわけではなかった。……だけど今のところの私は、ルカトゥのことを見てもまったく何の衝動も感じない。それがどれだけ穏やかな気持ちなのかということを噛み締める。性欲を持つまでは知らなかったのだ。「性欲がない」という状態が、どれだけ貴重な物だったのかを。
……それを理解するほどに、ルカトゥに対する「信じがたさ」も増す。性欲を気持ちで押さえつけ、ずっとおくびにも出さずにいられただなんて、そんなことが本当にあり得るのだろうか……。そう思ってしまうけれど、しかし実際あり得るのだろう。私が「される側になるのは御免だ」と感じる数々のプレイを、彼女の方は喜んで受けるように、きっと私にとっての「あり得ない」はルカトゥにとっての「普通」なのだ。
幸いなのは、少なくとも今の彼女は私と同じように、発散する物を発散して穏やかな気持ちでいられているだろうこと。そういう意味では、私たちの関係性は、あるべき平和な形に収まったようにも思える。
「ルカトゥは流しそうめんって食べたことあるの?」
「無いんですよぉ。先生はあるんですよね~?」
「大昔にね。でも、竹のスライダーみたいなやつではなかったよ。機械でぐるぐる周回するやつだった」
「じゃあ今年の夏は、竹スライダーの流しそうめんを探しに行ってみますか~?」
「いいね。連れて行ってくれる?」
「任せてください~!」
そう言ってにこにこしているルカトゥを見ると、これまでと同じように、プラトニックな彼女もそれはそれでちゃんと幸せそうに見える。かといって、それは決して私が彼女を幸せにしているわけではなく、彼女が自力で幸せになっているだけなのだけれど、最近はそれについてもあまり気に病まなくなってきた。
私は、そのことについてこう考えている。こちらの振る舞いの一つ一つに一喜一憂してくれるような、好意の塊のような存在が隣にいると、人はそのうち「自分が何者でもないこと」を忘れてしまうのではないか。ルカトゥに頼ることの罪悪感を、私は克服しているのではなく、忘れ始めているのではないか。……まぁ、もしそうだとすれば、私たちはそれでも全然構わないのだけれど。
その日の夜、月の上り始めたばかりの頃に、私の性欲はあっけらかんと舞い戻ってきた。ルカトゥはそれを察知すると、「今度はどんなこと試したいですか~?」と期待のまなざしで問いかけてくる。彼女は明らかに「次なる実験」を望んでいた。
「パイズリってやつが、実際のところどんな感じなのか、試してみたい」
せっかくちんちんが生えた上に、ルカトゥの胸はこれみよがしに大きいと来ているのだから、それは実のところずっと前から考えていたことだった。
だけど、こうして実際の機会が巡ってくるまでには、ずいぶんと長い時間がかかったように思う。魔法を受ける前の私のイメージでは、もっとサクサクと色々なプレイを消化していくようなつもりだったのだけれど……。性欲を持ってエッチをするということがこれほど高カロリーな行いだとは、正直全く予想できていなかった。けれどもまぁ、そういった予想外も込みで貴重な体験である。
ベッドのヘッドボードに背を預ける形で、私はルカトゥのパイズリを見下ろした。彼女はローションのかわりに唾液を垂らして、その豊満な乳房で搾り取るように肉棒を挟みこむ。すると竿のほとんどが、弾力のある温もりの中に埋もれて消えた。
……そのまましばらく奉仕を受けている間に、頭の中では感想がまとまってくる。結論から言うと、パイズリというのは、フェラチオやセックスのように我を忘れるほどの快感を伴うプレイではなかった。滑りを良くした柔らかな人肌で包んで愛撫されれば、それは当然気持ちいいに決まっているのだけれど、その気持ちよさというのはつまり、マッサージ的な物に近かったのだ。
それとそこにはもう一つ、視覚的なインパクトという魅力があった。いきり勃った物が巨乳に飲み込まれていくその絵面を、目の前で起こる現実として見せつけられると、それだけで昂るものがある。……だけどまぁそれに関しては、あらゆる性行為のあらゆる絵面にも同じことが言える気がした。そう冷めた感想になってしまうのはきっと、私の性癖にはパイズリがあまりヒットしていなかったということなのだろう。
ある時、それまでは揉むような形で奉仕していたルカトゥが、谷間を筒に見立てて上下にしごくやり方に切り替えた。んべ~……と上から唾液を垂らしながら、たゆんたゆんと揺さぶられる巨乳を見ていると、どことなく遠くの底から徐々に徐々に、射精感が上ってくるような感覚がする。
「あ、イきそうかも……」
「はい……♡ いつでもどうぞ~♡」
視覚的なものが……とか考えていたのに、いざその時になると私は、無意識に目を閉じて快感に集中していた。
びゅくびゅく……と快感の頂点からそれを発射すると、ルカトゥの「わぁ……♡」とうっとりした声が聞こえてくる。目を開くと、彼女の胸の谷間には、白濁の液体がドロドロと濃く溜まっていた。
「えへへ……♡」
ルカトゥはすぐに自分の胸からそれをすくい取って舐めとる。本当に幸せそうな顔でそういうことをするから、一瞬、AVを見ているような気分になった。彼女が扇情的な振る舞いを楽しんでいるのは分かっているけれど……。
「おいしい?」
「おいしいれす♡」
それが本気なのか演技なのかは、もはや私には分からなかった。
朝に比べればあっさりしたプレイだったからか、お掃除フェラを経たあとで、私のモノは当たり前のようにその硬さを取り戻していた。ルカトゥはそれを確認すると心底嬉しそうに笑って、
「次はどうしますか~?♡」
と私の顔を覗き込んでくる。
けれど、順番が違った。私は彼女に一つプレイを実践してもらったのだから、ルールはきちんと守られるべきだ。
……実際、それは意図された通りに、罪悪感の緩和に一役買っていたように思う。
「ルカトゥのしてほしいことは? 交換条件でしょ?」
「あ、そういえばそうでしたぁ。う~ん、そうですねぇ……」
おそらくは山のようにある候補の中から選定をする意味で、ルカトゥは少しの間考え込む。そしてある時、彼女はしおらしく上目遣いになって、
「先生は……、この前のお願いを聞いて、ちょっとでも引きましたか……?」
と聞いてきた。
通知の魔法を持つ彼女の質問は、単なる質問以上の意味を持っている。本人もそれを分かってあえて私に聞いているはずだ。「正直なところを教えてほしい」という意図が、お互いに分かる形でハッキリとそこにあった。
だから私は答えた。正直に。
「全然? ただ、良さは分からないけどね」
「引かれてなかったなら、よかったぁ……」
心底安堵したような表情を見せるルカトゥ。けれど緊張の色は、すぐに彼女のもとに戻ってくる。
ルカトゥはまたしても明らかに、何らかの「次」を期待しているようだった。
「…………ねぇ先生、たとえば先生の汗を舐めたいって言ったら、引きますか?」
「引かないよ。理解はできないけど」
「なるほどぉ……」
引くことと、理解できないことは違う。その微妙な……しかしものすごく重要なニュアンスが、嘘を見抜く力を通してスムーズに伝わるのは何よりなことだ。
私の返事を受けて、ルカトゥはまたしばらく考え込み始めた。何かものすごくアブノーマルな、けれどかなりやってみたいプレイがあるのだろうな……ということが素人目にも察せられる。
私は、まさか自分が無敵であるはずもないのに、その言い淀みをもどかしく感じてしまった。ルカトゥの口から出る言葉はいつでも耳障りが良い物に違いないと、知らず知らずのうちに彼女のことを盲信していたのかもしれない。
「ねぇルカトゥ、考えてみてほしいんだけど」
「はい」
「私は君の出演作の、結構アレなやつをそれなりに見てきたつもりだけどさ。君の仕事ぶりにネガティブな感想を持ったことは一度もないよ。……それでも言いづらい?」
「……あぅ」
背中を押してあげたくて、私はそういう風に言ったのだけれど。ルカトゥの表情は、むしろさらに思い詰めたようになってしまった。
そしてひとしきり思い詰めたルカトゥが、不意に覚悟を決める。
「そうですよね。わたしだけ言い淀むのは、ズルですよね」
「え、いや、そんなことはないけど」
「先生、正直に言いますっ、嫌だったら聞かなかったことにしてください……!」
「う、うんっ」
そんな器用な真似が私にできるわけもないのに、勢いで「うん」と言ってしまった。
ルカトゥはそれでついに、今回の交換条件を口にする。
「……先生の、その……おしっこを、飲んでみたいです。ダメですか……?」
「…………わお」
彼女の出演作の中に、確かにそういった内容の物もあったなぁ……。と、私はその映像を鮮明に思い出した。複数人の男に囲まれて、口を開けさせられて、精液ではない液体をそこに注ぎ込まれるルカトゥの姿を……。
私はべつに、そういったプレイを毛嫌いはしていない。けれども一つだけ釘を刺しておかなければならなかった。
「ルカトゥ、それはべつに、ルカトゥがしたいっていうなら私はいいんだけどさ」
「え……、ほんとうに……?」
「うん。でもそのかわり、そっち方面のプレイは、それ以上の内容は無しね?」
「あ、はいっ。わかりましたっ」
素早く飛び退くようないい返事だった。進むにも退くにも話が早くて、本当に助かる。
自分でもよく分からないのだけど、飲尿には「自分がさせる側である場合」に限り、どうしてもというほどの抵抗はない。正直、気が進むか進まないかの白黒二択で答えろと言われたら、まぁ気は進まないのだけれど、しかし嫌というわけではない。が、一方で、私に許容できる範囲はそれが限界でもある。
だからルカトゥにはこのあたりで釘を刺しておかないと、明日にはスカトロのレベルが臨界点を超えてしまうような気がしたのだ。「なんでも嬉しい」というスタンスの暗部の気配を察知したのだ。
ともかく、交換条件はそうして受理された……のだけれども、性行為をすればそのうち起こせる射精とは違って、尿は出そうと思って出せる物ではない。よってその実践は保留とされた。
「それで、……もう一回はどうしましょう?」
勃起したままの陰茎を見てルカトゥが言う。
時間的には余裕があるから、その気になればなんだって出来そうだった。
「騎乗位でセックスしたいんだけど、いい?」
「はい、もちろん♡」
私はヘッドボードから離れて寝そべり、ルカトゥが待ってましたとばかりに挿入する。「あぁぁ♡ あぁ~……♡」と堪能するように彼女は艶かしい声を上げた。
昨日も思ったけれど、慣れというものは改めて恐ろしい。特に「実験」という概念を意識し始めてから、私のふてぶてしさは指数関数的に増しているように思えた。セックスの気持ちよさは、私にとってはすでに、溺れる物ではなく、味わう物になっていた。……ルカトゥは相変わらず、獣のように荒い呼吸で腰を振っているけれど。
ベッドに手をつく形で、彼女の体はほとんど私と重なっている。彼女の体の熱を全身で感じる中で、手を伸ばせばその細い首を握ることもできた。
「あっ……♡」
首元に手を添えると、期待のこもった目で見下ろされる。求められる事に簡単に応じられるというのは悪い気がしないもので、じゃれ合う程度に、私はほんの少しの力で彼女の首を絞めた。
「う……♡ ぁ……♡ くっ……ぅ……♡♡」
上下にピストンを繰り返していたルカトゥが、奥の方を押し付けるように腰をくねらせ始める。私はちゃんと力を抜いて「絞めるフリ」をしているのに、彼女はそれでも苦しそうに悦んでいた。
そんなルカトゥの肩をたたく。「ふぇ……?」と応じる彼女に、私は指示する。
「体起こして、上下に動ける?」
「あ、ふぁい……♡ ……昔の実験みたいにしましょうか~?♡」
「ん、いいね」
ちょうど同じ連想をしていたので、彼女の言っていることを阿吽で理解することが出来た。
一年以上前、私はルカトゥにこんな実験を頼んだ。人は両腕を封じられた状態で、足の力だけで騎乗位のピストンをできるのだろうか? ……その実験の結果はこうだった。人には無理かもしれないけど、サキュバスにはできる。
私はそこで、両腕を後ろ手に縛られたまま、天井から糸で引かれたかのように不可解かつスムーズな上下運動をして見せるルカトゥを見た。けれどそれはビデオ越しのことだった。今日は、目の前でそれを見られる。
背筋を伸ばしたルカトゥが、私と両手を繋ぐ。そしてそのまま勢いよくピストンが再開された。……繋がれた手に彼女の体重は、不気味なほどこれっぽっちも伝わってこない。少しでも押せばそのまま後ろに倒れていってしまいそうなくらいに、まるで風船のように軽く、そこには重心がなかった。私はまた改めて、人ならざる者の未知を見たのだ。
……とはいえ、私はべつに、その芸当を生で見たいがために騎乗位を指定したわけではなかった。ルカトゥが抽挿を繰り返すたびにゆさゆさと揺れる、その大きな二つの乳を見据えて聞く。
「ねぇルカトゥ、おっぱい触っていい?」
「んっ♡ はい♡ どうぞぉ……♡」
繋いでいた手がほどかれる。フリーになった両手で、私は彼女の胸を押すように……あるいは掲げるように触れた。たぷんとした重みとやわらかさを手に感じながら、ゆっくりとその胸を揉み始める。
ルカトゥは、一瞬たりともピストンを止めなかった。彼女もセックスに慣れてきているのかもしれない。
「んっあっ……♡ ふふ……へへぇ……♡ 今日のせんせぇは……おっぱい好きですねぇ……♡」
「せっかくこんな大きいのに、放ったらかしだったからね」
「あんっ……♡ せんせぇは……大きいおっぱい好きぃ……?♡」
「好き……だと思う。さわり心地いいし、目についたら見ちゃうし」
「へへぇ……よかったぁ……♡ すきにしていいですからねぇ……♡ わたしの体はぜんぶ、せんせぇの物ですからぁ……♡」
気持ちよさそうに、ルカトゥはそう言ってのける。ありったけの好意と興奮がそこに込められていた。
だけどその言葉は、ほんの少しだけチクリと私の良心を刺す。自分は、内心で何を思っていたところで、行動で示してルカトゥを物扱いしているのだ……と意識させられる。そういった扱われ方を心底楽しんでいるようなルカトゥが目の前にいてくれるから、思い詰めてしまうわけではなかったけれど。
……一瞬、もし「楽しんでいる」が演技だったらどうしよう、と考えてしまった。けれど似たようなことはこれまでに何度も考えてきたはずだった。ルカトゥに、そんな演技をする理由はそもそもないと。
「あ……ん……♡ せんせぇ……?」
私が上の空になっていることに気づいてか、腰を止めたルカトゥが心配そうに声をかけてくれる。
「ん、ごめん。ちょっとぼーっとしてた」
「かんがえごと……?」
「……うん、そう。ごめんね、エッチしてるのに」
「あやまらなくていいんですよ~。そういう先生もかわいいですからぁ」
私の手は、まだ惰性で彼女の胸を掴んでいた。力なく、ただ添えるみたいに。……そうやって見るからに私を放任しながら体を許していたルカトゥが、にや~っと意地悪そうな笑みを浮かべる。
「……せんせぇ、彼氏とエッチしてた時も、上の空だったんでしょ」
「……そんなことまで分かるの?」
「勘ですよぅ」
彼女の勘はよく当たる。たぶん今のところ百発百中だ。
「昔の先生はこんな風だったんだ~って想像したら、すっごく興奮しちゃうんです……♡ だから、謝らなくていいんですよ~♡」
そう言って、ルカトゥは再び腰を振り始める。ちょうど彼女が上になる体位だから、昔の話を掘り返されてみれば確かに、まるで私は今ルカトゥに犯されているかのようだった。だけど昔のそれとは違って、いつまでも味わっていたいと思えるほどに、そのセックスは気持ちがいい物だった。
揉んだり、持ち上げてみたり、私はそのままルカトゥの胸の感触を楽しみながら、射精感が込み上げてくるまで彼女の熱烈な奉仕をされるがままに貪る。……胸の弄び方に少し変化をつけるたびに彼女の中はキュンキュンと締まって、常に私を満足させてくれた。
「あ……、そろそろイきそう……」
「んっ♡ いいよ♡ だしてぇ♡」
言われるがまま彼女の中に射精すると、それと同時にルカトゥがキスをしてきた。うごめく肉壁に最後の一滴まで絞られながら、求められるがままに舌を絡め合う。相変わらず香りが甘くて、絶頂の快楽と合わせて頭がぼーっとしてくる……。
「上の空」には、思考に溺れている時と、頭が真っ白な時の二種類がある。……唇をはなしてこちらを見下ろしながら「その顔の先生もかわいい……♡」と微笑んだルカトゥを見て、私は心底全てを肯定してもらえたような気分になった。
夕飯を食べ終えた後だということも手伝ってか、力尽きて萎えた陰茎を舐められている心地いい感触の中で、私は急激な眠気に苛まれる。そのままウトウトしていると……。
「せーんせ、お風呂できてるから入っちゃいましょう~?」
むにむにと頬をつつく人差し指とその言葉のおかげで、ギリギリ寝落ちは防がれた。
「ん……、先に入ってきていい?」
「どうぞどうぞ」
それから私たちは順々にお風呂に入って、そのあとは歯磨きやら何やら……つまりは日常的なことだけを行って、就寝するべく床に就いた。電気を消して真っ暗になった部屋で、ベッドの上から隣に布団を敷いて眠るルカトゥの息の音を聞いても、さすがにもうこれっぽっちも変な気は起こらなかった。
……暗闇の中から、小さく声が鳴る。
「あの、先生ぇ……」
「うん?」
「こんなこと、後から言っても遅いと思うんですけど……。……もしかして昔の話をされるのは、嫌でしたか?」
「え?」
一瞬何のことだろうと思ったけれど、すぐに「おそらくは私の元彼のことを言っているのだろう」と理解できた。
そしてそれを理解できたからこそ、こちらからの回答は疑問形になる。
「なんで?」
「いや、なんでってわけじゃないんです。でも、もし嫌だったら、どうしようって思って……」
「べつに嫌じゃないよ」
「あ、ならよかった……」
そこまで話していて、私のことを恋愛対象として見ているルカトゥとしては、私の元彼の話を持ち出すことを、「エッチの最中に昔の恋人の話を引き合いに出す」という社会通念上それなりの悪事とされている行いとして捉えていたのかもしれない……ということに気がつく。
けれど、だとすればなおさら不思議だった。彼女がもしそれを悪だと認識しているなら、そうでありながらも口を滑らせた理由は明白だろう。……その「悪」とは人間にとっての悪でしかないからだ。自分の留守中に他の女を呼ぶことを(おそらくは真剣に)提案するようなサキュバスに、そんなことを気にするような感性があるとは思えない。だからこそさっきはあっさりと口にしたのだろうし、だからこそ、なぜそんなことを今になって気にしだしたのかが分からない。
分からない……不思議だ……と思うと、その拍子に軽率にも、彼女の思考回路に興味が湧いた。
「気になるから聞くだけなんだけどさ」
「はい」
「ルカトゥは、男の人とエッチしてるわけでしょ? 仕事としてでも、食事としてでも」
「そうですね」
「私がエッチの最中に、その男の人たちのことを引き合いに出したら、ルカトゥは嫌な気持ちになる?」
「なりませんよ~」
「……あ、そういうことか」
そこまで話していて、不意に理解が降ってきた。
私は今この瞬間、ルカトゥに対して「私もそれと同じだよ」と言おうとしていた。サキュバスが他の男の話をされても気にしないように、私だって大昔の元彼の話なんか気にしないよ……と。私は身も心も、サキュバスには遠く及ばない「人間」であるはずなのに、それでも平然とそんなことを言おうとしていたのだ。……その構図に気がついた瞬間に、理解は降ってきた。
ルカトゥは、人間の基準に合わせて気を遣ってくれたのか……。そう思うと、なんだか闇を覗いてしまったような気持ちになる。
ルカトゥが人間基準の心配をしてくれる心を持っているということは、もしかするとルカトゥは、性欲に苛まれる相手に他の女をあてがうことを、人間基準で見ても問題のないこととして認識しているのかもしれない。……彼女にそう認識させる原因を作ったクズ男が、この世のどこかには居るのだ。
「ルカトゥは、私を女の子として扱ってくれたんだね」
「えっ、な、なんですか? そんなの当たり前じゃないですか」
「うん、ありがとう」
「えぇ~……? どういたしまして……?」
困惑する彼女を茶化すように笑って、私はおやすみなさいを言う。それきり、夜は静けさを取り戻した。
目を閉じる前に少し考える。……もしかするとルカトゥは、本当に気づいていないのかもしれない。性欲の話をする時ばかりは、サキュバスらしく手慣れた「男を喜ばせる方法」を、私に対しても用いていることに。
もちろん、それで全然助かっているし、実際に下半身に生えている物を見ても明らかなように、今の私が持つ性欲は紛れもなく「男性的な性欲」なのだろうから、何も困ったことはない。……ただ、私が今気がついたことは、彼女には悟られない方がいいだろうな、とは思った。
おそらくルカトゥは「人間的な感覚」を教科書的に把握しているのであって、心で理解しているわけではない。……もしそのことを指摘されれば、「他者の痛みが分からない」と嘆いていた優しい彼女の心は、また余計に傷ついてしまうだろう。そして私のようなちょっとズレた感性の人間が、その上で彼女にさらなる混乱を与えてしまう。
簡単なことだ。性欲が湧いてきた時には、慣れたルカトゥに身を委ねればいい。そして彼女が私を教科書的に心配してくれた時には、ただ本心から「大丈夫だよ」と答えればいいだけのこと。何一つ難しいことはない。
むしろ、なんなら保留されている交換条件の一つを実践することの方が、難易度が高いような気がした。……いや、そんなことはない、なんとでもなるはずだ。自分にそう言い聞かせて目を閉じる。するとすぐに、事後に払われたあの眠気が帰ってくる。
……夢の中に落ちていくような、思考の枠組みが外れて、中身がぐにゃぐにゃと混ざり合いカオス化していくような感覚の中で、最後に私は、ふと一つの疑問……あるいは不安を思い出した。
この「オルディアの魔法を受けての生活」は、いったいいつまで続けるのだろう? まさか一生か……?
だとしたら、次また旅行に行く時は、大浴場には入れないかもなぁ……。そんなズレた心配が、その日の私が最後に浮かべた思考だった。