※この作品はR-18です。

彼女には向かない業(月光照明4)   作:氷菓くん

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04 彼女には向かない業 四

「先生ぇ、朝ですよ〜」

「ん……」

 体を揺すられて目を覚ます。

 ルカトゥが私を起こすなんて珍しい。これまで何度か仕事等々で出かける彼女が「行ってきますね」と声をかけてくれたことで目が覚めたことはあったけれど、用事もないのに「朝ですよ」というのは珍しいように感じる。

 朝型には程遠い身でなんとか起き上がりつつ、私は聞く。

「今日は仕事……?」

「はい、午後からです」

「午後からか」

「朝のうちならエッチできますよ〜」

「そんなことは言ってないけども……」

 と、常識人ぶってはみるものの、その時すでに私の頭の中には「じゃあ午後は今度こそAV保管庫を漁る時が来るのか……」という思考が浮上していた。

 午後から仕事だから午前中ならエッチができる……とは、なんて無茶苦茶な理屈だろうと思う。その「仕事」というのが一般職でも中々に無茶なのに、ルカトゥのような性従事者の場合ではなおさらだ。ただでさえ仕事でしなければならないのだから勘弁してほしい……とはならないところがサキュバスらしさという物なのか。

 しかしそのサキュバスという生き物はいったい、つまるところどういった感覚で生きているものなのだろう……? と、私は不思議に思う。セックス=食事なのだとして、食べることが仕事なのだとすれば、人間基準で言えばやはり「仕事の前なのにそんなあれこれ食べさせないで……」という話になりそうな物だけれど。

 そんなことばかり考えながら、トーストにバターとジャムを塗って朝食にした。……食べているうちに段々と目が冴えてくる。

 ルカトゥが、指についてしまったジャムを舌で舐めとっていた。

「……あのさ」

「はい」

「前言撤回してもいい……?」

 回りくどい言葉の意味は、気心の知れたサキュバスにならすぐに伝わる。

 恐ろしいことに、私の性欲の回転率は増しているようだった。昨日は昼夜に渡って何度もしたのに、燃焼したはずのそれがもう灰から蘇っている。もし今見栄を張ったまま午後にルカトゥを見送れば、私はそれを後悔するような気がした。

 空いた時間を今の隙とばかりに性欲の発散に当てるのは、自慰行為じみていてあまり良くないことだとは思うのだけれど……。

「先生がしたいなら、わたしはいつでも大歓迎ですよぉ♡」

「ありがたいけど、午後からあるのに大丈夫……?」

「ふふふ、余裕ですっ。24時間耐久輪姦だって平気だったんですよ〜? サキュバスの力を……いえ、わたしの力を信用してください!」

「あー……、あったねそんな企画も……」

 それはさすがに私の提案したことではなく、どこかのとち狂った監督が企画したAVにあったことだ。わざわざアラームを使って時間を計り、「サキュバスは24時間の輪姦に耐えられるのか!?」という内容を撮影して、それが編集でぎゅぎゅっと4時間に圧縮されていた物が世に出回っているのである。

 ……とち狂ったとは言うけれども、正直なところ、好奇心の面では立案者と私に大差はないような気もする。もしそのAVがなければ、私は今頃そういう狂った興味をルカトゥに向けていたのかもしれない。そんなことは絶対にない……とまでは言い切れる自信が持てなかった。

 しかし何にせよ、実際にそれを実行したのは他人だったし、ルカトゥは確かにあっさりとそれに耐えきっていた。それも、そこで言う「耐える」とは、単なる忍耐ではなかった。

 あのAVは、数十人単位でローテーションする男優を一人で相手しているルカトゥが6時間を過ぎたあたりからさすがに疲労をあらわにし始めて、そこから先はどんどん動きや反応が鈍っていく……という内容になっていた。しかもその上ひどいのは、弱っていく彼女に対してかけられるのは気遣いの言葉ではなく、「休んでんじゃねぇぞ」「仕事なんだから責任持ってやれよ」という類の怒声だったという点だ。

 性行為に強いサキュバスだとはいえ、そうやって身体的にも精神的にもひどい追い込まれ方をして、ある時ルカトゥはとうとう泣き出してしまった。けれど監督から不機嫌そうな声で「じゃあもうやめる?」と言われると、彼女は首を横に振って「やらせてください」と頑なに続行を希望する。意識が途切れ途切れになっても、意味のある言葉を話せなくなっても、「やめる?」の言葉には、彼女は頑なに否定を示し続けた。

 私は当時その映像を見た時、この人は何か借金とかで脅されていて、逆らったら今よりひどい目に遭う状況で無理やり撮影をさせられているのではないか……と思ったものだ。

 けれど24時間の経過後、鳴り響くアラームの音をかき消す拍手と労いの声の中で、死にかけていたように見えた彼女はむくりと俊敏に体を起こし、

「いや〜皆さんの方こそお疲れ様です〜! お疲れ様でしたぁ! 長かったですね〜、地球繋がったぁ〜!」

 と、よく分からない台詞を交えながら笑顔で挨拶をしてまわり、その後シャワーを浴びてから、元気そうなスタッフ数人を引き連れて打ち上げの焼肉に直行し、がぶがぶ酒を飲みながらカメラを奪っては、寝落ちしていくスタッフたちを映像に収めるルカトゥが自撮り的な角度で「ごちこうさまでした〜!」と言って、その作品は完結となった。

 後に彼女はSNSで「わたし以外の関係者全員が、もう二度とやりたくないって言ってた」「某24時間のやつ、「愛は地球を繋ぐ」かと思ってたら、ちがった。はずかしい〜!」と、その撮影内容について語っている。

 ……全ては、私がまだルカトゥと初めて顔を合わせるよりも前に見たことだった。分かるだろうか? そういうサキュバスが、ウズラ先生の大ファンです! お会いできませんか!? とDMを送ってきたのだ。彼女に出会った当初の私の振る舞いにも、人間として情状酌量の余地があるというものではないだろうか。

 ……で、そのルカトゥが、今は同棲相手として目の前にいる。なるほど確かにそう言われてみれば、これから仕事だけど云々というのは、彼女に対しては愚問だったようにも思えてくる。

 ……けれどやっぱり、それとこれとは別なような気もする。平気であることと、してもいいことは、必ずしもイコールではないのではないか? 道徳的にそう思う。余計な良心を捨てることは確かに目標だけれども、良心と一緒に敬意まで捨ててしまったら、それはさすがに、はき違えもいいところだろうから。

「それで先生ぇ、今日はどんなことしたいですか〜?♡」

 プレゼントを待ち望むような顔をして、ルカトゥが私に聞く。……思いつく実験はまだまだ山ほどあるけれど、交換条件の時にルカトゥがそうするように、私もその中からの選定に悩んだ。

「そうだなぁ……。試してみたい体位があるんだけど」

「やってみましょ〜♡」

「立ちバックとか、いい?」

 ルカトゥは満足そうに、にっこりと笑って頷いた。

 朝食の皿を片付けるついでのように、彼女は下を脱ぎ捨てて、台所の流しの縁に手をつき「どうぞ♡」と言う。なるほど高さはちょうど良かった。

 私も下を脱いで、すでに十分すぎるほど濡れていた彼女の中へ勃起したモノを挿れこむ。……ぬるぬるした穴の中に入る感触と、絡みつく激しい熱に、私はすっかり安心感を覚えるようになっていた。

 跳ねるようなルカトゥの喘ぎ声を聴きながら腰を振る。最初の頃の取り乱していた様子に比べると、普通のセックスくらいなら彼女もポップな反応を見せるようになってきていた。「あっあっあっ♡」とリズミカルな声が耳と自尊心に心地いい。

 ……けれども行為を初めてそんなに経たないうちに、私は早くも疲れてきてしまった。立ったまま腰を振ることがこんなにしんどいものだとは、なるほど自分で試してみなければ分からなかった。あるいは単純に、身長差とか諸々の関係で、体勢が疲れやすい物になっていたのかもしれない。そんなこと私には判別のしようもないけれど。

「ごめんルカトゥ、ベッド行ってもいい……?」

「ふふ、立ったままだと疲れますよねぇ……♡」

 丸一日輪姦されてもピンピンしていたようなサキュバスが、弱すぎる人間に合わせてそんなことを言ってくれる。本当に、こちらへの都合の良さには際限が見えない。

 ルカトゥが仰向けに寝転んだから、続きは正常位でした。ピストンに合わせて喘ぐ彼女の口をなんとなくキスでふさいでみると、それを終えた時に乱れた呼吸の彼女が言う。

「せんせっ♡ せんせぇっ♡ あっ♡ 今日のおねがい、今してもいーい?♡」

「いいよ?」

「あのねっ、おっぱいぎゅーってしてほしい♡ 思いっきり、ぎゅーって♡」

「ぎゅー……?」

 抱きしめろということだろうか? 今の体勢からだと結構難しいな……と私がもたもたしていると、ルカトゥが私の手首を掴んだ。

 そのまま腕の力を抜いて彼女に任せていると、私の手は彼女の胸に引き寄せられて、押し付けられて、昨日みたいにその胸を揉むところにまで誘われる。下から持ち上げるようだった昨日とは違い、今回はまるで押しつぶすような形になった。

「そのまま、手……ぎゅーってして〜?♡」

「……こう?」

 少しだけ力をこめて、その手のひらに収まりきらないほどの乳房を握る。やわらかな肉がむにぃと指の形に歪んだ。

「んっ♡ もっとつよく、ぎゅーっ♡」

「ん……」

「もっと、もっとつよくしてっ♡ 握りつぶすくらいっ♡」

「……痛くしてほしいの?」

「うんっ♡ してっ♡ せんせぇの本気でしてぇ♡」

 ……つくづくマゾだなぁ、と、私は例によって引きはしなくても、理解はできないと感じた。セックスで気持ちよくなれる同性のことも分からないけれど、痛みをあえて欲する人の気持ちなんてなおさら分からない。

 だけどそんな私にはすでに、加減を知らない平手と首絞めに手を染めた経験がある。痛みを求める相手の気持ちを欠片も理解しないまま、自分の快楽と好奇心のために、あるいは求められるがままに思考停止で、ルカトゥに暴力を振るってきた実績……もとい前科があるのだ。

 今さら胸を強く握るくらい、出来ないわけがなかった。だってそれは、べつに怪我をさせてしまうようなことでもなかったから。

 ……だから、言われた通り本気でやった。

「あぎゅうっ……!♡♡ 痛ぁ……♡」

「ルカトゥがしろって言ったんでしょ?」

「へへ……♡ うんっ……♡ もっとしてほしい……♡」

「……変態っ」

「あうっ♡ ご、ごめんなさいっ♡ うぎぃっ♡ ぎゃあっ……♡」

 その後射精するまでずっと、私は彼女の胸を痛めつけ続けた。握ったまま捻ってみたり、わざと爪を突き立ててみたり、できるだけひどい扱いをしてみた。……やりすぎたかもと思う時に限って、ルカトゥはひときわ嬉しそうな悲鳴を上げるものだった。

 出すものを出して性欲が引き、我に帰ると、その頃には彼女の胸に痛々しい痣が出来ていた。けれどそれはやっぱり、時を巻き戻すみたいにすぐに消えていく。

「先生ぇありがとう〜……♡ きもちよかったぁ……♡」

 息を切らしながら感謝の言葉を口にして、ルカトゥはおもむろにお掃除フェラを始めようとする。私はその頭を撫でることで、せめて少しでも彼女のことを労う。

 陰茎はすっかり硬さを失っていて、いくらしぶとい性欲といえども、しばらくの間は収まっていてくれそうだった。……だから、とりあえず夜になるまでは、これでおしまいだと思ったのだけれど。

「……あっ」

 舐め清められていたモノに、今までこのタイミングでは感じたことのない衝動を覚えた。ルカトゥの望みにはおあつらえ向きの、けれど常識的に考えれば、急いで待ったをかけなければならないような衝動が……。

 異変を察して、ルカトゥがこちらを見上げる。

「どうしました……?」

「いや、……その、なんていうか」

「はい」

「…………昨日言ってたやつが、出そう」

「昨日……?」

「おしっこ飲ませるって話……」

「あっ!」

 ルカトゥの顔が歓喜に輝いた。そして彼女は素早く陰茎を口に含みなおす。

「ろーぞぉ♡ らしてくらさい♡」

「えっ、こ、ここで……!?」

「ぜったいこぼしません。約束します♡」

「いや、でも……。ていうかやっぱりまだ決心が……」

「ほーら……♡ らして……らして……♡」

「あっ、ちょっ……」

 ちろちろと催促するように舌が蠢く。初めは先端だけだったそれが裏筋にも這い出して、最後にはちゅうちゅうと吸い出そうとし始める。

 ……人生で初めての感覚だった。純粋に女として生きていた時にすら、いくらトイレを我慢したところでそんな感覚に陥ったことはなかった。……まるで蛇口をゆっくりゆっくり捻るみたいに、ルカトゥの愛撫によって、せき止めていた物が私の意思とは無関係に緩まっていった。

「あっ、やばっ、ほんとに」

「だしてくらさいってば〜……♡」

「うっ、ごめんっほんとに……、……あっ」

 あっけなく、覚悟も決まらなければ明確な拒否もできないまま、私は人生で初めて、ベッドの上で放尿をしてしまった。

 ごく……ごく……と喉の鳴る音が微かに聞こえる。少しずつ出さなければ口から溢れてしまうと思って、お腹に力を入れて一度止めようとするのだけれど、なぜだか全く体がいうことを聞かなかった。慣れていないからだとかそういう問題じゃなかった。男性器から用を足すことくらい、魔法を受けてから数日経ってとっくに慣れていたはずなのに、私にコントロールできる物はなぜか唐突に何一つなくなってしまった。

 これまでで一番アブノーマルなことをしている……。その自覚が思わず「う……」という呻きに変わるけれど、異常性は全て感覚の中にだけあり、目に見えることとしては、もはや見慣れ始めたフェラチオの光景があるようにしか捉えられなかった。……それでも私は強制的に理解させられる。罪悪感には、まだ自分の知らない味があったのだと。

 例えるならそれは、友達を傷つけるような暴力とは違う……それこそ介護を受けるような心情だった。申し訳なくもあり、なおかつ面目ない。

 ……しばらくそのまま彼女の口の中へ垂れ流すだけの状態でいると、次第に私はまた、彼女の……というよりはおそらくサキュバスの、人には不可能な部分を見ることになった。十数秒もの間、排尿は勢いよく続いていたのに、ルカトゥの喉の鳴る音は少しも鳴り止まず、彼女は一切噎せなかったのだ。

 人間なら、単なる水ですらそんなペースでは飲み込めない。だけどルカトゥは宣言通りに、一滴もこぼさずに全てを一気に飲み干したのだった。

 吸いつきながら口をはなしたルカトゥが、最後に先端を舌で拭くように丁寧に舐めてから、にこっと笑う。

「ごちそうさまでしたぁ♡ 飲ませてくれてありがとうございます♡」

 エロ漫画のヒロインのような振る舞いを楽しんでいるらしい彼女は、へりくだってそんな風に言った。口での奉仕を受けた時にだって似たような台詞をいつも聞いているから、それ自体は今さら珍しくもないけれど……。

 私はその時使命感に駆られて、ルカトゥの唇に口づけをした。そしてそのままいつものように舌を入れようとする。

「いやっ!」

 ドン、と重い衝撃が肩のあたりを突き抜けた。

 ……ルカトゥに突き飛ばされたのだと理解するまでにしばらくかかった。

「え……」

 言葉を失うほど呆然としてしまったことに、自分で驚いた。

 それは罪悪感だ良心だと、ごちゃごちゃ考えてばかりの私が初めて、心のどこかで「ルカトゥは私のことを拒絶しないだろう」と高をくくっていることに気がつかされた瞬間だった。

 驕りが、沈黙となって喉から吐き出されていく。……正直なところ、頭の中を埋めつくした言葉は「なんで」だった。暴力を振るって拒絶されるなら分かる、侮辱してしまって拒絶されるなら分かる。だけどなんで、なんでいつものようにキスをした今……?

 そう思うけれど、その疑問を今そのまま口に出すような勇気は、私にはなかった。

「あ……、ごっ、ごめんなさい……! 違うんです、違うんです……」

 大慌てで取り乱して、ルカトゥが私の手を握る。すり寄るような手つきから、彼女の様々な感情が流れ込んで来るかのようだった。……それらは全て、私にまた高をくくらせるに足る感情だったように思う。

「ちがっ、あの本当にちがくて、ごめんなさい突き飛ばすつもりじゃなくて、あの、あのっ……」

「いや、落ち着いて落ち着いて」

 泣き出しそうなくらいに慌てるルカトゥを見ていると、弱いものを保護する本能が働くというかなんというか、とにかく妙に冷静になれるものだった。

 初めて彼女に拒絶されたことのショックはどこへやら、私はあっという間に冷静さを取り戻す。……それとも彼女のその振る舞いを見て、そこに拒絶の意思がないらしいことを察せたからこそ、私は一足先に我に返ることが出来たのだろうか。

 ……兎にも角にも、まずはルカトゥをなんとか落ち着かせるために、私は柄にもなくよしよしと彼女の頭を撫でてみたりする。……すると彼女の目からひとすじ涙がこぼれ落ちたから、初めて見るわけでもないしなんとなく予想もしていたはずなのに、それでもなお焦った。動揺を悟られるとまたややこしくなりそうなので、あくまでも冷静な振りをしておくけれど。

「先生、ごめんなさい……。傷つきましたよね……」

「いや、そうでもない。大丈夫だよ。びっくりしただけ」

「ごめんなさい……」

「いいってばー。……でも私もルカトゥの嫌がることはしたくないから、何がダメだったか教えてもらえると、助かりはするかな〜……?」

「あ、いや、べつに全然なんにもダメなんかじゃないんです。キスも、なんでも、先生にしてもらえることは全部嬉しいです。……けど」

「うん」

「……けど、あの、その、おしっこ飲んだあとすぐはさすがに、においがあれなので……。先生に嫌な思いさせちゃうと思って、それで、ごめんなさい反射的に、なんか混乱して……」

「……え? それだけ?」

「うぅごめんなさいごめんなさい……」

「いや怒ってない怒ってない。え、じゃあルカトゥ自身は嫌ではなかったってこと?」

「あ……、まぁ、はい……。……あの、でも、先生に嫌な思いさせるのは、嫌かもしれません……。……突き飛ばしといて言うことじゃないですよね。ごめんなさい……」

「いやいや、なるほど……」

 そのようにして至極自然な形で、私は拒絶されたことに対する「なんで」の答えを知ることが出来たのだった。その答えは、聞いてみればなるほど、ある種悲劇的な物ではあった。

 私はそんなルカトゥに、つまり……ただ何も考えずにキスをしに来た無邪気な相手を咄嗟に突き飛ばしてしまった……と思い込んでいる彼女に、できれば言葉にはしたくなかった真実を白状することにする。

「あのねルカトゥ」

「はい……」

「さっきの私は正直、においとかしそうでさすがに嫌だな……と思いながら舌を入れました」

「…………え? は、え……?」

「ごめんね、傷つくようなこと言って」

「え、いや、あの、よく分からないんですけど……」

 話のややこしさに困惑した様子のルカトゥが、それでも必死に考える素振りを見せる。私の発言の意図を読もうとしてくれる。私の言葉の全てが真実であると魔法で分かっているからこそ、彼女にとってそれは奇妙で不可解な物に聞こえたのだろう。

 とはいえ、こちらのことを必死で理解しようとしてくれている相手を放ったらかしにするほどには、私の性根も曲がってない。ちゃんと説明する。

「ルカトゥは前に一度、フェラのあとにキスをするのは嫌? みたいなことを私に聞いたでしょ」

「あ、はい」

「私ね、汚いことは嫌って言ったけど、体感できないことはあんまり気にならないんだ。フェラした後とそれ以外の時を、目隠しして見分けろって言われたらたぶん無理だし。だからあの時は気にしないって言った」

「あ、なるほどぉ……」

「で、だから、飲尿のあとはさすがにこう……体感がありそうだから、ぶっちゃけあんまりキスはしたくないのね」

「そ、そうですよね。そうなりますよね。……えっと、でもさっきは先生からでしたよ……ね……?」

「うん。……だからさ、可哀想かなって思ったの。そんな、あからさまに汚い物みたいに扱ったら可哀想だし、前に似たような状況で大丈夫って言ったから、急に手のひら返すみたいになったら尚更かなって。だからサッとキスして、気にしてないよアピールをしようかなーと思ったんだけど……」

 その結果、初めてルカトゥに突き飛ばされることになったというわけだ。

 話しているうちに私自身も頭の中の整理がついてきて、さっき自分が呆然としてしまった理由がより鮮明に理解出来てくる。要するに私は、ルカトゥから拒絶されたことはもちろんだけれど、「今ばかりは自分が気を遣う側だ」と自負していた時にピンポイントで拒絶されたからこそ、なおさらびっくりしてしまったのだと思う。

 ……事の全貌を聞いたルカトゥは、頭痛を受けているかのように眉間にシワを寄せた。俯き、う〜ん……と唸り始める。

「ど、どうしたの……?」

「いや、なんといいますか……。まずはその、気を遣ってもらってありがとうございます。なんというか……参考になりました」

「参考?」

「はい。……正直、飲尿のあとのキスは嫌がられて当然だと思ってたので。こちらが気をつける側かと思ってました」

「……あー。なるほどね?」

 つらいという気持ちがいまいち分からない、と豪語するルカトゥらしい一面が垣間見えた気がした。彼女の思考回路には「自分が気遣われるタイミング」の概念がなかったのだ。気遣ってほしいと思うことすら、これっぽっちもなかったばかりに。

 つまりさっきの件は、お互いがお互いに「気遣わなければ」と思っていたが故に起こった事故だったのか。……そういう言い方をするとなんだか聞こえのいい話にもなる。

「あの、それでですね、先生ぇ」

「うん」

「お気遣いはとっても嬉しいですし、せっかく気を遣ってもらったのにこんなこと言うのはどうなのかって思うんですけど……」

「うんうん。なに?」

「……できれば、少しでも先生に負担のかかる気遣いは、やめてほしいかもな〜……って思います。その、わたしは全然大丈夫なのに、先生にだけ負担がかかっちゃうと、申し訳ないですし……」

「んー……。分かった、そうする」

 気遣いをやめる。改めて考えてみれば、それは私がルカトゥに対して目指すべき基本目標に最も沿ったことであるようにも思えた。

 敬意を失わないラインを見極めるのが難しいけれど、少なくとも今回は過剰な気遣いをしてしまったのだと理解する。事の全貌を聞いた彼女のポカンとした様子を見れば、直感的にもそれは明白だった。

「すみません……。ありがとうございます」

「いやいやこちらこそ」

「……あ、ちなみになんですけどね、においの問題なら解決できるんですよ?」

「え、どうやって?」

「見ててくださいね」

 ぐちゅぐちゅぐちゅ……と、ルカトゥが閉じた口の中で何かをかき混ぜ始める。どうやら自らの唾液を撹拌しているようだった。……そしてひとしきりぐちゅぐちゅしたそれを、彼女はゴクンと飲み込む。

 気遣いをやめる宣言をしたからというわけでもなく、シンプルに「えぇ……なんか嫌だな……」という気持ちが顔に出てしまったかもしれない。

「これで口の中が綺麗になりました」

「あぁ、それもサキュバスの力ってこと……?」

「そうです。こんな感じで五秒もあれば、快適なエッチのための大抵のことはなんとかなるはずですよ」

「すごいね、本当に」

 その五秒の隙すら与えられずに迫られたルカトゥの心中を察し、ごめんね……と心の中で謝っておく。

 サキュバスの力を見せつける時のルカトゥは、いつもどこか少しだけ誇らしげだったりするのだけれど。……今回ばかりはそうでもなく、彼女は自信のなさそうな目で私の様子を伺っていた。

「あの、……綺麗になるだけだとやっぱり、抵抗あったりしますか……?」

「……もう、人の話聞いてた?」

「えっ」

「実感なかったらいいんだって言った」

 今度は抵抗されないように、彼女の両手を握りながら押し倒す形でキスをする。……どういうやり方をしたところで、ルカトゥがその気になればいくらでも拒絶できるのだろうけど、今度こそ彼女はそれをしなかった。

 舌を入れると、向こうから嬉しそうに吸い付いてくる。……もう性欲は絞り尽くされていて、舌を絡め合う最中だっていつにも増して冷静な自分がいたけれど、だからそれで気がついた。

 私は、ルカトゥのことを気遣っているというより、喜ばせたいと思っているのかもしれない。そんな聖人じみた気持ちが僅かでも自分の中にあったとは意外だけれど、つまりはそれも下心の一種なのだろう。ついさっき拒まれた方のキスにだって、そういう打算がきっとあったのだ。

「んん……んぅ……♡ ちゅーするのすきぃ……♡」

 あっという間にとろんとした目になってそう言うルカトゥに、身勝手な愛おしさを感じると同時に、どこか寂しさのような物も覚える。そんなにとろけるほど好きなくせに、こちらを気遣い黙って我慢することも出来てしまうのだろうな……と。そんな風に私にはいつでも、ルカトゥの気持ちを見落としてしまう可能性があるのだろうな……と。

 そして実際、今までにいくつも見落としてきたのだと思う。その点、交換条件のルールは画期的な名案だった。私の見逃してしまった物を、ルカトゥの提案したルールのもとで、ルカトゥ自身が拾い上げてくれる。……もし未だにそのルールが私たちの間になかったらと考えると、少しだけゾッとした。

 しばらく深いキスを繰り返したあとで、ふと私は時計を見る。いつの間にかもう一時間近くが経過しようとしていた。

「ルカトゥ、今日は何時出発?」

「ん、お昼食べてからで間に合うくらいです」

「そっか。……このままずっとエッチなことする?」

「あ、先生ぇ。さっき言ったばっかりじゃないですかぁ」

「なにが……?」

「気を遣うのはやめてくれるって〜」

「聞いただけじゃない」

 サキュバスであるルカトゥには、近くにいる人間の性欲が感知できている。私のそれがすっかり収まっていることに、キスをしながらでも彼女は気づいていたのだ。

 けれども以前彼女が言った通り、性欲というのは曖昧な物だから、しばらくは失われた物だと思っていたそれが、適当に触れ合っていればふと帰って来るようなこともきっとあり得る。幸い体力的にはまだ余裕があったから、その気になれば午後までずっとベッドの上で過ごすことも出来たはずだった。

 けれども、まぁルカトゥ本人が気を遣うなと言うわけだから、ここはその通りにしようと思う。

「じゃあ漫画でも描こうかな」

「は〜い。結構進んでますよねぇ、ゆめ魔にっき」

「そうなんだよ。上手くいけば今年中に、漫画の中の私にちんちんが生えるかもしれない」

「本領発揮ですね〜!」

「どうだかね」

 たしかに自分はかつてエロ漫画執筆を飯の種にしていた人間だけれども。日常パートの方が大いに長いエッセイ漫画を描き続けて1クール近くが経ち、今の自分がエロ漫画家と呼べるのかどうかは、ちょっと分からなくなってきているところだった。

 脱ぎ捨てていた物を身につけ、パソコンを立ち上げて絵描きの準備を始める。ルカトゥも同じようにスマホをいじり始めた。彼女はよくゲーム実況を見ているようだけれど、その実況主はいつも決まって女性だ。これといったお気に入りがいるわけではないようで、聞こえてくる声は私が知る限りいつもコロコロと変わっている。

 ……執筆作業を初めてすぐ、私は意外なところで詰まった。作業BGMをかけようとしていたイヤホンを外して本人に聞く。

「ねぇルカトゥ、例の納豆が苦手な友達って、見た目どんな感じだった?」

「あ〜、どんな感じって言われると、そうですねぇ……。なんかこう、良い意味で文学部っぽい黒髪眼鏡の子を、小学生サイズに縮めた感じの〜……。髪型はセミロング……分かりますか? 子どものセミロング」

「わかる。なんとなく」

 初めて話を聞いていた時にはなんとなくぼやっとした想像でスルーしていた「ルカトゥの同級生の容姿」が、そうして私の脳内で妄想的に捏造されていく。写真でもあれば似せられるのだろうけど、わざわざ出演許可も取れない相手の容姿にそんなにこだわりを持つ必要はない……というか、持たない方がいいだろう。

 こういう時、もしかしてこのシーンはモブっぽい見た目のキャラを必要な役どころに置いて演出した方が良いのでは……と思うことがある。読者はモブっぽい見た目を「モブのアイコン」として認識できるから、その方が実際にルカトゥから話を聞いた時にあったような、リアルなぼやっと感が出るような気もする。

 けれどもなんとなく、ルカトゥも目を通すこのエッセイの中では、そういった手法に頼りたくない気持ちがある。なぜなら私にはもう一つ避けて通れない道があり、同級生のデザインもそこに揃えたかったからだ。

 避けては通れない道……それはもう一人の小学生のデザインについて。

「ルカトゥは子どもの頃、どんな見た目だったの?」

「今とそんなに変わりませんよ〜」

「そんなわけはないでしょ。大人なんだから」

「そうですかね……? じゃあまぁ、お母さんに昔の写真でも注文しますか〜」

「えー、今ないの今」

「今はちょっと〜……。これからは昔の写真をスマホに入れとくようにしますね」

「実際そうしてくれると助かるかも。まぁ今ないならないで、棒人間でとりあえずネームだけ進めとくけども」

 そういうわけでこの日は、下書きとも呼べないレベルのネームばかりが先へ先へと進んで行ったのだった。

 詳細な流れを考えていくうちに、棒人間とスカスカな背景で展開される話はエロゲ脚本パートから焼肉パートへと移行していく。すると必然的にその次のパートのことを思い出した。もしかすると一番厄介かもしれないそれについて、早めに目処を立てておきたいと思う。

 だから私はその後ルカトゥが仕事に出るまで、彼女がヤグラ君とどんな場所でどんな話をどんな風にしたのか、こと細かに聞き出したのだった。

 性欲を知った今、ルカトゥの言葉を通してヤグラ君の話を聞くと、確かに彼の恋人……人間の彼女のことが気になった。私はルカトゥというサキュバスがいてくれるからこの通り助かっているけれど、彼が今の私と同じような性欲を持っているのだとすれば、人間の彼女さん相手にいったい毎日どう生活しているんだろう……と。

 ヤグラ君もエッセイを描いてくれないかな。そう思いはしたけれど、現実的に考えれば、性的コンテンツに熱心でもなければサキュバスでもない一般人女性が、私の望むようなエッセイが世に放たれることをそもそも許可するとは思えなかった。

 昼を過ぎてから、仕事に出ていくルカトゥを見送った。私はその後もひたすらネーム作業を進める。ルカトゥの過去の話以外はどの箇所も、理論上は清書をしてしまっても構わないくらいなのだけれど、作業はページの順序通りに進めなければ、あとで何かトラブルが発覚した時に、その後のページまで全て被害を受けかねない点がリスキーすぎる。だからまだ全てのコマが落書きのままでいる。

 棒人間と台詞の山に囲まれているだけでは変に刺激される欲もなく、作業は順調に黙々と進んで行った。……つまりそうして、家に一人になりつつも、私のAV鑑賞は粛々と延期されて行ったのだった。

 ルカトゥはまた、鳴らない通知を見張っているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜のことだった。食事を終えてテレビを見ていた私がよいしょと立ち上がると、ルカトゥに手を握られて引き止められた。

「あの、先生ぇ……」

「うん?」

「…………交換条件の前借りは、ダメでしょうか」

「え……」

 私はその時点で、彼女の言わんとしていることを察した。彼女が今見計らったかのようなタイミングで私を引き止めることが出来たのは、通知の魔法によることなのだと察せたから。

 ……私はただトイレに行こうと立っただけだった。

「もしかして、気に入ったの? 今朝の……」

「えっと、はい……。また飲ませてもらいたいなって……」

「……交換条件はなしでいいよ」

「えっ」

「一回も何回も変わらないでしょ。……ていうか、もし今後の交換が全部これになるのかと思うと、茶番っぽいし」

「え、あ、じゃあ、……じゃあこれからは毎日飲ませてもらえるってことですか……?」

 どこかでカメラが回っているわけでもあるまいに、ルカトゥは本当に望ましいことのように、上目遣いで私に期待感を送ってくる。

 しかし私はこの時急いでいた。性欲が煮詰まってくると色々と正気を失うことがあるけれど、それと同じように、トイレに急いでいる時には、同居人がド変態であることがわりとどうでもよくなってしまうものだった。

「それでいいよ。……ただルカトゥ、今はなんというか、トイレはトイレでも違う方なので、手を離してください」

「あっ、ごっごめんなさいっ」

 些細なすれ違いだった。私は飲尿以上のスカトロ行為を禁止したけれど、ルカトゥは私の尿意にしか通知のアンテナを張っていなかったのだろう。それだけのことだった。

 ……すっきりしたあとでようやく、何かとんでもない許可を出してしまったような気がしてきた。「やっぱりなし」と言えばルカトゥはそれに従ってくれるのだろうけど、その時の彼女が見せる落胆の顔を想像すると、有言実行をしてみてもこちらが何の苦痛を受けるわけではないし……べつにいいか……という気持ちにもなってくる。不幸なのか幸いなのか、私は今朝の出来事をそこまで悪い物だとは思っていなかった。

 ……そのあたりで、ふと気がつく。交換条件のルールが軸となって、ひどい欲望を押しつける側だったはずのこちらが、いつの間にか相手の欲望に押されてきていることに。

 ルカトゥに身勝手な欲を押しつけていたと思ったら、いつの間にかこちらが彼女の変態性に追われる側になっている。それで何か困っているというわけではないのだから、べつにそれでもいいはずなのだけれど……。問題は、なぜそれが私にとって「好ましいこと」ではなく「困るほどでもないこと」という後ろ向きな認識になっているのかということだった。

 オルディアの魔法を受けた当初、初めてルカトゥに劣情を催した時のあの感覚……。あれは、本当はなんだったのだろう。ルカトゥ相手にならなんでもしていいことが興奮を呼んだなら、飲尿だってその範疇に収まることのはずじゃないか? 特に男性器を介した飲尿をさせるなんてことは今しかできないことで、いかにも「実験」にふさわしいのに、どうして私はそこに、ただただ純粋な欲望を抱くようにはなっていないのだろう。「なんでもしていい」に興奮するなら、飲尿プレイにだって興奮して然るべきなのでは……? 限度の問題なのだろうか?

 ……いや、違う。すでに真相の見当はついていた。つまるところ私は、賢者タイムと興奮をずっと繰り返しているのだろう。ルカトゥに暴力を振るっては反省することと全く同じ具合に、私は「なんでもしていい」を貪っては、すっきりすると今のような気持ちになっている。いや、もっと正確に言えばそれは、「なんでも受け入れてもらえることにはしゃいでいるエロ漫画脳」だとか、そんなまだしもの可愛げが残っている物ですらなくて、私の一時の興奮の正体は……。

「せーんせぇ、今日はもうしたくならないですか〜?」

 ぼーっとテレビに向かっていた私にルカトゥが擦り寄ってくる。

 ……もし今この家に一人だったら、今日はこのまま眠っていただろうに。ルカトゥから思わせぶりな声をかけられただけで、私の内に燻っていたそれは今、熱を取り戻してしまった。

 性欲の湧く条件は、実のところ今でもよく分からない。同じ台詞を受けたって反応しない時はしないのだ。けれど確実に言えるのは、インターバルはここ数日で着実に短くなっていることと、その湧き方というのが、まるで当然のような様相を成してきているということ。

 初めの頃は、なんというか、一つ一つの性欲がドラマチックだった。性行為の内容以前に、興奮その物に特別感があった。けれども最近はどうしてか、まるで腹が減るように劣情を催すことがある。眠気が来るように性欲に苛まれることがある。……三大欲求とはよく言ったものだった。確かにこれは、他の二つに似ているかもしれない。

 インターバルの短縮に連動して、私の「性欲のある生活」は、ものすごいスピードでその在り方を変化させているように感じる。男子三日会わざれば……という慣用句は、こういう意味だったのか?

「ルカトゥがそういうこと言うから、今したくなっちゃった」

「えへ〜♡ じゃあちゃんと責任取りますね♡ 今度はどんな新しいことしましょう……?♡」

「うーん……」

 考えた末に、とりあえずジャンル一つごとに脳内チェックリストを埋めていこうと考えて、まだ試していない比較的メジャーな体位をいくつか提案する。そうすると案の定、挙げた順から全て試していこうという流れになった。

 一つ目に試みたのは座位。その中でも特に対面座位と呼ばれる物。……これの感想は初め「背もたれが必要」の一行に尽きた。ゲームをする時、ルカトゥが背もたれも無しにずっと背筋を伸ばしていたことを思い出すような、そういう無理を感じたのだ。

 ヘッドボードに背中を預けてみてからはそれなりに良かった。こちらからはほとんど動けないので騎乗位に近い印象を受けたけれど、それとの違いは密着感の良さにあった。

 お互いが抱き合うような形になるから、それだけでどこか満たされるところがある。その体位によって行われるのは、二人の体の熱が今までで一番伝わり合うような高密度のセックスだった。それに、お互いの顔が近くにあるからか、ルカトゥがいつにも増して何度もキスをせがんできたのが可愛らしかった。

 彼女はキスと同時に、胸をしきりに押しつけてきたりもする。そのふわふわとした弾力と、唇をはなすと見える発情した目が、吐息が、私は気に入った。……あるいはそれを気に入ったのは、ただ下半身の棒が決めたことだったのかもしれないけれど。とにかく満たされて、昂った。

「かわいいね、ルカトゥ」

「へっ……?♡ な、なんれすかぁ急にぃ……♡」

「なんか言いたくなっただけ」

「うぅ……♡ せんせぇが可愛いですよぅ……♡ んっ♡ あっ……んっ♡」

 そのままルカトゥに抱きしめられながら、私は一度目の精を彼女の中に吐き出した。

 吐精の最中にも、ルカトゥはぐりぐりと腰を押しつけながら、深いキスで私の舌をねだってくる。……不思議とこの時は、賢者タイムとそれ以前の差があまり感じられなかった。興奮が急速に冷めていくようなことはなく、際限なく性を求められれば結構いい気になって、いつまでもそれに応じたくなるような自分がいる。……だけどそれでもなおいつも通りに、私の頭の中には思考が渦巻いていた。

 さっき深くは考えずにルカトゥへ言った「かわいい」は、私の本心だったろうか? ルカトゥ相手にお世辞なんか言うはずもないし、普段から、逆に彼女の可愛くない場面を探せと言われた方が難しいとは思っているけれども。でも普段の私は「かわいい」をあまり口に出さない。それはどうしてだったか。

 もしかして、ルカトゥの好意から甘い汁だけを吸い取っていることに負い目があったから、それにセックスという形で答えられるようになった今は気が楽になって、思わせぶりな台詞を軽々と口に出せたのだろうか。……それとも本当はもっと下品な感情をオブラートに包むために、私は「かわいい」という言い回しを小狡く選んだのではないか。

 自分に対して発情した相手を見た時の興奮、優越感、性欲の延長線上の好意……。セックスに慣れてルカトゥを観察する余裕を得た今の私なら、そういった感情を持ってもおかしくはない。……だけどそうだとしても、自分がそれに身を任せて衝動的に「かわいい」と口にしただなんて、少し落ち着いた今にしてみれば信じられないことだった。

 一方で、少しも熱の冷めやらない様子のルカトゥは、吐息の当たるような近さでずっと体を密着させ続けている。挿入されている物を抜こうともしない。

「ねぇ〜……せんせぇ……?♡ 交換条件……いいですかぁ……?♡」

「いいよ。何する?」

「えっと……また唾飲ませてほしいなぁって……♡」

「……キスする時毎回飲ませてあげようか?」

「えっ」

「だってルカトゥ、同じことばかり言うから。せっかくお互いやりたいことは山ほどあるらしいのにさ。……ね?」

「あ……欲しいです……♡ 毎回ほしいっ……♡ むぐっ♡ んっむぅっ……♡」

 彼女の口の中に唾液を流し込んでいると、まだ熱いぬめりの中に包まれたままの肉棒が、再び硬さを取り戻していくことが自分で分かった。

 二回目は背面騎乗位でしてみることにする。パッと思いつく範囲だと、これが実験可能な最後の体位であるように思えた。……駅弁とかは、明らかに私の筋力が足りていないし。

「あっ……あっ……うっ……んっ♡ はぁ……あぁっ……んあっ……あんっあっ♡」

 一心不乱に……もしくは従順に、少しも休まずに腰を振り続けるルカトゥの背中とヒップを、水音と快感の中で眺める。……さっきまで密着していたこともあって、離れた距離がことさら遠く感じた。どこか普通の後背位を思い出すところがあるけれど、前傾姿勢の彼女には寝そべったままではロクに手が届かず、本当にただただ寄越される快楽に満足するしかない。

 私はそうしてそろそろ、性欲を持った自分の性癖の輪郭を捉えられてきた。……どうやら自分は、セックスは向かい合ってするのが好きらしい。

「……ごめんルカトゥ」

「え、ふぁい……?」

「やっぱりこっち向いてもらっていい?」

「あ……♡ はい♡」

 向き直ってノーマルな騎乗位に移行したルカトゥは、腰を止めることはないまま、情欲に潤んだ瞳で延々と私のことを見下ろしてくる。そこにはまだ、かつて感じたような捕食者としての威圧感も残っているにはいたけれど、私がそれに怯むことはもうなかった。

 彼女の頬に手を添えると、そこには至福を堪能するような笑みが浮かんだ。

「あぁ……♡ せんせぇ、好きっ……♡ 大好きぃ……♡ あっ……あっ……あぁっ……♡♡」

 機械的だったピストンのリズムが少し乱れる。彼女の頬を伝うようにして人差し指を唇へ持っていくと、その指に対するフェラチオのような奉仕が当然のように始まった。

 ……ここ最近のセックス中のルカトゥは、今まで極限まで抑圧されていた性欲をついに解放したまさに「性の魔物」の状態にあるのかもしれない。けれど結局のところ、その彼女が私に対してこれほどまでに従順でいてくれるなら、それはただただありがたく、気分の良いことなのだ。

 二度目ゆえに多少長引いていたセックスにも、その辺りで限界が訪れる。

「そろそろイきそうかも……」

「あっ♡ うんっ♡ いいよっ♡ 好きな時に出してっ♡ せんせぇが気持ちよくなってくれて……うれしいっ……♡」

「うん……でる……でるっ……」

 また彼女の中に精を吐き捨てる。それなりに慣れてくるほどセックスを繰り返したわけだけれど、今まで外に出したことは一度もない。

 今度はさすがに、肉棒が萎むことと共に急激に頭も冷えてきた。……自分の振る舞いがどんどんふてぶてしくなって来ていることだとかを、性欲の褪せた頭でようやく正しく認識できるようになって来たのである。

 執拗に腰を押しつけてくるルカトゥが、乱れた息のまま見開いた目でまだ私のことを見つめていた。

「せんせぇ……♡」

 脱力していた私の両手にルカトゥの指が絡まる。手を繋ぐといえば聞こえはいいけれど、それは私を組み伏せているようでもあった。

「せんせぇ可愛い……♡ 食べちゃいたい……♡」

「え……」

 さっきはあんなことを思ったけれど、その台詞に、やっぱり少しだけ危機感が戻ってくる。

「……る、ルカトゥ?」

「はぁい?♡」

「お掃除、お願いできる?」

「ん、は〜い♡」

 手をほどいて、体の上から降りて。ルカトゥは従順に、精液と愛液に塗れてドロドロになった陰茎を口に含む。少しも躊躇わずに、先端から根元まで舌を這わせて舐めとってくれる。私は体を起こして、そんな彼女の頭を撫でた。ルカトゥはそうするといつも必ず喜んでくれるのだ。

 全ての汚れを舐め終えたルカトゥが口をはなして、最後に先端へチュッとキスをして見せる。それから満足した顔でこちらを見上げてくるところまで、全ていつも通りだった。

 なんとなく、もし今後ずっと同じプレイの繰り返しでも、彼女は一切文句を言わないのだろうな……と思った。そしてそこにほんの少しだけ疎外感を覚えた。私の方は相変わらず実験への興味が尽きないから。全く同じプレイなんてもったいない……と感じてしまうから。

「今日もありがとね。気持ちよかった」

「わ、えへへ♡ どういたしましてぇ♡ こちらこそありがとうです♡」

「うんうん。……それで交換条件は何がいい?」

「あ、いいんですか……? ちょっと違う体位試しただけでしたけど」

「一つは一つだから。いや、というか今回は二つ試したから二つだね。私もルカトゥからのお願いを……まぁ善処できる範囲で二つ聞くよ」

「えっそんなにいいんですか? ……負担になりません?」

「なることはしないって決めたから、とりあえず言ってみて」

「ん、はい。そうでした。じゃあ……そうですねぇ……」

 ルカトゥは今回もいつものように、即答することは控えてうんうんと首をひねる。

 今まで私はそれを、欲の山の中から手頃なものを漁っている時間なのだと思っていたけれど、もしかしたらそれは違うのかもしれない……。そう改めて考えてみる。というのは、手頃なものを探した末に出てきたのが飲尿プレイだったのだとすると、それではあまりにも彼女の欲の山が未知数すぎてしまうから。

 ルカトゥは本当は最初から答えをいくつかに絞っていて、それを口にする覚悟に時間を要しているだけなんじゃないか。だから性行為の真っ最中……興奮の真っ只中なら、首を絞めてほしいだの胸を握りつぶしてほしいだの、なかなかに火力の強い望みがポンと口に出たのではないか。そう考える。

 こちらの機嫌を伺うような上目遣いで、ルカトゥはそのうち沈黙を切った。

「……また変態なお願いをしてもいいですか」

「どんなの?」

「その、……先生は今朝わたしのことを、汚いものみたいに扱ったら可哀想って言ってくれたじゃないですか……?」

「あぁ、うん」

「わたし、その、実は、…………そういう扱い、されてみたいかもです」

「ほう……?」

「先生からひどい言葉とか、扱いとか、受けてみたいなって……」

「なるほど……? ルカトゥは叩かれたりすることだけじゃなくて、言葉の暴力も好きなの?」

「え、えへへ……」

 誤魔化すような笑みに宿っていたのは卑屈さなのか、それとも興奮なのか、いまいち見分けがつかなかった。けれど捉えようによっては、私のその質問がすでに、彼女にとっての言葉責めになっていたのかもしれない。

 私は心のどこかで、ルカトゥからその要求が来ることは予想できていたような気がした。いつ来るかは分からなくても、いつかは来るだろうと。ルカトゥの無敵性が物理的な分野でばかり出てくることに、偏りのようなものを感じていたのだ。

 そのルカトゥがハッとして、口早に付け加える。

「あ、でも、先生に無理させちゃうなら大丈夫ですから。気持ち悪いとか、言う方もつらいとか、そういうことなら他のお願いにしますから」

「うーん……。いいか悪いかで言えば、べつにいいんだけどさ。そういうプレイをするなら、またルールを作ってもいい?」

「ルール……?」

「そう。台本を書くっていうルール」

 いつだったか、ルカトゥに初めて暴力を振るった日。私たちはどの側面から見ても万が一がないように、入念に台本を用意・確認してから行為に及んだ。そしてレイプされた(という設定の)ルカトゥが泣きじゃくっているところに、私はたしかこんなようなことを言ったのだ。「無敵のくせに怖かったの?」。

 今にして思えば、あれが初めての暴言プレイだった。私が物理的な暴力に対する罪悪感に注目するばかりで、その台詞のことを今日までさほど気にせずに来られたのは、きっとルカトゥと一緒に練った台本があったおかげだろう。もしあれがアドリブだったら、私は今でも「自分って咄嗟にあんなことが言えてしまうんだ……」と気に病んでいたかもしれない。だから台本は必須なのだ。

「ルカトゥに、言ってほしい言葉とかシチュエーションとかを決めてもらって、二人で相談してそれを擦り合わせる。そうして作った台本の通りにひどい台詞を言う……っていうのなら、いいよ。出来る」

「わぁ、なるほど〜。確かにいいですねぇそれ、ワクワクします」

「よし、交渉成立。……じゃあ明日はそれを考えて実践しようか」

「はいっ♡ 明日はまたお休みなので、たっぷり完璧な台本が作れますよ〜!」

「お、いいねー。……それで二つ目は?」

「あ、そうでした。……ん〜、でもそれはひとまず保留でお願いします」

「保留?」

「だって台本を考えてる時に、新しくしたいことを思いつくかもじゃないですかぁ」

「あぁ、なるほど。確かに」

 昨日に引き続いて新たな保留が生まれたところで、とりあえず今日のところの性的な話には幕が引かれる。セックスをすればするほど活き活きしてくるサキュバスと違って、人間である私は二連戦でいい感じに体力を使ったのか、その後風呂から出た後はすぐにすやぁとよく眠れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 引きこもりたるもの、夜早く寝たからといって朝早く起きられるとは限らない。次の日、目を覚ました頃には午前十時を回っていた。

「あ、おはようございます先生ぇ」

「おはよー……」

 ……寝すぎたからなのか、それとも日を跨いだり睡眠を経たりすることに意味があるのか、昨日の夜あれだけ搾り取ってもらったはずの性欲が、ルカトゥの顔を見たり声を聞いたりするだけで、それなりに戻ってくることを感じた。

 けれども慣れの賜物か、私はこの時、性欲という物がゼロか百かで出来ている物ではないことを知った。実際に性行為を迫るほどではないような、コップに半分程度の性欲という物もこの世にはある……。それを我が身の事として知ったのだ。

 だから私はその性欲を察知されているのだとしても、ルカトゥに今から何々をしようと迫る気にはならなかった。……するとルカトゥの方から誘ってくるようなこともなかった。サキュバスからすれば、その程度の性欲が身の回りにあることは日常茶飯事なのかもしれない。

 朝食を食べながら今日の段取りについて話す。

「先生ぇ、わたし昨日の夜たくさん考えましたよ〜、台本」

「おー、私は爆睡してた。どんなの考えたの?」

「何パターンかあるので、あとで文面にまとめたのをお見せしますね」

「用意周到だね」

「ふふふ。……ところで先生の方からは、ほかにしたいこととかないですか?」

「あるよ?」

「じゃあ、それも台本に組み込めたら一石二鳥になりますね」

「そんなお互いの欲望をギチギチに詰め込んだ台本を目論んでるの……?」

「せっかくなら充実してた方がいいじゃないですか〜」

「まぁ、うん、そうかも? じゃあ後で練ろうか」

「は〜い。……なんだか冬頃のことを思い出しますねぇ」

「冬? ……あぁ、エロゲの?」

「そうです〜。わたしあの時に実感したんです、二人で一つの話を考えるって、すごく楽しいことなんだって」

「そう思ってくれてるならよかった。……たぶん今後私たちが作る台本って、一つや二つじゃ足りない気もするし」

「あはは、ですかね〜? そうだったらいいなぁ」

 台本が増えるということは、ルカトゥがひどい目に遭う回数も増えるということなのだけれど、それは彼女にとって取るに足らないことのようだった。それでこそのルカトゥなのだ。

 ……と、その時は思ったのだけれど、彼女が皿を洗っている間に「昨日の夜考えた台本」とやらの文面を読ませてもらうと、なんだか心に冷や汗が流れるような感じがした。

 私はせいぜい「この雌豚が!」みたいな罵倒を想像していたのだ。けれどもそこに書かれていた暴言の類はもっと生々しいというか、洒落にならないというか……、パーソナルな部分に踏み込むような内容になっている。そしてそれを読み込んでいくうちに、私は改めてルカトゥの魔法のことを意識させられた。人が口に出した言葉ならば、ルカトゥはそこから「嘘」を読み取れるのだということを。

 いつだったか、ルカトゥが「男嫌いのレズにお仕置き」みたいな内容のAVに出演することを語っていた。それについて彼女は「みんな冗談で言ってるだけだから平気」と言っていたけれど、もしその中に一人でも、冗談ではなく本気でレズビアンを嫌っている人間がいたとしたら……? 嘘を感知するルカトゥは、逆説的に本音だって感知してしまう。もしそんなことがあっても、彼女は平気でいられるのだろうか……?

 ルカトゥの提案した台本には、たとえばサキュバスを差別するような内容の台詞が書かれていた。私にそんな差別心なんてあるはずもない。ないのだけれど……。

 泡のついた皿をすすぐ彼女の背中に問いかける。

「ねぇルカトゥ」

「は〜い?」

「もしもの話なんだけど。……もし私が、実は内心めちゃくちゃサキュバスのことを見下してたらどうする?」

「ふふっ、聞かれると思ってましたぁ」

 ちょっと鼻にかけたような言い方が、恐れのなさを物語っているかのようだった。

「わたしは〜、先生がわたしと仲良くしてくれるなら、べつにどんな差別や偏見を持っていてもかまいませんよ〜」

「じゃあ差別や偏見じゃなくて、もっと個人的なことだったら? ……ここに書いてあるようなこと、私は断じて思ってないけどさ。思ってないと、自分では思ってるけど、でも嘘が分かる人相手にこれを言うのは、なんかちょっと怖いよ」

「相手が何を言われても傷つかなくてもですか?」

「……どうかな」

「大丈夫です、すでに見てきてますから。演技だからって建前で本気の人、たまに居ますよ。けど気にしません」

「私がその悪例の一員になっても?」

「悪例だなんて。心を勝手に覗いてるのはわたしですから」

「他の人にはそうかもしれないけど……」

 私に問いただされるまでの間はずっと、魔法のことや昔のことを黙っていたくらいだから。ルカトゥはきっと、ほとんどの相手には自分の魔法のことを伝えていないのだと思う。彼女の就いている仕事なんかは特に、それを伝えてしまえば無駄にギクシャクすることが容易に想像出来るものだから、「演技の建前」とやらを使う人たちはきっと皆、ルカトゥの魔法を知らないのだ。

 だけど私は彼女の魔法を知っているし、面と向かってその使用を承認している。他の人たちに対してはそうであっても、私にとってだけは、ルカトゥが心を覗くことは「勝手」なんかではないのだ。……であれば、そこには「裏切り」も成り立つことになる。何かの拍子に私の心が血迷えば、それは台本に書いてあろうとなかろうと、意図的に彼女を傷つけたことになってしまうのだ。

 想像してみてほしい。必ず、必ず本心は伝わるのだということを保証されていたとして、たとえば最愛の人に向かって「大嫌いだ」と言えるだろうか? 本心が伝わるかどうかとそれは別ではないか?

 平たく言って、ルカトゥの提案した台詞についてはライン越えであるように感じた。刃の先に立つのが立案者たる彼女自身だから、話がなんだかよく分からなくなっているけれど。

「ダメでしたか……? その台詞……」

 タオルで手を拭いたルカトゥがテーブルまで戻ってくる。夜中一人でワクワクしながら考えたのだろうそれに苦言を呈された彼女は、人並みに落胆の表情を浮かべていた。

 いつか本人が言っていたことだ。泣かないから無敵なのではない、泣いても平気だから無敵なのだと。……傍から見るだけでは、その無敵性を認識するのは時としてものすごく難しい。

「ダメ……ではないけど。不安は不安」

「逆にどんな台詞なら平気とかありますか……?」

「うーん、まぁ、この雌豚〜くらいなら」

「あ、じゃあ、この部分は「チンポしゃぶるしか能がない雌豚が」に変えるとか」

「いやだからそういうところなのよ」

「どういうところ……?」

「なんかこう、人格否定の要素が強くない……?」

「暴言なんて、全部そんなものじゃないですかぁ。人格を尊重しながら雌豚なんて言わなくないです……?」

「それは……そうかもしれないけど……」

 その後もしばらく台本作りは難航した。異なる主張の間で折衷案を練ることの難しさがこんなところで身に染みるとは思わなかった。

 ……その数時間後、ルカトゥは床に這いつくばって、ベッドに腰かけた私の足の指を舐めていた。

「……すごい熱心に舐めるじゃん。楽しい?」

「うぅ……先生が舐めろって……」

「く、口答えするな……!」

「あうっ……!」

「卑しいサキュバスのくせに……。お前の口は、人間様の……、……人間様を! 気持ちよくするためにあるんだろ……! 余計なこと喋るな!」

「ご、ごめんなさい……ごめんなさい……」

 踏みつけるように、足の裏を顔面に押しつけられるルカトゥ。彼女は怯えた様子で何度も謝りながら、……しかし発情のために「はぁっはぁっはぁっ……♡」と荒い呼吸を繰り返していた。そしてそのまま足裏を舐めはじめる。

 私はといえば、その舌から伝わってくるくすぐったさと気持ちよさの間にあるような感触からは、ほとんど上の空になっていた。肝は冷えているのに顔は暑かった。一行に収まらない台詞を覚えて読む体験は初めてだったから……というような言い訳が、その上の空の理由の全てではないことは明白だった。

 思えば物理的な暴力を振るった時は、ルカトゥは見るからに喜んでくれたのだ。悲鳴を上げはするけれどそこに悲痛さはなく、本当にそれが快感であるかのように分かりやすく振る舞ってくれたから、私もいい気になってしまったのだと思う。……けれど今回はやや違った。彼女は興奮した息遣いこそ見せるものの、抗議の言葉や許しを乞う声は、その尽くが心底本気に聞こえる物だった。

 もしかするとこれが一番、罪悪感を刺激されるプレイかもしれない……。ルカトゥには散々なことばかりさせてきたけれど、今になってついに私はそう思った。

 ……けれど下半身の方は、そんな私のなけなしの良心すら否定するかのように硬くなっている。それがなおさら嫌だった。「可哀想に思うフリして、本当は興奮してるんだ? もっといじめたいと思ってるんだ?」と責める声が、どこからともなく聞こえてくるかのようで……。

 段取りの全ては、ついさっきまで練られていた台本通りに今のところつつがなく進んでいる。

「……いつまで足ばっか舐めてるの?」

「あ、ご、ごめんなさい……! えっと、おちんちんにご奉仕させていただいても、よろしいですか……?」

「その前に、……あれ、あー、おねだり。おねだりでしょ?」

「は、はいっ。…………人間様にご奉仕させてもらえなければ生きていけないみじめなサキュバスのわたしに、どうかおちんちんを恵んでください……」

「うっ……」

 ルカトゥはすらすらと……何もかもを諦めたように沈んだ声で台詞を読み上げて、三指を揃え額を床に擦りつけた。

 私は、いよいよ不安に耐え難くなってきた。こんなことをしていて本当に良いのだろうか……? サキュバスは性行為なくして生きていけない生物だから、卑屈さを極めた台詞の意味するところがあながち嘘とも言いきれないせいで、全て台本通りの演技だと分かっていても不安が押し寄せてくる。

 私たちはこんなことをしていて、本当に何も見失わずにいられるのだろうか。演技と本音の区別を付け続けられるのだろうか。……少なくとも私はすでに心が痛い。

 台本ではこの直後に私が、土下座をしているルカトゥの頭を踏みつけにする運びになっている。けれど、胸の痛みに目を背けながらそれを実行した時、踏みつけている側であるはずのこちらが足に「重み」を感じたことで、限界だと思った。

「か、カット……! カット……!」

「あれっ」

 足を退けられたルカトゥが即座に頭を上げ、ちょっとした悲鳴を聞きつけてきたかのように心配そうな顔でこちらを見上げる。

「つらかったですか……? ごめんなさい」

「ううん……。こっちこそごめん……。ちゃんと台本決めたのに……」

 謝る自分がどんな顔をしているのか分からなかった。ちゃんと申し訳なさそうな顔をしていたのだろうか。それとも人の心を知らない下半身の硬直に影響されて、へらへら笑って誤魔化していたのだろうか。……ルカトゥにどう思われるのかだけが怖かった。

 ルカトゥが膝を立てて私の手をとる。彼女の手から伝わってくる熱に、慰めを見出したくなった。

「いいんですよそんなの。実際にやってみたら思ってたよりキツかったなんてこと、あって当たり前なんですから」

「うん……。ごめんね……」

「もう、なんで謝るんですか〜。つらかったのは先生の方でしょ〜?」

「そうだけど、なんか、思ったより自分が……なんか……、……脆くて」

「ふふ、そうですねぇ。漫画では過激なこともたくさんしてたのに、ちょっと意外ではありましたね」

「うぅ……ごめん……」

 漫画なら平気。そう、それが私の自信の根拠だった。ルカトゥと台本をすり合わせていくうち、なんだかどこかで読んだような気がするし、描いたような気もする話だな……という気がしてきたから、じゃあ大丈夫なはずと思ってしまったのだ。

 いわゆる「可哀想なのは抜けない」の思想はまったく理解することが出来ず、甘々の純愛から救いのない陵辱系までなんでも読んできた身だから、しかもルカトゥのAVでも凄惨な内容の物をしれっと視聴して来られたから、なんなら自分の手で彼女に暴力だって振るえてしまったから、今さら足を舐めさせたり土下座させて頭を踏んだり、ちょっとひどい台詞を読むくらい、なんとかなるはずだと思ってしまった。……それが甘かった。漫画だとか、画面の中の出来事だとか、人格までは否定しない暴力だとか、そんな物たちと「この台本の実行」は、なんというか格が違う物だった。

 彼女の腹を踏みつけにした時にしれっと実行していた暴言が余裕だったのだから、今回の台本も同じようにいけるはずだ……とも思ったのだけど、今にして思えばあれが「無敵のくせにつらそうにするな!」くらい言うものであったら、今頃はむしろそれがトラウマ的な負い目になっていた気がする。……今回の台本にあったような台詞は、いざ読み上げたり聞かされたりしてみると、完全にそっち系の威力を持っている物だった。

 ……ごめん。ごめんとしか言えない。引いているわけではないけれど、ルカトゥの趣味への理解の出来なさは、これをもって「ついていけない」の域に達してしまった。

「もう〜、謝らないで〜……? 先生なんにも悪くないよ〜? よしよし」

 私を抱きしめたルカトゥが、子どもをあやすみたいに頭を撫でてくれる。……ついでに胸が密着していて、最低だとは思うけれど、私は座位をした時のことを思い出してしまった。

 ルカトゥもそこまで密着して来ると、密かにあった硬い感触にさすがに気づいてしまう。心配と慈悲に満ちていた彼女の表情に、途端ににや〜っとした笑みが浮かんだ。頭を撫でることは終わって、その手は別の方向へ伸びてくる。

「あれぇ、先生〜? つらかったけど、興奮はしてくれてたんですか〜?♡」

「う……ごめん……本当にごめん……」

「謝ることないですよぅ、嬉しいです♡ それに、なおさらちゃんと、先生のつらい気持ちも伝わりましたよ……? 性欲はあんまり感知できないんですもん」

「そうなの……?」

「はい。こんなに硬くしてるのに、心はそれどころじゃないなんて。興奮と欲求は、必ずしも同じじゃないんですねぇ……」

「……そっか、そうなんだ」

「……ねぇ先生? よかったら参考までに、どういうところがつらかったのか教えてください。そしたらこの硬くなってるの、ちゃんと気持ちよくしてあげますから」

「な、なにそれ……。べつに普通に答えるよ……?」

「でも、普通じゃない方が楽しいでしょ〜?」

 抱きついたままのルカトゥに思いきり体重を預けられて、私は押し倒されるかのようにベッドに寝転んだ。

 添い寝するみたいに私の隣に来たルカトゥが、ぷるんとした唇で耳をはむ。

「どこがつらかった〜……?♡ 教えてぇ……?♡」

「うあっ……。ちょ、耳っ……」

「う〜ん? 先生ぇ、お耳弱いのぉ……?」

「ちが、違うけど。なんか、ASMRみたいになってるから……っ」

「こうやってされるの、嫌ですかぁ……?」

「嫌じゃない……けど……」

「じゃあ、ね……?♡ 質問こたえて〜?♡」

「うぅっ……♡」

 ほんの少し舌先が這うだけで、鼓膜がその質感を音として全て拾ってくる。少しくすぐったくて、ぞわぞわして、いつぶりだろう……アプローチを一つ受けるたびに、全身が力んでしまう。

 耳が弱点だと思ったことは一度もない。けれどシチュエーションのせいなのか、今は私の方がさっきのルカトゥのように、呼吸を荒らげてしまっていた。

「足舐められるのが、嫌だった〜……?」

「う、ううん……。嫌じゃなかった……」

「じゃあ、台詞読むのが恥ずかしかった〜……?」

「い、いや……。恥ずかしいってほどでは……。何個もミスっちゃったけど……」

「ふふ……♡ たどたどしいのも可愛かったよ?♡」

「うぅ……♡ あ、ありがとう……?」

「こちらこそ〜♡ ……それで〜? じゃあ先生は、どこがつらかったのかなぁ……?」

「う……、あの……ひどいこと言ったのとか……」

「ひどいこと〜……?」

「ルカトゥにいろいろ、台詞だけど……」

「サキュバスの口は、人間様を気持ちよくするためにあるんだ〜とかぁ?」

「うっ……そう……。そういうの……」

「わたしが言ってほしくて考えた台詞なのに、なんで先生がつらくなっちゃうんだろう〜……?」

「…………なんでかわかんない。ごめん……」

「わたしが傷ついちゃいそう?」

「ルカトゥが大丈夫なのは、分かってるよ。……頭では分かってるつもり」

「そっかそっかぁ♡ ……でも、なんとなく分かるよ、せんせぇ」

「え……?」

 からかうように耳をついばむことはやめて、ルカトゥは内緒話をするみたいに、少しだけシリアスめいて言う。

「先生がお尻を叩いたり首を絞めたりしてくれたのは、怪我をさせる心配がないからでしょ〜……? わたしがいくら平気でも、無敵でも、お腹を思いきり蹴ったりとかは今でも怖いもんね……?」

「……うん」

「先生は、わたしが平気かどうかじゃなくて、「普通の人なら平気かどうか」でいろんなことを考えてるでしょ? だからひどいこと言うプレイも怖いんだ」

「……あぁ、そっか。たしかにそうかも」

 指摘されてようやく気がつく。私はどこまで行っても人間基準でしか物事を考えられていなくて、ルカトゥのように「手探りにでも相手の基準に合わせる努力」というものが全く出来ていなかったのだと。

 捨てると決めたはずの「遠慮」は、たとえば台本を読むことについても言えるのかもしれない。私は今もそれを捨てられず、人間の基準でルカトゥに遠慮してしまっているということなのか……?

 図星の指摘を受けた私へさらに追い討ちをかけるように、ルカトゥはなおも耳元でささやく。

「でも先生〜……? 本当は、いきなりあんなに激しくアナルセックスしたり、あんなに好き勝手にイラマチオしたりすると、危ないんですよ〜……? わたしはサキュバスだからいいですけど〜」

「そ、それは本当にごめん……」

「ふふ、謝らなくていいんです♡ わたしはどんなプレイをする時も、そのくらい先生に遠慮しないでほしいんですから♡」

「……うん、分かるよ。言われてることは分かる」

「分かっても、難しい〜……?」

「…………うん」

「じゃあ、練習してみませんか〜……? 無理にとは言いませんけど〜……」

「練習って……?」

「目を閉じて、簡単な台詞から言ってみるんです〜。相手の姿が見えなければ、一言だけなら、頑張れませんか〜……?」

「……一言ってどんな?」

「う〜ん、そうですねぇ……。……このマゾ豚っ、とかどうですか〜?」

「ルカトゥはそれを、私に言ってほしいの……?」

「はい♡ できれば、そうやって罵られてみたいです……♡」

「……わかった」

 目を閉じる。暗闇の中で、すぐ傍にルカトゥの吐息を感じる。……怯えて卑屈になる彼女の姿は、幸いにも脳裏の闇の中には浮かんでこなかった。

 悪夢にうなされる人を励ますように、ルカトゥは私の手を握って、頭をなでてくれる。「大丈夫、絶対に傷つかないよ」という心の声が聞こえてくるかのようだった。

 ……つまり、それはたぶん、今までで一番おかしなプレイだったように思う。

「言うよ……?」

「はい♡」

「…………マゾ豚っ」

「はうっ……♡ もう一回おねがいします……♡」

「マゾ豚っ……!」

「うんっ♡ もっと言ってぇ……♡」

「る、ルカトゥの……マゾ豚っ!」

「あぁっ♡ 最高ですせんせぇ……♡」

 顔を見なくても、声だけで発情が伝わってくる。繋いだ手に絡まる指が、頭を撫でてくれている手が、次第に熱烈な感情を帯びていって、ほとんど私を抱きしめるかのようになる。

 艶の増した声で、また彼女は私に耳打ちをする。瞼の裏の暗闇に引きこもりながら、私はそれを聞く。

「せんせぇ……。…………〜〜って言ってください」

「え……」

「おねがい、傷つかないから、ね……? 言ってほしいな〜……?」

「……後悔しない?」

「ぜ〜ったいしません♡」

「…………わかった」

 言ってほしいと求められた通りのことを言うのであれば、それは文面に残らなくとも事実上の台本である。二人で作る台本は同意の証だけれども、それは心の安全性までをも保証してくれる物だろうか……?

 ……そういう思考をルカトゥはきっと望ましく思っていない。忘れかけていたけれど、これもまた遠慮の一種だから、ルカトゥの心そのものを保証として信頼しなければ、私は一向に彼女の心に報いることができない。……ここで怖気付いて黙ることが一番彼女を傷つけてしまう。

 心を鬼にして……と表現しては誤用だろうなと思いつつ、目を閉じたまま、何も見ないまま、私は決心した。

「ルカトゥのマゾ豚っ、変態っ、…………き、気持ち悪いんだよ!」

 私はルカトゥの望むがままを言い終えた。

 …………なのに、沈黙が訪れる。

 撫でる手が止まり、絡められていた指がはなれる。今までそこにあったやり取りの「流れ」のような物に、ヒビが入ったような感じがした。

 心臓が締め付けられるようだった。

「……先生ぇ、目をあけて?」

 言われるがままになるしかない。逆らうという選択を思いつきもしない。……闇の中で忘れかけていたけれど時刻はまだ昼前で、目を開けると、窓から差し込む陽の光が鮮烈に世界を照らしていた。

 ギシ……とベッドの軋む音がする。私の上にのしかかったルカトゥが、愛と欲のないまぜになったような濃い笑みを浮かべた。

「せんせぇの嘘つき〜♡」

「んぅっ……」

 唇をふさがれた。……そしてそのまま私は万力のような力で押さえつけられて、ルカトゥに犯された。

 いつにもない強引さにいくらか不安になって彼女の名前を呼ぶと、「大丈夫、痛くしないから……大丈夫……」と優しく首や頬にキスをされた。ぺろりとあちこちを舐められもした。服を脱がされる時もされるがままになるしかなかった。抵抗することが怖かったのではなく、活き活きとした彼女に、純粋に身を任せたくなってしまったのだ。……なぜそう思ったのかは、自分でもよく分からない。

 ルカトゥを罵ってみても、圧倒的な力で押さえつけられてみても、下半身の棒はずっと硬くなったままだった。いくら暴力性の象徴のような禍々しい見た目をしていても、邪魔なものを脱ぎ捨てて跨った彼女の中にそれはいとも簡単に飲み込まれていく。

 熱くぬめる肉の筒から吸いつくように締めつけられて、もう何日も連続でしていたはずなのに、なぜかその快楽がすごく久しぶりな物に感じた。

 ルカトゥは肩を震わせながら腰を上下させ始める。

「くっ……はぁっ……♡ あっ……うっ……んっ……♡ せんせぇ……きもちいい……?♡」

「うん……♡」

「へへぇ……♡ ね……? 大丈夫だったでしょ〜?♡」

「えぇ……?」

「わたし、傷ついてるように見える……? んっ……あっ……♡ はぁっ……♡」

「見えない……けどっ……」

「でしょ……♡ せんせぇに罵られたら……興奮しちゃうだけだから……♡ ……だから次は、〜〜って言って?」

「え……」

 また耳元でひどい台詞をささやかれる。もはやそれは比喩ではない「悪魔のささやき」だった。

 私に良いようにされてよがっている時のルカトゥは、性を貪り貪られる非力な少女のようだったのに、今こちらを見下ろしながら腰を振っている彼女のことは、矮小な私なんかでは一生敵わないような異種なる存在に見えてくる。……その淫らに釣り上がった口角は私に期待しているというよりも、私の従順さを試しているみたいだった。

 それで私は、この時初めて悟らされた。ルカトゥと何度も性行為に及んできた中で一度も感じたことがなかった自覚を、今になってついに思い知らされる。……あぁ自分は今、彼女に調教されているんだ……と。

 ピストンに合わせて目の前で気持ちよさそうに揺らされている大きな乳房に手を伸ばす。その豊満な魅力を、私の指の形に歪めてしまうために。

「んんっ……♡」

「こんな、無駄に大きいおっぱいして、いやらしい……。でも、こうやって玩具にするにはちょうどいいね?」

「んぎぃっ……♡ あ、ありがとうございますぅ……♡ せんせぇにおっぱいいじめてもらえて嬉しい……♡ 幸せぇ……♡」

 乱暴にその胸を握りつぶすと、そうすればそうするほど、ルカトゥは本当に幸せそうに恍惚とした顔をしてその身を震わせる。さっきの怯えた演技とは大違いな反応をする。……あるいはその恍惚さも演技なのかもしれないけど、それでも私にとっては今の方がずっとやりやすかった。

 あぁ本当に彼女は、こんな扱いをされることが嬉しいんだ……。ルカトゥのしていることは常に一貫して「演技」の一つだけかもしれないのに、こう振る舞われてみると、私はそうやってあっさり安堵してしまうものだった。そして、そうなってくると今度は、その安堵をより確かな物にしたくなる。

 絶えず繰り返される抽挿の快楽に浸りながらも、私は彼女に問う。

「ルカトゥ……、ひどいこと言われるの嬉しいの……?」

「はいっ……♡ うれしいっ……♡ すっごく……♡」

「自分で考えたひどいこと言われるのが嬉しい…? それ以外は怖い? 傷つく……?」

「ううん、そんなことないよ……?♡ …………言ってくれるの……? せんせぇの言葉で……♡」

「言ってもいいの……?」

「うんっ♡ 言って♡ 言ってほしい♡ 本気で傷つけるつもりで言って……? 絶対大丈夫だから……♡」

「じゃあ……」

 ピストンを繰り返す彼女に手招きをする。期待によって淫靡な笑みを浮かべたルカトゥが、乱れた呼吸と共に素直に顔を寄せた。

 私はその耳元にささやく。

「……何しても平気なんて、便利なオナホだね。これからは友達なんかやめて、オナホとして扱ってあげようか?」

「あっ♡ あぁっあっ♡ はっはっはっ……♡」

 身悶えるように喘いだルカトゥが、唇に何度も軽いキスをする。舌を入れてくることはなく、ただそこで切なく苦しそうに「んっんっ♡」と延々喘いでいた。

「なるっ♡ なりますっ♡ せんせぇのオナホになりたい……!♡」

 ……その時の彼女は、まるでプロポーズを受けた乙女のような顔をしていたと思う。

「……すごいね、ルカトゥは」

「えへへ……♡ ね……傷つかないって、信じてくれた……?」

「うん……、信じるよ。……でもねルカトゥ」

 彼女の顔を引きよせて、私からもキスをする。性を貪るような物ではなく、愛情表現としての軽いキスを。

「嘘だからね……? 友達やめるとか、絶対嘘だからね……?」

「あっ♡ せ、せんせぇ……っ♡ それ、ずるいっ……♡ あぅ……うっ……あぁ……♡♡」

 快楽に悶える彼女の痺れたような震えはより深くなっていく。するとそれに連動して、ペニスを包む肉壁がぐにゅぐにゅと無秩序な愛撫を繰り広げた。……その刺激でそろそろ限界が訪れる。

 ルカトゥに射精感を伝えると、いいよ、いつでも出して……♡ と期待通りの返事がもらえた。それで私は彼女と抱き合ったまま、また当たり前のように中出しをした。

 ……一滴残らず出し終えたそれがずるりと彼女の中から引き抜かれると、ほんの少し前までいきり勃っていたそれは、疲労に力尽きるみたいにぺたんと重力に沿って寝そべった。

「すごかったぁ……♡」

「ん、私もよかった……♡」

「えへへ……よかったぁ♡ ……あのね、先生にひどいこと言われると、脳みそに直接どろぉ……って気持ちいいのが来て、すごいの……♡ ……だから、ね……?」

「また言ってほしい?」

 こくこくと首を振ってから、ルカトゥが潤んだ目をして「だめ……?」と聞いてくる。いかにもサキュバスの人心掌握術といった感じだった。……そしてそれは分かっていても抜け出せる物ではない。

「いいよ。けどやっぱりちゃんと台本は書こうね。今度は私も、もっと遠慮なくいろいろ提案するからさ」

「うんっ! 書く……!」

「よしよし、いい子」

「えへへ〜♡」

 セックスの余韻に浸ったまま、そうやってルカトゥの頭を撫でる。彼女は子どものように満足げな笑みを浮かべたあとで、いつも通り「お掃除」を始めた。

 ……私が正気を取り戻すまでにはそれから数分を要した。飲尿プレイの時と同じように、なんだかあまり深く考えずにとんでもない約束をしてしまった気がするけれど、やはりそれを撤回する気にはなれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルカトゥはあの後、空になりつつあった冷蔵庫の中身を補充するための買い出しに出かけて行った。そして手際よく一時間もしないうちに帰ってきた。

 ルカトゥが家を空けていた間……その中高の授業一コマ分くらいの時間で、私はいろいろなことを考えた。というか、振り返った。……たとえば、どうして自分はルカトゥにあんな人を選ぶ漫画みたいな台詞を言えたのだろう……だとか。

 冷静になって考えてみれば、全てはルカトゥの作戦だったのだ。ひどい台詞を吐きつけるプレイに加害者である私の方が音を上げた時、ルカトゥは私にどこがダメだったのかを詳しく聞いてきたけれど、その聴取のスタイルは初めての物だった。あんな耳元でささやくように、なんなら舌も這わされながら質問されたことなんて、当然ながら今までに一度もなかった。

 彼女は、真剣な素振りでそれを聞いてしまえば、その問答がただの反省会の域から出ないことを分かっていたのだと思う。だからあんな風にして、あらゆることをエロスのどさくさに紛れ込ませたのだ。

 面と向かって語り合っていればきっと、その会話がどう転んでいたとしても、私は彼女に所望された通りの言葉なんて口にしなかったはずだ。「もう勘弁してよ」とかなんとか言って。……けれど実際には上手く乗せられてしまった。話し相手をリラックスさせるには正面に位置するべからず……的なコミュニケーションのテクニックを極限まで曲解したようなあの振る舞いに流されて、浮かれて、最後には素面じゃとても言えないような台詞まで自らの意思で言ってしまった……。

 ……そう、「漫画みたいな台詞」だった。それも私が彼女に乗せられてしまった理由の一端だ。私がルカトゥの提案する台本にいろいろ口出ししつつも結局は承諾してしまったことには、その手のジャンルの作品をどちらかといえば好んで見てきた実績と、彼女に暴力を振るえてしまった事実と、その他にまだもう一つ理由があった。……それは自分が腐ってもマルチな性癖のエロ漫画家であるということ。

 ルカトゥに台詞が考えられて、私にできないはずはない。AV女優である彼女に読み上げられるなら、エロ漫画家である私にだって読み上げられる。そんな対抗心のような……ちゃちなプライドのような物があった。そして私は一度そのプライドによって自爆したからこそ、ルカトゥから促されるがままに、二度目に今度こそはとそれっぽい台詞を口にしてしまった。

 また、ルカトゥに耳打ちされた台詞ではなく、私自身が考えた台詞までをも口にしてしまったのは、ルカトゥの無敵さをこの目で見て安心したいからだったのだけれど。……それも今になって思えば、べつにそんな安心は必要なかったはずだ。私は、彼女に望まれた台詞だけ言えていればそれで良かったはずなのに、なぜそんな過剰な安心までをも欲しがってしまったのだろう? それもプライドのせいだったのだろうか……?

 ……反省はしているつもりだけれど、後悔は、するべきなのかどうかすらも分からない。

「先生ぇ、わたし、先に台本を考えておいてもいいですか〜……?」

 その日の夕飯時にルカトゥは言った。茄子を初めとした野菜の煮浸しと、豚肉に巻かれたアスパラを交互に食べている時のことだった。

「先にって、次にエッチする時にそれを使うってこと……?」

「次のエッチ……か、次の交換条件の時にですね。いずれするなら、考えておいた方がいいかなぁって。先生にそれを見せて相談するのも、早いうちがいいかなぁって」

「それはそうだけど……。また同じようなプレイをするの?」

「嫌ですか……?」

 あんな台詞をノリノリで言っておいて? と、暗にそう言われているようだった。

「……分からない。正直私は今日、初めはもっとちゃんと出来ると思ってたんだよ。これでも漫画の台詞としては、ああいう方向性でも結構な物を考えてきたつもりだから」

「そうですよねぇ。わたしも、先生がそういう内容の漫画も描いていたことを踏まえて、今日のプレイを提案しました」

「あ、そうだったんだ。……けどね〜、いざ口に出してみたら、ギブだったからね」

「そのあとリベンジしたじゃないですか〜」

「そう、おかげさまで。……で、だから全く同じプレイなら、確かに次こそは腹をくくってやり遂げてみせるけどさ。そういう意味でも聞いとかなきゃでしょ? 全くの「同じプレイ」なのかって。それとも、ひどい台詞を使うプレイではあっても、また別な角度からの物なのか。……別角度から来られると私はまたギブしかねないからなぁ、っていう」

「あぁ、なるほどぉ。……う〜ん、まぁ、さすがに一言一句違わないようだと退屈ですから、少しは変えようと思ってますけど〜」

「無敵のサキュバスの言う「少し」は、私みたいな人間にとっても少しかな……?」

「そこはまた、相談して擦り合わせましょう」

「それは今日もしたけどね」

 ルカトゥは、私が箸を伸ばした方とは必ず違う方の皿を選んでおかずを食べる。味噌汁や白飯については、まるで鏡写しのようなペースで食べ進める。コップに注がれた麦茶だけが、そういった規則性から外れた物だった。

 コップに手を伸ばした彼女が、その中が空であったことに持ってから気づき、そっとテーブルの上にそれを戻す。そして新たな茶を注ぐ前に言う。

「先生ぇ。……先生は今日のプレイが、嫌でしたか?」

「えっ」

 目、間、声。……雰囲気で分かる。真剣な「質問」が来た。

「……ギブした時は、正直ちょっと嫌だったかも。でも最終的にはまぁ、私も楽しんでたよね、結局」

「……そうですか」

 お茶を注いでちょびっとだけそれを飲んだルカトゥは、なんだか改まったような様子だった。

「もし嫌なことがあれば、なんでも言ってくださいね。いくら交換条件と言っても、先生に無理強いをするのは本意ではないですから」

「わかったわかった。じゃあ次に来た台本に少しでも「ん?」と思うところがあったら、その時はハッキリ言うよ。それ自体がプレイになるくらい容赦なくハッキリ」

「そうしてもらえると助かります。……わたしも少し反省しました。今日はちょっと……強引が過ぎたなぁと」

「それくらいがお互い様でいいんじゃない……? 私からルカトゥには今まで散々いろいろさせたのに、逆にいざちょっとグイグイ来られたくらいで謝られたら、そっちの方が罪悪感になっちゃうな」

「え……そういうものですか……。むずかしいですね……」

 難しい。そう言われてふと思い出す。……いや、それは忘れていたというよりもむしろ、一番聞かなければならないことだったのに、向き合うのが恐ろしくて思考の奥底に埋もれさせてしまっていた物なのかもしれない。

「難しいか……。……ねぇ、そういえば聞きたかったんだけど」

「はい」

「ルカトゥは、あれが嘘じゃなかったらどうするつもりだったの? 私がルカトゥを、こう、否定するようなことを言わされた時」

 数時間前の私は、ルカトゥに所望されるがまま彼女本人に「気持ち悪いんだよ」と言い放った。曖昧さの欠片もないその言葉は、当然通知の魔法の審議にかけられる。……私はその結果が出るのが恐ろしかった。もしも自分が深層心理のどこかででも、その言葉を嘘に出来ていなかったらどうしよう……と。

 けれど、そういったことを恐れるからこそ、望まれたことは言うしかなかった。具体的に所望された上で黙秘権を行使してしまったら、それは自白をしているも同然のこととして……つまり誤解をもって受け取られてしまっていただろうから。……それにそもそもルカトゥは、自分の無敵さを信頼して、何の遠慮もなくぶつかって来てくれることを望んでいるような、優しさの怪物だったから。

 だから私は意を決して、望まれた通りの言葉を口にした。するとそれを聞いたルカトゥは笑みを浮かべて、私に言ったのだ、「嘘つき」と。……正直、その時の深い安堵感が、後々の浮かれた振る舞いに繋がってしまったことも否めなかった。

 私からすればあれはそれだけ重大なことだったのに。今、正面に座っている当の本人は、私の問いに拍子抜けするくらい軽く答える。

「そんなの、今言った通りですよ」

「え?」

「嫌なことを嫌と言ってもらえたら、ちゃんと改めるだけですよ?」

「……傷つかないの?」

「それもあの時言った通りです。わたしが傷つくように見えますか……?」

「それはプレイとしての暴言の話でしょ」

「プレイかどうかで変わるのは、楽しめるかどうかです。傷つくかどうかじゃないですよ」

「…………なるほど? じゃあやっぱり難解すぎる……」

「ふふ、お互い様なのかもですね。相手の心を理解するのはむずかしいです。体を気持ちよくするのは、すっごく簡単なのに」

「それは、それもお互い様だね」

「あはは〜。ですねぇ」

 セクハラ混じりの応酬を、ルカトゥは楽しそうに笑った。

 私にとっては、ドン引きと理解できなさが別であるように。ルカトゥにとっては、楽しめることと傷つかないことが別であるらしい。……なんだか私たちの間にはそんなような物ばかりがある。遠慮と敬意、性欲と好意、嘘とはぐらかし、それから……メープルシロップとハチミツとか? とにかくややこしい物だらけだ。

 けれど、私にとってそれらの違いが大きな物であるように、ルカトゥにとってのそれらもまた大きく違う物なのだろう。その点についてもお互い様だ。だからお互い推し量り合い、尊重し合い、どうにかこうにか上手くやっていくしかない。

 ……と、その辺りでいい感じに今日のことにはピリオドを打てればよかったのだけれど。軽々しく交わしてしまった約束のツケがそうはさせてくれなかった。

 ……その通知を受け取ったルカトゥが、物音のした方向を見る猫のようにピクっと反応する。

「あ、先生ぇ……♡」

 その「待ってました」と言わんばかりの嬉しそうな顔……。時間的猶予もなく気が散る中で、そんな彼女に前言撤回を申し出るのは無謀だとしか思えなかった。

 そして私には、その無謀に挑む気力も足りていなければ、良識も足りていなかった。……私の自覚が正しければ、ルカトゥに対して言う「気持ち悪い」は、良くも悪くもいつ何時だって嘘なのだ。

「……ご飯食べてすぐでもしたいの?」

「もちろん♡ 脱ぎ脱ぎしてくださ〜い、ちゃんと飲みますからね〜♡」

「いや、あの、せめてトイレ行かない……? じゃないとなんかそのうち頭バグりそう……」

「あ、それもそうですねぇ。……トイレでするのもそれはそれでエッチですよね♡」

「……否めない自分が嫌」

 飲尿プレイはもう嫌だとハッキリ言葉にしても、それがわりと嘘になってしまいそうな自分がいる。かといってそのプレイが気に入ったわけでもない。……この話題についての私は、自分が何をどう感じてどのように考えているのか、いまいちよく分からなかった。求められるのならやぶさかでもない気持ちと、決心もつかないまま道を踏み外しているような気持ちがごちゃ混ぜで、頭が追いついていかない。

 ただ一つ分かったのは、すぐ隣に便器がある状況でルカトゥに萎えたペニスを咥えさせ、そのまま舌に促されるのに任せてそこへ放尿することのインモラルな感覚は、およそ並大抵の物ではないということだった……。今日の台詞の数々にも匹敵する危うさがそこにあった。

 ごくごくと音をたてて飲み終えた彼女は、今度は最後にぐちゅぐちゅと唾液によるうがいまで済ませてから、お決まりの台詞を言う。満足そうに、あるいは誇らしげに。

「ごちそうさまでしたぁ♡ ちゃんと飲めました♡」

「……すごいね、本当に」

 膝まづいたままの彼女の頭をポンポンと撫でてから、私はしゃがみこんでルカトゥにキスをする。今度こそ、それが拒絶されることはなかった。

 しかし、うっとりした様子のルカトゥを見ながら私は思う。はたして私たちはこんな調子で、いったいどこへ向かっているのだろうか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実験と交換条件は、あれから順調に新たな扉を開き続けて行った。ルカトゥの仕事の合間を縫って行われたプレイの数々は、比較的ポピュラーな物からハードな物まで多岐にわたる。

 まず初めに試してみたのは顔射だった。……プレイの度合いの順序がひどく前後してしまったとは思う。本当ならそのくらいのプレイから段階を踏んでいくべきだったのだろうけど、いったいどこで歯車が狂ったのだったか……。

 ともかく、私が知りたかったのは、射精の狙いを定めることはそんなに難しいのか? ということだった。AVを見ていると顔射やぶっかけと呼ばれるプレイに度々遭遇するけれど、その手のシーンでは結構な確率で、飛び出た精液が勢い余って女優にロクに当たらないままカメラ外に飛んで行ってしまうことがある。だから、そんなにコントロールが難しいのだろうか……という疑問の答えを確かめるなら、自分にちんちんが生えている今しかないというわけだ。

 結果として、私は精液の軌道をほとんど全く制御できないことを思い知った。ルカトゥに口でしてもらったあと、狙い定めたつもりだったそれは予定より遥かに高く舞い上がり、彼女の髪を汚してしまった。

「うわっ、ごめん髪に……」

「ん、大丈夫ですよ? ほら」

 彼女が粘つく精液を手櫛で削ぐと、それはヘアピンのような固形物と全く変わらない要領で完全かつ完璧に髪から取り除かれた。もはやどこに精液がかかっていたのかも分からなくなってしまうほどに。

「言ったじゃないですか〜、エッチ中の大抵のことは五秒でなんとかなるって」

「え、じゃあもしかして、雨とかでずぶ濡れになっても一瞬で乾いたりするの?」

「あ、それはちょっと厳しいかもです」

「できるできないの境目が分からない……」

「あはは。まぁわたしも感覚でやってますからね〜」

 呑気そうにそう言いながら、ものすごく自然な感じで、彼女は指にへばりついたゼリー状の白濁をじゅる……と舐めとった。

「ん……♡ おいし……♡」

「わぁ……」

「あ、ごめんなさい。引きました……?」

「いや? でもなんか、こう、会話との温度差がすごいなって」

「え〜、じゃあ温度上げて行きましょうよ〜。そんなにザーメン飲みたいならもっとくれてやるよ……みたいな感じで来てくれていいんですよ?」

「今回の交換条件はそれってこと?」

「む〜、冷静……。……まぁ、そっちについては全然違うお願いを考えてるんですけど」

「へぇ」

「先生がまたムラムラした時に、どんなことしたいか言いますね……♡」

 そんな会話があった翌日、さっそく彼女の次の望みは明らかになった。そしてその内容を聞いた私は、おそらく若干引きつった顔をしていたと思う。

「ルカトゥ、それはちゃんと台本を書いてからやろう」

「え、これもですか……?」

「うん」

 彼女の要求、それは「首輪と尻尾つきアナルビーズを用いた犬ごっこ」だった。……ダンボール箱の中におあつらえ向きのセットがあった時点で、しかもそれが彼女の実家から送られてきた私物である時点で、そのプレイに遭遇するのは必然的なことだったように思う。

 犬ごっこを行うに当たっては、いくつかのルールが決められた。一つ、首輪をつけている間ルカトゥは人間の言葉を喋らないこと。二つ、同じく彼女は二足歩行をしないこと。三つ、同じく彼女は衣服を身につけないこと。……それからもまだいくつかルール(という名の宣誓)は続いたけれど、それらはいちいち並べ立てるほどのことでもなかった。まぁ要するにそんな感じのプレイをしましょうということだ。

 あいにく、尻尾はあっても獣耳の用意はなかった。だけどそんなのは非常に些細な問題なのだと、プレイを実行し始めてすぐに私は思い知る。……犬ごっこのインパクトは、鳴き声だけで十分すぎた。

「わんわんっ♡」

「ルカトゥ、犬になっちゃったの?」

「わんっ!♡」

 人が裸で四つん這いになって、こちらを見上げながら嬉しそうにそうやって鳴く様を見て、私はまたもインモラルの極まりを感じた。 

 暴力や暴言というのは結局のところ、人対人のやり取りの範疇に収まることだったんだ……と思い知る。真に「本当にこんなことしていいの……?」と自問自答してしまうようなプレイは、きっとその範疇の外にある物なのだ。

 けれど不思議だった。だって私は、ワンとしか鳴かず犬扱いされるルカトゥを、すでにAVの中に見たことがあったから。なのにそれを見た時には今のような気持ちにはならなかった。……それに、結局のところ私はそのプレイを首尾よく完遂できてしまった。ひどい台詞を読もうとした時はあえなくギブアップしてしまったのに。その経験があって慣れてきてしまっている面もあるのだろうか……?

 私は首輪を引っ張って、狭い部屋の中ルカトゥを四つん這いで歩かせた。「お散歩楽しいね〜?」と台本通りに言うと、「わんっ♡」と犬語で返事が来る。……正直、そのプレイにちょっとだけ興奮している自分がいた。暴言の時よりももっと明確に、私は犬になったルカトゥを見て劣情を催していたように思う。

 台本に従って反り返った陰茎を見せつけると、ルカトゥはそこから夢中でにおいを嗅ごうとする。わざと鼻をすんすん鳴らして、顔をこすりつけるようにして、性欲にギラついた目で私のことを見上げてくる。

「これがほしいの?」

「わんっ♡ わんわん♡」

「いいよ。咥えて?」

「わん♡ はむっ♡」

 そこからはいつも通りのフェラチオだった。……いつもと違う点があるとすれば、それは私が奉仕中の彼女の頭を撫でるたびに、喜ぶ彼女が嬉しそうに腰を振ることで、フサフサと尻尾状のアクセサリーが揺れていたことくらいだろうか。

「おいしい?」

「わふぅ♡」

 演技のディテールなのか、いつもは私の脚に手を添えて激しく奉仕してくれるルカトゥが、今日はずっと床に両手をついたままでいる。いかにサキュバスといえども、さすがにそれでは最高のパフォーマンスは発揮できないらしかった。

 台本には、彼女がそういうこだわりを見せるところまでは書かれていなかった。……けれどいくつかあったルールの中に、こんな文面が含まれていたのは覚えている。

 犬はご主人様からされたことが嬉しかった時、ちゃんと尻尾を振ってそれを示すこと。

「うぐっ……♡ わぅ……♡」

 私は、手を床についたまま健気に奉仕を続けてくれるルカトゥの頭を掴んで、無慈悲に自分の腰元へ引き寄せた。……当然、彼女が咥えこんでいた肉棒は、剣を飲み込む手品のようにその喉の中へと消えていく。

 ルカトゥはしきりに腰を揺らして、アナルから生える尻尾を振っていた。私はそれが苦しさから身を捩っているわけではないことを、念の為確認する。

 一度陰茎を引き抜いて呼吸を確保させ、台本にはなかった自分の言葉で問う。

「奥まで咥えられて幸せ?」

「わんわんっ♡」

 さすが察しの良いルカトゥは、またしてもフリフリと激しく尻尾を揺らしていた。問題無しだ。

 そうと分かれば遠慮なく、イラマチオを再開する。しばらくそれを続けたあと、私はルカトゥの口の中へ射精した。……ただし台本で約束した通り、射精の瞬間はいつもより浅く咥えさせて、その口内に確実に精液が溜まるようにした。

 そのようにした理由は、直後に行われたルカトゥご所望のやり取りのために尽きる。

「待てだよ? まだ飲んじゃダメだからね? お口の中見せて?」

「わぅ……♡ あ〜ん……♡」

「よしよし、いい子だね。……はい、ゴックンしていいよ」

「わふ……♡」

 ごくん……と音を鳴らして、首輪のついた喉を見せつけるように真上を向きながら、彼女はそれを嚥下した。

「よ〜しよしよし! お利口さんだね〜!」

「わん〜♡ わんわん♡ わふぅ♡」

 わしゃわしゃわしゃと頭を撫でてあげると、ルカトゥは満面の笑みで尻尾を振ってよろこぶ。……彼女はこの「待て」のくだりがぜひともやりたかったらしい。まったく、私の漫画脳に勝るとも劣らないものを感じた。

 ……さて、台本によればここで私が満足しきった場合、ルカトゥから首輪を外してこのプレイは終わりになるのだけれど……。四つん這いのルカトゥを撫でているだけで徐々に力を取り戻してきたモノが、それとは別の分岐ルートを天高く指し示していた。

「くぅ〜ん……♡」

 復活したモノに熱い視線を送りながら、ルカトゥが切なそうな鳴き声を上げる。

 こうなった場合にすることも私たちはあらかじめ決めていた。

「ルカトゥ、お尻こっち向けて」

「わんっ♡」

 犬は四つん這いでしか動かない。だから尻を向けろと言えば当然、彼女は後背位の形で私に背を向けることになる。そして犬になってもルカトゥはサキュバスであり、これから何をされるのか分かっていない無垢な存在などではないのだ。当然、遠慮はいらない。

「あっ♡ んっうっ……♡ あっあっうあっ……♡」

「コラ、違うでしょ」

 ぴしゃりと軽い平手を打ち込むと、ひゃんっ♡と人間らしい悲鳴が上がる。

「わ、わんっ……!♡ わんっわんっ……!♡」

 必死に犬のフリをするルカトゥを気まぐれにいじめながら、私は自分が満足するまで彼女を犯し続けた。特に尻尾を抜き差しすると、獣と人の間のような濁った呻き声を漏らしながら耐えている様子が見られて興奮した。

 ……あまり良い趣味とは自分でも思えない上に今さらだけれど、どうやら私は、性感に悶えるルカトゥを見ることが結構好きなようだ。

 最終的には息も絶え絶えになったルカトゥのお尻にもう一度平手をお見舞いして、お掃除フェラを命じる。彼女は従順にもそれに応じたけれど……。

「あれ、嬉しくないの?」

 尻尾を振らずに黙々と舌を動かしていた彼女にそう指摘すると、途端に慌てた様子で腰を揺らし始めた。

「わ、わんっ……♡ わんわん……♡」

「よしよし、いい子だね」

 ……何もかもが台本通りだった。あたかも無理やり喜ぶフリをさせられているかのような振る舞いをしてみたいと言ったのもルカトゥだったのだ。全ては順調の極みだった。

 台本確認時のルカトゥいわく、彼女は犬になりたいのではなく、犬のフリがしたいのだという。だから要所に表れる犬のフリとしての詰めの甘さまで含めて、全てが彼女の計画通りの演技なのだ。……そうと分かっていなければ、私もさすがに今のような態度ではいられない。

 最後のお掃除が終わったなら、それでようやくこのプレイは完結する。口の中を自らの唾液ですすいだルカトゥから首輪を取り外して、私は改めて彼女に労いのキスをした。そうすると喜ぶと知っているから、ついでにこちらの唾液もその口の中に流し込んでやる。

「んっ……♡ ん……む……♡」

「……ぷは。お疲れさま、どうだった……?」

「最っっっ高でした! わん!」

 満面の笑みでそう答える彼女には、まだ尻尾が生えたままになっていた。

 私は興味本位で聞いてみた。

「ところでその尻尾ってさ、腰を動かさずに尻尾だけ振れたりする?」

「できますよ〜?」

 言ってる傍から、フサフサした尻尾がまるでモーターでも仕込まれているかのように、しかし完全な無音で独りでに動き出す。膣の中を自在に動かせるならもしかして……と思って聞いてみたことだったのだけれど、これはそろそろ私の思考回路もサキュバスの生態に追いついて来たと言っていいのかもしれない。

 しかしまぁそんな芸当が出来るなら出来るで、新たに素朴な疑問も生まれる。好奇心は賢者タイムの中でも健在な物だった。

「じゃあ逆に、なんでわざわざ腰から振ってたの?」

「その方がエッチじゃないですか〜……? 尻尾だけで動いてると、それどうなってるの?って真顔で聞かれちゃうことも多いので〜」

「あーなるほど。言われてみればそれもそうだ」

 出来るからといって、何でもかんでもやればいいわけではない。そんな教訓を感じる。たぶんルカトゥは、本当は賢いのにバカなフリをして男から気に入られるだとか、そういう駆け引きも使えるタイプであるような気がする。

 ……私の行う実験が、極端に言えばべつにちんちんが生えていなくても行える内容になっていたことを自覚したのが、大体その辺りのことだったように思う。暴言しかり犬ごっこしかり、それはその気になれば狭義の意味での女同士でも全然行える物だった。

 そんな私が次にルカトゥに提案したのは「落書き」プレイだった。それは相手の体に卑猥な単語を所狭しと書き込む、いかにもルカトゥの気に入りそうなプレイだけれど、私の興味は「傷を秒で治せるサキュバスは、落書きも秒で消せるのか?」という点にあった。

 いや、正確には違う。私はその点にこそ興味があると……自分はサキュバスのパフォーマンスに興味がある……と思い込もうとしていたのだ。

「指で擦れば消えますよ〜」

 そう断言する彼女に、私は念の為水性のマジックペンを手に取り、適当に卑猥な単語を書き込んでいく。

 けれども、そんな私が真っ先に気がついたのは、自分はエロ漫画を台詞まで含めて今までたくさん描いてきた一方で、卑猥な単語をアナログで書いた経験はまだ一度も無いということだった。

 パッと思いついて書き始めた「肉便器」の文字……その画数はザッと三十画。人体という、キャンバスとしては不安定な物に、デジタルと違って修正が効かない一発勝負でそれを書く。……ということになると、もはやそこに性的興奮の介入するような余裕はなかった。

 ルカトゥのヘソより少し上に横書きの「便」の字までを書き終えたところで、私は素直にため息をつく。

「ダメだ、プレッシャーがすごい」

「失敗しちゃっても消せますよ〜?」

「いや、そうだとしても、人の肌ってなんか絶妙に書き心地がアレだし、消せるって言っても消しゴム的な感じでしょ? 私は「一つ戻る」が欲しい……」

「あ〜、まぁ、たしかに〜」

「めちゃくちゃ久しぶりに、履歴書を書いてた時の気持ちを思い出しちゃった」

「あらら〜」

 落書きプレイはそうして中止された。

 ルカトゥの言う通り、すでに書き込んだ部分は彼女自身の指で擦ると、まるでインクを拾いとったかのようにあっという間に消えたし、試してみると油性でもそれは同じだった。

「でもこれって、手の届かない場所に書かれたらどうするの?」

「シャワーでも流れるので」

「あ、そうなんだ」

 段々と、むしろサキュバスにすら出来ないことを探し出した方が「発見」と呼ぶに相応しいような気がしてきた。

 それはそうと、付き合ってもらったプレイの一つは一つだ。次は私がルカトゥの望みを聞く。……すると彼女はいつの間に書いていたのやら、新しい台本の文章ファイルをおずおずと見せてきた。

 その内容を見て、私はこの期に及んでまだ驚かされる。いったい彼女の精神構造はどうなっているのだろう……と、べつに解き明かしたいと思っているわけでもないのに、そう思わされてしまう。

 その台本にはまたひどい台詞が並べ立てられていたわけだけれど、どさくさに紛れて彼女はその中に「腹パン」の要素を紛れ込ませていた。……一度行ったプレイにいちいち交換条件を適用しないという意味では、「暴言」で一括りにできる台詞はおまけで、その腹パンの方が本題だったのかもしれない。

 ともかく、私はその台本の通りにルカトゥを犯した。

「あぐっ♡ うっ♡ ぐぇっ♡ かはっ……♡」

 高く持ち上げた腕から力を抜いて、操り糸の切れた人形のようになったそれを重力のなすがままにルカトゥの下腹部へ落とす。ぺちん、と軽い音が鳴るくらい、その拳に威力はないはずだった。

 やる気のない拳が落ちて来るたびに、ルカトゥは演技で苦しんで見せる。まるでそれがちょうどいい具合に内臓までめり込んで来ているかのように。

 台本の擦り合わせを行った際、彼女は私へ言ったのだ。「怖かったら殴るフリだけでいいですから……」。そして、そのフリの仕方までレクチャーしてくれた。

 拳の威力を殺すことと、見映えの茶番感を払拭すること。その間を取った案がこの「脱力して落っことすパンチ」という手法だった。サキュバスである彼女の下腹部には淫紋と呼ばれる独特な記号のような模様が浮き出ているから、私はそこをめがけて拳を落っことせばいい。そういう話だった。

 そうやって形だけの暴力を振るいながら、私は正常位でいつものように腰を打ちつけた。竿はルカトゥの中でガチガチに硬くなっていた。

 手筈通りに、台詞を読む。私たちはいつもそれを暗記で行った。

「お腹殴られるの気持ちいい?」

「ぐぅっ♡ がっは……♡ あっ♡ き、気持ちいいれすぅ♡♡」

「痛いのがいいの? 苦しいのがいいの?」

「ど、どっちも気持ちいい……♡♡ もっとしてくらさい♡」

 私は望まれるがままに彼女の腹部へ……今度は胃のあるあたりを狙って、ぐりぐりとすり鉢の底を擦るように拳を押しつける。……もちろんそれはただ腹を撫でているに等しい脱力感で行ったのだけれど。

「ぐっ……う……うぅぇ……♡ おぇ……♡」

 ルカトゥは吐き気を催すフリをしながら悦んでいた。…悦んでいるのは演技ではなく本当なのではないかと、特に根拠なく思ってしまう。

 正直な話ちょっとだけ、これならちょっと楽しいかもしれない……と感じた。本物の暴力を振るってしまえば、ルカトゥがそこにどれだけの快感を見出したとしても、私の方は罪悪感を感じてしまう。けれどこういうごっこ遊び的なプレイなら私もちゃんと楽しめる気がした。もう暴力とリアクションの関係なんてこれ以上確かめる必要もないのだし、これからはずっとこういうプレイをすればいいのかもしれない。そう思った。

 いや、それどころかむしろ、その「暴力ごっこ」の中には新しい発見すらあった。……私はまったく力を込めずにそのごっこ遊びをしているはずなのに、ルカトゥの膣の中は、彼女が悶える演技をするたびにギュッギュと切実そうに締まるのだ。つまり今まで私が「苦痛のあまり体が力んでしまうことで生まれる締まり」だと思っていたものは、全て丸ごとルカトゥの演技だった可能性が出てきた。考えてみればそれはいかにもありそうな話だったし、そしてそれは同時に、そうであってほしい話でもあった。

 だけど、それを確かめるのは少なくとも今ではない。今はなんであれ、台本通りにプレイを先へ進めるのだ。

 私は、ルカトゥの首を絞めるフリをする。

「か……ぁ……♡ っ……ぅ……く……♡♡」

 ただ両手で彼女の首を包んでいるだけで、これっぽっちも絞めてなんかないのに、窒息するフリをしたルカトゥはどうやっているのか顔を赤くして、切羽詰まった様子で私の腕をタップまでした。それを合図にして私は手をはなす。

「かひゅっ……♡ ひゅー……♡ し、死んじゃう……♡」

「苦しいの好きなんでしょ? 嬉しい?」 

「へへ……♡ うんっ、うれしい♡ せんせぇ、いっぱいありがとう♡ だ〜いすき!♡」

「……そっかぁ」

 さて、問題はここからだった。いよいよ次の台詞から、私が台本に目を通した時に目を疑った……もとい発案者のメンタルを疑った内容に踏み込むことになる。

 私はルカトゥから事前に再三の確認を取った。読んで欲しいというなら、私としてはこれを嘘のつもりで読むけれど、そうして万が一通知に何かが起こってしまったとしても、ルカトゥは本当にそれで後悔しないんだね……? と。

 彼女はそれに対してこう答えた。「太陽と月と先生と神様に誓って、それからサキュバスの誇りにかけて、絶対に後悔なんかしないと断言します」。

 ……だから私はその言葉を信じた。深く息を吸い、言う。

「……なんかルカトゥって、何しても「好き」「嬉しい」「気持ちいい」「ありがとう」くらいしか喋らないよね。語彙力なさすぎて、ぶっちゃけ、ワンちゃんの真似してた時とあんまり変わってなくない?」

「え……」

「正直そういうのもう聞き飽きたんだよね。つまんない」

「えっ、えっ……、でもっ、わたし、全部本当に思って……」

「うるさい。言い訳するくらいなら、まだワンワン鳴いてる方が可愛いよ?」

「そ、そんな……」

「どっちにする? 可愛く鳴くのか、私に不愉快な思いさせるのか。……ねぇどっち?」

「……わ、わん……」

「……はあ? 嫌々やってんの?」

「わ、わんっ……♡ わん、わん……♡ ……うぅ、ひぐっ……」

 あんまりすぎる仕打ちに、ルカトゥは静かに泣きだしてしまった。……このタイミングで泣きますと、本人から事前に知らされてはいたことだ。

 が、それでもダメだ……、心が痛い……。もはや自分の台詞がきちんとフィクションとして伝わっているのかどうか気にする余裕もなかった。きちんと全て本心なんかじゃないことが伝わっていたとしても、それでもなおつらすぎる……。

 いったいルカトゥはどういう気持ちでこの台本を書いたのだろう? なぜこんな物を慎ましげに提出して来られたのだろう? 無敵のメンタルというのは、ここまでこちらの常識が通用しない物なのか……? 彼女が何を望むのも自由だと思う反面、さすがに困惑させられてしまう。

 ……ちなみに、まだ私には追い討ちの台詞が残っている。「なんで泣いてるの? 嬉し泣き?」という台詞が。

 だけど、それを言わなければと思うだけで胸が詰まる。首を絞められているわけでもないのに、息が上手く吸えなくなってくる。……するとそんな私の様子を察したのか、ルカトゥがほんの小さな声で「せんせぇ」と私のことを呼んだ。

 …………そして彼女は、あざといウィンクを私に見せつける。傷ついていないことの……いや、楽しんでいることの証として。

 そこまでされて、今度こそは報いないわけにいかなかった。

「……な、なんで泣いてるの? 嬉し泣き……?」

「わ、わん……♡ 嬉しいわん……♡」

 ルカトゥのその台詞を聞いたら、私は彼女の頬を思い切りビンタする……かわりに、一瞬だけそっとその頬を撫でる。するとルカトゥは、信じられない物を見たような顔をして撫でられた頬を自らの手で押さえる。そして涙を流しながら、その表情をみるみるうちに怯えた物へと変化させていく。

 痛みと恐怖に囚われたフリをする彼女に、私は台詞の続きを読む。

「……わん以外に喋っちゃダメでしょ? 分かった?」

「……わ、わん。わん……うぅ……」

 またビンタをするフリをする。今度は反対側の頬に。

「なに嫌そうな顔してんの?」

「わんっ……!♡ わんっわんっ……!♡ ……うぅ、わんわんっ……!♡」

「よしよし。終わるまでそうやって鳴いててね」

「わん!♡ わんっ♡ わんっ♡ ……ぐすっ、わんっ♡ わんっ♡」

 ……そのように彼女は台本通り、私が射精するまでの間ずっと犬の真似をして、私の機嫌をとりつづけた。

 そして最後になってようやく、私は自分の良心に正直になることを許される。何から許されるのかといえば、もちろん台本からだ。

「……ルカトゥ、ごめんね? 本当は全部嘘だからね……? ルカトゥが言ってくれる好きも、嬉しいも、気持ちいいも、ありがとうも、私、本当は全部大好きだからね……?」

「……え、ほ、ほんと……? 本当に……?」

「うん。たくさんひどいこと言って、ひどいことして、ごめんね。ルカトゥ、大好きだよ……!」

「わ、わたしもっ。わたしも先生のこと大好きっ! ひどいことされても、ずーっと大好きだから……! あっ♡ あっ♡ あぅっ♡ あんっ♡ あぁっ♡♡」

「ルカトゥかわいいね……♡ 中に出すけど、いいよね?」

「うんっ、出して♡ 全部出して♡ ちゃんと受け止めるからぁ……♡♡」

 ……と、そこまで含めた全てが、ルカトゥが一人で考えた台詞の通りだった。

 だから私はその台本を見た時、二度も目を疑ったのだ。一度目は中盤の非道さに、二度目はその払拭のくだりまでもが全て織り込み済みであったことに。

 ルカトゥとしては本当にこれで良いのだろうか……? 彼女の感覚は分からないけれど、しかし一つだけ確かなことがある。それは台本通りの台詞を読むだけでも、少なくとも私の良心はいくらか救われたということ。

 射精の瞬間、台本にはなかったけれど私はルカトゥにキスをした。舌を入れて、まるで罪悪感から絞り出した物であるかのように、彼女の口内に唾液を流し込んだ。指を絡めて手を繋いで、抱きしめるみたいにその手を握った。……どうにかしてルカトゥに好意を伝えたかった。台本の中の好意だけではまだ足りない気がしたから。

 暴行とプレイの違いは同意の有無だけにあるわけじゃない。事後の振る舞いによってもそれは変わるのだ。

「ん……♡ せんせぇ、なんだか積極的ですねぇ……♡ うれしい〜♡」

「ん、よかった」

「へへぇ……♡ 今日のせんせぇすごかったです、演技上手になってますね♡」

「そう……?」

「はい〜♡ もう脳みそどろどろで〜……気持ちよくてやばかったぁ……♡♡ 特にビンタされるところとか、興奮しすぎて溶けちゃうかと思いました〜……♡」

「え、そうなの……? めっちゃしっかりつらそうな演技してたけど」

「そこはまぁプロですからぁ」

「なるほど、プロね。さすが」

「えへへ♡ あ、お掃除しますねぇ」

「ん、ありがとう」

 精神的にもやりきったということなのか、ルカトゥの熱心なお掃除を受けてみても、もうその日それ以上私が勃起することはなかった。……ぬるぬるして暖かく心地いい感触を味わいながら、私は今日のプレイを振り返る。

 ルカトゥがいつも言ってくれる好意の言葉には飽きたんだ……という旨の台詞は、きちんと嘘として伝わっただろうか。ルカトゥのことが大好き……という台詞は、きちんと本当のこととして伝わっただろうか。それがどこまで行っても不安だったけれど、本人へ無粋に問いただすようなことも私には出来やしない。ルカトゥの機嫌は良いわけだから、そこからただ全ては上手くいったのだと思うしかなかった。……彼女の機嫌が悪いところを見た記憶なんてそもそも一つもないのだけれど。

 機嫌といえば、振り返ってみれば印象的だったのは、台本にはなかったルカトゥのウィンクのことだ。あれがなかったら私は今日もギブアップしていたように思う。だからルカトゥの機転によって、ああいう分かりやすいサインがあると助かるものなのだと、今日になってこの上なく実感させられた。……だけどそれなら逆にどうして今までの私は、そういうサインを求めるということすら思いつきもしなかったのだろう……? コロンブスの卵というやつなのか。

 考えてみれば交換条件の発明だってそうだった。尽く単純なのに画期的で、発案者はルカトゥだ。彼女が私のことをずっと上手くコントロールしている。

 お掃除を終えたルカトゥがこちらを見上げて、得意げにニコッと微笑んだ。それは奉仕にまつわる誇りに由来した得意さだったのか、それとも、オルディアの魔法を取りつけたことに始まる全てが上手くいっていることから来る得意さだったのか。心の持ちよう次第で、私の目にはどちらのようにも見えてくる。

 頭をなでると、彼女はより一層嬉しそうにしてくれた。……だけど思えばそうした甘いリアクションだって、少なくとも結果としては、私の行動をルカトゥの好む方に寄せる要因になっているのではないか。過激化していくプレイを通して、ルカトゥは私をどこへ連れて行こうとしているのだろう? あるいはすでにここがゴールなのだろうか? ……なに一つロクにコントロール出来ていないような私には、何も分からなかった。

 私たちがそうした暮らしをしている間にも、家の外では春がその儚く短い存在感をすり減らし、夏がほんの少しずつだけれど徐々に面影を表し始めている。……たった一週間程度だ。オルディアの魔法を受けてからたったそれだけの間で、季節と同じように、私たちの中では何かが確実に変化してきている。

 けれど、服を着て普段通りの生活をしていると、その実感は瞬く間に薄まっていくものだった。……なぜだか私はそこに、安心と不安を同時に覚える。矛盾しているようだけれど、そうとしか表現できない心があった。

 ルカトゥとセックスすることは、すっかり私の当たり前になった。矛盾した感覚を抱えながらも、それでも当たり前になったのだ。

 

 

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