チュートリアル用のチョロイン幼馴染に転生してしまった 作:水性さん
床を血で汚しながら横たわる首の無い男女、そして震えながら身を寄せ合う兄妹、そして血と油で汚れた剣を自身の着けていた黒い軍手で拭い、死体に投げ付ける一体の悪魔。
その悪魔は黒い髪と赤い眼……そして眼帯を着けた少年の姿をしている美しい化け物だった。思わずじっと見つめてしまうほどに。
2人の人間を切り落とした悪魔の目の前には、傲慢と嫉妬に穢れた魂が漂っていた。
その内の傲慢に汚れた魂を、まるでこの世で最も穢れた物を触るような手つきでつまみ上げると、それを不快そうに思い切り噛み砕いて飲み込んだ。
悪魔である彼にとって最も美味しく、力という恩恵を与える物。それが人間の魂。しかしどんな魂でもいいという訳では無い。
魂すら穢れる程の強い負と悪意の心を持った者の魂しか、悪魔は食べる事ができない。元々この世界にとっての悪魔という存在は、穢れた魂を浄化する為の存在なのだから。
つまり悪魔は"悪に染まった穢れた魂を食べる魔物"という略だ。
……何故か今では人間が悪そのものの魔物と勘違いするようになってしまったが。そう人間達が思い込むようになったからか、今では悪魔を召喚する者がほとんど居ない。
むしろ危機的状況に陥った、神を信仰しない善良な人間にとっては、まさに救世主のような存在だというのに。
居るとすれば、まさに現代におけるような悪魔像を時々悪魔がしているのがたまーに居る。まぁそんな事があれば、悪魔自体は元々魂が具現化した存在なので、悪に穢れた魂を持つ悪魔が他の悪魔に、共食いされないように戦うか逃げる事になるのだが。
しかしどう噂を聞いて勘違いしたのか、そいつらのせいで人間達からは「金持ちになりたい」やら「復讐をしたい」やら「魂をあげるから、家族を幸せにして欲しい」やら「お前を使役させろ」と、随分身勝手で無茶な要求をしてくる奴らが居るが。
呼び出した人間によっては、その魂を喰らって糧にする事も出来る。例えば悪に染まった強欲な人間の魂を食う悪魔……略して"強欲の悪魔"が強欲な人間に召喚されたら、そのまま魂を食べることが出来る。そしてオマケに今はフェリラを中心に人間と魔物達による戦争の真っ只中。
貧困と飢餓は心の闇を産む。
今は悪魔達にとってとても都合が良い時代であり、食いっぱぐれる事も無い。そしてここの所、よく悪魔達は召喚されるようになってきた。何故なら悪魔は精霊と同じく、魔王が率いる大勢の魔物達のコミュニティから外れているからだ。
……なので意外とレッテルも、悪魔たち本人にとっては実はそこまで悪くないのかもしれない。
ただ今回は見た所、戦火とは全く関係の無い現場のようなので、フェリラよりも遠い国なんだろうと悪魔は一瞬で分かったが。
悪魔は自分の体質に合った穢れの持つ魂しか食べられず、それ以外は拒絶反応のようなものが起きるので、むしろ体に悪影響。
なので今2人の目の前に居る悪魔は傲慢の悪魔という事であり、傲慢に穢れた魂しか食べられないという事だ。
……まぁ、紛らわしいからこそ、こうして悪魔達は勘違いされてしまったのだが。とはいえ、あながち間違いでもない。体質が決まるのは、その悪魔本人の性格や性質、そして状況などによって決まるのだから。
悪魔達の名誉の為にも読者達に一応伝えておこう、基本的に悪魔達は悪い奴らではない。……善人しかいない、という訳でもないが。
悪魔は魂を食べ終わった後、魂を特殊な瓶に入れると、帰ったら瓶の中に入った嫉妬の魂を仲間の悪魔に食べさせる事にした。そして家の隅で震えていた幼い人間の兄妹に目を向ける。
「……僕を呼んだのは、お前達だな」
夕方頃に起きた、一瞬の出来事だった。
大した金の稼ぎも無いくせに、亭主関白を気取りながら妻や子供に暴力を振るって見下す父親と、友人と自分を比較して嫉妬のあまりに友人の夫を寝取った母親。
母は優しく庇ってくれたこともあったが、段々と自分たちをないがしろにするようになり、今では視線にすら入れて貰えなくなりとうとう見捨てた。何もかもが冷めて、疲れてしまったのだろう。
両親はお互いに自分のことばかり。喧嘩も絶えないようになり、とうとう不倫の事が父親にバレた。
そして母はとち狂ったのか、父親に襲いかかって状況が混沌としていった。しかし所詮はただの女、力仕事をしている父親には勝てる筈もなかった。激高した父親は母親をボコボコに殴りつけ、更にその晴らしきれなかった鬱憤を自分達に向けようと近づいた。
そんな時、兄はどうしようもなくなったもしもの時の為の、悪魔を呼び出す為の本に書いてあった魔法陣を書き写した紙を出して必死に魔力を込めた。とても拙く、線もガタガタ。魔法は知識というものが必要だが、人間は悪魔の事を大して知っている訳でもない。だが魔法で最も重要で必要なのはイメージ力。
悪魔が来るという想像を強く頭に思い浮かべて魔力を込めれば、本当に悪魔は来るのだ。
そして召喚されたジャレッドはすぐさま穢れた魂を持つ人間を視認すると、一瞬で頭を切り落としていた。こと切れた両親はそのまま重力に従って倒れると、頭がズルリと首から離れて転がった。
死体と目が合って子供達はビクッとしながらも、目の前に居る悪魔を震えながらじっと見つめていた。
悪魔は自分を召喚した主に近づくと、拘束魔法"スカフ"で死体を引きずり、部屋の中央で炎魔法トオンを使う事により燃やした。炎は黒く、燃え盛る。
そして子供たちのすぐ近くにあった父親の頭を邪魔そうに燃えている炎がある方向へ蹴り飛ばし、それから子供達に視線を合わせるようしゃがむ。
「……知っているだろう、悪魔は召喚した者にとって最も大切なモノを奪う存在だ」
「っ!!」
別にそういう訳でもないが、事を簡単に進める為にはこう言っておいた方がいい。
「それがどういうことか、子供でもよくわかる筈。分からないとは言わせない」
子供の兄にとって、一番大切なものは妹だった。そして妹もしかり。
「よって、僕はお前達の"命"を貰う」
そう言うと悪魔は魔法陣を展開し、それを強く発光させる。子供達諸共その家から一瞬にして消えると、背後で燃えていた黒い炎は骨も残すこと無く燃やし尽くしていた。
「「「「おかえりママー!」」」」
気が付けば、とある不思議な場所に居た。
そこはさっきまで太陽が落ちかけていた夕方の筈なのに、太陽のような光に照らされている。そしてとても特徴的でポップな沢山の家がある村で、かなり土地が広い。畑や果樹園、近くに川や普通の大きな森などもある。特徴的な街灯などや様々なお店や施設も完全設備。とても暖かい印象のある場所だ。しかし村を囲う柵の外を見てみれば、夜中のように真っ暗。
そして驚いた事に、その村の住民は全員10代前後の子供しか居なかった。しかもそんな子供達が、自分達を攫った悪魔に対して「ママ」と呼び、しかも全員が嬉しそうな表情で取り囲んでいる。
しかしどう見てもその悪魔は自分達よりも年上な少年にしか見えないのだ。なぜそう呼ばれているのか、不思議で仕方ない。
「ママ、もしかして新しい家族を連れてきたの?」
「今日新しく増える家畜仲間だ」
「えっ!?」
いくら子供でも、家畜という言葉の意味は分かっている。兄は妹を守るようにして抱きしめると、家畜として連れてこられた兄妹に悪魔はそんな様子を気にした風でもなく、口を開く。
「何も出来ず、食われるのを待つだけの家畜であるお前達に、この僕が直々にここでのルールを教えてやろう。
まずひとつ、ここに住む人間にとって僕が全てであり頂点。家畜であるお前達に人権などあると思うな。僕の命令は絶対、逆らう事は許さない。一つ命令違反をする事に拷問という名の罰を与える。
ふたつ、僕は馬鹿が嫌いだ。何故なら馬鹿は不味いからだ、馬鹿な家畜には食う価値も無いと思っている。まだ生きていたければ、さっさと僕に自分の価値を見出させろ。もっとも、今の家畜以下であるお前達ができることはたかが知れているが。
みっつ、裏切りは許さない。僕に嘘をつけば直ちに裏切りだと判断する。僕には嘘が分かる、つくだけ無駄だ。
よっつ、家畜同士で程度が低く醜い争いをするな。
いつつ、家畜同士でいじめをした、または発生した場合……僕はそのいじめの首謀者、加担したゴミ共を食う事で排除する。何故ならそのような愚かな事をする人間の魂は傲慢に穢れ、傲慢の悪魔である僕の捕食対象になるからだ。ゴミである程に魂は美味くなるからな。
むっつ、僕は家畜を特別扱いする事は無い。あくまで全員が平等だ。いくら能力が高くとも、僕は一人だけを贔屓するような事は無い。何故ならここでは僕が唯一であり、僕には既に特別が居る。そして最初にも言った通り、お前達は家畜だからだ。
やっつ、神を信仰しても構わないが……運命の神だけは絶対に許さない。
最後に家畜同士で傷つけ合うな、殺し合いや奪い合う事など以ての外。これには精神的な物も含まれ、脅す事などもその中に入っている。何故ならそれをしていいのは僕だけだからだ」
意外と多いルール説明をした悪魔に新入りの家畜二人は目を丸くすると、悪魔は二人に革製の首輪……というよりもチョーカーにしか見えないものを出して、家畜達が抵抗するよりも早く素早くそれを装着させた。
「あぁ、言い忘れていたが、僕の同行無しにこの村から出るという事は死を意味する。ここは魔界だ、僕のような悪魔以外に様々な魔者達や魔界にしか生息しない植物や生き物……つまり魔草や魔獣などが住んでいるからな」
「魔獣? 魔獣って、あの……?」
「おそらくお前が考えているのは、動物の死体が放置されてできた害獣共の事だろうが……実は魔界の動物や生き物も魔獣と呼ばれる。本当に紛らわしい……。魔者達にとって魔獣とは魔界の生き物達の事を指し、人間界で呼ばれている魔獣はキマイラと呼ぶ。
お前達も紛らわしいので、今日から人間界の魔獣はキマイラと呼ぶように。
外に出るのは自由だが、死にたくなければ村の外には出るな。
この村の物は僕の機嫌を損ねなければ安全だが、不用意に外の植物や魔獣に触れれば、食われるかそれ以外の方法で死ぬ未来しかない。それから逃げようとしても無駄だ、その首輪が僕にお前の居場所を伝える。
ここでの生活の仕方は周りに聞いて勝手に教われていろ。精々家畜として生きる事を受け入れ、無様にも生にしがみついているといい」
悪魔の少年はそう言うと、この村でのみ使われる硬貨の入った袋、上下の服2セットを兄の方に持たせる。すると一人の少年が走ってくると悪魔を抱き締めて見上げた。
「ママ、空……直った?」
「あぁ」
悪魔は村にかけていた魔法を解くと、村が真っ暗になる。そしてポケットから透明な水晶玉のような物を出すと、それ専用の装置のような台に乗せた。すると水晶玉が赤く輝き、空を夕日に照らし始めた。
「今日は仕事がある、夜は大人しく過ごせ。遅くても朝には帰る」
そして全員に聞こえるように大きな声で伝えると、家畜達は「はーい!」と答え、それを聞いた悪魔は村の中で最も大きな家の中に入った。すると二人の新人家畜は先輩家畜達に、質問攻めをされる事となった。
「どこから来たの?」
「そんな事より血と汗とか垢で汚れてるからお風呂入らないと」
「ケガしてるから治すのが先だよ、しみて痛くなっちゃう」
「お腹へってない?」
「今日取れた果物あげる!」
「え、えっと……」
未だに状況を上手く飲み込めず混乱しながらも、先輩家畜達に体を引っ張られるがまま、兄妹は大きな施設、銭湯へ行く事になった。
「お風呂に入る子はさっきママに渡されたコインを使って入るんだよ」
「二人だから2枚出して!」
言われるがままに兄は袋から特徴的なマークの付いたコインを2枚出すと、周りも全員コインを出した。銭湯の切り盛りをしているらしい子供店長がそれをホクホク顔で受け取ると、鍵付きのレジスターに入れて「ゆっくりつかって疲れと汚れを落としてね、またね~」と声をかけた。
「あの子、簡単なものしかできないけど、韻を踏むのが好きなんだよね」
「お兄ちゃん、インってなに?」
「さぁ……??」
やはりまだ状況が分からない兄妹達を置いていくように子供達は無理矢理引っ張って男女でそれぞれ分かれさせると、全員で銭湯を案内した。薬湯の効果を教えたり、サウナのルールや使い方を教えたり、銭湯の入り方を教えた後、体を泡やスポンジで擦ってピカピカのキラキラ、髪はツヤツヤサラサラにしていた。
そして体を魔法で乾かして、悪魔に渡された自分の家畜の証であるという服(貴族のお坊ちゃまとお嬢様が着ていそうな服)を着せられると、元々着ていた服は先輩達に魔法で燃やされた。
「えっ!? な、何するんだよ!」
「だってママがね「家畜には元々着ていた服など勿体ない、家畜にはみすぼらしい服が似合いだ」って、いつも燃やして捨ててたから……」
「でもこのふく、かわいくてかるいし、ザラザラチクチクしてなくて、かたくないよ?」
「ママはひねくれてるんだ」
メガネをかけた、いかにも頭が良さそうな先輩家畜はメガネをクイッとしてそう言うと、妹は兄に視線を向ける。
「……おにいちゃん、ひねくれてるって、なに?」
「さぁ……」
それから兄妹は村の案内をされ、ここでの生活の仕方を教えられた。
この村ではほとんどが自給自足で、自分の事は自分でやって、困っている者同士で助け合う。森には鹿や猪が居て、主に肉が採れる。川は魚やしじみが採れ、畑では野菜を採る。村にある鶏小屋には沢山の鶏が飼育されていて、卵を採ったり、お祝いごとには時々鶏を絞めてフライドチキンにして食べたりもする。
この村にある森、川、野菜や生き物はママと呼ばれている悪魔の特別な力によって、普通よりも早く成長して早く繁殖するようになっている。なのでつい採りすぎて絶滅してしまう、という事も無い。
そして料理は悪魔が実際に肉や魚の捌き方から教え、家畜達はそれを真似しながら覚えていくのだ。
「「「いただきます!」」」
協力しながら料理をした後は久しぶりに楽しい雰囲気の中で食事をして、夜は30分の勉強。意外と悪魔は教えるのが上手く、勉強を教えた後は転移魔法を使って仕事をしに行った。その後は自由に過ごして、みんなで元気に遊ぶ。
なので兄はその時間にここが一体どういう村なのかを聞くことにした。
「……ここってさ、どういう場所?」
「どういうって言われても、魔界だけど」
「そうじゃなくて、ここはなんなのかって聞いてるんだよ」
「家」
話は虚しくもそこで終わった。
就寝時間は10時、起床時間は6時。夜に五月蝿くしたら、ママに怒られるのだという。
思わず鳥肌が立つ程のひんやりとした冷気を発して『さっさと寝ろ家畜共、味が落ちる』と言いながら強制的にベッドに投げ飛ばされて寝かせられるそうだ。ベッドはとても柔らかいので、それでケガをするということは無い。そして投げ飛ばされた後は寝かしつける為に、家畜達のお腹をぽんぽんしながら圧倒的美声の子守唄で歌うのだとか。
そして声に魔力が込められているのか、子守唄を聞くとどうしてもすぐに眠くなるので、先輩家畜達はその歌を最後まで聞いたことは無いらしい。
やって来たその日の夜。兄妹は色々な事があり過ぎた為、暖かく柔らかいベッドの上で横になっていても中々眠れなかった。
「おにいちゃん、おきてる?」
「うん」
「……これから、どうなるのかな」
「もしかしたら本当に食べられるのかもな……」
想像してしまい、震えながら兄妹は体を起こす。だが兄はどうしても悪魔の考えている事が分からない。分からないから、不審に思う。
「みんなヘンだよ……オトナになったらたべられちゃうのに、どうしてたのしそうなの?」
「洗脳でもされてるとか……?」
「せんのうって、なに?」
「えっと……操られてるってことだ! たぶん」
2人はきっとそうに違いないと考え、夜にこっそりと抜け出す事にした。
その為に村にある大きな厨房に行き、静かに忍び込むと包丁を手に入れると首に着けられたチョーカーを慎重に包丁で切った。思いの外頑丈だったので苦戦してちょっとケガをしたが、痛みには慣れていたのと回復魔法は得意だったので、すぐに治した。
外に出てふと偽物の空を見上げれば、そこには満天の星や冷たく輝く三日月が見える。この空が作り物である事を事前にこの目で見ていなければ、この空が本物ではないことを聞かされても信じられなかっただろう。
兄妹は緊張をしながら柵の向こう側を見つめながら抜き足差し足忍び足で村の外に近づくと、柵の向こう側に足を一歩踏み入れた。
……が、特に何か起こるということもなかった。警報のようなブザーが鳴ったりする訳でも無く、一応後ろを見てもすぐ背後に悪魔が来たということもなかった。
「……行こう」
兄は妹の手を握り、柵の外に出る。
すると一気に魔界らしく、怪しい雰囲気が漂う世界が見えた。村の中にあった偽物の空とは違って星や月もなく、所々地面は何故か七色に淡く発光し、その同じく7色に光る液体が所々にあって水溜まりのようになっていた。
その光と液体の正体は魔力であり、魔界を覆う強いエネルギーが光になり、液体は魔力が緩和状態になって液体状になっているからだ。そしてこれが結晶化すると魔石になり、とてつもなく硬くて丈夫で、衝撃にも強くなる。こうして魔石は作られ、ムーンライトクリスタルも同じようにできるのだ。
なので魔力が多い土地では魔法剣やアクセサリーなどが作られ、ヒエリカでは皇族の影響もあり、特に魔法剣が作られている。
ただこの液体状の魔力は波長や性質などが無であり、誰もが触れても魔力自体に毒のような害はないのだが……この時の液状になった魔力は生き物の魂に反応して、中に入り込んで肌から吸収されようとしてしまう。
そして大量の魔力を取り込んでしまうと、魔力拒絶反応・暴走性症候群にかかってしまう。この場合は暴走性症候群で、抱えきれなくなった魔力で体に異常が出てしまう。
「きれい……」
「バカ、触るな! アイツの言ってた毒かもしれないだろ!?」
思わず兄は大きな声を出してしまい、2人とも驚いて周りをキョロキョロと見回す。誰も居ない事に安心すると、妹はしょぼーんと落ち込んでいた。こうして知らずとも危険を回避し、兄はなんだかんだで悪魔の言っている事を信じていた。
何故ならここは魔界だからか土は黒っぽい紫、草は黄色やら赤、そして見た事ない深い青緑色をしていたから。そんな不思議な世界に生えている物は確かに兄も気になるが、我慢して無視していた。
すると歩いている途中で真っ赤で背の高い葉っぱと、とてつもなく大きな花に、擬態する為なのか赤くてラグビーボールより大きなショウリョウバッタがぴょんぴょん、青と緑のこれまたサッカーボールより大きな蝶々が飛んでいるのが見えた。兄は今にも虫取り網と虫鳥籠で捕まえたい衝動に駆られるが、もしかしたら危ないバッタや蝶々かもしれないので見ているだけで我慢した。
そんな時、見ていたバッタが横からシュッと、草むらに引きずり込まれ……そしてバッタを取った正体が草むらの中から現れた。
「でっか!?」
「きゃーっ!?」
妹は兄の後ろでぷるぷるしながら、お食事中の自分たちのへその高さより大きい昆虫界のハンターを見る。そう、誰もが知っているあのカマキリだ。ただ生きたままバッタを頭から齧っているし、大きいのでなんかグロい。妹は涙目で捕食シーンを見ていた。
カマキリはバッタを食べ終わると、兄妹達を見てスッと、カマを畳む。
「アレって確か、獲物取る時の……」
「お、おにいちゃん……カマキリってバッタをとるのはやいんだね……」
「に、逃げろーっ!!」
そう言って兄は妹を連れて走ると、さっきまで妹が居たところにカマが伸びた。兄妹達は危うく本当に家畜としてディナーになり、美味しく食べられるところであった。
2人は夢中で走って逃げると、カマキリを撒いた先にツノの生えた大きなウサギが居て、そのカマキリを食べてしまった。そして今度はウサギに追いかけられ、そのウサギが大き過ぎるワシに食われたり……そして魔法を使って何とかワシから逃げ切ったところだ。
この短い間に食物連鎖という言葉の文字通りを実際に目の前で見る事になってしまい、大きな岩の隙間にある狭い場所に隠れながら、息も絶え絶えの状態で休憩。ただ夢中で逃げていた為、完全に兄妹はこの時点で迷子になっていたのだった。
「はぁ、はぁ……な、何とか逃げられた……助かった」
「でも……これからどうするの? どこにいけばいいの?」
「……それ、は」
「たべものだってないし……そもそも、どうすればマカイからでられるの?」
勢いのまま行動して今に至るが、今更ながらに兄は深く考えずにここまで来てしまった事を、実に後悔していた。もう少しよく考えてから行動していれば、情報があれば……今頃こんな事にはならなかっただろう。
だがその勢いがあったからこそ、あの悪魔を召喚する事ができたのだが。
とはいえ兄はずっと本来であれば安心できる筈の家で、安心できない環境に妹と居た。妹を守れるのは自分だけであり、周りの大人は見て見ぬふりか「可哀想」という同情をするだけの視線を受けた。
時々偽善でケガを見知らぬ大人に治されたことがあったが、やらない善よりやる偽善とはよく言ったものだ。まだ相手に何かしらの考えがあって近づいていると分かる為、まだその後の行動もどうすればいいかを考えるのが簡単だ。
……だからこそ、他人は信用出来ないという思考の元で行動をするようになってしまい、結果的に今のような状況に陥ってしまったが。
兄にとって、あの純粋に悪魔を慕う顔と目が怖かった。まるで幸せで仕方ないと言っているかのようで。
「マカイからでたら、そのあとはどうなっちゃうの?」
「……」
「ねぇ、おにいちゃん……」
不安そうに尋ねる妹に兄は、口を開こうとして噤む。するとその時、外は強い風の音と共に何かが羽ばたく音が聞こえた。
「「!!」」
そして隠れていた場所の岩は地面から離れていき、兄は震えた妹を無理やり引っ張るようにしてその場から避難する。すると岩は落ちてきて、地面に落ちると割れた。その衝撃は大きな地震が発生したのではないかと思う程で、そのあまりの衝撃に2人は転んでしまった。兄は妹を連れて逃げようとしたが、体が恐怖で震えて動けなくなっていた。
あのワシが自分達を食べる為に、地面に降り立とうとしている。恐怖でしかないこの光景に、体が硬直してしまっていたのだ。
「い、嫌だ……!!」
「だれかたすけてぇっ!!!」
「全く、世話が焼ける家畜共だ。言っただろう? 自由に村の外へ出ても構わないが、死ぬと」
「な、なんで……」
「あっ……」
そんな時、いつの間にかあの悪魔が傍に居り、兄妹達を見下ろしていた。悪魔はワシを一瞥することも無く、剣でワシの頭を切り飛ばすと炎魔法で燃やし尽くす。
「……何故だと? 僕に二度も同じ事を言わせるな。僕は悪魔であり、お前達は僕との契約で命を捧げた身。お前達がいつ死ぬかは僕が決める事、何処に行こうが決して僕からは逃げる事もできない。
そしてたかが身体だけが大きく進化した鳥風情に、僕の家畜を勝手に食い殺されるのが実に不愉快だっただけだ」
悪魔はそう言うと、転移魔法を使って村に移動。そして兄妹の腕を引っ張り、2人とも乱暴にベッドに投げ飛ばした。やわらかいので衝撃をよく吸収するベッドは、兄妹達にケガをさせるような事は無い。服といい、ベッドといい……決して安くはないだろう。
「きゃっ!」
「うわっ!? な、なにすんだよ!」
「……さっさと寝ろ、家畜風情が僕の手を煩わせるな」
だから兄は分からなかった。何故、自分達を家畜と言う悪魔が普通の親が子供に与える以上に様々で沢山の物を与えているのか。その目的はなんなのか。
分からないから、怖かった。逃げようと思った。今だって何をされるか、分かったものではない。
そう不安に駆られていると、悪魔は口を開いた。だが今回出てきたのは罵倒ではなく……歌声だ。
発音が聞いたことの無い言語で歌っている為、どんな歌詞かは全員が知らない。その歌はとても慈愛に満ち、どこか悲しい印象を受ける歌だった。
確か、眠れない時は歌ってくれるんだったか。
そう思い出しながら、2人は何故か不思議と抗えない眠気が急にやってきて、そのまま眠っていた。
「……」
規則正しい寝息が聞こえ始めた所で、ジャレッドは兄妹の頬をツンツンし……目を開けなかったのを確認した所でベッドに腰掛ける。
「おやすみ」
そしてジャレッドは決して自分の家畜達が起きている時には聞かせない、優しい声でそう言うと兄妹の頭を撫でた。
「アンタ、結構上手いんだな……歌」
「……勝手に不法侵入した挙句立ち聞きとは、随分と無礼な猫だな」
悪魔は後ろに居るネロに視線を向けることも無く不機嫌そうに言うと、ネロはそんなジャレッドに近づいた。
「いいだろ、俺とアンタの仲なんだしな」
「ただの知り合い程度だ」
「でもちゃんと悪魔としての生き方を教えてるだろ? 面倒だけどな……これからはさっきの歌を報酬にしてやってもいいぜ」
「黙れ」
ピシャリと言い放つ罵倒にネロは「ははっ」と笑いながら全くダメージを受けていない様子でジャレッドの隣に座る。
「それより、急に居なくなるから驚いて来てみれば……まさか、アンタの所の子供が脱走するなんてな。もう少しキツく言っておけば良かったんじゃないの」
「……僕に家畜共のやる事を止める権利は無い」
「でも連れ戻した」
「目の届く範囲で死なれたら夢見が悪いだけだ」
「アンタはもう寝れる体じゃないだろ」
「…………粗探しをするなら帰れ」
ケラケラとからかい、ネロはゴスゴスとグーで叩いてくるジャレッドの攻撃を甘んじて受けながら言った。
「やっぱアンタは悪魔になっても変わらないな、ジャレッド────いや、■■■」
あとがき
皆さん、安心してください! 同じ作品ですよ!!