チュートリアル用のチョロイン幼馴染に転生してしまった 作:水性さん
アレくんが自分の一番得意な魔法を使うぜ。
アレスはエリオの魔力が強まり、これから移動魔法を使うのかと心の中で呟いた。地下以外には魔力がまったく感じられない事から、もう死んでしまっている人以外は全員移動したのだと理解する。
だが地下から魔力を感じた大鷲は逃がさないとばかりに風槍を作り出し、地面にぶつけ始めた。
「(皆殺しにするつもりか!!)」
そうはさせないように瓦礫の中を走ると地面を蹴り、一気に近づこうとする。だが体力は随分と削れていた、素早さが下がったアレスの動きは既に読まれる程に落ちていた。そして今度は大鷲に翻弄されつつあった。そして魔力も残り半分を切っている。出血によって動けなくならないようこまめに傷を治しながら囮をしていたので、消費する魔力も増え続けた結果故にそうなった。痛みを感じやすいのは頭や目。特に神経が集中している場所だ。そして少しでもこちらを有利にする為にも、なるべくそこを叩いておきたい。
「フィリン!!」
身体能力を強化させる魔法を唱えると、力が漲るのを感じる。ただ、この魔法は意外と効果が短い。何せ、今の自分が使えるのはたったの5分しかない。他の兄弟よりも体は頑丈でもなく、とても未熟で年齢にしてはとても小さいのだから。魔力で体の潜在的能力を引き出しているようなものなので、それ以上は筋肉の繊維がプチッ プチプチッ プツンッと切れてしまう。その間はまた酷使した体の状態をまた魔力で戻す必要がある。いわゆる、クールダウンの時間が必要だということだ。
だが、アレスは焦り始めていた。この大鷲はいくら魔法を撃っても、まったく疲れを見せていないからだ。再生能力を持つタイプの魔獣だというのにも関わらず、だ。魔力切れを起こせば、魔力によって再生する魔獣には致命的だ。なんせその圧倒的なアドバンテージを活かし、物理で特攻するような魔物も中には居るからだ。ただこの大鷲は魔法をあれだけ使っているのにも関わらず、少なくないダメージを防ぐことも避けることもなくモロに受けている。
そして魔力が込められた攻撃には再生速度は落ちるものの、十分に早い。とはいえ、ここに来る前に受けた傷は一体どれほどの魔力と威力が込められた攻撃を受けていたのだろうか。それを今では完全に治しているところを見ると、やはりバケモノと言ってもいい量の魔力だ。そんな化物が、家族や村の人々が居る地下に向かって魔法を使っている。ゴリゴリと地面は削れていき、いずれ数分でもしたら到達してしまうほどの速度だ。
決して洞窟も地上に近い場所にある訳ではなく、100mもする深い場所にある。
でも今更だけどそんな深い場所にでも行けば、酸素が足りなくて死ぬんじゃね? とか。絶対に寒いだろとか思った暇人の読者たち、大丈夫だ安心しろ。この村は超金持ちな傭兵パパを持つ勇者たちの故郷。パパが考えてない訳が無い。魔力で動いて酸素を作り出すアーティファクトと、暖房器具として使える
そしてこの村の半分は魔人族なので、魔力切れで酸欠死と凍え死をすることは無い。だが恐らく絶望的なシリアスムードで地下は大変な事になっているというのに、きっと地下からも聞こえる揺れと音で大混乱になっているだろう。と思っていた。実際にそれは大いに不正解、大負正解なのだが、それでも揺れによってエリオの集中力が途切れてしまう。あの優しい兄の事だ、心配でもして集中できないだろう。実際には主に別の原因なのだが。
とにかくなんとしてでも、阻止する必要がある。アレスは
ただちゃんと右目を刺したのはいいが、肩の筋肉が切れてしまった。アレスのHPは一気に25%削られ、ドラムカウンターが回り始めた。ボロボロの服から見える肩は、内出血で赤く腫れ上がっていく。
「ぐっ……」
痛みで体が動かなくなりそうだが、アレスは止まることなく死角になった右側に走り、大鷲に近づくと切りつけようとした。
だが痛みによって余裕を無くした大鷲は本来の力を発揮させ、先程までわざわざ手加減して放っていた風槍をしっかりとアレスに当てた。抉り切り裂くように風は動いているので、肩だけではなく腕も肘までもが抉れてしまう。
「あがぁッ!!」
そしてボトリ、と地面に嫌な音をさせて自分の腕が落ち、バランスを崩すと右側に体が前へと倒れる。地面に赤いシミを作ると、徐々にそれは広がっていく。あまりの痛みで気絶しそうだが、それでは言わずもがなあの世行きだ。だが、幼いころから父親から受けていた地獄のような鍛錬で培ってきた精神力で、何とか意識を繋ぎ止める。そしてアレスは回復魔法のヴィルートを心の中で唱えると、応急処置程度に出血を止めた。
バランスが取れない状態でなんとか鉄の剣を杖のようにして立ち上がろうとするが、剣は刃の部分が砕け、割れている。体力を消耗しない為に魔力を込め、魔法を切って防いでいた証拠だ。魔力を込める事は剣が丈夫になるわけでもなく、剣をあともう一本持っているかよほど丈夫な剣でもない限りやらない方がいい。そして切るというよりも、魔力で打ち消すような感じに近かったりするので魔力は減ってしまう。魔法剣であれば魔法を斬ることは可能だが。
するとエリオの移動魔法がようやくここで発動し、一瞬で魔力が消えるような感覚がした。
やっとか、という気持ちで息を整えると、なんとか魔法で体内に侵入したナイフを魔力で押し出して取り出そうと奮闘している大鷲が見えた。ナイフは大鷲にとっては折れた細い棘のようなものなので、あまり痛まないように取り出すのには時間がかかっていた。その間に魔法でボロボロになった体を動ける程度には癒すと、アレスは母親から貰った魔法剣を壊れた鉄の剣と持ち替える。
《アレスは壊れた鉄の剣を捨て、ルナ・マジック・リアを装備した》
すると柄の部分がアレスの魔力が供給された事によって、柄がカシャッという独特な音を出して変形する。そして幾何学模様はいくつもの魔法陣になり、橙色に発光し始めた。柄は黄色に近い橙色に変色し、そして刃に魔力が通っていく。柄に近い部分から半透明な橙色の刃が目に見えるよう具現化していき、剣先になるほど透明度の高い宝石のような刃が現れる。自分の魔力によって輝く刀身はとても神秘的に見え、剣先は透けて消えているようにも見えた。そして刃はあまり見ないような形をしており、突きをする為にある筈の剣先が若干扇形のようになっていた。魔法陣をよく見てみれば幾何学模様によって、自分の意思で刃の具現化の仕方が変化するようになっている仕組みにされている事がわかった。
「(……なるほど、魔力を込める事で刃の部分が具現化するのだとしたら、今僕はただ奴を"斬る"という事を強く意識している。だから突く事を意識したら、透明状態の刃は具現化し、針のように細く返しができるのか)」
それによって、刃を具現化する為に消費する魔力はある程度抑えられるという事。応用すれば他の用途にも使えるかもしれないが、それでは剣が泣きそうだ。そして剣に付いている名前の由来として、月を表すルナは月の光が発する魔力を吸収して大きくなる鉱石が原料だからだ。原料であるムーンライトクリスタルは、月の光に含まれた魔力を吸収しながらゆっくり成長し、太陽が登ると姿を消す。まるで太陽を嫌うように消えるその様子から、別名ではゴーストオール、ゴーストクリスタルなどと呼ばれる。
大気や光など、月の魔力が集まりやすい特別な場所でしか採れない貴重な鉱石だ。夜でしか見れないものの、角度によって変わる青や黄緑色の輝きは、コレクターな魔物達の間でもかなり有名なもの。強大な自然のエネルギーによって作られた宝石のような鉱石は恐ろしく硬く、刃こぼれする事も無い。加工しようにも硬すぎる以前に、発掘する側でも自ら材料を取る高度な鍛冶職人としての技術を持つドワーフでもなければ、原石を掘ることもままならない。つまり、人間が作るにはほぼ不可能と言ってもいい代物だ。
魔法ですらキズ1つ付かないような武器だが、切れ味も高いという訳ではない。魔法剣らしく持ち主の魔力、込める量によって切れ味と威力が変わるというもの。そして母親が簡単にとはいえ説明した通り、盗難などの防犯の為にも、アレス以外の魔力では具現化しないようになっているので心配は要らない。何故そんなスケルトン船長にも負けず劣らない、高価そうな剣を母親がさっきまで持っていたのかと言うと、やはり父親が世の中で名を轟かせる程の腕のたつ傭兵で、しっかりと稼いでいたというのがある。
剣をまず試しに1度振ってみると、何故かこの剣が自分にとても馴染んでいるような気がしてきた。何故なのかはわからないが、きっとそういう構造になっていて、自分に限りなく合わせたんだろう。よくは分からないが、気のせいだと思う事にした。
そしてナイフを取り出した大鷲は獲物を逃がしてしまったのが残念だったのか、イラつき始めていた。アレスの方を向くと、怒気を含んだ目で風槍と炎槍を夜空に浮かべる。分裂するように増える攻撃魔法は、一見すれば絶望的な光景を見せつけてくるようだ。そして大鷲はもう飽きたのか、この遊戯を終わらせる為に灰色の槍を一斉に落とす。
だがアレスはそんな中、目を閉じて精神統一をしていた。
魔法陣のそして心の中で唯一、自分の最も得意とする無属性魔法を唱える。勇者には最も無縁なもので、RPGでは悪役や魔物が使うのが定番なもの。凶悪で最大の、現代で最も身近な武器。
薄く目を開きながらもしっかりと大鷲を見据え、血を吐きながらも魔法の名を呼んだ。
「……シアン」
すると大鷲はアレスに当たる一歩手前、別の何かに当たるのが見えた。それと同時に異様な音と共に放った魔法が綺麗さっぱり消えた。ブラックホールに吸い込まれたのでは、と錯覚してしまいそうな程だ。灰色の炎が全て吸い込まれたように消え、大鷲は徐々に困惑し始める。いくら魔法を当てているというのにも関わらず、アレスの姿が見えるかと思えばまるで蜂蜜のような色合いと、若干ドロドロしたような透明度の高い橙色の液体が、まるでバリアのように守っていた。とはいえ、液体なのでよく飛び散る。地面や顔にべちゃりと付くと、地面だけがシューッという音を出し始め、絶対に吸ってはいけない気体を発生させる。顔に付いた所はすぐに元の魔力として還元した。
そう、つまりこれは ”毒” だ。本来勇者が使うような魔法ではなく、主に暗殺などに使われ、RPGでも定番中の定番なデバフとして使われることが多いかなり地味〜なもの。麻痺よりも存在感は薄く、ごり押しで戦って勝った後にメニュー画面に行き、魔法で癒すような作業をさせるためだけにあるようなもの。じわじわとHPを削るだけの、とにかく地味で中々いやらしいもの。一般的には状態異常にするか、水のような流動性のものと、あらゆる攻撃魔法に毒という効果を付けるだけの魔法。
だがそれは、大鷲にはどんな武器よりも恐ろしく見えていた。本能から感じる警告音が、脳内にけたたましく鳴り響く。何故魔法が効かない? 何故、自分が命の危機を感じているのか? 大鷲の頭の中ではその二つがぐるぐると回っていた。
今まで自分の手中で踊っていた自分の玩具が、氷のように冷たい目でしっかりと標的を捉え、毒牙を剥く。
そして大鷲は正常な判断ができなくなり、先程よりも更に風槍と炎槍を降らせた。しかし灰色の質量を持たない槍は、守るようにドーム型になった猛毒によってアレスに当たることなく溶けていく。質量を持たないというのに、毒は炎や風を溶かしていく。
そんな中本当に自分が残ってよかった、とアレスは思う。
もしハイドだったら、炎で焼いても肉体は魔力の限り死ななかっただろう。肉体が残れば、その分魔力が残る。心臓を破壊されようと、頭を落とされようと肉体が粉々になるまで死ぬ事は無い。
ただ大鷲は自身の持つ魔力以外にはめっぽう弱く、再生速度が落ちる。そして痛みは感じるようなので、気絶しない事も無い。とはいえこんな巨体を再生できなくなるまで焼き尽くすのは魔力がまったく足りない上、魔力量オバケの怪物が仮に気絶していても仕留めきる事は無いだろう。しかも魔力を徐々に回復してしまう。
魔獣は人間とは違い、とにかく生き残る為の生命力が強い。なので気絶したとしても、体力や魔力を回復させてしまう。そして更にこれは人も共通だが、息を吸う事で大気に含まれた魔力を少しずつ吸収することができる。なので実際は堂々巡りだ。その上大鷲にはエリオの魔力の性質や波長を知られ、恐らく覚えてしまっただろう。普段通りにしていても、人数的には少ないとはいえ魔力を察知できる人間や人でもあり魔物でもある同族の魔人達には街の中でもハッキリと感じてしまう程の魔力を持っている。
今頃は魔力を使い果たしていたとしても、寝て次に起きた時には(体調にも寄る)また強い魔力を感じるだろう。もし、大鷲が復活して追ってきてしまったら。追ってこれなかったとしても、いつか強い攻撃魔法を使った時に気づいて、その場に来てしまったら?
とても面倒な事この上ないだろう、そしてそこが大きな街の近くだったとしたら。もし大勢の魔獣が街を襲いに来ていたとしたら、村の二の舞になる。いや、今以上の被害が出るだろう。それだけはあってはならない。
アレスは毒を魔法で少し発光させながら生成し、ソフトボールくらいの球体のようになって大鷲に毒の塊が飛んで行った。
大鷲は逃げようと畳んでいた大きな翼をようやく広げ、羽ばたいて逃げようとする。だが、もう時すでにおすし。ドクンと心臓がやけに強く鼓動したかと思えば、体が感電したように痺れ始め、焼けるような痛みを感じ始める。
もう一度毒の魔法について説明すると、この魔法はまず無属性の状態異常を起こす魔法、つまりステータス異常、あと他の言い方ではバッドステータスなどを引き起こさせる魔法に分類される。
主に用意しておいた水を毒に変えるのが一般的だ。そしてゲームの場合は体内に含まれる水などを毒素に変える事で状態異常を起こしているが(作者の想像)そうして使うのは難しく、あまり強い毒を作る事ができない。戦闘時では体が無意識に緊張したりするので、血の巡りが早く毒が回りやすい。
だが、それでは人間に効いても魔物相手にはあまり通用しない。大鷲のように再生能力がある魔獣や、毒耐性のある魔物、魔物の中でも特に生命力が高い魔物。特に生命力が強い魔物は、自力で毒を解毒してしまう。その上すぐに肉体に耐性を付け、元々無かった耐性を得てしまうだろう。
しかしアレスはまだ10代にもならない幼い頃、父親から課せられた鍛錬という名の、命懸けなサバイバル生活で毒と酸、アルカリ性の溶液が持つ有効性に気づいた。
サバイバル生活をしていたのはアレスだけではなく、ハイドやエリオも同様だが……サバイバル生活についての話はまた別の機会にでも話そう。とにかく、アレスが居た場所はと中でも別格であり、異質だった。魔物は様々な毒や溶解液を持ち、常に死と隣り合わせ。少しでも怪我をすれば、すぐに状態回復の魔法をしなければ死ぬ。
もちろん何度も死にかけた、そしてアレスはどっぷりと毒につかる毎日だったので体は自然と耐性を得ていった。しかし最悪な衛生環境だった為、よく体調を崩したり、感染症にもかかったが。ある日アレスは毒物・猛毒耐性《強》と溶解液耐性《強》、感染耐性《強》の技能が付いていた事に気が付き、考えた末に思いついた。魔獣や魔物達のような毒と溶解液を両方再現出来れば、有効な属性など関係なく戦えるのではないかと。
そしてアレスは攻撃魔法の水魔法で水を生成し、それと同時に水を毒の魔法によって猛毒に変換させ、それに酸の効果を付けた。もはやオリジナル魔法のような毒の魔法を編み出したのである。元は水属性だったが、植物毒(木属性)鉱物毒(土属性)生物毒(無属性)などのそれぞれ元の属性と要素が色々と合わさり、それぞれ派生としてできている毒と酸の魔法で完全に無属性化されていた。
本来魔法は属性などがあり、防ぐ方法も属性などを利用したりすることもできる。なので先程風や炎などに対し、土属性の魔法か防御のバリアを張ることができるカルゾーンを使い、防ぐべきなのだがどんな属性に対し万能に立ち回れ、かつ毒と酸があまりにも強い特殊効果を持つ為に防ぐことができたのである。
そもそも毒とは生物の生命活動にとって不都合を起こす物質の総称の事を指す。なので酸も毒ではあるのだが、効果としては少し違うので酸は毒の派生というようになっている。
身近なもので何が毒に含まれているのかと言うとニコチンやタール、お酒も飲みすぎると体に毒だ。そして人によってはアレルギーを起こし、身近な食べ物も毒となる。水アレルギー、色アレルギーの原因となる染料や雨水なども毒になる。
毒というのは様々で、この世に存在する物質は、一人の人間に害の無いものはひとつも無いと言われている。それは魔物や魔獣も同様だ、そこでステータスに限りなく害のある効果を思いつく限りに想像し、イメージだけで作り出したのがアレスの毒魔法である。そして毒についての知識を頭の中に知識として取り込ませるようになった。ついに数ヶ月前、魔物達の弱点を見つけることに成功した。
中でも特に強力な毒魔法は、魔力を溶かす溶解液だ。元々は、魔力によって動くゴーレムやスケルトンやスライムなどの魔物達を破壊、壊す為に作られた危険な毒で、製造方法も難しく機密情報とも言われていた。しかしアレスはそれを再現し、それを更に強力にしたのだ。
触れるだけで物や魔力を溶かし、再生能力を使えないようにする。そして溶かした時に発生する魔力の塊である猛毒ガスは呼吸によって取り込まれ、更に体内の中に侵入し拒絶反応を起こす。その上大気に含まれるガスを取り込んだ時に、空気中に含まれる小さな魔力を自分の魔力として変換させ魔力を作ったり溜める為の器官、魔力生成器官の細胞を破壊する。そして様々なアレルギー物質が体を蝕み、アナフィラキシーショックを引き起こす。
更に危険ドラッグや薬物の大麻や覚せい剤、シンナーなどを使用した際の、幻覚や発狂、脳の細胞の破壊などの異常すらきたす。
とても凶悪な魔法だが、その分消費魔力はとても多い。とはいえ、魔力に頼りきりな魔物には効果は絶大だ。空も飛べず、大鷲はただ苦しむ事しかできない。そしてアレスはルナ・マジック・リアを握り直し、苦しみ絶叫をあげる大鷲に向かうと地面を蹴った。
「消え失せろ」
醜い鳴き声にはもう心底うんざりしてきていたので、思わず勇者には相応しくないような言葉を言っているような気がするが、そんな事知った事ではないとばかりに、無表情のまま緑の月のような眼をした勇者は、冷たい視線を大鷲を射抜いていた。
そしてアレスは頭に剣を振り下ろし、自分の魔力全てを込めた魔法剣の切れ味は、並みの剣をはるかに超えて、
そして大鷲はバターを切るようにして縦に真っ二つに切り裂かれた。切り裂かれた断面からまた、剣に付与された橙色の猛毒が肉体を溶かしていく。
攻撃魔法がそのまま属性付きの剣になるという話だったが、どうやら剣はアレスの毒魔法を攻撃魔法として認識しているようだ。それほど強力だったのか、元の水魔法の性質を微量に感じているのかはわからないが。大鷲の体はみるみると溶けていき、巨体が倒れる前に消えるようにして巨体が視界から消えて無くなった。勢いあまって地面も溶けていく。
そして限界を迎えたアレスの体は前にぐらりと揺れ、地に伏した。応急処置程度に止めていた血は傷が開いてしまった事により、再び流れ出した。ここで身体能力強化の魔法、フィリンの効果が切れた。先程大鷲を切る時、動いたことにより、筋肉の繊維が切れてしまっていた。もう腕も動かすこともできない。
だが、まだ死ぬわけにはいかない。まだ自分は生きている、まだ自分は何も成しえていない。僕は勇者として人々を助けなければ、使命を全うしなければ。
両腕で起き上がろうとすると激しい痛みが襲うが、無くなった筈の右腕の痛みも感じていた。いわゆる幻肢痛というものだろう。
「うぅっ……」
あまりにも酷い痛みに真珠のような玉の脂汗が浮かび、目の前には火の海だ。とはいえ、今の今まで夢中のあまり、まったく気づかなかったが。
そういえば足が火傷したような痛みがする。まったく、夢中になると周りが見えなくなる癖はいい加減に直したいんだが。火傷しているのにも関わらず魔法以外の炎には気づかないとは、僕もまだまだだな。と、こんな状況だというのに反省していた。
こうしている間にも血は流れ続け、徐々に意識は遠くなっていく。
すると、近く……上から何者かの気配を感じた。
「(……何故だ? ここには数年経とうと、近づくだけでも命を落とすようなガスが漂っているんだぞ……?)」
そして顔を上げると自分の目の前に、音もなく上から風の音とともに現れる。いわゆる、あの名台詞「親方ぁ! 空から女の子が!」という現象が目の前で起こった。しかし髪は赤と灰色の炎の光を一切反射せず、本来なら赤い光に反射して赤っぽく見える筈の髪は何故か白く見える。
そして、降りてきた少女はあまりにも美しく、一切魔力を感じない。その光景にどこか違和感を感じたアレスは感じ、まるで今が現実ではないような感覚に陥る。腕の痛みがある限り、今は現実なのだと感じることができているが。
絹でできたような長い髪を揺らしながら着地するが、不思議と足音は一切立たなかった。そして田舎に住んでいる自分にはあまり馴染みがない、貴族の令嬢達が着るようなドレスとも少し違う服を着ていた。あまり煌びやかな印象はないので、普段着として使えなくもなさそうに見える。ただ、個性的ではある。
少女は服が汚れようとも気にせずにしゃがみ、自分を見ていた。ただ、もう顔をあげることもできなくなり、体の感覚がしなくなり、視界も狭くぼやけてきている。ただ、あと少しくらいは最後の力を振り絞れば、腕を上げることくらいならできるだろう。
「……よかった、間に合った」
そう呟くと少女は自分の頬を撫でると、左手に顎を乗せて顔を上へ向けさせる。すると少女は嬉しいような、悲しいような表情を一瞬したかと思えば、少しいたずらっぽい笑みで優しくこう言う。
「ねぇ、ボクと取引してみないかな?」
目の前にいる少女があまりにも現実味を帯びていないので、アレスはまるで悪魔の取引のようだ、と思ったがそれにしてはまったく危機感を覚えない。それが普通であれば恐怖するような状況だが、むしろ逆で安心していた。
「ボクの奴隷になれば、キミを生かしてあげる」
少女は右手を差し出す。
究極の選択肢が、アレスの目の前に提示される。RPGでは今頃、メッセンジウィンドウに"はい"と"いいえ"が書かれているような状況だ。だが、実際には生きるか死ぬかの二択だ。アレスは迷いなく"はい"を選ぶように、もうろくに動かない左腕をなんとか動かし、必死に腕を伸ばす。
自分の手と少女の手が重なると、手に冷たい粒が落ちてきた感触を僅かに感じる。
そしてポツポツと雨が降り始め、アレスの視界は灰色の光で包まれた。