チュートリアル用のチョロイン幼馴染に転生してしまった 作:水性さん
アレスは気が付くと、あたり一面に色とりどりの花が咲き乱れ、雲一つとして無い満点の空の下に居た。そんな場所で白く神々しい服装をした金髪の女性が、白いガーデンテーブルセットでお茶を飲みながら優雅にくつろいでいた。だがそこは現実世界では無いのか、自分の体はほのかに発光して透けていた。右肩と腕もある。
そしてティーカップを置くと、女性が自分の方を見る。そして「……あぁ、今回は本当に失敗作の中の失敗作だわ。だから”アレ”は必要なかったのよ」と、自分を冷たい目で見つめながらそう言う。ドM相手ならご褒美万歳なのかもしれないが、そう言うわけではないので不快感しかしない。たださっきからどこかで見たことがあるような、初めて会う気がしなかった。なつかしさのようなものも感じる。
「一つ前の勇者は本当にろくでもない低俗な女だったから、次に期待してみれば……。今回の勇者は穢れた血が入っている上に、まさかこんな事になるだなんて。……そう、正しいのは私よ。私はいつも正しい選択をしてきたの、間違えていないわ」
女性はそうブツブツと呟き、アレスはまるでここに存在していないかのように無視して、何かを考えている様子だった。そんな風にマ〇フォイみたいな風に言われる筋合いは無いが、自分の前世……先代の勇者については彼女の記憶を三分の一受け継ぐ形で知っている。
確かに思い返してみると、そう言われても仕方ない。まず格好が露出度が高く、完全に痴女。髪は美しい金髪で、176cmという高身長な大人のお姉さんだった。顔だけはまさに女神だが、戦闘狂である。嬉々として自分に襲いかかる魔物を皆殺しにしては、その後は優雅にバスタイム。とにかく怪力で、戦っている最中に武器が壊れる事もしばしば。
そんな時は相手の武器を奪って自由自在に使いこなし、魔物の断末魔を聴きながら頬を赤く染め、恍惚とした表情をしながら踊るように戦う。なのでその様子はさしずめ、死の舞踏会と言ったところだ。
ハイドによると先代は大人な男が大好物で、とにかく……ものすご〜く、男をモグモグするのがお好きだったそうだ。……もちろんエッな意味で。
別の街に行けばダンディーな男を片っ端から誘惑してはパクっとして荒らしたという、しかも彼女持ちだろうと結婚していようとお構い無し。複数の男をほぼ毎日ぱくりんちょしている、経験豊富すぎる人だ。更には自主的に貢がせるという、誰がどう見ても聞いてもやばいお姉さんである。少年や年相応な青年を食べないだけまだマシ……? なのかもしれないが。
その時の記憶が全てハイドに入っているので……オープンなスケべぇになってしまうのも、仕方の無い事……なのか? いや、でもあくまで彼女の記憶なので、実際には男が何もできずに咀嚼されていく様子を見ている事になる。その時のハイドの心境は、一体どんなものだったのだろうか……。
そして、そんな彼女は自分にとってもハイドやエリオにとっても、ある意味過去の自分自身という訳なので……なんとも言えない。色々と規格外なので、先代の勇者がどんな人だったのかと聞かれる事も多い。ずっと過去の勇者も、また過去の自分なのだから。……とはいえやはり一つ前の代という訳で、ハッキリと思い出せるのが彼女の記憶だ。しかし、何故自分がそんな事を言われなければならないのか。ふたつ、思い当たる節はあるが。
「……それは、僕が魔人族だからか」
「穢れた血が、許可なく私に話しかけないでくれるかしら」
やはりマ〇フォイ的な風に言われるが、ここまでれっきとした勇者であるアレスにこう言う女性は初めてである。しかし、ここまで嫌う事があるのだろうか?
「ところで、貴女は何者だ? ここは何処だ?」
「2度も言わせないでちょうだい、何のために知能を与えてあげたと思っているの? ……まぁいいでしょう、これだけは教えてあげるわ。私はこの世界を作り、人間たちが崇める秩序の神よ。本来であれば夢の中で勇者に力を与え、邪神の眷属である魔物共との戦いで勝利を導く筈……だったのよ。なのに、なのになのになのになのになのにッ!!! どうしてこうなったのよ、どうして私はッ!! ありえない、ありえないわ!!!」
話を聞き、アレスはようやく前世では度々夢の中にだけ現れる女神を思い出した。それに夢の中で彼女は神に会っていたが、自分はここに来るのは初めてなのでやはりそういう理由らしい。しかし、少々女神はヒステリーを起こし、ご乱心状態の様子でアレスは困惑していた。
「ふぅ……じゃあ私の力を返してもらうわよ」
そう言うと、アレスは自分の左手の甲に痛みを感じ始める。
「っ?! あ……ぐ、うぅっ……!」
自分の手を見てみると、魔法とは違う力で自分の手が焼かれていた。腕や肩が無くなった時よりもまだ耐えられるが、やはり火傷などの痛みは相当強い。一瞬であまり見えなかったが、魔力色は人間が持つ事は無いと言われている白金色だった。そう、前々回の授業でオデルフが言っていたのを思い出す。
『白金と白銀は神の色と呼ばれていての、人間がその魔力色を持って産まれることは無いんぢゃ。特別感がやばない? やっぱりすごいのぅ。だから太陽は神のシンボル、反対に月は邪神のシンボルとも言われる。ただし、例外で魔物は邪神のような見た目をしているのもごく稀に居るんぢゃ。これも特別感マヂやばば! って感じがするのぅ』
初めて今世では女神に会ったが、それより女神はヒステリーだったのか……そんな話も様子も前世では見た事がなかった。いや、ある意味で実際には初めて会う訳では無いが、随分前の事なのですっかり忘れていた。どんな神だったかも覚えてはいない。というのも、神についての事が書かれているのは自分の故郷にある村の、祠にあるからだ。かなり古く、10年に1度の儀式の際に中に入り神に祈る重要な儀式で、アレスも参加する事になっていた。ただ、時と共に中の書物はクロウリアにて安置し保管する前に、ほとんどが読めなくなってしまったのである。
そしてそれを調べる為に考古学者夫婦のラデリ一家が幼い頃に来たという訳だが、祠へは儀式の際に他の人間を入れる事はできない。儀式の事は娘に託し、そして待ちに待った当日。深夜に儀式をする前に村は壊されてしまった。更にアレスはまだ知らないが、もう夫婦は生きてすらいない。
あまりよく知られていない女神が、何故? 何故女神が勇者の、勇者の証である紋章が刻まれた、左手の甲を焼く? 頭の中で考えていると、心臓がある場所から光の玉のようなものが出てくる。そして神に入り込む。……いや、戻っていくという方が正しい表現か。
という事はつまり、神が与えた加護。
それが取られてしまった。勇者とはいえ人間である事は変わらない為、魔王と同じ土台に立てるよう神が力を与えるのだが……。聖力が神に強制的に奪い返される事と状況が酷似していた。だが、何故だ?
そう考えているうちに痛みは収まり、徐々に火傷は消えていく。そして勇者の証である紋章が消えていた。
「本当に忌々しい力。もし秩序なんてものが無ければ、今頃殺せていたのに」
「……これが世界を創り上げた秩序の神の言葉か、これでも僕は兄達よりも勇者として使命を全うするつもりだったんだが」
「思い上がりもいいところだわ」
慣れているので酷い言われように特に怒る訳でもなく、「いや、思い上がってはいない。全ては家族の為で、お前の為だとは一度も思った事はない」と火に油を注ぐような事を無表情で言った。
すると、自分の足元がぐにゃりと変形し、黒いモヤが出てくると流砂のように沈んでいく。それには驚き、咄嗟にその場から離れようとするが、鎖が下から絡みついてくる。
「……穢れた血じゃなければ、あのアバズレの分までたっぷり使ってあげたのに」
「(今ほど僕が魔人族で良かったと思う事はないな)」
そして地面に体が引きずり込まれ、暗闇の中に入れられた。
前もこんな夢を見たな、そう思いながら体がいつの間にか自由になっている事に気が付く。だが、感覚は現実的で重力やだるさを感じていた。ゆっくりと眼を開いてみると、アレスは廃教会の中に居た。屋根は少し抜けており、雨がそこから入り込んでいる。抜けた屋根の下には割れた木造の床から木が生えていた。雨さえ降っていなければ、抜けた屋根のところから太陽の光が差し込み、とても神秘的だっただろう。
硬い木製の教会長椅子の上で寝かされており、少し体が痛くなりながらもぞりと起き上がる。
「ん……」
背伸びをして目を擦り、小さく口を開けてあくびをする。真夜中に起きて限界の状態で戦っていたので、夜更かしをした特有の眠気と強いだるさ、目の違和感を感じた。
だがアレスはハッとして、本来なら感じる筈の痛みが無いという違和感に気がついた。
じっと自分の手を見つめ、肩を見る。
「…………右腕が、ある」
手を握ったり開いたりしてみたり、左手で右手を強くつねってみる。すると痛みを感じ、思わずつねるのを止める。
「(本物のようだな……)」
そして、左手の甲を見つめた。やはり痣が無い。つまり自分は勇者の魂と技能を持ちながらも、勇者として目に見える証は消えたという事。もう自分は勇者ではないようなものだ。皮肉なことに、勇者としての魂と技能だけがアレスに宿っているが。
「どう? 体の調子は」
じっと証を見つめていると、すぐ耳元で聴きざわりの良い甘い少女の声が聞こえてきた。何故か若干吐息混じりなのが、少し艶やかさを感じさせる。横を向いてみると、すぐ近くに少女の顔があったのでアレスは猫か何かのようにビクリとすると、思わず距離を取るようにしてサッと離れた。
紫を基調とした袖の長さが左右非対称のゴシックロリータな服に身を包み、リボンとリアルな紫薔薇の造花。そしてフリルのあしらわれており、薄紫のヒラヒラとしたレースと青薔薇の造花付きミニシルクハット。アメジストのような宝石のブローチが付いているジャボタイ。身につけているコルセットも紫だが色は暗い。履いている靴はロリータシューズで蝙蝠の羽と紫の薔薇が飾りとして付いている。髪は銀に輝く、見るからにふんわりとした長髪。そして片腕から見える白い肌。
目はぱっちりとしていて、アメジストが埋め込まれているかのように綺麗だ。しかしその眼の瞳孔は縦に長く、鋭かった。顔は可愛い系だが、それに似合わず……とにかく体つきが大人らしい。大人のお姉さんと言うより、お姉ちゃんの方に近い。なかなかにバストとウエスト、ヒップにかなりの差があり、かといって大きすぎることもない。まさに丁度いい黄金比のようなグラマー体型だが、スタイルとは別に漂うような独特な色気も纏っているようにも感じる。あまり肌の露出をしているわけでもないのに、なんかエロい、よく分からないけどエロスを感じる、何故。
「いやぁ、やっぱり勇者はそこらの人間だった場合に比べて魔力を生成する速度と、自然自己再生する速度が早いね。ちょ~っとボクが魔力を分けてあげたのもあるけど」
そう言うと、流れるようにするりと手を伸ばして指先で右腕を撫でてくる。その感覚が少しくすぐったく、アレスはその手から離れようとするが少女はお構い無しに体の距離を詰めてきた。
「一応確認するけど、ボクとの約束……覚えてるよね?」
少女の方がアレスより座高が高いので、少し見上げる感じにはなるが……それよりも気になってしまうことがあった。
「(距離が近くないか……?)」
しかも至って自然に、平然とボディータッチをしてきた。今まで貴族の令嬢達に異性として憧れの視線を兄二人ほどではないが向けられる事はあっても、話しかけられる事はあまりなく……。
村でも、年下の子供達ばかりなので、知り合いで歳の近い女子はフォルか父親のハスリオドの兄であるリヴェルドの娘、つまり従姉のオリヴィヴェール(言いにくいのであだ名はリエル)だけだ。リエルは別の離れた商業の町に一番近い森に住んでいるので、あまり会うことは無い。リエルは二つ年上で、兄弟3人で従姉の事は実の姉のように慕っていたり、少し甘える事もあるが、それ以上の感情を持った事は無い。
そしてフォルに対して恋愛感情を向けることは一切なかった。むしろ心の中で兄の方ではなく幼馴染として応援し、時々さりげなくツンデレな幼馴染をフォローした事が何度かある。というかそもそも、幼馴染ではあるがエリオよりもあまりフォルとは関わっていないのである。遊んだりするのもたまに4人で遊ぶくらいで、いつも部屋に籠っては勉強と魔法の研究、そして趣味の毒薬作りやら、某無人島にある森でフリーライフを楽しむことができるゲームのように、珍しい色に交配させた毒性の強い毒花や、致死量の高い新種毒キノコの栽培。外に出るときは時々鉱山へ毒になりえる鉱物の採掘やら、剣の素振りやら魔獣を倒して経験値を積んでいたりをしていた。
つまり、アレスはモテるが実際にはほとんど異性としての経験はまったく無いのである。そしてハイドほどオープンでは無いにしろ、アレスもお年頃で健全な思春期の男子。時々……うん、モヤッとそういう事を考えなくもないが……。初めて会ったばかりの名前も知らない女の子にそういった行動をされ、心の中ではものすごく動揺していた。
《アレスはとても混乱している!》
しかもなんだか凄くいい匂いがする、リラックスするような匂いだ。花に例えるなら、甘いバラではなくスッキリとしたラベンダーのような。
「お~い、聞いてる?」
少女はいたずらっぽい笑みをしながら見てくる、自分をからかっているようだ。それにムッとしたアレスは「……あぁ、覚えている。取引だろう?」と顔を逸らしながらそう言う。無表情だが、耳や頬が普段よりも赤い。
「あ~、良かった! 忘れられたらどうしようかと思ったよ、それよりもいつまでもそんな血まみれでボロボロな服のままでいるわけにもいかないし。着替えが必要でしょ? いきなりこれから旅をするわけだから、ちゃんと用意してあるんだ」
そう言いアレスの手を取ると首元に輝く紫の宝石に触れさせた。すると手が宝石に吸い込まれるように入っていく。体の中に自分の手が突っ込まれているようだ。
「理由があって今は魔法が使えないんだ。魔力はあるのにアーティファクトが使えないのは不便だねぇ、ちょっとなんでもいいから服を想像してみてくれるかな? 誘導はボクがするから」
「あ、あぁ……」
見たことが無い収納用のアーティファクトなので、少し驚きながらも服を想像して某青い狸のポケットのように手を入れると、少女に優しく腕を捕まれ動かされる。すると、手に柔らかくツヤツヤとした触り心地の布が触れたので取り出してみた。
ゴマだれ~!
引き抜いて見てみれば、畳まれているとはいえ……見るからに今少女が着ている服と系統が同じなのが分かる。シャツではなくブラウスで、可愛らしい分類の服だ。これを着ることになるアレスは、いつも母親に着せられていた動物さんパジャマとかだったので、耐性がついているのか感覚がズレていた。
特に何かしら思う事はなかったのである。
もし母親がエレイミアでなければ、今頃アレスはこの服を見た瞬間に顔が青ざめていただろう。それか羞恥でゆでだこ状態になっていたかもしれない。
「あ、体調悪いなら着るの手伝うよ~?」
「しなくていい」
少女に少しやりにくさを感じるが、少し感覚的にはハイドに似ているような気がする。ハイドの場合は時々ただの冗談でそんな感じの事を言っているが、この少女の場合は本当にやりかねないような気がするので似て非なる物だろう。素早く着替えようと少女から少し離れ、背中を向けるとボロボロになったシャツを脱ぐ。……が、視線を感じる。
「……見ないで欲しいんだが」
「どうして?」
ニヤニヤ顔でそう言う少女の返しにまた内心動揺しながら、ぶっきらぼうにアレスは答える。
「着替えにくい」
「じゃあやっぱり手伝おうか?」
「やらなくていい!!」
……つい思わず少し強く言ってしまった、見た目通りの年齢に見えただろうか。そう思いながら、視線を感じなくなったのですぐに脱ぐ。その間は雨の音と衣擦れの音だけがその場にBGMとして流れ、アレスは自然と昨日の事を考えていた。
家族や村の人々は今頃どうしているだろうか?
これから、上手くやっていけるだろうか?
もっと自分が強ければ、何年も村に戻って来れなくなるような事態も起こらなかった。
……僕は、これからどうなるのだろうか。
そう思い、アレスは全部脱いだ後で気が付く。体は自分の血と泥で汚れており、とにかく汚れている。洗い流したいが……。いかんせん、教会には風呂場などない。魔法でお湯を出すことはできるが、洗い流す場所はどうするべきか。いや、ここは廃墟だ。別に気にする必要はないだろう。そう考えて魔法で丁度いいお湯を出すと、体を洗い始めた。
「キミの背中、流してあげようか? ……きっと気絶しちゃうくらい気持ちいいよ?」
「断る」
なんだか別の意味に聞こえてきそうな事をこれまた言われ、アレスは内心ビックリしてドキドキしながら顔を少しだけ赤くさせる。ついでに頭も洗い、手短に済ませてから少女に渡された服に着替え、自分の格好を見てみる。
フリルがふんだんに使われているブラウスは立ち襟になっており、フリルで袖が長いので手首あたりに長さを調節する為の橙のリボンが付いている。ブラウスと灰色のベスト、橙色自分の魔力色と同じ色のブローチがついたリボンタイ。黒の肩当とマントが一式になっているものを身にまとっていた。マントも黒いが、よく見ると別の暗い色で刺繍が施されている。かなり近くで見なければ分からないだろう。
よく今着ている自分の服装を見ていると、後ろから優しく体といい匂いに包み込まれる。
「んふふ、サイズはどう?」
「袖……というよりフリルが長いな、手が隠れる。……それと離れてくれないか」
何処とは言わないが、アレスのうなじ辺りに柔らかいものが当たり、色々とよくないのでそう言うが、抱きしめてくる本人は楽しげだ。
「や・だ♪ 袖はリボンを解いて調整できるけど、いつか慣れるでしょ。この服って切れ端と魔力さえあれば自動で直って、洗わなくても綺麗なままのアーティファクトなんだ。凄いでしょ?」
学校の制服もかなり高性能だったが、この服も大概である。技能だけでも一流なので、布の質を抜きにしても相当高いだろう。
こんな高価なものを本当に着ていてもいいのだろうか? いや、そもそも何故こんな高いものをブローチのアーティファクトといい、見た感じでは歳の近そうな少女が持っているんだ。
そう思っていると、少女はその考えを読んでいたかのように「勇者であるキミの為に用意したんだよ」と頭上からやけに甘い声で囁くように言ってくる。
まさか勇者を色仕掛けで落とすつもりなのだろうか? わざとか? ただ僕をからかっているだけか? アレスは更に混乱状態になる。だが、こんな美少女に自分の為だと言って変わった服を渡され、緊張しているのが八割ほどだ。
そして首と後頭部に柔らかい感触がしてどうしても気になってしまうが、それと同じくらい気になった事があった。
「それで……何故、僕が勇者だと知っている?」
すると少女は「んふふ」と笑い、体を離したかと思えばアレスの肩を掴み、体の向きをぐるりと180度変えさせ、もう一度抱きしめる。今度は口に柔らかいものがむにゅりと当たり、顔の向きを上げさせられ、顎を胸の上に置かさせられた。少女の表情から、やはり自分をからかっているようだ。
からかわれているという事に顔が自然と眉にシワが寄り、明らかに「不機嫌です」という表情に思わずなるが、先程から緊張してばかりで顔が熱く感じていた。
「さぁ? キミがちゃぁ〜んと勇者としてお勉強しているなら、すぐに分かるんじゃないかなぁ? 目を逸らさずに見てたら分かるかもよ?」
そう言いニヤニヤと笑っている少女を未だに不機嫌な顔で言われたとおりに見てみると、開いた口からやけに長く異様に尖った犬歯が見えた。
つい昨日、アレスは学校でシルちゃんから学んでいた事を思い出す。
「吸血鬼……か?」
「そうそう」
だが記憶の中の吸血鬼は目が赤く、魔人族のように魔力色によって髪の色が様々だと学校で学んでいた。……という事は。
「……それも、邪神の加護を受けている」
「そうだよ~」
元々人間を元にグラストという魔物が作り出され、グラストと人間から誕生したのが魔人族。吸血鬼はグラストの死体から邪神が魔王として魔物を統べる為の種族としてまぢ頑張って作ったもの。元の要素である魔力についてはグレードアップさせ、違う要素を外付け。そして繁殖させたものである。
邪神は単純に力と魔力だけでなく、戦闘や外見、匂いにも特化させた。グラストとは違う、どんな強い生き物にするかを試行錯誤された結果の、邪神の最高傑作とも呼ばれる種族だ。つまり、ある意味理想的な神工知能のようなもの。
魔王とは魔物達に好かれ愛され、尊敬と魔物達自身の恐怖の象徴として存在しなくてはならない。悪魔とは違い、心に付け入り魂を食うのではなく、武力と正しく神の造形的な外見で、血を啜る生き物だ。
しかも唾液には男女兼用な媚薬の効果がある。
(どうしてそんな設定なのかって? ロマンだし、痛いのは作者が個人的によろしくないからだ。共感性なんとかって奴で、考えるだけでも怖いし痛くなる(気がする)ので)
まぁ、サキュバスやインキュバスとちょっと似てなくもないが、それらは人間の子孫を残さないようにさせるという使命を持って作られたもの。だが吸血鬼は支配する、という事にとにかく特化しており、えっちな事に関しても支配してやるぜ! という事なのである。そして最初は抵抗していたのに、いつの間にか堕とされているという……なんとも恐ろしい。
そしてグラストや吸血鬼は産まれる前、魂を邪神に気に入られると力を与えられるという。その影響で邪神と同じ白銀髪になる為、眼が元々の魔力色に変化する。そして加護を受けて産まれた魔物は、魔力量が種族値やただの血統による能力よりも大きく差が出ると言われている。
実際、銀の髪を持つグラストや吸血鬼は恐ろしい力を持つと、伝説でも語られているのだから。
なので魔人族に銀の魔力色を持った子は大変不吉だと言われており、酷い差別を受ける事になる。そしてアルビノの場合も目に魔力色が出るので、同じく強い差別を受ける。そしてアルビノの場合は最悪の場合だと魔物と勘違いされ、殺される事もある。同族同士であれば魔力を感じ取る事ができるのですぐに気づくが。
だが、これは本物の魔物だ。しかも吸血鬼は邪神に魔物を統べるに相応しい生物だと、そう判断されている。
「うんうん、ちゃんとお勉強できてるね。じゃあ、そろそろ取引についてのお話をしようか」
そう言い、よしよしとアレスの頭を撫でながらこの状態で話をしようとする。やられている本人としてはたまったものではないので、さっきから体を押して離れようとするが、1ミリも離れずにビクともしない。
この時点で力の差は歴然で、更に何故か出会った時からずっと魔力を一切感じない事にアレスは混乱していく。
「キミには、ボクの夢のお手伝いをしてもらうよ」
「……どんな夢なんだ?」
恐る恐る聞いてみると、少女はニヤニヤと笑いながら答えた。
「ボクは、次の世代の魔王になりたい」
「……は?」
「その為に、キミにボクのお父様を倒して欲しいんだよ。世界征服をする為にね」
そんな事を言われ、アレスは冷や汗をかく。つまり、僕は相当危険な人物……いや、魔物に捕まってしまったらしい。
「……本気か?」
「ボクは冗談を言う事はあるけど、嘘は言わないよ?」
「(どっちなんだ……?)」
「まぁ、キミがどう言おうとボクの
そう言うと、少女の瞳孔が一瞬だけ心臓が膨らみ鼓動するように大きくなった。そして、体が勝手に動き始める。少女を抱きしめ返すと、手はゆっくりと少女の首元に向かい、ジャボタイを外すと服のボタンを外していく。そして大きな谷間と白い肌が露出し、少女は自らピラリと見せるようにはだけさせてきた。
「や、やめろ! これ以上僕をからかうな!! 少しは羞恥というものを知らないのか!?」
謎の力によって顔も動かせず、目と瞼しか動かせないアレスは目を瞑ったままそう言うと「あ~らら、怒っちゃった?」と言い、少女はアレスの体を自由にさせた。顔どころか体全身が熱くなった状態ですぐに距離を取る主役。さながら、小動物のようだ。
「んふふ、やっぱりキミはからかいがいがあるねぇ。ボクの名前はちょっと伸ばし棒があるからティアって呼んでほしいな」
「……わかった。ところで、奴隷とはどういう意味だ?」
そう聞くとティアは首を指差し、「手鏡出して見てみればいいんじゃないかな?」と言ったので、また仕方なく先程と同じように手を宝石の中に吸い込ませる。そして鏡に映った自分を見て驚いた。
「これで分かったんじゃない? まぁ、普通の手鏡ならキミの姿は映らないけど」
「……そういうことか」
本来、アレスの目はエレイミアに似て翠色をしているが、今の自分の眼は血のように赤く、ティアのように瞳孔が縦に鋭くなっていた。
つまり自分は魔物に、吸血鬼にされたという事を意味する。生きた人間に少なくない量の吸血鬼の血が体内に入ると吸血鬼になり、その後に魔法で契約の儀式を行うと分け与えた血に反応して眷属になる。
そして契約の儀式は一方的に行うことは不可能、必ず相手に確認を取らなければならない。大きく複雑な式を必要とする魔法陣は必要だが、強いイメージと魔力、知識によっても可能だ。死んだ人間に血を与えた場合は儀式を行わなくとも眷属にはなるが、その場合だと食事は血しか受け付けなくなり、必要以上に飲むと力と引き換えに人間だった頃の大切な物を失う。
また、儀式を行った場合は血を飲んでも力を得る事はないが、人と同じように食事を取ることが出来る。本来主食である血も当然飲めるが、飲んだ血を自動的に自分の魔力へと変換できる能力は持つ。必要以上飲んだとしても力を得る事はできず、身体に溜めておける魔力の許容範囲を超えると暴走する。
そして眷属は契約を交わした、又は交わされた相手を殺す事は自らの死を意味し、傷つける事は倍に返ってくるのだ。嘘などを言えば、喉が焼けるような痛みを感じると共に息をするのが苦しくなるほど腫れ上がる。裏切ろうと考えるだけでも"主を裏切る"という事に本能的な抵抗感を感じ、精神的苦痛が襲う。そして場合によっては契約者の意のままに体を操られる事もあるが、それから逃げようとしたり抵抗しようとすると体が軋むような痛みを感じる。命令違反は罰として、心臓を手で鷲掴まれ、強く握り締められるかのような強い苦痛を味わう。
しかし儀式の場合だと罰は軽いもので、主人が契約の際に魔法陣に書き込んだ内容によってはほっぺ1つねりで済んだりもする。ちなみに早くやらないと本来の罰になるので、お早めに。
「あ、それで肝心なキミへの罰はね〜? なんと! 体が小っちゃくなって、数時間ごとにご飯を食べないといけなくなりまーす! いやぁ、ボクってば優しいね! 本当の所なら痛い思いをしなくちゃいけないんだから。あと、あんまりボクから離れすぎちゃっても小さくなるよ。一キロくらいは許容してあるから安心して」
そう言い、アレスの手を掴むと手鏡を首元のブローチにしまわせた。だがアレスはこれからどうなるのか、別の意味で不安になる。
「っていうわけだから、仲良くしようね? 勇者クン♪」
アレス・ロイダンツ
勇者でありながら、次期魔王の眷属になり世界征服の片棒を担がされてしまった。いたずらっ子なゴスロリ美少女ご主人様に凄くドギマギしている。
ティア
弱くてちっちゃくてからかいがいのある勇者クンかわいいね♡