チュートリアル用のチョロイン幼馴染に転生してしまった 作:水性さん
「そうか……魔物共め、まだ未熟な勇者たちを狙ってくるとは」
横に大きく縦に小さい王は、金の刺繍が施された王族の衣装を着て厳かに言うが、少し息苦しそうにはぁはぁしている。忌々しい魔人族とはいえ、勇者が来るのだからと見繕った綺麗な衣装は、今にも破裂しそうなソーセージの皮のようになっている。
ぎゅうぎゅう、みちみち。
衣類が悲鳴を上げ、いつ破れてもおかしくない。よくここまで耐えれた、流石王族の着る衣服だと褒めてやりたいところだ。しかし着ている王は汗も滝のように流し、頭皮が所々ピカーっと光り輝き、皮脂でギットリとした金色の髪はべったりとしつこく地肌に張り付いている。
王族らしく高級な花の香料も大量に使っているのか、ハイドとエリオのもとまで香ってきていた。それはもう、DNAに刻み込まれそうな感じのニオイとでも言っておこう。これには見た目もニオイも苦しい王に、近衛兵も眼を血走らせていた。決して顔に出ないようにと必死に我慢している訳ではない。決して、顔に出したら処罰を受けることになるから、という訳でもない。エリオは少しその眼に軽い恐怖を感じていた。
「……もう、下がってよいぞ、はぁはぁ……」
明らかに限界そうな王様。明らかに無理しているようで、眉は吊り上がっているものの、目元と口は笑っている。見た感じは優しそうには見えるが、ハイドとエリオを見ている目は敵意を孕んだ眼差しをしていた。
勇者とはいえ、魔人族であるがために”こういう”目やら対応をされるのは慣れている。今回も無理をして王族の衣装(若い時に着てたもの)を着ているのは、つまるところマウントである。王が平民生まれの勇者に身分アピールをして、どうしたいんだという話な上、見苦し過ぎるのだが。
「失礼致しましたっ……」
ハイドとエリオは跪いていた態勢からすぐに立つと、先頭に立つ長男は早歩きに王室を出て行った。そして扉が閉められ、数秒。
「「はぁ──っ……」」
2人は大きく息を吸うと、すぐさま息を整えようとしていた。
「はぁーっ、はぁ……あっぶねぇ……窒息死するかと思った……鼻が壊れる、吐く…………」
「エリオも……」
あまりにも強く、気持ち悪くなるニオイに2人揃って思わず息を止めており、必死に肺は新鮮な空気を取り込もうとしていた。数分もせずに息を整えるが、ドッと疲れが押し寄せてくる。
2人はお互いに目の下に出た隈を見ると、思わずため息が漏れ出た。今日の深夜から徹夜で色々と準備することやらが多く、昔から王様の言いつけで何かあったら報告をしろと言われていたので、ほとんど眠れていなかったからだ。
「早くこんな……じゃなくて、立派なお城から出て、新しい家に帰るか」
言い直したのは、兵士たちがこちらに向かってきているのが見えたからだ。もしここに誰も居なかったら、気が済むまで愚痴のオンパレードを繰り広げていたところだろう。城の中は王室直属の魔導士や、王家の者だけが魔法が使えるようにしてある高度な結界が施されており、エリオでも魔法を使う事が出来ない。
しかし、レベルがもっと高くなれば使えないことはない。というのも、魔力を分散させるか否かを判別して効果を発揮している結界なので、魔力がありえないほどに多い者が魔法を無理やり行使しようとすれば、魔法は使えないこともない。ただその場合は防犯ブザーのような警告音が、城中に鳴り響くように作動するが。
「そうだね、それにいつ鉢合わせるか分からないし……」
エリオはそう言うと、ハイドは元気という名のゲージを更に擦り減らす。
「そーだ、あいつの存在忘れてた……。こうなったら走っていこう、勇者の特権ってやつだな!」
魔人はそもそも城の中には入れず、大理石の床を魔人が走るという行為は絶対にあってはならないことだ。この世界は魔人にはとても厳しいので、たったそれだけのことでも大罪人へとなり下がってしまう。しかし、それが唯一許されるのは、勇者である自分達だけだ。
むしろ、走ってもいいからさっさと出ていってほしい。というのがお城の連中が考えている事なので、全然問題ないだろう。たぶん。
「にしても、学校といい城といい……金持ちってのは建物が無駄にでっかいのが好きなんだな。意味あんの? 土地が勿体なくね? 家の中でずっと歩き回るのが好きなのかよ」
走りながらそんなことを言っている兄に、思わず弟は苦笑いをする。ここにもしアレスが居たら「無駄口を叩いている暇があるなら、足を動かせ」ってえずきながら言うんだろうな、と思いながら。
すると曲がり角が見え、その先から2人は異様な気配とできれば感じたくなかった奴の魔力を感じる。ハイドはエリオにアイコンタクトを取ると、すぐに察したのかエリオはハイドの後ろから少し離れて走る為に減速すると、ハイドは曲がり角を曲がる瞬間。
予想した通りの人物が飛びついてきたので、持ち前の反応速度で簡単に避ける。色々と限界ではあるが、これを避ける程度ならこれぐらい朝飯前だ。でも夜食はちょっと食べた。
(ちょっとと言うものの、女性が食べる一食分だ)
すると後ろで「へぶっ」という声と痛そうな音がするが、そんな事は無視無視。エリオもハイドと一緒に全力疾走で走り抜けようとする。
「全く酷いな、スカフ」
拘束魔法を唱えた男の周りには、本物の鉄のような光沢感をした球体が浮かび、そこから鎖が勢いよく飛んできて2人を縛り付ける。普段の2人であれば避ける事ができるものの、重度の眠気とストレスで簡単にアッサリと捕まってしまう。魔法はずるいよ。
2人は顔色を悪くさせながら、落ちてくる瞼を必死に開いて引きずられていた。今眠ってしまったら、確実にヤられる。アッ──ー♂ な展開間違いなしだ、絶対に寝てたまるものかと勇者兄達は、先程王を護衛していた兵士のように目を見開いていた。背後を取られてしまうとは情けない! しかしこのままでは発掘されてしまうのではなかろうか、何がとは言わないが腐ったアンデット族しか恐らく喜ばない状況だ。
「会いたかったよ、俺の可愛い勇者達。昨晩、俺のアレスが命がけで人々を守ったそうだね」
そう言いながら王位継承権第一位のコール・ギネ・クロウリア王子は、鎖に縛り付けられた2人を抱きしめる。すると勢いよく赤と緑の頭がビクッと跳ねた。
「離せ、この変態ショタコンアラサー独身テンプレ金髪王子ッ!!」
ハイドは暴れようとするものの、王子は爽やかスマイルをしていながらも勇者たちがしっかりと動けないようにしていた。
「相変わらずハイド君は元気が良いね」
「勝手に体をベタベタ触んな、王子だからって痴漢行為が許されると思うなよ! そんで人の匂い嗅ぐな、尻を撫でるな揉むな、マジでやめろキモイ!!」
ハイドはふんぬーっ!! と鎖を引きちぎろうとし、一方エリオは鳥肌を立たせながらプルプルと震えていた。
10年前に、コール王子にもショタコンではなく、隣国のヘルファンという帝国の姫と婚約していてマトモだった時期があった。しかし勇者達が5歳の時、初めて城内に両親と共に行く事になった。そして王子は3人を見て、いわゆる一目惚れをしてショタに目覚めてしまったのだ。あまりにもショタ勇者達がちっちゃくて可愛すぎた故に、魔人族どうこう関係なく人種と性別の壁を超えてしまった。
その頃は3人もそういう目で見られているとは判断もできず、段々と成長するにつれて徐々にコール王子は暴走していき、やがて3人もそれに気づくようになった。悲しいかな、ロイダンツ家の人間は遺伝的に代々低身長で童顔。更にどこぞの戦闘民族のよう、老けにくいという。成長してもあまり背は伸びず、15歳になった今ですら……どう足掻いてもまだ小学生の子供にしか見えない。父親のハスリオドに至っては、未だ10代に見られることもあり、逆ナンされることもある。
なので未だに変態ショタコン野郎にメ○シンカしたコール王子から、こうしてセクハラを受けていたのである。
「エリオ君も、相変わらず緊張しているようだね。そういうところが可愛いんだけれども」
ビクリとして背中に氷どころか低温液体化ガスが吹きかけられるかのような感覚がすると、エリオは段々と泣きたくなってくる。もう既に涙目状態だが。
「俺たちは、今もの凄く眠い上に死にそうなくらい腹減ってんだよ!! 家に帰らせろ、寝かせろ!!」
「なら、私の部屋で一緒に昼寝をした後に食事でも──」
「「死んでも無理!!」」
勇者たちは酷く疲弊した状態でありながらも大きな声で即答し、ハイドに至っては「というかお前が死ね!!」と言わんばかりに王子を嫌がっている。一方で王子は"相変わらず冷たいな"とニコニコしていた。だが、その後すぐに表情と声色を変える。
「……ところで、本当なのかな? 俺のアレスが死んだというのは」
するとハイドは失言した王子につり目な碧眼を細め、珍しくハイドは静かに怒りをぶつけていた。
「おい、勝手に弟を殺すなよ。あとアレスは誰のものでもねぇし、当然お前のじゃねぇからな」
これまで3人はずっとお互いの傍に居たからというのもあるが、3人の間には目に見えない繋がりがある。だからこそ離れていても何かあった時は、お互いに何かを強く感じ取れたりする。実際に昨夜の転移魔法使用後に、少ししてからハイドやエリオが強い胸騒ぎを感じたのだから。当然といえば当然だが、2人は今まで感じたことの無い恐怖を実感していた。だが、その後に何故かもう大丈夫だと、不思議とそう思えるようになった。
アレスは生きていると心の中で不思議とそう確信しているハイドは、まだ死体が見つかった訳ではないというのに、決めつけたように(あと俺のアレス発言に対して)そう言うコール王子に怒っていたのだった。
「こちとら、どこかの王子と王様とは違って! 帰ったらやる事たくさんあんだからさぁ……早く離してくんない?」
「……分かった、その代わりに月に2回は俺に会いに──」
「来るか!!」
拘束魔法"スカフ"を解いた後、ハイドはエリオと一緒に逃げるようにして城から出た後、城下町に来ていた。移動魔法のムーヴィは町や村の中では法律的に使えないので町の外へ出ようとするが、城下町にはあちこちで屋台が出ている。そしてずっとお腹を空かして起きていたハイドとエリオは、良い匂いにお腹が反応していた。
「腹減ったぁ……」
「そうだね、だけど……お金と家、もうなくなっちゃったから買えないよ。それに屋台で買うとエリオたちが食べる量的にお金がかかるし……」
するとハイドが「あー……そのことなんだけどさ」と意味ありげに話し始める。
「何?」
「ほら」
そう言いながらハイドはとある袋を弟の前に出すと、エリオは目を丸くした。
「こ、これっ!
「俺が管理してたから」
「そうだけどそうじゃなくて!! って、そうだったの?!」
勇者3人が居るロイダンツ家はハスちゃんこと父親のハスリオドが結構稼いでいてお金持ちだったので、結構
一応は魔力を吸収し、後から溜めておいた魔力を使うことができる、高価な魔法石のネックレスを普段から身につけてはいるが。一度の買い物では3人……特にアレスがよく食べるので、エレイミア一人では全ての食材を持ち運ぶことはできない。なので買い物にはよく3人で様々な物が売っている城下町へ行き、お金などはハイドが管理していた。
家族で住んでいたポルブ村では主に物々交換をして助け合いながら生活をしており、あまりお金が要らない村なのである。必要になる時には、たまに城下町やら商業の街などに出向き、物を売ったりしている。流石に大食いで食べ盛りな3人の食料を毎日村から調達したら村中の食べ物がなくなってしまうので、いつも城下町や商業の街へ行き、買っていたのだった。ただ、いくらハスリオドがよく稼いでいたとしても、あの骨からの話によれば今はもうこの世には居ない。段々と減る一方だ。なので不謹慎だが、今はアレスが居ない方が金銭面では良かったりする。なにせ、背は低いが三人の中では一番の大食いなので。……しかし、本当に不謹慎だ。
「さ~て、普通に買い物するか!」
「うん、だけど……買う量どれくらい減らせばいいんだろう? あとフォルはどれくらい食べるのかな……」
「勘だ、勘! ほんと、アレスはあんなちっこい体によく入ってたよな。燃費悪すぎだろ」
「それハイドにも言えることじゃないかな……」
「エリオとアレスに比べたら、俺はそこまで燃費悪くない」
それから二人は買い物を済ませた後、エリオが何故かいつものようにハイドの隣に居た筈だというのにも関わらず、迷子になったりしてホイルの村へ転移魔法で帰っていった。そしてハイドは新しい家のドアを開けて入り、各々行動をしていた。エリオは眠っているエレイミアの元へ、ハイドは早速軽い料理を作ってから未だに眠っているであろう、幼馴染が居る部屋へ行く。本来は何かあった時、そこはアレスの部屋になる予定だった部屋だ。
ゆっくりとドアを開けた先には既に起きており、ただベッドで起き上がった状態のままだった。ずっと起きてからそのまま動いていないのだろう。
「おはよ、フォル。お腹減っただろ? ご飯作って持ってきたんだけどさ、食べる?」
そう聞いてみるが幼馴染はうんともすんとも言わず、まるで抜け殻のような状態で少しも動かない。ただ、流石にお腹は減っていたようで、フォルからきゅるるという音が鳴った。外からは鳥の鳴き声や風の音しか聞こえず、外にいる筈の村人達の声が全く聞こえてこない。あんなことがあったばかりなのだから、歓迎というよりも、色々とすることがあったりで大変なのだ。それにこの後、学校にも事情を説明しに行かなければならない。
「……」
「要るならちゃんと言わないと、ご飯あげないぞ~」
そう言われ、フォルの視線が少し動く。たったそれだけの変化に気づいたハイドはもう一押しする事にした。ダテにいつも無表情の弟を持つ兄をしていない。
「俺、夜食をちょっとだけしか食べてなくて、その後は何も食べてないからホントに餓死しそうなくらい腹減ってるんだよな。それに炎の魔法は得意だから、ここにフライパンとか出せば普通にキッチンなくても料理できる。……この量だと全然俺には足りないから、その分を作っていい匂いを部屋に充満させて、腹減りの刑に処すけど? 今食べないと本当にやるけどいーの?」
これで二度目だが、ハイドはちょっとだけ食べたと言っているものの、女性が食べる一食分である。
「……食べるわよ、でも今は一人になりたいからさっさと出てって」
「え、やだ。ちゃんと食べるか分かんないじゃん」
お腹を空かせた人の目の前で美味しそうなご飯を食べるという悪行をする上に、調理するところまで見せるという、非人道的行為をされるのは流石にフォルも嫌だったらしい。そしてこの塩対応にハイドはこの反応である。すると何かを考えたらしいハイドは、フォークを持って料理に刺す。
「ほら、あーん」
「……はぁ?」
「だからほら、あーって。ご飯食べないと元気でないだろ?」
「ちょっ、人が家族を失って悲しんでる時くらい放っておけないわけ?! それにハイドだってアレスが──」
「フォルも知ってるとーり、俺はこれでも勇者だし。昔から勇者はお節介で、お人好しってのが決まってるんだよ。たぶん」
そう言いながらハイドはフォルの口の中にフォークで刺した料理を突っ込み、フォークで料理を刺すのを繰り返していく。
「もぐもぐ……ほんと、意味わかんない!! もぐもぐ…………ていうか もぐもぐ……アンタはぐらかさないで もぐもぐ……本心 もぐもぐ……それより人が話してる内に食べ物を口に入れないで頂戴!! むぐっ」
「お、元気出てきた」
「誰のせいよ!!」
「俺」
そうしてフォルはハイドに食べさせられていくうちに大人しくなっていき、食べ終わるころにはすっかり落ち着いていた。
「……ごちそうさま」
「ちょっとは元気出たか?」
「まぁ、落ち着きはしたわ……少しだけだけれど」
「そっか、それなら今は十分だな」
それだけ確認すると、ハイドは食器を持って部屋を出ようとする。するとフォルは「待って、どこに行くのよ」と言い、ハイドの服を掴む。
「どこって……キッチンに行くんだよ、これ片づけるから」
「あっ……」
ハイドは食器を見せるようにする素振りをし、それにフォルは顔を徐々に赤くし始めていく。
「もしかして俺が居なくて寂しい?」
そうハイドは嬉しいような、ニマニマした顔で振り向きながら聞くと顔に枕が飛んでくる。食器を落としかねないのでサッと掴むと、不機嫌そうな顔をされた。普通に考えてみると相手が勇者なので防がれるのは当たり前で、いつもハイドが避けていなかっただけなのだが。
「じゃっ、俺はこれ片付けたら食って寝てるから。もうさ、ほんとクタクタでぶっ倒れそうなんだよ」
ハイドはそう言ってから部屋を出るとリビングに行き、食器を片付けようとすると、テーブルで弟が朝食兼昼食を食べていた。時間はあるので、自分のペースでお行儀よく上品に食べている。これはエレイミアの教育によるものであり「紳士淑女はまず立ち振る舞いから」という、家訓だ。
代々血生臭い戦いに身を投じる歴戦の傭兵や猛者を誕生させてきた魔人の一族だからこそ、世間から自分の身を守る為にも、常に紳士淑女であることを主に掲げるロイダンツ家のとても多い家訓を守ってきた。代々ロイダンツ家全員がしっかりと守ってきたことで、ロイダンツ家は誰一人としてその力を間違ったことに使わない。そしてこれもそのうちの一つで、急ぐ時以外は上品に食事をするというものだ。
「エリオ、お母さんは?」
「起きてたよ、でも……あんまり食欲無いみたい」
「……だよな」
気絶していたエリオは父親の事はあのスケルトンから話は聞いてはいなかった為、買い物の時にサラッとハイドが伝えたのだが……。エリオが酷く狼狽え、静かに涙を流したのだ。もし実の母親ならどうだろうか、想像もしたくない。
息子は一人燃え盛る炎に包まれた村に残り、夫はもはや帰らぬ人。
「……スケルトンはお母さんにはあの事を言わないでくれって言われてたけどさ」
ハイドがそう話を切り出し、エリオは何の話かすぐに気づくと一瞬で表情を暗くさせる。
「お母さんなら、すぐに気づくよね」
「絶対にな。……それでこれからどーすっかなぁ、とりあえずアレスは生きてるっぽいけど、な~んか違和感を感じるし」
「……うん、大丈夫かなアレス」
冷静に見えて末っ子は基本的にマイペースな上、かなりのドジだ。もはやワザとか? と言いたいぐらいにはよくやらかし、おまけによく食べよく食べ、更に食べてよく寝る。兄としては少し……いや、かなり心配だ。今頃お腹を空かせているだろう、捨て猫のようにプルプル震えているかもしれない。たぶん。
「んじゃ、とりあえず食ったらとりあえず夕方くらいまで寝て、学校側に伝えに行くか」
風邪などを引いて休んだりする際、生徒や保護者専用の通信機とよく似た役割を持つ
なので直接言いに行く事にはなるのだが、それがあればなぁと何度も思ってしまう。もう正直、精神的なストレスやら肉体的な疲労で色々と限界なのだ。このまま貪るようにして食事にありつき、泥のように眠りたい。しばらく何もしたくない。勇者がこれくらいで根を上げていては、と思うかもしれないが勇者も人間だ。辛いものは辛いし、痛いものは痛い。嫌な事があれば逃げ出したり、何もしたくなくなるのだ。
初めて人が死ぬ瞬間、人が死んだ後の姿が頭から焼き付いて離れない2人は、こうしている間にも心が削られていくように感じていた。
~・~・~・~
「…………」
「んふふ、すっごく嫌そうな顔だねぇ。そんなにこの朝ごはんが嫌なの? ほら、は~や~く~!」
一方、アレスはティアから朝ごはんという名の血を押し付けられていた。手首からは赤い血が流れ出ており、アレスの着ている服に血がぽたりぽたりと落ちる。アレスの服に血がにじむが、服には
「もうキミは人間じゃないんだから、気にしなくてもいいのに」
「……そういう問題ではない」
「じゃあ飲んで?」
「断る」
すると「はぁ」と、ティアは大げさにもため息を吐いてみせる。やれやれ、といった様子だ。
「あのさぁ、自分の立場を分かって言ってるのかなぁ? ボクはご主人様で、キミはボクの眷属。イコール奴隷、従者で護衛なの。ボクがキミに何をしようと自由なんだよ?」
「あぁ、それは分かっている」
そう言うとアレスは袖の長いフリルのブラウスでティアの手首から流れ出た血を拭う。そして服に魔力を込めると赤い染みは消え、治癒力の高い吸血鬼なので1分とも経たずにティアの傷は塞がって痕も残らず消えていた。
「だが、それなら命令無視をした際に痛みを伴うもので良かったはずだ。……そうしなかったという事は、無理やり僕をどうこうする気もさせる気もほとんど無い。そうなんだろう?」
「……本当は食費を増やしたくないんだけど、まぁ食べ盛りな男の子だし元人間だから抵抗感あっても仕方ないか。キミ、そんな
その質問に答える気は無いのか、ティアは逆に質問を返す。
「…………あぁ」
そんな
その代わりに毒に耐性を持った結果得た毒無効の
実は事件が起きた時、ハイドがあの状況で「お腹減った」と言っていたが、アレスはものすご〜くお腹を空かせた、はらぺこあ○むし状態だったのである! なのでもし食べる時間の余裕があれば、食べたご飯を
しかしその後、また空腹で倒れることになるだろうが。
「ま、本当は血を飲まなくても、ちゃ~んとこの
するとアレスはその話に反応し、空腹状態でありながら素早くティアに近づいて迫る。まるで極上の餌につられた猫のようだ。
「それはどうすればできる? 時間を止める魔法など、僕は聞いたことが無い。式は? 材料は必要なのか? 必要な魔力はどれくらいなんだ?」
徐々に体との距離が近づくが、アレスは背が低──ゲフンゲフンなので、顔がものすごく近いような状態にはならない。
「キミ、本当に勉強熱心だね。感心感心」
そう言いながらティアはアレスの頭をポンポンして撫でる。
「だけど時間に干渉するのは今のキミじゃ無理かな。あと……経験値は41713000000000000くらい必要だし、Lvは11013くらいになった頃だよ。まぁ、本当に覚えられるかどうかは知らないけど」
「……そういう事は言っていいのか?」
「いいんじゃない? どうせBボタンをポチポチ押してるのに夢中で、話聞いてないだろうし。……じゃあ、勇者クンは何が食べたい? リクエストをキミ限定で特別に受けてあげるよ、餌の管理するのもご主人様の役目だしね」
そう言いながらティアはアレスの言葉を待つが、この人たちは今自分たちがゲームの世界の住人だと勘違いしているのではないだろうか。ゲームっぽい世界観の場所だが、一応ここは小説の世界である。
「料理ができるのか?」
「当たり前でしょ? 長い人生の中で嫌になりかけるほど、旅に出る為に沢山練習したんだから」
何故アレスがそう言ったのかというと、貴族や王族は基本的に家事をせず、服を着るのですら複数人の侍女などにやらせる。魔物の王族はどうなのかは知らないが、人間と同じだろうと思っていたので、とても驚いたのである。神からはその証を剥奪されたがこれでも勇者だ、伊達にあの王子と関わっていないので知っている。しかし普通に失礼な発言に「料理覚えるのは結構大変だったなぁ〜」とアレスの頬に触れてぷにぷにしながら甘い声でそう言い、ティアはカウンターを入れた。
流石に普段はクールなアレスも顔が赤くなる。初心で女性との経験がLv1状態だから仕方ない、それに誰だって超が付くほど顔と声とスタイルの良い異性に「あなたの為に頑張った」という意味に取れる言葉を言われたら、初対面でもこうなってしまうだろう。そんな様子のアレスにティアは「なぁにぃ~? もしかして照れちゃったの? 照れてる勇者クン、可愛いよ」とニヤニヤしながらアレスの頬をつまむと、またぷにぷにしたり引っ張ったりする。アレスの表情が一気にムスッとしたものに変わり、それからお腹の方から音が出る。まるでアライグマのいびきのようだとアレスは自分でも思っていたが、作者は実際アライグマがどんないびきをしているのかは知らない。
《アレスから食欲の色が見えた》
「じゃあ、もう一度聞くよ。勇者クンは何が食べたいのかな?」
「…………卵は20個のオムレツに、1kgのハンバーグと一緒に煮込んだビーフシチューとチーズを溶け込ませた濃厚なホワイトシチューを食べたい」
「欲張りさんだねぇ、流石に作るのには時間がかかるからそこらへんで待っていなよ。……でも、その前に」
ティアはアレスの手を取ると、自分の首に巻いたジャボタイに付いているブローチ型収納
「ボクの代わりに出してくれないかな? あとこれからは調理器具と食材を、ボクの代わりに出して。少しでも自分の魔力を外に放出したら、お父様にボクの居場所がバレて勇者クンが大変な目に遭っちゃうからね」
アレスはティアからとんでもない核爆弾のような発言を聞き、やはり自分はとんでもない吸血鬼の眷属にされてしまったのだと、強く思う。それから数時間後、煮込まれたシチューとアレスの空腹の音が奏でる合唱が廃教会に鳴り響いていた。
「できたっ! ボクの特製、魔王シチュー! やっぱり旅のご飯と言えば、シチューに決まりだね」
そう言い、ティアはエプロン(やはりフリルとレースが沢山使われているもの)を着て、自分で作ったシチューを出す。
「……仮にも魔物の王族なのにも関わらず、本当に料理ができるんだな」
「だから言ったでしょ、キミと旅をする為だけに沢山練習して大変だったって」
そんな台詞を恥ずかしげもなくティアは言い、アレスはからかわれないよう表情には出さないように、無表情のまま我慢する。でも内心ではやっぱり緊張していて、ティアはそんなアレスの心情を察したようでニヤニヤしている。しかし表情を元に戻すと、ティアはアツアツのホワイトシチューを隣に置いて忠告をし始めた。
「それからキミ……これからはボク達と同じになった訳だし、その魔物って言い方は止めて魔者って言った方がいいよ」
「……何故だ?」
「だって、ボク達にも感情……つまり心がある訳だからね。モノ扱いされるのは嫌だし失礼でしょ? 大昔の頃は心なんてものが無かったから、魔物でも良かったんだけど、今は違うからね。人間の中でも、魔者に詳しい人はそう呼んでる人も一部では居るらしいけど」
「そうなのか」
「あとは聖力、あれだけは絶対に気をつけて。どうしてか、もちろん理由は分かるよね?」
そう聞き、アレスはティアと少し似たような格好をしたイケメン好きの変態、シルちゃんを思い出す。そういえばあの先生は一度も魔物とは呼ばなかったな、と。
「……いただきます」
渡されたシチューをスプーンですくい、ふーふーとお行儀よく座って冷ます。例え毒が入っていたとしても、毒は効かない体なので問題は無い。そう思いながら猫舌勇者はパクリとシチューを口に入れた。まだハフハフ状態であり、口の中が真夏のようだ。
《家で食べるシチューの味がした》
「美味いな」
「……んふふ、当たり前な事を言わないでよ。旅と言えばシチューって相場が決まってるからね。それでわざわざ、このボクが"キミだけの為"に、何年もかけて練習してあげたんだ。キミはボクに感謝するべきだよ〜? 美味しいご飯を毎日食べてボクに面倒を見られながら、楽しく旅を過ごせるんだから。
だから凄く光栄な事なんだよ、ちゃんと味わって食べて欲しいなぁ」
ティアはアレスの頬をぷにぷにしたり、頭をなでなでしながら一部強調してそう言っていた。またもや心の中ではドキマギしてしまう初心勇者。しかしアレスはこのティアの反応を見て、心の中でなんとなくではあるが気づいたのである。
「(……どうやら素直ではない性格らしい)」
そしてアレスはもぐもぐと家庭用鍋×3つ分のシチューを食べると、胃袋が満たされたからか猛烈な眠気が襲いかかってきていた。かくん、かくんと船を漕ぐように頭が揺れ、瞼が閉じてくる。やはり見た目も相まって完全に子供のようである。
「眠いならボクが特別に膝枕してあげようか?」
「……ことわる」
「ふーん、まぁいいけど。キミのその眠気の正体は、エネルギー不足によるものだよ。右腕がなくなってたから、ボクがちょっと再生速度を上げるのを促してはいたんだけど……どうやらそれでエネルギーをほとんど使──」
説明をしている途中、ゴンッという鈍い音がティアの横から聞こえる。ティアが横を見てみると、寝落ちしたアレスが倒れたせいで変なポーズの状態でスヤスヤと眠っていた。
「あれ、お休み中みたいだ。そんな状態で寝たら頭痛くなるよ」
ティアはアレスの体を起こし、頭を膝に乗せる。
「んふふ……やっぱりどう見ても、まだ1000から1200歳くらいにしか見えないねぇ」
聞けば本人は怒るが、年齢の割に体がとても小さいので、どう見ても小さくて可愛らしい少年そのものだ。ティアは表情をほころばせ、頭を撫でていた。