今となっては20年近く昔の話。
僕は、艦娘に命を救われた。両親はその時に2人とも死んでしまったけども僕だけは生き残ることができた。
彼女は僕を救難艇に送り届けると、どこかに消えた。助けてくれた艦娘の容姿は覚えていないし、名前すら知らないけどあの時の安心感は今も心の中に残っている。
自分も彼女のように人を助けたいと思った。それが提督を目指そうとしたきっかけだ。
提督への道は想像していたよりもずっと過酷だった。人気の職種で士官学校の競争率が非常に高いし、入ったら入ったで毎日が勉強漬けだ。自分なんかはギリギリの成績で入ったから、試験は常に赤点で指揮能力も低く、同級生にはいつも馬鹿にされた。自分でも落ち込んだり、心が折れそうになったこともある。
それでも必死になって頑張った成果が出たのか、何とか士官学校を卒業する事ができた。だけど、決まった鎮守府の派遣先は艦娘の問題児が送られる提督にとっても事実上の左遷先である最果ての鎮守府だった。
それでも受かったことは嬉しかったし、卒業証書は僕にとってかけがえのない宝物だ。提督という地位や士官学校で得た物は、身寄りの無い僕に残った唯一残った物だし、大切にしたい。
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最寄り駅から1時間歩いてようやく目的地についた。
「ここか……」
鎮守府は長い間整備されていないらしく、古ぼけていた。鉄筋建ての建物には赤錆が入り、今にも崩れだしそうで中庭らしき場所には雑草が生い茂っている。
この調子だと中も汚れているだろうし、しばらくは掃除をする事が中心になりそうだ。
軋む音のする鉄門を開けた。
「ん? これは……」
二畳半程の小さな畑のようなスペースを見つけた。その部分だけ雑草が全て刈り取られていて代わりに野菜が植えられている。腐葉土らしき物が巻かれたこげ茶色の土から生えている大根やかぼちゃ等の野菜は、良く育っているように見えた。
「あっ、こんにちは! 新しい提督ですか!?」
後ろから元気のよい声に振り向くと亜麻色の髪を三つ編みにした少女が立っていた。彼女は、麦わら帽子を被って野良作業着を着ている。柔和な顔つき、ダークグレーの瞳、どこをとっても美少女だと思った。
「そうだけど……」
我ながらみっともなかったと思う。美少女に声を掛けられたという現実と元気のいい彼女の声に気押されてしまい、彼女への返答は小さな声になってしまった。
「秋月型二番艦の照月です! どうかよろしくお願いします!」
「よろしく。これは、全部君が育てたのか?」
「はい! 皆、いい子で育ってくれています」
「凄いじゃないか。この出来なら店で並んでいてもおかしくないと思うぞ」
世辞ではない本当の気持ちだった。農業は全く分からない素人目戦だったけどそれでも見事だと思った。
「お褒めの言葉をいただき光栄です」
僕への挨拶が終ると照月は、一人で黙々と野良仕事を始めた。炎天下だと言うのに彼女は一人で黙々と草むしりをしている。
「良かったら手伝おうか?」
「お言葉に甘えたい所ですが今の提督には執務室に行く用事があるのでは無いでしょうか……? 秘書艦の叢雲ちゃんに怒られますよ」
叢雲は、この鎮守府のリーダー格の艦娘という事だけは知っている。恐らく彼女が秘書艦をしているのだろう。
「あっ! すまん。そうだったな……」
「またお暇な時があったらお願いしますね」
「その時には付き合うよ」
そう返して畑を後にした。
「暇な時があったらの話だけどね……」
一人残った照月は、そう呟いた。
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外が荒れ果てていたのと対照的に執務室内はホコリ一つない綺麗なものとなっていた。彼女が掃除をしているのだろうか?
机の前に、中学生ぐらいの背丈の少女が立っていた。セーラー服のような制服を着ていて体は細身、目はウサギのように真っ赤で青みがかった長い銀髪をしている。彼女が照月の言っていた叢雲なのだろうか?
「ふーん、アンタが新しい提督ね」
値踏みをされるかのように頭のてっぺんから爪の先までをジロリと見られる。プライドが高そうな表情から直感的に自分の苦手なタイプだと思った。
「よろしく」
「吹雪型五番艦の叢雲よ。短い間になると思うけどよろしくとだけは言っておくわ」
反論したかったがグッと堪えた。どのような形にしても提督に着いた以上は、そう簡単にやめるつもりはない。
「早速だけど……鎮守府内の皆を呼んでくれないか? 挨拶ぐらいはすませておきたい」
「館内放送で呼んでおくわ」
十分ほどして叢雲と照月を含めた4人の艦娘が集まった。
「左から照月、響、夕立よ」
「秋月型二番艦の照月です! 」
照月の格好は野良作業着を着ていた先程とは違い、黒と白を基調としたセーラー服を着ていた。あれが秋月型の制服なのだろう。彼女のスタイルの良さを際立たせていて目のやり場に困る。会った時に比べ、目が少し赤みを帯びているように感じるけど気のせいだろうか?
「暁型三番艦の響だよ」
響と名乗った艦娘は叢雲を含めた三人の中で一番背が低く小学生のように見えた。髪は銀髪のショートカットで制服はセーラー服。偏見ではあるけどこの中で一番幼いのだろうか? 水色の眼からは、大人の物を感じるけど……
「よろしく」
「挨拶は終えたし、もう帰っていいかい? 悪いけど、直ぐに辞める人間には興味が無いんだ」
初見だと言うのに辛辣な言葉が飛んできた。
信頼が全く無い人間だと言うのは分かっているけど心に痛みを感じる。
「辞めるとは一言も言ってないんだが……」
「直ぐに辞めたくなると思うよ。それじゃあ失礼させてもらう」
そう呟くと響は、振り返りもせずに執務室を後にした。
「白露型駆逐艦、夕立よ!」
夕立と名乗った少女は3人の中で響の次に幼く見えた。髪は金髪のストレートを背中まで伸ばし、服は黒を基調としたセーラー服で目は、綺麗な緑色。少し話しただけだけど4人の中で一番の幼さを感じた。
「よろしく……」
「夕立も提督さんには何も期待していないっぽい。挨拶も終わったし、帰っていい?」
言い返す気力もなく好きにしてくれと呟くと夕立は遊んでくると叫んで執務室から消えた。
「自己紹介は終わりね。じゃあ早速だけどやるわよ」
ドサリと机の上に50cmぐらいの書類の山が積み上げられた。
「ちょっと待ってくれ。何だこの書類の山は!?」
「何って提督がすぐ辞めてくから書類が雪だるま式に溜まっていくのよ。それぐらいわかるでしょ?」
「言われてみればたしかに……」
「私も手伝いますよ」
「照月……すまない。」
永遠と終わらない事務作業が幕を開けた。
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「響ー、あいつどれぐらい持つと思うっぽい?」
執務室から少し離れた廊下で夕立が響に声をかけた。
「短くて2週間、長くて1ヶ月って所かな。いずれにしてもあの二人に絡まれて残れるような奴じゃないよ。そもそもそんな人間がいるのかも分からないけどね。体か精神のどちらかがやられて潰れるのがオチなんじゃないかな?」
「だよねー。良かったら賭けをしない?」
「賭けか? 余興としては面白そうだね。お題は何だい?」
「提督が辞める日。夕立は2週間、響は……」
「2週間から1ヶ月で賭けるよ。賭け金は1万円でいいかな?」
「了解っぽい」
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「叢雲、そろそろ日付が変わるんだが……」
「だから何?」
叢雲が不機嫌そうな声を出した。
「すまん。なんでもない……」
僕達はあれからずっと三人で書類作業をしている。夕食(カップ麺だった)時の小休止以外ずっと机に向かっている。
今の所、提督としての執務は、初めてだったけど何とかなっている。分からないところは叢雲や照月が教えてくれる(叢雲の場合は罵声混じりだが)し、大体の事は、学校で教わった知識で何とかなった。
だけど、ただひたすらに量が多い。
執務初めに叢雲が持ってきた書類の山にも唖然とさせられたけど。実際にはこの十倍はあるのだという。山が一つ終わると叢雲がどこからともなく新しい山を持ってくる。
いい加減、嫌になってきたし、意識ももうよろうとしてきたが叢雲も照月も愚痴一つ吐かずにやっている。慣れなのだろうか?
「Расцветали яблони и груши,Поплыли туманы над рекой.」
急に外から歌声が聞こえてきた。ロシア民謡のカチューシャだ。
「なんだ?」
「響よ。放っておきなさい。何故かは知らないけどこの時間になるとロシア民謡や軍歌を歌うのよ。一昨日は、艦隊への道。昨日は、モスクワ防衛軍の歌だったわ」
「そうか……」
「響ちゃんの声って綺麗ですよねー」
「Выходила на берег Катюша,На высокий берег на крутой.」
綺麗だけど寂しげな歌声だった。
史実艦としての彼女はソ連海軍との繋がりがある。それに関係しているのだろうか?
歌は、何度か同じ歌詞をループして10分ほど続いて終わった。
綺麗な歌声だっただけに少し残念に感じた。
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「今日の所は、これぐらいにしましょうか」
それから一時間ほどして書類の山が一つ終わった段階で叢雲が呟いた。
「ようやく終わりか……」
「何言ってるの? 明日はアンタが一人で続きをやるのよ」
「一人か?」
「当たり前じゃない。私たちは、遠征があるしここには、いないわ。それに今、切り上げるのだって眠そうなアンタに気を使っての事よ」
「すまない……」
「謝ってる暇があるなら一秒でも早く寝なさい。寝室はそこ。明日は、六時には起こすわよ」
「深海棲艦が来たらどうするんだ?」
「色々と煩いわねぇ。ここら辺には、深海棲艦なんてほとんどいないし、いても道に迷ったはぐれ艦隊ぐらいだから大丈夫よ。それでも来たようなら救援要請を出して、裏山にでも逃げてなさい。上が怒るかもしれないけど命だけは助かるわ。逃げるのがどうしても、嫌なら倉庫の中に個人用の携帯ミサイルぐらいあるわよ」
「使うような事態は想定したくないな……」
「今のアンタにはそれぐらいの価値しかないって事よ。分かったらたったか寝なさい」
口はきついが叢雲の言ってる事はもっともだ。今日は、寝る事にしよう。
「そうだな……二人ともおやすみ……」
「お疲れ様でした!」
「おやすみ」
提督業は大変だと思い知らされた一日だった。
今の所、僕の信頼度は0に等しいだろう。少なくとも叢雲、響、夕立の三人からは全く期待されていないと言ってもいい。
だけど、人間としては悪い艦娘ではないと思う。響と夕立に関しては、まだ何もわからないけど叢雲は口は悪くても分からないことは聞けば教えてくれたし、照月は常に協力的だった。
「照月……か」
彼女だけは、問題児のように感じられる事は全くなかった。
僕が惚れっぽいだけかもしれないが彼女の事だけは、異性として気になっている。駆逐艦にしてはスタイルがいいし、僕に対して友好的に接してくれた。彼女が鎮守府にいるなら叢雲にいくら罵倒されても頑張れそうな気がする。
彼女は、一体何をしたのだろうか?
考えたところで何もわからない。僕は考えるのを止めて眠りについた。
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提督と別れた後、2人きりになった叢雲と照月が深夜の食堂で話をしていた。
「ねぇ、叢雲ちゃん。提督は続くと思う?」
「無理ね。士官学校を卒業したての人間が来ていいところでは無いわ。成績が悪かったみたいだし、それが原因で提督がいないここに飛ばされたんでしょ。仕事は真面目にやってたけど手際は悪いし、気も弱い。直ぐに折れると思うわ。良いことといえば悪い意味での貴女の出番が無さそうな事ぐらいね」
「やっぱりそうなっちゃうかなぁ……野菜作り褒めてくれたんだけどなぁ……」
照月が少し残念そうな声を出した。
「たしかに照月の野菜作りを評価してくれた提督は、初めてね。その事については素直に喜んでいいし、視野が広いと評価していいんじゃないの? でも、それとこれとは話は別。それに、そんな事言ってるけど貴女は、明日からアイツを玩具にするつもりなんでしょ?」
照月の表情に笑みが浮かぶ、
「あ、バレちゃった? 叢雲ちゃんって勘がいいよね」
「遠征にしろ出撃にしろ、敵と交戦した後の貴女だといつもの事じゃない。前任者が消えて相手がいなかったから体が燻ぶってるんでしょ?」
「うん。明日が楽しみだなぁ……」
「遊ぶのも程々にしなさいよ。アイツに働いてもらわなきゃ困るのは私だし、壊れると色々と面倒なんだから……」
「アハハ、分かっているよ」
「はぁ……少なくとも前任者の置き土産が片付くまでぐらいまでは、耐えて欲しいわね。」
叢雲は、ため息混じりに呟いた。