鎮守府に帰る間、私は下腹部に熱いものを感じていた。前の鎮守府で犬を惨殺した時以来に感じた熱。だけど、あの時よりも凄く強い焼けるような熱だった。提督に報告をして(レ級を倒したという事が重要視され、無断出撃はお咎め無しとなった)自室に戻ってからも収まる事は無い。
自分のアソコに違和感がある。
「あっ……」
布団の中で下着越しに少し触ってみたら全身に電気が走ったような快感が走り、慌てて手を引っ込めた。私のそこは濡れていた。
「はぁ……はぁ……」
息が切れる。心臓がバクバクしている。
(もう1度……)
秘部をなぞるように指を動かしたら痺れるような感触が全身を走り抜け、背筋がゾクゾクとするのを感じた。もう1度だけのつもりだった指が止まらない。いつの間にか乳房にもう片方の手が伸びていた。
いけない事をしている感じがあったけど辞められない。
自分が性的に興奮している事を自覚した。
(ダメ……なのに……)
下着越しですらこんなに感じるのに、もし、直接触ったなら……
ふとそんな考えが浮かんだ。
流石に辞めておこうという理性と快楽に身を任せろという本能がせめぎ合う。
急にフワリと浮く感触を感じた。私が私じゃなくなるあの感覚。
「ダメ!」
咄嗟に叫び声を上げて正気を保とうとしたけど間に合わない。
私の手は私の意思を無視する形で下着の中に侵入した。
「あああっ」
熱い息が漏れる。
意識はボーッとしているのに快楽だけが体の中を走っている。
自分の胸を弄る手と女性器を触る指が止まらない。私は体の制御を完全に失っていた。
(いや……来ちゃう……!)
頭の中が真っ白になり、全身が脈打つ。
「ーーーーー!」
絶頂の瞬間、声にならない悲鳴が上がった。
(凄く気持ち良かった……)
数分後、激しい倦怠感が全身を襲った。初めて感じた刺激だと思う。
私だってそういうことに興味が無かったわけじゃない。
艦娘の中にもいわゆる大人向けの本と呼ばれる類の物を隠し持っている子がいたし、私自身も何回か見せてもらったことがある。ただ、それを見て興奮を感じる事は無かったし、異性の誰かを好きになったことは無かった。
感じた刺激は自慰すらやったことがない私にとっては強烈過ぎる物だった。
(でも、おかしい。絶対におかしい、まるで私が私じゃないみたいな……)
倦怠感を感じてはいたけど、まだ何かが足りない気がする。それに、頭がボーッとしている感覚が未だに消えず、体が動かない。何が起きているの……?
「やっと話せた」
一瞬、誰が呟いたのか分からなかった。
(誰!?)
叫び声を上げたつもりだった。だけど、声が頭の中で響いただけ。
「誰ってもう1人の照月だよ」
聞こえたのは私自身の声だった。私自身が口を動かして言葉を喋っている。
(もう1人の私……?)
「猫が目の前で轢き殺された日を覚えてる? 初めて出れたのはあの時だったかな? 照月、何が起きたのか分からなくて尻もちついてたよねー」
(あの時……!)
もう1人の私の嫌味たらしい声に突然、記憶が鮮やかに蘇った。
ぼんやりとした感触の中、私はたしかに死んだ猫で遊んでいた。鮮血に染まった車に轢かれた後を触った。目を抉り出し、空いた穴に指を突っ込むと背筋がゾクゾクしていた。
どうして今まで忘れていたのだろうか? 私自身に激しい嫌悪感を感じた。
「あの時に照月が作った持つ1人の自我が私。目の前で猫が轢かれたストレスから自分を庇う為に私を作ったの。異常性癖に目覚めたのも同時だったかな?」
(嘘……そんな事……あるわけが……)
認めたくなかった。見れるとは言ってもグロテスクな物はそこまで好きじゃないし、もう1人の私の存在を未だに信じれていない。
「事実なんだし、認めてよ。そういえば、モズのはやにえを作ってた時の冬月の顔、面白かったよね。思ってたそのまま事を言ったら黙っちゃったけど」
(あの時のあれ、あなただったの!?)
「そうだよ。そっちが思っていた事を口にしただけだけど冬月の引き方、面白かったよね。アハハ」
その時の光景を思い出したのかもう1人の私が笑った。私は笑いたくないのに体が笑っている。気味が悪い。
(そんな事思ってない!)
「そう? 小動物が死んでるのを見てもなにも感じないんじゃなかったっけ? むしろ、最初の犬を惨殺した直後みたいに性的な興奮を感じてきた時もあったよね?」
(それは……)
否定できなかった。最初の鎮守府で犬を斬殺した時に下半身に熱いものを感じていた。あれは性欲だと思う……。
ダメ! このままじゃおかしくなる。すぐに主導権を取り戻さなきゃ!
(とにかく、私の体を返して!)
「時間が来れば勝手に戻るよ。ねぇ。それよりもさっきから体が熱くない?」
(熱い……? ひゃん!)
私の手が女性器を軽く撫でると全身に電気が走ったような衝撃があった。
(何するの!?)
「あーあ、こんなにびっしょりにしちゃって。後で下着を変えなきゃだね」
(それはあなたが変な事するから……)
「嘘つき。オナニーをしてたのは私じゃなくて照月自身でしょ? それに、まだ足りなくて本当は雌犬みたいに誰かとやりたくてやりたくてしょうがないよね」
(違う! 私そんなんじゃ……)
「そう? こんな姿で言っても説得力が無いよね」
(や……め……)
鏡に写った自分が信じられなかった。顔が紅潮しニヤニヤとした表情を浮かべていて、アソコから水滴が垂れている。目の前にいるのは発情しきった雌だった。
それに、もう1人の私が言ったように下腹部に確かに何かを強く求める自分がいた。それが何かは分からなかったけど……
「体を返してもどうせ抑えきれないだろうから私が、代わりにやってあげるね」
(嫌ぁぁぁぁ!)
その夜、私は提督を襲った。初めての性行為だったけど、これといった記憶は残っていない。一回目は少し痛かったと思う。だけどその後はいつの間にか意識が飛んでいた。
何もかも、もう1人の私が悪いのに。もう1人の私が私を乗っ取って好き勝手やるからいけないのに……
私は、提督を襲ったという事で独房に送られた
提督が秘書艦と恋仲(初耳だった)事もあり、軍事裁判送りは免れないだろう。最悪、死刑だ。
つい先日、残った2人の妹からは今後一切、関わりたくない旨の手紙が届いた。私は、本当に一人ぼっちになった。
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人生二度目の独房生活。暗くて狭くて汚くて、ネズミが巣を作っているような場所だった。
今は、もう1人の照月が私を乗っ取っている。私は意識はあるけど、体に制御権は無い。もう1人の私は何もする事が無いらしく、冷たい石の上に寝そべっている。
(あなたは何のために生まれたの?)
陰鬱な気持ちの中、呟いた。
「何のためって照月が負う傷を代わり背負う為だよ?」
(私はそんな事、望んでない!)
「そう? 私に依存してたのは照月じゃないの?」
(依存なんて……)」
「自覚無いかもしれないけど、照月は猫が目の前で死んだあの時から狂っているんだよ。生き物を痛みつけたい黒い欲望やその苦痛を私が肩代わりしてただけ」
(そんなことあるわけ……)
「本当に? 最初の鎮守府で破壊衝動を抑えきれずに犬を壊した時に快感を感じていたのは誰? あれは、照月の意思だよね?」
(違う! あれはあなたが体を乗っ取ったから……!)
私の意思……? そんなことあるはずがない。私は抑えようとした。抑えようとしたけども体が勝手に動いて……。
「悪いけどあの時のあれは、照月自身の意思だよ。証拠として、体が浮くような感触は無かったでしょ? 自分で自分を制御できてなかった事くらい自覚してよ」
(違う! あなたが勝手な事をするから……)
もう1人の私はため息をついた。
「どうしても認めたくないみたいだから質問を変えるね。新しい鎮守府で遊びやストレス解消を私に任せっぱなしだったのは誰? 冬月の仇を打った時に体が熱くなったのを感じたのは誰?」
(それは……)
言葉が詰まるのを感じた。
「ストレスに耐えきれずに秋月姉さんとの約束を守りきれなかったのは誰?」
(黙って!)
「そして、何よりも冬月の復讐がしたいからって私に身を預けた挙句、意識が戻った後に、レ級を拷問してゲラゲラ笑っていたのは誰?」
(黙れぇぇぇぇ!)
もう一人の私が呟く加虐的な声が纏わりつく。
耳を塞ぎたい。だけど、今の私にはその権利が無い。
「私に嫌な事を何でもかんでも押し付けるのもいいけど、いい加減、認めたら? 自分は狂っているって」
冷たいけど諭すようなしっかりとした声。否定したい。否定したいけど……
(私は……)
「何?」
(狂ってる……)
蚊の鳴くような声だった。だけど……認めざるをえなかった。
「やっと素直になれたね」
もう1人の私は笑顔でそう呟いた。
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1週間が経った。私は未だに独房の中にいる。コンクリート鉄柵の何も変わらない無機質な光景。
一回だけ取り調べを受けた時があったけどその時以外は限られた小さな空間の中で無作為な時間を過ごしている。朝起きてご飯を食べてボーッとしてお昼にまたご飯を食べてまた夜までボーッとする。加えて、一日の1時間ぐらいはもう1人の私が意識を乗っ取って自慰をしたり、ネズミを玩具にしたりと好き勝手に動き回る。
今、もう一人の私が、私を乗っ取り、近くのネズミを追いかけ回していて、私はただそれを眺めている。なんでも、剥製を作ろうとしているらしい。
(もう何もかもが嫌……)
やけくそな気持ちの中、呟いた。
「死ぬのが怖いの?」
ネズミを捕まえようと追いかけていたもう一人の私が足を止めて呟く。
(当たり前じゃない!)
「死ぬ瞬間が嫌なら寝てたら?」
(えっ?)
「私が起きてる時は寝ようと思えば寝れるでしょ?」
(それはそうだけど……)
確かにもう1人の私が意識を乗っ取っている間、私は寝たように意識を無くすことができる。独房に入れられて何回か成功していたから間違いではない。
意識を乗っ取られている間、寝ているおかげでネズミの解体を見ずに済んでいるし、罪悪感やストレスもあまり感じていない。今の私には、必須のものだ。
「寝てていいよ。痛みは私が全部負うから。涼月や初月も疎遠だし気にしなくてもいいだろうしね」
(なんでそんな事言うの?)
もう一人の私の顔が歪む。
「それってどういう意味の質問? 残酷なこと言わないでって事? 悪いけど他の姉妹は照月という艦娘が死んでも何も思わないと思うよ。現に、縁切りに近い手紙を貰ってるしね」
(違う。なんで、私を庇おうとするの……?)
「忘れたの? 照月が私を作ったのは痛みや衝動を肩代わりしてもらう為って言ったよね?」
(怖く……ないの?)
「別に。私の役目は照月の身代わりをする事だから」
(そう……その時になったらお願い……)
「いいよ」
もう一人の私の声はあの時の秋月姉さんのように優しかった。
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時間が経つにつれ、もう1人の私はそこまで悪い人間ではないことに気づいた。もう1人の私はあくまでも私自身の事を最優先で行動してくれている。彼女が滅茶苦茶な事をした後は不思議とスッキリしていたし、独房に入れられているのにも関わらず、破壊衝動のような強いストレスを感じる事は消えた。
結局のところ、狂っているのは私自身だ。もう1人の私はそれを全て代わりに請け負ってくれる存在。彼女に感謝するべきなのは私の方なのだ。
私に皮肉を言ったり、勝手に意識を乗っ取ったり、頭のおかしい人のように振る舞うこともあるけど、どれも私を思っての事だ。
狂っていた事を自覚させたのは、自分自身の行動に注意させる為だし、私自身が自分で自分を制御出来なくなることは無くなった。
口にはしなかったけど私は、彼女を受け入れる事にした。今の私が心の底から信頼できるのは彼女だけだ。
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結果的に扱いにくいが戦力として捨てるのは勿体ないと思われたのか、生かされる事になり、同じ頃に別の所で問題行動を犯した艦娘と一緒に新設の鎮守府に送られることになった。それが今いる最果ての鎮守府だ。
最果ての鎮守府は冬月と一緒にいた鎮守府よりも過ごしやすい。叢雲ちゃんは初めの頃は私の奇行を非難して辞めるように言っていたけど、止められないことを悟ると仕事に支障が出ないレベルで好きにしていい事を約束をしてくれた。二重人格なのもその時に話したし、叢雲ちゃんの過去もその時に知った。
執務等の面倒事は全部叢雲ちゃんがやってくれて、任務は叢雲ちゃんの指示に従うだけ。執務の量が多すぎて手伝わされる事はあったけど、叢雲ちゃんから教わっていくうちに自然とできるようになった。
自由だった。任務の時以外は寝てても何かで遊んでいても何も言われない。
たまに提督始末をするように言われる時があるけど全部、もう1人の私がやってくれる。夜の性処理も戦闘も全部彼女に任せた。
男を手当り次第に求められても困るという理由で鎮守府からの無断の外出だけは禁止されたけど……
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ある日、出撃終わりに私の部屋の中でもう1人の私が呟いた。
「今、起きてるよね? 大事な話がしたいんだけどちょっといい?」
(何?)
いつもとは違う真剣さに満ちた話し方に違和感を感じた。
「近いうちに私が照月を乗っ取るかもしれない」
(そうなの?)
「うん。そっちも気づいていると思うけど私が表に出てる時間が長くなっているし、このままだとそうなると思う」
なんとなく気づいた。いつの間にか意識を乗っ取られている時が増えていたし、私自身も意識的に彼女に頼ることが増えたから。
(そっか。何とかならないの?)
「無理……だと思う。原因が分からないから……ごめんなさい。照月の為に振舞ってきたつもりだったのに……」
もう1人の私は泣いていた。
私も嫌悪感に近いものが無かったと言うと嘘になる。ある日、自分が消えてしまう事に恐怖を感じた。
だけど、私が死んだ所で誰が悲しむのだろうか? 妹達は縁切りしたような物だし、秋月姉さんの墓参りも終わったし、この世に未練なんて無い。
惰性で運良く生きている独りぼっちの人間になんの価値があるのだろうか? なんで、死ぬ事を恐れなきゃいけないのだろうか?
それに、止めようがないならいっそのこと……
(いいよ)
「えっ!?」
もう1人の私が信じられないという顔をした。
(今まで私の為に色々やってくれたんでしょ? それなら私の代わりになってもいいよ)
「本気で言ってるの!? 本来の照月がこの世から消えちゃうかもしれないんだよ!」
もう一人の私が胸に手を当てながら叫んだ。
(いいよ別に。私が消えても悲しむ人はいないし、私は死んでもいいから)
「本当に死んでもいいって思っているの? 前は怖いって言っていたよね?」
(うん。怖くないと言ったら嘘になる。でも、どうしようもないし、狂った人間の末路だと思ってる。それに、秋月姉さんや冬月に会えると思えばね……)
「私が照月を乗っ取ったら死ぬかもしれないのにそれでもいいの……?」
(理由を聞いてもいい?)
「私は照月を守る為に生まれてきた。だから、その守る対象がいなくなると私がなんで存在しているのか分からなく無くなるから……」
自分の存在意義が消えてしまう。彼女はそう言いたいのを感じた。
(その時はその時なんじゃないかな?)
「無責任なこと言わないでよ! 私、どうすればいいの?」
(自由に生きてよ。秋月姉さんみたいに自殺してもいいし、惰性でダラダラ生きてもいい。貴女の生き方を大切にして)
「そんな事言われても……私、照月を守る事しか……」
(その時はその時だよ。避けようが無いし、しょうがないと思う。でも、今は私も貴方もお互いを必要としている。だから、一緒に生きようよ)
その場しのぎにしかならないような曖昧な答え。だけど、避けられない運命である以上、彼女に必要なのはその時に何をするかを考える事だ。
「そうだね……ありがとう」
もう1人の私は涙を流しながら言った。
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しばらくしてもう1人の私は1つの結論を出せたらしく、私もそれを了承した。生きる事に意味を感じられない彼女らしい答えだと思った。
彼女は自分で決めた考えを大切にしたいらしく、出撃の終わり、もう1人の私は叢雲ちゃんに必ず確認を取る。
「そういえば、叢雲ちゃん、あの時のこと覚えてる?」
戦闘が終わってホッとした雰囲気の中、もう1人の私が叢雲ちゃんに声をかけた。
「安心しなさい。覚えているわよ」
「良かったー。その時になったらお願いね」
「私としては照月とやり合いたいとは思わないけど、仕方ないしその時には責任を取ってやってあげるわ」
ため息混じりに叢雲ちゃんが呟いた。
叢雲ちゃんともう1人の私は1つ重要な約束をしている。私が発狂したり、本格的におかしくなったりしたら直ぐに容赦なく殺す事を。
周りの人間に迷惑をかけたくないというもう1人の私なりの保険の賭け方のように感じた。
救いなんて無い