2週間が経った。
照月が受け入れてくれた日以降、今までの苦痛を嘘のように感じなくなった。
勿論、照月との繋がりを保つ為にかろうじてやり続けられている提督としての仕事は真面目に続けているし、叢雲からの暴言に萎縮してしまったり、暴力をふるわれたりするのは相変わらずだけど以前のように、落ち込まなくなった。
泣き言を何も言わなくなった僕を叢雲は気味悪そうに見てるが、どうでもいい事だ。
加えて、前任者の負債が片付いたのも大きいと思う。夜遅くまでやる事は少なくなったし、数日に1度ぐらいは暇な時間ができるようになった。空き時間は照月の遊びの片付けの手伝いをしたり、彼女と話したり、1人で本を読んだりしている。
照月との関係は一緒に過ごす時間が増えた以外の変化は無い。少なくとももう一人の彼女は、僕を面白い玩具で都合のいい性処理の道具として見ているだろう。
本来の照月が僕の事をどう見ているかは分からないけど、最近彼女をあまり見なくなった気がする。もう一人の照月に話を聞いてみると、乗っ取られたわけではなく、ただ単に出たくなくて出ていないらしい。理由は、話せないと言われた。
少し寂しい気もするけど、彼女がそう思うならしょうがないと思う。代わりにもう一人の照月と過ごす時間を大切にしている。僕にとっては、本来の照月も、もう一人の照月も同じ1人の人間なのだから。
本来の照月との意思疎通も彼女がやってくれるから間接的に会話もできている。間接的でも話すことができるなら僕は満足だ。
ー--------------------
「はぁ……鬱陶しいわね」
ある日、叢雲が執務の終わりに呟いた。
「どうした?」
「アンタには関係ない」
「秘書艦である叢雲が悩む案件が提督の俺に関係がないわけがないだろ」
「一人前の仕事もできていなし、提督でもない癖に随分と偉くなった物ね」
「すまん。悪かった……」
そう言われると返す言葉が無い。大人しく謝るしか無かった。
「まぁ関係ないと言ったけど、今回はそういうわけにもいかないわね。響に別の鎮守府からスカウトが来てるのよ」
「響に?」
意外だと思った。
響は、サボタージュの常習犯として知られている。この鎮守府では任務だけは真面目に働いているが、叢雲が上手くやり取りをした結果(普段、何をしててもいいし他人と関わらなくてもいいが仕事の時だけは、真面目にやれと言われたらしい)にすぎない。
別の鎮守府に移ったところで、彼女はその態度を変えようとはしないだろう。練度は高い方だが人と関わるのを嫌う彼女はコミュニケーション不足で、艦隊のお荷物になる可能性も有り得る。そんな彼女を何故、欲しがるのだろうか?
「本人は何と言ってるんだ?」
「ここに残りたいって言ってるわ」
「それなら、断ればいいじゃないか」
「相手の鎮守府の提督がどうしてもってしつこいのよ」
「どこの鎮守府だ?」
「照月が最初に所属してた所よ」
「そういう事か……」
理由を聞いて全てを察した。
「あそこの提督の評判は、悪くないけど、秘書艦の電の姉妹艦の響がここにいるのが気に食わないのよ。この鎮守府の事を変人の集まりと思ってるたい」
叢雲の話は予想した通りだった。
彼の事を照月は差別主義者と言っていたことを思い出した。もしかするとだけど、そういう目でこの鎮守府を見ているのかもしれない。ここが最果ての鎮守府である以上、仕方のないことだとは思うけど軽い不快感を感じた。
とはいえ、大切なのは僕や叢雲の感情ではなく響自身の意思だ。彼女は、行きたくないと言っている。ならばその意思を伝えるべきだと思う。
「叢雲が言っても駄目なら響に直接言わせてみたらどうだ?」
「そのつもりよ。明日、こっちに来るって言ってるから分からせるつもり。どんな対応をすればいいのかはカンペを作っとくから、アンタは大人しくそれに従いなさい」
「分かった……」
叢雲が対応策を練ってくれるなら僕はおとなしくそれに従うべきだ。彼女の提案に素直に乗ることにした。
あの時は、反抗してしまったがやはり叢雲は秘書艦として非常に有能だ。馬鹿等の暴言は別として執務に関しての指摘は的確な場合が殆どで、文句を言うことができない。今の僕には彼女無しでは、鎮守府を回すことはできないと思う。
上司への対応なんて僕にはできないし、今回は彼女に頼り切りになりそうな気がした。
ー--------------------
照月がいた鎮守府の提督は40代ぐらいの落ち着いた雰囲気の人だった。
頭には白い軍帽を被っていてシミや汚れ一つない制服を着ている。地位は中将。この歳で中将なのだから実力はかなりのものなのだろう。提督かどうかすら怪しい僕とでは、地位に天と地ほどの差がある。
彼の秘書艦の電は、小学生のような容姿の少女だった。彼女は金色の目をしていて、茶色い長髪をアップヘアーに束ねている。大人びている物を感じた響とは対照的に彼女には気弱な幼さを感じた。
見ていた限りではあるけども彼女は、照月を警戒しているのか僕みたいに終始オドオドとしていた。
叢雲は面識があるらしく彼女に軽い感じで声をかけていた。それに対しても怯えている様子を見せたのだから、コミュ障なのかもしくは叢雲の事が苦手なのかもしれない。
彼女が過去に普段、僕がされているような事をされていたとしたら無理はないと思うが……
彼が僕に対面する形で椅子に座ると叢雲がお茶と菓子を持ってきた。
「どうぞ……」
「お前に用は無い」
人とすら見られていない様な、ぶっきらぼうな声に強い嫌悪感を感じた。
「響の事について、受け答えをしていたのは君だろ?」
彼は僕には目もくれず叢雲に声をかけた。
「いいえ、違います」
「良かったら家に来ないか? 君の事は横須賀の提督から聞いている。過去の事はあるかもしれないけどこんな所で働くよりもこっちで働いた方が……」
「横須賀!?」
思わず声が出た。
「何だ、そんな事も知らなかったのか? 彼女は今の横須賀の提督の初期艦だぞ」
彼の受け答えに、叢雲が小さくため息をつくのが見えた。
横須賀となると最も大きい鎮守府だ。当然ながらそこに着く提督は、トップクラスの実力の持ち主だし、艦娘も同様だ。叢雲が横須賀の提督の初期艦なんてとてもではないが信じられなかった。
「それと、お気持ちは嬉しいのですが勧誘の件はお断りさせていただきます。それと、私が横須賀の出身かどうかはご想像にお任せします」
叢雲の答えに彼の顔が少し歪むのを感じた。
「理由を聞いていいか?」
「私はこの鎮守府に送られるだけの罪を犯しました。今は、その贖罪が必要だからです」
「君は長い間ここで働いている。もう、十分苦しんだんじゃないか? 頼りない男の下で働く事の何が楽しいんだ?」
間接的に自分が分かりやすく馬鹿にされた事に対し、強い不快感を感じた。
「私はまだ贖罪が済んだとは思っていません。私には、この鎮守府で働く義務があります」
「もう十分だろ。いい加減、狂人の巣窟から抜けたいと思わないのか? なんなら、1人を除く全員を引き取ってやってもいいぞ」
執務室のドアが開く音がした。
「提督、今暇ですか? あっ、電ちゃんだ。久しぶりー」
開いたドアの先にいるのは照月だった。
「照月ちゃん……お久しぶりなのです……」
2人のやり取りに突然、笑顔で乱入してきた照月(ダークグレーの瞳の本来の照月だったが)に電の顔が真っ青になる。
「元気にしてた? 提督もお久しぶりです」
「辞めろ! お前のようなケダモノが言葉を話すんじゃない」
「その態度、相変わらずですね」
ため息混じりに呟く照月の目が赤に変わるのが見えた。 もう1人の照月だ。
「今すぐ引っ込め!」
照月の表情から笑顔が消えた。
「ねぇ叢雲ちゃん。この人殴ってもいい?」
「照月! 辞めなさい!」
叢雲がそう叫ぶか叫ばないかのうちに電が彼を庇うように照月と提督の間に立ち塞がった。
「なんで? ムカつくんだけど」
「アンタだって馬鹿じゃないんだから、何が起こるかぐらい分かるでしょ! 我慢しなさい!」
「分かったよ」
照月がそっぽを向くのが見えた。
状況が状況だが、照月の気持ちは分からないわけではない。誰だっていきなり暴言を吐かれたらイラッとするし、僕自身もついさっき目の前にいないかのように扱われた上に頼りない男と(否定はしないが)馬鹿にされた。
提督とは皆こんな人間なのだろうか?
「申し訳ございません。照月が、ご迷惑をおかけしました。鎮守府を代表してお詫び申し上げます……(ほら、ボーッとしてないでアンタも頭を下げなさい!)」
叢雲からの小声に慌てて頭を下げた。仮にも立場は相手の方が上だ。嫌な相手だったとしても謝罪をしなければならない。
「(すまん!)申し訳ございませんでした」
「狂犬のしつけぐらいしっかりしろ!」
照月が右手に握り拳を作るのが見えた。照月の苛立ちの強い合図。まずいと直感が告げる。
「照月、すまないがしばらく留守にしててくれないか? 話は後で聞くから」
「はーい」
不満そうな顔をしながら照月は執務室から消えた。
「フン、イラつくとすぐ暴力なのは昔から変わらないな。」
「自分からも謝罪します。本当に申し訳ございませんでした」
「提督ならアイツ本人に頭を下げさせてくれないか? ここに送られるような人間で、アイツに性の捌け口にされてるような人間にできるような事じゃないだろうがな。どうだ? 雌犬と寝る夜は楽しかったか?」
照月か雌犬? その一言にはらわたが煮えくり返るのを感じた。
「いい加減にしろ!」
気づいたら声が出ていた。
「何だと?」
「お前に照月の何がわかるって言うんだ!」
「お前、誰に向かって口を聞いてるのか分かってるのか!?」
目の前の人間は大声を上げた。
「誰だろうが関係ない! 照月を理解していないくせに好き勝手に語るな!」
「黙れ! 下士官の分際で俺に逆らうな!」
「司令官さん! 落ち着くのです!」
「うるさい! お前は黙ってろ!」
「お言葉ですが」
ヒートアップする会話を止めようとした電を怒鳴る彼に対して叢雲が落ち着いた声で呟いた。
「少し横暴過ぎるのではないでしょうか?」
「何だと?」
彼が叢雲を睨みつける。
「この鎮守府に所属している艦娘は少数ですが皆、何かしらの傷を背負っています。その中身を理解しようともせずに暴言を吐いたり、押し付けがましい善意をぶつけるのはいかがなものかと思います」
「黙れ! この駆逐艦風情が!」
叢雲の言葉にこの男の本性を見た気がした。表面は善人を装っているが中身は自分と違う価値観の人を決して肯定できない人間だ。
下の物に強く、自分と価値観が異なる人間は徹底的に否定する人間。もう1人の照月がキレかけたのも無理がないと思う。こんな人間の所に響を送るなんて、僕だってお断りだ。
「響。今の会話、全部聞いてたかしら?」
「うん」
クローゼットの中から響が現れた。
口にはしなかったが、響の登場に内心驚いた。響がそこに居ることを僕は知らなかったし、叢雲から何も言われていなかったから。
「なっ……」
「この鎮守府に行きたいと思う?」
「行きたいと思う方がおかしいと思う」
「響もこの通りなので申し訳ございませんがここは、どうかお引き下さい」
「つっ……覚えてろ! 行くぞ電」
「分かった……のです」
ドスドスと力足を踏みながら彼は執務室から消えた。
ー--------------------
彼が執務室から消えて数分後、激しい後悔の波が僕を襲った。
「すまん。叢雲……滅茶苦茶にしたな……」
中将相手に喧嘩を売ってしまった。相手は間違いなく報復に来るだろう。僕はどうなるか……いや、僕のことはいい。下手をしたら鎮守府が消し飛ぶ案件だ。
「気にすることじゃないわ」
涼しい声を出して叢雲が机の下からテープレコーダーを取り出した。
「何だそれは……?」
「黙って聞いてなさい」
叢雲がそれを再生すると先程の会話が全て録画されていた。勿論、中将の暴言もバッチリと記録されている。
「あらかじめ仕掛けといたのよ。これをコピーして、渡すべき所に渡すわ。あの馬鹿は、パワハラで少なくとも2等降格は確定でしょうね。世間的には穏健派を名乗ってるし、下手したら首が飛ぶわ」
「対応がやけに丁寧だったのはそういう事か……」
「あの手のヤツは下手に出れば本性が見えるから分かりやすいのよ。照月が嫌うわけだわ」
普段は誰に対してもタメ口の叢雲が中将相手には敬語を使っていたのを疑問に思っていたが、まさかそんな理由だとは思わなかった。
仮に僕が横暴な人間だったとしたら今のように彼女にパワハラの証拠を握られていたのかもしれない。そう考えると背筋に悪寒が走った。
「被害者面して証拠をしっかり抑えておくのは基本よ。1つ覚えておきなさい」
「分かった……」
「しかし、評判は宛にならない物ね。電があんな奴の下で働かされて気の毒だわ」
中将相手にも引かない彼女に恐怖心を感じた。
予想通り、今回は叢雲に頼りっぱなしになってしまった。やはり、彼女は優秀で問題点もあるが、ほぼ完璧と言っていい人材だ。
僕も照月のいた鎮守府の提督も皆、あの場にいた人間は叢雲の手の内だった。僕が切れていてもいなくても結果は同じ物となっていただろう。
舌を巻くような見事な手腕だった。今回の件については叢雲の行動に文句を何も言えない。
だけど……1つだけ聞きたいことがあった。
「そういえば、横須賀の件……本当なのか?」
「さぁ。ご想像にお任せするわ」
そう呟いた彼女は執務室を後にした。
ー--------------------
叢雲は何故、鎮守府に残ろうとするのだろうか?
照月のいた所の提督の前では罪を償う必要があるからだと言っていたけど取ってつけた理由にしか聞こえない。
彼女程の艦娘なら引く手数多だろうし、仮に横須賀の件が事実ならこの鎮守府にいる事自体がおかしい。
提督を半殺しにしたというのにも違和感がある。普通なら物理的な意味で首が飛んでいてもおかしくない案件だし、そのせいでここに送られたというのも罰としては軽すぎる。
いったい、彼女は何を抱えているのだろうか? 考えてみたけど答えは出なかった。
ー--------------------
数日ほどして、照月の元いた鎮守府の提督がパワハラで首になったことをニュースで知った。
いつもは怖い叢雲だけど今回ばかりは味方で本当に良かったと思った。