しばらく叢雲視点で話が続く予定です。
初日、頼りない人間。それがアイツの初印象だった。
常に私相手にオドオドしているし、ろくに仕事はできやしない。成績不振だったのは来る前に軽く調べていたから知っていたけども想像以上だ。
照月に一目惚れしたらしいけどそれもどこまで続くのやら。今の所は真面目にやってるけど、そのうち折れるだろうとろくに期待もしなかった。
2日目。最低でもこれぐらいはできるだろうと執務にノルマを任せていったら、工廠で油を売っていたらしく、見事に失敗した。途中までは、真面目にやっていたけど後ろの方は間違いだらけだ。なんとか終わりにした事だけは評価できるけど間違っていたら意味が無い。全部やり直しだ。
加えて辞めとけと言ったのに関わらず照月の遊びを見に行った。好奇心が身を滅ぼすって何で分からないのかしら? 10分ほどして、倉庫近くの水道で吐いているアイツを見つけた。だから辞めろって言ったのに……
その場で軽い皮肉を吐いたら嫌そうな顔をしていた。今夜の事を考えるとコイツの短い恋も終わりになるだろう。
夕飯は照月の作ったカレーだった。照月が夕食を作る時は、睡眠薬が盛られていない少ない方を取ることが約束になっている。案の定、アイツはあっさりと照月の企みに引っかかった。そのままアイツは照月の相手をする羽目になった。一目惚れした子が狂人と分かったその日のうちに逆レイプされるってどんな気持ちでしょうね?
初めの方は気になっていたけども今は定期的に鎮守府内に響く喘ぎ声には、もう慣れた。
2人の惨劇を気にせずに私は眠りについた。
4日目。何でだろう? アイツの事を考えていると無性にイライラする。
アイツは至って真面目だ。かなりのハードスケジュールのはずなのにやれと言われたら執務はやるし、できないことだらけで質問ばかりだけど確実に良くなってきてはいる。良い傾向なのになんで私はイラついているの? 褒めてあげたいと思うけどそれができない私がいる。
アイツが未だに好きな照月への嫉妬? いや、そんなはずは無い。私はアイツの事が好きじゃないから。
考えながら出撃から帰ってきたら、事件が起きていた。
新人の馬鹿は冷凍食材を真夏にも関わらず常温で放置しやがった。執務はきちんと終わっていたから少し褒めてやろうと思ったらこのザマだ。執務どころではなく、その処理をするために夕飯までの時間が潰れた。
コイツは馬鹿だ。改めて確信した。どうして自分の苦労を自分で無にできるの? たった一つの見逃しに気をつけるだけでいいのに、どうしてそれができないの?
溶けた冷凍食品の後始末の最中考えてたら、私がイライラする理由に気づいてしまった。
昔の提督に似ているんだ。
私の元彼氏で私が不感症だから破局した提督。
真面目に仕事をやるけど臆病で変な凡ミスをして提督としての実力は無い。そのくせ、正義感だけは人一倍強い。段々と成長していくあたりも同じ。見た目以外の何もかもがそっくりだ。
成長したなら素直に評価してあげるべきだと思う。それがアイツのためになるし、アイツをこの鎮守府の提督にふさわしい提督に育てられるかもしれないから。経験上の事だし、確信をもって言えるわけじゃないけどしっかり育てることができるなら彼は大物になるかもしれない。そんな予感があった。
だけど、私の感情がそれを許さなかった。馬鹿みたいな話だけど昔の提督に似ている。ただそれだけの事が私は嫌だった。たとえ何があっても私はアイツを絶対に提督として認めない。辞めさせてやる。一人でそう決意した。
この日以降、アイツへの当たりが強くなっていった。
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1週間後。
久しぶりに腹を抱えて笑った。ついにあの馬鹿がやらかした。アイツは想定外の大馬鹿者だった。
照月の過去を知る為に憲兵の知り合いに泣きつき、明石が監視員と知った上で提督としての地位を投げ出した。
アイツは未だに照月の事が好きだった。アイツ自身が提督としての地位を失ってもいいと思うぐらいには。
滑稽だ。狂人を助けるために命の次に大切なものを差し出す? 馬鹿馬鹿しい。
そんなことをして、何になるの? 何もできない人間が本当に助けられると思っているの? 自己満足にすぎないってなんで分からないの?
否定する言葉しか浮かばなかった。
そして馬鹿の行動が滑稽な理由はなによりも、あの子を助けるなんて絶対に無理なのだから。明石も照月の過去を知らないからこそ無茶な依頼を受けたのだろう。あの子は性格は悪いけど根は悪い人間じゃない。照月の過去を知っていたら、断っていたと思う。
私にとって、アイツが北方棲姫を匿っていた事はどうでもいい。成績不振のアイツにとって士官学校時代は苦労が耐えなかっただろうし、敵とはいえ相手が幼い子供で会話ができるなら、正義感の強い馬鹿が匿うのも有り得なくは無いと思う。むしろ、深海棲艦と良好なコミュニケーションが取れた例として評価してもいいかもしれない。
たとえ、それが軍人失格だったとしてもだ。
重要なのは私が弱みを握り、立場関係が完全に逆転した事だ。明石に足元を見られて、貯金の大半を失ったけど……
今までどちらの立場が上なのか怪しい所だったけど今回の事件でハッキリした。アイツは面目上の立場を失った。アイツは私に逆らえない。
私はアイツが嫌い。大っ嫌い。いつも殴りたくてたまらなかった。だけど、仮にも立場関係というものがある。事実上の鎮守府のリーダーである私自身が手を汚す事は避けたいし、下手に提督という立場の人間に手を出したら何が起きるか分からなかったから、暴力という手段は取らずに厳しく対応する事に留めていた。
だけど、今はその枷が無くなった。アイツの提督としての生殺与奪は私の手の中にある。ストレス解消のいい機会だ。思いっきり殴ってやろうと思った。
だけど、いつものように照月を巻き込もうとしたら断られた 。
私怨に私を巻き込むな。やるなら1人で勝手にやってくれ。照月は遠回しに私にそう言った。
普段はあんな感じだけど照月はプロの軍人で、立場関係を重要視する。私がアイツを殴ろうとしても拒否したのは自分が手を下す相手として相応しくないし、やりたくないと判断したから。
この鎮守府で、照月の役目は私が直接手を出しにくいより立場が上の人間を排除すること。殴る相手の立場が上の人間が相手なら私の指示を聞くけど逆の場合、殴る殴らないは本人の意思となる。今回は殴る気は無いと言われた。
こうなると照月は絶対に言うことを聞かない。元々、プライベートではお互いに干渉しあわない取り決めをしていたから、私も強くは言えない。
照月は無理そうだったから代わりに私の言いなりになっている夕立を巻き込んだ。その方が私1人でやるよりも罪悪感が軽くなるし、夕立に罪の意識を持たせて私に逆らえなくするための良い教育になる。
臆病な日和見主義者は扱いやすい。人を虐める人間は相手を虐める事によって、自分はこうではないという安心感を得るためにそれをする。
夕立もその手の類の人間で初めは嫌がっていたけども、直ぐに人間の本性を表した。
とはいえ、今は都合よく扱っているけどもいずれ、直さなきゃいけないことだとは思う。人間関係の悪化に繋がる可能性があるし、夕立自身も虐められる可能性があるから。
リンチが終わって1時間ぐらい殴ってから、夕立の提案でぼろ雑巾みたいになったアイツをゴミ捨て場に捨てた。
溜まっていたストレスが発散されて気が晴れるのを感じるのと同時に、まとわりつくような激しい罪悪感を感じた。
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自己肯定感が低い人間を持ち上げるのには成功体験をさせればいい。成功して周りに認められればそれが自然と自信に繋がっていくから。最初の提督もそうやって少しずつ持ち上げていって高いレベルの人間にすることができた。
ならば、逆の事をするにはどうすればいいのか? 簡単だ。徹底的に否定してやればいい。
その日以降、私はアイツを徹底的に否定した。内容は正論でも感情論でも何でもいい。とにかくアイツを否定して暴力を振るう。
だけど、絶対に私からは首を切らない。手を汚すことになるし、アイツを私自ら殺している気がするから。
自分では直接手をかけないのに相手から自主的に辞めさせようとする。歪んだ愛情という言葉がふさわしいと思う。
私だって悪いことは分かってる。だけど、それがなんだと言うの? 私は自分を制御できていない照月と大差の無い人間だ。そんな人間の目の前にムカつく人間がいてそれを一方的に殴れるなら殴ってしまうのが自然だろう。
傍から見ると私のやっていることは八つ当たりだ。不条理極まりない仕打ちをアイツに与える日々が続いた。
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アイツが明石と契約をして数日が経った。
夕立からの報告で響がアイツを助けた事を知った。
アイツが朝食に行っている隙に問い詰めに言ったら、逆に私怨に他人を巻き込むなと反撃を食らってしまった。響は私がアイツを殴るのを止める気は無い。ただ他人を巻き込む事だけは見苦しいから辞めろと言う。
私にとって最悪の受け答えだ。
肯定するかいっその事、強く否定して私を止めて欲しかった。そうすれば私も自分を見つめ直せるかもしれないし、アイツに謝れたかもしれないから。
だけど、響は私を止めてくれない。私の中の罪悪感を減らす逃げ道を減らした上でどちらにも属さない中立的な立ち位置をとる。
響は気づいている。私がアイツを殴る度に私自身の手を汚している事に。そして、私が悪いと思いつつも辞められない事も。
中立的なのは照月も同じだけどあの子は自分が巻き込まれる事は拒否しても私が他人を巻き込むことについては何も言わない分、響の方が辛い言い方に聞こえる。
話しているうちに真綿で首を絞めるような感触を感じた。
感情論で大っ嫌いだからと大声を上げたら、 なんで辞めさせないの? と反撃されて心が折れた。
私の完敗だ。私は響にはかなわない。
次の日、照月の過去を知った明石が流石に責任感を感じたのか、アイツが照月の過去を諦めるなら払った金全額に2割増しで返すから渡したものを返して欲しいと言われた。
明石を敵に回すのも面倒だし、払った金額が金額だから2割り増しという条件は悪いものではない。受けることにした。
アイツが自らの立場を取り戻して私への報復を企むようなら今度こそ照月の出番だ。その時は実力行使で辞めさせてやる。
その日の夕方、アイツが照月に慰められているのを見た。心が折れないのを不思議に思っていたけどもこれが要因だったみたいだ。私が否定的な言動を繰り返すのとは対照的に照月の意見は客観的なものだ。中立的な物であっても、私の言葉に比べればアイツにとっては優しい。
加えて照月からの話を聞いてみた感じだと照月との性行為もアイツにとってストレス発散の一因になっている(最近は積極的にやってくれるとかそういう話を聞いた)と判断した。
照月に無理にそれらを辞めろというのは不可能だ。それが約束だから。
情けないと思った。自分が助けたい対象に慰められて性処理の道具にされて……他人を助ける以前の問題じゃない。自分の事すら満足にできないのに他人を助けようなんておこがましすぎるのよ。
今はかろうじて保っているけど、どうせ照月の過去を書いた時に心が折れる。そう思った。
アイツの約束の日当日、出撃から帰ってくると書類の前で放心状態の馬鹿がいた。朝、張り切っていたのが嘘みたいに見える。
何もかもが予定通りだ。
だけど、私はここで致命的なミスをした。
1回突き落としてから落ち着いて、提案するようにアイツに寄り添うように、アイツの耐えてきたという利点を肯定するように言っていれば素直に現実を受け入れて鎮守府を辞めていたと思う。全否定したのはやりすぎだった。
私がアイツの行動や過去を全否定する言い方にアイツは逆ギレしたのに加え私自身が振り上げた拳の落とし所を失った。まさか今更首にしないと言う訳にも行かないし、だからといって私自身の手で切るのは嫌だ。
仕方ないから私自身でアイツの足元を見る事にした。アイツは恐らく、私に辞めさせられると思っている。辞めたくないけど今更謝りになんて行けない。この状況で必死になって謝れば、許してくれると助言する人間がいたら?
直ぐに正解を導き出せた。響に当たればいい。照月はどうせ断るだろうし、夕立はアイツに接触する事自体が難しい。だけど、響なら可能なように感じた。
大きな出費(貯金が5万円を切った)はあったものの私の思惑は見事に成功した。アイツは土下座して私に許しを乞う。
改めて馬鹿だと思った。大嫌いなら今まで首を切られなかった事をなんで不思議に思わないの? 答えはひとつ。私が何かしらの理由で切れないからに決まってるじゃない。
それぐらい気づけ。だから、私に馬鹿にされて照月に好き放題にされるのよ。
私自身に落ち度はあったけど再作の結果にならなかった事に内心、ホッとした。辞めさせるという戦略的な目的には失敗した。だけど私優位の状態は変わらないし、アイツの手綱を締めるいい機会になったと思う、二度とアイツは私に逆らおうとしないだろう。だから、私はアイツを辞めさせる他の方法を考えればいい。そう判断した。
だけど、この日から私のやる事にケチがつき始めた。