数時間後、映画を見終わった僕は照月と一緒にショッピングセンターに向かって歩いていた。
「面白かったですね」
「そうだな。あの流れには度肝を抜かれたよ」
「子供のくせに性格が完成されているなぁとは何となく思いましたけどね……あの流れは照月も予想外です。あの子の正体を知った時は声が出そうになりました」
映画は大当たりだった。予備知識無しで見るべき映画だと思うし、見てよかったと思う。それだけの物が、あそこにはあった。
スリラー系のホラーでありながら話そのものにテーマがあり、劇内の醜悪の根源とも言える少女役の女優の演技が真に迫るものだった。
照月も面白いと思っていたのか、映画館を出た後は自然と2人で会話が盛り上がった。いつの間にか緊張も解け、いつもの彼女と会話するように話せていた。
「帰ったら響達にも勧めてみるか」
「その必要は無いと思いますよ」
「うん? どういう事だ?」
「なんでもないです。提督はどのシーンが印象に残りましたか?」
急に話題を変えられたことに違和感を感じたが質問に答えることを優先することにした。
「うーん……全体的に過激な映画だったけど、僕は鳩を石で叩き潰したシーンかな……」
「あのシーンですか。照月は少女が孤児院のシスターを殺したシーンですね。他の子供を共犯者に仕立てあげて脅迫してましたし、明らかにおかしいと思いました」
「たしかにあれも凄かったなぁ……」
照月が口にしたシーンは少女が映画内で初めて殺人を犯すシーンだ。その際に、少女は自らの手で殺した上で元々居た子供の1人を共犯者にして死体と証拠を隠蔽する。隠蔽の現場を見ていたもう少しの子供もナイフで脅迫され、子供達は彼女に逆らえなくなる……。そんな流れだった。
年齢が2桁にも満たない少女ができることではない。他人を共犯者として巻き込んで自分に逆らえなくする所は、マインドコントロールに似ている。僕も見ていて恐怖を感じたシーンだった。
「もう1人の私もあそこまではできませんし、やらないと思います」
「そう言えば、前に夜の関係以外で他人を巻き込むのは嫌いだと言っていたな……」
「巻き込む巻き込まないの問題以前に、隠す気が無いですし、皆が気味悪がって距離を置いちゃうんですよね。遊びの手伝いを積極的にしているのは提督だけだと思いますよ」
「言われてみればそうだな……」
口にしてもう1人の照月に悪い気がした。彼女を否定する気は無いが彼女は自分の中の狂気を隠す気がない(本来の自我の身代わりをしているためだが)し、それ故に皆に避けられている。
姉妹を含めた皆に捨てられた本来の照月は1人だけど、もう1人の照月も1人なのは同じなのかもしれない。本来の照月さえ守れればいいと考えている彼女がそれを不自由に感じているようには見えないが……
グー
話していたら、ショッピングモールについた頃に腹の虫が鳴った。顔から火が出そうになる。考えてみると最後に食事を取ったのは、早朝に携帯栄養食品を食べた事だ。お腹が空くのは当然の事なのかもしれない。
「すまん、照月……」
「少し早いですが昼ご飯にしますか? 照月もお腹が空きました」
照月のフォローがありがたい。時計を見ると11時過ぎだった。少し早い時間だけど、開いている店はあるだろうし混み合う前にと考えれば良いのかもしれない。
デートする前に施設等を調べていた時に、近くで良さそうなレストランを見かけた事を思い出した。
「そうだな。たしか近くにレストランがあったから、行ってみないか」
「いいですね」
しかし、自分はここでミスを犯した。レストランは予約制だったのだが、自分はそのことを一切知らなかった。そのせいでレストランまで行ったがそのまま引き返す羽目になった。
「すまん照月……」
「気にしてませんし、大丈夫ですよ。代わりにショッピングモール内にファミレスがあるみたいですし、そこに入りませんか?」
「そうしよう……」
照月への申し訳ない気持ちの中、2人でファミレスへと向かった。
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予想通り、ファミレスの中の人数は少なく、あっさりと広めのテーブル席をとる事ができた。2人ともスパゲティを頼んだが良くもなく悪くもなくという物だった。チェーン店特有の変わらない安定感のある味。士官学校時代はよく行った店と同じ店名だったから、食べ慣れた味だった。照月が満足してくれるか不安だったけど、彼女は喜んでくれた。
彼女が言うには鎮守府での食事に慣れていると凄く美味しく感じるらしい。普段の食事が貧相なのがかえって良かったのかもしれないと思った。
「そろそろ行きますか?」
食事を終えて10分ぐらい談笑をしてから照月が呟いた。
「そうだな」
ドリンクバーのコーヒーを飲み干してから席を立つ。
「会計は僕が……」
伝票を見ると会計は2300円だった。どこかで、デートでの食事は男が奢るものだと聞いたことがある。ここは僕が払うべきなのかもしれない。
「照月も払いますよ」
「えっ?」
「自分が食べた分ぐらい払うのが当たり前だと思います。それに、提督も財布事情は苦しいのでは?」
「えっと……それは……」
照月の指摘は事実だった。給料前な事に加え、響と夕立に小遣いをあげたり、嗜好品としての菓子(皆の為に買っていたがそれなりに好評だった)や本の類に金をかけていた為、財布の中の2万円が全財産となっていた。だけど、照月に少しでも良いところを見せたいという気持ちもある。どちらを選べば……
「無理しない方が良いですよ」
僕の心の中を察したのか照月が呟いた。みっともない話だけど、今は彼女の好意に甘えようと決意した。
「すまん。照月……割り勘で頼む……」
「分かりました。照月は全然気にしてないので大丈夫ですよ」
また、レストランの件に加えて自分の落ち度を彼女にフォローされる形となってしまった。
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「そういえば提督。気づいていますか?」
店から出た直後に照月が呟いた。
「ん? 何の事だ?」
「変装してますけど後ろの2人組、響ちゃんと夕立ちゃんですよ」
チラリと後ろに視線を向けると、20m程離れた場所に背丈に差のある金髪の少女と銀髪の少女がこちらに向けて歩いていた。銀髪の少女は背が低く眼鏡をかけてマスクをしていて、黒い前つば付きの帽子を被っている。金髪の少女はもう1人よりも背が高く、こちらも眼鏡をしていて茶色いつば付きの帽子を被っていて髪をポニーテールに纏めている。
2人共眼鏡をかけていたり、帽子をかぶっていたりと変装していて言われるまで気づかなかったかとしれないけど、照月に言われてみると確かに響と夕立だった。
「何やってるんだアイツら……」
「叢雲ちゃんにでも頼まれたんじゃないですかね?」
「叢雲が?」
「照月達がどんな事をしているのかって監視させてるんだと思います。せっかくなので巻いちゃいませんか?」
子供がイタズラするような笑みを照月が浮かべて言った。 僕としても叢雲からの目があるというのは少し気分が悪い。彼女の提案に乗ることにした。
「悪くないな。できるか?」
「人が多いですし、そこまで難しくないと思います。照月が引っ張るので着いてきて下さい」
照月が手を引いた。
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「(行ったぽい)」
レストランから出た2人を見て夕立が小声で呟いた。
「(私達も行こう)」
2人は席を立って会計へと向かった。
叢雲が響と夕立に出した任務は提督と照月にバレないように尾行して、叢雲への報告及び何かトラブルが起きたらその場で対処すること。提督と照月を信用しきれない叢雲がかけた保険だ。
叢雲個人が頼んだ仕事のため、特別給として1万円ずつ前金で受け取っている。
照月と提督がバスに乗る前から町内のカフェで待機していた2人は、叢雲から映画館前で待ち伏せしろという指示を受けてから行動していた。
2人が見る映画がホラー映画と知って夕立は嫌がったが2人を見失ったら困るという理由で仕方なく付き合っている。
尾行を再開して数分後、チラリと提督が視線を後ろに向けた。夕立がビクリと反応する。
「(足を止めないで)」
一瞬、足を止めた夕立が響の声に慌てて歩くのを再開した。提督の視線が前に戻った。
「( 近づきすぎだ。もう少し離れた方がいいと思う。ゆっくり歩いて)」
響が小声で夕立に呟く。
「(分かった……)」
2人は歩幅のペースを落とした。2人と提督の距離は20m程だったが30m程にまで伸びた。2人の視界の先で提督と照月は談笑しながら歩いていく。
「(こっちか……一階に行くのか?)」
このショッピングモールは上り階段と下り階段が別々になっていて、どちらか一方に行く事しかできない。たまにショッピングモールまで酒を買いに来る響はその事を知っていた。
「(響ー、2人共、次はどこに行くと思う?)」
「(服でも買いに行くんじゃないのかな? 照月が服に興味があるかは分からないけど……)」
一階には衣服が売られている。故に響はそう判断した。
2人が階段の壁の影に消える。それを見て響達も2人を追いかける。しかし、階段を降りたところで2人は煙のように消えてしまった。
「あれ? 2人ともどこに行ったっぽい?」
「チッ、やられた」
辺りを見回した響が舌打ち混じりに呟いた。
「響?」
「照月にバレてたんだよ。どうやったのかは知らないけど、もう見つからないと思う」
「えー、そんなー。叢雲に怒られるっぽい」
「うだうだ言っててもしょうがない。一旦、外に出て叢雲からの指示を仰ごう」
2人は店の外へと向かって行った。
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僕と照月は一階の2人が困りながら出口へと向かっていく様子を吹き抜けがある三階から眺めていた。
「やりましたね」
「そうだな」
「響ちゃん達、困ってますよ」
僕達がやったのは簡単な事だ。2階から1階に降りる道の横には非常階段がある。それを使って走り三階に逃げたただそれだけの話。響達が向かうのは一階ではなく、三階だったわけだ。
「クスッ」
突然、照月が笑い出した。
「どうした?」
「すみません、下の階で混乱する響ちゃん達があまりにも面白かったので」
言われてみると、普段は表情が乏しい響が激しく動揺していたり、夕立が顔を真っ赤にしていたりと下の階で混乱している二人の姿を見るのは滑稽だった。
「言われてみると確かに面白いな」
二人には悪いが人の不幸は蜜の味と言うがその通りなのかもしれない。加えて、間接的に叢雲を出し抜いたという事実に笑みがこぼれた。
「フフフフ」
照月の笑い声が大きくなった。
「ハハハハ」
つられるように自分からも笑い声が出る。そのまましばらく笑い続けた。
ブーーーッ! ブーー!
突然のポケットからのバイブ音に笑いをかき消された。嫌な予感がした。
「うっ……」
ポケットから携帯を取り出して画面を見ると予想は当たっていた。
「やっぱりか……」
連絡先は叢雲だった。居場所を聞き出すつもりなのかもしれない。出ても良いことは何もないだろう。しかし、無視するのは……
「貸してください」
そう呟いた照月は、答えも聞かずに僕の手から携帯を取ると直ぐに通話を切って、電源を落とした。
「これで大丈夫ですね」
「いいのか?」
照月が返した携帯を受け取った。
「無断で後をつけようとしてきたのは叢雲ちゃんですし、無視していいと思います。それに照月としても尾行されるのは嫌です」
「怒られないか?」
「その時は照月も一緒に怒られますよ」
笑顔の照月が話した一言で心の中の不安が晴れた気がした。
照月が言いたいことは「後の事はその時に考えればいい。叢雲からの目が消えた今は、開き直って彼女とのデートを楽しむべきだ」ということなのだと思う。彼女の考えに賛同する事にした。
「すまないな」
「気にしないでください。次はどこに行きますか? このまま三階を回りますか?」
「そうだな。そうしよう」
三階は雑貨品売り場となっている。何かしら面白いものを見つけることは出来ると思う。
「そういえば提督。2人きりになったので1つ聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
歩き出して直ぐに照月が口を開いた。
二人きりになったから……その言葉に違和感を覚えた。
「どうした?」
照月の方を向いた。彼女と目が合う。今の照月が本来の自我である証のダークグレーの美しい瞳がこちらを見つめる。僕からの問いに照月はゆっくりとはっきりとした声で答えた。
「二十年前、まだもう一人の私が明確な自我を持っていなかったあの時。私が助けた子供はどこの誰ですか?」