デート編の後編です。尺と話の流れの都合で2話投稿になります。
照月からの思いもよらぬ質問にギョッとした。
「提督は知っていますよね? 紹介してくれませんか?」
「いや……」
「嘘をつかないで下さい。今は連絡を取っていない昔の友人と言っていましたが、それが嘘な事ぐらい分かりますよ」
「えっと……」
しまったと思った。照月が僕をデートに誘った目的はあの時の事を聞きたいからだったのかもしれない。尾行してきた二人をまいたのも二人きりになる事が目的だったと思う。軽い気持ちで照月の提案に乗ったのは失敗だった。
今更後悔しても遅い。どう答えるのが良いのだろうか? 下手な事を言うのは恐らく逆効果だ。直ぐに照月にバレてしまうだろうし、揚げ足を取られるかもしれない。
「もしかして……照月が信用できないですか?」
答えに窮す僕を見た照月が呟いた。
「それは……」
信用できるできないの問題では無い。自分の勝手で僕が照月を騙しているだけだ。
それに……認めたくは無いけど照月自身の質問を否定できない自分もいた。
正直に言って、彼女を誰かに合わせるのは怖い。今だって、彼女が突然暴走してしまわないかと警戒している。
以前、照月の昔の提督が鎮守府に来た時に「殴っていいか?」と叢雲に聞いていた事を思い出した。あの時のように誰かに合わせると相手の態度次第では暴発してしまう危険性がある。叢雲が照月に外出禁止を命じているのはそれが理由の一つだ。
「否定でもいいので正直に言って下さい。提督は照月を他の誰かに合わせるのが怖いですか?」
照月の為に否定するべきだと思う。だけど、いいえと答えると嘘になる。それに、彼女の問いを否定すると自分の正体を話さなければならなくなる。
何を話せば良いのか分からない。汗が頬を伝う。何を話しても間違いな気がしてしまう。沈黙と照月の泣きそうな顔を見ていられなくなって、思わず顔を逸らしてしまった。
「やっぱり……ですか……」
つい先ほどまでの響達を出し抜いて笑っていた照月が嘘のような元気のない声を出した。
最低だ。照月無しでは生きていけない程に一方的に依存していてそれを受け入れてもらってるのが僕なのに、僕自身は彼女を受け入れることができていない。その事を強く自覚させられた。
「すまん……」
自然と口から言葉が漏れる。照月に本当に申し訳ないと思った。
「顔を上げてください」
照月の声に彼女の方を振り向くと真剣な顔をした彼女がいた。
「提督、一つ……聞いてもいいですか?」
「どうした?」
「もし仮にの話ですが、照月が我慢できるって証明できたら、その人と会わせてくれますか?」
思いも寄らぬ提案が飛んできた。
「我慢できるのか?」
「はい、我慢します。もう1人の私には既に話はついています。照月は明日から1ヶ月、自分の中の物を我慢します。深海棲艦を拷問するのは辞めますし、提督を行為に無理に付き合わせないようにします。なので……我慢できたら教えてくれませんか? あの時の子供がどういう風に育ったのか見てみたいんです」
彼女の提案は見当違いだ。彼女は僕の嘘に騙されている。
彼女は事実を知ったらどうするだろうか? 嘘つきと僕の事を非難するだろうか? 彼女に嫌われてしまうかもしれない。
嫌な妄想ばかり浮かぶ。だけど……
「分かった約束しよう」
今の僕は彼女の提案を断ることはできない。いつかは嘘がバレるだろうし、悪い事をしているのは僕だ。彼女に嫌われたり拒絶されてしまってもそれを罪として受け入れるべきだと思う。
それに、ポジティブに考えればこれがきっかけで彼女の中の何かが良い方向へ向かうかもしれない。そう考えると彼女の提案を素直に受け入れることができた。
「ありがとうございます!」
照月の嬉しそうな顔に小さな罪悪感を感じたが心の底に押し込んだ。
「辛気臭い話をしてしまい、申し訳ありませんでした」
「いや、大丈夫だ」
「せっかくなのでこのまま三階を回りませんか?」
「いい考えだな」
「あっちに行くのが良さそうですね」
僕の手を引く照月にふと、疑問が浮かんだ。
「そういえば照月、聞きたいことがあるんだが……」
「どうしました?」
「どうして、僕なんかをデートに誘ったんだ?」
照月の表情に動揺が走った。
「えっと……それは……聞きたいですか……?」
話しにくいのだろうか? 彼女の口調に違和感を感じた。
「いや……無理にとは言わないが……」
「それなら……鎮守府に帰ったら……話します……」
「分かった。その時に聞こう」
会話を切りあげ、そのまま歩くのを再開した。
照月は何故、僕をデートに誘ったのだろうか? あの時の事を聞きたかった事が理由の一つだとは思う。だけど、照月の方からあっさりと妥協する提案をされたし、直後の反応からそれだけでは無いだろう。
僕の事が好きだからというのはありえないだろうし、外に遊びに行く大義名分が欲しかったのだろうか? 僕としては、利用されているだけでも構わないのだが……。それとも、もっと別の理由があって……?
色々考えたが答えは出なかった。
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響達の尾行を撒いたあとも色々な事をした。2人でショッピングモール内を回って服を選んだり、鎮守府への土産を買ったりした。デートは彼女が主導権を握っていたけど楽しかったと思う。途中、道に迷ったり財布を落としたり(幸運なことに落し物の保管所ですぐに見つかった)してしまったけど、全て照月がフォローしてくれた。途中、一時的にもう1人の照月に変わってしまった時もあったけど直ぐに本来の彼女に戻った。今日一日は彼女と一緒に過ごせたと言っても良いと思う。僕が足を引っ張る形のトラブル続きだったけど良い一日だった。
日が暮れて辺りが暗くなった頃、レストランで夕飯を終えて歩いていると照月が複製画を売っている店で足を止めた。
「この絵……」
「どうした照月?」
「すみません。ちょっと気になったので……」
照月が見つめていたのは殺人現場と思われる不気味な絵だった。緑色の壁を背景に茶髪の青白い肌の無表情な少女が全裸でこちらを向いて立っていて、彼女が絵の主役だと思う。彼女の後ろにはベッドの上に横たわる全裸の男性。男性の寝ているベッドに血痕があるのを見ると彼女が殺害したのだろうか? 少女と男性が全裸である事から性行為の最中、または事後の殺人現場のようにも見える。
油絵の歪んだ色彩がより絵の不気味さを引きだ出せていて、見ていて不快になる絵だった。
後に『叫び』で有名なムンクが描いたマラーの死という題の絵のうちの1つだと知った。
元ネタの事件では殺人現場ではあったが、薬湯に浸かりながら少女の話(彼女はマラーの敵対派閥の隠れ場所を知っていた)を聞いていた革命家のマラーがその場で彼女の隠し持っていたナイフによって殺されたという話だった。当然ながら殺人犯の少女は全裸ではなかっただろうし、性行為とは全く関係が無い話だった。
「お気に召す物がありましたか?」
声をかけた若い店員に絵を見ていた照月が声を上げた。
「すみません。この絵っていくらですか?」
「1万円になります」
「買います。配送は可能ですか?」
「はい」
照月が代金を払ってから、紙に住所を書いているのが見えた。
「お買い上げありがとうございます。またのご利用をお待ちしています」
2人で店を後にした。
「大きな買い物をしたな。何か気に入った所があったのか?」
照月の買った絵は縦横共に1mを超えた大きな絵だ。複製品とはいえ、1万というのは高いし、大きな買い物だと思う。
「私を見てる気がしたんです。それで、よく見れば私の中の物が見えるかもしれないと思ったので……」
「そうか……」
「帰ったら部屋に飾ってじっくり見てみようと思います」
彼女は絵の中に自分自身を感じたらしい。
照月はこの気味悪い絵の何に惹かれ、どこに自分を感じたのだろうか?。絵の中の殺人犯の少女が照月とでも言うのだろうか? 僕にはそうは思えないが……
「そろそろ時間もいいですし、帰りませんか?」
照月の声に思考が遮られた。
「そうだな」
二人で店を後にした。
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良い日だったと思う。デートそのものは楽しかったし、照月の色々な一面を知ることができた。
だけど、本当に良かったのだろうか? という疑問が頭の中を過ぎった。
レストランは下調べ不足だったし、ファミレスでは格好つけようとして失敗するし、一日を通して失敗だらけだった。叢雲に依然、抜けている所が嫌いだと言われたことを思い出した。今の自分は、あの時の自分と何も変わっていない。
「どうしました? 暗い顔をしていますよ」
「気のせいじゃないか?」
落ち込んだ気持ちを心の中に無理矢理押し込んで笑顔を作った。僕が落ち込んでいたら照月まで落ち込む事になる。ここは無理にでも良かったと思うべきだ。
照月がそれ以上何も言ってこないことが救いだった。
「今日は楽しかったな」
「そうですね」
照月が笑顔で答える。
このまま何事もなく鎮守府に帰れる……そう思っていた。
「あっ! やらかした!」
バス停に辿りついてこの日の自分の最後にして最大のミスに気づいた。
「どうしました?」
「最終便を逃した……。すまん照月……」
自分のミスに耐え切れずに思わず頭を抱える。最悪だ。どうしてこんな事をしてしまうのだろうか? 最後の最後に何もかもが台無しだ。今までの事も思い出し、自己嫌悪に気が狂いそうになった。
「私は大丈夫ですよ。見逃していたのは照月の責任もありますし……」
照月がフォローしてくれたけど自分の中の物は一切晴れなかった。
「とりあえず、叢雲ちゃんには連絡を取らなきゃですね」
「そうだな……」
SMSに入っていた100以上の通知にビクビクしながら叢雲に電話をかけるとワンコールもしないうちに叢雲が電話に出た。
「人の電話には電源切ってまで出ないくせに、そっちからはかけてくるとはいい度胸してるわね」
叢雲からの嫌味まみれの落ち着いた声に背筋に冷たい物が走る。
「すまん……」
「まさか、最終便に乗り遅れたなんて話じゃないでしょうね?」
「すまん。その通りだ……」
「馬鹿!」
しばらく怒鳴り声が続いた。心配していた とか 勝手な事をするな! 連絡は取れるようにしておけ! と言った内容が殆どだった。10分ほどして叢雲の説教が終わった。
「どうなりましたか?」
「一泊して始発で帰ってこいってい言われたよ」
「じゃあ止まる場所を探さなきゃですね」
「照月……すまん……」
気づいたら声が出ていた。
「どうしました?」
「最後の最後にこんなことになった事を申し訳なく感じてな……」
「気にしてませんし、大丈夫ですよ。むしろ、時間を忘れていた照月が謝らなきゃいけないぐらいです」
「いや、悪いのは僕だよ。僕がもっとしっかり時間を意識できていたら良かったんだ」
「そんな事はありませんって……」
「無理にフォローしてくれなくてもいいぞ……考えてみれば一日中、君に迷惑をかけてばかりだったな……」
「提督、一言いいですか?」
自分の中の何かが決壊しそうな中、照月に言葉を切られた。
「照月は気にしていないって言ってるんですから、気にしないで欲しいです。楽しかったのは事実なんですから、空気を悪くするような事を言わないで下さい」
「あっ……すまん」
やらかしたと思った。つい先程、無理にでも自分の中の物を押さえ込もうとしたばかりなのにそれができていない。開き直るべきだった。
「提督は照月にリードされっぱなしな事を気にしていたのかもしれませんが、元からそのつもりでしたし、大丈夫ですよ。提督じゃできないと思ったのでリードさせていただきました。最終便を逃したのは、照月もうっかりしてましたが……」
元々そのつもりだった。その一言が辛い。
照月としては悪気は無かったと思うけどその事がより、僕を傷つける。
もっと何とかならなかっただろうか? 考えれば考える程、思考が悪い方へと進んでいく。
「また、情けない自分が……とか考えていませんか?」
落ち込んだ顔をしていたのか照月に見破られてしまった。
「そうだな……」
「叢雲ちゃんも言っていましたがもっと自信を持ってもいいんじゃないですか? 自分を卑下しすぎるのは良くないですよ」
分かってる。だけど、そう言われると余計に自分で自分を責めてしまう。どうして自分はこんな人間なのだろうか? 自分が嫌になる。
「照月から言わせていただきますが提督はご立派です。本当にダメな人なら、失敗にそもそも気づきませんし、自分を省みる事なんて絶対にしません。照月の最初の提督がそうでしたが、あのような傲慢な人間はいつかどこかで必ず大きな失敗をします」
「そうかな……自分なんて、失敗ばかりで何の取り柄もない人間だぞ……」
「そうですか? 失敗は次の機会に生かせば良いと思います。それに、提督は謙虚じゃないですか。提督という立場において謙虚さは美徳の1つですよ。勝ち戦だとしても慢心は破滅をもたらします。先の大戦のミッドウェーがそうできたし、ヨーロッパ戦線のマジノ線の件もそうでした。勝って兜の緒を締めよと言いますがそれができる人間は本当に少数です。それができている時点で提督は立派ですよ」
「謙虚さ……か……」
少しだけ自分の中の黒いモヤが晴れた気がした。
「照月……ありがとう」
「どういたしまして。あと、過去にもう1人の私も言っていたと思いますが変にカッコつけるのは良くないと思いますよ。カッコつけるのを失敗してミスを増やしてませんか?」
「あ……えっとそれは……」
照月の指摘に顔から火が出そうになる。照月の言うことはもっともだしダサい以外の言葉が浮かばない自分の行動を恥ずかしく感じた。
僕の反応が面白かったのか彼女はクスッと笑った。
「提督は提督らしく振る舞えば良いと思います。無理する必要は無いんです。提督は提督らしく行動するだけでカッコいいですから」
カッコいいという言葉にドキリとした。
「あ……ありがとう」
「そんな事よりも、泊まる場所を探さなきゃじゃないですか?」
「そうだな……」
僕は、再びスマホを手に取った。
次の話はR-18です