照月とのデートから二日ほど経った。今の所は何も起きていない。照月は大人しくしているし執務もいつも通りだ。照月は今のところは自分を抑え込めているらしい。このまま続ける事ができればいいが……
「あー、めんどくさいわね!」
午後の執務の終わる頃に叢雲が叫んだ。
「どうした?」
書類を書いていた手を止めた。
「明日、照月の元提督が来るのよ」
「ん? 捕まったんじゃなかったのか?」
「照月が激戦区にいた頃の方よ。階級は前回の馬鹿よりも上。相手は柱島の大将よ」
「えっ……柱島!?」
柱島と聞いて心臓が跳ね上がるのを感じた。
「そんなに驚くこと?」
「驚くに決まってるだろ。それに相手は大将だぞ」
柱島というのは最大の激戦区の場所だ。全体的な戦況が落ち着き気味の今は少しはマシになっていると思うが全盛期は昼夜問わず深海棲艦の襲撃がある寝る暇も無い場所だったと聞いたことがある。送られるのは相応の実力のある人間に限られる。あそこだけには行きたくないというのが士官学校時代の皆の共通の認識だった。その柱島の提督であり、なおかつ大将という元帥の次に高い階級の彼は凄いと言えるだろう。
「相変わらず気が小さいわね。そんなことにビクビクしてたらこの先、生きていけないわよ。こちらに落ち度が無いように堂々と立ち振る舞えばよいのよ」
「君は元帥の後ろ盾があるからそんな態度でいられるんだろ……」
「あら? その元帥の元カノに手を出したのはどこの誰だったかしら?」
「うっ……」
叢雲からの皮肉に言葉が詰まった。
「あの時の事を今更どうこう言うつもりは無いけど、アンタはやる事が良くも悪くも極端すぎるのよ。少しは自分で自分を制御しなさい」
「すまん……」
「まぁある種の強みではあるから生かせれれば力になるとは思うけど……」
叢雲が顔を少し赤らめた気がした。叢雲と肉体関係を結ぶことになったあの時は、自分のしたことを後悔したりしたけども現状を見ると結果的に悪い決断ではなかったと思う。とはいえ、これから先も上手くいくとは限らないし、自制が必要なことは確かだと思う。
叢雲との間に少しの沈黙が流れたが、自分の事を考えている場合でないことに気づき話を戻すことにした。
「それで……大将の要件は何なんだ?」
「照月の勧誘よ。本人から直接話を聞きたいらしいわ」
「照月の……?」
心臓がドクンと動いた。
「照月本人から話は聞いたのか……?」
「聞いたわよ。行く気は無いって言ってたわ」
「そうか……」
叢雲の言葉に安堵感を覚えた。照月の方から離れていくことは無さそうだ。もっとも、大将の方から強引に迫られたら断り切れるか自信が無いが……。
「前みたいにカンペを作っておくからアンタはおとなしくそれに従いなさい」
「分かった。今回も世話になるな……」
「何かあっても対処するつもりだけど、前回みたいにキレるのは禁止よ。それぐらい分かってるでしょうね?」
「ああ、大丈夫だ……」
不安の中、そう答えた。
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照月の元提督で大将である提督は中年の痩せた人間だった。顔にはいくつもの皺が刻まれていて、苦労人に見えるが若い頃は美青年だったと思う。初冬の気候が辛いのか真っ黒なコートを羽織っていた。
照月の顔を見たくないという理由で秘書艦は車の中で待機させているらしく、車から降りたのは彼1人だった。
「お初目にかかります……」
「忙しいところ、急にすまんな」
執務室で僕に挨拶をした大将がコートを脱いで膝にかけた。コートの下はシミや乱れが全く無い真っ白な海軍服で左胸には勲章が大量につけられていた。
彼が執務室の椅子に座ると、この前と同じように叢雲がお茶と菓子を持ってきた。
「どうぞ……」
「ありがとう」
そう呟いた大将はお茶を口につけた。
僕は、自分にとっては雲の上の存在である大将が目の前にいる緊張感で手をつける気にはなれなかった。照月からはそこまで悪い人ではないと聞いているが大丈夫だろうか?
「早速、本題に入るがいいか?」
彼が湯呑みを置いて呟いた。
「はい……」
「照月に合わせて欲しい」
机の下に隠しておいた叢雲からのカンニングペーパーをチラリと見る。会いたいと言われたら素直に会わせろと書いてあった。
「承知しました」
「私が呼びます」
僕が承知したと言った直後に叢雲が声を上げる。彼女は1分もしないうちに執務室に戻ってきた。
「お久しぶりです」
叢雲が連れてきた照月を見てギョッとした。今の照月は赤い目の別人格の照月だった。咄嗟に叢雲に視線を送ったが「仕方ないでしょ」と言いたそうな顔をしていた。
「照月、久しぶりだな。元気にしていたか? あの時は本当にすまなかった」
(えっ……?)
大将は照月に頭を下げる大将に思わず声が出そうになった。叢雲も僕と同じ事を思ったらしく、目を丸くして大将を見ている。
一般的に提督が艦娘に対して頭を下げるというのは絶対に有り得ない行為(この鎮守府のように例外はあるだろうが)だ。ましてや、激戦区で指揮を執ってきた提督であり、何人もの艦娘を死なせてきた彼がその事で艦娘に謝罪をするのは異様な事態と言えるだろう。
「お気になさらないで下さい。提督の立場を考えれば当たり前の事です。むしろ、感情的になって軽率な行動をとった私の方が間違っていました。結果的に私は助かりましたが、本来はこちらから謝罪しなければならない話です。加えて、私は提督に性的な暴行を加えています。本当に申し訳ございませんでした」
照月も大将に対して頭を下げた。彼女の態度は普段の照月からは見られない大将への敬意が感じられた。
「君は、冬月の件で俺を恨んでいないのか?」
「いいえ。提督の指揮は正しいものでした。私が感情的になっていただけです」
「別人格である今の君はいいかもしれないが、本来の君はどうなんだ?」
別人格の照月。その一言に驚きを感じた。大将は照月が二重人格であることを知っている。もしかしたら、彼女と話した事があるのかもしれない。
「恨んでいません。むしろ、私と同じように感情的になっていた事を謝罪したいぐらいのようです」
「そうか……。良かったらだが……こちらに来ないか? 君のような戦闘力の高い艦娘が欲しい。あの時エースだった君ならすぐに活躍できるようになるだろう。深海棲艦への拷問も容認するが……どうだ?」
大将の一言にハッとさせられた。彼が来た目的は照月を勧誘する事だった。彼が来てから驚いてばかりでその事をすっかり忘れていた。
「お気持ちはありがたいのですがご遠慮させていただきます」
「そうか……」
大将が小さくため息をついた。
「理由を聞いてもいいか?」
「本来の私の話になるのであまり詳しくはお話できませんがこの鎮守府が好きだからです。別人格の私も同じであり、ここを居心地の良い場所だと思っています。なので今回の件はお断りさせていただきます」
「そうか……」
大将は湯飲みに残っていたお茶にまた口をつけた。
「ここが気に入ってるんだな」
「はい」
「それなら、俺から言える事は何も無い。達者に生きろよ」
「ありがとうございます」
照月が感謝の声を上げた。
大将の態度に内心、ホッとした。彼は前の中将のように無理矢理にでも照月を連れて帰るという事をするつもりは無いらしい。何事もなく終わりそうだ。後は、このまま大将が帰ってくれさえすれば……
「照月と後ろにいる秘書艦に言いたいんだが、ここの提督と2人で話したい。席を外してくれないか?」
冷や汗が流れた。叢雲も同じらしく、動揺した様子を見せている。どうするべきだろうか? 大将と2人きりで話すというのは正直、凄く不安だ。照月の事を強く迫られるかもしれないし、叢雲の支援が無いだけでかなりマズイ気がする。だけど、大将の言葉を断るのは……
「叢雲、照月、下がってくれないか?」
決断の末、声を出した。
「承知しました」
そう呟いた叢雲の顔は動揺していたが、直ぐに「頑張りなさいよ」と言いたげな顔をして、照月を連れて執務室を出ていった。
「君と話すのは初めてだな?」
大将が呟いた。
「はい……」
「聞きたいんだが北方棲姫を匿っていた若造というのは君の事かね?」
心臓を握りつぶされたかのような感触が全身を襲った。
「い……いえ……」
「正直に答えてくれないか? 別に軍法会議にかけようってわけじゃない。個人的な興味として聞きたいだけだ」
大将の目を見た。激戦区の指揮を執ってきた歴戦兵のような厳しい目ではなく、親が子を諭すような目をしていた。嘘は言っていないと思う。だけど、弱みを握らせてしまう事への恐ろしさがあった。
沈黙が流れる。普段なら、教師に怒られる子供が待たされているような嫌な時間のはずだけど大将の黒い瞳を見ていると不思議と嫌悪感は湧か無かった。むしろ心地よさすら感じる。
「はい……自分です……」
気づくと口から声が出ていた。彼の何かに負けた気がした。
「調べた通りだな」
大将の一言に激しい後悔と自己嫌悪を感じた。彼を見ていられなくなり、思わず顔をそらした。
「そう慌てるな落ち着け。個人的な興味で聞いただけだと言っただろ? 誰にも話す気は無いし、お前を責める気もない」
「は、はい……」
声が震えているのが自分でも分かった。
「一年ほど前の話だが……、艦隊の艦娘が北方棲姫に救われた事がある」
「えっ……?」
彼の言っている事が信じられなかった。北方棲姫は海軍内では危険個体扱いされていたはずだ。彼女が艦娘を殺したかは分からないが、助けたという話は聞いた事が無かった。
「妙な話……だがな。大規模作戦中に俺が見捨てた艦娘が行方不明になってから、三日後にボロボロになりながらも帰ってきた。事情聴衆をしたところ、北方棲姫に救われたと話していた。信じられない事だった。俺からすると深海棲艦は異形で冷酷な化け物だからな」
大将が小さくため息をついた。
「北方棲姫との面識がある君に聞きたいんだが、彼女はどういう生き物だったんだ?」
記憶を探り、あの時に感じた素直な感触を思い浮かべた。
「無邪気な子供のような性格でした。好奇心旺盛で色々なことを聞いてきました」
「詳しく聞かせてくれないか?」
大将に聞かれるがままにあの日のことを話すと彼は僕の話を頷きながら聞いていた。
「深海棲艦の中にも話せるやつはいるんだな」
僕の話に大将は理解を示してくれた……と思う。今まで誰にも理解されずに心の底にしまっていたことを理解してくれた事に嬉しさを感じた。
「私、個人としては深海棲艦相手でも話し合いの余地はあると思います」
「話としてだけは聞いておこう。だが、仮にも今は戦争中だ。深海棲艦相手に会話が通じると思ってる奴は上層部にはいないだろうし、深海棲艦達が人間と穏やかなコミュニケーションをとった例は俺が知る限りでは君からしか聞いたことが無い。下手をしたら反戦的な不穏分子なんて捉えられかねんぞ」
やらかした! と心の中で声が上がった。大将が話しやすく対応してくれるからつい本音を言ってしまったが言い過ぎだった。
「そ……それは……」
「俺から喋らせておいてだが……悪いことは言わないから今は、北方棲姫の事は心の内にしまっておけ。それが君のためだ」
「分かりました……」
たしかに大将のいう通りだ。彼の忠告を素直に聞くべきだと心に誓った。
「質問を変えよう」
大将はお茶菓子を手に取ると一口で食べてしまった。
「君がどうして提督になりたいと思ったのか聞いても良いか?」
答えは直ぐに見つかった。
「誰かを助けたいと思ったからです」
「きっかけは?」
「私は幼い頃に艦娘に命を救われました。その時に彼女のように誰かを助けたいと思ったんです。何もできない人間で、今も昔も怒られてばかりですが……」
話していて声のトーンが落ちていくのが自分でも分かった。士官学校からここに来るまでに何度、心が折れそうになったのか分からない。ここに来てからも……。
「そうか……大変だったな」
僕の心情を察してくれたのか大将が同情するように呟いた。
「ありがとうございます……」
彼の言葉に涙が出そうになったが堪えた。
「俺からも一つ昔話をしよう。若い頃の俺は野心家だった」
彼が過去を思い出すように深く息を吸った。
「当時は戦果を上げることが第一だと思っていた。士気に関わるから轟沈は可能な限り避けたが損害を覚悟した作戦を立てる事は日常茶飯事だった。誰かを死なせた作戦は必ず成功させた。綺麗事の自己満足にしか聞こえないだろうがそれが死んで行った者への弔いになると思っていた。照月と出会ったのは提督になって4、5年した頃だったな。照月が市街地で犬を惨殺する事件を起こした直後だった。丁度、防空艦が欲しいと思っていた上に俺なら制御できると思っていたから引き入れた。今思えば出過ぎた真似をしていたと思うがな」
過去の行いを後悔しているのだろうか? 彼はため息をついた。
「照月の制御は、1部は成功した。直接的な説得には失敗したが、照月の場合は生き物を壊す行為を容認していればいい。それにさえ目を瞑れば戦う艦娘としては最前線で戦えるぐらいに優秀だし、真面目な人間だ。軍人としての礼儀作法も直ぐに覚えた。優秀な艦娘だったよ」
彼が心の中の何かを抑え込むかのように湯呑に残っていたお茶を飲み干した。
「事前調べで照月と冬月の仲が悪かった事は知っていた。知っていた上で引き合わせた。冬月が照月を内心、苦手に思いながらも嫉妬し、目標にしていた事も調べたうえで、ぶつけあわせればお互いにお互いを高め合う存在になると思っていたからな。俺の目論見は成功し、1年ほどかかったが2人はその事について腹を割って話す事に成功した。照月の破壊衝動は容認し、孤独な面はライバルとしての妹を置くことで解消する。これで完全に制御できたと思っていた」
大将の目つきが変わった。彼の目つきはこれまでしてきたことを悔いるような目つきだった。
「もっとも、照月はそんな事で扱いきれる人間では無かったし、間接的に冬月を殺す事になったのも俺だがな……。言って信じて貰えるかは分からないが大規模作戦の際に冬月を見捨てたのは苦渋の決断だ。そうしなければ艦隊そのものが危なかった。今でもあの時の判断が間違っていたとは思わない。ただ、冬月を失ったのは痛かった。照月の暴走を招いたからな。その後の事で照月の事を悪く言う気は無い。ただ、俺が力不足で制御しきれなかっただけだ」
彼の事を素直に凄いと思った。大将は徹底的に計算づくで動き、照月の一次的な制御に成功している。その為に照月の奇行を黙認したり、過去を調べ妹の冬月をぶつけたりしている。とてもではないが戦術的な価値があまり高くない駆逐艦一人に対してすることではない。照月を特別視しているだけかもしれないけど、もしかしたら他の艦娘にも一人一人同じことをしているのかもしれない。大将という非常に高い地位なだけの事はあると思った。落ちこぼれで何もできていない僕なんかとは大違いだ。
「君は照月の事をどう思っているんだ?」
不意打ちが飛んできた。
「えっと……」
「彼女の事が好きなのかね?」
「あ……えっとそれは……」
「図星みたいだな」
畳み掛けられるような質問に照月への好意がバレてしまった。赤面しているのが自分でも分かった。
「照月の何が好きになったのか聞いても良いか?」
聞いても良いか? という一言に嫌なら断ってもいいという気遣いを感じた。だけど、照月への好意がバレてしまった以上は話しても話さなくても同じことだ。思いきって話す事にした。
「恥ずかしい話しながら……きっかけは一目惚れです」
「ほう?」
「彼女の容姿が好みだったんだと思います。加えて、彼女は未熟な自分を手助けしてくれました。」
「照月が狂人だと知っても、か? 2日目に君が襲われた事は知ってるぞ」
「はい、彼女が狂っている事を知っても好きでした。彼女を助けたいと思いました」
「過去を知って助けようが無い事を知っても、か?」
「はい。それでも彼女と一緒にいたいと思いました。孤独な彼女が可哀想だと思いました。自分の勝手なエゴかもしれませんが例え世界で敵でも僕だけは彼女の味方でありたいと思いました。照月さえそばにいてくれればいいという想いは、あの時から変わっていません」
口から出た言葉は紛れもない事実だった。僕は彼女から離れたくないし、彼女のそばにいてあげたい。その想いは今でも続いている。
「そうか……。君は俺には無い才能を持っているな」
大将の意外な言葉に首を傾げた。
「自分が……ですか?」
「そうだ。俺の才能は任務の為ならどこまでも冷たくなれることだ。任務遂行の為ならどんな損害も許容するし、冷淡になれる。君は照月を見捨てろと言われたらできるか?」
「いえ……」
「だろうな。だが、前線で指揮を取っているとやらなければならない時はある。その時は容赦はしない。例え、相手が最愛の人でも……又は、美しい姉妹の絆を引き裂く事になってもな」
「照月から秘書艦と恋仲だとお聞きしていましたが必要とあればできると……?」
僕の言葉に大将の目付きが変わった。親が子を見るような目ではなく、厳しい指揮官としての目だった。
「そうだな。それが最善の選択肢ならそれを取る。だが、君は逆だ。君は他人に寄り添い、相手の事を真剣に考える事ができる才能を持っている」
「僕が……ですか?」
「そうだな。横須賀のアイツと同じ才能だ」
横須賀の提督……叢雲は僕の事を彼と似ていると評価したけど、大将も同じなのだろうか?
いや、違う。落ちこぼれの自分が元帥である横須賀の提督と同じということはありえない。
「しかし……お恥ずかしい話ながら自分は落ちこぼれで……」
「他人を否定することでしか自分を肯定できない馬鹿共の事は放っておけ。君はたしかに前線の指揮官としては向いていないのかもしれない。しかし、後方勤務をする指揮官としては十分だ。俺が評価しているのだから、その事は素直に受け入れろ」
「は……はい!」
彼のため息混じりの圧力のかかった言葉に押されて肯定する言葉が口から出てしまった。だけど、僕自身が肯定されて嬉しくもあった。
大将が僕の肩を掴む。彼の手は細かったけど力強く感じた。
「君には君にしかできない事がある。そういう意味でこの鎮守府は最適な場所だろう。これからも頑張って欲しい」
大将の口調は励ますようなものだった。
僕にしかできない事が具体的に何なのかは明確な物が分からなかったけど彼は僕の事を評価して、励ましてくれている。それは事実だった。
「ありがとうございます!」
「今後に期待しているぞ」
大将が笑顔で呟いて僕の手を握った。
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話が終わると大将の見送りをする事になった。見送りは僕と叢雲だけ(大将の希望だった)だ。
「君は、叢雲だったな?」
黒塗りの車に乗る直前に彼が叢雲に声をかけた。
「はい……!」
叢雲がビクッと反応する。
「横須賀のアイツによろしくな」
「はい……お伝えしておきます……」
叢雲が答えを返すと大将は後部座席に乗り、彼の乗った車は低い音を立てて発進した。
「あー、ムカつく!」
車が見えない所まで行った所で叢雲が近くの小石を蹴り飛ばした。
「急にどうした?」
「分からなかったの? アイツは私の事を小娘扱いしたのよ! 最後の会話のあれお前の企んでいることは全てお見通しだぞって意味よ」
「うん? どういう事だ?」
詳しく話を聞くと叢雲は、前回の中将のように弱みを握って失脚させることを考えていたらしい。その為にボイスレコーダーはあちこちに仕掛けられていたし、話し方で相手が怒るように誘導する事も考えていた。
しかし、大将は叢雲にそうする隙を与えなかった。彼は叢雲が事実上のこの鎮守府のトップという事を知りながら僕を提督として扱い、叢雲の顔を立てた。照月との案件も大将があっさりと妥協した事もあって叢雲が付け入るタイミングが無かった。
彼が照月を勧誘に来たという目的は恐らくダミーだろう。あっさりと勧誘を諦めたのがその証拠だ。本当の目的は不明だが恐らくは僕と話す事だったと推測される。
最後の彼が叢雲に呟いた一言は彼女への牽制だ。お前の後ろに横須賀の提督がいる事は分かっているからなという意味らしい。
「元々のアイツは凄い野心家なのよ。横須賀にいた時に何回か面識があったけど司令官とライバル争いをしていた事がある。最終的に勝ったのは司令官だったけど、かなり好戦的な策謀家だったわ。部下の艦娘に慕われてはいたけど、アイツのカリスマ性に連れられていたのが大半だった。実力さ確かだけど目的の為には手段を選ばない人間だったわよ」
叢雲の話を聞いていたら、寒気がしてきた。僕を褒めたのも何かの意図があったのでは無いだろうか?
「じゃあ僕に言った言葉は……?」
「それに関しては事実なんじゃないの? アイツは人を見る目はあるらしいし、素直に喜びなさいよ。アイツが目をつけた人間は活躍する事が多いらしいわよ」
叢雲の言葉に少しだけホッとした。彼が僕を褒めた事に何かしらの企てが無かったと思いたい。
「敵に回したくないな……」
「そうね」
僕の声を聞いた叢雲が呟いた。
次は照月メインになる予定です