タイトルで分かるように我慢できていたら苦労しないのが現実……
提督と約束をしてから10日が経った。今の所は自分で自分を制御できている。だけど……
「はぁ……はぁ……」
(つっ……)
身体を支えきれなくなって息を切らしながら廊下の壁に手を着いた。
「中々……キツいね……」
(大丈夫……?)
本来の私の呑気な言葉に少しイラッときた。
「大丈夫に……見える?」
(ごめん……)
「私は何とか抑えるから……寝てて……」
(うん……)
頭の中の本来の私の声が消えた。彼女は寝たと思う。彼女が寝た事に少しだけ安堵感を感じた。
今の所は私は自分を抑えられている。だけど、限界が近い。今にも発作で気が狂いそうだ。深海棲艦を壊すのが日常だったこともあり、短期間にも関わらず本来の私が犬を壊したあの時よりも遥かに強い物を感じる。
だけど、あと今日を含めず20日間。気が遠くなりそうだけど耐えなければならない。本来の私の為にも私自身の為にも。
それと、暴走してしまったとしてそれに本来の私を巻き込むわけにはいかない。仮に私が抑えきれなくなって暴走したとしても全部私の責任にすれば許して貰えるかもしれない。私の役目は本来の私を守る事なのだから。
蜘蛛が足元をカサカサと動いているのが見える。
「……」
無言で足元のそれを踏み潰した。提督と本来の私への小さな裏切りだけど、ほんの少しだけ気持ちが晴れた気がした。
今日は出撃がある。自分を抑えきれなくなるかもしれない。だけど、本来の私のためにも提督の為にも頑張らなければならない。本来の私を守る。それが私の役目なのだから。
集合場所の防波堤に向かった。
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防波堤に向かうと皆が既に待機していた。
「照月が時間ギリギリなのは珍しいわね」
叢雲ちゃんが呟いた。
「そう……かな……?」
「大丈夫? 朝からおかしいわよ」
ドキリとした。今日は朝から定期的に発作に襲われていて、何とか押さえ込んでいたけどもその度に提督に心配されていた。加えて、可能な限り本来の私は表に出さずに私1人で我慢していた。
「私は……大丈夫だよ……」
作り笑顔で場を誤魔化した。
「そう……。体調不調なら早めに言いなさいよ。現場で何かあってからじゃ遅い事ぐらい分かってるでしょ?」
「うん……。大丈夫、いつもの出撃ぐらいなら問題ないから……」
「無理しないようにしなさいよ」
叢雲ちゃんがため息混じりに呟いた。
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この鎮守府の出撃では資材集めや民間船の護衛を行う事が多い。深海棲艦を撃破する任務を課せられることもあるけど比較的、戦況が落ち着いた場所だけあって強敵が来襲する事は本当に稀だ。少し離れた場所で大規模作戦等があった時に、敗残の強い深海棲艦が来た事もあったけど今の所は、私1人で何とかなっている。
私が深海棲艦を生け捕りにする個体は帰り道に見つけたり、資材集めの最中にちょっかいを出してきた個体を返り討ちにした物が大半だった。
今日の出撃は資材集めが任務だった。いつもの場所に行って資材を集めドラム缶に詰めて帰るだけのいつもの任務。資材を集め終わったし帰ろうと思っていたら100m程離れた場所に水柱が上がった。
飛んで来た方を見ると点のような1匹のイ級が目に付いた。
「放っておきなさい」
叢雲ちゃんが呟いた。彼女の指示は正しいと思う。あの位置なら振り切れそうだし、砲撃の着弾した位置から練度もそこまで高くないと思う。不要な戦闘を避けるのは懸命な判断だ。叢雲ちゃんの指示通り、直ぐに鎮守府に向けて全速力で走り始めた。
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数時間後、イ級は私達をまだ追いかけてきていた。相変わらず砲撃は明後日の方向に飛んでいくし、一撃も被弾していないけどここまで着いてこられると流石に私もイライラしてくる。
「あーもう、しつこいっぽい!」
我慢しきれなくなったのか夕立ちゃんが声を上げた。
「照月、やれる?」
叢雲ちゃんがため息混じりに呟いた。既に鎮守府までの帰路は半分を切っている。脅威度は低いけどこのまま鎮守府にまで連れて帰るわけにはいかないだろう。叢雲ちゃんと私は同意見だ。
「うん。大丈夫……少し待ってて」
踵を返してイ級の方へと向かった。イ級が私に対して砲撃する。交わすまでも無い。私から数十メートル程離れた場所に砲弾は落ちた。
2000m……1900m……1800m……イ級との距離が縮まっていく。イ級は接近する私に対して必死なって砲撃を当てようとしてくるが全部明後日の方向に飛んでいった。
1500m。ここからならいける。私は主砲を構え、イ級を砲撃した。砲弾はイ級の頭に命中し、小爆発をあげる。
撃破できた……と思う。そうなればすぐに皆の所に戻るべきだ。発作がいつ起きるか分からないし、余計な事はしない方が懸命だ。イ級に背を向けた。
ドンッ!
突然、砲撃音がした。同時に右頬に痛みが走る。同時に私の右前方に水柱が立った。
右頬を撫でると血が手に着いた。至近弾だ。
「チッ」
舌打ちをしながら咄嗟に振り向くと頭に穴を開けながらもイ級はまだこちらに向かって砲口を向けていた。当たらない砲撃をしながらもしつこく私達を追いかけてくる所と言い、砲弾を当てられ死にかけても戦おうとする態度と言い、敵ながら気概だけは素晴らしいと思う。相手が深海棲艦とはいえ敬意すら感じたと思う。
もっとも、今の私じゃなければの話だけど…
イ級の砲口が火を噴く。反射的に回避行動を取ったが砲弾は私から数メートル程離れた場所に飛んで行った。さっきのはまぐれだったらしい。
再び方向を構え、砲撃をイ級の背中に命中させた。
「ギャアー」
イ級から聞きなれた断末魔が上がる。
「つっ……」
突然、発作に襲われた。
視線の先ではイ級が悶え苦しんでいる。目の前のアレを壊したい。壊したくてたまらない。手に力が籠る。
ダメ。何もかもが上手くいっているのに……私がここで……耐えさえすれば……
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数十分後
「はぁ……相変わらずね」
叢雲ちゃんがため息をついた。
ダメだった。今、私の目の前には肉塊になった深海棲艦の死体が横たわっている。目玉は抉られ、頭から脳みそが引きずり出されている。
響ちゃんは呆れた目で私を見ていて夕立ちゃんは真っ青な顔をしている。見慣れたいつもの見慣れた光景のはずだったけど、ものすごく嫌だった。
提督には隠さなければならない。そんな考えが頭の中を過ぎった。
「叢雲ちゃん、お願いがあるんだけどいいかな?」
「何よ」
「先に帰って提督と執務をしててくれない? 私はちょっとやりたいことがあるから……」
「好きにしなさい。でも、15時までには帰ってきなさいよ」
「うん」
腕時計で時間を見て30分ほどしてから、提督に見つからないように鎮守府に帰った。
血を洗い流す為に自室に戻ってからシャワーを浴びる。
温い水が性的な興奮で火照る体を伝って流れていく。タイルの上を流れる水は赤い色を帯びていたけど、薄まっていきやがて透明な色になった。
「はぁ……」
ため息を着くのと同時に全身を激しい緩怠感が襲った。
ダメだった。
本来の私にどう顔向けすればいいのだろうか? ごめんなさい、で許してもらえるだろうか? 隠し通すなんて不可能だ。鎮守府の誰かが提督に話すだろう。その時点で……
いや、そんなことはどうでもいい。1番嫌なのは彼女の信頼を私が裏切ってしまった事。私自身が許せない。
「つっ……」
衝動的に左肩に爪を立てた。そのまま力を込めて肘の辺りまで引っ掻く形で右手を下ろしていく。痛みと共に赤い液体が左手を伝った。
(何かあったの?)
本来の私の声が聞こえた。いつからかは気づかなかったけど起きていたらしい。どうせバレるし正直に話す事にした。
「ごめん……耐えきれなかった……」
(そう……)
「本当にごめんなさい」
私の一言で本来の私は全てを察してくれたと思う。シャワーを浴びながらだったけど、本来の私に頭を下げた。
(しょうがないよ……)
本来の私が怒らなかった事に少しだけ安堵感を感じたけど、心の中の曇りは少しも晴れなかった。今回の件は何もかも私の落ち度だ。隠しておいてもどうせバレる(既にバレているかもしれないし)し、私自身が全責任を負うべきだと思う。
「大丈夫。私が全部話す。約束は守れなかったとしても、貴女じゃなくて全部私のせいにする。だから……」
(提督には私が伝えるから変わって)
私が言い終わらないうちに思いもよらぬ言葉が飛んできた。
「えっ……本気で言ってるの?」
(うん……私が伝えなきゃいけないから)
「変な事言わないでよ。やらかしたのは私なのに、なんで貴女が……」
(約束を破っちゃった事には変わりないから。それに私も貴女に負担を押し付け過ぎたからこうなっちゃった面もあるし……)
「でも……」
(無理しないで)
その一言にハッとさせられた。
(本当は辛いんでしょ? 貴女が一番辛い事は分かってる。それなのに、私は甘えてばかりで……だから、ここの負担ぐらいは負わせて。お願い)
私の事を気遣いながらも本来の私の決意は確固たるものらしい。彼女を説得するのは不可能な事を察した。
「分かった……変わるね……いざとなったら全責任を私に押し付けて。我慢できなかったのは私だし、貴女は何も悪くないから」
(うん……ありがとう)
私は体の主導権を彼女に移した。
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本来の私が提督に声をかけたのは執務終わりの21時頃だった。
「提督……ちょっといいですか?」
本来の私は覚悟を決めた表情をしていた。叢雲ちゃんも部屋に居ない2人きりの状況だった。
「どうした?」
「ごめんなさい……」
「照月……?」
提督が怪訝な顔をした。
「照月は……提督との約束を守りきれませんでした……」
本来の私がそう呟くのと同時に激しい罪悪感を感じた。私からお願いしたことに本来の私を巻き込んでしまった。元々その自覚はあったけど、私が我慢出来なくなる可能性を全く考えていなかった。何もかも私のミスだ。
提督はどうするのだろうか?
せめて本来の私の事を悪く言う事だけは避けて欲しい。彼女が怒られる前に私が無理にでも表に出て……
「嘘をつくのが上手いな」
信じられない言葉が飛んできた。
「えっ……」
「照月がそんな事するはずないだろ? 顔に血一滴着いていないじゃないか」
「それは……シャワーを浴びただけで……」
「約束したじゃないか。照月が約束を破るはずがないだろ?」
「えっ……でも……」
「無理に嘘はつかなくてもいい」
困惑する本来の私を受け止めるように提督が呟いた。
「照月は照月なりに頑張っているんだろ? だから僕を黙そうとしないでくれ」
「提督……ありがとうございます」
本来の私は提督の言葉に気押された感じだったけど嬉しそうな声を出した。
結局のところ、仮にも約束を破ったのに関わらず、何も無かったことになった。提督だって叢雲ちゃんから話を聞いてるはずだし、分かっているはずだ。約束を破っても許された事が少し気に入らないけどこれはこれで良かったと思う。2人が傷つく事は無かったし、私の失態が無かったことになったから。
だけど……本来の私に少しだけ黒い物を感じた。
提督は本来の私が好きだ。本来の私も彼の事を愛しているし、お互いにお互いを受け入れている。提督と結ばれた本来の私は幸せそうに見えるし、提督も同じだ。孤独な者同士、惹かれあったのだと思う。
それに対して私は、受け入れてくれる人がいない。今も昔もずっと1人だ。本来の私を守る為に生まれてきた私がそれを寂しいと思うのは贅沢なのかもしれない。だけど……私も受け入れてくれる人がいるなら私も少しは、生き方が変わるのだろうか?
(……!)
急に強い体の火照りを感じた。深海棲艦を拷問した夜のいつものアレだ。本来の私も同じ物を感じているみたいで少し震えている。
帰港直後はシャワーを浴びたから収まっていたけども、夜になると必ずこうなる。自慰で無理矢理抑えることも可能ではあるけども、一時しのぎにしかならず次の日に再発してそれが強くなるだけだ。何とかしなきゃいけない。ここは私が……
「あの……提督……」
本来の私が手に爪を食い込ませながら、熱の篭った声で呟いた。
「どうした?」
「この後……いいですか……?」
提督が意味を理解したのかゴクリと唾を飲むのが見えた。もしかしたら、だけど彼も期待していたのかもしれない。
「君がそうして欲しいなら付き合うよ」
「ありがとう……ございます……」
2人は熱い口付けを交わした。
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目が覚めた。私と提督が裸でベッドの上にいる事後の朝だ。目を覚ましたのは別人格の私で本来の私は眠っていると思う。
2人の行為はこの前の時みたいに甘ったるい物だった。本来の私が以前よりも積極的に行動するようになっていたけども始まりから終わりまで、基本的に提督がリードしている行為だった。私が出る幕は全く無かった。
体を起こして伸びをした。朝5時半の早朝でまだ薄暗かったけど、小鳥の鳴き声が聞こえる気持ちのいい朝だった。
ふと昨日の夜、2人の行為の最中に考えていた事を思い出した。
「嫌だな……」
思わず口に出てしまった。
私はいらない存在なのだろうか? 提督が本来の私を受け入れてくれる以上、私は本来の私を守る必要が無い。私の自我が本来の私を乗っ取りかけている事は疑いようのない事実故に私は本来の私の首を絞め続ける存在だ。
今までは本来の私の衝動や傷を負うためと自分を少し正当化できたけども提督が本来の私を全面的に受け入れてくれるのだとしたら私は不要な存在なのではないのだろうか? 悪性腫瘍のように勝手に増殖して宿主を食い殺してしまうだけの存在ではないのだろうか?
「はぁ……」
ため息をついた。
私なんて消えてしまえばいいのに。私さえいなければ本来の私も提督も幸せになれるはずなのに。私は2人の平穏を脅かす存在にすぎないのかもしれない。
私は……何故、存在するのだろうか?
「照月」
提督から声をかけられてハッとした。彼も目を覚ましたらしい。
「あっ、提督。おはようございます」
彼が起き上がった。
「おはよう……何か悩んでいたみたいだが大丈夫か?」
「そうですか? 私は元気ですよ」
先程の暗い考えを心の底に押し込んで笑顔を作った。
「それならいいが……。何か困った事があるなら気軽に言って欲しいな」
「そうですか? 私は別人格の照月ですよ?」
「関係ない。どちらも同じ照月だ。君が悩み事をしていたかは分からないけど、できれば力になりたいんだ」
気まぐれだったけど、本来の私は寝ているし思い切って相談してみようと思った。
「変な悩みかもしれませんが良いですか?」
「構わないぞ」
「私っていらない存在ですか?」
私の一言に彼が心配そうな顔をした。
「何かあったのか?」
「私……思ったんです。私の役目は本来の私が請け負う傷や衝動を代わりに請け負う事です。今まではそれで上手く行きました。本来の私は1人でしたから。ですが、本来の私が提督に全面的に受け入れられているなら私なんていらないんじゃないかって思ってしまって……」
私の言葉に提督が顔を逸らす。
「すまん照月……」
提督の一言に全てを察した。
やっぱり、そうなんだ……。提督は私を邪魔だと思っている。私はいらない存在。私は2人のために消えなければならない存在だ。
「でも、いいんです。本来の私さえ守れれば私は十分で……」
「君をないがしろにしてた」
「えっ……?」
私の声を遮るように話した提督の言葉に耳を疑った。
「本来の人格の君ばかり見ていて別人格の君が見れていなかった。本当にすまない」
「い……いえ。気にしないで下さい。私は本来の私のオマケみたいな人間ですし……」
口が上手く回らない。動揺しているのが自分でも分かった。
「そんな事は無い。僕にとっては本来の君も今の君も大切な存在だ。僕は君の事が好きだ」
心臓がドクンと動いた気がした。私の人生では、2回目の提督からの告白だったけどあの時とは何かが違う何かを感じる。上手く言葉にできないけど、今までに感じたことの無い湧き上がるような高揚感だ。
「提督……ありがとうございます……」
少しの沈黙の後、私はそう答えた。