※この作品はR-18です。

最果ての鎮守府で   作:黒猫クル

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照月を失った提督の話


喪失

 次の日、目を覚ますと照月は消えていた。昨晩の夜の事を思い出すのと同時に彼女とはもう会えないという実感を感じた。

 

「っ……グスッ」

 

 彼女がいないという事実を酷く寂しく感じた。零れた涙が布団の上を濡らす。

 いつかはこの時が来ると分かってはいた。だけど、突拍子が過ぎるし、思いもよらない形の別れだった。

 

 今まで彼女と一緒にいれれば良いと思っていた。彼女さえいてくれれば他に何もいらないと思っていた。僕の望みは叶わない。本来の彼女とはもう二度と会えないだろう。こうなると分かっているなら、もっと彼女と一緒にいる時間を大切にしたかった。

 

 今後鎮守府にいるのは彼女ではなくもう1人の照月だ。同じ照月という人間である以上、彼女の事も愛しているつもりだけど彼女の方はそうではない。彼女は僕の事を都合の良い人間と思っている。恋愛感情なんて抱いていないだろう。彼女は本来の照月に良い影響があるからこそ、僕との距離を縮める事を良い事としてきた。

 それが何らかの理由で変わってしまい、僕の事を避けるようになってしまった。彼女の態度はこれからも変わらないだろう。彼女が何を考えているのかは分からない。だけど、彼女は本来の照月と共に1週間以内に鎮守府からいなくなる。それだけは事実だ。

 

 今までだったらその事実に反抗したかもしれない。抗って僕なりの結論を出せたと思う。だけど、今回は本来の照月の意志も絡んでいる。彼女は別れた方がお互いのためになると言っている。

 今の僕には嫌だという自分と彼女の言う事を聞くべきだという自分が混在している。

 

 僕は……どうすれば良いのだろうか?

 

 少しの時間考えて結論が出た。

 

 

ー--------------------

 

 

「叢雲」

 

 始業の時に叢雲に声をかけた。

 

「何よ。照月の事? 悪いけどあの子がまだ何も話してないから進展はないわよ」

「何もせずに照月を見送ってやれないか?」

「は? 何言ってんのよ」

 

 叢雲の顔が歪んだ。

 

 僕の出した答えは彼女を諦め見送るという物だった。僕は嫌だけど、照月の願いとなれば聞くしかないと思う。それに、無理に彼女を引き止めたとしても、本来の彼女には会えないだろうし別人格の彼女も僕を避けるだろう。本来の照月のようで照月でない幻影を見続ける事に耐えられるとは思えなかった。

 彼女がいなくなった時、自分がどうなるかは分からない。不条理に押し潰されてしまうかもしれないし、狂ってしまうかもしれない。だけど、彼女の意思を優先したかった。

 

「馬鹿じゃないの!? 本当に照月を手放していいと思っているの? 失う物は何も無いし、照月さえいてくれればいいと言ったのは嘘だったの?」

「それは……」

「今更、ウジウジしてんじゃないわよ! 照月と一緒にいたいんでしょ!? だったら、そのワガママを付き通しなさいよ!」

 

 叢雲の怒鳴り声に心の中の何かが揺れるのを感じた。

 

「僕だって分かってる。でも、照月が望むから……」

「あの子が望んだから何だって言うの? 相手の言いなりになればお互いに幸せになれるとでも思っているの? そんなわけないじゃない! それに、あの子が本当にそれを望んでいると思っているの?」

「何が言いたいんだ……」

「私は、一時の感情で物事を決めるなって言いたいの。アンタはあの子が何でこうなったのか知ってるの?」

「いや……」

 

 言われてみると僕は別人格の照月が豹変した理由を知らない。聞いたところでどうにもならないかもしれないけど……

 

「照月がおかしくなった理由も分からないのに勝手に結論を出してるんじゃないわよ。時間はまだある。諦めるのはまだ早いわ。諦めるなら最後まで抗ってからにしなさい」

「分かった……」

 

 叢雲の勢いに押されてしまい、了承の言葉を発してしまった。普段ならうんざりするぐらい聞いている叢雲の説教だけど、今回は心の中の何かが少し変わった気がした。

 

 

ー--------------------

 

 

 昼頃に食堂に向かうと照月を見かけた。当然ながら、もう一人の彼女だ。思い切って叢雲に言われたように自分を避ける理由を聞いてみようと思った。

 

「照月」

「何ですか? 任務に関わること以外での会話は避けて下さい」

 

 彼女が素っ気ない様子で呟く。

 

「君と話がしたくて……」

「私に関わらないで欲しいって言いましたよね?」

「何が嫌なんだ?」

「黙ってください。これ以上、言うのであれば蹴り飛ばしますよ」

「僕の事は嫌いでも構わない。だけど、せめて理由だけでも……ぐわっ!」

 

 体が宙に浮く。壁に叩きつけられて彼女に蹴られたのだと理解した。

 

「黙れと言ったのに黙らなかった提督の自業自得です」

 

 そう呟くと照月は壁に叩きつけられた僕には目もくれずに食堂から出ていった。

 

 

ー--------------------

 

 

(大丈夫?)

 

 食堂を出た直後、本来の私が呟いた。

 

「ごめん。なんでもない……」

(無理しないでね)

「ありがとう……はぁ……」

 

 本来の私との会話を終えてため息をついた。多分、本来の私は気づいている。

 どうしてかは分からないけど、提督を拒絶した時に辛いものを感じてしまった。やらなければならない事なのに私の中の何かがそれを拒絶する。私は正しいことをやっているはずなのにどうして……?

 

 私は、提督を通じて世界との繋がりを持っている。だから、提督と一緒にいたいと思ったし、本来の私に嫉妬した。

 無意識のうちに孤独になるのがそんなに嫌だと思っているのだろうか?

 

 いや、違う。私と世界との繋がりなんて提督を私から守れるなら無くなってしまっても構わない。

 私はいくら傷ついてもいい。だけど、私よりも大切な物を傷つけたり壊したりしてしまうのは絶対に嫌だ。

 今までそう生きてきた。本来の私を守るために手を汚したし、自分を犠牲にした。私はその為に生まれてきた人間なのだから。

 今まで、私のやってきた事は正しいと思ってきたし、突き通してきた。過程がどうであれ、それが良い結果になるのだから。

 

 だけど、今回は思ってしまう。私のやっていることは本当に正しいのだろうか……?

 私の行動が結果的に提督を傷つけているのは疑いようのない事実だ。もしかすると、辛いと思ってしまうのは彼を傷つけているからなのかもしれない。

 

 辞めよう。悩むべき問題ではない。私は必要な事をしている。提督を遠ざけるのも彼の為に必要な事で、私自身の意思やわがままは抑え込むべきだ。何事においても任務優先という言葉は昔の提督に言われた事だけど今も同じだ。私は必要だから提督を遠ざける それだけで理由として十分だ。

 

 

 響ちゃんとすれ違った。直後に感じた視線に彼女が立ち止まってこちらを見つめている事を感じた。

 

「響ちゃん、何か用?」

 

 足を止めて振り返らずに声をかけた。

 

「別に」

「悪いけど用もないのにジロジロ見るのはやめて欲しいかな」

「分かった。ごめん」

 

 感じていた視線が消えた。

 

 

ー--------------------

 

 

 照月が出ていってから数分後、食堂のドアが開いた。

 

「酷くやられたね」

「響か……」

「大きな音がしたけど照月との間に何かあったの?」

「こっちの問題だ。響は気にしないでくれ」

「そっか。立てる?」

「すまん、手を貸してくれ。腰が抜けているんだ」

「分かった」

 

 響の手助けでなんとか立ち上がることができた。背中から壁に叩きつけられたが幸運な事に骨折等は無さそうだ。

 

「怪我は無い?」

「なんとか……な」

「提督の事だし何をするのも自由だけど無理はしないようにしなよ」

「そうだな……ありがとう」

 

 無理をするなという言葉から彼女に気遣いが伝わった。冷静になってみれば照月が「黙れ」と言っているのに話そうとした事は悪手、以外の言葉が見つからないと思う。我ながら焦り過ぎた。

 

「昼ごはん食べた?」

「まだだな」

「一緒に食べない?」

 

 やるせない気持ちで、誰か話し相手が欲しい僕にとっては願ってもない提案だ。断る理由はなかった。

 

「ああ、お願いしたい」

「食べるものは……と言ってもカップ麺しかないね。何がいい? 私はシーフードにするけど」

 

 戸棚をガサゴソとあさる響が呟いた。直感で醤油という言葉が浮かんだ。

 

「醤油はあるか?」

「あった。これでいいよね?」

 

 見慣れた白い容器に赤い印字のカップ麺を僕に見せながら呟いた。

 

「大丈夫だ」

「そういえば、さっき照月とすれ違ったけど、何か悩んでたみたいだよ」

 

 響が魔法瓶からカップ麺にお湯を入れながら呟いた。

 

「照月が?」

「うん。ジロジロ見ないでくれって言われたから辞めたけど」

「そうか……別人格の方か?」

「そうだね」

 

 照月は何を悩んでいるのだろうか? 僕が見てきた中で彼女が悩んでいたのは彼女自身の存在意義や話の解釈に悩んでいた時ぐらいだ。もしかしたらの話だけど僕を拒絶したことについて何か悩むことがあったのだろうか?

 

「何があったのかは知らないけど、別人格の照月は一人で抱え込む所があるから、恋人なら大切にしてあげなよ」

「そうだな……」

 

 恋人なら大切にしろ。響の言葉が辛く感じる。今の照月は恋人ではないし、大切にしたいけど僕は彼女の為に何をすれば良いのか分からない。僕はどうするべきなのだろうか……?

 

 この日、口にしたカップ麺は妙にしょっぱく感じた。

 

 

ー--------------------

 

 

 5日が経った。何をやっても憂さ晴らしにならない。何をしても楽しくない。出撃しても深海棲艦を拷問してもストレスは溜まるだけ。イライラが収まらない。今まではこんな事は無かった。

 深海棲艦を拷問する事に興奮を感じていたし、性的な衝動もあった。だけど、今は何も感じない。ただ、ただ虚しい。

 まるで心にぽっかりと穴が空いたようにすら感じる。提督に抱かれたような温もりが欲しいと思ってしまう。

 

 これが寂しいという感情……? いや、違う。そんな感情、私にはないはず。

 

 本来の私は寂しいという感情を知っている。彼女には姉妹がいてどんな自分でも受け入れてくれる大好きな秋月姉さんがいたのだから。

 

 対して、私にはそんな人はいない。姉妹も本来の私の姉妹であって私自身の姉妹ではないし、提督との関係も形式上なものに過ぎない。彼は私を好いているけど、私にとって彼は大切な人であっても好意の対象ではない。私は今も昔も1人。それは変わらない。ずっと一人なのだから寂しいという感情を持ちようがないはずだ。

 

 それなのに提督に抱き締められたいと思ってしまう、彼と離れたくないと思ってしまう。 

 ダメだ。この感情は何なのか分からないけどどんなに辛くても抑え込まなければならない。それが私の義務なのだから。

 

 

ー--------------------

 

 

 何も進展が無い。照月が僕を避けるのは相変わらずだし、彼女が深海棲艦を拷問するのも止まらない。叢雲に毎日話を聞いているが彼女の方も進展が無く、声もかけれない状態らしい。

 

 過ごしていく中で照月が僕を拒絶する時に辛そうな顔をしている事だけは気づいた。叢雲の憶測通りに彼女が僕を避けるのは彼女の本意では無いというのは事実なのかもしれない。

 ただ、彼女は何を考えているのかさっぱり分からない。

 

 分かったことは照月があくまでも僕を避けようとしている事ぐらいだ。彼女は毎日のように深海棲艦を拷問しているが肉体関係は決して求められない。その点だけがこれまでとは明らかに違う。彼女に何かあったのだろうか?

 

 期間は確実に迫っている。何かをしなければならないと思うけど僕に出来ることはただ、提督としての仕事をこなすだけ。時間に余裕があるうちは照月に避けられてもまだ明日があると思っていれたけど日が経つにつれ焦りに変わってきた。だけど、何かをしようとしても具体的に何をすればいいのか分からない。何もできないけど心の中は何かをしなければならないという焦燥感に焼かれている。

 

 

ー--------------------

 

 

「朝だよ。起きて」

 

 目が覚めたきっかけは響の声だった。普段は叢雲に起こされるから彼女に起こされるのは初めてだ。

 

「おはよう。響が起こしに来るのは珍しいな」

「叢雲に秘書艦を任されたから」

「うん? 今日の秘書艦は叢雲じゃないのか?」

「何も聞いてないの? 叢雲はやりたい事があるから鎮守府を1日留守にするって言ってた。加えて、照月があれだから秘書艦を押し付けられた」

 

 響が秘書艦をする話は何も聞いていなかった。ただ単に忘れただけなのか急すぎて言う暇が無かったのかそれとも何か意図があっての事だろうか? 理由は分からないが今日はいつもとは違う一日になる。これだけは事実だった。

 

「そうか……」

「早速だけど釣りに行かない?」

 

 秘書艦としてあるまじき言葉に耳を疑った。

 

「いきなり何を言い出すんだ?」

「私は真面目に秘書艦はやる気がないから。執務は明日、叢雲と一緒に頑張ってよ」

「勝手なことを言わないでくれ」

 

 冗談じゃない。叢雲から怒鳴られることは目に見えているし、執務をサボるなんてもってのほかだ。

 

「いいから付き合ってよ。最近、詰めてたみたいだし気分転換は大切だよ」

「いや……でも……」

「鎮守府の食事事情を改善するのも提督の仕事じゃないの? 叢雲も少しぐらいなら息を抜いてもいいって言ってたよ」

「そこまで言うなら付き合うか……」

 

 結局、響の押しの強さに押し切られ、付き合わされることになってしまった。

 

 

ー--------------------

 

 

 海猫の鳴き声と波の音がする。釣り竿から垂れたナイロン製の透明な糸が海に浸かってユラユラと幽霊のように動く。

 

 釣りは獲物がかかるまで暇な遊びだ。響との間に会話は無い。ただ、時間だけが過ぎていく。

 こんなことをしてていいのだろうか? 今の自分にはやるべきことがある。執務をしなければならないし、照月の為に何かをしなければならない。残された時間なんて無い。

 今すぐにでも切り上げなければならない。響を納得させるために早い所、大物を釣り上げて……

 

「落ち着きなよ。焦ってもしょうがないよ」

 

 僕の心境を察したのか響が呟いた。

 

「叢雲から聞いたよ。照月の事で色々大変みたいだね」

「そうだな……」

 

 呟くように言葉を返した。

 

「提督はどうしたいの?」

 

 僕はどうしたいのか? という問いかけ。答えは決まっている。

 

「可能なら照月を手離したくない。だけど……」

「だけど何?」

「照月の事を考えると強く言えないんだ……」

「そうなんだ」

「正直、どうすればいいのか分からない」

 

 どうすれば良いのか分からない。何もかもがこの一言に尽きる。僕の欲求と照月の欲求は正反対のものだ。彼女の為を考えるなら彼女の望むように行動するべきだと思う。だけど、僕の中の物がそれを良しとしない。彼女を手放したくないと思ってしまう。

 

「照月が何で提督から離れようとしているか分かる?」

「分からない……たけど、別人格の照月にどうしても譲れない理由があるからと本来の照月が話していたよ。響は分かるのか?」

 

 もしかしたら何故、彼女が僕を避けようとする理由を響は知っているのだろうか? 淡い期待を込めて返事を返した。

 

「私も知らない」

 

 僕の期待はあっさりと裏切られた。

 

「そうか……」

「だけど、どうするのか決めるべきだと思う」

「どういう意味だ?」

「照月を引き止めるのか送り出すのか決めた方が良いって言っているの。明日には結論を出した方が良いと思うよ。大切なのは自分の意思でどうするかを決める事。何もせずに時間切れで照月を失うのは最悪だと思う」

「簡単に言ってくれるな……」

 

 それができたら苦労しない。それができないから今ここで焦っている。響の言葉に軽い苛立ちを感じた。

 

「そう思うかもね。実際、私も提督がどれぐらい悩んでいるのかは分からない。他人だからね」

「なら……黙っててくれないか?」

「提督の為を思って言ってるんだよ。断言しておくけど何もしないなら何もしなかった事に後悔する事になるよ」

「つっ……」

 

 響の諭すような話し方がイラつく。だけど、彼女の言葉が不思議と自分の中に入り込んでくる。彼女の言う事が正論だと思ってしまう。

 

「やらない後悔よりはやる後悔だと私は思う。この言葉をどう受け止めるかは提督の自由だけど考える足しにしてよ」

「分かった……」

 

 結果がどうなるであれ、今の所の行動を考えろ。響にはそう言われた気がした。

 

 響の浮きが沈む。ハッとした表情で竿を引き上げると、空中に1匹の魚が上がる。釣り上げた魚を見て彼女はつまらなさそうな顔をした。

 

「アジか。小物だね。」

「そうだな……」

 

 響につられたのか、僕までつまらないような気持ちになった。

 

「そういえば聞きたい事があるんだけどいいかな?」

「何だ?」

 

 響が魚を針から外して海に竿を投げる。チャポンと小さな音を立てて釣り針が海に沈んだ。

 

「提督は照月に依存しすぎてない?」

「そう思うか?」

「照月がいるから生きてられるって思ってない?」

 

 何かが心に刺さる感じがした。

 

「否定はしない……」

 

 響の言う通りだ。僕という人間に価値は無い。照月の為に短い生涯の中で何とか得ることが出来た提督の地位を投げ出した。叢雲を助けてからそれは戻ってきたけど今更それに価値があるとは思えない。未だに叢雲や照月の助け無しでは鎮守府を支えていけないし、指揮官としての能力も皆無と言っていい。遠征も毎回決まった事をしているだけ。

 

 僕ができる事は日々,提督としての最低限の業務をこなすだけだ。提督の仕事が大変でも頑張れたのは照月と一緒にいたかったから。彼女と一緒にいたいと思うからどんなにつらい時でも頑張ってこれた。

 

「私から言わせてもらうけどこの鎮守府なら提督は1人でもやっていけると思うよ」

「そうか? 僕はそう思えないが……」

「照月の昔の提督が言ってくれたでしょ? 才能があるって」

 

 答えに窮した。未だにあの言葉は半信半疑だ。彼から僕への賛辞は本物だとは思うけど僕は自分に才能があるとは思えない。彼はいったい僕の何を高く評価したのだろうか? 未だにその疑問の答えは見つかっていない。

 

「秘書艦は照月も叢雲もいなくなるなら私がやるよ」

 

 響の言葉に耳を疑った。

 

「えっ……?」

「私はここが好きなんだ。たしかにここはあまり褒められた場所じゃない。ご飯はまずいし送られてくる艦娘も私達みたいな問題児ばかりでゴミ溜みたいな場所だ」

 

 響が竿を握る手に力がこもるのが見えた。

 

「だけど、ここには自由がある。誰でも受け入れてくれるし、好きな事を好きなようにできるし、最低限の衣食住は揃ってる。提督がまともな人間なら十分なんだよ」

「秘書艦は嫌じゃなかったのか?」

「嫌だよ。だけど、鎮守府を続けていくためならしょうがないと思う。鎮守府を守るためなら協力する」

 

 響は嘘を付いていない。そう思わされるだけの覚悟を彼女の彼女の言葉の中に感じた。

 

「照月を引き留めるのに失敗しても大丈夫。照月がいなくなったとしても私が秘書艦をやるし、この鎮守府を支える手助けをする。提督は提督を続けていける。だから……」

 

 響がこちらを向いた。いつものように無表情だったけど、彼女の瞳の中に怯えがこもっていた。

 

「照月がどこかに行ってしまったとしても、あの時みたいに絶対に早まった事はしないでね。お願いだよ」

 

 全てを失ったあの時のように自殺するという選択肢だけは絶対に取って欲しくない。彼女は僕にそう言っている。

 確信をもって うん と答えることはできない。照月を失うショックに耐えきれずに早まったことをしてしまうかもしれない。だけど……

 

「ああ、約束しよう」

 

 僕にはそう答える事しかできなかった。

 

「ありがとう。約束だよ」

 

 僕の答えに満足したのか響は海に向き直った。

 

「照月を手放すのも手放さないのも提督の自由だけど、最終的には自分の意思だよ。自分で決めて行動をとる事が一番大切だと思う。私はこうして話すことしかできないけどね」

 

 自分で決める事。その事の重要性を認識させられた。考えてみれば今までの僕は逃げていたと思う。まだ時間があるからと結論を先延ばしにしてばかりいた。響の言葉が無ければ最終日までこのままだっただろう。何もできずに照月を失ってそれを後悔したと思う。だけど、今は違う。一日考えよう。考えたうえで後悔の無い選択を選ぶ。それが必要なのだから。

 

「話してくれただけで十分だよ。ありがとう」

「それと……言い忘れていたけど、別れるとしても今までに話せなかった事は全部話しておいた方が良いと思う。照月に話す機会は二度とないかもしれないからね。照月に話すと約束した過去の事、まだ話せてないんでしょ?」

「そうだな……」

 

 なんでもかんでも響に話す叢雲に対して軽い嫌悪感を感じたが、響のいう事はもっともだ。忘れないようにしようと心に誓った。

 

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