※この作品はR-18です。

最果ての鎮守府で   作:黒猫クル

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 次回が最終回になります


生と死の狭間で

 目の前に死んだはずの照月の妹がいる。そして、今いる場所は現実の光景とは思えない。その事から憶測できる今の自分の状態は……

 

「僕は……死んだのか?」

「それは、正解でもあり間違いでもある。ここは、生と死の狭間の世界。現実のお前は意識を失っていて病院のベッドの上だ」

「帰してくれ!」

 

 叫び声を上げた。

 僕にはまだやるべきことがある。現実世界に帰って照月と話さなければならない。

 

「落ち着け。私だってそうしてやりたいが無理な話だ。現実のお前は危篤状態だ。今戻った所でまたここに飛ばされるのが落ちだぞ」

「じゃあどうすれば……」

「大人しく待つしかないな。時期が来ればお前は帰れるようになる。男ならそれまで我慢しろ」

「つっ……クソッ!」

 

 冬月の言葉が嘘か本当かは分からない。だけど、それを確かめる手段は無いし現実の僕が危篤状態なのは事実だと思う。彼女の言う通りに今は大人しくしているしかない。

 

「お前に聞きたい事があるんだがいいか?」

 

 無表情で冬月が呟いた。

 

「何だ……?」

「お前は照月姉さんの事をどう考えている?」

 

 恋人、命の恩人、好きな人……色々思いつくけど上手く言葉がまとまらない。

 

「大切な人……だと思う」

 

 かろうじて口から出た言葉だった。

 

「提督失格だな」

 

 彼女の呟きに軽い苛立ちを感じた。

 

「何が言いたい?」

「提督ともあろう人間が何故、兵器である艦娘に恋をする? お前は提督だ。艦娘を指揮し、深海棲艦を殺す立場の人間だ。時には冷酷な判断も必要になる立ち位置だ。お前は照月姉さんをいざと言う時に切り捨てる事ができるのか?」

「それは……」

「断言して言うがお前は提督に向いていない。何故、提督になろうと思った?」

「誰かを助けたいと思ったから……」

「自分の身すら満足に立てれていないのによくそんな事が言えたものだな」

「つっ……」

 

 言い返せない自分に悔しさを感じた。

 

「哀れだな。正義感は人一倍強いのにそれを生かす才能が無い人間。それがお前だ」

「黙れ」

「私が黙ったところで事実は変わらないぞ」

「黙れと言ってるだろ」

 

 冬月の言葉が不快だ。聞きたくない。自分に提督の適性が無いことは自分が1番分かっている。だけど、それを突きつけられるのが嫌だった。

 

「いい加減、逃げてもいいんじゃないのか?」

「何が言いたい?」

「幼くして両親を殺され、提督を目指すも才能は無く士官学校では虐められ、何とか卒業するも送られた先は問題だらけの鎮守府だ。鎮守府では性格のねじ曲がった秘書艦に精神的にも肉体的にも壊され、照月姉さんと恋仲になるも裏切られる。お前の生涯は不条理そのものと言っていい。それなのに、なんで生きようとするんだ? これ以上、無理に現世に縛られる理由はないんじゃないのか?」

「それは……」

「諦めてしまってもいいんじゃないのか?」

 

 一瞬、逃げてしまいたいと思った。だけど、僕は照月と話せていない。ここで逃げるわけにはいかない。

 

「照月姉さんならすぐに再会できると思うぞ」

 

 僕の心を読んだかのように冬月が呟いた。

 

「そう長くないうちに姉さんの本来の自我は死ぬ。それぐらい分かるだろ?」

「それは……」

「姉さんが死んだ時にお前は死ぬ。姉さんに告白したあの日、心の中でそう誓ったんじゃないのか?」

「つっ……」

 

 彼女が言う通り全てを諦めて逃げてしまうのも一つの選択肢なのかもしれない。彼女の言う通り、本来の照月はあまり長くないと思う。彼女も死ぬとここに来るのだろうか? 

 だとしたら、そう長くないうちに照月との再会は叶うのかもしれない。だけど……

 

「悪いがその誘いには乗れない」

 

 僕は彼女の提案を断った。

 

「理由を聞いてもいいか?」

「僕はまだ現世で何もできていない。死ぬ前に何かをやり遂げたいんだ」

 

 自分はまだ現世で何もできていない。それが悔しいし、心残りだった。

 

「これまで何もできてこなかったのに今更何かできると思うのか?」

「分からない……何もできずに死んでまたここに戻ってきてしまうかもしれない。だけど、何もせずに諦めるのは嫌だ」

「先に照月姉さんが死んでしまうとしてもか?」

「そうだな……。僕よりも照月の方が先に死ぬだろうし、死に別れるよりも前に説得に失敗して別れてしまうかもしれない。そのまま、一生再会できないかもしれない。だけど、それでも現世で生きていたい。僕だけ先に逃げるのは照月に顔向けができないから……」

「仮に姉さんを引き止めることができたとして、もう1人の姉さんの事はどうするつもりだ? もう1人の姉さんはお前の事を都合の良い玩具ぐらいにしか考えていないぞ」

 

 もう1人の照月……。遠回しに本来の照月の死後はどうするつもりだ? と聞かれている事に気づいた。答えは決まっている。

 

「玩具でもいいから一緒にいたい。僕が一緒にいないと照月が本当に一人になってしまうから……」

 

 彼女にどう思われているかはどうでもいい。僕はただ、彼女の為に尽くしたい。一人ぼっちの彼女を放っておけないから……。この気持ちは照月を助けたいと思ったあの日から今も変わらない。

 

 僕の言葉を聞いて冬月は満足そうな笑みを浮かべた。

 

「その言葉を聞けて安心した。意地悪をして悪かった。お前が照月姉さんに相応しいかどうか試していたんだ」

「どういう事だ?」

「現実を叩き付けた上でお前が現世という不条理から逃げるかどうかを知りたかった。逃げないだろうと思ってはいたがな」

「そうか……」

「照月姉さんを説得する話なら大丈夫だ。お前なら姉さんを引き止めれるだろう」

 

 冬月はそう言ってくれたけど照月を本当に引き止められるかは分からない。彼女の言葉は気休めにしか感じられなかった。

 

「信じられないか?」

「そうだな……」

 

 冬月が小さくため息をついた。

 

「もっと自分に自信を持ったらどうだ? 私は、さっきは試す為に嫌味を言ったが逃げないという決断をした時点でお前の事を認めている。それに、姉さんの昔の提督には認めて貰えたんだろ?」

「それはそうだけど……」

「他人からの賛辞は素直に受け取った方がいい。自分を卑下し過ぎるのはせっかく褒めてくれた相手に失礼だぞ」

「そうだな……すまん」

 

 たしかに冬月の言う通りだ。僕は自分を卑下し過ぎているのかもしれない。以前、照月にも同じ事を言われたのを思い出した。照月と冬月は仲が悪かったと聞いていたけども、同じ事を指摘するあたり姉妹なのかもしれない。

 

「とにかく、お前なら姉さんを説得できる。確かにお前は姉さんを救えないかもしれない。だけど、姉さんが死ぬまで一緒にいて寄り添うことはできる。お前は姉さんに相応しい相手だ」

 

 冬月の体が急に薄くなった。

 

「すまない。そろそろ時間だな……別れる前に1つ頼みたいことがあるんだがいいか?」

「何だ?」

「帰ったら照月姉さんに伝えておいて欲しい事があるんだ。生前、私は照月姉さんを避けてきた。だけど、本当はずっと謝りたかったんだ。お前が見た通り私はひねくれた性格だが、こんな私の個人演習に真摯に付き合ってくれた姉さんには感謝している。姉さんに謝ることができなかった事が唯一の心残りなんだ」

「ああ、伝えておこう」

「ありがとう。照月姉さんを頼む。本来の姉さんにも、もう1人の姉さんにも」

 

 冬月は笑顔を見せて僕の前から消えた。

 

 

ー--------------------

 

 

 

 10日が経った。提督はいまだに目を覚まさない。

 本来の私と交代で提督を見続けているけど、お互いに限界が近い。今も寝ているのか起きているのか分からない。気づくとウトウトとしていて頭がガクッと落ちた時の反動で目が覚める……

 もう疲れた。このまま提督と一緒に生涯を負えてしまっても良いかもしれない。このまま提督との2人きりの空間でどちらかが死ぬまでずっと……

 

 以前、生きる事に意味は無いと提督は言っていた。意味が無いのに人が生きようとする理由は生きる事に意味が無いという不条理に反抗するため……。それが本当に正しいかどうか私の中で答えはまだ出ていないけど、私が生きてきた事への意義は見いだせた気がする。

 私は提督と出会うために生まれてきた。彼と出会い、生きる意味を見つける為に生まれてきた。彼は私を受け入れてくれるし、私も彼と一緒なら生きていける。本来の私が死ぬと存在意義が無くなると思っていたけどそんな事は無かった。

 この世に生きている全ての生き物に存在意義なんてものは無い。だけど、その中で各々が自分なりの答えを出していく事が大切だと言うことにやっと気づけた。

 

 今の私は昔とは違う。もう深海棲艦を拷問したいという欲求を感じない。ただ、提督が生きていてくれさえいればいい。今度こそ提督との約束は守るから。

 だから、お願い。目を覚まして。私を抱きしめて。提督さえいれば私はもう何もいらないから……

 

「ふわぁ……」

 

 小さな欠伸が出た。

 瞼が重い。視界がボケる。精神的には大丈夫でも体はごまかせないらしい。

 

 少しぐらい寝てもいいよね……。今まではこんなことを考えてこなかったけど身体が寝ろと言っている。

 

 寝ても起きても目の前の光景は変わらないだろうし、誰も私を責めないだろう。私は眼を閉じた。

 

 

ー--------------------

 

 

「てるつき……」

 

 どれぐらい時間が経っただろうか? 暗闇の中で声がした。聞こえた声に閉じていた目を開ける。

 

「えっ……?」

 

信じられない……! 提督の目が開いていた。提督は帰ってきた。

 

「照月……か?」

「提督! 良かった……!」

「いだだだ!」

 

 嬉しさのあまり、彼に抱きつくと悲鳴が上がった。

 

「あっ、ごめんなさい……」

 

 慌てて手を離した。意識が戻ったとはいえ提督は傷病者だという事をすっかり忘れていた。

 

「僕は何日寝ていたんだ……?」

「10日ぐらい……だと思います」

「そうか……」

 

 提督が動く目で辺りをちらりと見回した。

 どうしよう。提督と話す言葉が見つからない。本当はいっぱい話す事があったはずなのに全部嘘だったのかもしれない。私は何を話そうとしていたの……?

 

「信じられない話かもしれないけど、話してもいいか……?」

 

 何も話せずにまごまごしている私をよそに提督が呟いた。

 

「何ですか?」

「生と死の狭間の世界で冬月に会って来たんだ……」

「冬月に……ですか?」

 

 冬月と聞いて不安を感じた。

 私は冬月が嫌いだった。姉妹の中で本来の私を唯一最後まで避け続けた人間だし、個人演習に付き合う時も毎回のように本来の私に許可を取りに行かせるのが不満だった。

 それでも、冬月が目の前で死んだ時は辛いと思ったし、彼女を失った喪失感は本来の私と今の私の自我が完全に分離するきっかけになった。嫌ってはいたけども彼女は私の妹だった。

 彼女が別人格である私の事をどう思っていたのかは分からない。だけど、苦手に思われていた事は確実だと思う。

 

「信じてくれるのか?」

「提督の言葉を疑う理由はありませんから……。今の人格の私の事を話していましたか?」

「君の事を言っていたかは分からないけど……ずっと、照月に謝りたかったと言っていたよ。ひねくれた性格の自分の個人演習に真摯になって付き合ってくれた事に感謝しているって……照月に謝れ無かったのが心残りだったらしい」

「そうですか……」

 

 冬月も彼女なりに私を理解しようとしていたのだろうか? 個人演習を通じて冬月が私に追いつこうとしている事は知っている。本来の私と冬は避け合う関係だったけど戦闘という一面に関しては繋がりを持っていた。

 自我が完全に分離する前だったこともあって私からは個人演習以外で歩み寄る事は無かったけど、話し合えば分かり合えたのだろうか? 本来の私を受け入れてくれただろうか?

 今となっては分からない。だけど、本来の私の為にも冬月の為にもそして私自身の為にも避けずに歩み寄るべきだったのかもしれない。激しい後悔を感じた。

 

「それと、照月に謝りたい事がある……」

「何ですか?」

「今まで、嘘をついていた。実は……照月が過去に助けた子供は実は僕の事なんだ……」

「知ってました」

 

 なんだ、そんな事かと思いながら答えた。

 

「そうなのか?」

「実は約束の前日、提督と叢雲ちゃんのやり取りを盗み聞きしてたんです……」

 

 私は提督を避けようとしていた理由を全て話した。口にしてみると笑ってしまうぐらいにエゴまみれで馬鹿らしい理由だ。

 

「私の身勝手でこんな事になって……本当に申し訳ありませんでした!」

「いいんだ。照月も僕を守ろうとしただけなんだろ?」

 

 話の間、提督は私の事を一切責めなかった。提督が無理に私を受け入れようとすると思い、対話を拒否するという選択肢を選んでしまっていたけど、本当は話し合うべきだったのかもしれない。話し合ってお互いに納得できる案を見つけるべきだった。どうしてそんな簡単な事を私はできなかったのだろうか?

 

「そういえば照月、向こうの鎮守府に行く話はどうなったんだ?」

「断りました。私は鎮守府を離れるつもりはありません。今の私には提督さえいれば十分ですから」

「うん? 僕さえいればいいってどういう意味だ……?」

「あっ!」

 

 しまったと思った。私の言葉は提督のことが好きだと言ったようなものだ。本人は気づいていないみたいだけど……

 

「どうした? 何かあったのか?」

「あっ、えっと……その……」

 

 どうしよう。頭の中が真っ白になったみたいに頭が回らない。

 

(気持ちを伝えたら?)

 

 頭の中の本来の私の声に少しだけ頭が冷えるのを感じた。

 今を当たり前と思ってはならない。提督といつ別れる事になるのか分からない。後悔しない為にも私は想いを伝えるべきだ。

 覚悟を決めて深呼吸をした。

 

「提督、伝えたい事があります」

「どうした?」

「私、自分の気持ちにやっと気づけたんです」

 

 胸に手を当てる。心臓はドキドキと動いていた。

 

「私……提督の事が好きなんです……」

「えっ……?」

「提督は私にとって守りたい大切な人です。だけど、同時に異性としても……です。提督ともう二度と離れたくありません。私を受け入れて下さい! 私を愛して下さい……!」

 

 世界が止まる。顔に血が上る。息ができない。勝ち戦なのは分かっている。だけど……待つだけのこの時間が嫌な事には変わりない。早く時間が過ぎて欲しかった。

 

「照月……」

 

 提督の口が開いた。

 

「僕も君の事が好きだ」

 

 待ち侘びた言葉が聞こえた。

 

「ありがとうございます……」

 

 舞い上がるような気持ちを感じた。頬を涙が伝う。衝動的に提督に抱きつきたいと思った。だけど、怪我をしている相手に対してそれはできない。

 

「提督、キスしてもいいですか……?」

「ああ、大丈夫だ」

 

 彼の唇にそっとキスをした。

 病室の窓から夕日が差し込み私達を優しく照らしていた。

 

 

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