※この作品はR-18です。

最果ての鎮守府で   作:黒猫クル

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最終話です


別れ

 2年後

 

「提督、朝ですよ。起きて下さい」

 

 照月の声で目が覚めた。目の前にいたのは本来の照月だった。

 

「提督、おはようございます」

「おはよう」

 

 おはようの挨拶と共に一日が始まった。

 

 

ー--------------------

 

 

 朝食は市販のラムレーズンパンとインスタントのコーンポタージュと茹でたソーセージという物だった。簡易的な物だけど少し豪華になっているからここに来たばかりの時よりは少しはマシになっていると思う。

 

「今日の予定は?」

 

 食べながら照月に声をかけた。

 

「今日は出撃が無いので執務がメインですね。執務が終わってからは自由時間です」

「そうか。早めに終わったら街まで買い物でも行くか?」

「食材が不足してきた所ですし、丁度良いと思います」

 

 2人で話していると食堂のドアが開いた。

 

「おはよう」

「提督さん、おはようっぽい!」

 

 響と夕立だった

 

「響と夕立か。おはよう。新人の満潮はまだ起きてないのか?」

「放っといてって言ってるっぽい」

「そうか。相変わらず機嫌が悪いな……」

 

 満潮は1週間前にここに送られてきた新人の艦娘だ。提督に対して反抗的な態度を取り続けたのが問題視されたらしい。

 この鎮守府でも反抗的な態度を取り続けているが、任務だけはやらないと飯抜きにするという照月の脅しに任務の間だけ渋々と従っている。

 現在、彼女は任務以外の時は自室に引きこもっているか外をフラフラと歩いている様子を見かける。たまに声をかけるけど、無視されるか嫌味が飛んでくる。叢雲(今は元の鎮守府に帰ったが連絡だけはとっている)の指示では放置しておくべきだと聞いているから可能な限り彼女が自由に過ごせるようにしている。

 とはいえ他の艦娘と話している所も見ないし、彼女が心を開くまではまだ時間がかかるだろう。

 

「照月はどう思う?」

 

 声をかけて異変に気づいた。照月の目が虚ろになっている。

 

「照月?」

 

 僕の声に照月がハッとした。

 

「あっ、すみません。ボーッとしちゃって……いけませんねこんな事じゃ。照月は大丈夫ですよ」

 

 照月の目が元に戻った。

 ここ1ヶ月程、照月がボーッとしている事が増えた。原因は分からない。だけど……

 

「無理するなよ……」

「お気遣いありがとうございます」

 

 別人格の照月は死が近づいている事の証拠だと言っていた。

 本来の人格が薄れている時に別人格の照月が表に出ていないと、このようになるらしい。日が経つにつれて頻度が上がっている事を考えると照月はもう長くないのかもしれない。

 

 本来の照月はいつ消えてもおかしくない。彼女と一緒にいれる時間はあまり長くないと分かってはいたけども現実として叩きつけられるとくるものがある。

 照月が今日消えてしまうかもしれないと思うと急に怖くなってきた。

 

「照月」

「どうしました?」

「抱きつかせてくれいないか?」

「いいですよ」

 

 照月に抱き着くと不安が少しだけ薄れるのを感じた。

 一緒に過ごしてきた時間に後悔はないつもりだ。2人で旅行に行ったし、何回もデートをしたし、体も何回も重ねた。だけど、何かを達成したらまた別の何かが欲しくなる。わがままかもしれないけど、照月と一緒にいればいるほど照月ともっと長く一緒にいたいと思ってしまう。僕にはまだ、照月とやりたい事がある。

 

「2人共、朝からイチャついてるっぽい……」

「放っておいてあげなよ」

 

 響のフォローがありがたい。本来の照月との時間はもう残り少ない。彼女との時間を大切にしたかった。

 

 

ー--------------------

 

 

 昼の鐘が鳴った。

 

「少し早いですがお昼にしませんか?」

「そうだな」 

 

 執務は順調だ。あと、1時間もすれば終わると思う。

 

「あっ……」

 

 照月が目の前で倒れた。

 

「照月!?」

 

 慌てて照月に駆け寄った。

 

「あはは……転んじゃいました……」

「大丈夫か!?」

「照月は大丈……」

「照月!?」

 

 ガクンと意識を失う照月に血の気が引くのを感じた。

 声をかけても照月の意識は戻らない。ひとまず、布団まで運ぶべきだと判断した。照月の腰から手を通して腹の辺りで手を組んで、後ろから引きずる形で力を入れる。

 

「クソッ」

 

だけど、彼女を動かす事はできなかった。気絶した人は重いと聞いたことがあるけど予想以上だ。普段の運動不足が悔やまれる。

 

「一人じゃ無理だな……」

 

 窓の外から少し離れた場所を満潮が歩いているのが見えた。

 

「すまん満潮! 寝室まででいいから照月を運ぶのを手伝ってくれないか?」

 

 満潮がこちらを振り向いた。

 

「は? なんで私が手伝わなきゃいけないのよ?」

「いいから手伝ってくれ! 照月が死にかけてるんだ」

「は?」

 

 死にかけてるという言葉に反応したのか満潮はこちらに向かって走ってきた。

 

「これのどこが死にかけてるのよ! ただ気絶してるだけじゃない!」

 

 窓越しに叫ぶ満潮に一瞬、照月の現状を説明しようかと思ったが諦めた。話した所で信じて貰えるとは思えないし、説明する時間が無駄だ。どうすればいいのだろうか?

 少し考えたけど何も思いつかない。だけど、このままだと照月が……

 

「アンタが無能だから無理させたんじゃないの? 責任取って秘書艦の介護ぐらい1人でやりなさいよ!」

 

 ポタンと涙が床に落ちる。

 改めて自分の無力さを自覚した。本来の照月を見殺しにしてしまうかもしれない。何もかも自分が無力なせいだ。僕はどうすれば……

 

「何で、泣いてんのよ……?」

「満潮……頼む……一生のお願いだ……」

 

 満潮に泣きつく事しかできなかった。みっともない事は分かってる。だけど、僕にはこれ以外にやれる事が無かった。

 

「っち……仕方ないわね……」

 

 舌打ち交じりに満潮が呟いた。

 

 

ー--------------------

 

 

 10分後、満潮の協力もあり、どうにか照月を僕の寝室の布団の上まで運ぶことに成功した。

 

「ありがとう……」

「礼の代わりに、何があったのかぐらい話しなさいよ。この子がが生きたまま深海棲艦を解体する狂人だって事ぐらい知ってるわよ」

「誰かに聞いたのか?」

「質問に質問で返さないでくれる? ここに来る直前に、この子と一緒に働いていた姉妹が言っていたのよ。気をつけろって」

「そうか……話すと長くなるんだがいいか?」

「いいけどできるだけ簡潔にして」

 

 満潮に照月が二重人格である事、本来の自我がもう1人の照月に乗っ取られかけている事、もう1人の照月はそれを望んでいない事、気絶するのはその兆候である事、そして、自分が照月と恋人関係にある事を話した。加えて、照月の為に僕が死にかけた2年前から深海棲艦への拷問も一切やらなくなった事も話した。

 

「こんな所……だな」

「そう……」

 

 照月だけを見ているから、満潮がどんな顔をしているのかは分からない。だけど、話し方から納得してくれたように感じた。

 

「気絶してるだけなんて言って悪かったわね……」

「気にしないでくれ。何も知らない人間からするとそう見えるだろうしな」

「じゃあ、私は行くから……」

「助けてくれてありがとう」

 

 ドアが閉まる音がした。

 

「ん……」

 

 満潮が消えてから10分ほどして照月の目が開いた。

 

「照月!」

「すみません提督……お別れの時が来たみたいです」

「え……?」

「今にも……意識が消えそうなんです……。今までありがとうございました……」

「そんな事言わないでくれ! 僕は、まだ君と一緒にいたいんだ!」

 

 いつかはこの日が訪れると分かっていた。だけど、見て見ぬふりをしていた。2年前、本当の意味で照月と結ばれたあの日から過ごしてきた日々に後悔はないはずだった。だけど、いざその瞬間になるともっと色々できたかもしれないと思ってしまう。

 

「提督……泣かないで下さい。それに、私が居なくなっても、もう1人の私が居るじゃないですか……」

「それでも、君がいなくなる事に変わりは無い!」

「私は大丈夫ですよ……覚悟はできてますから……でも、最後に1つお願いをしてもいいですか?」

「何でも言ってくれ」

「抱きしめてくれませんか……?」

 

 涙を流しながら無言で彼女を抱きしめた。本来の照月は今、確かにここにいる。そのはずなのに彼女が消えてしまうという事実が信じられ無い。涙が頬を伝う。僕は彼女を抱きしめる事しかできない。

 

「ありがとうございます……照月は本当に提督と出会えて良かったです。提督と出会えて幸せでした……こんな私を受け入れてくれてありがとうございます……」

「照月……僕もだよ」

「もう一人の私をどうかよろしくお願いしますね……照月は先に秋月姉さんと冬月に会いに行きます……」

「向こうの世界でも元気でな……」

「提督……愛しています……」

 

 照月の目が閉じた。

 

 

ー--------------------

 

 

「グスン……グスン……」

 

 照月が目を閉じてから数分後、照月が泣き出した。

 

「もう1人の照月……か?」

「はい……。提督……本来の私がたった今、死にました……」

「そうか…… 」

 

 どっと目から涙が溢れるのを感じた。本来の照月はもうこの世にいない。その事実が何よりも辛かった。

 

「大丈夫です……私がいますから……」

「ありがとう……」

 

 改めて照月を強く抱き締めた。僕が愛した本来の照月はもうこの世にいない。だけど、愛するもう1人の彼女は今、腕の中にいる。

 この先、どんな困難が待ち受けているのか分からない。だけど、彼女と一緒ならどんな困難でも乗り越えられる。死んでしまった本来の照月に顔向けできるように、これまで成し遂げてこれなかった何かを成し遂げられるように生きていきたい。

 

 

ー--------------------

 

 

 私は、提督という人間を信じていない。

 

 私が初めに着任した鎮守府は酷い物だった。いわゆるハズレと言うやつだろう。そこの提督は横暴で自分勝手で無茶な命令ばかり出して、作戦が失敗すると全責任を私達に押し付けるクズだった。クズはクズらしく、私が着任して3年ぐらいたった頃に内部告発であっさりと失脚した。

 

 3年間。たったそれだけの時間だったけど私が壊れるには十分な時間だった。私自身が元々ひねくれた性格だったこともあり、それがさらに酷くなってしまい、気づいた時には誰も信じられなくなっていた。

 

 疑心暗鬼になってしまった私は、他の人を避けるようになった。優しくされてもその裏に何かがあると思ってしまう。姉妹に対してすらそうなってしまっていた。誰かを拒絶する度に余計に人を信じられなくなる負のループ。自己嫌悪も感じたし何もかもが嫌だった。

 どこに居ても上手くいかなくなり、気づいた時には今いる最果ての鎮守府に飛ばされる事が決まっていた。

 

 最果ての鎮守府に飛ばされると聞いた時には正直、ホッとした。最果ての鎮守府は底辺だからここに送られる時点で他の姉妹とは縁が切れるような物だし、私がどんな問題を起こしても姉妹には迷惑がかからなくなる。私の事は私一人で責任を負えば良くなる。

 ただ、秘書艦の事だけは不安を感じていた。直前に朝潮姉さんから彼女だけは気をつけろと言われていたから。

 

 結果から言うと思っていた以上にここは過ごしやすかった。任務に駆り出すための秘書艦からの脅しは鬱陶しいけど、それ以外の時は自由だった。司令官も艦娘も話したくないと言えば私の事を察して距離を置いてくれる。狂人と聞いていた秘書艦も、私の見る限りでは普通の艦娘だった。任務の時と執務の時で別人のように感じる時はあったけど……

 ただ、彼らと打ち解ける事は絶対に無かった。司令官に声を掛けられても私の口から出る言葉は嫌味だったし、艦娘からは必要な時以外は声をかけられなくなった。その状態を心地よいと感じる時もあれば一人になって寂しいと思う時もある。心の中の物に整理をつけれずにいた。

 

 司令官を助けたのは本当に偶然。どうでもいい考え事をしながら中庭を歩いている時だった。突然、彼から助けを求められた。気絶した秘書艦(彼は死にかけていると言っていた)を布団まで運んで欲しい。そんな話だった。

 人1人運べない情けなさに呆れたが、一生のお願いと泣きつかれると断る事はできなかった。

 

 秘書艦を運んだ後は彼から秘書艦について話を聞く事ができた。分かったことは秘書艦は二重人格である事と提督は秘書艦と恋人関係にある事、本来の自我が別人格に乗っ取られかけている事。そして、彼女が深海棲艦を拷問しなくなっていた事だった。

 恋人関係である事以外、信じられないものだったけど、嘘をついているようには見えなかったから、黙って聞くしか無かった。

 

 部屋から出た後もこっそり扉の隙間から2人をうかがった。彼は目を覚ました秘書艦と語り合い、彼女を抱きしめて涙を流す。2人の会話は声が小さくてよく聞こえなかったけど別れを告げていたのだと思う。

 

 抱き合い泣き合う2人に目から出た水滴が床に落ちて木製の床を黒く濡らした。

 

「つられ泣き……私らしくないわね」

 

 男の人が泣くのを初めて見た。今まで提督という人間は私達のことを駒としてしか見ていないと思っていた。だけど、あの人は違う。あの人は秘書艦を人間として見ていた。

 どうやって狂人を更生したのかは分からない。だけど、狂人のはずの秘書艦が深海棲艦を拷問する所を見たことがないのは事実。だから、あの人は嘘を言っていないと思う。彼は秘書艦を愛していたし秘書艦も彼の事を愛していた。そして今、彼は愛する秘書艦を目の前で失った。

 

 私は人間を信用する気は無い。だけど、彼の事は少しだけ信頼してもいいのかもしれない……

 

 

ー--------------------

 

 

 ここはどこ?

 気がつくと知らない場所にいた。辺り1面、真っ白い花畑と吸い込まれそうなぐらい真っ青な空。提督が以前話していた生と死の狭間の世界に似ている。ここは提督が見てきた世界なのだろうか?

 

「照」

「姉さん」

 

 宛もなく歩き回っていたら後ろから声がした。

 

「えっ……? 秋月姉さん……? 冬月も……」

 

 後ろからした声に振り向くと秋月姉さんと冬月がいた。

 

「照月、よく頑張ったね」

 

 笑顔で話す秋月姉さんに目から涙が流れた。生前私は秋月姉さんの約束を守れなかった。その時の後悔が頭をよぎる。

 

「秋月姉さん……本当にごめんなさい!」

 

 思わず秋月姉さんに飛びついた。

 

「いいのいいの。照月は必死になって我慢したんでしょ? それならしょうがない。照月はよく頑張ったよ」

 

 秋月姉さんは私を抱き締めて頭を撫でてくれた。秋月姉さんに全てを話せたあの時と同じ……間違いない。私の目の前にいるのは秋月姉さんだ。彼女の胸の中で子供のようにわんわんと泣いた。

 

「姉さん……本当にすまなかった」

 

 私が落ち着くのを見計らってか冬月の声がした。

 

「冬月……?」

「本当は私も姉さんの事を理解しなければいけなかったんだ……生前、差別するような事ばかりしてしまって本当にすまなかった」

「気にしないで……冬月は冬月の理由があるからしょうがないよ。私はその事を怒っていないし、色々言うつもりもない。ただ……もう1人の私の事は許してあげて欲しい。あの子にはあの子の悩みがあるから……」

 

 冬月がもう1人の私の悩みを理解してくれているのかは分からない。だけど、仮に恨んでいるのだとしたら許してあげて欲しかった。

 

「大丈夫だ。私はもう1人の姉さんの事は分かっているつもりだ」

「ありがとう冬月……」

 

 冬月を強く抱きしめた。冬月も私に応じるようにして強く抱きしめる。私より少しだけ高い背丈とサラサラした雪のように真っ白な髪……

 

 冬月を姉妹だと自覚するのは何年ぶりだろうか? 生前は全てが始まったあの日以降、半ば縁を切ったような関係だったけどまた繋がれて良かった。

 

 

ー--------------------

 

 

 もう1人の私と提督はこれからどう生きていくのだろうか? あの二人の事だから不安は残るけど、大丈夫だと思う。二人と再会するのは何年後になるか分からない。だけど、それが何年、何十年後になろうとも……どれだけ凹んだ様子で来ようとも……二人を笑顔で迎えてあげたい。

 

 




 一年以上の連載になりましたがご愛読いただきありがとうございました。
 今後の予定は未定ですが今後も創作活動は続けていくつもりです。
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