数日が経った。
「起きろ!」
「痛だだだ!」
叢雲に耳をちぎれそうな力で引っ張られて目が覚めた。
「なんで、提督でもないクズが鎮守府で生意気に寝てるのよ」
「一応、立場上は提督なんだが……」
「それを証明する物も無いくせに?」
そう言われると言い返す言葉が無い。
普通なら立場が上の提督が艦娘の罷免権又は解体する権利を持っている。だけど、今の状況は逆だ。
僕は部下であるはずの艦娘に事実上の罷免権を握られている。誰かが大本営に僕の過去の事を告げ口すればその時点で僕はクビだ。 下手をしたら牢屋にぶち込まれるかもしれない。
彼女に逆らうだけの力は今の僕には無い。
「そう……だな……」
「何? 仕事が嫌になったの? そんなに嫌なら辞めたら? 大本営に行けば1発で辞めさせて貰えると思うわよ。アンタに提督の資格なんて無いんだから」
彼女の言葉の一つ一つが針のように心に突き刺さり傷を作っていく。何故、ここまでキツいことを言えるのだろうか?
「なぁ叢雲……」
「何よ?」
彼女は、自分を嫌っているのだろうか? 悲惨な答えが返ってくる事が確定していたけども気づいたら口にしていた。
「俺の事嫌いなのか?」
「大っ嫌いよ!」
嫌悪感をあらわにしながら彼女が呟いた。
「何がそんなに嫌いなんだ?」
「何もかもよ。臆病な所。ウジウジしてる所。間が抜けていて馬鹿でノロマで無能な所。何もかもが大っ嫌いなの!」
言われた何もかもが自覚している欠点だった。自分は臆病だし、要領も悪いし、頭もそんなによくない。そのせいで同級生にはいつも馬鹿にされていたし、教官にもよく叱られていた。涙が出そうになる。
「頼りない人間でごめんな……」
「謝ってる暇あるなら動きなさいな。ちんたらしてる暇は無いの!」
「朝食は……」
「自分で何とかしたら?」
叢雲の嫌味を込めた強い言い方に言い返す気にもなれず、心に穴の開いたような気持ちを抑えながら僕は黙って食堂へと向かった。
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独りぼっちの食堂で涙を流しながら砂のような味の携行栄養食を口の中に押し込んだ。
どうして提督を目指そうなんて馬鹿なことを考えたのだろうか? 明らかに向いている職種じゃない。今すぐ辞めるべきなのかもしれない。だけど提督を辞めた僕に何が残るのだろうか?
親類も財産も無い僕には何も残らない。暗い気持ちが心を覆っていくのを感じた。
「あっ! 提督、おはようございまーす」
いつもの元気のよい照月の声がした。彼女にみっともないところを見せたくない。慌てて涙を拭いた。
「おはよう……」
「どうしたんですか? 目が真っ赤ですよ」
彼女が隣に座った。
一緒に食事をするらしく僕と同じ携行食を持っている。目は初めて会った時と同じダークグレーだ。本来の照月だと思う。
「何でもない……」
「また、叢雲ちゃんに虐められちゃいました?」
小さな強がりはいとも簡単に彼女に暴かれた。
「無言という事は当たりなんですね……」
「そうだな……」
声が涙声なのが自分でもわかった。自分の情けなさに涙をこらえるのに精一杯だった。
「叢雲ちゃんが言う事は、あまり間に受けない方がいいと思いますよ。提督となると誰に対してもつっかかろうとするので……」
「いや、アイツが言いたい事は、分かるんだ。俺は、確かに無能だし頼りない。嫌われて当然なんだ」
「そうですか? 照月は、そんなこと無いと思いますよ」
「そうか……?」
「はい。例えば、提督がいるから響ちゃんは執務の手伝いをせずに済んでますし、照月から見ても執務がだいぶ楽になったと思っています」
そんな事あるのだろうか? 響の件は彼女自身が言っていたから納得がいく。だけど、照月の話は僕に対して無理して気を使っているだけのように感じた。
「実感がわきませんか?」
「そうだな……」
慰めてくれている照月には悪いけど自分で自分を肯定する気になれなかった。
「提督って秋月姉さんに似てますね」
「君の姉か?」
「はい。何をやってもダメだった所や落ち込んでばかりな所とかそっくりです」
僕に似ている。ただそれだけのことだけど少し興味を持った。
「そうか……良かったら、どういう人間だったか聞かせてくれないか?」
「いいですよ。艦娘としては何をやってもダメダメでしたけど姉妹全員に慕われている、優しくていい姉でした。照月は怒られてばかりでしたけどね……」
「いい姉さんがいたんだな。今は会わないのか?」
「会いたくても会えないんです。自殺してしまいましたから……」
初めて見せた照月の悲しそうな顔に、しまったと思った。
「すまん。辛いことを聞いたな……他の姉妹とはどうなんだ?」
「皆、疎遠ですね。嘘つきの涼月は秋月姉さんの墓参りの時に1度会いましたが艦装をつけての臨戦態勢での対面でしたし、怖がりの初月は連絡1つよこしませんし、私を気味が悪いと避けていた冬月は死んでしまったので……」
僕は馬鹿か。冬月が死んでいたことをすっかり忘れていた。加えて、僕の予想ではあるが恐らく彼女の死に照月自身も関わっている。地雷を踏みつけたような気分になった。
「すまん。冬月の事は聞くべきじゃなかったな……」
「過ぎたことですし大丈夫です。提督は兄弟とかはいらっしゃらないのですか?」
「いないな。一人っ子だった上に親が2人とも深海棲艦に目の前で食われたからな」
「あっ……ごめんなさい……」
「僕も君に辛いことを聞いたしお互い様だな……20年ほど前の事だけど親族が目の前で殺されていく中、僕1人だけが艦娘に命を救われたんだ。それで提督に憧れて目指す事にしたんだけど……結果がこのザマだよ。ハハハ……」
照月のフォローのつもりだったが自分の言葉に思わず笑みがこぼれた。自分で自分を馬鹿にする自嘲の笑みだ。目の前が滲むのを感じて咄嗟に袖で目を拭いた。
「大丈夫ですか?」
「すまん。みっともない所を見せたな。聞かなかったことにしてくれ」
「あまり深く考えすぎない方がいいですよ。姉の秋月の死も妹の事を考えすぎての事だと聞いているので……」
「ありがとう……最近、愚痴を聞いてもらってばかりですまないな」
「気にしないでください。提督と話していると秋月姉さんと話しているみたいで嬉しいんです」
「秋月からも色々と愚痴を聞いていたのか?」
「いえ……。秋月姉さんは他人にあまり話す人じゃ無かったので……。でも、たまに思うんです。もっと話を聞いておきたかったなって……」
照月が自分に好意的な理由が分かった気がした。彼女は、僕と姉の照月を重ねている。予想ではあるけども、秋月の負担を背負ってあげれなかった後悔を代わりに僕の愚痴を聞くことによって少しでも晴らしているのかもしれない。後悔に苦しみ続ける彼女が気の毒に感じた。
「本当にいい姉さんだったんだな」
「はい。できる事ならもう一度会って話がしたいと思っています」
彼女の願いがかなうことはないだろう。だけど、僕が代わりになれるかもしれない。
淡い期待に過ぎないし、僕のただの思い込みかもしれないけど照月の役に立っている気がしたのが少し嬉しく感じた。
「あっ……」
突然、照月が片手で頭を抱えだした。
「照月、大丈夫か?」
顔を上げた照月の目が赤みを帯びていた。もう一人の彼女……だと思う。
「聞きたい話があるので出てきちゃいました。提督って照月の事が異性として好きなんですよね?」
「うっ……そうだが……」
嫌な話題を振られた。もっとも、どんな答えが帰ってくるかは決まっているし、知っているのだが……
「誰も居ないのでこの場で言わせて下さい。申し訳ありません。私は恋愛とかそういうのは、やった事がないのでちょっと分からないんです。提督の事は人間としては好きですけど異性としては意識してないです。本来の私はどうなのか知りませんが……」
やっぱりか……。口の中が魚の内臓を食べたような苦い味がした。
「昨日、響から聞いていたから知っていたよ……」
「響ちゃんが話してましたか。まぁそれはそれとして……」
食事を終えた彼女が立ち上がり、耳元に近寄った。
「私の事が好きってことは夜に何をしてもいいってことですよね?」
「ある程度のことなら……」
「今晩は思いっきりお願いしますね♡」
彼女が耳元で囁く甘い声に背筋がぞくりとした。
「お手柔らかに頼むよ……」
今日の夜は覚悟を決める必要がありそうだ……
叢雲の罵声は確かに厳しいし、心が折れそうになる。だけど僕には、照月がいた。
あと日数は半分以上ある。大変だと思うけど彼女の為なら耐えられそうな気がする。それに、照月を救うために全てを投げてこの道を進むと決めたのは、僕自身だ。理不尽な状況だけど頑張ろうと思った。
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「ねぇ、ちょっといい?」
提督と照月が話している同時刻、防波堤で釣りをしている響に叢雲が声をかけた。
「なんだい?」
「夕立から全部聞いたわよ。アイツに寝返る気なの?」
罰を起こした人間を問い詰めるような強い声。しかし、響は顔色一つ変えなかった。
「別に寝返ろうなんて思っていないさ。私はあくまでも中立。ただ、見苦しいのを見るのが嫌なだけだよ」
「見苦しいのは嫌って何やったのかわかっているの?」
「日和見主義者の夕立が提督を殴ろうとしたのを止めたのと、ゴミ捨て場に捨てられてた提督を助けただけだよ」
それが何か? と言いたげな響の態度に叢雲は強い苛立ちを感じた。
「そういう問題じゃないの! あなたがアイツの味方をしたのが問題なの!」
「味方をするのが問題なら照月だって提督の味方をしているじゃないか」
「あの子は例外よ! 私が止めたってどうせ辞めないし……」
確かに照月が提督に優しいのは事実だ。叢雲は他の艦娘に仕事の事に関わること以外は自由にしていえ構わないと公言しているが照月はその中でも特に特別だった。
「私は提督の味方をしたわけじゃない。叢雲がどうしても提督を殴りたいっていうなら止める気は無いよ。叢雲には彼を殴る明確な意思があるからね。だけどその場の流れに流されて馬鹿なことをしたり、意図的に他人を巻き込もうとするのが嫌なだけだ」
「その場の流れでってまるで私が誘導したみたいに言うわね」
「実際そうなんだろ?」
「つっ……」
叢雲の言葉が詰まった。
「今までは黙ってきたけど罪の意識をやわらげたいが為に他人を巻き込むのはやめなよ。今までは照月が叢雲の代わりにやってくれていたけど今回はそうもいかないみたいだし」
「うるさい! 私はアイツが大っ嫌いだから、辞めさたいのよ!」
子供がわめくような声で叢雲が叫ぶ。
「それなら、叢雲が今すぐにでも提督が深海棲艦を匿っていた事を大本営に報告すればいいじゃないか。内部調査とかのゴダゴダはあると思うけどその時点で提督は、クビだよ。なんでやらないのかな?」
「それは……」
叢雲が下を向いた。
「なんで本人の意思で に、こだわるのか聞いてもいいかい? 自分の手を汚したくないからだけじゃないよね?」
響の追い打ちをかける発言に沈黙が流れた。
波の音とウミネコの鳴き声だけが響いている。叢雲は握りこぶしを作って震え、響はそれを無言で見つめる。
叢雲が提督に直接手を下さない理由を響は知っていた。それは、彼女が提督を嫌う根本的な理由であり、彼女自身が蓋をして自分に嘘をつき目を背けていたもの。
「そろそろ彼が戻ってくるよ。執務室に帰ったら?」
響の呟きに叢雲は無言で背を向ける。彼女の顔には言い返せなかった悔しさと過去の自分に対する悲痛が浮かんでいた。
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「いつまでダラダラ食事をしてんのよ!」
「うおっ!」
執務室に入るとドアの向こう側で待ち伏せしていた叢雲に投げ飛ばされた。照月は菜園を弄りたいと言って別れたから、この場にはいない。もっとも、いた所で助けてはくれないだろうが……
「痛たた……」
「アンタを見ているとイライラするのよ! 早く立って仕事をしなさい!」
「すまん……」
気のせいだろうか? 朝起きた時よりも叢雲の機嫌が悪い気がする。
投げ捨てるように万年筆を渡されて執務に取り掛かった。執務の方はある程度は慣れてきた。今は叢雲や照月に聞くことなくやれている。だけど……
「ここ違う!」
「あっ……すまん……」
「何度言ってもダメね」
細かいミスをするのは、直らない。そのたびに叢雲から罵声が飛んでくる。場合によっては足を踏まれたり、蹴りを入れられることもある。我慢できるけど痛い物は痛いし、今朝みたいに精神的に辛くなる時もある。
それにしても何故、彼女は僕の事が嫌いなはずなのに真面目に執務を僕と一緒にやるのだろうか? 未だに彼女の足を引っ張ることの多い僕だけど彼女の直接的な補助無しで出来るぐらいにはなっていると思う。叢雲は僕の仕事に関してはミスを探すことだけをやって、彼女の仕事は彼女の部屋でやったほうがいいのではないのだろうか?
僕がサボらないか監視していると言われたらそれまでだけど……
ミスの文句を言われる以外、特に会話らしい会話もないまま、出撃の時間となった。叢雲はサボったら殺すと言って、夏休みの最終日のような量の宿題のような書類の山を机の上に置いていった。これが今日のノルマなのだろう。僕は小さくため息をついた。
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昼の小休止の時間、秋月の事を聞くために明石の元を訪れた。
「お疲れ様です。そろそろ約束の期間の半分になりますがいかがお過ごしですか?」
「充実した日々を送っているよ」
皮肉を込めて呟いた。
「明石のおかげですね。充実した日々を送っていただいているようで何よりです」
「本気で言っているのか?」
「アハハハ、冗談に決まってるじゃないですかー」
「相変わらず趣味が悪いな」
「先に皮肉を言ったのは提督ですよ。それで今日はどのようなご用件ですか?」
「秋月について少し聞きたくてな」
「秋月さんですか? 変なことを言い出しますね。何かあったんですか?」
「照月に似ていると言われてな……」
「成程。それで気になると。うーん……似てると言えば似てますが性格的な所ですかねぇ……」
「彼女を知っているのか?」
「以前少しだけ付き合いがありましたから。自己肯定感低いですがいい人でしたよ」
照月の姉、秋月は艦娘としては何をやってもダメな人間だったが姉妹全員に慕われていた。
姉妹がバラバラになった中、彼女と妹の涼月は同じ鎮守府に着任する。提督から涼月に庇われる日々が続いていたがある日、秋月が負傷してしまい半身不随となる。妹の涼月が必死になって看病していたが提督との結婚(涼月は嫌がっていたらしい)や提督からのdvが原因であまり会えなくなる。
秋月は涼月が虐待されている事は知らなかったが、これ以上迷惑をかけられないと思った彼女は涼月のために投身自殺をする。
そんな話だった。
「気の毒だな……」
自然と口から言葉が漏れていた。救いようのない人生だ。何かやりようがあったのではないか? と思ってしまう。
「いい人だっただけに、あの時は明石も涙を流しましたね。明石自身の責任もありましたし……」
「何かやったのか?」
「提督を潰すための証拠集めに時間をかけ過ぎました。秋月さんには謝っても謝り切れないです」
そう呟いた明石の表情はとても悲しげに見えた。
「君が自分の非を認めるのは意外だな」
「失礼な事を言いますね。明石だって自分の非ぐらい認めますよ。照月さんを含む秋月型の他の姉妹に恨まれても文句は言えないです」
真面目な話を茶化すなと言わんばかりに明石が不快感をあらわにした顔をする。
「叢雲に写真を売ったのは君の非じゃないのか?」
「提督から取引で得た物をどう使おうが明石の勝手じゃないですか。どうしても嫌なら取り返しますよ」
「そんな事ができるのか?」
「やろうと思えば可能です。ただし、その場合は照月さんの件は無かったことになりますが……」
当然ながら断るべき提案だ。
「いや、それならいい」
「そう言うと思いました。残りの日数、頑張って下さい」
「その時になったら、約束は守ってもらうぞ」
そう呟いて僕は工廠を後にした。
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夢を見た。
断崖絶壁の場所に背を向けた照月が立っている。
すぐに助けなければならないと思った。崖に走り、もう少しで手が届く……という場所で照月の足場が崩れる。彼女は僕の目の前をスローモーションで落ちていく。
「照月!」
叫び声を上げた所で目が覚めた。嫌な汗が全身にこびり付いていたけど、夢だと理解してホッとした。
今日は、約束の日だ。この日の為に叢雲からどんな仕打ちを受けても我慢してきた。
みっともないけどストレス解消の主な手段は照月との性行為や愚痴を聞いてもらう事だった。彼女は、僕がどんなに情けない人間でも受け入れてくれる。
照月の為ならどんな仕打ちでも我慢できた。
今までは照月に助けられてばっかりだったけど今度は僕が助ける番だ。
叢雲達が出撃に出たのを確認した瞬間に執務を投げ出し、工廠に向かった。
「顔付きが変わりましたね」
「そうか。約束は守ってもらうぞ」
「いいですよ。でも、最後にもう一度聞きます。本当に提督としての証を手放したままで良いのですか? 話していない今なら、叢雲さんから取り返してあげますよ」
当然ながら答えは決まっている。
「いや、結構だ」
「分かりました。明石が調べた範囲で全て話しますね」
次回から照月の過去編になります