“永遠”の時間なんて要らない。そう思い始めたのは精霊契約をしてから、暫くした頃でした。
一分でも長く、一秒でも永く、貴方と居たい。貴方を見て居たい。そう思い始めたのも、精霊契約をしてから、暫くした頃でした。
「っは……あ、ん……」
最近私は、アニスに向き合う時に必ず意味を求めるようになりました。精霊契約を終えて、王の座につき、私は私の望みを叶えた。私の唯一の魔法使いを護ることが出来た。その代償として、私は人間を辞めた。
「やっ……待、……ユフィっ……!」
精霊契約者として生きることを決めました。
精霊契約者は直人とは違う世界の存在。
異なる時間。異なる摂理。異なる世界。
悠久の時を流れ歩くその体はいづれは精霊となってこの世界へ溶け込んでゆく。
「はぁっ……アニス……っ……」
あの時は必死だったから、後のことは何も考えられませんでしたが、あとから思い返せば、アニスは確実に、“私より先に死ぬ”。その事実が、胸に刺さって酷く痛むのです。孤独に耐えられないのではなく、アニスが消える事が、私の死。
「んむっ……! んんっ……」
歪んだ秩序だろうが、変わらない世界だろうが、そんなものよりも、私は、“アニスフィア・ウィン・パレッティアの死”が怖い。
「ぢゅ……んはぁ……ぁん……」
瞳に映るもの全てに意味を与えるような。
全部を受け入れて次へ進ませてくれるような。
私に持ってないものを全て持っているような。
そんな貴方を失うのが怖い。
「っ……アニス……」
だから、アニスに向き合う時には意味を欲するようになりました。ただのんびりと過ごす時間が怖くなって、アニスが消えた時の事を想像して、私は今日も、無駄なく貴方との時間を過ごそうとしている。
「ぁ……ユフィ……」
私のわがままで、私の願いで、私の想いで。
今日もまた、生きていく。
それが今の私。
“ユフィリア・フェズ・パレッティア”
──────と、そう名乗る『私』。
「い゙ッ───!」
ガリッ。
首筋に噛み付いた私とアニスのちょっとした悲鳴。それが聞こえた時、ようやく私が安心します。アニスに私を刻んだ。また傷をつけれたと。私がアニスの隣にいる証。そんな理由で。
「ユフィ、最近噛みグセすごいね」
「そ、そう……でしょうか……」
私が刻んだ跡を撫でながら、アニスは呟く。
少しだけ嫌そうに聞こえてしまったから、心臓がほんの少しだけ跳ねたように感じた。
「別に大丈夫だけどさ、お化粧で隠れるし。まぁ、イリアには絶対見つかっちゃうけどね」
それでも柔らかく笑ってアニスは許してくれる。その笑顔のせいで、なんだか逆に私が必死になっているように思えてきました。夜の『食事』の時も、私は意味を欲しがるようになりました。『食事』以外の意味を。
私を刻み、貴方を感じて、溶け合って、混ざりあって、私を流して、貴方を包んで、重なって、堕ちていく。
たった、それだけ、本当にいつもの事なのに、私にはどうしても怖くて怖くて仕方なかったのです。有限である貴方の時間と永遠に近い私の時間。時計の針が進む事に焦りを感じて、動悸が酷くなる。
本当に、なんで今更、この人の儚さを知ってしまったのでしょうか。
「ふぁ……」
「今日はここまでにしましょうか」
「うん。明日もお互い仕事だしね」
「はい。おやすみなさい。アニス」
「うん。おやすみ。ユフィ」
蝋燭の火を吹き消して、お互いにまた向き直って手を握る。アニスが照れくさそうに笑顔に溶けると、私も釣られて笑顔になってしまう。
本当に不思議な人。こんなに暖かい。こんなに眩しい。なのに、いつかその光は私の前から無くなってしまう。そうなった時、私はどうなるのでしょう。
精霊契約者として、ユフィリア・フェズ・パレッティアとして、貴方が居なくなることを受け入れられるというのでしょうか。
アニスの掌の暖かさを感じながら、今日も互いに眠りへ落ちていく。
…………
「ん……」
ふとした瞬間に目が覚めてしまった。窓を見ればまだ闇の深い夜中。時計を見ればまだ朝がやってこない時間。何かに呼ばれるように、体を起こすと、握っていた手を離してしまう。穏やかな寝顔をアニスを撫でて何ともなしに廊下へ出る。
窓から射す月明かり。夜は一人だとこんなにも寂しさを感じるようになってしまった。窓に映る自分は辛そうな顔をしています。貴方が愛したこの国に。この世界に。独り取り残されて、その後、私に何が残るというのでしょうか。
そんな事ならば、こんな世界はこのままでいい。不安定なまま、何も変わらず、無知なまま、囚われず、今のままで、そのままでいい。
消えていく、消えてしまったアニスの国を見るくらいならいっそ──────。
「ユフィリア様?」
「っ!?」
声をかけられないと思ってしまっていたので一瞬驚いて振り向いた。声の主はレイニだった。
「レイニ……」
「こんな夜中にお一人でどうしたんですか?」
「すみません。なんだか、目が冴えてしまって。レイニは……? 何故私の事を……?」
「吸血鬼としてだからなのか、夜になると感覚が少し鋭敏になってしまうのです。だから、足音が聞こえたので気になってしまって……」
「そうですか、ごめんなさい。睡眠を邪魔してしまったみたいですね」
「いえ、そんなっ……! 離宮の見廻りも私達の役目ですから!」
フン、と鼻息を鳴らして両拳を作るレイニの姿は何とも頼もしく見えて、つい口元が緩んでしまいました。
そうか……そうですね……レイニも『人』とは少し違うのでしたね。それでも、彼女は毎日幸せそうで、ちゃんと苦しんでいて、ちゃんと悩んでいて、それを打ち明けられるイリアとの関係性もとても良好に見える。私のように、一人で悩む事の無い真っ直ぐに気持ちを伝えられるそんなレイニが羨ましいと思った。
「レイニは、イリアとは上手くいっているようですね」
「ふぇ!? そ、そんな……お恥ずかしいです……。ユフィリア様達程ではありませんから……」
レイニは顔を赤くすると咄嗟に伏せてしまう。
なんだか、それがおかしくてつい微笑んでしまう。
「とても幸せそうでなによりです」
「ユフィリア様は、そうではないのですか?」
「私……ですか?」
この時の私の顔はきっと暗い顔をしたのでしょう。だからレイニは心配そうな顔を覗かせていました。
「私は……変わっていくのが怖いです。このまま時間が進めば、全て変わってしまう。国も、人も、“私達”も変わっていく。それはきっと、私が望まない方向へと変わっていく。私とアニスの時間はきっと違うものだから……」
私とアニスは違う。人としても、王としても、生きてきた道も。これから進んでいく道も。私は精霊契約者の王として。アニスは魔学を追求する王として。そして、精霊契約者として。人間として。
「ユフィリア様も、そうお考えになるのですね」
「え……?」
言うと、レイニは私の隣に立ち月を見上げる。
「私も、イリア様とは違います。私は吸血鬼で、イリア様は普通の人間。本当だったら相容れない存在。でも、あの人は私に寄り添って、私の手を取ってくれました。全てを怖がっていた私の手を……」
その時のレイニの顔は少し悲しそうで。
「私は、それがとても嬉しいくて非常に怖い事。別々な感情が一緒にやってくる感覚は初めてでした。幸せと不幸せが裏表のように、私とイリア様も裏表の存在なのだと、最近ようやく分かってきたんです」
「レイニ……」
「確かに、違う時間にも、違う理にも、なってしまうかもしれません。でも、それでも、私はあの人と共に居たいです。もしその感情が強くなってしまったら、私はきっとイリア様を吸血鬼にしてしまうかも知れません。でも、それはあの人が望まない瞬間。望まない願い。イリア様を大切にしたいと思うが故に、私はきっとこのまま臆病で居続けると思います」
「大切にしたいから……ですか?」
「はい。私は“今”が凄く楽しいです。アニス様にユフィリア様。そして、イリア様。皆と一緒に暮らせている事が。私はそれが“永遠”に続けばいいと思ってしまいます。でも、それは絶対に叶わない願い」
「っ……」
ドクン。
心臓が、心が、脈打つような感覚でした。まるで体全体に握られたような。大きな一撃を受けたような。そんな……。
「“終わり”は必ず訪れてしまうもの。“永遠”なんて有り得ません。イリア様が人間である以上、イリア様との別れを待たねばなりません」
「悲しい事ですね。それは」
レイニは少し微笑んだ。
「はい。悲しくなくする為に自分に向き合って生きようと決めたはずなのですが、なんででしょうね」
肩を竦めて少し困ったような笑顔をレイニは私へ向けてくる。私とアニスの時間も違う。私が先へ進めば進むほど、アニスは遠のいて、消えてゆく。それは夜に目を閉じるとやってくる悪夢のように脳裏に焼き付いて離れない。消えてゆく隣人の事を背負いながら生きるというのはどれだけ辛い事なのか。リュミの話を聞いたのだからとっくに分かっていたこと。それでも、私は許せなかったあの時のアニスを。放っておけなかった王女になろうとしたアニスを。それは私がアニスを想ってしまったから。アニスが望まない未来を作りたくなかったから。
「でも……アニスは……」
いつか消えて、いつか居なくなる。
いつか私の前からいなくなる。そうなった時のことばかり、ずっと考えてしまう。レイニだって同じなんだ。
喪失を怖がって、ずっと抱えて、このまま生き続けて、またアニスに怯える日々が来るのでしょうか。
「……怖いですよね。ユフィリア様」
「え……」
レイニの顔はさっきの困った笑顔とは違う。優しくて慈悲深い笑顔。
「私も、やっぱり怖いです。イリア様に先立たれるのは、とっても怖い。イリア様の笑顔を見る度に時が止まって欲しいと願うばかりです。でも、そうじゃないんです。きっと私達が願う事と逆の事を、イリア様達は願っていると思うんです」
「逆の事……終わりがあっても良いということでしょうか?」
「はい。きっとそうです。だって、自分勝手な理由で相手を人ならざるものになんて変えたくないでしょう? だから、私はイリア様が良いと言うまで待ち続けます。ずっと、“永遠”に。それが今の私があの人の隣にいる理由です」
「レイニ……」
そんな理由を持っているとは思わなかった。そう感じてしまって私はまた、取り残されたような気分に陥る。
そうかもしれない……確かにそれで良いのかもしれない。
「でも……」
でも。それは“永遠”には遠いもので。
それでも。“永遠”とは無関係でもない。
私は。アニスとの“永遠”を望んでいる。
でも、アニスはきっと逆を望んでいる。
なら、置いていかれた私は……。
私の望みは──────。
…………
「だってよ。イリア」
「そう、仰られましても……」
イリアが私の髪をとかす朝の日課。
私とイリアは昨日の夜の二人の会話を盗み聞きしてしまった。ユフィが急に起き上がるから何事かと思ったけど、なんとも無かったみたい。それはそれで良かったんだけど、ユフィがまた抱え込んでるみたいだった。気づいてやれなかったのは申し訳ないと思う。昨日の会話で私もまた自覚した。ユフィはもう人じゃない事に。違う時間を進んでいる事に。
「“永遠”の時間ね〜。イリアはどう思う?」
「さぁ……私も想像出来ませんね。率直に言うなら、生き地獄だと思います」
「生き地獄? そりゃまた怖い事言うわね」
「人とは、必ず死んで還るもの。そうして人の歴史は繰り返されてきました。どこかへ生まれ変わってまた別な人生を歩む。それが人です。私はそう、思っています」
「だから、生まれ変わりができないから生き地獄だって?」
「辛い事も、苦しい事も、愛した人の思いも、これまで受けた傷も、ずっと背負って生きる事は私には到底無理です」
イリアの声色が少し暗くなる。
ちょっと怒らせちゃったかな? あんまりない話題だから、無理もないか。
「イリアはレイニと一緒に居たくないの?」
イリアの手が止まった。
おっとマジでヤバイ一撃だったか?
「そんな事、絶対にありませんよ」
イリアの手が動き出す。意外な一言だった。イリアもそういう事言うんだ。
「私だって怖いのですよアニス様。レイニを受け入れたからこそ、本当にこれから彼女を幸せに出来るのかどうかも。そう考える事だってあります」
「昨日の夜も二人はそう言ってたね」
「私だって、生きた時間は人並みです。貴方様に一生を捧げるつもりでした。でも、もしかしたらアニス様よりも大切な人になるのかもしれない。そう感じています」
イリアがいつもより表情を表に出してくれているようで私の頬は少し緩んでしまった。
「それはそれは、さぞ幸せなのでしょうね〜。主人としては嬉しい限りですよえぇそりゃぁもう」
少し恥ずかしそうに頬を染めたイリアは咳払いで誤魔化した。私のほっぺを手でグリグリしなければもっと可愛い反応だったんだけどね。
「それでは、アニス様は?」
「んぇ?」
「アニス様はどう思うのですか? “永遠”の時間というものを。ユフィリア様と共に居れるなら“永遠”では無くとも良いと?」
「っあ〜……」
言葉に詰まってしまった。そんな簡単に答えの出る話では無いのは分かっている。それでも、昨日のユフィの話を聞くまで、ユフィが人から離れてる事にすら忘れていた。ユフィと過ごす、“今”の時間が楽しいし、続いて欲しいとも思う。でも、今の私に不老不死なんてものはない。確かに長生きすると言ったし不老不死もどうにかするとも言った。でも、それはもっともっと、見えることのない先の話。きっと近道なんてない長い道のり。
だから……。
「私もさ、ちょっと怖くなってきたかも」
「……」
「考えてこなかった……いや多分。考えないようにしてたからかな。今更になって思ってみると、私ユフィを独りにしちゃうんだよね」
イリアは何も言わずに聞いてくれる。
「まだ、ユフィに全然お返し出来てないもんね。迷惑かけちゃったし、ずっと仕事頑張ってるし、私からは何もしてやれてないんだよね。私はやっぱり貰ってばっかりだ」
「アニス様……」
昨日のユフィも少し暗かった。抱え込んでる事を初めて聞いた昨日の夜。盗み聞きとかっていう最悪な形だけど、気づけなかった私の罰。背負わせてしまった私の業を。ユフィは今日も担いでくれている。それにずっと甘えて私は片道を歩いているだけ。それしか出来ない。
私も願っていいのだろうか。ユフィとの“永遠”を。
こんな私の願いを彼女は受け入れてくれるのだろうか。
何もしてやれない。間違いばかりの。
何も持ってない。無くしてばかりの。
何も無い。なり損ないの。
こんな私の願いを──────。
…………
「はぁ……」
その日の業務を終えて、私は部屋に戻って来た。仕事の疲れと共にベッドへ倒れる。一日の業務量が最近増えてきている。良い兆しではある。今まで認められてなかったアニスの魔学が貴族の間でも実用性が認められつつある。エアドラの汎用性を活かした農業や水産業、貿易など、上げればキリがない。だが、これもアニスが生み出したものが成り立たない。着実に魔学は世界を作り出している。私達の見えない、届かない世界まで。
「そこに貴方はいるのですか? アニス」
倒れた私は天井へ手をかざす。何の変哲もない天井にアニスの面影を浮かべて、自身の手で隠す。まるでアニスがもう消えたかのように。“永遠”を望む私ときっとそれを望まない貴方。
だから、私は意味を求める。それ全てに意味を。
必死に、貴方へ私を刻んで。
必死に、貴方へ私を残して。
必死に、私は貴方へ縋る。
例えどれだけ時間が流れようとも、私は貴方を忘れたくないから。貴方の全てを取り込んででも、忘れたくないから。
『ユフィ』
アニスの声で私の名前が蘇る。
「……っ……」
アニスの甘く囁いた声を思い出すだけでも体が熱くなる。
最低だ。こんな事を考えていても人としての欲は蘇る。求めていたものが足らなくなった時、人は自分でそれを埋めようとする。
それは、まるで呪いのようで。
「っ……は……ぁ……ん」
記憶を媒体として、頭の中で想像することでそれを感覚で蘇らせて、再現する。
それは、まるで夢のようで。
「っあ……ん…………ふ……っ……」
アニスは私の体が好き。胸や手、足。滑らかで綺麗でずっと触れていたいと言ってくれる。
それは、まるで怨念のようで。
「ぁ……んっ……あに……す……!」
名前を言えば見えてくる。瞼の裏に鮮明に。
「っ……んっ! ……ぁぁっ……! ……」
声を堪えれば囁いてくる。私の脳に直接的に。
「んッ────!」
伸ばした手だって。
響かせたい声だって。
いつか全部届かなくなって、消えてゆく。
「っはぁ……はぁ……また……」
自分でした後は必ずやってくる。後悔と自己嫌悪。
泡沫の夢だったとしても、人生の一欠片だったとしても、私の全てに色彩をくれたのは貴方だ。そこに貴方が居ないのなら私の世界に色彩が無いのも同じなのです。だから、私は怖がって、後退りをしてしまう。“今の自分”に。でも、貴方がまだそこに居るのなら、私はきっと、まだ、『大丈夫』なのでしょうね。
…………
「……」
自分で勝手に自慰までして、そこから急いで二度目の入浴を終えて今。アニスの部屋の前で立ち止まっている。罪悪感とか一人でしたからとかそういうのでは無くて、ただ怖くなってきたから。今日は意味を持たないからアニスに触れていいのかどうか、怖くなったから。
「も、もう一度、身だしなみだけでもっ……」
慌てて窓をの方を向いて、髪や服が大丈夫かどうか整える。そして、その窓に移るのは、焦りや不安を抱えた自分だった。わざわざ意味を求めてまで、怯えながらアニスに触れようとしている愚かな自分でした。
『もしかして、後悔してる?』
「っ!?」
知らない誰かが私へ囁く。振り返って周りを見ても誰もいない。誰かも分からない幻聴に私は戸惑いました。リュミの話を聞いて尚、私は精霊契約者になった。後悔はない。絶対に。なのに、今になって向き合えない。素直にもなれない。真っ直ぐにアニスを愛せていない日々を続けている。
「あれ? ユフィ? 来てたんなら入ってきてもいいのに」
「っ……アニス……」
全部どこかで途切れているような。中途半端な私。
そんな私を毎回笑顔で迎えてくれる貴方は。
とても優しくて。とても暖かくて。
…………
「今日もずっと浮かない顔だったね。ユフィ」
「はい……すみません……」
見つかってしまって、部屋に迎え入れられた私はそのままアニスと共にベッドへ座っていました。
「昨日の夜の事?」
「えっ、何故それをッ!?」
「あ〜、ごめんごめん。いきなりユフィが起きるから何事かと思ってさ、つい……」
「だから盗み聞き、ですか?」
「あはは……ごめんユフィ」
乾いた笑いをするアニスを見る私の顔はきっとむくれてる。それでも、聞かれてしまった事に変わりはない。
「私が居なくなるのって、やっぱり怖い?」
「そんなのっ! ……当然じゃないですか……」
そんな……そんなの当たり前です。
貴方にだけは、消えて欲しくない。
「ユフィはそういうの苦手だもんね」
暗い顔をしているであろう私の頬に手を添えて、顔の輪郭をなぞる。滑るように頬から首筋に手が下がり、それがくすぐったくて声が漏れてしまう。抱き寄せられるようにアニスの顔が私の首元へやってくる。
「ん……アニス……?」
「ん〜?」
私の首筋に唇を当てて、軽めの口付け。そこから今度は舌を這わせて来る。それもまたじんわりとくすぐったい。あまり自分にはやってこない感覚で慣れてなくて体が小さく弾んでしまう。
「アニス……だ……め……んっ」
指は絡んで離れない。
押し倒されて逃れられない。
首筋を舐める舌の感触が妙に心地よくて、いつの間にか寝巻きの中に入ってきているアニスの手が私の胸元にまで登ってきている。撫で上げるように、胸を掴まれて頂点の突起を指で転がす。指の腹で撫でられる突起の快感に身悶えしながらも私はアニスへ綴る。
「ぁ、アニ、ス。待って……ダメっ……今日、は……んっ……はぁっ……」
これではダメなんだ。意味が無い。私はただ貴方に触れる事をしたくない。
「アニス……お願い待っ────んんっ!」
聞かんとばかりに呼吸は塞がれて、いつもされてるように口内を愛される。歯型をなぞって、舌を絡めて、ほんの少し押し付けられて。それでも、胸に触れている指の動きも止まらない。摘んで、転がして、弾いて、掴まれて。やめて、と抵抗するように添えていた手も段々と力が抜けてきて、緩んでいく。
「んんっ……っは、ぁ……んっ……ふぁ……アニ、ふ……ンンッ……は────」
受け入れるように、混ざり合うように、アニスが私の中へ溶け込んでくる。こんな意味もなくただ愛されるだけのこと。私はそれを許していいのでしょうか。
私はアニスの事が好き。敬愛や親愛、友情や愛情。そういった感情を混ぜて全て含めた意味での『好き』。
アニスにだったら何を捧げてもいい。何をくれてやってもいい。この命も、魔力も何もかも。それ全てをもってしてもアニスはいつかその命を閉じる。この暖かさもこの優しさも“永遠”には続かない。そんな世界を考えることが増えて、貴方を失う時の悲しみばかり想像して、私は貴方へ臆病になる。
「───っは……ユフィ。また泣いてるね」
「っえ?」
わけも分からず、グルグルと考え込んでしまった結果。それは私の瞳から涙となって流れていた。
「やっぱり後悔してる?」
「っ……」
答えようにも答えられない。
それはきっと私の中でまだ迷っているから。
それはきっと私の中で貴方が消えるから。
もう何をしていいのか分からなくてアニスの胸に顔を埋めることしか出来ない私はひたすらに涙を流す。
「アニスは……アニスは酷いですっ……」
「うん」
「どれだけ貴方と居たいと願っても貴方はきっと居なくなるっ……それがどれだけ私にとって辛い事かっ……!」
「うん」
「全部をくれたのに、全部を遺していくなんて、酷いですっ……!」
「うん」
「私は貴方の事をこんなにも……なのにっ……それなのに……!」
「うん」
「怖くて怖くて堪らなくて、悪夢だって見たんですっ……! それなのに、貴方はいつもの笑顔で迎えてくれてっ……! こんなにも貴方の事が、好き……好きなのに……!」
「うん」
「だから……私の前から消えないでっ……居なくならないで……アニス……ずっと、“永遠”にそばに居て……お願い……」
泣いて縋る私とそれをしっかり受け止めてくれるアニス。こんなにも弱くて脆い私をちゃんと抱きとめてくれる貴方の温もりはきっと永くは続かない。でも、それが欲しくて、それに溺れていたくて、それが私の生きる理由で。
「私もね。怖いの。ユフィを独りにしてしまうのが」
「え……?」
「私もユフィとはずっと一緒にいたい。でもそれは叶わない。これからもきっと、どうにかするとは言ったけど、まだ私にも分からない事。だから、ユフィには託していきたいんだ。遺されたなんて考えないで欲しくて、託されたって考えて欲しい」
「……」
「私の望みはね、ユフィ。私が居なくなっても、ちゃんと進み続けて欲しいんだ」
「すす……む?」
「“永遠に止まった”時の中を生きるのは凄く簡単なことだと思う。でも、私はユフィには“永遠に進み続ける”時間で生きて欲しい。私が託したものをずっと見守ってて欲しいの。私が消えたその先まで」
「でも、それでは……意味が無い……貴方が居なければ私は……」
「うん。だから、“今は”。私をちゃんと感じて欲しい。私を忘れられなくなるぐらいにもっと、深く……」
「アニ──────」
すぐに呼吸は塞がれた。名前なんて言わせて貰えない。私の望みなんて聞いて貰えない。勝手に託して勝手に消えようとする貴方は私の中で生き続けようとする。強欲で傲慢。でも、それが私の愛する人。それが良いと私も思っている。
「んんッ……っは、ぁん……ちゅ……れる……」
潜り込んでくる舌を迎え入れて、アニスの首に腕を回す。自分に取り込むようにアニスを引き寄せる。
「ん……んんっ!?」
キスに夢中になっていた私に来た突然の感覚は、アニスの足が私の秘裂に当たっている感覚でした。
「ユフィ、これ好きだもんね」
「ちょ、待ってくだ……んッ……もぅ……それゃ、だっ……」
膝を執拗に押し付けられると閉じてしまう自分の足が余計にアニスの膝を押し付けてくる。先程は途中で止められたのもあり、私にやってくる快感はより一層の深いものでした。
「我慢しなくていいんだよ、ユフィ」
「んッ……そん……なこと……言われてもっ……ひぁっ……!」
押し付けられる膝と共に、胸を掴まれて、指も絡まれて、アニスは悶える私を楽しそうに眺めている。普段とは逆の位置だからなのか、少し大人ぶった顔をしている。
「ほら、ユフィ。いいよ?」
「あ゙ッ───!?」
グチュン!
力強く押し込まれたその一突きは私を簡単に限界まで持ち上げた。
「待っ……! アニスっ……それやだっ……ゃっ……! 強い……イ、く……っ、っっ、ッ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
何度も押し付けられた膝による刺激に私の体が反り返り、全身に染み渡る快感に身も心も委ねるしか出来なかった。
「っはぁ……はぁ……はぁ……」
反り返った体を元に戻すとベッドへ沈んでいく。見上げれば、随分とまぁ誇らしげにアニスは私を見ろ下ろしている。
「ユフィ、ちゃんとイケて良かったね」
「……」
「今日は私────が!?」
よしよしと、頭を撫でられるのが少し不服……でしたので、私はその手を掴んで、浮遊魔法を発動。アニスと私の体勢を入れ替えました。
「まだ、足りませんよ。全然全く。刺激が弱過ぎますからね」
「ふぇ……?」
その時のアニスの抜けた顔は今でも良い思い出です。
その時の私の涙は今でも忘れたい一つの思い出です。
「ユフィ……?」
「アニス、しつこい様ですが、私は貴女を忘れたくないし、失いたくない。だから、私はずっと貴女に刻み続けます。私と共に生きている証を。その体に、その刻印よりも深いものを」
繋いだ手の温もりはいつまでも。
「その体に“永遠”に残る様に。だから、その間だけはどうか、私のものでいてアニスフィア」
「ユ……フィ────」
今度は私がアニスを呼吸を塞ぐ。何も聞かないし、何も答えない。私は貴女の望む“永遠”を望みましょう。その望みを聞く代わりに私は貴女へ刻む。魔力も跡も傷痕も、何もかも。それら全てに意味を持たせて。忘れられない夜をもう一つ作るべく。私の熱はこれから全てアニスへ移して、溶けてゆく。
貴女を忘れないように。
貴女に忘れられないように。
臆病になった私の不器用なやり方。
素直になれない私の唯一の方法。
でも、今は違う。貴女の望みを聞けたから、貴方の言葉を貰ったから、私はきっとこれからも、貴女の様に口ずさむ。『大丈夫』と。
…………
「今日は良い天気で良かったですね。ユフィリア様」
「えぇ、本当に」
その日は私達は休日。アニスの提案でピクニックに出掛けることになった。アニスが小さい頃かお気に入りだったという丘の上まで。私とレイニは、アニスとイリアの後ろを着いて行く。
「ユフィリア様の顔色も、良くなられたようでよかったです」
「そう……ですか? 自分では分からないのですが」
「はい。昨日までは暗い顔をしていたように見えましたが、今は違います。前に進んでいるように見えます。希望を持った人のように」
レイニが微笑んでくれる。
確かに昨日から体が少し軽くなった気がする。重荷が取れたのか、悩みが消えたのか、自身でもそう感じとれた。
「そう……ですね。私も前に進めてるような気がします」
「ふふっ……はい」
互いに笑顔を向けあって、また歩き出す。
「ユフィ〜! レイニ〜! はーやーく〜!」
「はい! アニス様!」
「貴女が早いのですよ、アニス」
最愛の人が丘の上で手を振っている。こんな風にただ時間を過ごす事にも慣れてきた。そしてそれは私の中で思い出となり残り続ける。それならば、私は貴女の望む“永遠”を見ましょう。“進み続ける永遠”を。
貴女のわがままで、貴女の望みで、貴女の想いで。
今日もまた生きていく。
それが今の私─────
“ユフィリア・フェズ・パレッティア”