『今宵はアニスフィア王姉殿下の魔道具開発成功を祝して……乾杯!!!』
司会の掛け声と共に会場の全員が手に持つグラスを掲げた。華やかなシャンデリアに豪華な食事、美しいワイングラスを持った様々ドレスやタキシードを身にまとった貴族達。
今日はアニスの『魔道具』が他国に正式採用となった日。その祝賀パーティが行われていた。王宮にはパレッティア王国の貴族が来てアニスへ祝福の言葉を述べている。それはそれは様々な人がアニスを取り囲んでいる。魔道具を送った他国の方々。アニスを慕っている貴族。もう、奇天烈王女などと呼ばれていた頃とは違う。今は皆がアニスに向き合ってくれる。
その光景に私は違和感のようなものを覚えている。良い事なのに、ずっとそうなって欲しいと願っていた事なのに、皆に囲まれている笑顔のアニスを見るとほんの少しだけ、胸が痛むのが分かる。
嫉妬…?自己嫌悪…?独占欲に執着心。色々な心が混ざっている。でも、それとは違う。何かが違う。確かにアニスを独り占めしたいとは思っているが、そういうのでは無い。何か、『変化を嫌っている』かのような感覚。
「私は…」
前までは魔学は悪だと主張するものもいた。それも今は認めれくれる人達がいる。それはアニスにとっても私にとっても嬉しい事。国が発展し、より良い世界を作れるのならそれはきっと私達が望む『革命の未来』となる。
アニスの夢が叶う。きっとそうなっていく。
変化を嫌うのは古い人間の思想。革命を起こす事は何かを変化させる事になる。そんな精霊を崇めている貴族達と同じ考えになってきている自分が嫌になっていた。
そして───
「いやぁ、アニスフィア王姉殿下!私は最初から信じていましたぞ!魔学こそこの世の理を変えてくれると!」
「ありがとうございます。私も皆が魔法を使える世界が出来れば良いと考えています」
「あんな貴族共とは大違いですなぁ!お美しい上に、国へ貢献しているとは、昔とは大違いだ!」
「いやはや本当にこんなにも女性らしくなりまして。誰か婚約などをお考えに?よければ私の息子など───」
アニスにまとわりつく
「ふぅ……」
「大丈夫ですか?ユフィリア様。お疲れでしたら少し席を外した方が良いのでは…?」
少し緊張を解くように息を吐くと、見かねたレイニが声をかけてきた。いつもの口癖で「大丈夫」と口走りそうになりましたが、今日は疲労が何故か大きいのでレイニの言葉に素直に頷くことにしました。
「そうですね。少し外に出ています。何かあったら呼んでください。レイニ」
「かしこまりました」
・・・・・・
一人ベランダで夜空を見上げる。相変わらず美しい月に瞬く星々。それでも、どこか寂しげで静かな夜。後ろの宴会場では皆の笑い声が聞こえて、光も溢れている。それなのに、私は隔絶された空間にいるような。そんな感覚。
「ユ〜フィっ」
「っ…?」
聞きなれた声がして、振り向けば今日の祝賀パーティの主役がいました。
「主役がこんな所に居て良いのですか?」
「なぁんか面倒くさくなって抜けてきちゃった。それに、ちょっと夜風に当たりたかったし」
そう言ってアニスは私の隣に立つ。視線は私に向けず、空に浮かぶ月へと向いている。
「なんか浮かない顔してるね」
「そう…でしょうか」
「さっき皆に囲まれてたから嫉妬しちゃった?」
「分かっててやってるんですか?」
「いやいや、あんなのはわかってても無理でしょ」
アニスがクスクスと小さく笑う。その笑顔はきっと本物で私に向いているはずだ。さっきまで、貴族に囲まれていたような取り繕う笑顔ではない。本当のアニスの笑顔。
「なぁに、本当にどうしたのさ。ユフィ」
急に顔を覗かれて目を丸くしてしまった。が、直ぐに視線を逸らすように私は体を反転させて手すりに体重を預けた。
「なんだか、まだこの状況に慣れていなくて」
「状況?」
「魔学は悪だと否定してきた人々が成功した途端に手のひらを返し始めて来ている事です」
「あぁ〜…そういう」
「どんな技術も結局は使う人の手に委ねられる。悪用も善用も人それぞれ。魔学を悪とする人達が善用に、魔学を信ずる人達が悪用になる可能性だってある。魔学が広まって、人々の考えも世界も変わっていく様子がまだ慣れていなくて」
貴方を助けたいと願った私が言ってはいけないこと。このセリフは、私自身がまだ魔学を信じきれていないのとその可能性を見出せていないと言っているようなものだった。『エアドラ』の一件から王国で魔学が急速に広まって、貴族からごく普通の民にまで広がっていった。その広がり方があまりにも早くて、今こうして思い返すと、そんな考えが出てしまった。
「確かに、ユフィの言うこともわかる。でもさ、その未知数を変えられるのがきっと、私達なんだと思うんだ」
「え…?」
アニスは両手を広げ空を見る。その瞳は本当に綺麗で子供のように素直な瞳で。
「炎を操って火を起こすことだって、水を操って草木を育てることだって、翼を広げて空を飛ぶことだって、魔学があれば皆が出来ることなんだ。魔法が使えない人達が魔学で救われて、皆が認めてくれるなら私はすっごく嬉しいっ!」
向けられた無邪気で眩しい笑顔は今宵の月よりも輝いている。あんまりにも眩しいので私もつられて笑顔になってしまった。
「本当に貴方は相変わらずですね」
「え?なに?」
「い〜え、なんでもありません」
アニスは小首を傾げるが、すぐに笑顔に戻り私へ手を差し出した。
「ねぇ、またあの時のパーティみたいにここで踊ろうよ」
「……そうですね。それもいいですが…」
そう。そんな無邪気な貴方だから私はこうして貴方を手中に収めたいと思ってしまう。だから、私はアニスの手を取り、片手を腰へ回して抱き寄せる。
「え、ちょ」
「それよりも、こんなにも綺麗な貴方を頂きたいです」
嗚呼、やはり私もまだまだ子供なのですね。もう少し抑えられると思っていたのですが、やはりそう上手くいくものではありませんか。
「むぅ…雰囲気台無しじゃん」
その通りですね。本当に。それでも、これは貴方が悪いのですよアニス。夜空に照らされてこんなにも美しい貴方が悪い。
「そうは言っても、拒否はしないんですね」
「だってユフィの言うことだし?断れないよね」
そう言って、私達は夜空ふたりだけ、唇を重ねた。
・・・・・・
「ちょ、と、待ってユフ───んっ!」
パーティを終えた後、ユフィリアはアニスを部屋に連れ込むなりいきなり壁に押し付けてその唇に噛み付いた。
「んんっ!?…ん…ふ…ぁ…んん……っ…」
愛撫程度で済ませようとしたが、いつもより興奮しているのもあり深いキスが直ぐに始まってしまった。
ユフィリアはアニスの静止も気がずに魔力を貪る。まるで、自分のものだと証を残すように。
それをアニスはすぐに受け入れて、蕩けるように瞳の目尻が垂れ下がる。拒んでいたはずの腕はユフィリアの首に巻きついて自分の方へ誘うように抱きしめる。
「んふ……ふふふっ…」
「っ…?なんですか、アニス」
キスの途中。アニスは不思議と笑顔に溶けていた。不振な顔をしているユフィリアとは裏腹にアニスはより一層の深く抱き着いてきた。
「ん〜ん。ユフィちょっと必死だな〜って思ってさ」
「もしかして嫌でしたか?自分ではそんなつもりはなかったのですが…」
「違う違う、嫌じゃないよ。むしろ嬉しいぐらいだもん。なんかユフィも全然変わらないで居てくれて嬉しいな〜って」
そう言うとアニスはユフィリアの体に自分の顔を擦り寄せる。いつもならここでユフィリアが抱き締め返してくるのだが、微動だにしないユフィリアを疑問に思い、アニスは顔をみあげる。
「ユフィ…?」
「っ……」
その顔は赤くなっていた。
「そう、言われると…少し恥ずかしいですね……なんだか…自分が子供みたいで…」
なんとも珍しい表情にアニスもポカン、と口を開けたままになってしまった。ユフィリアも自分の行いを反芻して思い出すと、確かに客観的に見れば子供だったかもしれないと顔を隠す。
アニスはそんなユフィリアとは裏腹に子供っぽい笑顔を作る。ユフィリアが『相変わらず』な事が嬉しいのだ。自分を好きになってくれて、この国の未来を一緒に作ってくれるユフィリアの事をアニスも愛している。革命を起こすとは言ったが、『それ』は変わらないでくれる方がアニスにとっては嬉しい。
「もぉ〜!可愛いなぁ!ユフィわ〜!」
「ちょ、ちょっと揶揄わないでください!私はあなたのためを思って───」
「私の事好き過ぎ〜!私も大好きだよ〜ユフィ♪」
こうして二人はベッドでくすぐり合う。
アニスがユフィリアに対する気持ちも。
ユフィリアがアニスに対する気持ちも。
何も変わらない。その愛、変わらず。
二人は明日を迎え入れる。