お待たせです
「ん……」
目を覚ました。そこは何も無い暗い空間。
「ここは…」
見渡しても何も無い。誰もいない。それでも、何か暖かなものを感じる。それはなんだろうか。何かあるのだろうか。その温度を感じると、目の前に一粒。光が零れてきた。辺りを漂い、どこかへ向かって行く。
不思議と足がそちらへ進み出す。そして現れる。目の前に。アルカンシェルが。
「アルカンシェル…?」
そうして目の前に現れるアニス。表情の見えないアニスとアルカンシェル。私の目の前にあるそれは、何も答えてはくれない。
「アニス…?どうしてアニスがここに…?」
呼びかけても、呼び止めても、アニスは何も言わない。その雰囲気は、悲しそうで、辛そうで、私もあまりいい気分ではなかった。
「アニ…ス?」
何か言っている。でも聞こえない。口を動かしている。何かを伝えようとしているのだろうか。それでも、私には何も届かない。
それを見かねたのか、アニスは私から背を背けて、何処かへ歩いてゆく。
「アニス…!待ってください!アニス!」
走っても走っても追いつかない。アルカンシェルにも、アニスにも、私が手を伸ばす先には何も───。
・・・・・・
「アニスッッ!」
目覚めると見知った天井。私達のベッドの上。
「っ!?」
体を起こせばそこは部屋。私達の離宮の寝室。
「私は……」
ベリトにやられて、体から魔力を抜き取られ、そこからの記憶が無い。
「“ライト”……」
光が灯らない掌を見て、私に冷や汗と焦りが現れる。本当に『魔力が消えた』。精霊も見えない。魔力も感じ取れない。こんなにもあっさりと自分の当たり前が消された事に私はまだ実感も納得も出来なかった。
『アニスフィア様、それでは───』
『うるさいな!黙っててよイリア!』
扉越しから聞こえる声。イリアとアニス。イリアの声は誰かを心配しているかのように。アニスの声は何かに苛立っているように聞こえる。只事では無い事は分かっているのですが、アニスの様子が気になってしまった私は弱った体を起こして、扉を開ける。
「ですが、アニスフィア様───っ」
「いいんだよ!大体いっつもイリアは……っ!?」
私に気づいたアニスには何やら脂汗のようなものがありました。
「アニ…ス…」
「ユフィ…起きたんだね…」
「アニス…私は…」
「ユフィ!ごめんっ!」
アニスは私に掴みかかってきました。俯いていてもその顔必死で何かに焦っている様な顔でした。
「ユフィがこうなったのは私のせいだ!私が責任を取る!だから、ユフィは待ってて」
「そんなことは…」
「ある!あるから、私が何とかする!工房来て…説明するから」
・・・・・・
やってきた工房の作業台でアニスの考察が始まった。
「彼の持ってる魔道具は私と同じ魔道具じゃない」
「それは…どういう事ですか?」
「あれは『魔具』だ 」
「『魔具』?魔道具ではなくですか?」
アニスは頷いて、魔道具の設計図を広げました。そして、とある部分を指差します。それは、魔道具の核となる部分、『魔石』でした。
「彼の持ってる魔具には魔石が組み込まれてない。あれは“魔法を込められて作られた道具”なんだ」
「それが…あの人の『魔具』…」
「うん。恐らく、相手の魔力を吸収する闇魔法を、相手の魔力を消すっていう性質に変化させたものだと思う。だから、ユフィの魔力が無くなって精霊も見えなくなった」
「もしかして、あの『魔具』を破壊すれば…?」
「そう、あくまで予測だけど、ユフィは元に戻ると思う」
魔法や道具に関してはアニスの方が遥かに博識です。でも、事前情報があったとはいえ『
「アニス。私にも手伝わせてください。魔法が使えなくなっただけで、私は大丈夫ですか───」
「そんな事ないッッ!」
机を大きく叩く音。
聞いたことも無いほど大きな声。
焦燥も、不安も、苛立ちも、全て織り交ざった憎悪の顔。思わず私は息を飲む。それはそばに居たイリアも同じでした。
「精霊契約者から魔法を奪うなんて不可能なはずなんだ…。どう考えてもあの人達は普通じゃない。この世界に居てはならない存在だ。私は、私が守るべきものを守れなかった。その責任を取る」
「ですが…」
「っ私がやるって言ってるんだ!黙って待っててよッ!!!」
引き下がらない。譲れない。そう感じられるアニスの態度と裏腹にとても弱く見えるその姿は生き急いでいるような、死に急いでいるような。
「私なら大丈夫ですから、魔法が使えなくなっただけで剣術で立ち向かうぐらい……ぐっ!」
「ユフィリア様…!」
まだ体にダメージが残っているのか、ふらついてその場に崩れてしまう。上手く力が入らない。心做しか呼吸も上手くできない。目も少し眩む。体が異常を訴えている。
「ユフィ…だから、言ってるでしょ。無理なんだって。多分今の君は魔力も摂取できない状態だと思う。眠ってる間に魔力を補充出来ないか試したのにユフィの体には魔力が戻らなかった。その原因もきっとあの魔具だ」
「そんなことありません…っ…私もこの国の王としてやるべき事を……」
「いいから聞いて!」
強く、それでも確かに。アニスは私に訴える。
「魔法が使えないユフィじゃ、あの人達は倒せないんだよ。私だって、これ以上ユフィにっ…無理して欲しくないよ…っ…」
「ぁ……」
ついに涙を流してしまったアニスの顔を見た時、私は本当に声を零してしまった。またこの人を泣かせてしまった。アニスが泣いている顔は見たくありません。私はまだ迷いを抱きながら、アニスの涙に頷きました。
・・・・・・
「………はぁ」
「なぁにさ、ディバイン。ため息なんて」
ディバインとベリトはあの街を抜け出して、人気のない山の小屋にいた。
「あの精霊女。殺し損ねたのか気になってきてな」
「でも、魔力は抜き取ったんだろ?」
「デカイ報酬があるから楽しみにしてたんだが、とんだ拍子抜けだったな……」
「何その言い方」
妙な言い回しをするディバインにベリトは眉をひそめた。そんなベリトをよそに、ディバインは口角を大きく上げた。
「……気が変わった。やはり殺そう。あの女。殺してこそ価値がある」
「ふ〜ん。いいよ、乗った!あの人達を殺しに行こう」
・・・・・・
あれからアニスは工房へ籠ると言ったきり出てこなくなりました。どうやら、彼らを倒す算段をつけているようで私には扉の前でただ待つことしか出来ませんでした。
「ユフィリア様。どれだけ待っても時間は早く進みませんよ」
イリアが私の隣に立つ。そんな事は分かっています。それでも、いても立っても居られないのです。何か動いていないと砕け散ってしまいそうで。あんなに必死なアニスの顔を見てしまったら、私だって何かしたいと思うのは当たり前じゃないですか。
「……。少し早いですが、お茶にしましょう。アニスフィア様の邪魔をしない為にも」
「……」
連れられてきた部屋に私とイリアの二人きり。まるで離宮へ来た頃に戻ったかのような感覚でした。煎れてくれた美味しい紅茶も細かく考えられて用意されたお茶請けも、今は何も味がしない。
「やはり、体が優れないのですね」
「いえ…違います。ただこのまま役たたずでいるのが怖くて」
「アニスフィア様がここへ帰ってこられた時はそれはもう見た事の無い表情でした」
「え…?」
「気絶したユフィリア様を抱えて、必死な顔で貴方に何が起きているのかを調べていました。ユフィリア様が消えてしまう可能性もあったと、アニスフィア様は申していました」
そんな状態だったなんて…。確かにあの男の力は普通じではありませんでした。その事を読めなかった私も悪い。それにもう一人の笛を持った男。魔物を操る力を持っていたのでしょうか。アニスのセレスティアルをまともに受けて無事な魔物なんて初めて見た。
あの二人はやはり『普通じゃない』。
それすら分からず、私はやられた。そのせいでアニスに迷惑をかけてしまった。
「私も、少し考え直さないといけないですね」
イリアは私の表情を伺ったのか、少し目を伏せてから口を開きました。
「『お嬢様』は───」
「え…」
「『お嬢様』は貴方に傷ついて欲しくないのです。貴方は恐らく、初めてできた家族以上に大切な人。誰でも大切にしてしまうあの人が誰よりも優先する人が出来た。きっとそれはどんな形であれ、陛下達もお喜びになったことでしょう。お嬢様には直接伝えていなくても、それはきっとユフィリア様とアニスフィア様にも伝わっている」
「イリア…」
「私も最近ようやく理解した気がします。『誰よりも大切な人が出来る感覚』というものが」
真っ直ぐな顔で言葉を連ねるイリアの表情は私にとっても少し思うところがありました。確かに、私もアニスの事を優先していきたい。どんな事があっても助けたいし、何があっても守りたい。こんな気持ちを前に抱いたような気がする。
確か、精霊契約者になる前も似たような気持ちを抱いた気がする。でももうあの時とは違う。魔法を失った私に出来る事。今はそれを成し遂げる。
「そうか…」
「ユフィリア様…?」
「そうですね」
飲み終えたティーカップを置いて、私はイリアへ向き直る。
「美味しい紅茶をありがとう。イリア。私にも何か出来る事があるから探してみます」
「……。左様にございますか。それでは私は離宮の仕事へ戻ります」
何か言いたげな顔になったイリアは会釈をして部屋を出ていく。そして私はアルカンシェルへ目線を返した。
「『今の私』に出来る事…」
・・・・・・
ユフィを追い出すような形で工房に篭っている私は、彼らが持つ『魔具』とそれらから放出される闇魔法がどうなっているのかを用紙に書き連ねていた。
「あの篭手から放出されているのは闇魔法。でも彼らからそこまでの魔力は感じなかった。それならあの膨大な出力を制御してるのはきっとあの魔具。でもあんなの文献でも書物でも見た事ないしそれにもう一人が持っていたあの笛。あれもおそらく似た類の魔具。魔物を操る道具なんてのも聞いた事ないし───」
書籍を捲りながら、予想されるであろうことを書いていく。ティルティにも手紙は送ったけど、その前に少しでも自分で何か分からないか色々調べてはいるが、一向に分からない。『あんなもの』は初めて見たからだ。
『アニスフィア様。ティルティ様がいらっしゃいました』
「あ、うん。通して上げて」
私の言葉の後、扉が開くといつものティルティが入ってきた。
「手紙。読んたわよ。あの二人に出会ったって」
「うん。ユフィがやられちゃったんだ」
手紙にも書いたけど、改めて私の口から報告を聞くとティルティは呆れたようにため息を吐いて頭を搔くと忌々しそうな顔をする。
「やんちゃにも程があるわ。あなた達は」
「……ごめん」
「ユフィリア様の容態などうなの?」
「生きてはいる。でも、魔力が消えてる。補充もできなくなってる。外部からの魔力を注入出来ない状態なの」
「かなりマズイ状態じゃないのそれ」
「うん。これからユフィがどうなるのかも予想がつかない。だからいち早く彼らを見つけて、すぐにでも彼らを……」
ドス黒い感情が私の中で渦巻いた。けれど、ティルティがそれを止めるように手を二回叩いた。
「はいはい。そういうのは後で。まずは状況の整理が先よ」
「……うんっ。手伝って!ティルティ!」
「仰せのままに」
・・・・・・
「もう、迷ってもいられませんね」
私は目の前に在るアルカンシェルを見つめている。
魔法が使えなくなった私に残された道は一つでした。思い返せば私は魔法がないとアニスを守る事が出来ない。アニスのように魔道具を使える訳でもない。私が私である内に彼等とは決着をつけねばならない。アニスやパレッティア王国に被害が出る前に、まだ私個人の問題である内に片をつける。その為には─────。
「ごめんなさい、アニス…」
アルカンシェルを握り、私は歩み出す。
・・・・・・
私とティルティが話し合いを初めて一時間。
「とりあえず、今の状況はわかったわ。後は解決策を────」
「アニス様!」
ティルティの言葉を遮るように、レイ二が慌てて工房へ入ってきた。肩で息をしている程急いできたように見える。そして、私が予想していた最悪の一言が飛んできた。
「ユフィリア様が何処にもいません!」
まだ続きます。その4ぐらいまで